本丸より (22)

<in the half light>

sky

*

かつて私は、空を飛ぶことが大好きだった。
まるでバスに乗るように飛行機で、
ひと夏の間に、イタリア、フランス、イギリス、ドイツ…と、平気で数カ国を飛び回っていた。

まだ子供だったからかもしれないし、
まだ若かったからかもしれないし、
まだ、
元気だったからかもしれない。

ある夕暮れのフランクフルト空港で。
ロンドンに向かう飛行機の楕円の窓からずっと外を見ていた。
夕日を背にした管制塔のシルエットと、
離陸を待つジェット機がランウェイに並び、
一機、また一機と、
深い紺色に沈みかける空に向かって飛び立つのをじっと眺めていた。
勢いよく飛び立った機体はテールライトの尾を引いて、濃い空のところで右へ、左へと方向を変えては、小さな点になって、そして見えなくなっていく。

大人になったらきっと、
かならず、
地球サイズで動けるようになりたいと思った。

私が英語以外の言葉も解せるようになりたいと思ったきっかけは、まだヨーロッパを中心にシーズンを回っていた頃のグランプリドライバー達の会話だった。
彼等は簡単に、その時々に言葉を変えて会話を交わす。
それが余りにスムーズで自然で、子供の私にはカッコよかった。

ニューヨークで長く暮していていいことは、
他のどんな国のどんな町に行っても自然でいられることかもしれない。

けれども、ニューヨークに長く暮していると、
他のどんな国にも行かなくてもいいような気分になってしまう。
荷造りすることも、空港まで行くことさえも億劫になってしまう。

遠くの国から飛行機がニューヨークに近付く。
眼下に摩天楼が見えると、私は元気になる。

どんなに長く日本を離れていても、ただの一度もホームシックになったことがないのに、
今の私は初めてニューヨークにホームシック状態になっている。
アメリカに帰れなくてもいい。
アメリカはどうでもいい。
だけど、ニューヨークは違う。

いろいろな国で月を眺めた。

月明かりは皆同じだけれども、
ニューヨークの煌々とした摩天楼の頭上に浮かぶ月は特別。

In the moonlight...  I'll be there...

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