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夕方。
ディノに晩ご飯のドッグフードを与えて
顔をもう一度洗って
お化粧をする。
今夜はブルーノートのライブの日。
バスタブに入って
バスタブの縁に顎を乗せて
化粧をする私をディノが見ている。
「ど? きれい?」
ルージュを引きながら、ディノに話しかける。
ディノはただじっと私を見ている。
「じゃあ、行ってくるね」
ディノは部屋のドアの前に座って
おとなしく見送ってくれる。
珍しくおめかしした姿にドアマンが大袈裟に驚いてみせるから
私は笑って「ライブなの」と言うと
「楽しんでおいで」と見送りながらタクシーを止めてくれる。
ガトー・バルビエリのサックス。
モンティ・アレキサンダーのピアノ。
トゥーツ・シールマンスのハーモニカ。
思い出せないくらい、沢山行った。
ライブが終わって外に出る。
まだ、そのまま帰るにはもったいない夜。
吐く息が白い寒い夜。
マフラーを巻いて少し歩くと
ツインタワーが輝いて見える。
寒ければ寒いほど、摩天楼の輝きは煌々とする。
なんて、見事な町なんだろうと、
ひとりでこころの中でつぶやく。
「カプチーノでも飲まない?」
友達と意見が合って
ワシントン・スクウェアーの近くにある行きつけのカフェに入る。
暖かいカプチーノが透明のグラスに入ってテーブルに運ばれる。
冷たくなった手を、グラスにあてて暖をとる。
友達と話は尽きない。
「そろそろ帰るね」
時計はもう次の日に変わっている。
人さし指を立てて、タクシーをひろう。
タクシーの窓から、流れる町を眺める。
タクシーは夜のセントラルパークをくねくねと走ってゆく。
落葉樹の群れの向こうに、ビルの群れが見える。
タクシーは85丁目でストリートに出る。
丁度、メトロポリタン美術館が夜の照明に浮かび上がっている。
帰り着くと、深夜のドアマンに変わっていて
とびきりの笑顔で「おやすみ」と言ってくれる。
エレベーターを降りて部屋のドアを開けると
ディノがシッポだけでなく、お尻ごと振って迎えてくれる。
「ただいま。遅くなってごめんね」
ディノは私がブーツを脱ぐのも待切れないように、すり寄ってくる。
そんな時があった。
何もかもが揃っているのが、当たり前だった時が。
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