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【三頭の白馬】我が家の寝室には レプリカではあるが 三頭の白馬の絵(国武久巳・草原の馬たち)が飾ってあるこの絵は 息子が生まれた年に妻に贈った絵であるのだが 三人の子供をイメージし元気にすくすく成長するようにと買ったものだった長女が午年ということもあってこの絵を選んだ記憶がある2019年2月28日二月も終わりの今日の朝にフッとそんな絵の前に立って感じたことがある( ^ω^)セピアも色あせピンクになった そんな絵を見て子供達の成長と 何時しかなった白髪頭「息子も大学生 だものなぁ〜〜〜」そう呟いて !!! 寝室を後にした雨は降り 雨は降りこれから筑波に御用で行く子供達の健康を祈りつつ ハレルヤ エーメン
2019年02月28日
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【光が礼拝堂へ注ぐ2019年2月24日】陽の光が 礼拝堂に注ぐ中国語の讃美歌がピアノの音色と共に安らかに響き渡る「溢れる」「あふれる」「あなたをしたう思い」権威(けんい)を持ったお方の おられない暗闇には 嵐が訪れる嵐は 心を滅ぼすように 信仰心を揺るがし白波が泡立つように打ち寄せてくるのであるもう引き返すことも 進むことも恐ろしくたじろぐ思いに 信仰はイエス様を引き寄せ力づけ 波の上すら歩かせて下さる恐れるな。わたしはあなたとともにいる。 たじろぐな。わたしがあなたの神だから。(イザヤ書 41章10節)「私だ」の心の信頼関係は 心を救いよりどころとなって平安を注ぐ安心と安ど感に満たされるのである暗闇すらも恐れることはない主の御声に従うことは 神様の主権と力を味わうこと 信仰の一歩が神の恵みを受け入れること感謝して 感謝してただ ただ 神に感謝してハレルヤ エーメン聖霊充満 栄光在主ヨハネ6章16-21夕方になったとき、弟子たちは海べに下り、 舟に乗って海を渡り、向こう岸のカペナウムに行きかけた。すでに暗くなっていたのに、イエスはまだ彼らのところにおいでにならなかった。 その上、強い風が吹いてきて、海は荒れ出した。 四、五十丁こぎ出したとき、イエスが海の上を歩いて舟に近づいてこられるのを見て、彼らは恐れた。 すると、イエスは彼らに言われた、「わたしだ、恐れることはない」。 そこで、彼らは喜んでイエスを舟に迎えようとした。すると舟は、すぐ、彼らが行こうとしていた地に着いた。 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「イザヤ43章1-7」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_19.html
2019年02月28日
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【妻が呟く2019年2月26日PM11時15分】妻が呟いたニュースを見ながら「政治って・・・」「永遠の敵(てき)もいないけど」「永遠の友もいないものなの」ってベトナム ハノイ対談アメリカ トランプ大統領と北朝鮮 金委員長 の ニュースを見てそして 続けてこう呟いた「ベトナムへ行こうかな」「一緒に行かない」とパパをスルーして娘へと・・・娘の「行かない!」の冷めた(さめた)答えに妻は・・・「そろそろ 家庭礼拝しようか?」「お祈りしようか?」と話しを逸らした 夜だったアーメン 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「イザヤ43章1-7」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_19.html
2019年02月27日
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女性ばかりの礼拝堂の夢を見た2019年2月26日透き通るほどに白い女性たちがその礼拝堂には集まっていたレトロに薄暗い木の香り漂う礼拝堂の左右の窓には ヤハリ白く光り眩い 女性の絵柄がイエス様の十字架の道行きのようにステンドグラスとなって15枚かな?はめられている白くChurch passage (教会通路)の足元を光の剣(つるぎ)となってスポットライトのように照らしているここは ロシアなのか? カナダなのか?これは 聖マリア礼拝なのか? 悪魔ルシファ礼拝なのか?透き通る美しい女性ばかりが まるでアマゾネス軍団のように力強く賛美しゴスペルを歌い礼拝を捧げているのである私は そんな講壇(こうだん)の前にもう一人の友人と群衆に向かい合う様に共に立っていた此処には 教会の繋がりを求めてやってきた未知の教会! 多宗教な世界に新(信)(心)眼開かせるために・・・右の扉から 黄色い光に包まれた女性が出て来て 近寄って来るそれは それは美しい女性で 見るも眩しい 聖書と思えるものを両手で包み込むように大切に持って 近づいてくるのである温和と平安が安らぎと変わり 尊い平和の 恵みへと覆われる友人が呟いた「此処にはずっと居てもイイ」「もう帰りたくない」と使命をまっとうするのか?此処にとどまるのか?そんな思いが混み上げるすると 「祭司様・・・」と どこからともなく声が聞こえてくる私の後ろから 白い光に包まれた女性が近づいてくるのを感じる振り返ると そこには 美しすぎてアニメに例えるしかないような 例えば銀河鉄道999のメーテルのように 抜けるほどに 真っ白い光に包まれた女性が 囁くように立っていたのである副祭司!?その声に「あなた方は 高価で貴い」「雪のように 白くありなさい」そんな声が聞こえた気がしてそして 福音の光が見えた気がして目が覚めたAM2時45分の目覚めであった感謝して ハレルヤ エーメン 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「イザヤ43章1-7」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_19.html
2019年02月26日
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2019年02月25日
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【ヒラキナオッテ?】今日2019年2月24日の目覚め ウフフッ と笑顔で起きれたたんだそれは こんな夢を見たからだった( ^ω^)バス停で一台のバスがバス停を行きすぎ突き出し止まっているオーバーランしているすると後ろから来た もう一台のバスがこう呟いて 追い越して行く「あんたって何時もオーバーランね」「鼻を突きだして 生意気・・・」ってすると止まっていたバスが こう返事を返すのである「ごめんなさいネ」「何時も鼻を突き出していて」「バレバレよネ」「成形って」そうその言葉をやり過ごすすると 両方の乗客が「バトルしてぶつかってドッピンシャンって ならなくてよかったネ」と中に乗っていた人たちがホッとするそんなトンチンカンな変な夢だった 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「イザヤ43章1-7」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_19.html
2019年02月24日
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信仰によって触れる マルコ5:24-34 日本語原稿新しい一年とまたつくば教会に来てメッセージができることを感謝します。今日はすでに、旧正月から13日目です。海外では、仕事や学校など日常と同じく過ごす為、旧正月を祝う雰囲気はないですが、新暦の新年は休暇がある為、年越しの雰囲気があります。皆さんはどのように新年を過ごしましたか?私は、昔は座って一年を振り返る時間が好きでした。そして、新しい一年の達成したい願望を書き出すのです。いつもダイエットや運動、新しい楽器を習ったり、毎月に1冊は本を読むなど活力・熱意溢れた目標や願いを立てます。しかし、1.2ヶ月後、その熱意は日常の中で、少しずつ減り、そしてすこしずつ元の生活・習慣が戻り、あげくは自分がどんな目標や願いを決めたのかさえ忘れてしまいます。目標や願望を貫き通すことは、とても簡単なことではないのです。しかし、聖書の中ある一人の女性は12年間も貫き通し、最終的に彼女は願いを達成させたのです。マルコ5:24-34を見てみましょう。ここは、長血を患っていた女性が、会堂司の娘を癒しに行く途中のイエスの所へ行き、こっそりイエスの衣服に触れ癒してもらうお話しです。この女性のことはマタイやルカにも書かれています。それは、この物語がとても重要な奇跡の一つだと見て取れます。聖書でこの女性は長血を患っていました。それは婦人病の一種で月経が止まらないような病気でした。この病気は生活する上で不便があるだけではなく、月経の血は不潔と忌み嫌われ、社交生活する上で迫害を受けていました。聖書では、彼女はこの病気を癒す為、12年間たくさんの医者の所へ行き、たくさんの治療を受けてきました。これらの治療は彼女に肉体的な苦痛を与えるだけではなく、彼女の財産も費やしました。しかし、病状は一向に良くならず返って悪くなったのです。そのような12年間の挫折の中で、みなさんならどのように思いますか?たくさんの人を信じてきて疲れて意気消沈し、解決策があるともう信じることができず、しょうがなく現状を受け入れ、もう二度と何かを試そうと思わなくなりませんか?しかし、この女性はただイエスの噂を聞いただけで、積極的に向かい、混雑する人ごみの中に入り、こっそりイエスの衣服に触ったのです。彼女はイエスの衣服に触れば癒されると信じていたからです。彼女は12年間の挫折と失望の中にあってもなぜこのような積極的な信仰があったのでしょうか。1. 積極的な信仰を貫きとおす:聖書には当時たくさんの人がイエスに押し寄せていたと記載されています。その中でイエスを必要としていた人がいると思います。彼らはイエスの後ろで、イエスの助けを必要としていたでしょう。しかし、この民衆が押し寄せている状況で、この長血の女性だけが癒されました。この女性は信仰によって、ただただイエスの衣服に触り癒されました。当時イエスは彼女と対面的に接触したことはありません。それは、イエスが自ら女性を癒そうとしてないとも言えます。しかし、女性の積極的な信仰によって触れた衣服のところから、イエスは力が出て行ったことがわかったのです。そして、女性をいやしました。このように触れたのはたった1回だったでしょうか?聖書では当時は人が押し寄せていたと書かれているので、イエスの衣服に触れた人もたくさんいたと思います。だから、その時イエスが使徒たちに誰が服に触れたかと聞いた時、使徒たちは呆れました。そして、「こんなに人が押し寄せているのに、あなたは「誰が触れたのか」と言うのですか。」と答えたのです。しかし、この女性の接触は、イエスにとってきっと予定外の中で、力が出て行き女性を癒したんです。これはどのような渇望が触れさせ癒されたのでしょう?どのような信仰で、彼女と他の人の違いは何だったのでしょう?聖書のルカ18章はやもめと不義な裁判官の比喩によって神にあきらめず祈りなさいと話しています。8節ではイエスは「人の子が来るとき、このような信仰が見られるか?」という質問をしています。諦めず堅く持って祈り求めることは信仰の表現の一つであり、神はこのような信仰を喜びます。2. 信仰の対象はイエス:この章の聖句の前半は、イエスが悪霊を追い出す奇跡を起こし、二つめは会堂司に頼まれ彼の娘を癒しにいくところです。彼らは皆イエスが自らその場所へ行き、癒し、救っています。しかしこの女性は自分はふさわしくないと思い、ただこっそりイエスの衣服に触れました。このイエスの衣服に触る方法は、女性が自分で考え付いた方法でした。それは、彼女がもし神ならば衣服を触るだけでも癒されると理解していたからです。聖書でもう一人イエスを驚かせた信仰を持った人がいました、それは百人隊長です。マタイ8章に記載されています。百人隊長は権威を知っていました。だから、イエスが神なら言葉にするだけで治ると信じていました。女性と百人隊長の信仰の対象はイエスで、彼らはイエスが神と信じ、イエスには権威と癒しの力があると信じていました。だからこそ神に認知され、神に癒しを求めたのです。彼らの信仰は、神の栄光を証することができるのです。比喩と使って表現して見ましょう。女性と百人隊長が見たイエスの力は、発電所みたいに大きく偉大で、彼らが必要としている癒しは、小さな電球の電力だけで良いのです。今日私たちの信仰はどこにありますか?今日私たちが見るイエスの力はどのようなものですか?それは発電所みたいですか?それか、ただ小さい電球を点すだけの電力ですか?重荷、心配を降ろしてあなたの全てを知っているイエスの力に祈り求め、私たちもイエスの溢れる力と万能の神を証しましょう!アーメン3. 自分の証を人に話す:最初女性は癒しを得た後、こっそり離れるつもりでした。それは、女性が自分は不潔でイエスが自分に触れるのはふさわしくないと思ったからです。癒される前、女性は人に軽蔑され孤立した社会の中で生きていました。だから、女性の病気が癒されたことを、イエスは女性を民衆の前に立たせ、民衆に自分の体が既に癒され、また命がまだ離れないことを証明させたのです。人前で証をしたことによって、改めて女性が癒されたことが証明され、人目をまた気にすることなく、新しい生活を聖霊とともに過ごしていけるということです。以前女性はこの世の方法を尽くして使い、助けを受けることができませんでした。イエスのことを耳にするまでは。もし、最初に誰かが証をせず、伝えず、女性の耳にイエスの事が伝わらなければ、今日この長血を患った女性が癒される話しはなかったと思います。聖書ローマ書私の教会には、金田さんという姉妹がいます。もう80歳以上で彼女は体が弱くたくさんの病気を患いました。心臓もずっと衰え、2年前に転んでから体はもっと衰弱し、外も出ることができず、毎日家にいました。しかし、彼女は証をすることを止めませんでした。彼女は体の状態が許す時は、家に人を呼んだのです。私が彼女のお見舞いに行った時、体はつらそうでしたが、金田さんは喜びに満ちていて、口を開けば聖書の御言葉を話すのです。彼女はよく私に彼女の証を話していました。私は本当に感動しました。私は、彼女の痩せて小さな衰弱した体から神の栄光が出ているのをみました。彼女は来客した人に分かち合い、たくさんの人の信仰を励まし、人に神様を信じるように伝道したのです。金田さんのように、証することは人に神はいつも私たちと共にいて大きな事を成そうとしていることを証明することです。私たちに対してではなく、神の全能に対して一切を信じるのです。神の栄光はあがめることができるのです。福音を伝えることを英語で言うとshare faithと言い、意味は信仰を分かち合うという意味です。証を分かち合うという事は、私たちが神が私たちに起こした大きな奇跡を覚えさせることを助けます。いつでも感謝し、また信仰が分かち合うに連れ成長しているのです。今日私たちは既に解放されています。私たちは続けて自分の救われた証を話し、イエスは救い主だと証明し、私たちと同様な新しい命があることを伝えていますか?今日私はみなさんに一つチャレンジして欲しいことがあります。今週一人未信者の方に自分の救われた証を分かち合ってください。神があなたの証を使ってどのように栄光を現すか試してみましょう。アーメンhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_17.html筑波福音基督教会2019年2月17日メッセージ 林文慧宣教師(北京語)日本語通訳 林佳慧姉
2019年02月23日
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【ムチ杖に打たれて】羊がムチと杖に打たれ真直ぐに道を 道端の溝にも落ちずに歩み行くように私たちも痛みを負わなければ横道に逸れて溝に足元をすくわれてしまう主は共にいて常に慰め 励まし共の頸木(くびき)で歩んで下さるその痛みの抜け道を用意して下さるわたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。詩編23篇6 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「イザヤ43章1-7」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_19.html
2019年02月23日
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2019年2月22日メッセンジャー 金昌民牧師 船橋市純福音愛隣教会 「イザヤ43章1-7」【主日礼拝】 一部 午前10時 (日本語 韓国語同時通訳) 二部 午後1時 (韓国語 日本語 同時通訳) 三部 午後 6時 (韓国語 日本語 同時通訳) 千葉県船橋市湊町2-2-6 ミナトビル二階 船橋市市役所すぐ近くTel : 047 - 401 - 2242 https://bethesda.at.webry.info/201902/article_19.html
2019年02月22日
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【Christ Church2019年2月17日】一日の始まりに讃美の前奏が流れる安息日・・・主の恵みに満ちて 子供たちの笑顔が弾ける礼拝堂には ピアノの音が響き優しい光が 窓辺に寛ぎ(くつろぎ)ハバクク3章17-19節の御言葉が語られるいちじくの木は花咲かず、ぶどうの木は実らず、オリブの木の産はむなしくなり、田畑は食物を生ぜず、おりには羊が絶え、牛舎には牛がいなくなる。 しかし、わたしは主によって楽しみ、わが救の神によって喜ぶ。 主なる神はわたしの力であって、わたしの足を雌じかの足のようにし、わたしに高い所を歩ませられる。これを琴に合わせ、聖歌隊の指揮者によって歌わせる。 (ハバクク3章17-19節)癒しの御業は 思わぬところから訪れるそれは 「治る」「癒される」と神を信じる思いによって おこなわれる御業病すらも貫き倒す信仰からやってくる飢え渇く思いは 渇かぬイエス様の水によって満たされ熟した実は 多くの種を世に送り 多くの収穫へと実りを増し加えて行く( それはまるで 大きな発電所が 無数の電球の燈火を照らすかのように・・・)あなたはすでにイエス様の燈火と恵みに触れているのですそれを悟り信じることで 神様はあなたにも語られますそれを今も待ち望んでおられるのです信じなさい 信じるなら受け入れられる叩きなさい 叩くならこたえられるのですハレルヤ エーメン2019年2月17日筑波福音基督教会 中国語メッセージ林文慧宣教師(北京語) 日本語通訳 林佳慧姉馬可(マルコ)福音5章24-34節題「信心的觸摸」 信仰のひと振れ日曜礼拝_10時30分から12時 茨城県つくば市谷田部6100-13 谷田部中隣https://bethesda.at.webry.info/201902/article_17.html 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月19日
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2019年2月17日筑波福音基督教会 林文慧宣教師(北京語)日本語通訳 林佳慧姉馬可(マルコ)福音5章24-34節題「信心的觸摸」信仰のひと振れ 日曜礼拝_10時30分から12時茨城県つくば市谷田部6100-13 谷田部中隣https://bethesda.at.webry.info/201902/article_17.html
2019年02月18日
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幸せの基準② 涙を知るあなたよ(マタイ5:1-4)
2019年02月18日
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【怒りの入投(にゅうとう) トイレお掃除のお話し】お食事中や不愉快に思える題材だと思ったら読まないでネ2019年2月8日金曜日の夜から続くトイレの詰まり修理を業者に依頼したが「便器で無く」「下水道の問題」と高圧洗浄を進められすでに約1週間の14日木曜日のことでしたいい加減に 使えるべき所は使えないのはイライラも溜まりに たまって13日には 御酢を一本 ドボドボドボとこれでもダメかと トイレに投入(これは昔、イオン浄水器の詰まった時の修理テクニック)インターネットでもトイレの詰まりを昔から治す方法の一つに書いてあったそれでも 無力に 水と流るル(ながるる)14日の朝には 怒りにまかせて怒りの入投(にゅうとう)更に御酢を1本さらにもう1本の2本入れてしばらく置いて重曹をブチコンでみたすると・・・ヤバイょ ヤバイょ化学反応でガスが出たゴホン ゴホン 臭セェ〜〜〜それでも しばらく置いてみて流すすると 怒りは泡となって流れ穴を洗い流した半信半疑(はんしんはんぎ) 半信(はんしん) 半漁(はんぎょ)ギョ ギョ ギョ の ギョ〜〜〜 で流れたのであるその後はラバーカップ(スッポン)でスッポン スッポン スッポン ポンええやない続けて リフレインして初めから同じことを繰り返したら今まで ビクッともしない詰まりが解消したのでありましたその後ろには「トイレ治って下さい」の家族の祈りも有ったのが きっと知恵となったのだろうけど感謝 感謝のハレルヤ エーメン でした 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月15日
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【風のイタズラ】2019年新年を迎えたばかりのある風の強い日のことであった20歳代と思われる女性が広い道路の角の歩道を歩いていたすると風のイタズラ・・・フワッと長いスカートが巻き上げられてまるで マリリンモンローさながらに俺はチョット 小学生時代のスカートめくりを甘酸っぱく想い出したりしてするとフアッと優しく その上からスカートを押さえる乙女それに目を止めた工事現場の警備員のさんドキッとしたのか?ピクッとして あからさまに目のやり場に困って 目が右往左往と泳いでいるそんな仕草が可笑しくて コケティシュでクスッと笑って噴き出してしまったそんな車中の道路工事現場の一方通行待ち時間であったイライラする 時間の待ち時間チョット ホッと息つく出来事である不謹慎(ふきんしん)かな! 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月15日
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【其れなり此れなり何なり有れなり】其れなり(それなり)此れなり(これなり)何なり(どれなり)有なり(あれなり)其れなり此れなり何なり有なり其れなり 此れなり 生きてきた其れなり 僕なり此れなり 僕なり 頑張って其れなり 此れなりやることやって 生きてきた何なり有なり其れなり此れなり僕なり僕なりやることやって 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月14日
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【快樂歌 (みかみのあいをば) 讃美歌6】2 みつかいせいとら うたえいつを月星太陽(つきほしたいよう) たたえよ神を雪降る高嶺(ゆきふるたかね)も 花咲く谷も 林も野原も 砂漠も海も (快樂歌)イエス様は 私たちのような者の為に 命を捧げて下さいました私たちの罪の代価を背負って下さったのです人の強欲は頑固な油となって 神様の油注ぎの恵みすらも洗い流してしまいますその 角質の違いは 相違点を見出さず違いに共なり妨げを生む私たちは 神の結び目に繋がり 神の体となった主の体 生きておられる命の鼓動を奏でる者として 私たちのコアは神の御名を賛美し働くのですその信仰を喜びなさいサムソンは目を塞がれて 神への目が開きサウロは 目で見て 神への目が閉ざされました雑多に彷徨う雑音の中で罪を拾いもがき 怨みに淀んで・・・主を信じて主と共に歩むなら そこには天国への道路が繋がっているのです主の守りが 勝利を勝ち取るのです確かに 主は生きておられる物欲を無くす「無」なる「我慢」でなく神の愛による「忍耐」こそが恵みの土台となりうるのですハレルヤ エーメン主は生きておられます。わが岩はほむべきかな。わが救の神はあがむべきかな。(詩編18篇46) 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月13日
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トイレお掃除のお話しお食事中や不愉快に思える題材だと思ったら読まないでネやぁぁぁ 今回 ほとほと参っているゼ流れない 流れないもう土曜日から4日 流れないすでに 2019年2月12日火曜日市販のラバーカップ(スッポン)をやっても市販のトイレ用ワイヤーブラシ(ワイヤー式パイプクリーナー)を買って来て チャレンジしても(業者さんいわく 長さが足りないのかも?だって)結局 業者さんを頼んだらトイレを解体 取り外して 「やぁぁぁ」「下水管ですねー」だって浄化槽から下水道に繋ぎなおしたお宅に多いのだって永年のトイレットペーパーなどの切れ端が極端な曲がりに引っかかり固くなって穴を塞いでいくようであるどうも その浄化槽への据え付けの接続にも関連していると言う(建築時の設計ミス)やっとチョロチョロと少し流れたが 使える状況でも無く 高圧洗浄を進められた治ったというような流れでは無いどうしよう?!?!?とりあえず お湯・御酢を流して様子を見ているがなんか イイ方法は ないだろうか??インターネットを調べたらあまり熱い湯だと便器が割れますと注意告知が書いてあった( ^ω^)
2019年02月12日
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【笑う笑う神の御恵み】笑う 笑う 神の御恵み(みめぐみ)自制(じせい)の楔(くさび)を解き放ち子供のように 笑い 微笑むなにも問題は無い何も 問題は無い無問題 (メイウンティー)無問題 (モウマンタイ)涙を流し 笑い転げて笑う 笑う悩みよ 失せよと ただ笑うボジティブな告白が一日の土台になるとき神と聖霊の働きが 愉快に働くそれが 神の約束であり御恵みだから収穫は神様の恵みの中で豊かに実り与えられる右にも 左にも逸れることなく従順に 忠実に 神の御声に従いなさい神の法則 方程式に従いなさい神の尺度でものことを見て噛み砕いて理解しなさい物事に解決を求めるときに祈りの中に神様の十字架を祈り求めるのです赦されたように 赦しなさい神様のエナジーに身を浸して(ひたして)ハレルヤ エーメン 黄郁傑兄「台湾と日本の間を渡る」(日本語)2019年2月10日年音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_9.html
2019年02月12日
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2019年02月11日
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2019年2月10日筑波福音基督教会「神にゆだねたダビデ」信靠神的大衛 (北京語・日本語)第一サムエル記(撒母耳記上)24.26章メッセンジャー 今高一紀牧師通訳 川島兄 日曜礼拝_10時30分から12時茨城県つくば市谷田部6100-13 谷田部中隣https://bethesda.at.webry.info/201902/article_10.html
2019年02月11日
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https://bethesda.at.webry.info/201902/article_9.html
2019年02月10日
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【嵐の後の静けさょ2019年23日の出来事】シンシンと夜は静まり返り今日の朝を迎えた(2019年2月3日)障がい を持つ娘が起きて来るなりおもむろに 着替えもそこそこにテレビをスイッチを入れては アニメを見始めた・・・むろん パパは「コラぁー」って怒ったサ「朝起きてスグにアニメは見ないで」って諭した(さとし)たサすると娘の 死ね死ね団(談義)が始まって「死ね」「死ね」「死ね」と台風 嵐を引き起こすテレビのリモコンをしっかりと握りしめお尻の下へと挟み込むパパが仕方なく テレビの電源を切ろうとすると・・・!!バトル勃発キィー キィー がキャー キャー になって誰に 似たのか ヒステリックが始まってすると お爺ちゃん 参戦!!「うるさぁぁい」と怒鳴ったら今度はお爺ちゃんと バトル勃発「パパの作ったごはんは食べないから」とパパの作った朝食には手を付けずに自分でキッチンに立つしまつそしてそんなこんなの数時間疲れすぎたのか? 騒ぎすぎたのか?赤ちゃんのように スヤスヤと寝てしまうまた寝てしまう娘である靜に 黄色く空は染まり日は 優しくシンシンと落ちて行くコタツの中には いつもの優しい娘が眠り さっきのご機嫌の悪さを 何食わぬ顔で伺わせることは無い健やかに 冷たい風は過ぎ去ったあぁぁー 嵐の後の静けさょ明日は 筑波福音基督教会での礼拝娘はきっと 教会での楽しい夢を見ているのだろうハレルヤ エーメン 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月10日
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【世に死に 神の国に生きること】主と共に死に 主と共に生きる(マタイ三章13-17 バプテスマのヨハネからイエス様が洗礼を受ける)神は見えないモノを見せ見えない道を進ませる私たちの所属は 変えられ 鞍替え(くらがえ)される暗闇は光に開かれ 瞬き(まばたき)して目覚め光に満ちて 罪から恵みへとシフトされ主の御名に証しする者として働くのである私の苦しみの根源はイエスの御名が滅ぼして下さる「私はイエス様のモノです」と告白する暗闇の力の代理人とならズアイツは死んだ者だと告白すること信じよイエス様を信じること「私は既に死んだ」世に死に 神の国に生きること罪を無力化することが その死にはあるイエス様は 悔い改める私たちと常にいてくれるのだからハレルヤ エーメン 金昌民牧師(船橋市純福音愛隣教会) 「マタイ16章21-」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月09日
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2019年2月8日メッセンジャー 金昌民牧師 船橋市純福音愛隣教会 「マタイ16章21-」【主日礼拝】 一部 午前10時 (日本語 韓国語同時通訳) 二部 午後1時 (韓国語 日本語 同時通訳) 三部 午後 6時 (韓国語 日本語 同時通訳) 千葉県船橋市湊町2-2-6 ミナトビル二階 船橋市市役所すぐ近くTel : 047 - 401 - 2242 https://bethesda.at.webry.info/201902/article_6.html
2019年02月08日
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2019年2月3日筑波福音基督教会「主の戦い」主的爭戦 (北京語・日本語)第一サムエル記(撒母耳記上)17章メッセンジャー 今高一紀牧師通訳 川島兄 日曜礼拝_10時30分から12時茨城県つくば市谷田部6100-13 谷田部中隣https://bethesda.at.webry.info/201902/article_5.html
2019年02月04日
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2019年02月04日
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人混み (夢)2019_1_28久しぶりに夢を見たその夢は こんな夢だった韓国のキリスト教会だろうか?景色のイイ 展望台から小さい頃の息子と 外の景色を眺めているすると 人混みが動き出し飲み込まれるように流されて下へ 下へ と下の階へと押し流されて行く目の前の息子がいなくなって息子は 息子は と思いつつも流されて行くそして 展望台で角に(はじ)に流された一筋の人波に居たのだとフッと思うでも もう上に戻れる状況でなく更に下の階へと流されてやっと 人混みから外れても椅子に座るしかなく・・・座ると 隣の人がトントントンと私の肩を叩く息子かと振り返ると 妻だったそして妻が聞くので「息子は?」と私が「逸れた(はぐれた)」と話すと妻が私を怖い顔で睨んだところで目が覚めたすると「おはよう」と息子が起きてきたのだ韓国の大学へにそろそろ戻る息子( ^ω^)いてくれて 良かったと「おはよう」と返事を返した 川島長老(筑波福音基督教会) 「主は心を見る」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201901/article_12.html
2019年02月03日
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【イタリアンなサイゼリヤ】サイゼリヤは よく利用する息子が 海外から帰って来ている時期は特に利用する息子は 小学生高学年の時代から単身海外での生活が多い・・・ 息子とお爺ちゃんがサイゼリヤへとお昼に行くと覚えて下さっている店員さんがいて 時折さり気なく声を掛けられる「今日はお孫さんとですね」ってすると お爺ちゃんのこわばった顔が崩れて笑顔へと変わるのである夜に行くことも多いそんな時は PM9時を回った頃に家族で行くことが多い障碍を持つ娘は 決まってサイゼリヤの二つの絵を見比べて探す間違い探しにハマっているそして「アッタ」「あった」と大騒ぎをするのであるこれがなかなか難しく暑さ(厚さ) 寒さ(長さ)も彼岸(悲願)までと言わんばかりに見つからないすると長女が スマートフォンを取り出してググって回答を探すのであるミラノ風ドリアに温豆サラダは定番でそれに ポッカチオなど付けはなお結構( ^ω^)更には ピザも一枚あって最近は シェフサラダに辛味チキンかな!次女の定番と言えば ハンバーグ妻はパスタをよく頼むそんな夜には 月明かりが愛おしく(いとおしく)家族の温もりが車内の家族を包むのである笑顔に笑い 普段言えないことまで喋っていたりするウシシシシ 息子の話し 聞いちまゃったゼ鯔の話し鼻先は平たく、口はそれほど大きくない。唇は細くて柔らかく歯も小さいが、上顎がバクの鼻のように伸縮する。目とその周辺は脂瞼(しけん)と呼ばれるコンタクトレンズ状の器官で覆われる。ボラ科の近縁種で、同じく大型魚となるメナダとの区別点の一つはこの脂瞼の有無である。(フリー百科事典『ウィキペディア)よりそのサイゼリヤの壁の絵にも共感を覚え恵まれるのである感謝してハレルヤ エーメン 川島長老(筑波福音基督教会) 「主は心を見る」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201901/article_12.html
2019年02月02日
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【2019年カレンダー2月より】これらの宝石はイスラエルの子らの名を表して十二個あり、それぞれの宝石には、十に部族に従ってそれぞれの名が印章に彫るように彫り付けられた。(出エジプト記39章14)わたしの目にあなたは価高く、貴くわたしはあなたを愛しあなたの身代わりとして人を与え国々をあなたの魂の代わりとする。(イザヤ書43章4) 川島長老(筑波福音基督教会) 「主は心を見る」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201901/article_12.html
2019年02月02日
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【渇いた空に2019年2月1日】水滴で喉を潤すように渇いた空にアングリと口を開ける三日月まるで その口に飲み込まれそうに潤い輝く木星2019年2月1日AM4時半の空である道の端には 昨日の夜に降った雪がまだ白く残り人のまだ踏み入らない公園は 真っ白に朝の目覚めを待っていたハレルヤ エーメンイエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。 しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。 女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。 (ヨハネによる福音書4章14-15).主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。(イザヤ書1章18) 川島長老(筑波福音基督教会) 「主は心を見る」音声プログhttps://bethesda.at.webry.info/201901/article_12.html
2019年02月01日
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