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妹・咲良を死に追いやったストーカー・岡尾。 紗崎玲奈は、彼に情報提供した悪徳探偵を「死神」と呼び、その正体を追う。 前巻同様、暴力シーンはハードで、血が流れ、傷つき、人が死ぬ。 玲奈を絶体絶命の危機から救った窪塚も、結局死んでしまう。 今巻の核となる、DV被害女性集団失踪事件はケリがついたものの、 「死神」の行方は分からない。 そして、峰森琴葉の姉・彩音の行動も釈然としないまま。 気になるので、結局次巻も読むことに。 *** 「アイフォーンなら、機内モードをオンにしとけば既読がつかない。 アンドロイドの場合も、電源オフにしていればだいじょうぶ」(p.115)なるほどね。これは使えそう。これ以外にも、ちょっとやばい情報なんかも、あちこちちりばめられてる。この辺は、松岡さんらしい。
2016.02.27
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タイトルから、軽めの啓発本だと思って読んでみたら、 結構、真っ当な内容のもので、逆にちょっとビックリ。 副題の「会社人生を決める7つの選択」は伊達じゃない。 さすがに日本経済新聞出版社の一冊。 プロローグは「出世のルールが変化する」。 どういう人が上に行くかは、会社のタイプにより異なる。 ロイヤリティ型と環境適応型、そして自立型。 人事のルール、出世のルールが、それぞれに違うのだ。第1章は「出世したいなら残業すべきか」。次のような場合、どのように行動すべきかについて、会社のタイプ別に説明していく。まず最初は、選択1「残業するか、早く帰るか」。続く2つめは、本著のタイトルにもなっている部分で、選択2「社内の飲み会に行くか、プライベートを選択するか」。そして、3つめはこれも迷うところの選択3「会社の近くに住むか、遠くに住むか」。そして、選択4は「異動を受け入れるか、今の部署で専門性を高めるか」、選択5が、「転勤に応じるか、家庭の事情を優先させて断るか」、選択6は、「育児休暇をとるか(どのくらい長く取得するか)」、選択7は、「人事面談では上司に成果を強くアピールすべきか」。第2章は「会社にしがみつくのは今、適切な選択か」。副題の「あきらめると生涯年収が下がる時代の4つの選択」が添えられている。その選択1は、「これ以上もう上に行けないかなというとき、どう動くか」。なかなか切実な問題である。そして選択2が、「転職するか、今の会社で可能性を探すか」。選択3が、「企業という選択をとるべきか」。選択4が、「退職した会社の人との人脈を維持するべきか」。ここも、地に足の着いた回答になっていて、なるほどなと思わせる。続く第3章は「会社の価値観から自分の価値観へ」。副題は「セルフマネジメントアビリティを身につける」。第4章が「世代によって違う働き方のルール」。副題は「モデルなき時代の会社員の行動規範」。第4章は、50代、40代、30代、20代と、年代別の動き方が示されており、どの年代の人が読んでも、対応できるつくりとなっている。そして最後が、おわりに「マネジメントを自分のものにする」。結構重たい問題だけれど、読んでおいて損はない一冊。
2016.02.27
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副題は「レビー小体型認知症からの復活」。 2012年9月23日から2015年1月15日までの日記と、 2015年1月27日に行われたレビーフォーラムにおける講演録で、 樋口さんの日々の思いが綴られています。 認知症については、私も昨年、医師から直接聞かせてもらう機会がありましたが、 「レビー小体型認知症」については、 アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症と並び、三大認知症と呼ばれていることを含め、 どのようなものであるか、ほとんど知りませんでした。文面からは、様々な症状や、そのことから生じる心の中での葛藤に、樋口さんが、一人で悩み苦しんだことが、よく伝わってきます。そして、それが他の人に、なかなかうまく理解してもらえない辛さも。その診断は、とても難しいのですね。
2016.02.21
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「お気の毒に……」と思わずにはいられない。 これほどまでに、自分の家族に対し、斜に構えて生きてこられたことを。 そんなの、余計なお節介だとは分かっていても。 それが、時代と環境のなせる業だとは分かっていても。 佐野さんのように、母親との間に激しい軋轢があった人でも、 最後に、それが和らぎ、新しい関係が築けたのなら、救いがある。 しかし、父親との間にも、母親との間にも、 そんな関係を築けぬまま、その関係は終わってしまった。 家族のことは自分から話さないに限る。 聞かれれば必要最小限に答えはするが、それ以上の情報は提供しない。 そうでないと、どこまでも追及されて、噂話の種にされかねない。 さらりとかわすなりして他の話題に切り替えたい。 お互いのプライバシーを明かすことが仲のよい証拠のように思われているが、 そんなことでつながる必要はない。(p.58)全く同感。今、ここで対面している二人の関係に、家族なんて関係ない。自分自身のことを話すのなら分かるけれど、家族のことを話して何になる?それを知ることで、相手の育成歴や遺伝的なものを推し量り、より相手のことを知るため?私は、両親に対し、著者のような感情を持たずに、今、こうやって生きていられることを、とてもありがたく思う。それは、私自身も親になって、両親共に、一人の人間として見ることが出来るようになったことが大きい気がする。出来れば、子供にも、そんな感情を持たずに育ってもらいたいが、それは、やはり別の人格のことゆえ、こちらの思う通りには、そう簡単にはいかないだろう。それでも、親として、家族というものを、社会集団の基盤としての役割を果たすものにしてしておくことは、最低限の責務だと思っている。 叔母は私に何か頼んだり、こうして欲しいと言ったことはほとんどないのに、 叔父の弟子の夫妻を頼りにしていた。 車でお花見や湘南の海、さらに上越の家までも連れていってもらっていた。 複雑な気持ちだった。 どうして叔母は私に何かを頼んだり甘えたりしてくれなかったのだろう。 「可愛くないんだから」と言うと電話でいつも笑っていたが、 私が頼りなかったのか、仕事で忙しくしているからと気を遣ってくれたのか。 彼女にとって一番身近な親類は私しかいなかったはずだが。 血はつながってはいないが、私がその生き方を尊敬していた女性だけに淋しかった。(p.123)本当は、著者はその理由に気付いているのだろう。自身がどのような人間として、周囲から受け止められているかということに。本著がこれだけ多くの人に読まれながら、批判的な意見ばかりが目立つ理由にも。やはり、お節介だけど「お気の毒に……」と思ってしまう。
2016.02.20
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上巻の攻勢一辺倒の状況は一転、 下巻に入ると、次第に主導権は相手方に奪われていく。 そして、味方の犠牲者数が日を追うごとに増えていき、 酒井さん自身も、何度も死の淵を覗き込むことになる。 大村航空隊での訓練中、練習機の脚が出なかったときや 硫黄島上空で、グラマン15機に追われたとき、 敵の第58機動部隊に、白昼強襲をかけたとき、 TBFアベンジャーの爆撃で、土砂の中に生き埋めになったとき等々。中でも、ガダルカナル上空でのダグラスSBDドーンレスとの空戦で、重傷を負いながらも、気力を振り絞ってラバウルまで帰還し、横須賀海軍病院で、麻酔もかけずに、右眼球の中からガラス破片を取り出す手術を受けるまでの記述は別格。その間の、およそ50ページにも及ぶ回想は、人が死と直に向き合った時の心理が見事に描かれている。この部分を読むことが出来ただけでも、本著を読んだ意義があったと思えるほどのスゴさ。さすがに、5,000冊以上の中から選ばれた6冊のうちの1冊だけのことはある。
2016.02.20
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タイトルになっている桐島君は、 バレー部・キャプテンだったのに、 突然部活をやめてしまった生徒として名前が登場するだけで、 このお話の中で、自らが主役となって動き回ることはない。 桐島と同じリベロのポジションで、常に控えに甘んじていた小泉風助、 コンクール目前のブラスバンド部部長、サックス吹きの沢島亜矢、 映画甲子園で、審査員特別賞を受賞した映画部の前田淳也、 桐島退部後のバレー部キャプテン・孝介が彼氏のソフトボール部・宮部実果。 そして、能力に恵まれながらもフラフラしてる、野球部幽霊部員の菊池宏樹。この5人の目から見た、田舎にある県立進学高の日常が描かれる。同じ場面が、立場が違えば、まるで違ったものに見え、それぞれが、様々な感情を抱きながら、高校生活を過ごしてる。宏樹と竜汰、友弘の三人は、ルックスや運動もできるイケてる男子。そして、実果、桐島の彼女・梨紗、宏樹の彼女・沙奈、淳也と中学時代は仲が良かった東原かすみの四人はイケてる女子。この男女を頂点とする厳然たるヒエラルキーと同調圧力。映画部の淳也や武文、沢島亜矢らは、底辺で目立たず日々を過ごし、沢島亜矢が密かに思ってる竜汰に、同じく好意を寄せてる志乃は、元々は実果たちと行動を共にしていたけど、今ははずれてしまってる。でも、ヒエラルキーの上位にいる者が、必ずしもリア充というわけではない。宏樹には、映画部の二人の姿が、とても眩しく感じられるし、文庫版で追加されたお話の主人公、バドミントン部の東原かすみだって、本当は、淳也のことを、まだ気にしてる風。ヒエラルキーは若き日の淡い幻想。朝井さんは、岐阜県立大垣北高等学校卒業か……岐阜の言葉って、こんな感じなんだ。19歳らしい作品。若いって、こういうことなんだ。
2016.02.15
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零戦で200回以上の空戦を戦い、 64機を撃墜した坂井三郎さんの回想記。 六中受験に失敗し、入学した青学中等部も退学。 故郷・佐賀に戻ってからは、百姓をしながら少年航空兵を目指す。 しかし、二度の受験に失敗。 そして、一般海軍志願兵に応募して何とか合格。 兵科第八分隊に編入され、戦艦霧島の十五インチ副砲分隊へ。 さらに、横須賀の海軍砲術学校を経て、戦艦榛名の主砲分隊へ。そこで、上官に飛行機乗りになりたいと申し出たところ、二番砲手から弾庫員に格下げ。それでも諦めずに操縦練習生を受験して合格。念願の霞ヶ浦海軍航空隊の一員となったのだった。そこでの日々も、克明に記されている。飛行機の操縦が、どんなものかが目に浮かぶ程に。教官の指導を受けながら成長し、首席で卒業、九州・佐伯航空隊で三か月の延長教育後、高雄航空隊に配属される。さらに、九紅の第十二航空隊に転属、中国大陸へと渡る。そこからは、明日の命は分からない、闘いの日々。そこで描かれる戦闘シーンは、まるでゲームの世界。自らの生命に、全く執着がないかのようにさえ感じられる。 当時の日本の飛行機乗りは、誰も落下傘を持っていなかった。 とくに戦闘機乗りは、戦闘に絶対に必要なもの以外は、 すべて出撃のときに棄てたのだ。 すこしでも機を軽くして、空戦性能をよくするようにと、 ただそれだけしか考えなかった。 そして、もしも敵地において被弾したら、ただ自爆するだけさ。 そういった、あっさりとした観念を、いつのまにか植えつけられていた。 これは、戦に出ることは死ぬことと決めてかかっていた 日本人特有の<思想>からきているのかもしれない。 また飛行機乗りには、とくにこの思想が強かったのかもしれない。 私たちのあいだには<生きる>ということを考えていたものは、 一人もいなかった。 死ぬことを飛行機乗りは当然の運命のように甘受していた。 だから、いささかでも空戦において 生命を惜しんだと思われるような行動は、 誰もとりたくなかったのだ。(p.359)そう、飛行機に乗るということは、もう、その時点で死を覚悟するということだった。自分の生命に拘っていては、戦闘機で撃ち合うことなどできない。自らがゲームのキャラクターと化すしか、戦う術はないのだ。 ***先日読んだ『自分を変える読書術』で、著者の堀さんのお薦め本に挙げられていたので読んでみた。上巻を読み終えた段階では、5,000冊以上の中から選ばれた6冊という実感はまだない。下巻には、どのようなお話が描かれているのだろうか。
2016.02.14
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先日、水木さんが亡くなられた。 そして、本屋さんに出かけると、水木さんの作品が並べられていた。 『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』は知ってたけれど、 こんなのも書いてたんだと驚いたのが、本著。 幼少期は、成績不良で素行が悪く、父親とは激しく対立。 ウィーン美術アカデミー受験に失敗し、建築家を目指すが挫折。 徴兵検査で不適格と判定され、兵役を免除されたが、 第一次世界大戦が起こると志願して、会戦に加わった。このくらいの知識は持ち合わせていたが、「ドイツ労働者党」が、ごく少数の組織に過ぎなかったことや、ヒトラーの演説会が、その組織拡大に大いに貢献したこと、陰謀策略が飛び交い、組織内外抗争の連続であったこと等々、改めて知った。ミュンヘン一揆の失敗をもろともせず、権力闘争を勝ち抜いていく執念と強運。常軌を逸した独善的で、排他的、固執的、粘着質な気質。このような人物を指導者に選んでしまう民主主義という名の民衆心理。フィクションのような陰鬱な世界。それを水木ワールドの中で見事に描き上げた筆力は流石。しかし、これは現実だったのだ。フィクションとノンフィクションの世界は、紙一重の違いでしかないことを思い知らされる。
2016.02.14
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学校とは、日本に住む99.9%の人たちが、そこで過ごす経験をする場であり、 それ故、誰もが自分自身の経験を通して、色々と語ることの出来る場です。 それは、自身が児童・生徒だった時のこともあれば、保護者だった時のことも。 つまり、学校について語ることが出来る人は、これ以上にないほど多いのです。 しかしそれは、あくまでも教えられる側から見た学校。 教える側から見た学校は、やはり、それとはちょっと違う見え方をするところがあります。 でも、そこのところが、なかなか分からない人も多くて、 自分の経験だけに頼っているのに、学校の全てを分かったように語る人もいます。本著は、『となりのクレーマー』や『僕が最後のクレーマー』の関根さんが、学校における苦情対応について記した一冊です。日本教育新聞に連載したものをもとに、教師応援の立場で書いたものだと、「はじめに」で述べておられます。 なお、私は今も、またこれからもずっと教育業界を違う角度から見ています。 そして、きっと見誤ることはありません。 それが第三者であり、クレーム対応アドバイザーとしての私の役割なのですから。(p.7)相当な自信と覚悟をもって、教育について関わろうとされていることが伺えます。その自信からか、学校について、教師について、次のように述べられています。 翻って、学校などの教育の現場を冷静に見てみれば、 やはり有形の何かを提供しているわけではない。 ざっくりと分類すれば、サービス業であることは事実だと思います。(p.4)まぁ、本著のタイトルを見ただけで、憤慨した教員の方もいるかとは思います。でも、教員というのは、形のあるものを生産する仕事ではなく、目に見えないものを与え、伝え、導き出す仕事なのですから、サービス業に分類するのは、決して間違っていないとは思います。そして、先ほどの文章は、次のように続いていきます。 しかし、教師はそのなかでも異質ではあります。 また、提供されるサービスも、こういっては申し訳ないのですが、 最低の質のものを提供しているようにしか見えません。 その理由は明らかです。 商品の販売に伴うサービス業とは、あくまで利益の確保を前提としたものであり、 それが担保されるのであれば、それ以上に媚をうったり、 へりくだったりする必要はありません。 ある時は果敢に、毅然とした態度で顧客側と戦うことも要求されます。 しかも、それでも顧客を決して手放さないように 取りまとめるのが本当のプロのサービス。 似合わない色を「お似合いです」とお世辞をいって売りつけるのは詐欺であり、 真のサービスではありません。 また、受けた苦情を解決し、次に生かすのではなく、 ことなかれ主義で最初からなかったことにしてしまうのも、 やはりプロとして失格です。 それらの意味で、教育界はサービス業の基準からみれば、 プロの基準に達しているようには思えないのです。(p.4)教育は「商品の販売に伴うサービス業」ではありません。教育を「ビジネスモデル」でとらえるべきものではないことは、内田先生が度々述べられておられる通りです。なので、そんな基準でみられると、とても困惑してしまいます。 私が教師などの教育現場に携わる454人に調査してまとめた 「日本苦情白書」のアンケートでは、 教師の多くは、教頭や校長に相談した際に 「彼らの意見が参考になった」と回答しています。 それはそれで結構なのですが、年齢を重ねた先生方の意見は、 果たして今現在の保護者のニーズに合致していたのかどうか。 その意味で本当に正しい回答になっていたのか、やや疑問なのです。 同白書によれば、苦情が増えたと回答している教師の割合は、 実は年代が上がるにつれて増えています。 裏返せば、実は年齢を重ねた教師ほど、 保護者へ器用に対応する能力がないということを意味します。 そういった彼らからの「提案」や「指示」がどこまで的確かどうかは 心のどこかで注意しておく必要があるかもしれません。(p.29)上司や先輩の言うことを信頼するななんて、なかなか過激ですね。誰に「提案」や「指示」をしてもらえばいいのか、困ってしまいます。ところで、「年齢を重ねた教師ほど、長期に渡りその移り変わりを見てきたので、苦情が増えたと感じてしまうのではないか?」とは思わなかったのでしょうか?しかし、「第3章 保護者対応マニュアル<基本編>」の「苦情対応の基本7ヶ条」(p.62)では、その5番目に「正しいとは思われる判断をしつつ、上司へも必ず報告」としています。あくまでも報告だけで済ませ、指示は別の人からということで宜しいでしょうか?すると、6番目には「悩んだとき、上司や同僚以外に相談すると、思わぬ解決策が得られることもある」と書いてくれていました。でも、「上司や同僚以外」というのは、どんな人を想定しておられるのでしょうか?守秘義務や個人情報保護の観点から、相談できる人は限られており、これも悩んでしまいます。一方、「怒りを買う話し方」(p.73)として、3番目に「知ったかぶり」を挙げておられます。小野田先生の「イチャモン研究会」にも出席されておられるとのことなので、関根さんについては、これには該当しないはずですね。さらに、「許される話し方」(p.83)として、2番目に「言ってはいけない言葉をインプットしておく」を挙げておられます。「見誤ることのない、第三者の、クレーム対応アドバイザー」である関根さんは、教員に対しても、どのように話せばよいか、熟知されているはずです。ただ、気になったのは「第5章 苦情対応力の強化に『ロールプレイ』」です。ロールプレイ例「出席日数不足問題」(p.130~)の「理想編シーン」がそれです。 担任「朝は学校のトイレ、帰りは駅のトイレ。 それが女子高生の化粧室になっています」 父 「わかっているなら止めろよ」 担任「そうは言いますが、女子トイレですし、そこまでは。 もちろんその場で見かければ注意しますが、ここで、父親から「学校には、女性の教員はいないのか!」と突っ込まれること、間違いなしだと、私などは思うのですが、そういうこともなく、担任は次のように言葉を続けます。 元々『はい』と素直に聞く子なら、化粧などしませんハイ、終了で~す!もう、ここで父親が激怒して、胸ぐらをつかんできてもおかしくない。まさに、これこそ「言ってはいけない言葉」。ところが、ロールプレイは、次のように続いていきます。 父「それもそうか……。うちの娘の化粧は目立つのかい?」(p.143)関根さん、時間がなく、推敲もほどほどに、この部分については、原稿を提出されてしまったのでしょうか?そして、新々・学校保護者関係研究会、通称「イチャモン研究会」に参加したことを受けて、次のような記述もされています。 研究会への参加を通じ、特に印象的だったのは、 都道府県によって、学校問題に対する対応力に大きな差があること。 また地域性が少なからずあることも発見でした。 ここには県民性などもありますが、 それ以上に、各地方を束ねる教育委員会の姿勢も大きく影響しています。(p.190)これは、なかなか鋭いと思います。そう、学校と言っても一括りには出来ないことに気付かれたようです。しかしながら、続く言葉は次の通り。 私の本業は、どんな苦情にも対応し、最善の手段を検討し、収めること。 そんな私から見ると、 学校での問題はレベルからすると失礼ながら「最小」に近いものです。 私はプロである以上、苦情を受ける側の被害を最小限にしつつ、 クレームを申し入れてきた相手の満足を最大限にすることが求められます。 その相手は「その筋」や「とある組織」ということも少なくありません。(p.197)「プライドを外して」とか「上から目線にならず、対等に向き合うよう心がけてください」とか、そういった姿勢がとても大切なことが、とてもよく分かる一冊に仕上がっていると思います。関根さんの狙い通りのものが、ちゃんと出来上がったのではないでしょうか。
2016.02.11
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十二国記の世界を舞台とする5つの短編集。 舞台となっているのは、戴、漣、芳、慶、雁、才、柳など。 泰麒、月渓、陽子、楽俊、利広、尚隆など、お馴染みのキャラクターに加え、 廉王・鴨世卓など、興味深い新たなキャラクターも登場する。 「冬栄」は『風の海 迷宮の岸』後の泰麒を描いたお話。 驍宗の登極後、泰麒は蓬莱から帰還する際にお世話になった漣国を、使節として訪れる。 その後宮で、畑を管理している廉王・鴨世卓から 「お役目」と「お仕事」の違いについて等の話を聞き、迷える泰麒は一歩前進する。「乗月」は『風の万里 黎明の空』で、祥瓊の父である芳極国・仲韃を討った月渓が主人公。 周囲から仮王となることを期待されながら、それを拒み続けてきた月渓が、 慶国からの使者・青辛の諌言と、彼が携えて来た祥瓊からの手紙とによって、 仮王となる決意を固めるまでを描く。「書簡」は、陽子と楽俊が鸞を使ってやり取りした内容を描くお話。それぞれが、日々の苦労を全く述べることなく、互いに励ましあう内容が、健気でとても好感が持てる。それぞれの「らしさ」がよく出た作品。「華胥」は、5話の中で最も長く、本著のタイトルにもなっているお話。枕辺に挿して眠ると、国のあるべき姿が見えるという「華胥華朶」。この才国の宝重を巡るお話。砥尚から華胥華朶を授けられた采麟は、自分の見る国と砥尚の作ろうとする国が一度も近づかないことに苦しみ、病に伏す。才の国土は荒廃し、民は困窮する。そして、朱夏の夫・栄祝の陰謀によって弟を誤解し、父と共に手にかけてしまった砥尚は、遺言を残し禅譲したのだった。 「人を責めることは容易いことなんですよね。 特に私たちみたいに、高い理想を掲げて人を責めることは、本当に簡単なことです。 でも私たちは、その理想が本当に実現可能なのか、 真にあるべき姿なのかをゆっくり腰を据えて考えてみたことがなかった気がするんです。 扶王が重くしているのを見て、軽いほうがいいのにって、 すごく単純にそう思っていたような感じがする……」(中略) 「税は軽いほうがいい、それはきっと間違いなく理想なんでしょう。 でも、本当に税を軽くすれば、民を潤すこともできなくなります。 重ければ民は苦しい、軽くても民は苦しい。 それを弁えて十分に吟味したうえでの結論こそが、 答えでないといけなかったんじゃないかな。 私たちはそういう意味で、答えを探したことがなかったと思うんです」(p.291)これは、このお話の主人公となっている朱夏の弟・青喜の言葉。小野さんらしい、現在の政治にも通じる、とても深みのある一言です。「帰山」は『図南の翼』で、珠晶が供王となるまでの道中を色々とサポートした利広と、風漢(明記されていないが、延王・尚隆)が、傾きつつある柳国の首都・芝草で30年ぶりに再会し、酒を酌み交わしながら、国の盛衰について語り合うというお話。とても短いお話だが、長く続く両大国を支える者同士の会話には深みがある。一方、柳国の衰えた姿は『丕緒の鳥』に収められている「落照の獄」に記されていた通り。 ***これで、文庫化されている9作は読了。あとは「漂舶」だけだが、これは『ドラマCD 東の海神 西の滄海』の付録なので、今でも入手できるものなのかどうか、調べるつもり。あとは、小野さんが続編を出してくれるのを待つのみです。
2016.02.11
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「ハケン」とは「派遣」ではなく「覇権」。 「頂点を取る」という意味。 そのクールで頂点を取ったアニメ作品を「ハケンアニメ」という。 そして、その座を巡って、競い合う人々。 第1章「王子様と猛獣使い」は、イケメンのアニメ監督・王子千春と 中堅アニメ会社・スタジオえっじのプロデューサー・有科香屋子のコンビによる 『運命戦線リデルライト』が創り上げられるまでのお話。 予測不能の王子の行動に、振り回され続ける香屋子。私は、辻村さんと言えば『ツナグ』のイメージがとっても強かったのだが、出だしは、それとはずいぶん違った印象で、「何だか、ピンとこない」感じ。しかし、読み進めるにしたがって、どんどんその世界に入り込んでしまった。なるほど。続く第2章「女王様と風見鶏」は、X大法学部卒のアニメ監督・斎藤瞳とトウケイ動画の敏腕プロデューサー・行城理のコンビによる『サウンドバッグ 奏の石(略してサバク)』が創り上げられるまでのお話。周囲のスタッフやキャストとの関係が、思うようにいかない瞳。そして第3章「軍隊アリと公務員」は、選永市にある原画スタジオ・ファインガーデンのアニメーター・並澤和奈とアニメも漫画も昔から読まない選永市観光課の宗森周平のコンビが選永市を『サバク』の聖地巡礼の地にすることに奮闘する日々。各章で、フィギュア会社ブルー・オープン・トイの企画部長・逢里哲哉や人気原型師・鞠野カエデ、『マーメイドナース』で主演を務めた人気声優・群野葵らが登場し、登場するキャラたちがどんどんつながって、お話が深まっていく。そして、最終章「この世はサーカス」。さすがに上手い。見事な人間模様。『ツナグ』で見せてくれた筆力を、また見せつけてくれた。
2016.02.11
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