2006年05月15日
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カテゴリ: 映画生活

『明日の記憶』 を観てきた。
観ようと思った一番の動機は「若年性アルツハイマー」というテーマ設定に惹かれたこともさることながら、なんといっても主演・渡辺謙の役どころ(主人公・佐伯)が中堅広告代理店の営業部長ということで、同じ業界に身を置く立場として、彼の仕事と生活ぶりがどのように描かれているのかに興味があったからである。

で、その点についての感想を言うと、映画なので誇張や単純化している部分はもちろんあるが、それでもかなり内容にリアリティがあって感心してしまった。クライアントの宣伝課長が「○○選手ぅ、しっかりたのむよ~」なんて、あんなクライアントいるいる、とか、主人公・佐伯の「おいおいちょっと待ってくれよ、こんなんで生活者にメッセージが届くのかー?」みたいなセリフなどはホントに我々の日常風景さながらで、思わずニヤリと笑えるシーンが随所にある。さすが、原作者が広告制作会社のコピーライター出身だけのことはある。

それにしても、佐伯にアルツハイマーの初期症状が出始めるあたりは、本当に見ているこちらも次第に不安、不安、不安が募ってくる。打合せの時間を忘れるとか、うっかり高速道路の出口を間違えるとか、日用品などで同じ物がまだあるのに何度も買ってくる、そんな些細なミスの積み重ねから症状は次第に深みに入っていくのだが、その程度のことは我々でも日常茶飯事のことであり、ここらでドキッとさせられる人も多いはず。(正直、ワタシはかなり該当する内容があって心配が加速中である。)
なかでも極めつけは、もの忘れによるミスの連続の末、ついに訪れた病院で「簡単なテスト」を受けるくだり。「あなたの年齢は?」「今日は何曜日ですか?」などに始まり、「いまから言う3つの言葉を覚えてください、さくら、電車、・・・」といったあたりにくると、なんだかもう主人公と一緒に必死になって覚えようと焦っている自分に気づくのである。

実はワタシは2年前の夏頃、原因不明の極度の頭痛と手足の痺れが続いたため、少し恐ろしくなって脳のMRI検査を受けに行ったことがある。幸い、検査結果は「過労による緊張性の頭痛」とのことで大事には至らなかったのだが、その際に見せてもらったのが、自分(健常者)の脳と、脳梗塞患者の脳、そしてアルツハイマー病患者の脳との比較画像である。そこで見たアルツハイマー病患者の脳は、ワタシの脳と比べて前頭葉および側頭葉の部分が明らかに収縮していて、暗黒の空洞部分がまるで悪魔の顔のように見えた。佐伯のアルツハイマーが確定したシーンで同様の脳の写真が出てきたとき、ふとそんなことも思い出した。

当然ながら物語は、主人公・佐伯が着実に自分を見失っていく様子を描きながら進んでいく。病状が進行するにつれ、かつて彼にとって、単に仕事上のツールだったポストイットやメモ用紙が、やがて今度は自分の身の回りの家具や電化製品が「何」であるかを認識するための、生きていくうえで不可欠な道しるべに変わっていくさまが皮肉で象徴的である。
ラスト近くで、ついに一線を越えたことを示すエピソードが起きるのだが、それを見た瞬間ワタシの中に起こった気持ちは、不思議なことに重いとか暗いとか悲しいとかではなく、なんとも言えないある種の「すがすがしさ」にも似た感覚であった。

この病気のように、生きながらにして自分を見失うということは、事実上の死を意味する。しかし本当の死と違うところは、長期に渡って周囲を巻き添えにしていくという点で、一層タチが悪い。残されて介護する側にとっての人生は地獄であるという話も聞く。これをみて「すがすがしい」なんて思っているのはたぶん究極のエゴで、この映画は、「最善の死にざまとは何か?」について考えてみるよい機会でもある。






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最終更新日  2006年05月23日 16時24分42秒
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