バリのガムランが聞こえる 3
グリは、卒業後は故郷に帰る予定だったにも関わらず、
私と出会ってしまったばかりに、もう1年NYに残ることに決めた。
彼は、プラクティカルトレーニングVISAを使って職を得て、
NYで働き始めたのだ。
だが、それは彼が意図する仕事ではなかった。
私のために、彼の運命を変えるわけにいかない。
でも、彼を失うのが嫌で、私はそう言い出せないでいた。
やがて秋が始まる頃になっても、元々NYが肌に合わない彼は、
時折故郷に帰りたさそうな言葉を口にした。
一方、アメリカが大好きで、できる限り長くNYに
いたいと考える私。
私がNYに来て、もう1年以上がたとうとしていた。
私はもう少しNYにいたいが為に、もう1セメスター分の
授業料を納めた。
父が仕送りをしてくれていた。
もう成人して、日本で大学も出ている身で、これ以上
仕送りをしてもらうのが申し訳ない気持ちで一杯だった。
そんな折、私のほうにも仕事の話が舞い降りた。
同じ学校にPCのトレーニングに来ていた、小さな日系メーカーの
人事担当の男性から、経理の仕事のお話をいただいたのだ。
彼とはよく話をし、たまに一緒に食事をしていた。
私はその話に飛びつきそうになった。
特殊能力のない私に、VISAをサポートしてくれる会社など
もうないだろう。
でも、迷った。
日本でなら、もっと選択肢があって好きな仕事ができる。
何も補助は出ないし、年収も私が日本で少し働いていた時の
それよりずっと低い。
しかも、ほぼ同じ時期に、私の家族に問題が起きていた。
私の母と、父方の祖母が長い間入院していたのだが、
祖母のほうが、もう長くないかもしれないと父から連絡があったのだ。
当時、大学1年と4年だった二人の妹は、それぞれ別の場所で
一人暮らしをしていた。
一人で家に残って、病院を行き来する父はもう限界の様子だった。
私の大好きな祖母だった。
事情があって、私だけが祖父母と暮らしたこともある。
祖母は家族の中で一番好きな、私の母同然の人だった。
その祖母が危篤だという。
物凄くショックだったが、それなのにまだ、
私は日本行きのチケットを取る気にならないでいた。
元々、当初は1年だけの留学予定だったので、一時帰国をすることは
考えていなかった。日本に帰る時は、荷物を引き上げて
本当に帰国するとき、と決めていた。
私の家庭の事情を何も知らないグリは、クリスマス休暇に
私をバミューダ旅行に誘ってきた。
それが私へのクリスマスプレゼントであり、ばれてしまうけど、
今から予約しておいたがほうがいいからと。
私はこんなに優しい人の運命を変えるわけにはいかない。
彼にはやはり、休暇が明けたら故郷に帰ってもらおう。
そして私も、年末には必ず日本に帰国しよう。
その後のことは、その時決めればいい。
問題は私の祖母だ。どうか、せめて年末までもって欲しい。
祖母の無事を祈りながら、私はNYに居残り続けた。
心の奥底は常に不安で、何か暗い雲がたちこめているような気がした。
つづく
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