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風の吹く場所~明日は明日の風が吹く~
2話…追いかけて捕まえて
アルタミラ近郊
延々と海岸に沿って続く砂浜を駆けていく一人の人物が居た。
「…ここまで来れば大丈夫かね?」
ふぃ…と逃げてきた旅人─その名をスリースと言う─は座り込む。
流石に全速力で足場の悪い砂浜を駆け抜けた為に、息は少し上がっていた。
「…残念ながら、大丈夫じゃないのよね」
「へ…?い゙っ…!?」
そんな声が聞こえたのでスリースが振り向くと、回転しながら飛んでくる何かが此方に迫ってきて
いたのを視認出来た。とっさに頭を下げて避けはしたが、逃げ遅れた髪の毛が数本刈り取られたら
しく、パラパラと短い髪の毛が儚く落ちていった。
「あ、外した…」
「あっぶねぇじゃんかッ!?」
と、スリースは彼を追い、先ほどの攻撃を仕掛けてきた緑髪の女性─アヤという名だった─に非難
の声を上げた。
彼女は飛んで戻ってきたブーメランを器用にキャッチすると、
「仕方ないじゃない。アンタが逃げるのが悪いのよっ!昔の人はちゃんと言ってるでしょ。去る者
はどこまでも追うべしってね」
と、宣もうた。
彼女はブーメランを自身の得物にしていて、遠距離からの攻撃を得意としているのだった。
「…いや、それ、去るものは追わず…全く意味、違うから…」
ひたすら砂浜を襟首つかまれ引っ張られて連れられて来た青年は、けほっけほっと咳をしながらも
ツッコミを入れつつ、やれやれという感じで起き上がった。
「…む。まぁいいわ、ともかく持って行ったお金は返して貰うから!」
「たかだか1000ガルド位良いじゃねーかよ!?」
「そのたかだか1000ガルドで、宿賃一人分足りなくて俺だけ野宿するハメになったんだけどな」
そう、空色の髪の青年─名はマキトという─がぼそっと恨み声で呟いた。
だが聞こえなかったらしいスリースは未だ屁理屈の弁明を続けている。
「だからさ、此処は穏便に…うわっ?!」
どざっ、と突如彼の足元から砂が大量に吹き上げた。マキトもアヤもスリースには近づいて居ない。
何故かいきなり、足元の砂が吹きあがったのである。
頭から砂を被ったスリースは口に砂が入ったのかけほけほと咳と唾を吐いている。
「思い出してたらなんだか腹が立ってきた。ともかく無理やりにでも取り返させて貰うからな!」
とスリースを指差してマキトが宣言した。
「ちょ、本気かよっ……つかさっきのって魔…」
「うるさい問答無用だ!」
すっ…とマキトの手が軽く空を切り、何事かを小さく呟いく。
その瞬間ごうっと急に突風が吹き、スリースの言葉をかき消しつつ彼の体を吹き飛ばしていた。
「…ったた…その風の魔術は危ないし卑怯っしょ!」
砂浜なので落ちた時のダメージは皆無らしく、素早く立ち上がるとスリースはそう叫ぶ。
「ま、自分で言うのも何だけどコレが取り柄だし?一番楽だからな」
「つ~か、あんさん“魔術”使って良いんかいない?」
「分かって無いね…見つかったらヤバイのは街の中だけって言ってなかった?」
ひゅっ…とマキトが掌の上で極小サイズの竜巻を発生させながら呆れた様に呟く。
「そもそも街の外は安全とは言い難いワケだし、護身の為って名目なら許されて然るべきでしょ」
マキトはエルフの眷属のため魔術を扱う事が出来る。もっとも、純血ではない為にその力は不完
全で、ほぼ決まった属性─この場合マキトは風で─しか扱えないのだが。
ともかく、その行使できる力ゆえにエルフの眷属は人には人外としてあまり良い目で見られるこ
とはない。表立った対立はないものの、咎あらば罰すの姿勢で見られている。なので、街中で魔術
等を行使すればたとえ濡れ衣でも罰せられることがあるのだ。
「あー…そんな事も言ってたよーな言ってなかったよーな…っていうか、そうじゃなくて魔術を使
うなって言ってるんだけど!俺人間!いや、俺、人間ですよ!?」
「だからなに?」
「エルフ…エルフの血を引く人は魔術は使えるけど人間は使えない。そのエルフの血を引くあんさ
んが人間である俺に対して魔術を使って来るのは不公平でしょうが!」
「別に問題無くない?それに君を追い詰めるために手段を選べる余裕は無いからね…!」
「いやぁ…ある意味褒められてるみたいだから嬉しいんだけど…それは勘弁っ!」
「このっ…魔神拳っ!」
振り向きざまにスリースは拳を振り抜き、衝撃波を追ってくる二人に向けて打ち出した。
「させるかっ!」
マキトは風の塊で衝撃波を相殺させる。
「トマホークっ!」
アヤの声にゴウゥッと音を上げた唸りにスリースが上を向くとブーメランが自由落下以上の勢い
で急降下してきていた。
「っと!」
スリースはすばやく身を翻してかわす。
目標を外したブーメランは砂浜に勢い良く突っ込み、激しく砂埃を巻き上げた。
砂塵で辺りの視界が一瞬ゼロになる。
「うわっ!?」
至近距離に居たマキトは思わず腕で目を守るために防御姿勢になる。
その瞬間を逆手にとってスリースはマキトに飛び掛る。
「閃天脚っ!」
音を聞いて咄嗟に防御の姿勢を取るが動けないマキトを身体を捻って蹴り上げを繰り出す。
その足はマキトのガードを抜けて彼を空へ叩きとばした。
「そして~、昇竜しょ…ぐはっ!?」
蹴り上げで浮き上がったマキトに追撃のアッパーを叩き込もうとしたスリースは、背中にブーメ
ランの直撃を喰らってしまった。
「ふふん、あたしを忘れて貰ったら困るのよね」
彼の背中から戻って来た予備のブーメランを、手際よくキャッチしながらアヤが得意そうに言う。
「いでっ!!」「…ッ!?」
そしてトドメとばかりに、背中を押さえて悶絶しているスリースの上にマキトがドサッと降って
来た。
『っ~……痛ぇ~…』
どうやら双方ともに頭を打ったらしい。スリースは痛みのあまり声を上げる事も出来ないらしい。
対照的にマキトは頭を抱えて砂浜をゴロゴロと転がっていた。
「(アホかこの二人は…)…まぁ良いわ。結果的には動けなくして捕まえれたんだし」
そう独りごちるとアヤはとさとさと歩いて転がっている野郎二人に近づき、スリースの襟首を掴
み持ち上げた。
「はいっ、起きなさい。とっとと返すもの返さないからそんな目に遭うのよ。そもそも私らのお金
に手をつけることからして間違ってるのよ」
「はぃ…でもなぁ~…」
「何?」
「今、手持ちのお金が全く…」
ドスッ!!
スリースの体は目にも留まらぬ速さで砂浜に叩きつけられ、アヤはすぐさま再び尋ねる。
満面の笑顔で。
「何か言ったかしら?」
健気にもスリースはもう一度同じ事を言おうとしたが、
「だからお金が…」
ゲシッ!!
「だから…」
ドコッ!!ドサッ!!
バサッ!!
***
「……稼いできます」
しくしくとボロボロなスリースはそう宣言した。
十数回に渡りさっきの様な問答を繰り返した結果、流石にスリースもダウンしてしまっていた。
瀕死状態に陥ってしまった彼を手持ちにあったライフボトルで蘇生させて、その後に殴…もとい
話し合いをして手持ちにない分は、彼がきっちりと集めて支払うということに決まった。それに加
えて彼の蘇生に使ったライフボトルのお金や、彼を追いかけるのに使った船代なども計上されて
いたりもする。どちらにしろスリースには文句を言える立場ではないので泣き寝入りするしかない
のだが。
「てかさ、どーやって3000ガルドも稼げば?」
「金品を収集する癖のあるモンスター退治だろ、地べたを這いずり回ってサーチガルド、一攫千金
ならギャンブルだし、日雇いアルバイトだろ、あとトレジャーハント、スリ、一念発起の銀行強盗
…まぁ色々あるだろう?」
どうやらたんこぶが出来たらしく、やわやわと後頭部をさすりながらマキトが答えた。地味に痛そ
うである。
「……あの~…後ろ二つがヤバめなんですが?ついでに言うとカジノは夜しか開いてな…」
「文句有るかしら?誰 の せ い で 何 で こ ん な コ ト す る 事 に な っ た の か な ?」
ぬぅっ、と横からアヤが爽やかな笑顔で乗り出してくる。とても眩しい最高の作り笑顔だ。
「…ワカリマシタ」
彼はカタカタと擬音が背後に見えそうなくらい棒読みで答えた。言わずもなが涙目である。
「それじゃ、帰って涼むとするかな。つか氷で冷やさないとな…」
「私らはアルタミラに居るからね~。日没までには用意してよね、滑り込みでチェックインすると
ホテルも安くは無いんだし」
「へ~ぃへぃ」
適当に生返事返してアヤらとは逆方向にスリースは歩き出そうとしたが、そこにマキトがコソコソ
と寄ってきて耳打ちをしてきた。
「(上手く行ったら飲み物でも奢るから頑張って来い)」
「(マジかっ?!おし、頑張って来るぜ!)」
「(ま、無理っぽい気もするけどな)」
と、最後にからかって笑いながらマキトもアルタミラの方へ駆けていった。
「はぁ…そんじゃ、適当に頑張ろうかね~」
続く
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