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夜

　夜　

　　今夜は月が出ているらしい
　　夜街
　　うた
　　ある夜

今夜は月が出ているらしい

　今夜は月が出ているらしい
　音と静けさの波にそってカエルが
　　歌ったり　　歌ったり　　歌ったり

　今夜は土曜日の夜
　夜の真ん中で前の日と次の日が交代して
　年月が過ぎる

　月は桃色であり頭半分が欠けているのであり
　水蒸気の膜でぼんやり

　冷蔵庫の中で
　製氷機が水を呑む音
　ぼろろろろろ
　ぼうぼう
　うるるるるるるるう

　静かになった

夜街

　こんなにも夜なのに

　少しも暗くない街の中で
　光を出さないホタルたちの間で
　漂う匂い
　幻へ片足かけた空気を感じて

　でも

　空を見上げて
　月を見ることが出来るのだと知った

　鉄筋コンクリートとプラスチックでできた玩具の街の宙に
　神話にも哲学にもまだ変わり果てていない真珠が浮かぶ

　それは
　純粋すぎて
　悲しい石だった

うた

　辺りには茶色い暗闇が落ちて、街灯には赤い光が灯った。水母色に発光するコンビニの傍の、植え込みの上に腰掛けた男が、空を仰いで歌っていた。年を取っているように見えた。短いズボンからは、骨の形が見える脚が二本。立てた左右の膝の上には、それぞれ左右の腕を乗せている。指先は折れ曲がっている。塑像の置物のように、干からびている。男の傍のアスファルトには、小さな袋が置いてある。それが紙で出来ているのかビニールで出来ているのか、布で出来ているのか革でできているのかは分からない。上着は、会社勤めの人間が着ているようなものに見えた。男の細い咽から、声が漏れた。節もメロディーも、歌詞さえも分からない歌は、街の地面に溶け落ちていった。交差点に止まった人々は、みな我が家のほうへと向いている。飲み屋の換気扇から流れ出た煙が、天をもやかしている。星は見えた。ただひとつだけ、魚の白目のように光る星が。

ある夜

　蛍光灯の音が
　空間に満ちている

　しばらく前に何か怖いものを見た気がするのだが
　何だったのだろうか。いや、見たというよりも
　考えたと言ったほうがいいだろうか

　自動車が通り過ぎる音がする

　鋼鉄の歯車をうならせて動く音がする
　世界を支える機構――――この大きな大きな工場を動かす仕組み
　（その姿のすべてを見た者はいるだろうか？）
　どこか遠くで

　思い出す必要などないのだ。むしろ忘れて
　しまったほうがいい。もしかすればそれは
　ただの幻影だったのかもしれないのだから

　トラックのゴムのタイヤがきしんで曲がり角を曲がった

　これは侵食ではない。侵食だとしても一体
　私の何が侵されているというのだ。ただ、
　世界が今までと少しズレてしまったような
　気分なのだろう。さあ、しょせん気分とい
　うことさ。アルコールの入ったグラスを傾
　けて微笑うくらいのもの

　「時計の針の音は、聞き慣れてしまったな」

　鳩時計が笑うんだ

　夜というものはどうも
　ごまかしがきかなくていけない

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