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2003年に中国で起きた、旧日本軍の化学兵器による事故に対しては日本政府から3億円が支払われておりましたが、これだけでは生活がたちゆかないとのことで、中国人被害者が訴訟に踏み切ったと26日の読売新聞が報道しています; 中国黒竜江省チチハル市で2003年、旧日本軍が遺棄した化学兵器により住民らが死傷した事故で、被害を受けた中国人とその遺族計48人が25日、「化学兵器を放置し、被害を防止する義務を怠った」として、日本政府に計14億3440万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。 訴状によると、03年8月、同市の建設現場で見つかった5本のドラム缶から毒ガスの溶剤が漏れ、建設作業員や住民が中毒になり、1人が死亡、43人が呼吸器障害などの被害を受けた。 日本政府は、ドラム缶が旧日本軍の化学兵器だったと認めて中国政府に3億円を支払い、中国側はこの中から、被害者1人当たり平均約550万円を配分した。その後、被害者側は日本政府に医療費の補償や生活支援を求めたが、交渉は難航、提訴に踏み切った。2007年1月26日 読売新聞朝刊 14版 33ページ「旧日本軍化学兵器 中国人被害者らが提訴」から引用中国の各地に遺棄された旧日本軍の化学兵器は、一日も早く片付けられなければなりません。片付かないうちに起きた事故に対しては、日本政府の誠意ある対応が望まれますが、訴訟になってしまったのは遺憾です。
2007年01月31日
構造改革と称して企業に学校経営をやらせるというデタラメ政策が破綻し、うまくいけば今年度内に全国的に企業の学校経営を認める予定だった政府は、やむなく今年度の「解禁」を見送ることになった、と26日の読売新聞が報道しています; 構造改革特区だけに認められている株式会社による学校設立について、政府は25日、全国解禁を当面の間見送る方針を囲めた。株式会社が初めて設立した「LEC東京リーガルマインド大学」(本部・東京都千代田区)の法令違反が明らかになるなど、株式会社立の学校の多くで経営面や教育研究面に問題が見つかったためだ。文部科学省は同日午後、LEC大に対し、学校教育法に基づく初の改善勧告を発動。改善した内容について、30日以内に書面で報告するよう求めた。 私立学校の設立・経営は、学校教育法で学校法人にしか認められていないが、2003年度から、特区制度を利用すれば株式会社も学校を設立できるようになった。現在、株式会社立の学校は、大学6校、高校13校、中学-校の計20校ある。(中間省略) ところが、文科省による株式会社立学校の調査で、(1)収支が赤字(2)大幅な定員割れ(3)他の仕事と兼務する教員の指導力不足(4)図書館の蔵書が少ないなどの問題が浮上。さらにLEC大が改善勧告を受けることになったことから、同本部は、全国解禁を見送らざるを得ないと判断した。 一方、文科省はLEC大への改善勧告の中で、専任教員の実態と教育方法の2点が、大学設置基準などに明確に違反すると認定した。専任教員173人中106人が授業を全く行っていなかったほか、ビデオ授業のほとんどで教員が立ち会わず、質疑応答が可能なのはビデオ授業全体の約1%しかなかった。 また、授業を行っている専任教員67人のうち40人は、経営母体の株式会社が全国展開する資格試験対策予備校で勤務していた。文科省は、大学と予備校が一体化している点についても改善に努めるよう求めた。 (後略)2007年1月26日 読売新聞朝刊 14版 1ページ「会社設立大学 解禁見送り」から引用利潤追求の企業活動は、人間の教育を目的とする学校運営になじまないということではないでしょうか。常識の殻を破れば新しい活路が開けるという発想で始まった「構造改革特区」ですが、やはりデタラメが過ぎるとこのように失敗することもあるわけです。
2007年01月30日
南京大虐殺から70年目に当たる今年、アメリカや中国でこの事件をテーマにした映画が続々登場するとのことで、最初の一本目がユタ州のサンダンス映画祭で公開されると、17日の読売新聞が報道しています; 【ロサンゼルス=古沢由紀子】旧日本軍による1937年12月の南京事件をテーマにした米国のドキュメンタリー映画「南京」が完成し、ユタ州で18日開幕するサンダンス映画祭で初公開される。今年70年を迎える南京事件は、国際的な関心を呼ぶことが予想され、中国や米国で関連映画の計画が相次いでいる。「南京」はその先陣を切る作品として注目されている。 「南京」は、事件当時、現地に滞在し多数の中国人を救済した欧米人の姿を中心に描かれている。中でも、ドイツ人ビジネスマンのジョン・ラーベ氏を、ユダヤ人をホロコースト(ユダヤ人大虐殺)から救ったドイツ人実業家になぞらえ「中国のシンドラー」と位置づけている。 監督は、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を2度受賞したビル・グッテンターグ氏。中国人生存者の証言を集めたほか、マリエル・ヘミングウェイさんら米国の著名俳優を起用し、欧米人の日記も読み上げる。事件をめぐっては、日中間で論争があるが、映画は犠牲者を「20万人以上」とし、欧米人らの尽力で「25万人が救われた」としている。 プロデューサーを務めた米インターネット接続大手AOLのテッド・レオンシス副会長が2年前、中国系米国人作家アイリス・チャン氏の自殺に関する新聞記事を読み、関心をもったのが制作のきっかけという。事件を告発したチヤン氏の著作「レイブ・オブ・ナンキン」は、日本では「事実誤認が多い」と指摘され論議を呼んだ。 サンダンス映画祭は、俳優のロバート・レッドフォード氏が創設し、低予算の「インディペンデント(独立系)映画」対象としては全米で最大規模。今年のドキュメンタリー部門には856の応募作から選ばれた16本が上映される。 今年計画されている南京事件を題材にした映画は、ほかに中国の陸川監督の「南東!南京!」や、アクション映画で定評のある香港のスタンリー・トン監督の「日記」、「レイプ・オブ・ナンキン」を下敷きにした米英中合作など、少なくとも4本ある。米メディアでは「日中関係を緊張させる要因になるのでは」との見方も出ている。2007年1月17日 読売新聞朝刊 14版 6ページ「南京事件から70年 ドキュメンタリー米で公開」から引用この記事の問題点は、「事件をめぐっては、日中間で論争があるが」と、あいまいな表現をしている点です。このようなあいまいな表現では、「大虐殺事件があったか無かったか」という論争があるかのような、間違った読み方も可能である所がまずい。実際には、南京事件に関する未解決事項は「被害者数」のみであり、旧日本軍による無抵抗の捕虜や民間人の大量虐殺事件があったというのは動かさざる事実だ。アイリス・チャン氏の「レイブ・オブ・ナンキン」は、著者自身歴史学者ではなかったせいか、細部の表記に初歩的な誤りが多々あり、日本においては、このような誤りを含む著作物で南京大虐殺を語ることは返って「大虐殺否定派」に攻撃材料を提供することになると批判された。南京事件は、極東国際軍事裁判所で裁かれた事件であったが、人々の記憶から消えかかった70年代に、当時朝日新聞記者であった本多勝一氏のルポルタージュがきっかけとなってわが国の歴史学会に大論争を巻き起こしたが、二十年ほどの論争の結果、大虐殺事件は否定できない事実であることが明らかになった。それにも拘わらず、文芸春秋や新潮社や産経新聞社などから右翼反動勢力の、あたかも大虐殺事件は日本軍が起こしたものではないかのように主張する出版物が散発的に出てくるのは、モラルの退廃であり、日本人として恥ずべきことだ。
2007年01月29日
改憲勢力の陰謀を、ジャーナリストの筑紫哲也氏は週刊金曜日誌上で、次のように批判しています;改憲すべきかどうか、変えるとすればどう変えるのか、といった憲法をめぐる論議以前に、私が苦々しく思ってきたのは、論議そのものが発端から政治家主導で進んできたことである。 世論調査をすれば改憲の是非について時代により、調査主体により、その数値の変動はあるが、今に至るまで国民の間に「憲法は変えねばならぬ」という熱烈な気運が湧き上ったことは一度もない。世論調査で聞かれれば、賛否を答えるという「受動型」に終始している。 そういうなかで行なわれてきた憲法論議が浅薄なものであるのは必然の成行きで、そもそも憲法が権力を持つ者に対して「これをやらねばならぬ」「これをやってはいけない」と定める「国民の命令」だという基本的性格すら十分に理解されないままの妄論が罷り通ってきた。 この観点から言えば、第九条に負けず劣らず大事なのは第九九条なのだ。 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。 このなかに国民が入っていないのは、権力の行使を縛るのが憲法だから当然の話なのである。 その政治家たちが、自分たちに課された縛りをゆるめろ、なかでも現憲法では思う存分、戦争をできない国になっているから戦争をできる国にしろ、と言い出しているのが改憲論の核心部分なのだ。 そうすれば、国家(権力)は「国のために死ぬことも覚悟してくれ」と自由に国民に「命令」することができるようになる。 第九九条について一顧だにしない人たちが憲法で書かれていることを「尊重」「擁護」するはずもなく、これまでも、「解釈改憲」の限りを尽してきた。それももはや「限界」に来たというのが改憲論の大きな根拠になっているのだが、これまでロクに守ろうとしなかった「常習犯」たちが、別の憲法になったらこれまでの心を入れ換えてきちんと守るという保証など、どこにもない。都合の良い所をツマミ食いするだけだろう。 憲法が「国民の命令」だとすれば、それに基いて作られる一般の法律は「国民への命令」として私たちを強制する。だが、例外的に、憲法に基いて権力を持つ者を具体的に制約する法もある。 政治家たちの金の扱いを規制する政治資金規正法も、そのひとつである。 他者は縛っても自分たちは縛られたくない権力者の本性がこれほど剥き出しの法は珍しい「ザル法」だが、それでもザルの目を少しは細かくする改正は重ねてきた。だが、閣僚や有力政治家たちの、事務所経費をめぐる「弁明」は、この法とその改正過程の主旨と基礎を突き崩している。百歩譲って、彼らが口を揃えて言うように、こういう金の使い方が「適法」だとしたら、一方で政治活動費に縛りをかけたことが全く無意味になってしまう。法そのものを「空洞化」させてしまう、こういうやり口は、憲法に対して彼らがやってきたことと全く同じ手口だ。 俎上に上がっている中心人物が、やらせタウンミーティングを伴奏しながら教育基本法を葬り去った主役、文部科学相だというのも笑えない皮肉だ。 生徒諸君! 君らは校則でいけないと書いてあること以外は何をやってもいいんだよ。これからどこに抜け道があるか、しつかり勉強しなさい。2007年1月19日 週刊金曜日「自我作古 - 九九条の違反者たち」から引用この論文が指摘するように、国民の間には「憲法を改正しよう」という声がまったくないままに、政治家が勝手に自分を縛る「憲法」を自分の都合の良いように曲げてしまおうとするのは問題です。戦後六十余年間、わが国の平和と経済発展を支えてきた憲法を改悪してはいけません。
2007年01月28日
実業家の平川克美氏は、13日の朝日新聞で憲法改正論者を痛烈に批判しています; 国論を二分するような政治的な課題というものは、どちらの側にもそれなりの言い分があり、どちらの論にも等量の瑕疵(かし)があるものである。そうでなければ国論はかようにきっぱりとは二分されまい。国論を分けた郵政法案の場合も、施行60年を迎えて近頃かまびすしい憲法の場合も、重要なのはそれが政治課題となった前提が何であったかを明確にすることである。 政治は結果であるとはよく言われる。仮に筋の通らぬ選択をしたとしても、結果において良好であればよしとするのが政治的な選択というものだろう。ただし結果は結果であって、希望的な観測ではない。米国のイラク介入の結果を見るまでもなく、しばしば自分が思うことと違うことを実現してしまうのが、人間の歴史というものである。 その上で、憲法改正の議論をもう一度見直してみる。戦争による直接の利得がある好戦論者を除外すれば、この度の改憲問題は反対派も賛成派も平和で文化的な国民の権益を守るという大義によってその論を組み立てている。 9条をめぐって護憲派は、広島、長崎に被爆の体験を持つ日本だからこそ、世界に向けて武力の廃絶を求める礎としての現行憲法を守ってゆくベきであると主張し、改憲派は昨今の国際情勢の中で国益を守るには戦力は必須であり、集団的自衛権を行使できなければ、国際社会へ応分の責任を果たすこともできない、と主張する。 なるほど、どちらにもそれなりの正当性があり、等量の希望的な観測が含まれている。しかし将来起こりうるであろうことを基準にして議論をすれば、必ず両論は膠着(こうちゃく)することになる。 では、確かなことはないのかといえば、それは戦後60年間、日本は一度も戦火を交えず、結果として戦闘の犠牲者も出していないという事実がこれにあたる。政治は結果と効果で判断すべきだというのであれば、私は、この事実をもっと重く見てもよいのではないかと思う。これを国益と言わずして、何を国益と言えばよいのか。 「過去はそうかも知れないが、将来はどうなんだ」と問われるであろう。現行の憲法は理想論であり、もはや現実と禿離(かいり)しているといった議論がある。私は、この前提には全く異論が無い。その通りだ。確かに日本国憲法には国柄としての理想的な姿が明記されている。理想を掲げたのである。そこで、問いたいのだが、憲法が現実と禿離しているから現実に合わせて憲法を改正すべきであるという理路の根拠は何か。 もし現実の世界情勢に憲法を合わせるのなら、憲法はもはや法としての威信を失うだろう。憲法はそもそも、政治家の行動に根拠を与えるという目的で制定されているわけではない。変転する現実の中で、政治家が臆断(おくだん)に流されて危ない橋を渡るのを防ぐための足かせとして制定されているのである。当の政治家が、これを現実に合わぬと言って批判するのはそもそも、盗人が刑法が自分の活動に差し障ると言うのに等しい。 現実に「法」を合わせるのではなく、「法」に現実を合わせるというのが、法制定の根拠であり、その限りでは、「法」に敬意が払われない社会の中では、「法」はいつでも「理想論」なのである。2007年1月13日 朝日新聞朝刊 12版 15ページ「9条、『理想論』で悪いのか」から引用なかなか筋が通って道理にかなった名文です。憲法違反の武装組織を作っておいて、これが憲法に合わないから憲法を変えるというのは、正に、ドロボーが自分の活動に支障があるので、刑法を変更しようという発想と同じだ。似たようなことは、社員に残業をやらせておいて残業手当を支払わず、これが「サービス残業」ということで問題になったら、労働法を変更して、残業手当を支払わなくてもよいという制度にしようとしている。なるほど、確かに保守・反動勢力がやることにはそれなりの「筋」が通っている。モラルの退廃というものではないだろうか。
2007年01月27日
「王室新時代」を連載している読売新聞は、11日の記事でセルビアの自称「王子」を紹介しています; 「立憲君主制復活で、セルビアは安定と一体性を取り戻せる。父は退位していないし、私も王位継承をあきらめない」 ベオグラード市内の山等地の広大な敷地に建つ王宮の広間で、濃紺のスーツのアレクサンダル2世(61)は、きっぱりと言い切った。 19世紀初頭、オスマン帝国支配に立ち向かった第1次セルビア蜂起(ほうき)の英雄の血筋を引くセルビア王家カラジョルジェピッチ家の当主。今は「王子」を名乗り、王制が復活すれば即位するつもりだ。 セルビア王家は20世紀初頭に黄金期を迎えたが、絶頂は長続きしなかった。第2次世界大戦が始まると、父ペータル2世はナチス・ドイツの侵攻を逃れてロンドンに亡命した。王子は大戦末期、ロンドンで生まれた。 パルチザンを率いたチトーは戦後、王制を廃止し、失意の父は異郷で客死した。王子は、ユーゴスラビア連邦が崩壊した1991年、46歳で初めて故国の土を踏み、ミロシェピッチ元大統領失脚後の2001年に本格的な帰遠を果たした。 祖父が建てた王宮は、社会主義時代に国に接収された。今も国有財産だが、政府は住まいとして提供。以来、慈善基金を運営する妻カタリーナさん(63)とともに身体障害者や拡児施設の支援活動に携わりながら、外国人賓客の歓迎会主催など″公務″もこなしている。 こうした活動は国民の目にも触れており、「献身的な姿勢は立派」(銀行員のエミナ・マティッチさん)など、王子夫妻の人気は上々だ。 王子の処遇には、政府も気を使う。王宮で会計や広報を担当する10人ほどの常勤職員は、政府が給与を負担し、公的な食事会には政府の予算も充てられる。 有識者が無償で務める助言機関もあり、その中心メンバーの建築家ドラゴミル・アツオピッチさん(63)は、共和制の下で、ミロシェピッチ元大統領の独裁を許した反省も踏まえ、「王制は、行政権力の逸脱に歯止めをかける」と唱える。 王制復活を党綱領で掲げる連立与党「セルビア復興運動」のブライコ・セニッチ副党首(33)は「歴史を振り返ると王制時代は、経済、対外関係とも良好だった。国王復活で、国民は誇りを回復し、ミロシェピッチ時代との完全な決別を内外に示せる」と力説する。 ただ、世論調査では、王制復活を支持する国民の割合は近年、25%前後で横ばい。王制復活を早期に実現する道筋が見えるわけではない。 ベオグラード大学政治学部のイボ・ビスコピッチ教授(57)は、「国王は過去の栄光を想起させても、未来に向けたシンボルにならない」と厳しい。 セルビア人以外の少数民族の態度も冷淡だ。北部ボイボディナ自治州に住むハンガリー系の電気エアティラ・サンタさん(41)は、「自分たちには関係ない」と、突き放す。 アレクサンダル2世本人は「今できるのは、立憲君主制の長所を国民に理解してもらえるよう、啓蒙(けいもう)に努めること」と話す。26歳から24歳の3人の息子は英国や米国で暮らしている。「自分の代で王制回復ができなかった場合は」と聞くと、「息子たちが引き続き、解決に努めるでしょう」と余裕を見せた。(ベオグラードで 石黒穣)2007年1月11日 読売新聞朝刊 14版 6ページ「61歳王子 王制復古目指す」から引用セルビアがどのような国家になるのか、それはもちろんセルビアの国民が決めることですが、しかし、傍から見て、敵に攻められて祖国と国民を捨てて逃げた一家が、平和になったところを見計らって「私が王様だ」と言って戻ってきても、それでみんなが納得するのだろうかと思います。民主主義の時代に、王政復古はないと思います。君主制は過去の歴史的遺物にすぎず、民主政治のお手本はフランスとアメリカだと思います。中国の最後の皇帝だった人物も、革命後は「社会における個々の人間の位置は、それぞれの人の能力に応じて決められるもので、世襲されるべきではない」ということをよく理解し実践されました。
2007年01月26日
戦争中に朝鮮半島から日本へやってきて亡くなった人々の遺骨を、このたび韓国の遺族に返還することになったと、19日の読売新聞が報道しています; 政府は18日、第2次大戦中に日本で死亡した朝鮮半島出身者の通常のうち、日韓両政府の調査で身元が判明した旧軍人・軍属分約140柱を一括して韓国の遺族に返還する方針を固めた。両政府が近くソウルで開く遺骨返還問題に関する審議官級協議で合意する。 2004年12月の日韓首脳会談を契機に遺骨返還支援事業が始まって以降、返還されたのは2柱だけで、これだけの数の返還は初めて。 返還されるのは、東京・目黒の祐天寺に保管されている1135柱の一部。厚生労働省と外務省が残されていた軍関係の名簿などの情報を韓国側に提供し、韓国側が戸籍を基に遺族や縁故者の所在を調べていた。両政府は遺族らの意向を確認し次第、通常の受け渡しを行う。一方、戦時中に日本企業に徴用されて死亡した民間人の遺骨は、関係資料が散逸している事例が多く、調査が難航している。 日本政府は関係企業125社と墓地を管理する地方自治体、宗教団体などに情報提供を求め、すでに1720柱の遺骨所在情報を韓国政府に伝えた。政府は審議官級協議で、韓国と共同で埋葬記録の確認や関係者の聞き取りなどを行い、返還作業を加速させることを確認したい考えだ。 政府は終戦後、身元が明らかな旧軍人・軍属の遺骨8836柱を返還した。民間人の遺骨については「日韓間の請求権問題は国交正常化時に解決済みで、遺骨返還の法的義務はない」としていたが、04年12月の日韓首脳会談で小泉首相(当時)が人道的観点を踏まえて身元調査を支援する方針を表明していた。2007年1月19日 読売新聞朝刊 14版 2ページ「遺骨 韓国に一括返還」から引用小泉内閣以前の内閣では「民間人の遺骨を返還する法的義務はない」などとされていたのは遺憾です。そんなことでは現在の朝鮮政府が拉致問題についても、同じようなことを言い出すかもしれない。そういう観点からも、小泉前首相の判断は評価されて然るべきだと思います。
2007年01月25日
読売新聞は憲法学が専門の東京大学教授・長谷部恭男氏を招いて、同社特別編集委員・橋本五郎氏と対談を行い、憲法改正の是非を論じています。その中に興味深い発言があったので、ここに書き留めることにしました; 今年は日本国憲法施行から60年。改憲問題が注目を集める中、憲法の思想的意味を改めて問い直すことも重要だろう。近年注目を集めている憲法学者の長谷部恭男・東大教授と、橋本五郎・本社特別編集委員の対談を2週連続で掲載する。 橋本五郎 年頭の会見で安倍首相は、夏の参院選で憲法改正を公約にすると明言した。今年はいよいよ憲法問題が大きなテーマになる。しかし「改正、是か非か」の議論の前に、「そもそも憲法とは何か」をきちんと押さえることが大事だ。今回長谷部さんを招いたのは、今までの憲法学を超えるようなしなやかな考えをもつ、新しい世代の登場を感じたからだ。長谷部さんは、東大の憲法講座で教授を務めた宮沢俊義氏、芦部信善氏などとやや違う憲法観をおもちのようだ。 長谷部恭男 私が従来の学説と違うことを言っているとしたら、「立憲主義」のとらえ方だろう。近代の立憲主義とは「国家権力を制限して人権を保障するもの」とされる。その通りだが、これまでの学説が「近代以前も自然法によって権力は縛られており、その延長線上に近代憲法が生まれた」と考えるのに対し、私は前近代と近代には断絶があり、そこにこそ近代憲法の意味があると考えている。ヨーロッパ近代では、宗教改革で教会が分裂する一方、大航海時代を経て世界に様々な異文化があることが明らかになった。つまり近代以降の人々は、「何が正しい生き方か」について多様な考え方があることを認めねばならなくなった。 橋本 社会学者のマックス・ウェーバーも言っているが、人々の価値観、世界観が対立する「神々の闘争」の状況ということか。 長谷部 そこで異なった人生観や世界観をもつ人々が共同して社会生活を送るためには、各人が生活領域を「公」と「私」に分ける必要がでてくる。「正しい生き方」を主張するのは構わないが、それは「私」の領域にとどめて他人に押しつけない。一方で「公」の場では、人々が公平・公正に生きていけるよう誰にも共通する客観的な利益を冷静な議論を経て実現しようとする。いわば「多元的な価値の公平な共存」を目指すのが近代の立憲主義の根本的な考え方だ。 (以下、省略)2007年1月10日 読売新聞朝刊 12版 19ページ「対談『憲法学の今』」から引用東大の先生も言うように、近代立憲主義においては国家権力の勝手な行動を規制するために憲法が存在する、これが常識なわけです。この「常識」を理解しない者が若干生息している、これが私たちの社会の問題ではないでしょうか?
2007年01月24日
中国の去年の新車販売台数は、国別の台数で日本を抜いたと12日の読売新聞が報道しています; 【北京=寺村暁人】中国自動車工業協会は11日、2006年の中国国内の新車販売台数が720万台を超えて初めて日本国内の販売台数を上回り、米国に次ぐ世界2位の自動車市場になったと発表した。 06年の販売台数は、中国が前年比25・13%増の721万6000台で、日本の573万9506台を大きく上回った。さらに、中国の国内生産台数は、前年比27・32%増の727万9700台で、ドイツを抜いて、米国、日本に次ぐ世界3位となったとみられる。中国が自動車の消費地・生産拠点の両面で大きく成長したことを裏付けている。2007年1月12日 読売新聞朝刊 12版 2ページ「国内新車販売 中国、日本抜く」から引用中国がいよいよ本来の実力を現し始めたことが伺えます。
2007年01月23日
日本と中国は相互に犯罪捜査の便宜をはかる刑事共助条約の締結準備を再開したと9日の読売新聞が報道しています; 日中両政府は、刑事共助条約の締結に向けた協議を今月下旬に都内で再開する。両国は2005年6月に協議を開始したが、小泉前首相の靖国神社参拝による日中関係の悪化などで協議がストップしていた。 再開する協議には、日本から外務、法務、警察各省庁の審議官級らが出席する。中国側も同様の担当者が出席する見通しだ。条約が締結されれば、法務省や警察などの当局同士が外交ルートを通さずに捜査情報をやり取りし、迅速で広範な捜査協力が可能となる。 協議では、双方が条約の草案を提示。日本側は、(1)容疑者・参考人の所在地情報や証言・供述などの提供(2)行政、司法機関などが保有する資料の提供(3)犯罪の収益や道具の没収、保全などを盛り込む方針だ。2007年1月9日 読売新聞朝刊 14版 4ページ「刑事共助条約締結 日中協議再開へ」から引用このような条約が締結されて、やがては犯罪の抑止につながることを希望します。また、朝鮮政府とも先に国交を回復し刑事共助条約を締結してから「拉致」問題を徹底的に追及するというやり方もあると思います。
2007年01月22日
政府が推進しようとしている「労働ビッグバン」について、日本大学経済学部長の牧野富夫氏は、「しんぶん赤旗」日曜版で次のように批判しています; 「労働ビッグバン」は、戦後の民主的労働法制を取り払って、戦前のむき出しの貸本主義に逆戻りさせようという狙いを持っています。安倍内閣の「成長なくして日本の未来なし」という大企業の利益を第一にする政策に励まされ、図に乗った財界が唱え始めたのでしょう。 キーワードは「労使自治」。労働法制という規制をなくして、労働者と使用者だけの「自治」で労働条件を決めようという新自由主義的な発想です。 そもそも、生産手段を持たない個々の労働者は、それを持っている資本家と比べ、圧倒的に弱い立場に置かれています。労働者は個々バラバラでは資本家と対等に労働条件を交渉できません。だから労働者は団結して労働組合をつくり、労働法制を政府につくらせて、なんとか資本家と対等な立場に立とうとしてきました。 「労使自治」にゆだねると労働者の生活と権利が守れないから、どの国でも労働法制をつくっているのです。「労使自治」でいいという論法は、経営者の言いなりになれということです。 労働基準法などの労働法制は民法と違って、強制力を持っています。労働法制を守らない経営者は法律で罰せられ、犯罪者になります。労働法制ではない契約法などになると、法律に違反しても、強制力に欠けます。 「ホワイトカラーエグゼンプション」も「解雇の金銭解決」も、長持闇労働や不当解雇を経営者のやりたい放題にさせる道を開きます。 派遣労働や偽装請負も、戦後労働法制である職業安定法が禁じてきた間接雇用です。それを、労働者派遣法の制定(1985年)と相次ぐ改悪でどんどん合法化していきました。派遣法にある派遣期間の制限や直接雇用義務は、わずかに残っている労働法制ですが、「労働ビッグバン」は、それすらなくせといっています。 しかし、そんな無法を通そうとするなら、どんな労働組合でも目を覚まします。労働法制を守れという要求は、労組の潮流を超えた国民的な一致点になります。「労働ビッグバン」を提唱した人たちは国民の反撃をずいぶん甘くみているようですが、その認識は間違っています。2006年12月17日 「しんぶん赤旗」日曜版 7ページ「経営者やりたい放題への道」から引用世の中の右傾化に便乗して、労働者の権利を戦前並に改悪しようという悪意ある策謀を許してはいけません。労働者は自らの権利を再確認し、労働環境を悪化させる策謀と戦うべきだと思います。
2007年01月21日
おととい引用した戦争体験者の、石原都知事製作映画に対する怒りの投書に呼応して、13日の朝日新聞に「怒り」を支持する若者の投書が掲載された。投書は次のように述べている; 「利用許されぬ 特攻隊員の死」(8日)を読み、同感のあまり胸が震えた。 石原慎太郎都知事は企画意図として「彼らの鎮魂と、国家民族の再生のために書き残したい」と述べている。だが、隊員は日本が正しいと無理やり国に信じ込まされた。死にたくないのに、死ねば国を助けられると思って死んだ。 爽(さわ)やかな笑みで虚飾された作品を彼らは喜ぶのか。鎮魂になり得るか。「違う。違うんだよ」と叫びたい。 私は昨年、修学旅行で鹿児島・知覧特攻平和会館を訪れた。その時も似た不快感を覚えた。特攻隊員は死にたくて死んだのではないし、決して誰かのために死んだわけではない。彼らは追い込まれ殺されたのだ。 何より優先されるべきは一人ひとりの尊厳であり、国の都合で左右されるべきではない。それを「国のために死んだ」などと勝手に英雄視して映画化するのは本末転倒だ。石原氏には戦争を語る資格すらない。 私たちは、国や他人に任せるのではなく、自分で自らを判断しなくてはならない。明日でも昨日でもなく今、考えることを始めなくてはならない。2007年1月13日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-隊員たちへの鎮魂にならぬ」から引用現代の若者にしてはなかなかしっかりした主張を持った立派な文章で、大変心強く思いました。戦争は、兵隊を消耗品のように見立てて作戦を組んだりする誠に非人間的な仕業です。そのような「仕業」を、国際紛争解決の手段として使ってはならないと定めたわが国憲法は、実に理想にかなった優れた憲法であるわけです。石原都知事も、孫みたいな世代の若者の声に謙虚に耳を傾けてほしいものです。
2007年01月20日
戦争が終わって61年もたつのに、戦争中に朝鮮や中国から徴用されて来て日本で亡くなった人々の遺骨が、いまだに遺族の下へ送り返されていない問題について、次のような投書が8日の朝日新聞に掲載されました; 昨年12月21日朝刊の「いま探す 徴用の遺骨」を痛ましい気持ちと恥ずかしい気持ちを抱きつつ読み、戦後は終わっていないと思った。戦時中、「朝鮮人や中国人は牛馬以下」と聞かされたことを、思い出す。 戦後、朝鮮人や中国人に対する侮辱的な気持ちを一掃できないまま、日本は戦災からの復興を急いだ。 それが裏目に出て、強制連行の処理もあいまいなままで、いまだに裁判で争われている。これに対し、ドイツの戦後処理は見事だ。ユダヤ人や近隣諸国への謝罪と補償をし、かつ自ら復興した。だから、ヨーロッパ統合でも中心的な役割を果たせたのだ。 日本は、ドイツを見習うべきだった。見習わなかったからシベリア抑留などで物も言えず、今、北朝鮮の拉致問題にも、泣き寝入りの状態ではないか。遅きに失した感は否めないが、戦前・戦中の近隣諸国に与えた数々の迷惑への謝罪や補償で、誠意を見せるべきだ。2007年1月8日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-戦後の処理に日独の差思う」から引用文字を使うことや箸を使う食事のしかた、仏教思想など多くの生活文化が中国から朝鮮半島を経てわが国に伝わったことを考えれば、中国人や朝鮮人を蔑視する根拠がまったく無いことは自明です。戦後まもない頃に、そういうことを反省しないまま今日に至っているため、いまだに隣国を蔑視する考えに取り付かれている人々が少数存在しているのは大変残念なことです。
2007年01月19日
週三日しか登庁せず、小説を書いたり映画を作ったりしている石原都知事に対して、学友が特攻隊で死んだという戦争体験者の怒りの投書が、8日の朝日新聞に掲載されました; 1日紙面第2部のテレビ・ラジオ版19ページの全面広告を見て驚いた。特攻隊を主題とした映画の広告だが、特攻機のまわりに若者たちが全員、日の丸の腕章をつけ、これからオリンピックにでも行くように嬉(うれ)しそうな顔をして写っている。 これは死ぬことを強制された人の顔ではない。 映画の内容がどんなものかは分からないが、石原慎太郎製作総指揮・脚本とあるところからみれば、都知事選挙の前宣伝のためかと思えてしまう。 私たちは映画製作を指揮するほど暇な知事に高い給料を払っているわけではないし、休日だけで出来るほど映画の仕事が簡単だとも思わない。 多くの学友を特攻隊で失った者として、彼らが死を強制された上、愛国心の高揚に利用され、今度はまた愛国心を謳(うた)う知事に利用されるとしたら、やりきれない。死んだ学友たちは一体どのように思うだろうか。 硫黄島で国旗を掲げた米兵は英雄化されることにより悲劇の主人公となった。特攻隊で死んだ学友たちを、もう声が出せないからといって、このように利用することが許されるのか。2007年1月8日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-利用許されぬ 特攻隊員の死」から引用 特攻機を囲んで嬉しそうな顔をする若者も若者だ。「戦争」や「特攻」と言ってもテレビゲーム程度の認識しか無いのではないか。そんな調子で映画などを作っておいて、一方では「命の大切さを・・・」などと言っても、子供たちには説得力がない。 それにしても、一度や二度なら石原慎太郎に騙されたとしても、こういうことをやってることが明らかになった今、三度目も投票するなら、これはやはり選挙民のモラルが疑われるとしか言いようが無い。
2007年01月18日
新年早々から右傾化する世の中に警鐘を鳴らす投書が、7日の朝日新聞に載りました。投書は次のように述べています; 年末・年始はテレビと新聞にじっくりと見入った。一年を振り返り、新しい年を迎える内外の情報があふれていた。 アフガニスタンの人々が、非武装の国・日本だからと、統一丁一丁を日本のNGOの人たちに手渡している場面には、大いに感動させられた。 世界の大国で軍事産業が巨大化していることも知った。テレビの座談会で「軍事大国にならないと世界の大国の中には入れない、との理屈を盾にして、日本は危険な道に進もうとしている」と指摘する論者もいた。 元日には、日本経団連が将来構想を発表した。年末に成立した改正教育基本法の「理念に基づき」、「企業にも国旗と国歌を」と愛国心を強調。「憲法9条を見直し、集団的自衛権を行使できるようにすべきだ」と論じている。ついに、衣の下から刀が見えた。 最近話題の迎撃ミサイルなどの武器の保有は、どこで決まり、どこで製造されるのか。国会で論議されたのか。武器輸出三原則はどうなっているのか、など次々と疑問がわく。国民が声を発し、国会でしっかり監視しなければ、再び戦争への道をたどることになりかねない。今年は憲法9条を守る力にとって、正念場であると言えるであろう。2007年1月7日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-9条を守る力 今年は正念場」から引用憲法のイロハも知らないできの悪い国会議員たちに、やりたい放題やらせておいてはいけません。国民が声を発していかなければならないと思います。
2007年01月17日
歴史教育の大切さを訴える投書が、6日の朝日新聞に掲載されました。投書は次のように述べています; 高校の履修漏れ聞題、中でも世界史を履修させなかったことは恐ろしい事実をあぶり出している。 不公平だの、受験科目とかけ離れて生徒に負担だの、と騒がれた。しかし問題は、世界の歴史、人類の歴史を知らない多数の若者を生み出しているこの国の恥ずべき教育の有り様だ。 今ここにいる自分は、意識するしないにかかわらず、過去も現在も含めた人とのつながりの中にある。どんな犠牲の上にあるのか、どんな誤りの続きを生きているのか、その結果自分が何を負い、やがて負わねばならぬのか。人は歴史認識を抜きにしては生きていけない。 世界史を学ぶことは膨大な人類、世界の歴史をくまなく暗記することではない。アジア史、近現代史、女性史などテーマ別に学ぶ方法もあろう。生徒に選ばせ、研究させてもよい。 社会を見る目を持たせずに、この国はどんな「高い学力」を生徒に求めるのか。歴史を踏まえず、人間を見ない科学は、兵器開発を続け、戦争を繰り返し、公害を生み、薬害を生んできたのではなかったか。2007年1月6日 朝日新聞朝刊 12版 12ページ「声-歴史知らない若者生む教育」から引用私もこの投書の意見に賛成です。間違った歴史を二度と繰り返さないためにも、私たちは日本と世界の歴史を正しく認識したいものです。
2007年01月16日
政府・与党の要職にある者が「国是」をないがしろにするかのような軽率な発言をしたことについて、朝日新聞には被爆者から次のような投書が寄せられました; 敗戦から61年余。国として戦うことなく、誰を殺すこともなく、誇らしき歳月だったはずである。そして今、わが国はどうやらそれを誇りとは考えない国になりつつあると感じざるを得ない。 戦前、国の指導者たちは、神懸かりの精神論で国民を戦いに駆り立て、武力という絶対の威力で多くの生命を虫けらのように奪い、国民を悲惨な戦火の犠牲にした。その歴史をあっさりと忘れ去ったかのように。 生きたまま業火に焼き殺された地獄の広島を、私は決して忘れない。恐るべき放射能は、今に至るも私たち被爆者を殺し続けているのだ。昨年、私は4回目のがん手術を受けた。 一昨年、政府が有事に備えてまとめた「国民保護に関する基本指針」。核攻撃を受けた時の対応策とやらの中に、「手袋や帽子、雨ガッパ」を身につけることが挙げられていて、私たち被爆者は仰天した。唯一の被爆国と自称している国が、全く被爆の実態を知らないと分かったからだ。 核保有議論の必要性について何度も発言した政治家もいる。やはり歴史は繰り返されるのか。2007年1月6日 朝日新聞朝刊 12版 12ページ「声-被爆を忘れて核保有語る愚」から引用この投書が指摘するとおり、わが国が61年余の間、戦争をせず誰を殺すこともなくすごしてきたことは、平和主義国家として誇りです。ところが、この平和主義国家の指導者であるはずの首相が、今の憲法は連合国側に出した侘び証文だなどと品の無い言い方をしているのは解せない話です。また、有事だの国民保護だのと言いながら、核攻撃のときの対応策が手袋や帽子ときたのでは、政治家だけではなく官僚の幼児化も進んでいるらしい。やはりここは、金の力に押されて世襲議員に投票するのではなく、平和国家の政治家としての自覚を持った人物を国会に送るようにしたいものです。
2007年01月15日
アルバイトでも労働者としての権利があるのだと啓蒙する論文が、12月16日の朝日新聞に掲載されています。筆者の首都圏青年ユニオン書記長、河添誠(かわぞえまこと)氏は次のように訴えています; 牛井チェーン一「すき家」でアルバイトをする20代の若者たちが、労働組合「首都圏青年ユニオン」に加わって団体交渉した結果、解雇の撤回と未払いの残業代を支払わせることに成功した。労働の規制緩和が進み、企業が非正社員を使い捨てにする風潮は強まるばかりだ。自らの権利を守るため、もっと積極的に声を上げていくべきではないか。 解雇の撤回を勝ち取ったのは、東京都渋谷区内で働いていた6人。2カ月単位の雇用契約を自動更新される形で2~5年にわたって働き続け、店の中核的な存在だったにもかかわらず、改装で数日、店を閉めるというだけの理由で7月、解雇を言い渡された。 1人をのぞいてアルバイト収入で自活しており、妻子がいる人もいた。明日からの暮らしに困ると雇用の継続を求めたが、「改めて応募してみてほしい」と言われて聞き入れられず、困って私たちのもとを訪れたのだ。 青年ユニオンは00年12月、フリーターなどの若者の雇用を守るために結成された。現在の組合員は20代と30代を中心に280人。各地の若者からは1日に数件程度の相談が寄せられる。内容は、違法な解雇や退職勧奨、有給休暇の取得拒否、残業代の不払い、社会保険・雇用保険への加入拒否が目立っている。 最近では、ひどい事例も増えており、企業による非正社員の「モノ扱い」が進んでいると感じる。 例えば、コンピューターシステム関係の企業で、1年ほど派遣社員として働いていた28歳の女性は、普段通りに勤務して退社した後で、「明日からは行かなくていい」と派遣元から連絡が入った。 翌日からは派遣先に顔を出すことさえ禁じられ、仲良くしていた職場の仲間にはあいさつできず、社内の私物も整理できなかった。企業は労働力という「商品」の契約を解除しただけのつもりだろうが、彼女はモノではない。もう少し配慮があってしかるべきではないか。 上司と口論をした契約社員の女性は、注意もなく突然、解雇を言い渡された。ハローワークで「正社員」と紹介された企業で、「入社前に現場の雰囲気を知って」と請負契約で2年近くも工場で働かされた揚げ句、社員にしてもらえなかった男性もいた。 こうした企業は労働者の権利など眼中になく、安く便利に使い捨てることし加考えていない。05年の非正社員は1633万人で労働者の3分の1を占める。代わりはいくらでもいると考えているのだ。 しかも、経済財政諮問会議などは、解雇のトラブルを金で解決する仕組みや、残業代を払わなくて済む制度を創設し、派遣社員の雇用期間などの制限を撤廃するなど、さらなる緩和を目指すつもりのようだ。すでに、多くの若者が泥沼に足を取られて苦しんでいるのに、さらに水をまき、泥を深めてどうするのか。 暮らしと未来を守るため」青年ユニオンのような若者自身が声をあげるネットワークを全国に広げよう。個人の訴えを無視した企業も、労働組合に入って団体交渉を申し入れれば、少なくとも話し合いの席にはつくはずだ。泣き寝入りはやめ、自らの権利を積極的に主張していこう。2006年12月16日 朝日新聞朝刊 12版 19ページ「私の視点-アルバイトも声あげよう」親のパラサイトを決め込んで仕事をしない若者も多いが、劣悪な環境で頑張っている若者も多い。ぜひ労働者の権利を行使して、頑張る者の努力が報われる社会を実現してほしい。
2007年01月14日
教育基本法が改悪された翌日の朝日新聞に、東京大学教授で教育社会学が専門の苅谷剛彦(かりやたけひこ)氏の論文が掲載されました。氏は改悪された教育基本法の危険性について、次のように述べています; 教育基本法の改正が決まった。「国と郷土を愛する態度」を除けば、大きな対立軸が目立つこともなく、反対運動が盛り上がることもない、あっけない決着だった。 急いで改正をする必要もないが、改正しても影響は少ないだろう、というのが多くの国民や教育関係者の気持ちだったのだろう。抽象的な理想を並べたばかりの教育基本法がどうであれ、現実の教育は変わらないし、今までの基本法だってどれだけ役に立っていたかわからない -そういう日常感覚をもとにすれば、国民の関心がそれほど高まらなかったことも肯(うなず)ける。 なるほど、改正前の基本法は空気のような存在だった。ただし、上位法として「教育は、不当な支配に服することなく・・・」と規定することで、国や地方の政治と行政を含め、教育への行き過ぎた介入に一定の歯止めをかける役割を担ってきた。司法の場を通じて、国民が行政府や立法府の行き過ぎをチェックする際の後ろ盾だったのである。 未来の有権者の考え方に影響を及ばす教育という領域だからこそ、三権分立という民主主義の原理を活用して、時の多数派や行政が犯しかねない誤りをチェックする余地を与えてきたのである。 ところが、改正によってその性格は弱まった。法律に則していれば、政治や行政の関与は、「不当な支配」とは見なされなくなる。しかも、「教育の目標」や、それを実現するための基盤整備となる「教育振興基本計画」の策定も書き加えられた。 つまり、新しい基本法をもとに、今後は学校教育法などの改正が行われ、それに準じて学習指導要領の改訂や、振興計画の策定が行われる段階へと進むのである。教育の目標をより具体化した教育内容も、予算措置を含めた条件整備の計画も、今まで以上に、その時々の政治の判断で決められる。そういう権限を、政府や与党(多数派)に与えることになるのである。 だからといって、すぐに行き過ぎた介入が起きると言いたいわけではない。私たちがどんな政府や首長を選ぶかによって、政治の場での判断が教育に及ばす影響が強まっていく。憲法という最後の砦(とりで)は残るものの、司法の場でのチェックがききにくくなる分、教育政策や行政のあり方が「公正かつ適正」であるかの判断は、今後は政治の場を通じて行われるようになるのである。そのことを、十分自覚しておいた方がよい。 特に、指導要領の改訂と振興計画の策定については目を離せない。法的な拘束力をいっそう強めた指導要領に「教育の目標」が具体的にどのように書き込まれ、さらには教科書検定に反映されるのか。教育の基盤整備がどのような原則に基づいて策定されるのか(市場化や兢争原理の徹底か)。国と地方の役割分担はどのような形を取るのか。 方向付けを決める鍵となるのは教育再生会議だろう。首相官邸サイドの決定が教育の骨格づくりを左右する度合いを強める、そのための舞台が基本法改正で、そろうからである。教員や学校への評価制度の強化を通じて、学校現場を統制する力も強まる。 今回の改正で国民は、教育に関するより大きな決定権を政府に与える道を選んだ。選んだ以上、行き過ぎがないかどうかのチェックは、今後は政治・選挙の場を通じて私たち自身が行わねばならない。その責任を同時に引き受けたことを忘れてはならない。2006年12月16日 朝日新聞朝刊 12版 19ページ「私の視点-『強まる政府権限』監視を」から引用 これまで私たちは、教育政策や行政のあり方が「公正かつ適正」であるか、について司法の場でチェックすることができました。しかし、今後はそのような判断を政治の場に委ねることになる、この点を十分自覚したほうがよいと、苅谷氏は訴えています。はたして、何パーセントの国民がそのような自覚を持っているのか、甚だ心もとない限りです。 このような論文は、改悪法案が提出された時点ですぐに発表して国民に警告を発するべきだったと思います。
2007年01月13日
自民党は大手銀行からの政治献金を辞退したと、12月20日の読売新聞が報道しました; 安倍首相は19日、首相官邸に自民党の中川幹事長を呼び、大手銀行が再開の動きを見せる政治献金は辞退するよう指示した。公的資金の投入などで最近は業績が好転したにもかかわらず、利用者に利益を十分に還元しない大手行への批判が高まっており、多額の献金を受ければ国民の強い反発を招くと判断した。自民党の意向を受けて、大手行は2006年中の献金再開は見送る方針だ。 安倍首相は中川氏に、「大手銀行の政治献金再開が報道されているが、過去の経緯にかんがみて遠慮すべきで、そのように扱ってほしい」と求め、中川氏も「(経理)担当者に伝えます」と了承した。 安倍首相は記者会見で、「今の段階で主要銀行から自民党が献金を受け取ることは、国民の理解を得られないと判断した。政治資金をお願いすることを遠慮させていただく」と言明した。 自民党は1998年10月、金融システム安定化に向けて公的資金を受けた銀行からの献金受け取りを自粛することを決定した。以後、日本経団連に加盟する約80行すべてが政治献金を取りやめている。 しかし、三菱東京UFJ、みずほ、三井住友の大手3行が今夏以降、相次いで公的資金を完済したため、献金再開の環境が整ったとして、日本経団連が全国銀行協会を通じて金融界に献金再開を要請していた。これを受け、三菱東京UFJ銀行は12月末の取締役会で、献金再開を正式決定する見込みとなっていた。みずほ銀行も年内再開を検討しており、三井住友銀行は07年中に再開する方向だった。 自民党は97年には、政治資金団体の「国民政治協会」で、大手18行から計2億8000万円の献金を受けていた。2006年12月20日 読売新聞朝刊 14版 1ページ「大手銀献金、自民が辞退」から引用私は、このニュースを聞いて「安倍首相は男を上げたな」と思いましたが、この記事をよく読むと、自民党の意向を受けて大手銀行は2006年中の献金再開は見送ることにしただけで、月があけると2007年になるわけで、これはまた別の話らしい。まったく国民をバカにしている。おそらく夏の参議院選挙が終われば、自民党は天下晴れて潤沢な政治献金を手中にすることだろう。そういうイカサマを許しておく国民も国民だ。だいたい、政治資金は共産党を除く国会議員が自分たちのお手盛りで勝手に税金から支出することにして、これで企業からの献金は必要なくなるなどと言っておきながら、いつの間にか復活させており、この一件でも国民は完全に舐められていることは明らかだ。国民の自覚を促したい。
2007年01月12日
東京都が都知事の四男に対する不明朗な会計を行った事件について、またしても石原知事の説明と食い違う事実が明らかになったと暮れの読売新聞が報道しました; 東京都の石原慎太郎知事の四男(40)の関与が批判されている都の文化振興施策「トーキョーワンダーサイト(TWS)」事業に絡み、目玉事業として企画された「能オペラ」公演で、石原知事の脚本料として100万円が予算化されていたことが27日、読売新聞の情報公開請求でわかった。公演が作曲家とのトラブルで中止されたため、実際には支払われなかったが、脚本料ゼロとする知事の説明と食い違っている。 能オペラは能の表現方法をオペラに取り入れた現代歌劇。知事の四男らの発案で、都と都歴史文化財団などで実行委員会を組織し、2004年2月に都内で公開される予定だった。 石原知事は会見で「息子も参加したので、おれが本をただで書いてやった」などと述べている。しかし、能オペラ事業の実施経費執行計画には、総予算4350万円の中に知事への脚本料100万円も盛り込まれていた。 これについて、都生活文化局は「ただにすると、知事が寄付をしたとみなされて、公職選挙法に抵触する恐れがあったためではないか」と説明している。 また、知事の四男がTWSのキュレーティングアーティスト(学芸員)として、約30万円の報酬をいったん受け取っていたこともわかった。支払われたのは03年12月で、この年の6~7月に計102時間、能オペラの舞台美術の打ち合わせなどをした対価という。 四男は全額を翌年3月までに返金したが、これも「無報酬で手伝っていた」とする石原知事の説明とは食い違っている。2006年12月28日 読売新聞朝刊 14版 30ページ「石原知事『タダ』実は予算化 説明と食い違い」から引用私は、石原慎太郎が都知事に就任して間もないころ、気に入らない質問をした新聞記者を「どこの記者だ、キミは!」と恫喝しているシーンをテレビで見たことがある。上の記事は、読売新聞の記者が情報公開制度を利用して調べた結果であるが、果たして石原知事は天下の読売新聞記者をも恫喝するだろうか。それとも、事実が事実だけに、うっかり高圧的に出るわけにもいかないのか、興味深いところである。
2007年01月11日
日中間の歴史共同研究の初会合が暮れの26、27日、北京で開催されました。12月28日の読売新聞は次のように報道しています; 【北京=末続哲也】日中両国の有識者による歴史共同研究の初会合は27日、北京で2日間の日程を終えた。日中双方は「歴史問題は、政治の重荷になって日中協力関係を妨げるべきではない」、「日中双方の歴史認識ギャップは誇張されており縮小・整理するべきだ」などの認識で一致。次回全体会合を2007年3月に日本で開くほか、「古代・中近世史」と「近現代史」の各分科会を随時開催することを決めた。 日本側座長の北岡伸一・東大教授は記者会見で、初会合の印象を「非常に真剣、率直、友好的で、大変良いスタートを切った」と語った。 北岡座長によると、初会合では、今後の研究の進め方やテーマ設定などを議論。日中双方の認識の違いが目立つ近代史研究は、両国の研究の現状を再検討することから着手する方向になった。近現代史を「近代の開始から昭和の初めまで」、「満州事変から戦争終結まで」、「戦後」の3時代に分けて議論する方針も固まった。2006年12月28日 読売新聞朝刊 14版 2ページ「『歴史認識の溝は誇張』」から引用実りある討論がなされて両国間の認識の違いが少しでも縮まることを期待したいと思います。
2007年01月10日
このたび『ローマ人の物語』(全15巻、新潮社)を完結させた作家の塩野七生氏は、12月20日の朝日新聞インタビューに応えて次のように語っています; 「古代ローマの及んだ地域には、道路、水道、闘技場などの遺跡が残り、日本人も目にしている。これらを、美術や文化として説明する本は多い。でも私は、ひとつの文明として、何のためにつくられ、人々がどう考えていたかを伝えたかった」 古代ローマは、紀元前8世紀に都市国家として誕生した。元老院主導の共和政で、地中海をかかえこむほど拡大すると、矛盾も大きくなった。政治変革をめざし、殺されたカエサル(シーザー)の遺志を生かし、後継者アウグストゥスは、帝国としての政治システムを整えた。反動ととられることの多い帝政を、塩野さんは肯定的にとらえた。 「『パクス・ロマーナ(ローマによる平和)』の時期は、広大な、ヨーロッパ、中近東、北アフリカの地域に、200年もの間、戦争が起こらなかった。ローマに負けても、多くは自治が認められた。中央集権と地方自治の微妙な組み合わせです。大英帝国など植民地を搾取した近代の帝国とはまったく異なる。皇帝の出身地も、ローマ本国だけでなく、属州のガリアやアラブ人まで広がった」 隆盛の鍵は敗者への「寛容」にあった、という。多神教社会であったことが大きい。「彼らは自分たちは正しいにしても、他の人たちが間違っているわけではないと考えていた。戦いに勝っても、勝者の権利をふりかざさなかったんですから。でも日本の多神教とは違いますけれど」 共和政、帝政の違いをこえて、宗教のかわりに、法が意味をもった。「さまざまな宗教、肌の色などが違う人々が一緒に暮らす共同体にはルールが必要で、それが法だった」 法律や税制、安全保障(軍備)、公共施設、公共観念。代々の皇帝たちは、どのような点に苦心したか。歴史書や公文書、彫像、コイン、碑文などから、作家の想像力で、大胆すぎるほど断定的に往時を分析した。 「すべての道はローマに通ず」という言葉があるように、帝国の隅々にまで道路が整備された。「万里の長城は防衛とともに、交通を遮断する。ローマ道路は、開かれた交通を大事にしている」 3世紀前後から、多民族の侵入、内部対立などで混乱が続き、一神教のキリスト教が政治に浸透するにつれ、ローマらしさは薄れていった。 「キリスト教公認までの約300年間、ローマ人はキリスト教を必要とはしていなかった。しかし、人間は、不安になると強いことをいう者にひかれる。キリスト教には、その強さがあった」 「最後のローマ人」として他民族出身の軍総司令官を措き、イスラム教の出現を望むあたりで、最終者は結ばれている。 「西ローマ帝国滅亡のあと、キリスト教が支配する中世が千年近く続いたあとにルネサンスがおきた。いまヨーロッパは、自信をなくして不安になっているところが、ローマ帝国の最後あたりと似ている。新たな中世が始まる予感もします」 ひとつの文明の運命をどう読むか。読者の自由にまかせたい、という。2006年12月20日 朝日新聞朝刊 12版 23ページ「古代ローマ、その寛容の文明」から引用宗教や肌の色が異なる人々が一緒に暮らす社会にはルールが必要で、それが法であったというのは、現代の法治国家と同じ考えで、大変興味深く思います。
2007年01月09日
小説『妻たちの二・二六事件』などで知られる作家の澤地久枝氏は、4日の朝日新聞に、憲法を守る決意を次のように書いています; フィリピン戦線でたたかった大岡昇平氏は、30代なかば、妻子ある身を戦闘に投じられ、死は目前だった。「いま日本が手をあげたら、いちばん困るのはルーズベルト大統領だな」と思う。ソ満国境の戦闘で命をひろった五味川純平氏は「戦争は経済行為だ」と見ぬいていた。 二人のすぐれた文学者の指摘を、この年頭にしっかり思い返したい。戦争体験世代が命をかけてつかみとった「真理」の意味を。 06年の秋以降、生活が苦しくなったという人たちが増えた。保険料があがり、医寮費の自己負担は増え、年金の手どりは減って、この国が「富国強兵」ラインを行く結果が、生活をむしばみはじめている。 昭和前期の、戦争前夜の世相と似ていますか、という質問は多い。人々が口をつぐみ、世のなりゆきをうかがって腰を引く、その点では、まったくよく似た世の中がまたしても姿をあらわした。 この国には今も「お上(かみ)」に対する脅(おぴ)えが生きているのか。ことなかれでゆくことこそ、安全コースという守りの姿勢はなぜなのか。 このままでは、歴史はくりかえされる。教育基本法をゆがめ、自衛隊法を変えて公然たる軍隊にし、戦争できる方向が選択された。そこに主権者である国民の意志はどれだけ反映されているのか? 主権在民をマンガにする政治がまかり通ったのだ。 戦死者ゼロ、福祉国家を目ざした現憲法下の実績の否認がはじまろうとしている。さらにこの反動的選択は、同盟国アメリカの要望への答えであること。つまりは主人持ちの政治であること。命をさしだすだけでなく、アメリカの膨大な軍事費への助っ人の一面をもつことをかくさない。 大国の誇りにこだわりながら、この国の政治家たちは、従属の現実を無視する。そのアメリカは、イラク侵略の泥沼にあえぎ、まさにもてあましている。小泉前首相はイラク出兵を速断しながら、責任をとらずに退陣、安倍内閣はその政治路線の具体化に忙しい。 国内の民情悪化とその疲弊は避けがたくなった。選挙で議席を失えば、政治家はタダの人。確実に政治は変わる。政治のあまりの悪さ、露骨さに、危機感をもつ市民が全国に生まれた。もうこれ以上の逆コースは認めない。悪法は押し返し、憲法本来の国にもどろうという市民の意志。悪政はおとなしい市民たちを揺さぷり、無視できない運動を拡大しつつある。希望のタネ、希望の灯は、市民運動によって守られる。 市民は自衛する。武器なきたたかいだ。考えて思慮を深め、おのれ一人の思いからはじめて、おなじ思いの人とつながる発信。負けることのできない、あやうい政治の動きになお、希望をもちつづける熱源は、一人ひとりの心、決意にこそかかっている。「憲法を泣かせるな」を、施行60年目にあたる今年の合言葉にしよう。 歴史の犠牲となった死者たちを生かす道は、私たちの掌中にある。いかに状況が錯綜(さくそう)し、本質をかくしても、二人の文学者の言葉は、本質を見抜く鍵、真理として私たちを支えている。2007年1月4日 朝日新聞朝刊 12版 9ページ「私の視点-憲法60年 明るい年にしていくために」から引用澤地氏が指摘するように、この国には「お上」の権威に脅え、その権威にすがって生きているつもりの人間がかなりいると思います。しかし、戦前に比べればその比率はだいぶ低いのではないでしょうか。同じ歴史を繰り返さないように頑張って行きたいものです。
2007年01月08日
敗戦直後、旧ソ連軍によって不当にシベリアへ連れ去られ数年間強制労働させられた人々に対する補償問題は、10万円の旅行券を配ってお仕舞いにすることになったと、12月15日の読売新聞が報道しました; 戦後、旧ソ連のシベリアに抑留され、強制労働をさせられた人などへの慰労事業を行ってきた独立行政法人「平和祈念事業特別基金」を解散する法案が14日、参院総務委員会で可決された。15日の参院本会議で成立する見込みで、解散に伴い、基金から抑留体験者らに10万円の旅行券などが贈られる。 強制労働中の賃金の支払いを求めてきた抑留体験者らの思いはかなわず、抑留を巡る補償問題は事実上の幕引きとなる。 1988年に設立された同基金は、抑留体験者に銀杯を贈る事業などを行ってきたが、対象者の高齢化や、戦後60年を経て役割を終えたなどの理由から、与党が解散法案を提出していた。今後は、基金の資本金約400億円の半額を取り崩し、抑留休験者らに10万円の旅行券などを贈り、残りは国庫に返納する。 民主、共産、社民の野党3党は、基金を解散した上で30万~200万円の特別給付金を支給する法案を提出したが、否決された。 14日の参院総務委の採決を、約30人の抑留体験者が傍聴席で見つめた。沿海州地方で約4年間、森林伐採などに従事させられた東京都狛江市の松原恒雄さん(87)は「私たちは零下30度の凍土で奴隷として働かされながら、何の償いも受けていない」と話し、「政府の誠意の証しが10万円の旅行券とは。80歳を超えた身でどこに旅行しろというのか」と吐き捨てた。2006年12月15日 読売新聞朝刊 13版 38ページ「シベリア抑留補償問題に幕」から引用 先の大戦の敗戦時に中国東北部に居住していた日本人のうちの成年男子が不法にシベリアへ抑留されました。これらの人々は、戦前の教育勅語によって教育された、愛国心旺盛な日本人でしたが、これらの人々の生命と財産を守るはずの関東軍は、こともあろうに同胞を見捨てて先に逃亡していたため、残された人々はろくな抵抗も出来ずに抑留されざるを得ませんでした。そのような苦労をした人々の愛国心に対する保障が10万円の旅行券とは、まったく人を馬鹿にした話です。 しかも、その政府はこのたび教育基本法を改悪し、再度国民の心に愛国心を注入しようとしています。果たして日本人は、二度も政府が吹き込む「愛国心」に騙されるような愚かな民族なのか、それとも、騙せると思い込んでいる愚かな権力者を今だけたまたま抱えているだけなのか、推移を見守りたいと思います。
2007年01月07日
「この国のゆくえ」というタイトルのシリーズでわが国の戦後史を検証している「週刊金曜日」の2006年9月8日号で、女性史研究家・鈴木裕子氏は、敗戦後まもなく行われたマッカーサーと昭和天皇の会談にふれ、次のような論文を寄稿しています; <私は、日本国民が戦争を闘うために行なつた全てのことに対して全責任を負う者として、あなたに会いに来ました> 一九四五年九月二七日。連合国最高司令官マッカーサーと会ったときの昭和天皇裕仁(ひろひと)の発言とされています。真偽はまだ分かりませんが、のちにマッカーサーは「この勇気ある態度は私の魂までも震わせた」と回顧録に書きました。天皇自らが戦争責任を認めたこの発言は、言葉の意味、事実のうえにおいては正しいでしょう。しかしながら、それから六一年を経ても昭和天皇の戦争責任を問うことはいまだにタブーです。 例外として、二〇〇〇年一二月に東京で開催された「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」があります。女性に対する暴力が問われなかった極東国際軍事裁判(東京裁判)のやり直しを目的に、国際法による戦時性暴力を市民の手で裁いたものです。第二次世界大戦中に旧日本軍が組織的に行なった強かん、性奴隷制などの戦争犯罪で、裕仁をはじめ被告九人全員が「有罪」とされ、翌年のオランダ・ハーグでの「最終判決」で「確定」しました。「民衆法廷」「市民法延」として画期的な意味がありましたが、残念ながら、なぜ裕仁有罪なのか、それが日本社会の中で血肉化されていません。マスコミによる神話づくり 一九九一年一二月に、元「慰安婦」被害者の金学順(キムハクスン)さんたちが東京地裁に提訴して以来、日本のマスコミは「従軍慰安婦」問題を積極的に取り上げました。しかし、二〇〇二年の「拉致報道」以降、波が引いたようにまったくといっていいほど記事にしなくなりました。 わたくしはかねてから「慰安婦」問題には、女性に対する性差別、民族差別、そして天皇の軍隊による国家犯罪という三つの基本的側面があると主張しています。ところが日本においては「天皇制の国家犯罪」や天皇制の問題に触れるとマスコミや有名教授たちは自主規制します。 考えてみれば日本の新聞は、敗戦直前・直後から昭和天皇裕仁の「平和主義者=平和愛好神話」づくりに大いに協力してきました。「天皇の思(おぼ)し召(め)し」で戦争が終結したという「終戦の聖断」イメージを巧みにつくりあげ、推進しました。しかし、昭和天皇死去後、側近や関係者の手記やメモなどが次々と出てきて、その仮面が少しずつ剥(は)がされてきています。 多くの人が地上戦に巻き込まれて犠牲になった沖縄に対して「二五年ないし五〇年、あるいは永久的に米軍が支配してくれて構わない」とか、広島・長崎の原爆投下に対しては「気の毒だと思うが、戦争中だったから致し方ない」などと平気で発言する「非倫理」性。自らの安全のために「沖縄を売って」、軍事的に米国に従属する「日米軍事同盟」構築を積極的に進めます。事実に基づいて調べていけば、昭和天皇がどんなにオポチュニスト(ご都合主義)的政治家であったかが分かります。しかしそのことを、日本のマスコミはきちんと伝えようとしていません。 天皇の、天皇のための、天皇による戦争神社だった靖国神社についてもそうです。靖国は、本当は生きたかったにちがいない若人たちを「大義」のためにと思わせてマインドコントロールし、死へと誘(いざな)った戦争装置です。今回明らかになった「富田メモ」でも、昭和天皇はA級戦犯合祀(ごうし)に「不快」だから自分は「参拝しない」とか言っていますが、冒頭に記した自らの「超A級戦犯」としての発言は忘れています。戦争に「全責任を負う」大元帥でもあった昭和天皇は東条英機に対しては『昭和天皇独自録』でよくぞ自分の「忠臣」として尽くしてくれたと、褒めているくらい「忠誠」振りを賞賛しています。彼(昭和天皇)の本当の「不快」の理由は、A級戦犯への合祀・追悼を通して自らの戦争責任の本質が暴露されることを恐れたのではないかと思います。そのことが今回もまた、「A級戦犯の分祀(ぶんし)問題」などにすり替えられています。生き長らえた理由 戦後の女性史研究にも問題があります。「象徴天皇制」になったことなどで平塚らいてう、市川房枝さんらの指導的女性たちも天皇問題には口を閉ざしました。もう一つは戦争中、政府に国策協力し、一般の女性に戦争への協力を煽(あお)ってきた大日本婦人会などの女性たちがきちんと反省することなく戦後社会に再び登場しました。天皇の罪を明らかにするにはまず自分たちの反省や総括をする必要があるのに、それに蓋(ふた)をしました。自分たちの行為に蓋をしたのですから、天皇の戦争責任追及に関しても積極的になれるわけがありません。主犯と共犯関係にあった両者は「抱合」関係にあったといえます。 古代からの天皇家の歴史をひもとくと、いくどもの王朝交代がありながら、なぜ天皇制そのものが生き長らえたのでしょうか。端的にいうとそれは「側室制度」の問題を抜きには考えられません。また、藤原氏のように娘たちを次々と皇太子や天皇の妃、皇太后にした例もあります。要するに、天皇家との抱え合う関係、抱合関係です。藤原氏は天皇家と縁戚となり、天皇候補者がいなくなると、一族から天皇を送り出していきます。「平安朝」以降はそれが続き、近代までこの関係は続きます。 側室制度については、たとえば嵯峨天皇などは多くの妻妾(さいしょう)を擁し、五十数人もの子どもがいたそうです。昭和天皇の祖父、明治天皇の親は孝明(こうめい)、孝明の前が仁孝(にんこう)。仁孝も孝明も明治も大正天皇(昭和天皇の父)もすべて「庶子」。つまり、側室から生まれた子どもです。天皇家が保たれてきた大きな理由のひとつはこの側室制度があったからです。戦前までの皇室典範は、側室制度を認めていました。しかし戦後の日本国憲法の男女平等規定の中では側室制度は盛り込めなかったのです。いま、「男系男子」の後継問題が浮上するのは、側室制度がなくなったことも一因にあげられるでしょう。 しかしいまだに天皇家では、簡単にいうと、女性を生殖の道具視することは変わっていません。ですから、結婚当初はあれほど生き生きして「華」のあった雅子さんが、「男子」を産まないとバッシングされ、ついには(天皇家への)適応障害に陥ってしまったのではないでしょうか。 マスコミが天皇家の「お世継ぎ」報道に躍起になり、とくに女性皇族たちを登場させて、華やいだ「天皇家」づくりに協力し、本質に蓋をし続ける片棒を果たしているのはなぜなのか、じっくり考えたいものです。軍事国家への利用価値 これから再び、天皇家への敬愛心や愛国心などが叫ばれる時代になりつつあります。内閣官房長官・安倍晋三氏(当時)は、自民党総裁選で「憲法改正と教育改革」を政権公約として前面に出しました。「お上」、国家、天皇に対して、疑問を持たせず、忠誠を誓うような子どもをつくるためには、現在の教育基本法は邪魔になる。国にとって都合のよい人間をつくり、軍事国家、日米軍備再編強化へとつなげるには、権力者・支配エリート層にとっては天皇制はまだまだ利用価値が大きいのだと思います。 そうさせないためにも、天皇制にはもう博物館に入ってもらうのがよいと思います。天皇家の方々は、時の権力者に都合よく利用されないように普通の市民になり、きちんと働いて税金を払い、参政権ももらった方がいいでしょう。神話はいつか崩れるものです。マッカーサーとの会見はまさに似非(えせ)「平和愛好神話」の出発点でありましたが、冒頭で紹介した発言だけではなく実際の昭和天皇の言行録・活動録のすべてが全面公開されるべきです。 なぜなら彼は少なくとも敗戦までは「私人」ではなく、唯一の「主権者」として絶対権力を発揮してきた「大政治家」「大元帥」「大司法官」だったのですから。 全面公開されたとき、神話は崩れ、「人のうえに人をつくる」天皇制は、わたくしたちの心や感性のなかで相対化され、廃絶への道に向かうことを念じています。2006年9月8日 「週刊金曜日」34ページ「崩れる『平和愛好神話』」から引用「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」の意義、昭和天皇がどのような政治家であったか、A級戦犯合祀に対する不快感の真意、戦争遂行の社会でリーダーシップを発揮した人々が形ばかりの反省でお茶を濁して戦後再び社会のリーダーに復帰した欺瞞、天皇家が永く続いた秘訣は側室制度にあったことなど、大変示唆に富む論文だと思います。
2007年01月06日
教育基本法が改悪されたことについて、弁護士の加藤美代氏は「しんぶん赤旗」日曜版で次のように述べています;12月15日夕方、教育基本法がとうとう改悪されました。 日本弁護士会は、教育基本法改正案に対する意見書(9月15日)を発表し、与党による衆議院の単独採決に会長声明(11月16日)を出しました。50単位弁護士会、2弁護士連合会も教育基本法の「改正反対」もしくは「慎重審議」を求める声明を出しました。 各地で弁護士が街頭に立ち、衆参両院で国会議員に要請しました。「教育の憲法をこのようなやり方で変えさせない」という思いは、法律に携わる実務家として弁護士の広く一致をみました。 ところが、TVをみても新聞を読んでも、弁護士の声は伝わってきません。弁護士がこのような活動をしていることを弁護士以外の人が一体何人知っているでしょうか。弁護士以外でも教育基本法改悪に反対している人や団体は数限りなくあり、声明を出し、街頭にで、集会を開いていますが、報道の片隅に追いやられ、多くの人は知りません。 国会審議の緊迫する15日の「中日」夕刊1面を見てびっくり。野球選手が大リーグに入団する記事が大きく載り、教育基本法の記事はありません。1面からは、教育の憲法が変えられようとしているという歴史の大転換に立つ日本は見えません。あわてて各紙を見ると、教育基本法の記事があっても、数ある記事の一つでしかありませんでした。 故黒田清さんは「かつてジャーナリズムは翼賛体制に加担した。しかし、あの失敗を犯した先輩たちには″ああなるとは知らなかった″という言い訳が立つ。しかし、先輩の失敗を知っているわれわれは弁解することはできない。もし先輩たちと同じ失敗を繰り返した場合、われわれには弁解の余地がない」と話されたと言います。 マスコミは、選んだ事実を報道することで意見を言い大きく世論をつくります。故黒田清さんの言葉を今こそ肝に銘じるときです。2006年12月24日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ「メディアをよむ-先人の失敗に学べ」から引用世の中の右傾化を、手をこまねいて見ているだけでは、わが国は「いつか来た道」にはまり込んでいくだけです。健全な世論の喚起を促したい。
2007年01月05日
日中両国政府が、戦時中に旧日本軍によって中国大陸に持ち込まれた化学兵器を処分するための機構を設置することで合意したと、12月22日の読売新聞が報道しています; 日中両政府は21日、外務省で、旧日本軍が中国に残した化学兵器の回収・処理問題に関する実務者協議を行い、2007年1月にも「日中遺棄化学兵器処理連合機構」を設置することで正式に合意した。同機構は、約40万発の化学兵器が埋蔵されている吉林省ハルバ嶺で回収・処理を行う事業などに取り組む予定だ。 協議では、中国側が「化学兵器の被害国として、日本のこれまでの努力は評価するが、今のペースでは不満だ」として一層の努力を要請した。 遺棄化学兵器の処理は、化学兵器の無害化を定めた化学兵器禁止条約に基づく国際法上の義務となっている。このため、約940億円に上る回収施設と2000億円以上の費用がかかるとみられている処理施設は、すべて日本政府の負担となる。巨額の費用がかかるため、与党内には事業の集施に慎重な声もある。 政府は2000年9月から約600億円をかけて、ハルバ嶺以外で約3万8000発を回収した。同条約は12年4月までの処理完了を定めている。2006年12月22日 読売新聞朝刊 13版 2ページ「遺棄兵器処理機構 日中共同設置で合意」から引用旧日本軍が敗戦時に中国大陸に不法に遺棄した化学兵器を、「中国にあげたものだ」などと馬鹿なことを言う者もいるようだが、それは史実を偽った発言だ。旧日本軍の毒ガス兵器に関する歴史学的研究は進んでおり、その一部は出版されてもいる。知らない者は、よく勉強するべきであろう。
2007年01月04日
昨年秋に教育基本法改悪法案の審議が再開されたとき、評論家の佐高信氏は「週刊金曜日」に次のように書いていた; 現在の日教組委員長が誰であるか、私は知りたくもない。いないと思っているからだ。そう思わなければ、その「不在」に耐えられない。一〇月二六日に日教組は日比谷野外音楽堂で「教育基本法改悪阻止!」 の緊急中央行動を展開し、「非常事態宣言」を出した。しかし、その席に委員長はいなかったのである。海外出張中だったとか。怒った組合員が演壇に駆け上がる一幕もあったというが、委員長不在で「非常事態宣言」を出せるその神経こそが非常ならぬ異常なのではないか。 日教組は組織として民主党を推しているらしい。ところが、衆議院の教基法を審議する委員会の民主党議員で、真っ向からそれに反対する議員はいないのである。自民党顔負けの「愛国」論議を展開する議員がほとんどなのだから、驚きを通り越して呆れてしまう。 民主党の議員の中にはそうした人も少なくないからと言えばそれまでだが、なぜ、日教組は民主党に働きかけて、まともな議員に変えさせようとしなかったのか。(以下略)<この続きを読みたい方は、下記へどうぞ>http://www.kinyobi.co.jp/pages/vol631/fusokukei2006年11月17日 「週刊金曜日」7ページ「風速計-委員長不在」から引用 教育基本法改悪阻止のためには、「改悪法案をつぶすか、日教組がつぶれるかだ」という覚悟で取り組むべきであった。それくらいの意気込みがあれば、世論の注意を喚起し、国民は「教育基本法」の大切さをもっと真剣に考え、性急な安倍政権のやり方にブレーキをかけたはずだ。 佐高氏が上記の文章を書いた翌週の「週刊金曜日」には、佐高氏と日教組委員長の対談が掲載された。その対談の中で、佐高氏に「なぜ(共産党系の)全教と共闘しないのか」と質された日教組委員長は「彼らは組織を割って出て行った連中だから」との意味の発言をしている。国会で多数を占める与党によって、改悪法案がごり押しされようとしている危機に及んで、日教組委員長は「悪法阻止」よりも「党派性」を優先させていた。これでは、与党・反動勢力に付け込まれるのは当然だ。それ以外にも、日教組委員長の発言には認識が疑われるポイントがいくつもあった。発足当時は「二度と教え子を戦場に送らない」という崇高な理念をスローガンにした日教組であったが、その志が低下してしまったのは誠に残念なことだ。
2007年01月03日
世の中の右傾化を傍観し追認するだけのメディアのあり方を鋭く追及する文章が、去年の「週刊金曜日」に掲載されました。筆者はジャーナリストの浅野健一氏で、次のように述べています;「読売テレビ」の「ウエークアップ」が一一月一八日、「いじめ自殺」を取り上げた。まず、埼玉県で同月一二日に中学三年生が「金銭トラブル」で自殺したと報じられた事例を紹介した。この後、大阪府内で同じ日に自殺した中学一年の女子生徒のケースを扱った。 この後、今年八月以降、各地で「自ら命を絶った生徒の一覧表」(匿名)が出た。また、「『いじめ』の要因は何だと思う」と聞いた日本テレビ世論調査(同月一〇~一二日実施) の結果を紹介した。 回答は以下のようだった。《「道徳・モラルの低下」45・7%、「家庭教育の不足」28・5%、「学校・教師の不適切な対応」13・5%、「国の取り組みの欠如」1・3%》 国の責任をあげた人が一%強という数字に驚いた。ただ、新聞社の世論調査では「国」を選択肢に入れていないところが多いので、国について開いたのは適切だった。 テレビに出てくる文化人は、校長が悪い、いじめをした生徒に責任がある、家庭・地域が問題だというばかりで、せいぜい自治体の教育委員会が槍玉(やりだま)に挙げられる程度だ。いじめ自殺を取り上げた主要各紙社説も同様だ。 いじめ自殺に関する過剰な報道が新たな自殺を誘発しているという視点は、二月一六日付の 『朝日新聞』記事(石川智也記者)などが的確に指摘している。報道界がほとんど問題にしないのが、国家(政府と自民党・公明党)=文部科学省の責任である。 一〇月下旬になって突然、「未履修問題」が報道された。各地の公立進学校などが単位を騙(だま)して取ったことにした問題で、単位詐取と呼ぶべきである。単位詐取をめぐり校長が二人も自殺した。福岡県では、教育委員会に「いじめを認識していながら、市教委に報告を怠った」問題で一〇月一一日、一時間記者会見に応じた校長が翌日朝自殺した。「RKB毎日放送」が検証番組で、自殺の背景に迫った。「マスコミが殺したようなもの」という声が地元記者の問にも出ている。 単位詐取・いじめ自殺問題報道は、自公野合政権が教育基本法改「正」案を国会に上程した時期にエスカレートした。 同志社大学の学生たちは二月九日、精神科医の野田正彰氏を招いて、基本法改悪の狙いを明らかにする講演会を開いた。 野田氏は「教育委員会で教師を締め付けることに、何らかの功績があった人が校長になる。生徒たちに一〇年ぐらい接していない人が校長になっている。校長は教育委員会の回し者だ」と指摘した。 また、「文科省は、自分は関係ないような顔をして、悪いのは教育委員会だ、校長だと平気で言っているが、これは真っ赤なうそだ。一番悪いのは文科省だ」と述べた。 野田氏は、教育基本法改悪にみられる「強制」はすでに先取りされてきたと指摘し、広島の世羅高校校長が自殺前に、文部省から来ていた教育委員会幹部から、毎夜、電話をかけられ、自殺にまで追い詰められた経緯を明らかにした。「彼は夜も電気をつけて、ほかの先生方には帰ってもらい、一人で会議をしているふりをして、深夜まで学校に残っていた。夜がふけて家に帰ると、家に電話がかかってきた。亡くなる前日は、夜中の二時に起きて鳴り続ける電話に出ている。翌朝の午前八時に教育委員会の人事課次長が来て、一時間足らずのうちに納屋で自殺した。殺害だと思う。歴史というのは日々偽造されている。一人の人間の無念の思いは逆に利用され、宣伝に使われ、国旗国歌法の制定にすり替えられた」 一一月二七日の『東京新聞』に掲載された『共同通信』の全国電話世論調査(二五、二六日実施)で、教育基本法改定案について、「賛成」が53・1%で、「反対」は32・9%だった。 同法改悪の危険性を的確に伝えず、国=自公政権の法改定に問題解決を求める誤った世論を再びつくりつつあるメディアの罪は重い。2006年12月1日 「週刊金曜」58ページ「人権とメディア-政権党・文科省批判はタブーか」から引用わが国には、かつて優れた教育基本法がありました。しかし、自民党政府はこれをないがしろにする反動的な教育を行った結果、教育現場の自主性が損なわれ、先生も生徒も教育委員会を通じて国家に支配されることになったため、自由な雰囲気が失われ、その鬱憤を晴らすために生徒の間に「いじめ」が蔓延したといえます。 今回、教育基本法を改悪し、政府はより直接的に教育現場に介入できる仕組みになったのですから、教育現場の荒廃はさらに進むものと思われます。メディアに従事する人々の自覚を促したいと思います。
2007年01月02日
戦争中、中国大陸の日本軍が南京市へ進軍する途中、日本軍の二人の将校が中国の民間人や捕虜を日本刀で殺害する人数を競った事件の報道について、二人の将校の遺族が起こした裁判が確定したと、12月23日の朝日新聞が報道しました;旧日本軍将校2人が中国で1937年、中国兵を日本刀で殺害した人数を競う「百人折り競争」をしたとする当時の新聞報道や、後にこの間題を扱った書籍を巡り、2人の遺族が「うそを書かれ故人を慕う遺族の気持ちを傷つけられた」などとして、朝日、毎日両新聞社などと本多勝一・元朝日新聞記者に出版差し止めや計1200万円の損害賠償などを求めた訴訟の上告審で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は22日、遺族側の上告を棄却する決定をした。朝日新聞社などの勝訴が確定した。二審・東京高裁は「百人斬り」を報じた当時の記事について「全くの虚偽であると認めることはできない」と認定、請求をすべて棄却した一審・東京地裁判決を支持した。2006年12月23日 朝日新聞朝刊 14版 34ページ「旧日本軍『百人斬り』訴訟 本社の勝訴確定」から引用もともと邪な意図と目的をもって始められた裁判でしたが、社会正義の前にあえなく敗退したという格好です。
2007年01月01日
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