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麻田雅文著「シベリア出兵」(中公新書)ほうせんか編著「増補版 風よ 鳳仙花の歌をはこべ 関東大震災・朝鮮人虐殺・追悼のメモランダム」(ころから)佐藤卓巳著「キングの時代 国民大衆雑誌の公共性」(岩波現代文庫)以上の3冊の書籍を通して今から100年前の日本に何があったのか知ることができる、との主旨で早稲田大学教授の藤野裕子氏が、14日の朝日新聞に次のように書いている;関東大震災の際、多くの朝鮮人が殺された荒川の土手下に建てられた追悼碑=東京都墨田区◆1923年 100年の節目、過去を確認する 歴史は100年周期で動いていない。だとしても、100年前を振り返ることには意味がある。1923年と前後の年に関わる3冊をひもとき、その意味を考えたい。 1922年。18年に開始したシベリア出兵の撤兵が決まった。17年にロシア革命が起きたため、アメリカ・日本などがウラジオストクに派兵した。20年までに他国が撤兵した後も、日本はニコラエフスク(尼港)や間島地方などで軍事行動を続けた。 麻田雅文『シベリア出兵』はこの出兵を「忘れられた戦争」と呼ぶ。出兵は陸軍参謀本部の主導で進められ、戦線はなし崩し的に拡大した。日本の軍人・軍属の戦病死者数は約3300人、当時の国家財政の大部分を軍事費に費やした。ロシア側の死傷者数は日本を上回る。日本の撤兵が遅れたのは、見返りなしに撤兵してはこれまでの犠牲が無駄になるという認識が軍・政府にあったからだ、と同書は指摘する。陸軍が出兵に関する情報公開に消極的だったこともあり、この経験は忘れられ、その後に生かされなかった。◆未来につなぐ 1923年。9月1日に関東大震災が起きる。大規模な火災が起こるなか、2日には東京市などに戒厳令がしかれた。朝鮮人が暴動を起こすなどのデマが流れ、多くの朝鮮人が殺された。東京では荒川放水路沿いが殺害現場の一つとなった。ほうせんか編著『増補新版 風よ 鳳仙花の歌をはこべ』は、当時を知る地域住民からの聞き書きと追悼活動の記録だ。自警団のほか軍隊・警察も殺害に関与したこと、遺体を焼いて土手に埋めたが、遺骨は後日、警察が掘り返して持ち去ったことなどを示す証言・史料が収録されている。軍・警察の関与がありながら、民間人だけが刑事責任を問われた。国家は虐殺の責任を認めることなく、現在に至っている。 同書を編んだ「ほうせんか」は、長く聞き取り調査などを行ってきた団体だ。82年、荒川沿いの土手に埋められたとされる遺骨の試掘を行った。その結果、骨は見つからなかったが、発掘をきっかけにお年寄りからさらなる証言が集まった。証言者は100人を超える。その後、河川敷に追悼碑を建立するため、地域や行政と交渉を重ねた。事件現場近くの土手下の土地を住民から買い受け、碑を建てた。歴史を風化させず、未来につなぐ思いが込められている。◆「大衆」の責任 1924年。大衆雑誌「キング」が大日本雄弁会講談社から創刊された。同誌は創刊号が74万部発行されるなど、第1次世界大戦後の日本の大衆化を象徴する雑誌となった。佐藤卓己『「キング」の時代』は、創刊から57年の終刊までを一続きの時代と捉え、歴史を描き直す。 「キング」は読者層を「大衆」に設定して、あらゆる階層の娯楽たらんとした。宣伝戦略を巧みに使い、「大衆」を読者に取り込んでいく。30年代以降の戦争の時代になると、この力は国民動員の力として機能する。戦場の英雄譚(たん)や戦争グラビアを掲載し、読者の関心を戦争へと導いた。読者もこれに応え、大衆雑誌は41年に最盛期を迎えた。 戦争の時代に言論弾圧が盛んだったことは間違いない。だが、メディアや国民を被害者として免罪すると、メディアと国民一人ひとりの戦争責任を不問に付すことになる、と同書は強調する。 国家・メディア・国民の責任は、100年か否かに関わらず、忘れてはならない。だが、記憶を維持する営みがなければ、過去は容易に忘却されうることを3冊は教えてくれる。だからこそ100年の節目に過去を確認することが重要なのだ。どのような歴史を未来に伝えるかは、この社会をどういうものにしたいかと直結するのだから。2023年1月14日 朝日新聞朝刊 13版 19ページ 「読書-100年の節目 過去を確認する」から引用 シベリア出兵のことを「忘れられた戦争」と呼ぶとのことであるが、それは当を得た話かも知れない。私も学校の勉強で日清戦争や日露戦争のことは、教科書に当時の写真や挿絵があって勉強した記憶があるが、「シベリア出兵」という言葉は教科書で目にした覚えがなく、旺文社や学研の学習雑誌の読み物で読んだだけのような印象をもっている。100年前の日本に何があったのか、振り返って見ることは大切だと思います。
2023年01月31日
韓国の保守党政権が徴用工問題について解決方法を模索していることについて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は14日の同紙コラムに、次のように書いている; 徴用工問題で悪化した日韓関係が修復へ向けて動き出す。東アジア情勢を考えれば、もはや解決は両国の政治的使命である。 ここまでこじれたいきさつは、両国民双方の心の壁がなお厚く高いことを考えさせずにおかない。韓国はゆるす苦しみと葛藤している。壁を越えるには、向き合う側にも植民地を支配した経験の重い石をのみ込む覚悟が求められる。 先週紹介した経済ジャーナリストの石橋湛山(たんざん)には、その点でも腹の据わった先見性があった。 韓国併合から8年半。1919年3月1日、朝鮮で日本帝国主義支配に反対する学生や民衆の抵抗運動が起きた。京城(現ソウル)で独立宣言を読み上げ、数千人が「朝鮮独立万歳」と叫ぶ。朝鮮総督府が軍隊と警察で弾圧したが、運動は全土に広がり、5月までに膨大な死傷・検挙者が出た。 5月15日、湛山は経済雑誌「東洋経済新報」社説に「鮮人(原文のママ)暴動に対する理解」を書く。今風に直せば「反日運動にも理はある」となろうか。もう頭に血の上る読者はいるだろう。 湛山の視線はまっすぐ核心へ向かう。鎮定は表面だけ圧伏したにすぎず、何の解決にもならない。日本でも前年、各地に米騒動が起きた例を引き、根本のカギは「暴動をいかに理解すべきかにある」と説く。「いかなる民族といえども他民族の属国たることを愉快とする事実はない。いかなる善政に浴しても、彼らは独立自治を得るまで断じて抵抗をやめない」 日本国内では「万歳事件」と呼び、独立運動とは報じられず、朝鮮人たちが暴れたという風聞だけが残った。そこへ4年後、関東大震災が発生。軍や警察、戦争帰還兵の在郷軍人を中心に自警団を名乗る日本人民衆が、在日朝鮮人、たまたま上京していた方言を話す日本人、中国人らを数千人(内閣府の中央防災会議専門調査会報告書)も虐殺する悪夢となる。 不安があるから「自警」する。おびえているから朝鮮人が襲ってくるというウソを信じ込む。 湛山は同誌「小評論」で国際的不名誉を嘆き、「血と涙とを以て罪をつぐなわなければならぬ」と書いたが、惨劇の全貌真相は戦後まで長く不問に付された。今年は関東大震災100年。 ウクライナ戦争を巡る国連総会のロシア非難決議に、アフリカの多くの国は賛成していない。欧米では奴隷制度に起因する黒人差別抗議運動が起き、欧州各国は今、旧植民地から奪った文化財を競うように返還している。支配の清算は、現在進行中の時に命も左右する現実である。(専門編集委員)2023年1月14日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-支配した側の重い石」から引用 日頃はリベラルの観点から鋭い洞察力を示す伊藤智永氏が、こと韓国問題については無教養な日本人さながらの「無知」をさらけ出す姿には失望せざるを得ない、というのがこの記事を読んだ私の感想である。記事の冒頭からして「徴用工問題で悪化した日韓関係」を修復するのは「両国の政治的使命」であるなどと書いているが、この問題の発端は裁判所の判断に従う積もりだった被告企業に「待った」をかけた当時の安倍政権に全責任があるのであり、これを解決する「義理」は日本政府にこそあれ韓国政府にはないことは中学生にも分かる理屈である。それを「韓国はゆるす苦しみと葛藤している」などと、何を勘違いしているのかと呆れるほかありません。 また、植民地支配下で当時の朝鮮に「独立運動」が起きたのは人間として当然の「権利の行使」であり、朝鮮人の独立運動に理解を示すべきだとした石橋湛山の「主張」は当たり前のことを言っているだけであるにも関わらず、それに対して現代の日本にもそのような言説に「もう頭に血の上る読者はいるだろう」人々が多く存在するのは自然であるかのような表現には、大きな違和感を禁じ得ません。 石橋湛山は関東大震災の折に多くの朝鮮人が虐殺されたことについ、「血と涙とを以て罪をつぐなわなければならぬ」と書いたことが紹介されているが、これは当時の日本人だけではなく現代の日本人も将来の日本人も、かつてこのような忌まわしい事件があったことを、未来永劫忘れてはならないと、今日の新聞に書くべきであると思います。
2023年01月30日
日本学術会議は戦後の77年間、自ら会員候補者の名簿を作成しそれを内閣総理大臣が任命するというやり方が法律で定められており、その通りに実施されて来たのであったが、菅義偉政権のとき、105名の名簿のうちの6名を除いた99名しか任命しないという違法な「干渉」が行なわれ現在も違法な状態が続いている。岸田政権は、この違法な状態を改善する積もりなのかどうか「学術会議の会員選考過程をチェックする第三者機関を設置する」という条項を付け加える「学術会議法改正案」を、当事者である学術会議に相談することもなく勝手に発表したところ、学術会議は直ちにこれに反対する声明を出したが、その他の学者の団体も反対声明を出したと15日の東京新聞が報道している;◆学術会議改変 学者ら阻止声明 大学教授らでつくる「安全保障関連法に反対する学者の会」は14日、東京都内で記者会見し、日本学術会議の会員選考過程をチェックする第三者委員会設置などを盛り込む法改正案を阻止する声明を発表した。「政府の意向を忖度し、追従する科学者組織に変質することは明白」と主張している。(井上靖史) 日本学術会議の会員でもある高山佳奈子京都大教授か声明文を読み上げ、政府方針の再考を求めた、学術会議の声明に賛同することを表明した。 また、先月、閣議決定された安保関連3文書のうち国家安全保障戦略が「強化すべき国内基盤」に「知的基盤」を挙げ、政府と企業・学術界の連携強化を指示していることを指摘。これまで軍事研究を否定する立場を取ってきた学術会議を法改正で改造する狙いがあるのではないか、と疑念を示した。 記者会見では、日本学術会議元会長の広渡清吾・東京大名誉教授が「学術会議法改正の動機がどこにあるか、明らかになりつつある。文字どおりの学術会議つぶしで、どこから見ても受け入れられない」と訴えた。 佐藤学・東京大名誉教授も「(ロシアの)プーチン大統領が取った方法と似た動きに思える。ロシア科学アカデミーは国家機関にされてプーチン氏の強力な干渉が入った。アカデミー、学問の自由の侵害が戦争へと突き進む一歩だった」と述べた。2023年1月15日 東京新聞朝刊 12版 28ページ 「学問の自由侵害は戦争への一歩」から引用 戦後の日本では自民党と言えども「悲惨な戦争は二度と繰り返してはならない」と考える政治家が大部分で、憲法と法律を順守する政治が行なわれてきたのであったが、自民党の政治のやり方は「地盤、看板、カバン」を世襲するという、およそ民主主義とは相容れない風習を継承してきたために、もはや三代目ともなると祖先の苦労などは忘れ去られて、憲法も法律も無視して勝手なことをやろうとしている。このような「現象」は安倍晋三政権の「特徴」なのかと思ったら、安倍氏だけではなく自民党の世襲議員に共通する「問題」であることが、最近明らかになりつつあるのではないかと思います。
2023年01月29日
敵基地攻撃能力の保有、軍事費の倍増、原発再稼働と新設、日本学術会議への介入を正当化する法律の改悪と、平和国家から戦争国家への転換を一挙にすすめる岸田政権について、法政大学名誉教授で前総長の田中優子氏は15日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 昨年暮れ、ジョン・レノンの「平和を我等に」を久々に耳にした。ベトナム戦争の反戦歌だったのだが、まさに今こそ歌うべき歌だと思った。反戦歌といっても決して攻撃的な歌ではない。原題はGive Peace A Chanceで、”A11 we are saying is give peace a chance”を繰り返す。「私たちが言っているのは平和にチャンスを与えてくれということだけなんだ」という意味だ。実に遠慮深い。とても戦争が終わりそうもない時に、せめて停戦を、と言い続けたくなる、その気持ちそのままだ。ただし、その後ろではジョンが~主義だの~革命だのごちゃごちや言うな、と強烈な皮肉を飛ばし続けている。理屈なんていいからとにかく戦争やめろ! まさに今叫びたくなる言葉だ。 ジョン・レノンにはもう一つ、「イマジン」という反戦歌がある。これも思い出しておきたい。「そのために殺したり死んだりしなきゃならない、そんな国家なんていうものが無い世界を想像しようよ」というくだりは多くの人が知っていると思うが、それに「宗教も」という言葉が続く。今はそれが突き刺さる。 ◇ ◆ ◇ 反戦とは何か。理屈ではなく、「戦争は嫌だ、やめろ」という叫びである。年が明けた時私は、日本人は今からその「叫び」の準備が必要なのではないか、と思った。 「人間から獣がはい出している」。これはノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさんがウクライナ侵攻について問われた時の言葉である。元旦の朝日新聞で目にした。対岸の火事ではない。 昨年の12月2日、自民党は公明党と「敵基地攻撃能力」保有を正式合意した。やはり「宗教も」なのだ。軍事費の倍増、原発の継続新設も決まった。そして12月6日、内閣府は「日本学術会議の在り方についての方針」を一方的に決定し公表した。学問とは中長期的視点で社会や人類や地球の将来を議論し社会に問うことがその役割だ。政治的意思決定とは異なる自律的な価値観と組織が必須である。今はそれを、政治的意思に従わせようとしている。 敵基地攻撃能力保有、軍事費の倍増、原発の継続と新設、そしてこの日本学術会議への介入は全て関連している。そしてこれらは、日本が戦時体制に入りつつある、ということを指し示している。さかのぼってみれば森友学園問題は、国有地を与えることによって教育勅語を教える学校を認可する意図であった。学問と教育と家庭を支配するのは、人の心を制御するファシズムの常套手段である。 ◇ ◆ ◇ しかし平穏な正月を迎えた日本人には、戦時体制とは思えないかもしれない。そう思っているうちに、ある日それはやってくる。 日中戦争が「満州事変」という名で始まり、日米戦争が宣戦布告なしに真珠湾攻撃で始まり、ウクライナ戦争が「特別軍事作戦」という名で始まったように、戦争は突然始まり、その原因は一方的に相手にあるとされる。つまり「防衛のため」と言い続ける。 だから、反戦の準備をしよう。戦争の用意がどこでどうされているのか伝えるべきだろう。戦争が何をもたらすのか伝えることも必要だ。あとは歌で、短い言葉で、行動で、そしてやがて、一揆の日がやってくる。何より心の準備が必要だ。2023年1月15日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-反戦準備」から引用 「敵基地攻撃能力」について与党の自民党と公明党の合意が成立したのは昨年12月2日であったとのことであるが、どのような話し合いの結果「合意」したのか、後日、情報公開法に基づいて資料請求しても全ページ黒塗りの「資料」を渡されただけだったという報道があった。与党同士の話し合いでどんな結論が出ようと、それは内輪の話であって、国家の基本方針とするのであれば国会で議論を尽くし、国民も納得する結果を得るべきである。そもそも、わが国の基本方針は「専守防衛」であり、不当に襲いかかってきた「敵」を撃退する分には憲法違反ではないが、「敵基地」ともなれば相手側の国境の内側にあるのだから、それを攻撃するには相手側の国境を越えて侵入して行かなければならず、この時点で「専守防衛」を逸脱することになり「憲法違反」は明白である。私たちはあらゆる手段を講じて、岸田政権の暴走を阻止しなければならないと思います。
2023年01月28日
日韓の間の徴用工問題というのは、被告であった日本企業が韓国の裁判所の判決に従う積もりで準備している所に当時の安倍政権が政治介入したために、判決通りに補償金を支払えば終わっていたものが、判決に従わないために当該企業の資産が裁判所によって差し押さえられ、現金化される寸前まで来ている。それが火種となって日韓双方で「経済制裁」の応酬となってお互いの経済活動を阻害する元になっている。このような状況を打開しようと、韓国政府は高圧的な態度の日本政府に対し、下手に出るような「解決策」を提案したところ、韓国の市民団体から抗議の声があがっていると13日の「しんぶん赤旗」が報道している; 韓国の市民団体「韓日歴史・正義・平和行動」は12日、韓国外務省が開いた徴用工問題をめぐる公開討論会で示された政府案に対し、反対の立場を表明しました。国会前で行われた記者会見には支援団体や弁護士、国会議員らが参加。「被害者の人権と尊厳を無視した屈辱的な解決策を撤回せよ」と声をあげました。 政府が提示した解決案は、2018年11月に最高裁が被告の日本企業に賠償を命じた裁判での支払いを、韓国企業の寄付を受ける形で公益法人が肩代わりするというものです。 会見に参加した日帝強制動員市民の会の李国彦(イ・グクオン)代表は、「日本の戦犯企業の名誉を回復することが国益なのか。これは、被害者たちをあざむく行為だ」と糾弾しました。 民族問題研究所の金英丸(キム・ヨンファン)対外協力室長は、最高裁判決について政府案は「まるで債権者らの借金を清算すればよいというかのようだ。被害者たちの人権を愚弄(ぐろう)している」と批判しました。(栗原千鶴)2023年1月13日 「しんぶん赤旗」 5ページ 「政府案に市民ら抗議」から引用 戦争中に中国や朝鮮から多くの労働者が、本人が応募したり人数が足りないからと強制されたりして日本に連れて来られて劣悪な環境で労働に従事し、中には幸運にも何某かの賃金をもらって帰国した人もいるにはいたらしいが、大半は働いている時から既に賃金は「強制貯金」で、しかも戦後のどさくさでその「貯金通帳」を返してもらえずに帰国し、いまだに賃金未払い状態になっている。そういう状況に対し、中国でも韓国でも当該日本企業に対し「相応の未払い賃金を支払うように」命令する判決が出され、中国では被告である日本企業は判決通りに支払いを済ませて、その後は通常に企業活動を続けているのに対し、韓国では日本政府の無責任な「横やり」で暗礁に乗り上げてしまっている。韓国で判決が出た当時の文在寅政権は、毅然とした態度で「日本企業が裁判所の判断に従うように」という姿勢であったが、その後を継いだ現在の保守政権は、日韓間の経済問題で不利益を被っている企業に過剰に阿っているせいか、被告である日本企業が支払うべき「補償金」を韓国企業に肩代わりさせるというのは、あまりにも人をバカにしたような「カネさえ払えば、いいだろう」という、正に「被害者たちの人権を愚弄する」発想であると、日本人である私もそう思います。この問題は、どう考えても日本政府が責任をもって解決に当たるべきであり、そのことに言及しない日本のメディアの態度も、かなり問題であると思います。
2023年01月27日
国民の意向を確認することもなく、国会で議論することもなく勝手に軍備拡大を決めて勝手にアメリカ政府に約束してきた岸田政権のやり方について、13日の朝日新聞は次のように批判している; 日本政府は昨年12月の安全保障関連3文書の改定で、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」という「矛」を保有する宣言をした。今回の外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)で米国が「強い支持」を表明したのは、米国が昨年策定した国家安保戦略で同盟国に軍事力強化を促し、自国の抑止に組み込む「統合抑止」を掲げているからだ。 共同発表には日本に駐留する米軍も「最適化する」として、沖縄の離島を中心とした南西諸島で大きく変わる方針も盛り込まれた。従来の米軍再編計画を見直し、在沖海兵隊を改編。長射程ミサイルが配備された「海兵沿岸連隊(MLR)」を沖縄に駐留させるという。 今回の共同発表は、台湾有事を念頭に、自衛隊と米軍が新たな「矛」を手にし、南西諸島でミサイルの軍拡を推し進めることを意味する。 確かに中国のミサイル能力は大きな懸念材料だ。日米のミサイル軍拡が台湾や日本への攻撃を思いとどまらせ、将来的に軍備管理や軍縮に向かえばよいが、その保証はない。逆に攻撃を抑止させることに失敗すれば、ミサイルを多数配備する南西諸島が最初の標的になることにも想像力を働かせるべきだ。 台頭する中国に対し、日米が連携すべき政策は少なくない。一方、経済など対中戦略で、日米の利益がすべて一致するとは限らない。今回の2プラス2の共同発表や、日本の新しい国家安保戦略は軍事に力点が置かれ、対話や緊張緩和の視点が欠けている。 何より、こうした防衛政策の大転換、そして日米安保の大きな変化について、国会審議や国民的な議論も置き去りにしたまま、次々と既成事実化されている。岸田政権の安保政策の進め方ははなはだ問題だと言わざるを得ない。(編集委員・佐藤武嗣)2023年1月13日 朝日新聞朝刊 14版 1ページ 「安保の転換、議論欠くまま」から引用 この記事の「岸田批判」は生ぬるいという印象を受けます。何故なのか、注意して読んでみると「確かに中国のミサイル能力は懸念材料だ」との一文があり、私はこの認識がおかしいのだと思います。市場獲得のためにこちらの意のままにならない相手国を武力で制圧するという「手法」は、1930年代までは世界の有力国が用いた手段であったかも知れませんが、現代では経済が発展し、相手側を武力制圧しなくても「資本」が自由に相手国に入り込んで相応の利益を上げることが可能になっており、武力制圧は「戦後処理」に莫大な費用を必要とする点で、今となってはまったく役に立たない「手段」です。これからの日本の安全保障は、日米と日中を等距離にすること、日本は日中平和友好条約に基づき「一つの中国」政策の堅持を中国政府に改めて約束すること、従って「台湾問題」には介入しないこと等々について米中両国政府に通告した上で、東アジアの平和「要」となるべく努力していくべきだと思います。
2023年01月26日
連日マスコミがさも重要な「決定事項」であるかのように報道している「国家安全保障戦略」だの「安保3文書」だのについて、それが如何なる代物なのか、上智大教授の中野晃一氏は12月26日の「しんぶん赤旗」のインタビューに応えて次のように述べている; 敵基地攻撃能力保有や軍事費倍増を盛り込んだ「国家安全保障戦略」などの「安保3文書」の閣議決定(16日)を強行した岸田政権。この動きを厳しく批判してきた市民連合運営委員の中野晃一上智大教授に話を聞きました。(林信誠)――敵基地攻撃能力の保有などを盛り込んだ今回の「安保3文書」全体をどうみますか? 越えてはいけない一線を越えたもので、内外に大きな衝撃を与えました。しかし、攻撃的兵器の保有も、「敵国」の基地や中枢への攻撃も、戦力の保持と国の交戦権を禁止する日本国憲法9条のもとで許されないことは明らかです。 しかも、財源もなく、支出も決まっていないもとで、軍事費の2倍化=国内総生産(GDP)比2%化を先にありきで決めてしまうという、文明世界のものとは到底思えない愚かなものです。 憲法上正当化できず、財政上も実現のめどが立たないむちゃな計画をいくら文書で整えても、現段階ではしょせんただの「紙切れ」にすぎず、従う必要はなく、決して実現させてはなりません。 今回の閣議決定を、不可逆的な歴史的大転換の流れにさせず、「紙切れ」のままで終わらせるためには、市民の抵抗で押し戻す必要があります。そのために共闘や運動に取り組むことが今後の私たちの課題です。――3文書のうち最上位の「国家安全保障戦略」はどんな戦略を示しているのでしょうか? 「国家安全保障戦略」などというたいそうな名前を使っていますが、安倍政権が2013年に初めて打ち出したこの戦略では、ロシアと安全保障やエネルギー分野など「あらゆる分野で協力を進め、日露関係を全体として高める」などとうたっていました。ところが今回の戦略では、ロシアは「安全保障上の強い懸念」だなどと百八十度転換してしまいました。しかも、そんな重大な転換を余儀なくされた責任をだれもとっていないのです。こんな「戦略」には中身も正当性もなく、まさにただの「紙切れ」です。 2015年の安保法制強行のさい、安倍晋三首相(当時)は、日本国内では、“おじいちゃん、おばあちゃん、お孫さんの命を守りたい”とか、「国民の命と平和な暮らしを守るため」だ――つまり国民の生命や自由、幸福追求権を守るために集団的自衛権が必要だという論法で押し通しました。 一方、米連邦議会など海外での安倍氏の演説の基調は、アメリカ中心の自由主義的国際秩序や「自由で開かれたインド太平洋」の「平和と繁栄」を守るために、日本は「切れ目のない対応」をとると公約するものでした。 後者の発言は、“インド太平洋でのアメリカの覇権を守るために自衛隊も動く”というもので、まさに専守防衛から完全に逸脱した憲法違反の国際公約です。そうなると、国内での説明とは相いれない乖離(かいり)がある、つまり二枚舌のウソをついていたことになります。 このウソをごまかすためには、日本の存亡はアメリカの覇権に依拠しているという説明の既成事実化を深めなければなりません。その発想こそ、台湾有事、日本有事に備えて中国や北朝鮮を封じ込め、米軍と一体となって、あるいは米軍の肩代わりをして、米軍のインテリジェンス(安全保障関連情報)に基づいて日本も相手国にミサイルを発射できるようにすべきだという論法で、対米追随路線をどんどん深めることにつながるわけです。――「安保3文書」がいう「抑止力」の本質とはなんでしょうか? 抑止力論とは、軍事一辺倒論者たちの自己成就的予言――自分たちの思い込みに基づいて行動すれば、思い込み通りの末路を招く――という性質のものです。 日本が「抑止力を高める」ために軍事費を大幅に増やし、敵基地攻撃能力を保有すると言えば、北朝鮮は“まいった。かなわないから、ミサイル発射はやめておこう”と「抑止」されるでしょうか。それどころか、逆に“やる気なのか”と反発し、日本と同じ論法で軍備を増やします。それを見た日本はさらに軍拡を進める――まさに負のスパイラル(連鎖)を繰り返すだけのものです。 アメリカの銃社会を見れば、抑止力論の根源がわかります。“物騒な世の中だから、自分も銃を持とう”“物騒な連中がもっとすごい銃をもっているから、自分ももっとすごい銃を持とう”――軍拡路線への転換は、この銃規制の撤廃が招く事態とよく似ています。銃社会での無差別殺人などの悲惨な実態を見れば、軍事力で平和がつくれるというのは妄想だということがよくわかります。 恐怖に根差した国づくり――圧倒的な武力で他国を黙らせるというのは、建国以来のアメリカに根差してきたものなのかもしれません。しかし、日本には他国への侵略や植民地支配の結果、自国が原爆や空襲で焦土となった教訓があります。ロシアによるウクライナ侵略や台湾有事の可能性などを利用したプロパガンダで軍拡があおられていますが、やはり事態を冷静に見極めていくべきではないでしょうか。――中野さんも参加する「平和構想提言会議」が15日に「安保3文書」に対置した平和構想を発表しましたね。 「戦争ではなく平和の準備を―“抑止力”で戦争は防げない―」と題する構想ですが、充実した素晴らしいものになったと自負しています。東アジアで敵をつくらない「共通の安全保障」の促進を提起し、ASEAN(東南アジア諸国連合)などの枠組みを活用して中国を組み込む形での平和的な共生圏をつくろうと目指すものですが、共産党の「外交ビジョン」とも共鳴できる部分が多々あり、「やっぱり同じように考えているんだ」と心強く思っています。 日本の政権が抑止力論による軍事一辺倒の対応で他国を刺激しているもとでは、私たち市民が声を上げて、“戦争は望まない”“日本の平和主義は健全だ”という姿を近隣諸国に、そして世界に向けて発信し続けることこそが、何よりも本当の安全保障につながっていくのだと信じてやみません。<なかの・こういち> 1970年生まれ。上智大学国際教養学部教授(政治学)。「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」運営委員。『つながり、変える 私たちの立憲政治』『私物化される国家 支配と服従の日本政治』など著書多数2022年12月26日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「焦点・論点 - 軍事一辺倒の政権に対抗」から引用 この記事が指摘するように、2013年の安倍政権が打ち出した「国家安全保障戦略」ではロシアと安全保障やエネルギー分野など「あらゆる分野で協力を進め、日露関係を全体として高める」などと歯の浮くような文言を連ねて、いかにも北方四島を返してもらうための「算段」であることが丸見えの「戦略」であったために、浅はかな安倍政権の足元を見たプーチン大統領は「その手」に乗らず、北方四島の経済開発に多額の資金を日本政府から出させた以外には、四島の返還交渉は1ミリの進展も見ることなく終わってしまったのでした。それからまだそんなに時間も経っていない今日、それとは全く逆の、ロシアも対象に入れた軍備増強路線に変更するに当たり、この「重大な路線変更」にも関わらず、誰も責任を取らないというのは、これまでの日本政府の施策が如何に中身のないものであったかを物語っているわけです。この度の「軍備増強」にしても、倉庫に武器を積み上げるだけで、人員のほうは相変わらずの「定員割れ」では、「抑止力」もハナから「張り子の虎」であることは明らかです。こういう税金の無駄遣いは止めさせるしかありません。憲法違反の軍備増強は、わが国のとるべき「道」ではないことを、国民は理解するべきです。
2023年01月25日
中国と台湾の間に武力紛争が起きた場合、アメリカはどのように介入して自国の都合の良いように事態を収拾するのか、アメリカのシンクタンクがまとめた報告書について、12日の朝日新聞は次のように報道している; 米有力シンクタンクが中国の台湾侵攻を想定した模擬実験(シミュレーション)を重ね、9日に報告書を公開した。想定した大半の条件下では、米国や日本の支援を受けた台湾が中国軍を撃退するが、「高い代償を伴う」と指摘。在日米軍を置く日本を台湾防衛の「要」と位置づけ、外交・軍事上の結びつきを深めるよう提言している。 米戦略国際問題研究所(CSIS)が、昨年に進めた24回のシミュレーションをまとめた。想定では、2026年に中国が台湾に侵攻する。中国軍がはじめの数時間で台湾の海軍や空軍の大半を攻撃した後、台湾を包囲し、数万人の兵士が上陸すると仮定した。台湾が持ちこたえ、米軍が派遣されると、中国は台湾の侵攻に失敗したという。 この防衛戦争の「要」とされたのが日本だ。報告書は「豪州や韓国など他の同盟国も台湾防衛において一定の役割を果たすが、日本こそが要だ」と強調。報告書をまとめた一人で米マサチューセッツエ科大学(MIT)国際研究センターのエリック・ヘギンボサム主席研究員は「グアムの米軍基地では地理的に遠い。日本国内の基地に代わるものはない」と話す。 日米安全保障条約のもと、米国が在日米軍基地を使ううえでは、日本との「事前協議制度」によって制約が課されている。「最も起こりうる」シナリオでは、日本は米軍が日本国内の基地から台湾防衛に向かうことは認めるが、自国が攻撃されるまでは自衛隊を派遣しない、と想定した。 こうした状況下で中国の台湾侵攻は失敗に終わったが、撃退の代償も大きかった。米軍の空母2隻のほか、米軍や日本の自衛隊の艦船数十隻、航空機数百機、要員数千人が失われるとの結果が見込まれた。報告書は「こうした損失は、米国の世界における地位を数年にわたって傷つけるだろう」と予測した。 こうした結果を踏まえ、報告書は、日本の基地で航空機を攻撃から守るため、強靭性を高めることが必要だと提案する。さらに有事に備え、日本の民間飛行場の利用を確実にすることも必要だと訴える。今後、日米政府間でこうした議論が実際に進む可能性があり、ヘギンボサム氏は「国民世論のレベルでも、現実的な議論をすべきだ」と語る。(ワシントン=清宮涼)2023年1月12日 朝日新聞朝刊 14版 9ページ 「台湾有事『日本が要』 米シンクタンクが報告書」から引用 台湾有事の際は日本が台湾防衛の「要」だなどと、実に迷惑な話だ。戦後の長い間、アメリカは世界の各地の武力紛争に介入するとき、自衛隊の協力を何度となく日本政府に要請してきたのであったが、歴代日本政府はこの要請を「憲法9条があるから」との理由で断ってきたのであり、今後もこの姿勢を貫くのが「一貫性」として大事だと思います。その上、「台湾有事」などというものは中国の国内問題であり、これに介入するのは「内政干渉」も甚だしい。わが国の場合、「憲法9条」のほかに「日中平和友好条約」というものもあり、日本から中国への「投資」もかなりの金額に上るのであって、アメリカに言われたからと言っておいそれと「台湾有事」に介入して、これまで築き上げた「資本」を全て中国に吸い取られてしまうのではあまりにも勿体ないというものです。東西冷戦の時代であれば、在日米軍は一定の「抑止力」として機能した面は否定できませんが、今となっては、日米安保条約があるから「台湾有事」に参戦せざるを得ないということであれば、もはや日米安保は国益に反すると判断せざるを得ません。農産物の輸入にしても、太平洋の向こうから無駄に二酸化炭素をバラマキながら運ぶより、隣の大陸から運ぶほうが経済合理性にかなうというものですから、近い将来は日米安保は廃棄して、新たに日中安全保障条約に乗り換えることを、今のうちから準備をするべきではないかと思います。
2023年01月24日
唐突に防衛予算倍増を言い出した岸田政権について、朝日新聞政治部記者の松山尚幹氏は11日の同紙夕刊に、次のように書いている; 「国民は増税してまで防衛費を増やすことをどう思っているだろうか」 昨年12月16日の夜、ある防衛官僚はこう不安を口にした。この日、国家安全保障戦略など安保関連3文書が閣議決定された。2023年度から5年間の防衛費は従来計画の1・5倍の43兆円。最終年度の27年度には増税で1兆円強を捻出する。歴史的な防衛費の増額になったが、防衛省内は高揚感ばかりではなかった。 21年4月から1年9ヵ月にわたって防衛省を担当した。幹部らと日々議論をして感じたのは省内でも様々な意見があることだ。 政府は3文書の改定で、相手国の領域にあるミサイル発射拠点などを直接攻撃する「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を宣言した。議論の焦点は行使の夕イミングだった。政府見解は「相手が攻撃に着手した時」だが、着手したかどうか見極めは難しい。判断を誤ると国際法違反になる先制攻撃になりかねない。 省内で取材すると、「日本に被害が発生した時」「日本に向けてミサイルが発射された時」などと政府見解より慎重な意見を語る幹部らもいた。 3文書改定について、防衛省内でさえ、多様な意見があった。こうした中、政府・与党は開かれた議論を通じて、説明を尽くしてきただろうか。 防衛費増額の財源をめぐっては、政府関係者は岸田文雄首相の念頭には当初から増税があったと言う。しかし、首相が増税の方針を表明したのは12月。あまりに唐突だった。敵基地攻撃能力の保有についても、首相は国会では「あらゆる選択肢を検討」と繰り返すばかりだった。 一方、3文書の方向性を事実上決めたのは自民の小野寺五典元防衛相、公明の佐藤茂樹外交安保調査会長らによる与党の実務者協議だった。協議は冒頭の発言だけ記者団に公開されたものの、議論は非公開。終了後に記者団に対する説明もあったが、「敵に手の内を明かすことになる」「党内調整が残っている」と明かされない場面も目立った。協議の議事録が残されているわけでもない。 予算を増やして武器を買うだけでは意味はない。地元の理解を得ながら部隊配備まで至って初めて防衛力が強化される。防衛省幹部は「国民の理解がない防衛政策は安定しない。我々に説明責任がある」と話す。 23日から通常国会が始まる。なぜ必要なのか。無駄はないか。政府には説明責任を果たしてもらいたい。<まつやま・なおき> 2009年入社。松山総局を振り出しに奈良総局などを経て、18年から政治部。防衛省担当では、水面下で進む政府の検討が決まる前の段階でどう課題を指摘できるか、日々難しさを感じた。2023年1月11日 朝日新聞夕刊 4版 6ページ 「取材考記-防衛力強化、政府は説明を」から引用 この記事が示すように、防衛官僚でさえ「増税してまで防衛費を増やすこと」に疑問を呈しており、このたびの岸田首相の言動は如何にスタンドプレーであるかを物語っていると思います。安保関連の三文文書とか閣議決定などというもには、法的根拠はないのですから、岸田氏が個人的に閣内のメモをどのように書き換えようと、国権の最高機関である国会が承認しない限り、法的には何の効力もない只のメモに過ぎません。次の国会で徹底審議を行ない、憲法9条との整合性を追求する必要があると思います。
2023年01月23日
昨年暮れに92歳で亡くなった歴史家の渡辺京二氏について、法政大学前総長の田中優子氏が12日の朝日新聞に次のような追悼記事を書いている; こんなに早く、渡辺京二さんの追悼をすることになるとは思わなかった。まだまだ書いていただきたかった。残念でならない。最後にお目にかかったのは2018年8月である。その半年前に石牟礼道子さんが亡くなった。「喪失感といいますか何と言えばいいのか、とにかく変なのです」とおっしゃった言葉が忘れられない。ノーベル文学賞に値する文学者・石牟礼道子を世に出したのは紛れもなく渡辺さんで、その生涯にわたる執筆を支えた。 しかしそれより何より、渡辺さん自身が、かけがえのない思想史研究者であった。読売文学賞を受賞した『バテレンの世紀』を読んだ時には、石牟礼道子『春の城』の土台がこの『バテレンの世紀』にあることがわかった。和辻哲郎文化賞を受賞した『逝きし世の面影』は、紛れもなく名作である。私はこの本をゼミでずいぶん使った。渡辺さんは本書で江戸時代を「江戸文明」と言い切った。そこに浮上したのは、知的好奇心に溢(あふ)れ、笑いを絶やさない日本人の姿、「笑顔」の群像だった。そしてそれを生み出した時代の価値観であった。 大佛(おさらぎ)次郎賞を受賞した『黒船前夜』は、日本がアメリカによって「目覚めさせられた」という開国観が誤りであることを、見事に描いた。ロシア、北海道アイヌ、朝鮮、琉球との外交関係こそ、江戸時代日本の世界のなかでの立ち位置であり、開国とは「目覚め」なのではなく、軍事力によってアメリカが日本に強いた市場開放だったのである。以上の3冊は江戸時代の初期から最後までを書いた江戸時代論として、今後も読み継がれる重要な著書である。 東日本大震災が起こった11年3月11日の翌々日、渡辺さんによる大佛次郎賞受賞講演会が横浜で開催された。私は講演会に列席したのち、対談をすることになっていた。講演は素晴らしかった。大佛がユダヤ人の冤罪(えんざい)事件を扱った1930年刊の『ドレフュス事件』は、議会政治こそが理性、進歩、ヒューマニズムを代表していることを書いたのだと、36年刊の『ブゥランジェ将軍の悲劇』は当時の日本の軍事政権を比喩的に書いたのだということを語られた。大佛の作品を挙げながら、渡辺さん自身が、著作というものはその時代の権力や政権への批判なしには成立し得ないものだ、と語ったことになる。深い感銘を受けた。 講演でおっしゃった「人間は土地に結びついている。土地に印をつけて生きている存在である。死んだ人間の想(おも)いとつながっている」という考えを、私はずっと胸に刻んでいる。これは石牟礼さんと渡辺さんが共有している価値観だ。水俣事件は、近代的市民社会の論理によっては説明しきれない前近代的な生活意識を考えに入れることで、はじめてその残酷さが見えてくる。その生活意識の中には「人間的道理」が実在した。水俣事件は単に身体的な被害というだけではなく、土地に結びつき庶民を貫いていた「人間的道理」を、破壊し尽くした事件だったのだ。 18年の対談の中で渡辺さんは、「日本の近代化は人々の生活をもう少し合理的なものにしたい、もう少し豊かなものにしたいと思ってやったものではなかった……西洋から学びたかったのは軍事力と産業力、中央集権型の国家構造だけ」とおっしゃった。今の日本も、そのような「国家構造だけ」を受け継いでいる。戦後日本は大きく変わったと誰もが思っていたが、今の軍拡や改憲志向によって、それは幻想であったかもしれない、と思い始めている。渡辺さんはそのような日本を凝視しつつ亡くなった。 「孤立することを恐れるな」――これは対談の最後に、私たち二人の後輩である法政大学の学生たちに向けておっしゃった言葉である。今必要なことは、同調圧力に屈することなく、一人一人が自分の言葉を伝え続けることだ。(寄稿)<たなか・ゆうこ> 1952年生まれ。法政大学前総長。著書に『江戸の想像力』『江戸百夢』『苦海・浄土・日本』など。2023年1月12日 朝日新聞朝刊 13版S 24ページ 「文化-『江戸文明』と近代化、日本像描く」から引用 私は渡辺京二著「逝きし世の面影」が文庫本になった時の新聞「書評」を見て、読んでみる気になったのであったが、それまでは渡辺京二も石牟礼道子も知らなかった。「逝きし世の面影」を読むと、江戸時代の人々が何を考えどのように生活していたのかを分かりやすく記述していて、なんだか郷愁のような不思議な気分を味わったような気がした。「逝きし世の面影」を読んで、明治維新によって多くの古き良き「伝統」が失われたことを知ったという読後感を綴る人をツイッターなどでよく見かけます。『バテレンの世紀』やその他の本も読んでみたいと思います。
2023年01月22日
新年早々の記者会見で「異次元の少子化対策」などと、例によって中身のない大言壮語をぶち上げた岸田首相と0歳から18歳までの都民に子ども手当を支給すると発言した小池東京都知事について、元文科事務次官の前川喜平氏は8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 4日の記者会見で岸田首相は「異次元の少子化対策に挑戦する」と表明した。ずいぷんと大仰だが、中身はあるのか。 実際、日本の少子化は待ったなしの瀬戸際にある。2022年の出生数は77万人とも。20年で67%にまで減った。この勢いで減り続けると100年後の出生数は10万人になる計算だ。その原因は、子どもが生きづらく、親が子育てしづらく、若者が結婚しづらい日本の社会にある。本気で取り組むのなら、強力な所得再分配政策をとり、子どもの福祉と教育、とりわけそこで働く人たちへの予算を抜本的に増やすべきだ。財源は富裕層への所得税・相続税や大企業への法人税から生み出せばよい。その具体策は何ら示さず、岸田氏は大言壮語しただけだ。 同じ日、東京都の小池知事は18歳までの子どもに一人当たり月5千円程度を給付すると発表した。少子化は「社会の存立基盤を揺るがす衝撃的な事態」と、こちらも大仰な言葉を使った。具体策を打ち出して岸田氏を出し抜いたつもりかもしれないが、東京都の少子化は全国に先行して深刻化していた。小池知事在任の5年間で合計特殊出生率は1・24から1・08まで低下した。今ごろ衝撃だと言うのか。今まで何をしていたのか。 株式市場だけは「異次元」の言葉に敏感に反応し、子育て関連銘柄が軒並み急上昇した。(現代教育行政研究会代表)2023年1月8日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-異次元の少子化対策?」から引用 少子化の問題を解決するには、原因である「若者が自分の将来に自信を持てない」環境を改善することが必要で、その具体策は上の記事が指摘するように大企業・富裕層への課税(昭和30年代の税制を復活すること)が必要となります。そもそも、大企業が蓄えた巨額の内部留保や富裕層の財産とは、本来分配を得る権利があったはずの労働者から搾取したものなのだから、偏ってしまった「富の偏在」を本来あるべき姿に調整するのは「政治の仕事」のはずなのに、自民党政権ときた日には日頃から大企業富裕層から政治献金をもらっている都合上、なかなか「富の偏在を是正する」などとは言えない「立場」になっているのが大問題である。そういう観点から、この問題を真に解決する「能力」を持っているのは、大企業とは「腐れ縁」を持たない共産党であることは、誰にも理解できることのように思います。 ところで、日本では数年前から「18歳になれば成人」であるという法律ができて、18歳になると選挙権を行使できるのであるが、東京都では選挙権と同時に「子ども手当」ももらうことになりそうな報道に、誰も疑問の声を上げないのは、ひょっとして私の理解が何か勘違いしている「危険性」もあるのかな、と思案する今日この頃です。
2023年01月21日
今年はどのような年になるであろうか。神戸女学院大学名誉教授で凱風館館長の内田樹氏は8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 年初の寄稿なので、世界と日本のこれからについて予測をしてみたい。お断りしておくけれど、私の予測はだいたい外れる。主観的願望のバイアスが強すぎるせいである。そのつもりで読んで欲しい。 ウクライナの戦争は年内にたぶん終息する。どこかの国が調停に入って、両国間には帰属の明らかでない領土が存在するということを認めて、停戦に持ち込む。プーチンは侵攻失敗の責めを負って失権。停戦後の外交交渉には彼の後継者が当たることになるだろう。 中国の台湾侵攻は起きない。いま中国はコロナのせいで経済成長が止まり、過度の国民監視のせいもあって、国民の不満は受忍限度に近づきつつある。それを逸らすために「外敵」への憎悪をかきたてるという古典的な手段はもうロシアが使ってみせて、「間尺に合わない」ということがわかっている。それに台湾では中国に宥和策を取る国民党がヘゲモニーをとりそうである。それならしばらく「様子見」というのが中国にとっては合理的な解だろう。 ◇ ◆ ◇ 米国の分断はもうしばらく続く。でも、どこかで仲裁役が登場して「和解」の手立てを講じることになる。 そもそも米国は建国以来ずっと統治原理上の深刻な分断のうちにある。最大限の市民的自由を求める人たち(リバタリアン)と、連邦政府による社会的統制を求める人たち(フェデラリスト)の対立は、合衆国憲法制定時から、南北戦争を経て現在まで続いている。米国の現状はこの2つの統治原理の対立と妥協の産物である。だから、言い方は変だが、米国は「分断慣れ」している。何より61万人の死者を出した南北戦争という痛苦な分断経験がある。日本の戊辰戦争の死者は8400人だが、それにもかかわらず今に至るまで「長州と会津」の間には抜きがたい反感が残っている。それを考えると、その70倍の死者を出した内戦の傷跡を癒すために米国人がこれまでどれはどの努力をしてきたのか、多少は想像することができるはずである。 「ラストベルトのトランピストたちにも一掬(いっきく)の涙を注ぐべきだ」という論調の記事をこのところ米国メディアでよく見かける。これは内戦後に行われた「国民的和解のためには南軍の敗軍の兵たちにも一掬の涙を注ぐべきだ」という主張の何度目かの再演である(例えば西部劇映画は20世紀に採用された「南北和解のための物語」である)。和解のためにどのような「物語」を採用すべきかを米国人は歴史的経験から学んでいる。 ◇ ◆ ◇ 最後はわが国について。統一地方選挙で、統一教会との癒着が指摘された地方議員が次々と落選して、自民党は大きく議席を減らすだろう。首相はその責任を取って辞職。誰が後継者になるかは想像の埓外(らちがい)だが、「誰がなっても代わり映えがしない」ことだけは確かである。そして、低い内閣支持率のまま、次々と国民生活を困窮させ、市民的権利を抑圧し、東アジアの軍事的緊張を高める政策が採用されて、日本はますます生きにくい社会になる。 それのどこが「希望的観測」だと言われるかも知れないが、「ディストピアを詳細に描くことでディストピアの到来を阻止する」のはオーウェルの『1984』以来の文学の骨法である。私もここだけは「願望」を自制して、先賢のひそみに倣うのである。2023年1月8日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-2023年.の予測」から引用 ウクライナ戦争はこれ以上続けても、ロシアとウクライナの両方の負担と被害が拡大するばかりだから、帰属が明らかでない「領土」が存在することを認めた上で「停戦」するというのは、是非とも実現してもらいたいと思います。中国は、この記事が指摘するように、ウクライナ紛争を見れば分かるように、武力に訴えるのはリスクが大きすぎてうまく行かない危険性が大きいのは明らかですから、それでも尚、武力に訴えざるを得ないような「状況」は存在していないように思われるので、多分、内田氏の予測は無責任そうに見えて、結構当たるのではないかと思います。春の統一地方選挙は、この記事がいうように「自民党が大敗」するかどうか、今のところそのような「兆候」は、昨年秋の茨城県のどこかの市会議員選挙で自民党が「大敗」したというニュースがありましたが、これが全国に広がるのかどうかは、あまり期待できないのではないか、という気がします。メディアがもっと「自民党の失政」を叩くのでなければ、有権者はなかなか「自民党ではダメなんだ」という自覚を持てないのではないかと思います。
2023年01月20日
映画「愛国の告白―沈黙を破る・Part2-」について、文筆家の師岡カリーマ氏は7日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 本紙で昨年11月にインタビューが掲載された土井敏邦監督の新作ドキュメンタリー「愛国の告白―沈黙を破る・Part2-」を観(み)た。土井氏が恐らく現地でのジャーナリスト生命を懸けて完成させた、必見の力作だ。 イスラエル軍の元将兵が結成した「沈黙を破る」は、占領地でパレスチナ住民に対して犯した加害や残虐行為を告白し占領と入植の不正を訴える団体だ。裏切り者と呼ばれ、同胞の嫌がらせや脅迫に晒されながらも、活動を続けている。 「我々(占領者)の存在を常に知らしめる」ために日々行われる軍の暴力行為。退屈しのぎで破壊される民家。入植者が切り倒すオリーブの木。武力で他者を占領するということの真実。本作では占領地の映像を挟みながら、元将兵の言葉が最小限の編集しか加えない構成で語られていく。約2時間50分と長大だが、語り手の勇気ある言葉を切り刻まないという聞き手の誠意、また占領地の現状を映した映像を、伝わりやすく編集するという「加工」をあえてせず、ありのままを見せる作り手の誠意を感じる。 加害の無視・否定・忘却は、国に道徳的侵食をもたらす。それに抗うため沈黙を破る彼らの「愛国」。私たちの善悪の判断が、私たちの国籍や出自に左右されないことの大切さ。この作品は、人間に絶望する理由と、希望を抱く理由とがせめぎ合っている。(文筆家)2023年1月7日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-沈黙しないという『愛国』」から引用 現在のイスラエルという国は第二次世界大戦の後にヨーロッパ各地に点在していたユダヤ人が寄り集まって建国した国で、国連も認めた国境があったのだったが、建国してすぐにイスラエル軍は自らの国境を越えて「入植」と称してそこに住んでいたパレスチナ人を追い出して家屋を略奪しユダヤ人の住み処にするという悪行を繰り返し、今はパレスチナ人は「ガザ地区」と呼ばれる狭い地域に押し込まれ、時々イスラエル軍の砲撃を浴びるという悲惨な生活をしており、正にイスラエルは「ならず者国家」と呼んで間違いない国だと思います。そういう悪党国家であっても、中には「こんなことをしていて、いいのだろうか?」と思う「善人」もいて、「愛国の告白―沈黙を破る・Part2-」という名作を発表している。こういう映画を見て、世の中のこういう現実がこのままで良いのか、改善するにはどうしたら良いのか、考えるのは大事なことだと思います。
2023年01月19日
石橋湛山が36歳だった1921年に出版した「一切を棄つるの覚悟」について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏が7日の同紙に、次のように書いている; 世論の大勢にサオささない。多数派の「常識」を疑う。一般記事と違うコラムの役目だろう。 「理路整然と間違ったことを言う始末の悪い男」 戦前・戦中を通し頑固に自由主義の論陣を張った経済ジャーナリスト、石橋湛山(たんざん・戦後、首相)は、世間からそうあきれられた。 1921(大正10)年の「一切を棄つるの覚悟」は、今読んでも驚かされる。時に36歳。経済雑誌「東洋経済新報」の社説欄に書いた匿名の独創的主張である。 日清・日露・第一次大戦に勝った日本は、軍備も領土もさらなる拡張をめざした。シベリアに兵を出し、ロシアの次は米国を仮想敵国に見立て、艦隊増強に乗り出す。世論もこれを支持した。100年余り前の日本が、何やら現在の中国と重なって見える。 同年度予算は、歳出総額の実に半分を軍事費が占めた。尾崎行雄が国会に出した縮減案は、賛成38票・反対285票で否決。政党は軍閥にびくついていた。 すかさず米国が外交攻勢に出る。日英仏伊4力国に、軍縮と極東・太平洋問題を話し合うワシントン会議を呼びかけたのだ。 うろたえ慌てる日本政府と国民に、湛山は「ざまを見ろ」と言い放ち、奇想天外な策を説く。 先手を取られた日本は、列国を驚かす大覚悟で臨まなければ失敗する。植民地の朝鮮、台湾、樺太(サハリン)を棄てよ。中国、旧満州(現中国東北部)、シベリアから兵を引け。明治以来の日本が勝ち得た何もかも棄ててかかれば、奪われるものはない。 世評はこれを空想的平和主義の空論と冷笑するか。されば、と翌週より3回「大日本主義の幻想」と題して、その普遍性と経済合理性を、得意の経済データをあげて詳しく論証した。 わが軍備は脅威ではない、侵略しないというが、いつの世もそれで軍拡競争は起きる。植民地経営に実利はない。民族自立は歴史の流れ。世界に先んじて本土だけの国に戻り、世界中から信頼される貿易立国として繁栄しよう。 それでもあざけり、ののしり、黙殺した政府と国民が20年後、太平洋戦争を始める。死者310万人、沖縄戦、本土空襲、原爆投下の末に「一切を棄つる」日本となって、湛山が予言した経済大国を実現したのは周知の通り。 湛山なら今、何を書くか。軍拡増税反対、ウクライナ即時停戦、日朝国交正常化、中国首脳訪日、天皇訪韓、日露平和条約締結。八方から怒声を浴びること必定。 今年、湛山没後50年。再読をお勧めします。(専門編集委員)2023年1月7日 毎日新聞朝刊 14版 2ページ 「土記-一切をすつるの覚悟」から引用 「民族自立」という言葉は、戦後生まれの我々は小学校の頃(昭和30年代)にアジア・アフリカの国々が次々と独立を達成するのを見て、「なるほど、これが民族自立なのだ」と子供心に考えたものでした。それを石橋湛山は大正10年から本に書いて主張していたとは、その「先見の明」に驚きます。その石橋湛山は、鳩山一郎の後を継いで内閣総理大臣に選出されたものの、病気のために数ヶ月で退陣することになり、その後に組閣したのが岸信介で、岸内閣が平和主義のばずだった日本を大きく右旋回させて、統一協会につけ込まれることとなり、民主主義はまったく進まず、今日の閉塞状況に迷い込むこととなってしまったのは、返す返すも残念なことです。しかし、石橋湛山の時代に比べれば現在は多少とも民主主義を理解した人口は多いはずで、やみくもに軍備を増強して事足れリとする人々を批判し、近隣諸国との信頼関係の構築こそが安全保障と経済発展の要石なのだ、という声を上げていきたいものです。
2023年01月18日
本年元日の東京新聞に、元文科事務次官の前川喜平氏が新年を寿ぐどころか凶事を予見する不吉なコメントを書いている; 元日なので何かおめでたいことを書きたいと思ったのだが、おめでたいことが何も頭に浮かんで来ない。思い出したのは大伴家持が万葉集の末尾に置いた歌だ。「新(あらた)しき年の初めの初春(はつはる)の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)」。雪が降り積もるように良い事が積み重なってくれと家持は新年を寿(ことほ)いだのだが、今現在集中的な豪雪に見舞われている地域では、雪は吉事どころか生活も経済も脅かす凶事にほかならない。 安倍政権、菅政権、岸田政権と続くこの10年の政治は、日本国民が見舞われた最悪の凶事だ。憲法9条の戦争放棄と戦力不保持の原則を破壊し、集団的自衛権が行使できることにして自衛隊を米軍と一体化させ、隣国を先制攻撃する能力も持つことにして米国の兵器を爆買いし世界第3位の軍事大国を目指す。原発事故で苦しむ人々を忘れたかのように原発の再稼働を進め、「次世代革新炉」なるものまで新設して次世代に押しつける。低賃金と物価高騰に苦しむ人々を救うどころか、「一億円の壁」という明々白々な不公平税制を温存して富裕層を優遇し続ける。「統一教会」という反社会的カルト集団に半世紀以上も侵されてきた過去を清算しようとせず、金と利権にまみれる政治家たち。増え続ける新型コロナの死者数-。 ますます凶事が重なるとしか思えない新年なのである。(現代教育行政研究会代表)2023年1月1日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-いやしけよごと」から引用 安倍政権以来のこの10年は、上の記事が指摘するように「最悪の凶事」に見舞われた10年であったが、国民にその自覚がないという点が「凶事」の深刻さを裏書きしていると言えます。岸田政権を延命させるためにアメリカから用もないのに武器を買い増しすれば、近隣諸国との意味の無い武力紛争を引き起こす危険が生じ、市民生活の現場や原発の施設に隣国のミサイルが着弾する事態もあり得るということになります。そのような「凶事」を回避するには、岸田氏が勝手にアメリカに約束した「武器の買い増し」を反故にするための国民運動に、私たちは早急に立ち上がる必要があると思います。そのような運動に立ち上がる様子が、近隣諸国の人々の信頼を得るきっかけになり、そこから草の根の「平和外交」につながる可能性は大きいと思います。
2023年01月17日
昨年大晦日の東京新聞に、文筆家の師岡カリーマ氏がユニークな「一年の締めくくり」を書いている; 明けない夜はない、という慰めの言葉は好きになれない。夜が明けてもまたすぐ日は暮れるではないか。広大な宇宙で人はちっぼけな存在という言葉もそうだ。胸に抱えきれないこの愛と痛みの、何がちっぼけなものか・・・。そんな思考に身を任せていると、新年明けまして何がめでたいのかとさえ思えてくる。 戦争しない国から戦争する気がある国への転換と、世界第三の軍事大国になるための増税が決まる。 生活が苦しくなるばかりの庶民のお金がミサイル購入に流れていく。 すでにウクライナ戦争で高笑いしていそうな米国の軍事企業が、シャンパンで祝う歓声が聞こえてくるようだ。 それが国民の議論を通さず簡単に決められてしまうと、絶対王政に支配されているような絶望感に襲われる。 他にも福祉、原発、裁量労働制、インボイス・・・民は為政者の親の仇(かたき)かと思わせるような政策がこれでもかと待ち受ける。聞こえてくるのは、将来に希望が持てないというため息ばかりだ。 でも絶望するまい。先日、都内の女子校に招かれて講演した。質疑応答は驚くほど鋭い質問の連発。その瞳は明るく真剣にキラキラと輝き、後日送られてきた生徒さん一人一人からの手紙からもとても意識の高いことが分かる。彼女たちに託せば、きっと未来は明るい。それまで持ち堪(こた)えよう。みなさん、よいお年を!(文筆家)2022年12月31日 東京新聞朝刊 11版広域 17ページ 「本音のコラム-それまでなんとか」から引用 この記事が指摘するように、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻でアメリカの軍事企業は「我が世の春」を謳歌したであろうことは想像に難くありません。そのアメリカに取り入って「ゴマすり」をやっておけば政権延命の「決めて」になると踏んだ岸田首相は、国会で野党が騒ぎ出す前にアメリカへ行って「軍事費倍増」を勝手に約束している。こういう国会を蔑ろにした岸田氏のやり方を、国民は許しておいてはいけません。今年は岸田内閣倒閣運動に国民が立ち上がる年にするべきだと思います。
2023年01月16日
防衛予算倍増を勝手に閣議決定した岸田政権について、社民党党首の福島瑞穂氏は12月28日の東京新聞に寄稿して、次のように批判している; 敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有に明確に反対する。行使の基準が曖昧な安全保障関連法に基づく「武力行使の新3要件」で存立危機事態に認定し、集団的自衛権で敵基地攻撃するなら、日本が攻撃されていないのに相手国の領域を攻撃することで、誰が見ても先制攻撃に当たる。そうでないならば、その根拠を示すべきだ。 岸田文雄首相は憲法の範囲内で先制攻撃はしない、専守防衛は守ると言うが、それは違う。1972年、当時の田中角栄首相が衆院本会議で「専守防衛のもと防衛上必要であっても敵基地を攻撃しないという基本方針は変えない」と断言している。相手国の中枢部などをたたくのは、専守防衛に反する。 日本が平和国家をかなぐり捨て、軍拡競争に入り込んで戦争への道を突き進んでいるのではないかと危惧する。敵基地を攻撃すれば相手国が反撃するのは当たり前で、まさしく日本が戦場になるのではないか。そうなれば、取り返しがつかない。 防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額も、数字ありきで根拠が示されていない。法人税や所得税などの増税を決めたが、それだけでは足りず、最終的には消費税で賄うのではないかと懸念するが、財源の見通しなく増税を唱えるのは無責任だ。増額により防衛費が世界3位の軍事大国となれば、憲法9条を持つ平和国家と言えるのか。 とりわけ、国是としての専守防衛を180度転換するわけだから、国会での議論が必要だ。岸田首相は「あらゆる選択肢を排除しない」と述べるだけで、多くのことを明らかにしない。専守防衛を踏みにじり、先制攻撃になるようなことを閉会中に閣議決定だけで決めるのは、国会を軽視している。当時の安倍政権が歴代政権の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認した時もそうだったが、重要なことを閣議決定で決めて国民に説明しないのは問題だ。(聞き手・曽田晋太郎)<ふくしま・みずほ> 1998年の参院選比例代表で初当選。5期目。弁護士。党幹事長、党首を歴任後、2009年に誕生した民主党との連立政権で内閣府特命担当相を務めた。20年に党首に再任。宮崎県生まれ。東大卒。67歳。2022年12月28日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「私はこう考える・安保政策大転換-敵基地攻撃は先制攻撃」から引用 この記事が冒頭で述べているように、安全保障関連法というのは曖昧な言葉を羅列して自衛隊の武力行使をどのようにでも言いくるめて正当化できるようにした違法な文書であるために野党が最後まで賛成せず、どこまでも与党の主張の「矛盾」を追及したために、当時の安倍政権が違法な「強行採決」を行なって形だけ「成立」したかのように見せかけた憲法違反の法律である。その条文の中には「わが国と密接な関係にある国が武力攻撃を受けてわが国の存立が脅かされる事態」となった場合に集団的自衛権を行使する、などと書かれているが、わが国と如何に密接な国であろうともその国が他国に武力攻撃を受けたからといって、それが直接わが国の存立を脅かすなどということがあるわけがありません。結局、アメリカと財界の言いなりになっている自民党が、明らかに憲法と矛盾する「政策」を無理やり実行するために、明らかな「憲法違反」を「違反では無い」と強弁するために、そういう意味のない言葉を並べているのだという点を、国民は見抜く眼力を持つべきです。安全保障を充実させるためにどのような装備が必要か、という議論もなしに、とにかく予算を倍増する、と言い出したのは、岸田政権がアメリカの操り人形になっている証拠ですから、こういう政権には見切りを付けて私たちは真に国民の「利益」を優先する政権の樹立を目ざすべきだと思います。
2023年01月15日
戦後長く「専守防衛」を表明してきた日本が、ここで防衛費をGDP2%まで拡大すると世界はどうなるか、防衛ジャーナリストの半田滋氏は12月25日の「しんぶん赤旗」に次のように書いている; 日本はこれまで憲法の立場から「専守防衛」でやってきました。「専守防衛」は、日本が海外に戦争を仕掛けることはないという安心感を世界に与えてきました。 「安保3文書」で敵基地攻撃能力の保有を決めたことで、自衛隊は米軍と同じように海外に攻撃に出ることがあると世界に発信することになりました。安全保障政策を大転換しただけではなく、今後5年間で防衛費を43兆円とすることで、攻撃的兵器をそろえることも世界に示しました。 アジア諸国は「日本は何をするつもりだ」と身構えるでしょう。互いに軍事力を強化することで、かえって安全保障環境を悪化させ、一触即発の事態を招く「安全保障のジレンマ」に陥ります。「3文書」の閣議決定で危険な流れがつくられようとしています。 政府は「専守防衛は変わらない」といいます。相手のミサイル基地への反撃能力=敵基地攻撃能力を持てば、相手も攻撃を思いとどまってくれると思いこまされている国民も少なくありません。 2015年に国会で成立した安保法制は、米軍が攻撃されたら、日本が「わが国の存立が脅かされた」とみなして集団的自衛権を行使し、米軍の交戦相手を攻撃できることを決めました。 「3文書」には、敵基地攻撃でもこの集団的自衛権が行使できるということが書かれています。米軍が攻撃されただけでも、日本は米軍の交戦相手国の領土まで攻撃できるということです。これは相手からみれば先制攻撃です。この危険を政府は国民に全く説明していません。 敵基地攻撃能力は米軍との共同作戦のなかで初めて”生きる”ものです。攻撃すべき基地がどこにあるか米国に情報を頼るしかない自衛隊は、米国の情報で敵基地攻撃し、その結果、手ひどい反撃を受けることになります。 台湾をめぐる事態で米中が衝突し、日米が一緒に中国への敵基地攻撃に乗り出せば、米本土と比べても、中国の目と鼻の先にある日本は真っ先に壊滅されかねません。◆生活苦にさらに増税 政府は5年後までに防衛費を倍加するといっています。その財源として政府があげている防衛力強化資金や決算剰余金、歳出改革などは、どれも安定的財源にはなりません。結局は、所得税増税を復興特別所得税以外に広げ、消費税増税に踏み出すなど、国民に広く深く負担を求めることになるでしょう。 ただでさえ日本は給料が上がらない国になっています。物価高が止まる見通しもありません。そこに今度は軍拡のための増税です。 軍事力だけはどんどん強められ、国民の生活はどんどん苦しくなる道です。これほど大きな政策転換を岸田政権は国民に信を問うこともなく決めてしまった。こんなやり方を許していいのでしょうか。◆外交を逃げてはだめ 政府がやっていることは軍事力強化の「1本足打法」です。外交を棚上げにし、軍事力を強化しさえすれば安心だというものです。 外交は”武器を使わない戦争”です。苦労が多く、面倒で手間がかかります。でも戦禍から国民を守るためには逃げてはだめです。 台湾有事をめぐっても、米国、中国、台湾の3者は、いずれも「現状維持」が最低限の目標で、戦争を望んでいるわけではありません。私も議論に加わった新外交イニシアティブ(ND)は11月の提言で、3者にそれぞれ自制を求める外交を提起しました。米中戦争の回避を願う東南アジア諸国連合(ASEAN)や韓国などとも連携し、国際世論を強めることもできます。連携が広がれば米中に真剣度が伝わり、戦争を止める力になると思います。2022年12月25日 「しんぶん赤旗」 日曜版 5ページ 「かえって一触即発の事態を招く」から引用 この記事の末尾では「米国、中国、台湾の3者は、いずれも『現状維持』が最低限の目標で、戦争を望んでいるわけでは」ないと書いている。中国と台湾はその通りかも知れないが、米国の場合は必ずしもそうとは言えないと思います。米国の場合は、巨大な軍需産業が存在しその武器製造会社の役員がホワイトハウスで事務作業する職員として派遣されている関係で、米国政府の政策はどうしても世界のどこかに紛争を起こして、武器を大量に消費する「政策」にならざるを得ません。そのような非人道的な「政策」を誤魔化すために、米国政府とメディアは「アメリカは世界の警察官だ」などと言ってましたが、そういう政策で繁栄するのは巨大な軍需資本だけで、ラストベルトと呼ばれる地域に住む見捨てられた白人労働者層は貧しい生活を強いられて不満を募らせている。その「不満」に目を付けたのがトランプ氏で、彼は「アメリカは世界の警察官を止めるべきだ」と言ったのでしたが、彼のその主張は間違いではなかったと思います。しかし、ブルジョア階級とメディアの力に押されて劣勢となり、やがて「陰謀論」の道に追いやられたのは残念なことでした。日本は、こういう米国とは縁を切って、アジアの一員として二度と戦争はしないという「方針」を堅持して行くべきであり、米国の言いなりになる「姿勢」は徐々に是正していくのが賢明な「道」だと思います。
2023年01月14日
内閣が閣議決定すればそれで国家の意志が決まるかのようなメディアの報道を鵜呑みにしたかのような社会の風潮に対し、作家の中村文則氏は12月25日の「しんぶん赤旗」で、次のように警鐘を鳴らしている; 岸田政権による「国家安全保障戦略」の改定で一番の問題点は、「敵基地攻撃能力」の保有を明記したことです。これは、国の滅亡につながるような閣議決定です。 そもそも日本は政治面でも軍事面でもアメリカいいなりです。敵基地攻撃がなされるとしたら、水面下のアメリカの命令でおこなわれることになります。 相手が攻撃に「着手」した時点で攻撃するのは先制攻撃です。何をもって相手国からの攻撃の「着手」とするかは日本に知る能力がないのでアメリカの情報による。そのアメリカは、「大量破壊兵器がある」という理由で強引にイラク戦争を開始しました。実際には大量破壊兵器がなかったのに。このままでは、アメリカの対中政策の軍事的なコマとして使われることになります。 現実の戦争は、相手に先制攻撃をさせることも戦略のうちです。先制攻撃への反撃なら国際世論を味方にできるし自国民も団結する。「敵基地攻撃」は、相手に全面戦争への口実を与えるだけです。相手は反撃のため、核兵器の使用でも何でもすることができてしまいます。 日本はこれまで、アメリカの軍事行動には憲法や世論をたてに直接は参加してきませんでした。今回の岸田政権の「決断」はアメリカの戦争に参加する道を開く亡国の決断です。歴代政権の決断のなかでも、国の滅亡に直結するトップクラスの愚かな決断です。 相手が攻撃に着手した時点でこちらから攻撃できるとした敵基地攻撃能力保有の問題点を、はっきり報道していないメディアもある。問題をぼやかすことで、政権を援護しているのでしょう。 日本は本当に危険な局面に入ってしまいました。アメリカの戦争に巻き込まれないための巧みな外交が必要ですが、今の政権では無理です。 今回の「安保3文書」が閣議決定されて終わりではなく、本当にこれでいいのか、日本がアメリカの戦争に巻き込まれていいのかと、問題にし続けることが必要です。<聞き手・金子徹記者>2022年12月25日 「しんぶん赤旗」 日曜版 3ページ 「大軍拡・大増税NO-閣議決定 終わり ではない」から引用 歴代の自民党政権でも、一昔前まではアメリカから「自衛隊を世界の紛争地に派遣しろ」と要求されても「憲法9条があるから、それはできない」「世論が反対しているから出来ない」と断ることができました。それは政権担当者に曲がりなりにも戦争体験があり、二度と戦争をしてはならないとの「覚悟」があったからだと思います。それが、戦後77年も経って世襲の政治家が3代目ともなると、ろくに勉強もしないで漢字も読めないのに、親の七光りで安易に政治家になると、政権維持だけが「目的」で、国民の暮らしなどまったく眼中にないため、選挙と言えばカルト集団を頼り、アメリカが武器を買えと言えば「防衛予算倍増」を閣議決定するという体たらくです。「敵基地攻撃能力」は憲法違反であるという声を上げる必要があると思います。
2023年01月13日
政府が安倍元首相の国葬について有識者に意見を求めた、その結果を「論点整理」と称して先月発表したのであったが、それについて元文科事務次官の前川喜平氏が12月25日の東京新聞に、次のように書いている; 安倍元首相の国葬を検証するため、有識者から意見を聴いて論点整理を行い、国民の幅広い理解が得られる国葬の在り方を検討する-。岸田首相がそう表明したのは臨時国会開会前だった。その論点整理が22日に示された。意見を求めた約50人の有識者のうち応じたのは21人にとどまった。論点整理と言っても有識者の意見を並べただけのもの。大半は安倍氏の国葬に批判的な意見だが、中にはこの国葬の意義について「暴力による言論封殺を絶対に許さないと内外に示した」などと首をかしげたくなる意見を述べた人もいる。そういう意見を言ってくれる人を内閣府が一生懸命探したのだろう。 僕は安倍氏の国葬には大反対だったし、対象者が誰であれ国葬自体に反対だから、国葬の在り方を検討する必要は全く感じないし、この論点整理にも何の意味も見いださない。それにしてもどうしてこんなスカスカな文書の作成に3ヵ月もかかったのだろう。いやわざわざ3ヵ月かけたのだろう。臨時国会の閉会を待っていたのだ。有識者の意見聴取などもともと必要なかった。臨時国会での追及をかわす言い訳を作るためにやっただけだ。岸田氏は本気で検証する気などないし、次があるかどうかもわからない国葬の在り方を真面目に検討する気もない。ただ人々が忘れてくれるのを待っているのだ。(現代教育行政研究会代表)2022年12月25日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-国葬検証の欺瞞」から引用 50人の有識者に意見を求めたが、応じたのは21人だったという結果が「現代における国葬の無意味さ」を言い表していると言えます。21人という数も多いほうで、よくもそんな意味の無い「テーマ」に時間を割いて回答する気になったものだと感心します。憲法が国民の思想信条の自由、良心の自由を保障している現代に於いては特定の人物の死に「弔意」の表明を強制するのは明らかな「憲法違反」であり、これをどうしたら合法的に実施出来るかというのは、考えるだけ時間の無駄というもので、岸田首相もその辺は薄々わかっていて、しかし、己の政権の延命のためには「違法か合法か」に関係なく、とにかく自民党内の多数派である安倍派の支持をつなぎ止めるために、なりふり構わず国葬をやってしまったので、あとはテキトーに格好をつけて、人々が忘れるまで時間稼ぎする、そのための「論点整理」であったことは、上の記事が指摘するとおりだと思います。こういう内閣は、早々に退陣させるのが「国のため」というものでしょう。
2023年01月12日
明治維新が成功して天皇を担ぎ出して政府を構成した明治の体制は77年後に侵略戦争に敗北して滅亡し、平和国家として再出発した「戦後」も77年経つと「行き止まり」にぶち当たって停滞したため、これを打開する目的で岸田政権が打ち出した様々なスローガンは「新たな戦前」の始まりではないかと思わせるような傾向があるとする「批判」を、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏が12月24日の同紙に書いている; 今年は戦後77年。明治維新から敗戦までが同じ77年。近代日本の始まりから、亡国の谷底を折り返し点として、戦後日本もはるばる同じ歳月を経てきたのだ。 前の77年では、国がおかしくなった頃「昭和維新」が叫ばれた。次の77年でも「失われたン十年」が言われだすと、また「維新」が唱えられるようになった。 ただし、戦前の陰欝深刻なスローガンが、戦後は快活で前向きな庶民に好かれる言葉へ変わった。司馬遼太郎の影響だろう。 10月に出た福間良明著「司馬遼太郎の時代」で、文化勲章までもらった国民作家が、いかに学歴・職歴の「二流」「傍系」意識を肥やしに大成したかを興味深く読んだ。確かに幕末・維新から日露戦争が舞台の小説は「幸福で楽天的な英雄たちの物語」が多い。 思い出されるのは、高等小学校卒の劣等感をバネにベストセラーを量産した松本清張。こちらは専ら底辺での逆境や権力への反抗を書いた。歴史への視線が、上から見下ろす司馬とは逆だ。 作風は対照的でも、重なる視点はいくつもある。司馬は「昭和維新」を掲げた2・26事件を嫌悪した。「庶民が迷惑を被った怨念(おんねん)がある」という。清張は「昭和史発掘」(文庫版全9巻)で、事件の暗部をとことん暴いた。 旧軍の暴走を難詰し、正論やイデオロギーを疑い、非合理な精神論を信じない。2人とも、日本人がいともたやすく全体で同じ考えに染まりやすいと危惧した。 司馬は高度成長期のビジネスマンに偶像視され、書かれた史実や史観に批判がある。清張は陰謀論と嫌われもする。限界はあるにせよ、司馬と清張という異質の国民作家が同時代に並び立つだのは、両雄と気構えを共にする分厚い国民意識があったからだろう。 43兆円の大軍拡決定に、他ならぬ自衛隊将官OBたちが各メディアで困惑と懸念を述べている。例えば「身の丈を超えている。全部本当にできるのか、やっていいことなのか」(香田洋二元自衛艦隊司令官・朝日新聞デジタルより)。プロならではの危機感だ。 自衛隊は創設以来ずっと定員割れが続く。そもそも膨大な装備を扱う人が足りず、少子化は加速。それで誰が、誰を、どう守る。 ところが、世論は防衛費増に賛成多数。敵基地攻撃能力についても、定義・運用・効果が分からないのに、やはり賛成多数。 こうして戦後77年は暮れていく。その軌跡は、戦前の77年と不気味に重なる。私たちは司馬と清張を誤読した。(専門編集委員)2022年12月24日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-戦後77年の暮れ方」から引用 この記事によれば、司馬遼太郎も松本清張も「日本人はいともたやすく全体で同じ考えに染まりやすい」民族であると心配したそうであるが、もっともな話です。また、心配な点は「同じ考えに染まりやすい」だけではなく、「規範意識に乏しい」という点も大きな問題で、安倍政権が憲法を無視して自衛隊の活動範囲を勝手に変更したり、政治を私物化して国家予算を自分の選挙区の有権者接待に使ってもさして支持率が低下するわけでもなく、隣国がちょっとミサイル実験をするとすぐに支持率が上昇するという、妙な反応をするのが日本の世論です。今回も岸田政権が、具体的プランもなしにいきなり「防衛予算倍増」とぶち上げると、世論は何の議論もなしに「賛成多数」に染まってしまう。平和国家としての再出発から77年経って、2回目の「戦前」へ向かうということで良いのか、大いに議論するべきと思います。
2023年01月11日
経団連会長が記者会見で「賃上げ」について発言したことについて、東京新聞編集委員の久原穏氏は12月24日の同紙に、次のように書いている; 「エンプロイアビリティ」「エンゲージメント」「リスキリング」「フレキシキュリティ」・・・。 年末恒例の新語・流行語の発表ではない。今月5日の定例会見で経団連の十倉雅和会長が口にした数々である。十倉氏は、政府の「新しい資本主義実現会議」の一員として賃金を継続的に上げる方策を検討しており、その道筋を問われ、このように答えた。 「一番大事なことはエンプロイアビリティ(雇用されるための能力)とエンゲージメント(仕事への意欲)と思っている。そういう意味でリスキリング(学び直し)教育、これは企業がやるのも大事だが、労働者にじかに届く形のものも検討している(中略)デンマークにあるようなフレキシキュリティ(雇用柔軟性と安全網整備を意味する造語)の政策も検討に入ってくると思う」 十倉氏にかぎらず経済界を代表する人には、国民にもう少し分かりやすく発信してほしいと思う。内容が正確に伝わりにくいばかりか、ミスリードや間違ったメッセージになりかねない。 たとえばフレキシキュリティは、欧州で成功モデルと称賛されるデンマークの労働市場改革を象徴する言葉だ。この北欧の小国は、企業の競争力を高めるため、柔軟な雇用ルール(解雇や転職が容易)を整えた。 従業員は解雇されても、手厚い失業補償と実践的な職業訓練に支えられ、スキルを磨いて、より高い賃金の仕事に転職する。毎年、労働者の約3割が転職しているという。 賃金が20年間も上がらない日本国民にすれば「フレキシキュリティこそ目指すべき道だ」と飛び付きたくもなるだろう。 だが、それはほとんど幻想に近い。日本とは雇用制度をはじめ、負担と受益の考え方など、前提となるものがあまりに異なるからだ。消費税(付加価値税)率が25%などデンマークは国民に高負担を課す一方、職業教育・訓練への国の支出は国内総生産(GDP)の0・53%と日本の50倍もある。 より顕著な違いは、デンマークの労使が100年かけて築き上げた「相互信頼」が土台にあるということだ。日本では、連合の芳野友子会長が「解雇規制など労働法制の緩和につながるような議論があってはならない」と不信感を示すように、労使の隔たりは埋めがたいほど大きい。 経済界には「雇用を柔軟化、流動化すれば賃上げも経済成長も実現する」という考えが根強い。そのために転職や副業・兼業、在籍型出向などを次々と奨励しだした。 だが、性急に推し進めれば「賃金のためには仕事の内容は問うな」「望まぬ転職も受け入れよ」となりはしないか。大事なのは働く人自身が納得して選択できるかであり、政府・労使が慎重で丁寧な議論を重ねることを望みたい。(編集委員)2022年12月24日 東京新聞朝刊 11版 6ページ 「視点・私はこう見る-流動化すればいいのか」から引用 日本の財界人は「雇用を柔軟化、流動化すれば賃上げも経済成長も実現する」と考えているとのことであるが、それは非現実的であり財界の利益を第一にした「考え」であることが明白である。「雇用の柔軟化、流動化」という発想が出てくる理由は、日本独特の「終身雇用制」が経営者の負担を重くして企業発展を阻害しているなどという間違った考えが根底にあって、だから労働者が実力を身につけてより良い報酬を求めてどんどん転職すれば、経営者は有能な人材を集めることが出来て、事業が発展するのだという「理屈」であるが、それはあまりにも一面的な見方であり、現実とは乖離があるために、いまだかつて成功した試しがない。日本に「終身雇用制」があるのは、優秀な労働者を他社に引き抜かれないようにという「経営者の都合」で始まった制度であり、その背景には「一度失業すると、前職と同じ賃金を得るのは至難の業」という日本独特の労働環境があるからだ。デンマークのように、個人的な事情で失業しても手厚い失業補償と実践的な職業訓練が受けられる「環境」とは雲泥の差がある日本で「雇用の流動化」などというものを「実践」すれば、「経営者の負担は軽減される一方で、酷い目にあうのが労働者」という構図が透けて見える。かつて、非正規雇用は自動車工場の「季節工」に限られて、主に農閑期の農民が冬の間だけ「出稼ぎ」と称して働いたものであったが、90年代に「雇用を流動化する」という名目であらゆる分野に非正規雇用を認めたのは、明らかに「労働者の不利益」を強要するものであり、その分経営者の負担を軽減するだけのものであった。その結果、経営者は企業利益の正当な「分配」を拒否し、不当に「内部留保」として溜め込むことに成功している。大企業が金庫に数十兆円もの現金を貯め込んでも、労働者の暮らしは苦しくなるばかりで、企業も社会も発展するわけがなく、事実として日本の労働者の所得は台湾にも韓国にも追い越されている。
2023年01月10日
政府が学術会議の在り方を定めた法律を、当事者の了解なしに勝手に変更しようとしていることに対し、日本学術会議が「考え直す」ことを求める声明を決定したと、12月22日の「しんぶん赤旗」が報道している; 日本学術会議の会員選考に第三者を介入させる法改定を来年の通常国会で目指す政府方針に対し、日本学術会議は21日、東京都内で開いた総会で、同会議の独立性への侵害を懸念し、政府に「強く再考」を求める声明を決定しました。 声明は、政府方針は学術会議の存在意義の根幹にふれるものにもかかわらず、内容の詳細は示されておらず、わずかな時間で慎重な検討と丁寧な議論ができるのか「強い懸念を抱」くと表明。主な懸念事項として次の点を列挙しました。▽既に学術会議が独自に改革を進めているもと、法改正を必要とする理由が示されていない▽第三者委員会の関与は学術会議の自律的かつ独立した会員選考への介入のおそれがあり、首相による会員の任命拒否の正当化にもつながりかねない▽来年10月の会員改選に向け、学術会議が既に説明責任を果たしつつ選考を進めているにもかかわらず、次期改選を改定法のもとで行うとし、改選時期の延長と現会員の任期の調整を提示している▽学術会議の部の編成が提起されているが、「学問の体系」に即さない政治的・行政的判断による提案であり「独立性」が侵害される▽学術には政治や経済と異なる固有の論理があり、政府方針が強調する「政府等との問題意識や時間軸等を共有」できない場合があることが考慮されていない。 さらに、当事者である学術会議との意見交換や国民との対話を欠いたまま、拙速に法改定の準備が進められていることに「強い危惧」を表明しています。学術が人類社会の公共財として活用され、政策立案に貢献することを目指すなら、信頼関係の構築が重要だと指摘。その努力をせず学術会議の独立性を危うくしかねない法制化を強行することは、「真に取り組むべき課題を見失った行為」だと厳しく批判しています。 梶田隆章会長は、「国民や社会にもしっかり発信していきたい」と述べました。2022年12月22日 「しんぶん赤旗」 1ページ 「学術会議、『介入』再考求める」から引用 日本学術会議について定めた現行法では、会議のメンバーは学術会議が自ら選任して構成員名簿を作成し、会議が国の機関であることからその名簿を内閣総理大臣が承認する、という決まりになっており、戦後長くそのように実施されてきたのであったが、安倍政権の期間には政権が長く続いて規律が乱れたために、内閣による不正行為が世論の批判を浴びるようになると学術会議の中からも同様の批判の声が上がったのは無理からぬことだったのであり、その責任は「批判的な発言」をした学術会議会員にあるのではなく、批判の声を上げさせる原因を作った安倍内閣にあったと考えるのが世の中の常識というものです。 ところが、突然病気を口実に政権を投げ出した安倍氏に代わって就任した菅義偉首相は、学術会議が提出した名簿に記載された105名のうち、過去に政府にとって都合の悪い発言をした6名を除外した残り99名だけを「任命」するという「政治介入」を行なった、というのが「事件」の経緯です。国の機関なのだから、政府の気に入らない学者は政府の判断で「除外」するというのでは、「学問の自由」が政治によってねじ曲げられて、学問として正常に発展することは出来なくなります。そのような弊害を防ぐために、わが国憲法は「思想信条の自由」「学問の自由」などを規定しているのであり、憲法を蔑ろにする政府の姿勢を、国民は許してはならないと思います。 そこで、今回政府が思いついたのは「第三者委員会」に人選を任せるという「幼稚な発想」です。「第三者委員会」などと言えば、一見公平性が保たれるかのような「錯覚」に人々を誘導する効果はありますが、その第三者委員会に政府が自分の都合の良い人物を送り込めば、結局は政府の都合のいい「学者」ばかりが推薦されることになるのは、子どもでも理解できる「理屈」です。こういう愚かなことばかり繰り返す政府を、国民はもっと真剣に批判し、もっとましな政権を樹立することを考えるべきだと思います。
2023年01月09日
昨年秋に政府が強行した憲法違反の「安倍議員国葬」を、政府自らが「検証した」と称する「結果」を報告したことを、12月23日の朝日新聞は次のように報道した; 政府は22日、9月に執り行われた安倍晋三元首相の国葬を検証するために、有識者に実施したヒアリングの結果を公表した。国葬実施の法的根拠など論点ごとの意見は割れた。政府は今後、国会の意見も聞き、国葬のあり方について引き続き検討するとしている。 岸田文雄首相は開催2日後の9月29日、ヒアリングなどを行って検証する考えを表明していた。ヒアリングは内閣府の国葬儀事務局が実施。50人近くの有識者に打診し、了解した憲法や政治学などの学識経験者、報道機関の幹部ら21人を対象に10月中旬から12月にかけて対面で行われた。 公表された結果では、7項目の論点に整理した。ただ、意見の紹介にとどまり、結論は出さなかった。 法的根拠をめぐっては「行政権の行使で法律上の根拠は必要ない」との主張があった一方、「民主主義社会の重要事項は法律の根拠を要する」といった意見もあった。国葬の実施基準については、「一定の実体的、手続き的ルールは定めた方がよい」との考えも示されたが、「最終的に総理大臣が判断するとしか定めようがない」など基準を作ることへの異論もあった。 政府はあわせて、国葬にかかった費用も公表した。確定値は約11億9900万円で、10月に公表した速報値(約12億4千万円)を下回った。◆◆ルール整備は不透明 政府の有識者ヒアリングの結果を受け、今後は国葬の是非や、行う場合のルール作りなどの検討が進むかが焦点になるが、先行きは不透明だ。 国葬をめぐってはぐ費用や決定プロセス、あいまいな法的根拠などが問われた。世論の賛否も割れ、開催後の朝日新聞の世論調査では国葬の実施を「評価しない」が59%に上った。 こうした世論を受けて首相は10月の国会答弁で「国会との関係など、どのような手順を経るべきなのか、一定のルールを設ける」と述べた。 しかし、論点ごとに意見を整理する作業をようやく終えたばかり。「ルール作り」をめぐる議論はほぼ手つかずだ。首相も10月下旬の国会審議で国葬について「時の内閣が責任を持って判断すべき事柄だ」と後退した発言を繰り返した。 検証作業に携わる政府関係者は「元々閣議決定と内閣府設置法に基づいてやっていた」として、新たなルールは不要だとの考えを示す。松野博一官房長官は22日の記者会見で「国会との関係など、どのような手順を経るべきなのか引き続き検討したい」と述べるにとどめた。 検証プロセスに詳しく、数多くの第三者委員会に携わった八田進二・青山学院大名誉教授は、国葬の検証について、「本来、検証の主体は主催者から独立した中立的な立場でないといけない」と指摘した。さらに、今後の作業スケジュールが不透明な点について「『ルール作り』に至るまでの手続きを透明化しないと、不信感が増幅する」と開示すべきだという考えを示した。(高橋杏璃、楢崎貴司)2022年12月23日 朝日新聞朝刊 14版 3ページ 「国葬 割れる識者の意見」から引用 死者を弔うという行為は極めて個人的な関係にある人々の間で行なわれる行為であり、複数存在する政治党派の一つを代表する人物の死についてあまねく社会一般に弔意を求める「国葬」にしたのでは、価値観の異なる市民にも「弔意を強要」するもので、これはどの角度から検討しても「憲法違反」のそしりは免れません。だから、上の記事が報道しているように、国葬賛成派の有識者がどのような美辞麗句を並べて国葬を正当化しようとしても、反対派の「憲法違反である」との指摘を覆すことはできなかった、というのが報道すべき「事実」のはずです。それを、「意見は割れた。結論は出さなかった。」と報道する朝日新聞の姿勢は、憲法違反の国葬を実施した日本政府の責任を隠蔽するもので、国民は朝日新聞のこのような隠蔽体質を許すべきではないと思います。
2023年01月08日
わが国憲法の平和主義に反する「防衛費倍増」を勝手に閣議決定した岸田政権について、市民連合運営委員で上智大学教授の中野晃一氏は12月26日の「しんぶん赤旗」のインタビューに応えて、次のように発言している; 敵基地攻撃能力保有や軍事費倍増を盛り込んだ「国家安全保障戦略」などの「安保3文書」の閣議決定(16日)を強行した岸田政権。この動きを厳しく批判してきた市民連合運営委員の中野晃一上智大教授に話を聞きました。(林信誠)――敵基地攻撃能力の保有などを盛り込んだ今回の「安保3文書」全体をどうみますか? 越えてはいけない一線を越えたもので、内外に大きな衝撃を与えました。しかし、攻撃的兵器の保有も、「敵国」の基地や中枢への攻撃も、戦力の保持と国の交戦権を禁止する日本国憲法9条のもとで許されないことは明らかです。 しかも、財源もなく、支出も決まっていないもとで、軍事費の2倍化=国内総生産(GDP)比2%化を先にありきで決めてしまうという、文明世界のものとは到底思えない愚かなものです。 憲法上正当化できず、財政上も実現のめどが立たないむちゃな計画をいくら文書で整えても、現段階ではしょせんただの「紙切れ」にすぎず、従う必要はなく、決して実現させてはなりません。 今回の閣議決定を、不可逆的な歴史的大転換の流れにさせず、「紙切れ」のままで終わらせるためには、市民の抵抗で押し戻す必要があります。そのために共闘や運動に取り組むことが今後の私たちの課題です。――3文書のうち最上位の「国家安全保障戦略」はどんな戦略を示しているのでしょうか? 「国家安全保障戦略」などというたいそうな名前を使っていますが、安倍政権が2013年に初めて打ち出したこの戦略では、ロシアと安全保障やエネルギー分野など「あらゆる分野で協力を進め、日露関係を全体として高める」などとうたっていました。ところが今回の戦略では、ロシアは「安全保障上の強い懸念」だなどと百八十度転換してしまいました。しかも、そんな重大な転換を余儀なくされた責任をだれもとっていないのです。こんな「戦略」には中身も正当性もなく、まさにただの「紙切れ」です。 2015年の安保法制強行のさい、安倍晋三首相(当時)は、日本国内では、”おじいちゃん、おばあちゃん、お孫さんの命を守りたい”とか、「国民の命と平和な暮らしを守るため」だ-つまり国民の生命や自由、幸福追求権を守るために集団的自衛権が必要だという論法で押し通しました。 一方、米連邦議会など海外での安倍氏の演説の基調は、アメリカ中心の自由主義的国際秩序や「自由で開かれたインド太平洋」の『平和と繁栄」を守るために、日本は「切れ目のない対応」をとると公約するものでした。 後者の発言は、”インド太平洋でのアメリカの覇権を守るために自衛隊も動く”というもので、まさに専守防衛から完全に逸脱した憲法違反の国際公約です。そうなると、国内での説明とは相いれない乖離がある、つまり二枚舌のウソをついていたことになります。 このウソをごまかすためには、日本の存亡はアメリカの覇権に依拠しているという説明の既成事実化を深めなければなりません。その発想こそ、台湾有事、日本有事に備えて中国や北朝鮮を封じ込め、米軍と一体となって、あるいは米軍の肩代わりをして、米軍のインテリジェンス(安全保障関連情報)に基づいて日本も相手国にミサイルを発射できるようにすべきだという論法で、対米追随路線をどんどん深めることにつながるわけです。――「安保3文書」がいう「抑止力」の本質とはなんでしょうか? 抑止力論とは、軍事一辺倒論者たちの自己成就的予言-自分たちの思い込みに基づいて行動すれば、思い込み通りの末路を招く-という性質のものです。 日本が「抑止力を高める」ために軍事費を大幅に増やし、敵基地攻撃能力を保有すると言えば、北朝鮮は”まいった。かなわないから、ミサイル発射はやめておこう”と「抑止」されるでしょうか。それどころか、逆に”やる気なのか”と反発し、日本と同じ諭法で軍備を増やします。それを見た日本はさらに軍拡を進める-まさに負のスパイラル(連鎖)を繰り返すだけのものです。 アメリカの銃社会を見れぱ、抑止力論の根源がわかります。”物騒な世の中だから、自分も銃を持とう””物騒な連中がもっとすごい銃をもっているから、自分ももっとすごい銃を持とう”-軍拡路線への転換はこの銃規制の撤廃が招く事態とよく似ています。銃社会での無差別殺人などの悲惨な実態を見れば、軍事力で平和がつくれるというのは妄想だということかよくわかります。 恐怖に根差した国づくり-圧倒的な武力で他国を黙らせるというのは、建国以来のアメリカに根差してきたものなのかもしれません。しかし、日本には他国への侵略や植民地支配の結果、自国が原爆や空醍で焦土となった教訓があります。ロシアによるウクライナ侵略や台湾有事の可能性などを利用したプロパガンダで軍拡があおられていますが、やはり事態を冷静に見極めていくべきではないでしょうか。――中野さんも参加する『平和構想提言会議』が15日に「安保3文書」に対置した平和構想を発表しましたね。 「戦争ではなく平和の準備を-。”抑止力”で戦争は防げない!」と題する構想ですが、充実した素晴らしいものになったと自負しています。東アジアで敵をつくらない「共通の安全保障」の促進を提起し、ASEAN(東南アジア諸国連合)などの枠組みを活用して中国を組み込む形での平和的な共生圏をつくろうと目指すものですが、共産党の「外交ピジョン」とも共鳴できる部分が多々あり、「やっぱり同じように考えているんだ]と心強く思っています。 日本の政権が抑止力論による軍事一辺倒の対応で他国を刺激しているもとでは、私たち市民が声を上げて、”戦争は望まない””日本の平和主義は健全だ”という姿を近隣諸国に、そして世界に向けて発信し続けることこそが、何よりも本当の安全保障につながっていくのだと信じてやみません。2022年12月26日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「焦点・論点-軍事一辺倒の政権に対抗」から引用 この記事が主張するように、「国家安全保障戦略」などと言う文書はわが国憲法にも防衛政策にも整合性を持たない「三文文書」に過ぎないもので、さも権威があるかのように報道するメディアの姿勢がおかしいと思います。「抑止力」という言葉も、単に防衛予算を増やして武器を買い増すためにとって付けただけの「言い訳」で、日本が武器を増やせば隣接する国々もそれを警戒して相応に武器を増やすことになるのは明白で、それによって互いの「抑止力」が増強されると思うのはとんだ「勘違い」であり、武力紛争を引き起こす危険性が高まるだけの、まったく無駄な「税金の支出」になるであろうことは明白です。武装は戦争の準備であり、平和を実現するのは平和外交であるという「原則」を、私たちは見失ってはいけないと思います。
2023年01月07日
国会審議を経ることなく勝手に防衛予算倍増を決めた岸田政権の姿勢を、日本平和委員会事務局長の千坂純氏は12月18日の「しんぶん赤旗」で、次のように批判している; 国会開会中は「検討中」と大軍拡の内容について一切答えず、閉会するや、政府・与党だけで憲法9条を根本から破壊する方針を勝手に決定する。これだけでも岸田政権は退場すべきです。 この大軍拡路線が、1兆円の増税どころか、数兆円規模の国民負担増をもたらすことは必至です。 敵基地攻撃能力保有の大軍拡路線は、「日本を守る」ためではありません。アメリカの要求に基づき、戦争法でアメリカの戦争に日本が参戦し、自衛隊が米軍と一体となって「敵」を先制攻撃・全面攻撃できるようにしろという要求に応えるものです。それは日本への反撃=日本の戦場化を前提にしなければ成り立ちません。 だからこそ、「3文書」はそれに備えて、一般の港や空港・公共施設を戦争に使えるように平時から整備・訓練する、シェルターを全国につくる、武力攻撃事態を想定した避難訓練を自治体・住民を巻き込んで行う、輸送に民間船舶や航空機を動員するなど、国民総動員態勢づくりが盛り込まれているのです。 この道に平和はありません。暮らしと平和の破壊、日本の戦場化の危険です。これを食い止めるために、通常国会に向けて大運動を巻き起こす決意です。2022年12月18日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「戦争国家づくり 止めよう-日本の戦場化 止めよう」から引用 東西冷戦が終わった今となっては、武力を使って勢力圏を拡大するやり方にはメリットがなく、ロシアのように「自国存亡の危機」に見舞われた国だけが、直接の原因を作った国を侵攻するのであって、日本の近隣諸国にはそのような事情を抱えた国は存在せず、従って日本がウクライナのような目に遭う危険性は無いといって過言ではありません。軍事費倍増の口実がほしい自民党政府は、朝鮮民主主義人民共和国のミサイル実験を「日本にとって脅威」であるかのように言いつのりますが、それは「真実」ではありません。共和国が隣国日本にミサイルを撃ち込んだとしても、それによる「利益」はまったく見込めず、かえって損害賠償やその後の「処理」の負担が増えるだけですから、意味も無くミサイル攻撃をしてくるほど愚かな国は存在しないと思われます。ところが、世界に唯一「どこかに武力紛争が起きる」ことを切望する企業が存在する、それがアメリカの軍需産業です。この軍需産業を食わせていくために、日本に一役買ってほしいというのがバイデン政権の意向であり、そこでポイントを稼いで政権延命の手段にしたいのが岸田氏の「企み」です。このような邪な陰謀を、国民は許してはならないと思います。
2023年01月06日
岸田政権が防衛予算の倍増を決めたと報道されていることについて、総がかり行動実行委員会共同代表の高田健氏は12月18日の「しんぶん赤旗」で、次のように批判している; 「勝手に決めるな」の一言に尽きます。岸田政権は、歴代政権すら違憲としてきた敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有など、「専守防衛」を基本としてきた日本の安全保障政策を大転換する重大問題を国会で議論することもなく決めました。最大の怒りをもって抗議します。 2014年に安倍政権が行った集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を思い出します。全国で、民主主義も憲法も無視する政治は許せないと多くの人が立ち上がり、翌15年には安保法制(戦争法)に反対する空前のたたかいが起き、そのなかで市民と野党の共闘もつくられました。 「安保3文書」改定は閣議決定されましたが、これで終わりではありません。憲法違反である敵基地攻撃能力の保有や大軍拡を許さないなど、「安保3文書」の実現を阻止するたたかいでも、あの時のような市民の力が絶対に必要です。 国会内外で市民と野党が力をあわせ、戦争する国づくりをストップさせて、岸田政権を打倒するまで追い込みたい。 私たちがすべきは、戦争の準備ではなく平和の準備です。「大軍拡ではなく、憲法9条を生かした平和外交を」という世論を広げていきたい。これからの長いたたかいを、みんなで頑張りましょう。2022年12月18日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「戦争国家づくり 止めよう-市民の力で実現阻止を」から引用 戦後の日本は70数年にわたって武力紛争を起こしたり他国の紛争に関与したりせず、誠実に平和国家としての道を歩んで来ました。そのためにも内外に「専守防衛」を宣言して、余分な武力を持たないという姿勢はそれなりに近隣諸国の納得を得て今日に至っているものです。そういう状況の下でいきなり「防衛予算倍増」を言い出すのは、これは取りも直さず「戦争開始の準備」であることは間違いありません。我々は「戦争開始」を望んではいないという「意思表示」をする必要があります。政治的立場の違いを超えて、広く「戦争反対」の声を結集していくべきだと思います。
2023年01月05日
安倍政権が2015年頃に書いたメモに過ぎない安全保障3文書を、岸田政権がこれまた勝手に書き換えた問題について、12月18日の「しんぶん赤旗」が次のように批判している; 岸田政権は16日の改定安保3文書の閣議決定で、「専守防衛」の基本原則を投げ捨て、敵基地攻撃能力の保有に踏み出しました。戦前の反省を踏まえ、「平和国家」として歩んできた国の姿を根本から変える決定を、まともな国会審議や国民の意見も聞かないまま強行したことに強い批判の声が上がっています。首相が16日の会見で「(決定)プロセスに問題はない」と正当化したことが、さらに怒りを広げています。 首相は会見で「防衛力強化の内容、予算、財源の3つを本年末に決める方針」を国会でも説明してきたと強弁しましたが、実態は何ら説明していません。例えば日本共産党の小池晃書記局長が、長距離ミサイル1千発超の保有を政府が検討しているとの報道についてただすと、岸田首相は「報道には答えられない」(10月の参院本会議)と回答を拒否。井上哲士議員が4月の参院外交防衛委員会で敵基地攻撃の対象範囲について質問しても、岸信夫防衛相(当時)は「国家安保戦略作成過程で検討する」と答弁しました。つまり、「検討過程」は一切明らかにせず、結果だけを押し付けるというものです。 また、岸田首相は「丁寧なプロセス」の根拠として▽国家安全保障会議(NSC)4大臣会合▽国家安全保障局(NSA)でのヒアリング▽政府有識者会議▽与党実務者協議―などを挙げました。しかし、いずれも政府与党内の会合であり、議事録が公開されない「密室」での会議です。 NSAでのヒアリングに招かれた顔ぶれを見ると、谷内正太郎国家安全保障元局長や北村滋前局長、折木良一元統合幕僚長、泉沢清次・経団連防衛産業委員長(三菱重工社長)など「身内」が目立ちます。敵基地攻撃能力保有の検討という憲法9条に関わる問題が主要議題なのに、憲法学者は1人も招かれていません。 さらに、有識者会議の議事録は非公表で、公開されているのは発言者の氏名を伏せた議事概要のみとしているなど、まともな情報公開もなされていません。 これに関して、本紙は昨年11月21日から防衛省内で開かれた「防衛力強化加速会議」の議事録や配布資料について情報公開請求しましたが、開示文書は全て黒塗りでした。2013年12月、政府が最初の国家安保戦略を決定した際に開かれていた同様の会合についても、本紙は情報公開請求しましたが、その際は多くが開示されていました。岸田政権は、「隠蔽(いんぺい)」体質が批判されてきた第2次安倍政権以上の「隠蔽」体質といえます。 「勝手に決めるな」―。安保3文書を閣議決定した16日朝、首相官邸前で市民が抗議の声をあげました。岸田政権が国民の声を聞かないのは、裏返せば国民の声を恐れているからです。民主主義破壊を許さない世論と運動が急務となっています。(斎藤和紀)2022年12月18日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「安保3文書、密室協議」から引用 安倍政権も岸田政権も、安全保障政策について国会で野党との議論を回避して勝手に方向性を決めてしまうのは、その「方向性」がアメリカ政府からの「強い要望」で「命令」に近い「圧力」であるため、国会で国民の意志を反映した自由な討論でアメリカの意向からかけ離れてしまえば、政府与党にとって「元も子もない」事態になるからである。本来であれば、日本は独立した国家として自らの意志を持つべきであるが、実際にそういう建て前を堅持してアメリカ政府と対等な立場で交渉に臨んだ民主党・鳩山政権は一年足らずでその座を降りる羽目になったという事実があり、自民党政権でしかも大した政権構想もなく、単に「長期政権」を希望するだけの無内容な岸田政権では、何が何でもアメリカが言う通りにしなければならないという「強迫観念」に縛られており、こういう「政権」にとっては国民の「声」はただの雑音にしか聞こえないのであろう。こんな政権に日本の進路を任せておけば、アメリカの策謀によって「台湾有事」が引き起こされる危険性は高まり、米軍の代わりに自衛隊が戦闘を担うことになり、沖縄を始めとして日本各地の米軍基地に中国のミサイルが飛来する危険があることを、日本国民は認識する必要があります。そのような危険を回避するには、私たちは戦後70数年続けてきた「専守防衛」と「平和外交」の路線を取り戻す必要があることを、国民は真剣に考えるべきです。
2023年01月04日
岸田政権がいきなり防衛費倍増を言い出したと思ったら、防衛費倍増の是非よりも先に財源を「増税」に求めるのかそれとも赤字国債にするのかという「議論」を始めた自民党議員の態度について、元文科事務次官の前川喜平氏は12月18日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 宋の狙公は猿を飼っていた。その猿たちに栃(とち)の実を「朝に三つ暮れに四つ与える」と言ったら猿たちは怒ったが、「朝に四つ暮れに三つ与える」と言ったら喜んだ。きっとこの猿たちは、「朝に四つ暮れに三つ奪う」と言ったら怒るが、「朝に三つ暮れに四つ奪う」と言ったら仕方がないと納得するのだろう。大軍拡の財源をめぐって与党内で繰り広げられた騒動はこの猿たちを思い出させた。猿芝居をしているという意味では、与党政治家たちも猿のようなものだが、問題は彼らが納税者である国民を猿扱いしていることだ。 向こう5年間で軍事に費やすと岸田政権が決めた43兆円は、とどのつまりすべて国民の負担だ。与党内の議論の本質は、いつどのように負担させれば国民を納得させられるか、つまりどうすれば最もスムーズに国民を編編(だま)せるかにあった。1兆円を増税、残りを歳出改革などで生み出すという岸田氏の財源構想が朝三暮四だったとすれば、すべて国債で賄えという安倍元首相をコピーした萩生田政調会長や高市経済安保担当大臣の主張は「朝零暮七」だ。与党税制大綱では、法人税、所得税、たばこ税で1兆円増税する方針は示したが、その時期は「24年以降の適切な時期」に先送りされた。朝零暮七派に押し返された結果だ。猿扱いされた国民は怒らなければおかしい。(現代教育行政研究会代表)2022年12月18日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-国民は猿か」から引用 岸田首相がわが国の防衛問題について、「最近、隣国がわが国との国境線付近に軍隊を結集している」とか「わが国との国境付近に新たな軍事基地を建設し始めた」というような具体的な「問題」があって、防衛費の増額が必要であるという議論を始めるのであれば、国民も納得する「可能性」があるかも知れないが、そうではなくて、いきなり「予算を倍増」と言い始めたのは、具体的な「防衛問題」があってのことではなく、単にアメリカから「軍需産業の在庫負担軽減に協力してくれ」と言われただけのことであるのは明白である。また、その岸田発言に乗って「増税ではなく、国債発行が良い」などと言い出した高市議員も、「防衛予算倍増の是非」の議論は無視して「財源をどうするか」の話にもっていけば、スムーズにアメリカの期待に応えられると踏んだからで、上の記事が指摘するように、正にこれは「猿芝居」である。そのような下らない議論に調子を合わせるのではなく、私たちは自らの国土と自分たちの命をどのように守るべきかを考えるべきだ。東アジアの「平和」は、日本が内外に「専守防衛」を宣言して、その通りにやってきたから大きな波乱もなく無事にやってきたのであり、今後も波風を立てずにやっていくべきだ。その際に重要なのは、日中国交回復の歳に交わした共同宣言を誠意をもって順守することが大切で、日本は「一つの中国」の原則を貫くべきであり、この原則を蔑ろにした場合には重大な問題が生ずることを忘れてはならないと思います。最も危ない「道」は、アメリカの手先になって中国を無視して「台湾当局」と勝手にコトを進める場合であり、岸田政権の「姿勢」がわが国の国益にかなうものかどうか、国民はよく見て考える必要があります。
2023年01月03日
報道の現場では取材をする側と取材を受ける側は対等なのだと考えるジャーナリストの金平茂紀氏は、昨今の日本の「報道」について、12月20日の朝日新聞で次のように述べている; ジャーナリストの金平茂紀さん(69)がこの秋、TBS系「報道特集」のメインキャスターを退いた。今も精力的に取材している金平さんに、番組やメディアについての思いを聞いた。(聞き手・中沢絢乃)《最後のレギュラー出演となった回では世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題を特集した》 教団の会見に参加しましたが、若い記者が質問の最後に「教えてください」と言うんです。会見する側と問いただす側は対等でなければいけない。僕らは市民の知る権利を代行しているわけですから。 教団はフリーランスの記者を排除し、会見の進行もおかしかった。質問で僕は最初にそれを言いました。社会的な関心がある問題なんだから、相手の土俵を簡単に受け入れるのはよくない。 次に「被害を被った方々に、なぜわびないんですか」と言いました。そうすると向こうも気色ばんで、空気が変わった。相手がちゃんと答えなかったら「なんで答えないんですか」とやり取りしないと。「お前は話を聞くだけでいい」と思われてはだめ。記者会見はそういう部分がめちゃめちゃ大事なんです。《この10年ほどで、メディアと政権の距離が近くなったと危惧している》 大物の政治家や官僚、スポーツ選手にへこへこし、ネタをもらって言いなりになる記者も残念ながらいます。政治取材の現場では、安倍晋三政権、菅義偉政権の間、その傾向が強まっていた。積極的に安倍さんにすり寄っていった記者がいっはいいました。 懐に入らないと分からないことだってある。でも一体化することとは違う。 押し返す力があるとすれば、メインストリームのメディアではなく、在野ではないか。ジャーナリストの鈴木工イト氏は、みんなが忘れている間も体を張って旧統一教会の問題を追い続けてきた。そういう人が次の力になっていくのではないかと思います。《TBSでは入局から一貫して報道畑だった》 45年間、報道ばかりの「報道バカ」でした。「筑紫哲也NEWS23」では編集長として8年半、筑紫さんと一緒に仕事をしました。恩師です。 たくさんのことを学びました。「力の強いもの、権力の監視」「少数派であることを恐れない」「多様な意見を提示することによって自由の気風を保つ」……。今はそれと正反対のことが起きている。悔しく、残念に思います。《テレビや新聞はSNSなどの伸長に押されている》 ウクライナへ取材に行った時、ザポリージャ原発について、ロシアのニュースでは「解放された」と流れ、ウクライナ公共放送では「非常電源も遮断された」と流れていました。同じ映像で全く違うニュース。自分の目で確かめて伝えるしかない。 ネットの情報の瞬発力や拡散力にはかないません。でも中身のないものはやっぱり淘汰されていく。テレビや新聞に代わる選択肢にはならないと思います。事実をとってくる作業は、そんな甘いものじゃない。 その代わり、自分たちが間違いを犯したら徹底的に検証しなければならない。「NEWS23」の編集長時代、TBSが坂本堤弁護士への取材ビデオをオウム真理教幹部に放送前に見せた事件がありました。検証番組を立ち上げて徹底的に検証しました。 福島第一原発事故に関わる「吉田調書」記事の取り消しなどがあった朝日新聞も、今年テレビ朝日の玉川徹さんが謹慎処分を受けた問題も、なぜそうなったか調べ、説明責任を果たすことが大事。一方で、世論の批判への過剰なおびえは、メディアの可能性を殺すことにもなる。《毎週出演するキャスターからは退いたが、随時出演しつつ番組に関わっていく》 「報道特集」は最も中身の充実した調査報道番組だと自負しています。一方で、度肝を抜くような視点の特集がなくなってきたように思う。日本の中で満足していてはだめで、世界の中で動き回っていたいものです。<かねひら・しげのり> 北海道出身。1977年にTBSに入り、モスクワやワシントンの支局長、報道局長などを歴任。2010年から今年9月まで「報道特集」キャスターを務めた。10月からは「特任キャスター」として随時出演に。2022年12月20日 朝日新聞朝刊 13版S 27ページ 「報道畑45年『事実』に切り込む」から引用 記者会見の場でやたら威張り散らすのは、長年都知事を務めた石原慎太郎であった。彼は普段からやたら威張り腐るのが性格だったようで、当時の新聞の中には「自民党の中で保守本流になれなかった腹いせに、ああして威張り散らしている」と書く記者もいたが、当の石原氏には何の戒めにもならず、かえって「そういう性格の人は怒らせないほうがいい」とばかりに取材する側は当たり障りのないやり取りに終始するようになり、その様子に「学んだ」のが安倍晋三であり菅義偉だったのではないかと思います。特に安倍政権のときは、国会の質疑でも野党議員の質問に形ばかりで中身のない「答弁」をして格好だけ「答弁した」かのような態度を取るだけで、始めのうちは「それでは答えになってません」と言って同じ質問を繰り返す野党議員もいたが、だんだん根負けして質疑が空洞化してしまっているのは問題です。相手が議員でも大臣でも、おかしいものはおかしいじゃないかと正々堂々指摘して、史実を追及することができる社会になってほしいと思います。
2023年01月02日
岸田内閣が国会の承認を得ることなく勝手に防衛予算倍増を決めた問題について、朝日新聞編集委員の藤田直央氏は20日の同紙で、次のように批判している; 政府は16日、国家安全保障戦賂(NSS)など安保三文書を改定した。岸田文雄首相は記者会見で「戦後の安全保障政策を大きく転換するものだ」と述べた。一方、「非核三原則や専守防衛の堅持、平和国家としての日本の歩みは、今後とも不変だ」と語った。これほどの大転換で、専守防衛は堅持されるのだろうか。◆原点は安倍内閣の政策転換 NSSには首相が語った通り、「平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない」と書かれている。 しかし、「専守防衛」の中身は膨れあがっている。最大の要因は、日本が敵の領域内を攻撃する「敵基地攻撃能力」(反撃能力)の保有だ。 政府はこれまで敵がミサイル攻撃に「着手」した段階で発射拠点などを攻撃でき、憲法上は「自衛の範囲」との見解を示してきた。では、どのように運用するのか。 NSSは「武力行使の3要件」に基づくとしている。3要件には、2014年の憲法解釈変更で可能になった集団的自衛権の行使も含まれる。つまり、日本だけでなく密接な関係がある国に対する攻撃への対処でも敵基地攻撃ができるということになる。 さらにNSSでは、敵基地攻撃能力の保有によって「武力攻撃そのものを抑止する」としている。抑止とは敵に攻撃を思いとどまらせることを意味する。それだけの能力をもつということは、より強い兵器への依存を生む。政府は米国の巡航ミサイル「トマホーク」など長射程のミサイルの導入を進めようとしている。 これほど「専守防衛」が膨脹(ぼうちょう)したのはなぜなのか。それは、歴代最長の安倍晋三内閣が憲法との関係をなし崩しにした安保政策転換の積み重ねと無縁ではないだろう。 集団的自衛権の行使を具体化するため15年に成立した安保法制の審議で、安倍氏は根拠として1959年の砂川事件最高裁判決を挙げた。だが、日米安保条約の合憲性が問われ高度の政治性を有するとして司法判断を避けた判決をそう読むことに今も異論は根強い。こうした流れの中に今回の安保3文書改定がある。 政府関係者らは「憲法論議は安保法制で決着済み」と語る。実際、政府は今年に入り、国家安保戦賂改定に向け有識者52人と非公開で意見交換したが、対象は元外務・防衛官僚、自衛隊の元将官、国際政治学者らで、憲法学者はいなかった。憲法は安保政策の規範ではないのか。その意識が政府内で緩んでいる。◆憲法の理念見つめ直す論議を 戦後憲法には、近現代の世界中での惨禍を経て、国際協調により戦争をなくすという理念が流れ込んでいる。外交や軍縮に尽力し、防衛力は9条で保持を禁じた「戦力」とならないよう必要最小限で臨む。それが本来の専守防衛のはずだ。「専守防衛」をお題目にせず、憲法が何を目指しているのかという観点から見つめ直す。そんな論議を国会、特に野党に望みたい。(編集委員・藤田直央)2022年12月20日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ 「安保の行方-膨れあがった『専守防衛』」から引用 朝日新聞に限らず、どのメディアも「政府は国家安全保障戦賂(NSS)など安保三文書を改定した」と、如何にも政府が権威をもって国家の重要事項を記述した文書を厳かに「改訂」したかのような表現をしているが、それはとんでもない間違いである。「安保三文書」などというものは、憲法や法律と違って国会審議を経て承認された文書ではなく、内閣のメンバーの意志確認をするための「メモ」に過ぎない、言うなれば「三文文書」である。そんなものを仲間内で勝手に書き換えるのはそっちの自由かも知れないが、それを「イコール国政の方針変更」の「根拠」であるかのように言いふらすのは、ジャーナリズムの在り方として間違っていると思います。また、政府が憲法を無視して集団的自衛権の行使や「専守防衛」の逸脱を堂々とやるようになったのは、この記事が述べる通り、安倍政権から始まったことで、戦後の長い間堅持してきた「憲法の平和主義に照らして、集団的自衛権の行使は認められない」との方針を、野党との十分な話し合いを拒否して強行採決したものであるから、この際は安倍政権の下で「成立した」とされる安保法制について、当時の野党の質問に十分に応えられなかった諸問題について与野党間で再度審議をやり直して、憲法に照らして認められない「条文」は削除するという「作業」を始めるべきだと思います。
2023年01月01日
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