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元警察官で参政党の初鹿野議員は、選挙戦の最中に「仲間が共産党員により殺害された」などと、ありもしないデタラメを「X」に投稿し、共産党を誹謗した罪を問われ、神奈川県警はその告訴状を受理した、と14日の東京新聞が報道している; 参政党の初鹿野裕樹参院議員がX(旧ツイッター)に「たくさんの仲間が共産党員により殺害」などと投稿したとして、共産党県委員会が提出した名誉毀損の疑いでの告訴状について、県警は13日までに受理した。捜査関係者への取材で分かった。12日付。 県委員会などによると、初鹿野氏は7月7日、Xに「たくさんの仲間が共産党員により殺害され、殺害方法も残虐であり、いまだに恐怖心が拭えません」と投稿し、名誉を毀損したとしている。同8日に謝罪と撤回を求める抗議文を届けたが回答がなかったという。 参政党県連の広報担当者は「警察から受理の通知連絡がなく、事実確認ができていない」とコメントした。 初鹿野氏は元警視庁警察官。7月の参院選神奈川選挙区に立候補し、初当選した。2025年8月14日 東京新聞朝刊 15ページ 「初鹿野議員への告訴受理」から引用 戦前の日本では、警察官が威張りまくっていたため、多くの共産党員が不当に逮捕されて、裁判もなしで拷問されて虐殺された共産党員は「数知れない」と言っていいほどの人数に上るが、共産党員によって殺害された警察官などという「事例」は只の一件もないのが現実であり、初鹿野裕樹の「X」投稿は、まったくのデタラメである。警察官と言えば、普通は「正義の味方」というイメージを持つのが一般的と思われるが、中には初鹿野裕樹のように、自分の「利益」のためには平気でウソをつくという、曲がった根性の者も紛れ込んでいるから注意が必要だ。そういう根性だから警察官が務まらなかった、という事情だったのかもしれないが、いずれにしても彼を参議院議員にしたのは間違いであったことを、神奈川県の有権者は、今回の事件を機会に学習してほしいものです。
2025年08月31日

青森県六ヶ所村に建設中の「原子燃料サイクル施設」は、一通りの工事が終わって安全性の確認が終われば完成するはずだったのが、今から28年前のことだったが、28年前からこの「施設」は繰り返して原子力規制委員会の検査を受けているのに、毎回「不合格」を繰り返してついに28年過ぎてしまったという、いわく付きの「施設」で、この施設が竣工しないために一番困っているのが関西電力で、次回の検査では必ず「合格」を獲得するために、企業の枠を越えて、六ヶ所村の施設に精鋭の社員を派遣することになったと、14日の朝日新聞が報道している; 青森県北東部の六ケ所村にある日本原燃の「原子燃料サイクル施設」。日本各地の原子力発電所で使われた核燃料を運び、再利用できるウランとプルトニウムを取り出す「再処理工場」があり、政府が進める核燃料サイクルの中核となる施設だ。 5月末、甲子園球場約195個分の広いその敷地を訪れると、建屋が整然と並び、関係会社の大小さまざまな工事車両が行き交っていた。敷地内では約1万人が働く。 関西電力は2024年7月、社内で「エース級」と言われる18人をここへ送り込んだ。遠く離れた青森の施設に関電が入れ込むのは、再処理工場を目標である26年度中に稼働させたいから。1997年に完成するはずだった再処理工場は、延期を27回も繰り返している。 さらなる延期となれば、原発を根幹に置く関電の経営を左右しかねない。「ここが動かないと、一番困るのはうちだから。『自社の工場と思って対応する』と言われている」(関電社員) 関電は福井県内に美浜、大飯、高浜の3原発を持つ。核燃料を保管する3原発の燃料プールは、25年3月末時点で88%が埋まる。このままため続けた場合、28年度末ごろには燃料プールが満杯になる計算だ。 地元の福井県からは、使用済み核燃料を県外に運び出すように求められている。関電の現在の計画では搬出先は3カ所あり、このうち本命は六ケ所村だ。28年度から再処理工場に運び出し、30年度までに198トンを出すとする。 関電からの出向者たちの多くは、原燃のてこ入れに送られた。原燃が23年に立ち上げた特別チームに入るなどして、原子力規制委員会による工場の安全性などの審査実務で中心を担う。 「結局すべてゼネコン、メーカー任せ。自分たちで設計図すら描けない」「お作法を知らない」。規制委からの質問に十分に答えられず、姿勢さえ問われてきた原燃の審査の矢面に、関電の技術者らが立つようになった。 規制委の関係者からは「関電のエース級だから審査対応をわかっている。原燃が10回説明するよりも、この人たちが30分説明した方が話が前に進む」との声も。原燃の担当者も、26年度に工場が動く可能性は「確度がある」と期待する。 それでも、計画通りに工場が動くかはまだ見通せない。今年4月の規制委のヒアリングでは「もう全然説明になっていない」「次の竣工(しゅんこう)も遅らせようと考えているのか」と不満の声もあった。 仮に動いたとしても、関電が新たに運び込める使用済み核燃料は年54~78トン。原発から毎年出る105~130トンほどには計算上、及ばない。 残りをどうするか。関電が国内のもう一つの搬出先とするのが、中間貯蔵施設の建設構想がある山口県上関町だ。(野口陽、小川裕介) ◇ 美浜で原発の新設に動き出した関電には、東京電力福島第一原発の事故前から長く未解決の使用済み核燃料の問題がある。何が課題なのか。2回で記す。2025年8月14日 朝日新聞朝刊 13版S 7ページ 「(けいざい+)使用済み核燃料と関電」から「上・エース級18人、『本命』へ投入」を引用 この記事を普通に読み流すと、まるで日本原燃の社員はやる気がないけど関西電力の精鋭社員を派遣して、原子力規制委の鋭い質問にも誠意を持って対応すれば、きっと「検査合格」を勝ち取ることができる、というような筋書きのようにも読めますが、現実の世界はそんなに単純なものではないと思います。過去28年間も「不合格」とされてきた真の原因は、「原子燃料サイクル施設」の発想そのものに、原理的な「無理」が存在するから、何度がんばって見ても「合格」点をもらえなかった、というのが「実態」なのではないか、私はそう思います。第一、世界中で「原子燃料サイクル施設」を実現している国はないのだという「現実」を、私たちは重視するべきで、アメリカもイギリスも、そんなものは無理だんだからやらない、と言ってるのに、日本だけは、原発を止められると困る電力資本に配慮して、いつまでも「今度こそは」と希望の灯火を絶やさないように頑張っている。そういう無理も、いつまでも続けていて良いとは、到底思えません。
2025年08月30日
参政党が躍進した参議院選挙を、私たちはどう理解するべきか、神戸女学院大学名誉教授で凱風館館長の内田樹氏は、10日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 先の参議院選挙結果についていくつかの媒体から取材された。それほど人と違うことを言えるわけではない。ただ、排外主義的で好戦的な公約を掲げた政党が急伸したことについては、それが全世界的な傾向であって、日本固有の出来事ではないと申し上げた。「よその国も日本と同じように政治が劣化している」と言われて「うれしい」という人はいないだろうが、それでも、この選挙結果が世界史的な地殻変動の一つの露頭であるという解釈は検証する甲斐(かい)があると思う。 政治にはいくつかの「層」がある。政治部記者が報道するのは、その表層である。たしかに事実を伝えてはいるのだが、それが「何を意味するのか」については説明してくれない。「何を意味するのか」を書くためには極端な話「遠い遠い昔に、遠い遠い国で」というところから話を始めなければならない。そんな字数は紙幅が許してくれない。 ◇ ◆ ◇ 今起きている出来事は表層での事実報道だけを見ても意味がわからない。単に「道義性、知性において深刻な問題を抱えた人たちが大挙して議員に選ばれた」ということだけである。でも、「日本の有権者は馬鹿だ」と肩をすくめるのは早計である。米国でも日本と似たことが起きているからだ。極右の排外主義的政党が急伸ということなら、ドイツもフランスもイタリアもそうだ。非民主的で強権的な独裁者が支持されているということなら、中国もロシアもインドもトルコもそうだ。それについて「世界中の有権者は馬鹿だ」とせせら笑っても現実についての理解は進まないし、改善の見通しも立たない。もう少し層を深く掘り下げなければならない。 今世界で起きているのは、既存のシステムが機能不全に陥った時に、人間は「動物的な生命力」に強く惹かれる現象の何度目かの回帰であるというのが私の見立てである。今、各国民が選好しているのは「動物的な生気がみなぎった強そうなリーダー」である。「無機的で抑圧的なシステム」対「動物的な生命力」という二項対立で出来事を解釈しようとすれば、必ずそうなる。知性や倫理性や人権思想や「政治的正しさ」は「動物的な生命力」を減殺させる抑圧的システムの加担者とみなされる。そして、このシステムに対抗するために人々は「悪」を選ぶ。 ◇ ◆ ◇ 勘違いしてほしくないが、これは「荒々しく、強い」という古義における「悪」である。「悪源太義平」や「悪七兵衛景清」という呼称にこめられた「悪」である。規範を意に介さず、人々が大切にしているものを嘲笑し、恐れを知らぬ攻撃性によって「システム」を破壊する改革者に人々は喝采を送る。 言うまでもなく、これは危険な現象である。私は武道の師から「ものを壊すには、同じものを創るために要する力の100分の1しか要さない」と教わった。だから、自分を大きく見せようとする人間は必ず「悪」の衣装を身にまとう。自分の力を100倍誇大に表示できるからだ。だから、承認欲求が満たされない人たちは必ず「破壊者」として登場し、「創造者」として登場することは絶対にない。これは「絶対に」と断言できる。 人々が「悪」に惹かれる気持ちを私は理解できる。だが、「悪」の古義が歴史の中でどう遷移したのかは知っておいた方がいい。2025年8月10日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-悪に惹かれる」から引用 既存のシステムが機能不全に陥った時に、人間は「動物的な生命力」に強く惹かれるとは、中々文学的な表現と言えるが、現代の日本で、参政党に投票した人々は「既存のシステムが機能不全に陥った」と思っているのかどうか、私は疑問に思います。多分、「機能不全を起こしているんじゃないか?」といった程度の漠然とした「疑問」を抱いている可能性はあると思いますが、労働環境に恵まれず、十分な報酬が得られないという「不満」については、日本共産党が「それは政府与党が大資本と結託して、悪政をしているからだ」と、客観的なデーターを示して、本来の労働条件はどうあるべきなのか、という「代案」まで示して、明るい未来を手に入れるには共産党への投票が必要だと、戦後80年間、訴え続けてきているのに、社会に蔓延る「反共デマ宣伝」に妨害されて理解されない状況が克服されていない。これが、最大の問題点だと思います。
2025年08月29日
赤澤大臣が毎週毎週、アメリカへ出張して交渉をしていた関税は、結局15%で合意(?)したことになったとの報道について、ジャーナリストの沢木啓三氏は、「しんぶん赤旗」10日・117日合併号に、次のように書いている; 世界経済に混乱を招いている「トランプ関税」。日米交渉の結果、日本への相互関税は当初アメリカが宣言していた25%から15%に引き下げられることで合意したとのことでした。参院選後初の臨時国会で、合意をめぐって与野党間の議論がたたかわされました。 NHKの4日の「ニュース7」は、衆院予算委員会で立憲民主党の野田佳彦代表が日米合意について「合意文書を作らなければ、トランプ政権はどんどん拡大解釈し、日本が『ぼられ続ける』のではないか」と質問したのに対し、石破茂首相の説明を伝えるにとどまりました。 関税の影響については、4日の毎日新聞(電子版)は、トランプ米政権の関税措置を受け、大阪商工会議所が会員企業に実施した2回目の緊急調査で、回答した企業の11・4%が「すでに影響が出ている」と回答したと伝えています。日本経済への打撃は既に現実化しています。 本来、この関税合意をどう考えるべきなのでしょうか。読売新聞が5日の社説で「そもそも日米両国は2020年に貿易協定を結んでいる。国際約束に当たる協定を、米国内にしか適用されない大統領令で反故(ほご)にすることは許されない」と指摘したのは重要です。続けて「現状を放置すれば、法の支配が根底から崩れる」とも述べています。 石破首相は米国の協定破棄を問うていません。「サンデーモーニング」(TBS系、3日)ではコメンテーターの藪中三十二さん(元外務事務次官)が、「15%で良かった、という受け止め方が多いが本来は高い、というところを見失っている」と話しました。「日本は5500億ドルの対米投資をするんだと。81兆円はすごい投資です。アメリカはそのあがりの90%はアメリカが取るという。喜べるような話では全くない」 アメリカ言いなりの日本政府をメディアは厳しく問いただしていくべきです。(さわき・けいぞう=ジャーナリスト)2025年8月10日・17日合併号 35ページ 「メディアをよむ-”米言いなり関税”を問え」から引用 トランプ氏がいきなり言い出した「関税問題」は、なにしろ相手が「常識」とか「法の支配」とは無縁のヤクザみたいな人物なので、常識を盾に論陣を張るにしても、相手に通じない「議論」を主張してみても、只の「独り相撲」になって世間の笑いもの扱いされるのが関の山だから、誰もが的確な発言が出来かねる事態となっているのは、無理もないことと思われます。そんな中で光るのは、日頃保守的と言われている読売新聞の主張で、「日米間には2020年に結んだ貿易協定があるではないか、米国内にしか通用しない大統領令でこの協定を反故にすることは許させません」と、赤澤大臣は日米交渉の席で主張するべきだったと思います。読売新聞も、もっと早い時期に、こういう気の利いた「主張」を繰り返し新聞に掲載して、世論を作り上げて、赤澤大臣を勇気づけるというような「演出」をするべきではなかったか、と思います。
2025年08月28日
日頃から電力会社の裏金で潤っている政府自民党は、見返りに発電会社に対し建設費や運転維持費などを今後20年に渡って支援していくという「メリット」を提供することになったと、10日の「しんぶん赤旗」で、日本共産党・安部由美子氏が解説している; 政府は「脱炭素」に資するとうたう電源を入札にかけ、落札した発電会社に最短でも20年間、建設費や運転維持費などを支援する制度を2023年度に創設しました。原発をはじめ、石炭火発も含めて支援できる対象を次々に拡大し、その費用は電気料金に上乗せして国民に負担を押しつける仕組みです。 ◆ ◇ ◆ 「脱炭素電源への新規投資を促進するため」といいながら、「長期脱炭素電源オークション」の初回応札の約定結果(24年4月公表)は、太陽光と風力はゼロです。火力が2割以上、原子力が3割以上でした。これらの電源(合計で約401万キロワット)とは別枠で、LNG(液化天然ガス)火力が約576万キロワット、100%約定しました。 「なぜLNGが脱炭素電源になるのか」と追及した日本共産党の岩渕友参院議員に対し、政府は「電力需要が増加する見通しに対応するため、比較的短期に建設が可能、他の火力と比較してC02(二酸化炭素)排出量が少ない」と強弁しました。「将来的な脱炭素化を前提とする場合に限り」と強調しますが、50年に向けた脱炭素化への行程表の提出を求めているだけです。気候危機が深刻化し、その打開が急がれているもとで、国際的にも全く通用しない言い訳です。 第2回応札の約定結果(25年4月公表)では、これまで対象外だった既設の原発も対象に加えました。日本原電東海第2、東電柏崎刈羽6号機、北電泊3号機が約定電源の6割以上を占めました。原発が上限価格で落札した場合の20年間の支援策をただした岩測氏に、政府は6・3兆円にものぼると明らかにしました。岩測氏は「事故対策費は事業者の責任で行うべきで、消費者に負担を押しつけるべきではない」と批判しました。 ◆ ◇ ◆ さらに驚くべきことに、第3回入札に向けて「事前に見積もることが困難であった費用」として落札価格(支援額)を1・5倍まで増やせるよう提案しています。(25年6月) 膨らみ続けている支援額の原資は、小売電気事業者などから集め、再生可能エネルギー100%を選んでいる消費者を含め国民に負担が押しつけられます。 東電福島第1原発事故後、政府は「可能な限り原発依存度を低減する」としていましたが、「第7次エネルギー基本計画」(25年2月閣議決定)は、原子力の「最大限活用」と原発新増設を明記し、化石燃料延命を鮮明にしました。 大手電力、財界の要望を全面的に受け入れて、危険で高い電源である原発、化石燃料を使い続ける支援策を次々と打ち出しています。手厚い支援策を背景に、関電は原発事故後初の新増設となる美浜原発の建て替えの方針を打ち出しました。 「危険な原発はゼロに。再エネこそ増やしてほしい」との国民の声は無視して、最長17年も先に稼働する原発や一刻も早く全廃すべき石炭火発の延命のための財政支援である制度は、ただちに見直すべきです。<あべ・ゆみこ> 日本共産党国会議員団事務局2025年8月10日 「しんぶん赤旗」 日曜版 28ページ 「経済これって何?-電気代で原発再稼働・新増設支援」から引用 自民党は、今後20年間発電会社を支援していくために、そのもっともらしい「理屈」として「脱炭素に資すること」を目的にしていたのであったが、だんだんと「化けの皮」が剥がれてくると、「石炭火力」の発電会社も「支援の対象」とするなど、要するに「裏金」に対する見返りなのだという「正体」が露わになってしまっている。朝日や毎日のような日本を背負って立つ大新聞が、この見え見えの賄賂政治を何故批判しないのか、不思議である。大新聞がサボタージュをしている間に、参政党のようなデタラメを絵に描いたような政党が議席を増やす事態となっている。手遅れにならないうちに、正気を取り戻してほしいものです。
2025年08月27日
先月の参議院選挙の街頭演説で「核武装はかえって安上がりです」と発言した参政党さや議員を、8日の「しんぶん赤旗」は、厳しく批判している; 広島、長崎への原爆投下から80年、日本では、核兵器廃絶を求める根強い世論と運動がある一方、米国の「核抑止力」に依存する動きの強まりとともに、「核武装」論が公然と語られる深刻な状況が生まれています。 毎日新聞が7月の参院選で実施したアンケート調査で、当選者の125人中8人が「(日本は)核兵器を保有すべきだ」と回答しています(1日付)。8人のうち参政党が6人を占めます。同紙は「2022年以前の近年の国政選挙の当選者で『保有すべきだ』との回答はゼロか1人だったが、参政が議席を伸ばしたことで急増した」と指摘しています(残りは自民党1人、日本保守党1人)。■被爆者に言えるか 今回の参院選では、東京選挙区で初当選した参政党のさや氏が選挙中のインターネット番組で「核武装が最も安上がり」と公言しました。 広島、長崎で地獄のような惨禍を経験し、「核兵器は絶対に人類と共存できないし、させてはならない」と訴えてきた被爆者らの思いを踏みにじる許しがたい発言です。「被爆者の前で同じことを言えるのか」と厳しい批判がわき起こったのは当然です。唯一の戦争被爆国の政治家として、まったく資質を欠いていると言わざるを得ません。 「核武装」が安価だと言うのも、同氏の無知ぶりを示しています。 核兵器の研究・開発、製造、維持だけでも兆円単位の費用がかかると指摘されています。核を搭載する弾道ミサイルや爆撃機、潜水艦、核貯蔵庫なども必要で、新たな軍備の増強、いっそうの大軍拡をもたらします。 広島市の松井一実市長も「(核武装は)決して安くない。的外れだ」と批判しています(1日の記者会見)。 「核武装」は日本を守る「抑止力」として働くどころか、中国や北朝鮮など周辺国との核軍拡競争を引き起こし、東アジアの軍事緊張を激化させ、一触即発の事態を招きかねません。■平和に極めて有害 そもそも日本は、核不拡散条約(NPT)に加盟しています。同条約の締約国は日本を含め191カ国・地域に上り、米英ロ仏中の「核兵器国」以外の国は核兵器の製造・取得が禁じられています。 日本が「核武装」に進めばNPTの義務違反となり、国際的に孤立することは明らかです。核・ミサイル開発を進める北朝鮮と同じように、経済制裁を加えられることにもなりかねません。 しかも、日本の「核武装」は、歴代政府が国是としてきた「非核三原則」(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)を放棄することになります。唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶を世界に訴える足場も失ってしまいます。 憲法9条に基づく「平和国家」としての国際的な信用も失墜するでしょう。 日本の「核武装」は、人道的・道義的にも、財政的にも、国際法的にも非現実的で、あまりにも浅はかな暴論です。日本と東アジアの平和と安全にとっても有害極まりないものであり、発言は撤回すべきです。2025年8月8日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「主張-『核武装安上がり』論、被爆国・政治家として資格なし」から引用 「核武装が最も安上がり」という発言には根拠がなく、単に普通の常識がある人間なら言わない暴論を敢えて言うことによって人目を引くのが作戦で、参政党に所属する者はみな、その辺の「呼吸」を理解しており、神谷代表に至っては、投票翌日に記者から選挙中の発言について質問されて「あ、あれは、選挙期間中だから、そりゃあ皆さんの気を引くために色んなこと言いましたけど、これから再度吟味して、やれること出来ないことを選別していくんですよ」と悪びれる様子もなく、無責任な性格を丸出しにして、どういう人格なのか、真っ昼間のNHKニュースで全国放送して、誰もが周知する事態となってます。それでも参政党の支持率が落ちるわけでもなく、参政党も参政党なら、それを支持する有権者も有権者だといった有様です。
2025年08月26日
東京、大阪についで3番目にヘイトデモが多いと言われる愛知県で、弁護士の団体が「差別撤廃条例を作ろう」と市民に呼びかける集会を開いたことを、8月10日の神奈川新聞は、次のように報道している; 愛知県で実効性のある人種差別撤廃条例を作ろうと呼びかけるシンポジウムが9日、名古屋市の会場とオンラインで開かれた。ヘイトスピーチやヘイトクライムによる取り返しのつかない被害を踏まえ、パネリストらは川崎市のように罰則を設け、強制的に規制することが必要だと訴えた。 主催したのは愛知県弁護士会。同県では東京、大阪に次ぎ全国で3番目に多いヘイトデモが行われ、放火などヘイトクライムも相次ぐ。川崎市条例は言動による差別に罰金刑を設けているが、同弁護士会は今年2月、入居差別など差別的取り扱いも罰則対象に含んだ条例を求める意見書を公表している。 シンポでは、在日本大韓民国民団愛知県本部の趙鐵男さんは2021年、自身の子どもが通う韓国学校が放火されたヘイトクライムを振り返った。「在日コリアンであるという理由で徂われ、子どもがアイデンティティーに劣等感を持ってしまったら」と言うなり声を詰まらせ、癒えない被害の大きさと終わらない恐怖をうかがわせた。 北村聡子弁護士は関東大震災時の朝鮮人虐殺のように差別はジェノサイド(集団の殺害)に行き着くと指摘。審査会委員として東京都人権条例に基づくヘイト事例の公表に当たった経験から、「啓発では悪意のある差別者は止められない。川崎市のような罰則条例を各地で作り、行き場所をなくすしかない」と説いた。 フリーライターの安田浩一さんは歯止めがかからない埼玉県でのクルド人ヘイトの現状を報告した。クルド人は口々にまちを歩くのも怖いと言い、女子中学生は自分たちがどのようなヘイトスピーチを向けられているのか毎日スマートフォンでチェックしているという。「そのような生活を強いる社会でいいのか。愛知県は日系ブラジル人やベトナム人、中国人の技能実習生も多い。実効性のある条例を作り日本のモデルにならなければいけない」と呼びかけた。(石橋学)2025年8月10日 神奈川新聞朝刊 18ページ 「作ろう差別撤廃条例」から引用 以前はJR川崎駅前でも、レイシストの団体がよく集まってヘイトデモをしておりましたが、川崎駅前に集まった市民の熱心な活動が実って、川崎市議会は全国に先駆けて、罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例を制定することができました。その甲斐あって、それまでは執拗に駅前でヘイトデモを繰り返していたレイシスト達が、今は別の町へ行ったらしく、川崎駅前は平和な町になりました。日本に暮らす人々にとってファーストだのセカンドだのという序列があってはならないのであって、私たちの憲法が示すように、すべての人々が平等なのですから、憲法の理念が活かされるように、日本中の自治体が差別撤廃条例を制定するべきだと思います。
2025年08月25日
日本の政界で参政党が急に議席を増やした状況について、民主主義研究が専門のラリー・ダイアモンド氏は、毎日新聞のインタビューに応えて、次のように述べている; 民主主義研究で知られる米スタンフォード大のラリー・ダイアモンド教授に、7月に行われた日本の参院選で「参政党」が躍進したことや、揺らぐ民主主義をどう守るのかについて聞いた。【聞き手・ワシントン西田進一郎】<民主的価値 教育努力を>――7月に行われた参院選では、新興の「参政党」が議席数を大幅に増加させました。 ◆明らかに懸念すべき事態だ。これまで専門家は、日本の特異性という謎を解き明かそうとしてきた。なぜ日本では、欧米で見られるような右派やリベラル派の政党もしくは勢力が大規模に台頭しないのかと。しかし、日本はもはや完全な例外ではないということだ。 参政党の特徴は、日本の状況に適合しているものの、どこか既視感がある。台頭してくる政党の背景には共通する根本的な構造がある。 一つは、若者が今のシステムは自分たちに向き合っていないと感じ、疎外されていると感じていることだ。親世代が享受した経済的機会や経済的安定は無く、個人としての成功のビジョンも提供されていないように見えている。そうなると、若者は他の国から来た移民らに目を向け、自分たちの機会を奪っていると感じる。 日本や米国、ドイツでは、主要政党が権力に安住している。法的には腐敗していないかもしれない。しかし、政治の進め方や政策決定をめぐっては、企業や富裕層が政府に求める恩恵との間の利害関係で「腐敗」している状態に見える。これはポピュリズムが繁栄し、選挙で台頭する肥沃(ひよく)な土壌になる。――出口調査によると、参政党は若年層における支持率が高いという傾向でした。 ◆私もそのデータを見たが、各政党は若者の不満や希望に耳を傾け、対応する必要があるという警告のサインだ。 同様の傾向は、右派だけでなく、左派のポピュリスト勢力にも見られる。 6月にあったニューヨーク市長選の民主党予備選で、30代のゾーラン・マムダニ州下院議員が勝利したのもその例だ。民主社会主義者を自称し、家賃値上げの凍結や企業・超富裕層への増税など急進的な公約を掲げ、若者を中心に熱狂的に支持された。一部の右派ポピュリストのように独裁的ではないが、率直に言って極端に左寄り過ぎる。 米国では今年大きな選挙はないが、ニューヨーク市を含む一部の自治体と二つの州で11月に選挙がある。トランプ大統領と熱心な支持層であるMAGA(米国を再び偉大に)派が望んでいるのは、マムダニ氏が市長選で勝つことだ。民主党全体を、社会主義者であり、極左であると特徴づけることができるからだ。――世界中で出現しているこうした傾向に、どう対処すればよいのですか。 ◆市民はまず、民主主義を当然視するのではなく、世界における自由の未来にとって極めて困難で運命的な時代にあることを認識すべきだ。民主主義のガードレールと原則を守るために活動する必要がある。 また、この状況に対して受動的であってはならない。世界中の民主主義国家は、民主主義と民主的価値は自然に浸透していくものだと仮定している。しかし、民主主義と民主的価値に関する教育、その手法や技術が、現代社会において若者のいる場所で効果的に伝達されなければならない。学校教育のシステムやソーシャルメディアなどの手段を創造的に活用する検討が必要だ。 ソーシャルメディア全般に関しては、有害である分極化や陰謀論、自由民主主義への攻撃に対処するための戦略が必要だ。ソーシャルメディア企業に対し、アルゴリズムの開示を可能にするなど、より責任ある透明性を求める取り組みが必要だ。――政府が取り組むべきことはありますか。 ◆ロシアや中国などの専制国家が、ソーシャルメディアへの偽情報の流布などを通じ、特に欧州や米国を含む民主主義諸国の政治に介入しているというより広い文脈の上でこの問題を認識する必要がある。日本もその対象になっている。独裁的権力に対抗するための政策と戦略が必要だ。 日本と欧州は、米国の先導に従い、民主主義国家基金の設立や民主主義機関、市民社会団体やマスメディアなどへの資金提供を強化する必要がある。欧州は欧州民主主義基金を設立したが、十分な資金を提供していない。日本はこうした行動を起こしていない。 世界には自由と民主主義の存続をかけた戦いが存在し、日本は最も重要な役割を担っている。はっきり言わなければならない。日本は世界最大の自由民主主義国家の一つでありながら、他国の民主的機関や戦いを支援する努力を欠いている。世界的な独裁的傾向と戦うために努力を惜しんではならない。<人物略歴>ラリー・ダイアモンド(Larry Diamond)氏 1951年生まれ。米政治学者で、スタンフォード大フーバー研究所のシニアフェロー。世界における民主主義の退潮をいち早く指摘してきた。著書に「侵食される民主主義」(邦訳版は勁草書房)など。2025年8月9日 毎日新聞朝刊 13版 7ページ 「変容するアメリカ-急進的政党、若者の不満反映」から引用 この記事は、いかにも学者らしい穏健なものの見方のように思われます。新聞が報道する欧米の経済状態は、経済成長に伴って人件費もそれなりに向上しており、さすがに健全な労働運動が存在する社会の状況が反映されているのだと思って見ておりましたが、欧米ではそれでも庶民は不満を感じて、ことあるごとに極右勢力が得票を増やす傾向にあるのに比べ、日本では巧妙に労働運動が抑え込まれ、「労使協調」などというデタラメな標語に騙されてまともな労働運動が出来ない環境に慣らされてしまったため、労働者としての「自覚」も「権利」も忘れ去ってしまったという「致命的な欠陥」が、この記事には言及がない。こういう曖昧な記事を、大手の新聞が掲載しているうちは、ブルジョア支配の社会が続き、そのうちにファシズムが根を張っていくのだと思います。
2025年08月24日
世界最大の核保有国アメリカでは、どのようにして核開発が行われたのか、明治大学教授の石山徳子氏は、9日の毎日新聞で次のように述べている; 米西部ニューメキシコ州で人類初の核実験が行われてから今年で80年となった。「『犠牲区域』のアメリカ 核開発と先住民族」(岩波書店)などの著書がある石山徳子・明治大教授(人文地理学)に米国の核開発の根底にある差別意識について聞いた。 軍事目的から始まった米国の核開発の歴史は、社会的に弱い立場にある人びとや、価値が低いとみなされる土地を踏みつけて発展した。問題の根底には「セトラー・コロニアリズム」(入植者植民地主義)がある。すなわち、先住民族の土地を奪い、新たな国家を築いた米国の成り立ちが、核をめぐる不正義と密接につながってきた。 国家の安全保障や戦争が絡むと、福祉を犠牲にすることが「やむを得ない」と正当化されがちだ。ウラン開発から廃棄物処分に至る核開発のそれぞれの段階、場所で最前線に置かれた人びとが、国の論理の中で見えない存在に追いやられてきた。 例えば、冷戦期に多くの大気圏内核実験が行われた米西部ネバダ州の実験場は「クレーター」だらけだ。かつて先住民族の人びとが暮らした場所が壊され、文化が軽んじられ、心や体が傷つけられた。核問題についてのさまざまな議論の中でも多くの場合、そのような視点は抜け落ちてきた。 政策決定に自ら関わったトリニティ実験の風下住民の闘いは、押しつぶされてきたものを回復するプロセスであり、その意味では「脱植民地化」と言い表すことができるかもしれない。 差別と抑圧のシステムによる不正義は、日本の公害などを含む多くの環境問題に共通する構図だ。人種、民族、社会経済的な状況など、さまざまな側面から周縁化されてきた人びとの声に耳を傾けることで、それぞれの問題が実はつながっていることが見えてくる。【聞き手・八田浩輔】2025年8月9日 毎日新聞朝刊 13版 7ページ 「米の世界初実験『トリニティ』 核開発、弱者踏みつけ発展」から引用 日本が戦争に負けて80年目の今年は、人類初の核実験が行われてから80年目でもある。アメリカで核兵器を開発するに当たって使用された土地は、先住民が先祖代々暮らしてきた土地であったが、今では度重なる核実験で汚染されて、あらゆる生き物の生存が許されない環境と成りはててしまっている。実に罪深い仕業と言うほかありません。
2025年08月23日
戦後80年の8月15日を目前にした8月9日の毎日新聞は、専門編集委員・伊藤智永氏の次のようなコラム記事を掲載した; 戦後80年は盛り上がらなかった。二つの理由を指摘したい。ジャーナリズムが戦争体験者の証言に安直に頼りすぎたこと。国の公式「戦後談話」が途絶えること。 3日に東京の九段会館(旧軍人会館)で、「記憶を伝えるということ」と題する戦後80年記念シンポジウムを聴いた。主催は、戦没者遺族をはじめとする国民が経験した戦中・戦後の労苦を後世代に伝えるための国立博物館「昭和館」(厚生労働省所管)。2人の印象的な発言を紹介しよう。 まず「人の証言を生で信用してはいけない」と切り出したノンフィクション作家の保阪正康氏。 幾千人もの戦争体験者に取材した経験から、証言は1対1対8の割合に分かれていたという。 1割は、資料で調べた史実と感情をきちんと分けて、本当のことを正直に話す誠実な人。旧軍上層部にもそういう人はいた。 次の1割は、初めからウソを言う人。軍の位を尋ねて「中佐だった」「特攻隊にいた」と答えたら、たいていはウソ。自分の精神的充足感を得たいのだろう。 「残る8割は私たちだ」。意図せず記憶を操作し美化する。つらい記憶を忘れる。でも人間はそれが当たり前。聴いていると、この人はここが違うな、この人にはアレがあるんだな、と気づく。 「どこまでが事実に近いか、なぜこんなウソを言うか、見抜く目を持ち、証言の裏を取り、分析しなければいけない。聞いたことをそのまま書く垂れ流しジャーナリズムが多い。恐るべき歴史の曲解が出回ることになる」 もう一人は、20代から旧海軍の膨大な史料発掘・証言収録を続け、昭和館設立に尽力した呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の戸高一成館長。30代で戦記物専門出版社社長も務めた。前任社長の助言を今も胸に刻んでいる。 「戸高さんね、戦争でつらかったとか苦しかったという人の話、あれはウソだよ。本当に苦労して悲惨な目にあった人は死んでいる。奇跡のような幸運をつかんだ人だけが生きていて話す」 以前、戸高氏から別の言い方も聞いた。「戦争には3通りの歴史がある。勝者と敗者と死者と。肝心の死者たちは何も話せない」 私たちは記憶を何とか言葉にしようとする。そこにすでにウソが始まる。心底大切なこと、思い出したくないからこそ伝えたいこと、残さなければいけないことは、言葉にできない、したくないと、誰もが知っているはずなのに。 そうして、戦後談話も出せない日本になった。2025年8月9日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-戦後談話も出せない日本」から引用 この記事の「戦後談話も出せない日本」というタイトルは、戦後50年から10年毎に「戦後談話」を出してきた日本政府が、80年目の石破内閣でその「談話」を出せなくなったことを指したものと理解できるのだが、記事の内容は、正確な戦争体験を話す者は全体の1割に過ぎず、8割の人間は意図せず記憶を操作し美化するから、史実を継承することが難しい、そうして戦後談話も出せない日本になったと、何か良いわけがましい、取って付けたような、変な記事になっているように思います。取材に応じた人物の証言が疑問だと思ったら、政府や防衛省が保管している史料を調べて裏をとって、「取材したら証人はこう言ったが、史料にはこう書いてあった」と報道するのが新聞社の仕事ではないのか、と思いました。 選挙で大敗した自民党・石破総裁には、党内で「石破降ろし」を唱える者がいるとのことだが、自民党大敗の原因は、裏金議員や歴史改ざんの西田昌司議員の責任なのであって、これらの問題議員を処分しないでトップを代えたところで議席回復など不可能だ、というような論陣を張るのが新聞社の仕事ではないのかと思います。読売新聞などは投開票日の翌日に「石破首相辞任」などと大書した「号外」まで印刷して街頭で配っておきながら、読売新聞は虚偽報道を謝罪するわけではなく、同業他社の新聞からも「批判」の「ひ」の字もない、そういう新聞しかない社会だから、「戦後80年談話」が出せない日本になったのではないかと、私は思います。
2025年08月22日
イスラエル軍兵士によるパレスチナに対するジェノサイドについて、文筆家の師岡カリーマ氏は9日の東京新聞コラムに、次のように書いている; ガザ帰りの英国人医師ニック・メイナード氏によれば、支援物資の配給所周辺でイスラエル兵に銃撃され病院に搬送される青少年の傷には、あるパターンがあるという。その日によって、複数の患者が体の同じ部位を撃たれているというのだ。ある日は首、またある日は頭、または股間、など。兵士たちの射撃ゲームの類ではないか、と。 何年も前、ヨルダン川西岸の占領地で、練習帰りのサッカー少年たちが狙撃兵に足を撃たれたとの報道を思い出した。今のように、ガザ市民が爆弾と銃弾と人為的な飢餓で殺されている極限状態ではない。パレスチナ人の普通の日常の中で、そういうことが普通に起きていた。目的は明らかだ。パレスチナのあらゆる未来を抹消することだ。それが無限に拡大されて着々と執行されているのが、今のガザなのだ。 メイナード氏によればガザ入りする多くの外国人医師は、飢餓から命を救う乳幼児用の粉ミルクを隠し持っているが、国境で荷物検査を行うイスラエル軍が粉ミルクだけは必ず没収するという。 この飢餓がたとえ明日終わっても、極度の飢えが壊した幼い体は簡単には治らない。これもまた、生き残ったパレスチナ人の未来さえ殺す行為だ。正真正銘のジェノサイド(民族大量虐殺)であり民族浄化だ。それを見ているだけの人類の人間性もまた、不可逆的に壊れていく。(文筆家)2025年8月9日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-正真正銘のジェノサイド」から引用 ユダヤ人がエルサレムを中心にして王国を建設して住んでいたのは紀元0年の頃で、紀元200年頃には隣国と戦争をして滅ぼされ、そこの住民だったユダヤ人はロシア、ウクライナを始め、ポーランドやイタリア、ドイツ、スペインなどへ移住したのであったが、どこでもことある毎に民族差別に会い、やがてシオニズムと称する運動が始まって、主にロシアに居住していたユダヤ人がエルサレム地区に戻ってきて、英米の後押しを得てイスラエルを建国したのであったが、この時に英米はそこがパレスチナ人が暮らす地域であることを無視して、勝手に「イスラエル建国」を宣言するという暴挙を行ったのが、現在の混乱の元凶であった。イスラエルの残虐非道な行為に、国際社会が「止めろ」と言えないのは、実に嘆かわしい事態である。
2025年08月21日
日頃から週刊新潮に右翼気取りの変な記事ばかり書いている高山正之が、いきなり朝鮮半島にルーツを持つ俳優や作家に対するヘイト記事を書いたことについて、雑誌編集者の篠田博之氏は3日の東京新聞コラムに、次のように書いている; ついこの間までアメリカの話と思っていたが、外国人排斥をめぐって日本でも分断が深まっているようだ。参政党の躍進に危機感を抱いた既存メディアでは同党への批判がさらに拡大している。 『サンデー毎日』8月10日号では特集にも「排外主義に市民権を与えてはいけない」(元外務審議官・田中均さん)といった記事が載っているほか、青木理さんはじめ、コラムの多くが参政党批判だ。 『週刊文春』8月7日号は前号に続いて「参政党の化けの皮」という特集を掲載。「神谷ファミリー企業の資金源は『在日は死ね』ヘイト経営者だった!」「安藤裕参院議員 美熟女タレントとW不倫証拠メール」と、カネと女で攻めているのが同誌らしい。 『週刊新潮』8月7日号も「大躍進『参政党』と『マルチ商法』はやけに似ている」と特集記事で同党批判を続けている。 最近の同誌の参政党批判はかなりの熱を帯びているのだが、ただここへきて物議をかもしているのが巻末の右派論客・高山正之さんのコラム「変見自在」だ。8月7日号では、参政党批判を続けるTBS『報道特集』の山本恵里伽キャスターを「露骨な偏向報道」と非難している。 物議をかもしているのはその前号で、同コラムが「日本人を装って日本を貶(おとし)める外人」として俳優の水原希子さんや作家の深沢潮さんらをやり玉にあげたことだ。コラムニストの武田砂鉄さんはSNSで「俳優と作家の名前を唐突に出し、出自から揶揄(やゆ)するあまりに酷(ひど)い内容」と批判した。作家の間でも反発が広がっており、深沢さんは近く抗議の会見を開くという。 「週刊新潮」は元々、右派雑誌で、高山さんのコラムはその名残と言えるのだが、この10年ほど同誌の誌面は変わりつつある印象を受ける。参政党をめぐって同じ誌面に論調の違う記事が載るのもその反映かもしれない。 そもそも深沢さんは新潮社からデビューした作家だ。以前から新潮社の文芸部門と雑誌部門は別会社と思われるほど乖離(かいり)していると指摘されてきたが、今回の件は、展開によっては新潮社に深刻な事態をもたらすかもしれない。(月刊『創』編集長・篠田博之)2025年8月3日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「週刊誌を読む-俳優・作家の出自、やり玉」から引用 新潮社と言えば、日本でも指折りの一流作家の作品を出版する会社ということになっているが、一皮むけば週刊誌に高山正之みたいな者の記事を掲載して、要は金に汚い出版社という「正体」を隠して商売をしているというのが実態なのである。この会社は何年か前にも、結構人気のある文芸雑誌に杉田水脈のヘイト丸出し記事を掲載して世論の反発を買い、結局その雑誌を廃刊にするという事態を引き起こしている。この度の事態もそれと似たようなものだから、新潮社としては日本でも指折りの文学出版社の矜恃という意味で、週刊誌編集部を全員懲戒解雇して世間に対してけじめをはっきりさせるべきだと思います。
2025年08月20日
参議院選挙で過半数を割ってしまった自民党では、一部に「責任を取って辞任」を要求する声もあるそうだが、当の石破氏は「辞める気はない」ことについて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、2日付けの同紙コラムに、次のように書いている; いろいろな人が夜な夜な石破茂首相に激励の電話をかけている。「負けるな。国政選挙はあと3年ない。自分から辞めると言わない限り、自民党総裁任期の2027年9月までできる」。石破氏の答えは省くが、「意気軒高」という受け取め方は共通している。 ライバルの前例を思い出す。安倍晋三氏が1回目の首相辞任を表明したのは、07年7月末の参院選で自公過半数割れの大敗を喫してから45日後。8月いっぱい粘り、9月10日に臨時国会を召集。所信表明演説も済ませ、12日午後1時から本会議で各党代表質問に臨む1時間前だった。 同日午前、答弁を点検する会議で安倍氏は秘書官の助言に「はい、はい」とうなずくだけ。正午、首相執務室から秘書官室に井上義行政務秘書官(現参院議員)が飛び出し「(与謝野馨)官房長官呼んで。(自民)党三役も呼んで」と言った。駆けつけた麻生太郎幹事長らは執務室から出ても無言。「どうなっているんだ」と騒ぐ秘書官たち。本会議開会14分前、テレビが「首相辞任の意向」を報じ、井上氏は初めて秘書官らを集め「辞意表明する」と告げた。 安倍氏は敗色濃厚な参院選中から、「負けても続投」と決めていた。選挙直後、石破党総務らは辞任を迫ったが、安倍氏が8月中下旬、東南アジアへ外遊し、内閣改造に着手すると「安倍おろし」はうやむやになった。 退陣理由は腹痛とされたが、約2週間で退院したので「臨時代理を置けたはず」との疑問は拭えない。民主党の小沢一郎代表に突っぱねられて国会の見通しが立たず、投げ出したのが真相だ。もうダメだと分かっていても、本会議1時間前まで言い出せなかった。 首相が代わろうと、自民党の苦境は変わらない。だから後任の福田康夫首相は、小沢氏と「自民・民主大連立構想」で合意し、失敗すると野党との対立を深め、やはり1年で政権を放り出した。 次の麻生太郎首相も、なってはみたものの、1年で衆院議員任期満了目前の「追い込まれ解散」で衆院選に大敗。自民党は下野した。2人は、安倍氏の残余任期2年をふさいで終わった。 今の自公衆参過半数割れは、再登板した安倍長期政権のおごりと腐敗が招いた。「岩盤」ともてはやされた移り気な「ムード保守」票を呼び戻してどうなる問題ではない。石破氏が辞めて表紙を替えても、きっと残り任期を埋めるだけ。下野するのが筋である。 旧安倍派の「石破辞めろ」、野党支持者の「石破辞めるな」。どっちもおかしい。(専門編集委員)2025年8月2日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-え、あと2年石破さん?」から引用 この記事の末尾には「石破辞めろ」も「石破辞めるな」もどっちもおかしいと書いているが、最近の報道では「石破辞めるな」の声が益々強くなって、石破首相の支持率は向上しているらしい。私は「石破辞めるな」はまともな人間の「声」だと思います。思い起こせば、安倍政権の腐敗ぶりはひどいもので、森友学園に安倍夫妻が関わっていたことを隠蔽するために東京と大阪の財務局担当者がやり取りした記録が1万数千ページにのぼるというのだから、どれだけ悪質な事件であったかが知れるというものです。そんな人物が銃撃で死んだからといって「国葬」にした岸田首相も、首相としてはかなり問題のある人物だったと思います。そういうろくでもない者ばかりの自民党の中で、珍しくまともな言動をしているのが石破氏で、今月の広島・長崎や武道館での式典で、官僚が書いた作文を棒読みするのではなく、自らの言葉で「平和の尊さ」を語ったのは、多くの国民に好印象を与えたと思います。その調子で、残りの2年を「元安倍派・裏金議員」を党内から一掃する仕事に邁進してほしいと思います。
2025年08月19日
ウソとデタラメを寄せ集めて「これが本当の日本の歴史だ」と言いふらして参議院選挙で14議席も獲得した参政党・神谷宗幣代表について、2日付け毎日新聞は栗原俊雄記者の次のような批判記事を掲載した; 7月20日に終わった参院選で、参政党が大きく議席を増やした。 注目されるにつれ、医療や外国人、安全保障に関する立候補者や党員の問題発言が批判を浴びた。 私は日本近現代史を担当する記者として、歴史にまつわる事実誤認の発言が気になっている。◆実際にあった日本兵の住民殺害 たとえば沖縄戦だ。 太平洋戦争末期、日米両軍の地上戦で20万人以上が亡くなり、日本側の犠牲者およそ18万8000人のうち、半分は住民だった。 参政党の神谷宗幣代表は5月10日の青森市での街頭演説で「日本軍の人たちが沖縄の人たちを殺したわけではない」などと発言した。 日本兵による住民殺害があったことは、生存者の証言や専門家の研究で明らかだ。神谷代表はこれを全否定したことになる。発言に強い批判が寄せられたのは当然だ。 7月8日に同じ青森市内で街頭演説した際には「謝罪と訂正を求められたが、一切しない」と述べた。 その上で「多くの(沖縄)県民が亡くなったのはアメリカの攻撃によってであり、例外的に悲しい事件があった。大筋の本論を曲げないでほしい」と反論した。 ことの重要性からして「例外」と片付けていい問題ではない。住民を守るはずの軍が住民を殺害したことこそ、大日本帝国の戦争を物語る「本論」なのだ。◆「中国大陸侵略はウソ」の間違い 6月23日、那覇市での街頭演説では、神谷代表は大日本帝国の戦争についてこう述べた。 「(日本は)中国大陸の土地なんか求めてないわけですよ。日本軍が中国大陸に侵略していったというのはウソです。違います。中国側がテロ工作をしてくるから、自衛戦争として、どんどんどんどん行くわけですよ」 日本は日露戦争に勝って旧満州(現中国東北部)での権益を得て以来、中国侵略を進めていった。1931年に関東軍(日本陸軍の組織)の暴走で満州事変が起き、32年に日本のかいらい国家「満州国」が建国された。 その後、37年に日中戦争が始まり、陸軍は中国各地に侵攻した。「土地を求めていなかった」とは、到底言えない。 中国側は、日本軍に抵抗した。もし、日本も外国に侵攻されていたら、当然ながら軍民ともに抵抗したはずだ。それをもって「テロ」と断じるのは無理がある。◆東条英機は中国との和平を求めた? 神谷代表はこうも述べた。「大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争ではありません。真珠湾攻撃で始まったものではありません。日本が当時、東条英機さんが首相でしたけど、東条英機を中心に何を外交でしようとしていたかというと、アメリカと戦争をしないことです。中国と和平を結ぶ。当時、中国ってないですけどね、支那の軍閥、蒋介石や毛沢東、張学良、ああいった人たちと、いかに戦争を終わらせるか、ということをやるんだけど、とにかく戦争しよう戦争しようとする人たちがいるんですよ。今も昔も」 東条の前の首相、近衛文麿は対米戦争の回避を模索した。41年10月12日、東条陸相、及川古志郎海相、豊田貞次郎外相、鈴木貞一企画院総裁を私邸・荻外荘に集め、対米交渉について協議した。 その席で東条は米国が求めていた中国からの撤兵を拒否した。対米外交の見通しを失った近衛は4日後に内閣総辞職し、昭和天皇の指名を受けた東条が後継の首相に就いた。 東条は、一貫して対中・対米強硬派であった。首相就任後、対米戦争を決断した。神谷代表が主張する「中国との和平」を模索したというのは、史実に反する。 開戦の経緯についても、神谷代表の発言には疑義がある。 「大東亜戦争」とは日中戦争と41年開戦の対米英戦などを含んだものの総称で、41年12月12日、時の東条内閣が閣議決定した。 この戦争を仕掛けたのが日本でなかったとしたら、どこなのか。中国なのか、あるいは別の国や国際的団体なのか。◆質問への回答なし 私は参院選終了後、参政党に質問を送った。 (1)日中戦争が日本軍の「自衛戦争」だった、東条が中国との和平を結ぼうとしていた、ということの根拠(文献資料や証言など)は何か (2)「戦争をしようとする人」とは、誰、もしくはどんな団体か――を尋ねたが、期日までに回答はなかった。 大日本帝国の戦争は、東条ら当時の為政者たちが主体的に始めた戦争だった。 国力に見あわない対米戦争をどうやって続けるつもりだったのか。まず東南アジアを押さえて、石油などの戦略物資を確保する。それで長期戦に備えるという構想だった。 他の国や民族の事情などおかまいなし。「欧米の植民地支配からアジアを解放する」が建前だったが、実態は他国や他民族を侵略し、帝国に都合のいいように植民地を再編するための戦争だった。 敗戦が確実になってからも、為政者たちは「国体護持」のためにずるずると戦争を続けた。その結果が沖縄戦であり、広島・長崎への原爆投下だ。 過去につながらない未来はない。 戦争について「信じたい歴史しか信じない」というような「歴史認識」の先には、再びの過ちしかない。史実をきちんと認識してこそ、未来は開ける。 敗戦から80年の8月に、そのことを確認しておきたい。【専門記者・栗原俊雄】2025年8月2日 毎日新聞朝刊 13版 6ページ 「現代をみる-『信じたい歴史』の先の闇」から引用 この記事が解き明かしているように、参政党・神谷宗幣氏が発言した「日本の歴史」は、ことごとくウソでありデタラメである。ウソを承知で発言したのであれば悪質であるし、ろくに勉強もしないで「多分、こうであったに違いない」という本人の「希望(?)」を、ついうっかり「こうだったのだ」と演説してしまったのであれば、軽率のそしりを免れません。いずれにしても、私たちはこのようないい加減な発言に惑わされることなく、自国の将来を考えるべきであり、同時に、いい加減な発言をする公人に対しては、相応の責任を追及していくべきだと思います。
2025年08月18日
参政党が1議席から一挙に14議席と躍進した7月の参議院選挙について、専修大学教授の山田健太氏は7月27日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 大ヒットしている映画「国宝」と大躍進の参政党-。それを支えるファンの共通キーワードは「人生最高」のようだ。こんな素晴らしい映画に、人生で初めて出会った。交流サイト(SNS)の演説を聞いてマジ感動し、生まれて初めて街頭演説に来た。こうした「最高」や「初」尽くしの声が、満面の笑みとともにテレビのインタビューから続々流れてくる。その熱がさらに周りに伝播し、大きな熱風となって日本全国を覆っている。 しかもいったんハマってしまうと、その渦の中から抜け出すのも大変だ。自分はそれほどと思っても、それを声に出すことははばかられ、プラスの感想にうなずく人も多かろう。同調圧力が強い日本社会では賛同の声だけが拡散していくことになりがちだ。しかもアルゴリズムの結果、同じような情報や意見ばかりが、目の前のスマートフォンの画面に現れることになる。特にテレビ等のマスメディアが大きく取り上げると、XやTikTok等のSNSで検索をし、さらにその渦の中に自ら飛び込む結果となっている。 ◇ ◆ ◇ こうした熱狂の中では「都市伝説」も生まれ広がる。尿意を抑えるものとして昔は大福を食べるとよいとされていたが、いまはもっぱら鹿児島の名産ボンタンアメだ。大長編の「国宝」のヒットに合わせるように、売り切れ続出のネット記事があふれ、それを見てさらにうわさが広かっている。そこでは、それが真実かどうかは大事ではなく、信じることが大切ということだ。 同じことが政治の世界でも起こっていて、真偽不明の発言が独り歩きし、それが話題を呼びさらなる人気の原動力となっている。報道各社のファクトチェックまとめサイト(Journalism.jp)を見ても、圧倒的に参政党代表や候補者の発言、外国人政策関連がチェックの対象となっており、そのほぼすべてが「誤」判定を受けている。 しかし、SNSで目立つのはこうした偽・誤情報であり、あえていえばデマであるほど面白く、だからこそ数多く拡散される。ネットの世界ではメジャーな言説となり、結果として事実として信じられてしまう。 ◇ ◆ ◇ 祭りは終わった。勝ち負けがつき候補者それぞれは明暗が分かれ、政党でいえば39が大敗で14は大躍進だそうだ。早速、大手メディアは政局に話題が移り、次の総理や連立組み合わせの予想に余念がない。確かにそれらによって、政策実現性が変わってくることにはなろうが、選挙期間中の主役に祭り上げられた有権者は、あっという間にどこかに消し去られてしまった感がある。戦争でも国の勝ち負けがすべてで、結果は数字で表され一番の犠牲である市民の顔は見えないのと同じ構図だ。 支持獲得のために選挙では、誇張した表現や多少のうそもちりばめながら市民の歓心を買うことになる。今回の選挙では、給付や減税といったバラまき合戦、突然争点に急浮上した外国人の管理強化の競い合い、そしてマスメディアを含めた既成勢力たたきが、とりわけ目立った。それはくしくも、積極財政支出や排外主義といった世界の潮流である極右ポピュリスム政党の十八番に近似する。だからこそ、とりわけ自身が投票した候補者・政党の政策に対し、熱を冷まし、どこまで冷静に判断をしていくかが求められる。2025年7月27日 東京新聞朝刊 11版S 4ページ 「時代を読む-推し活政治で失うもの」から引用 人気の映画に感動するのと同じように、参政党・神谷代表の演説に感動した若者というのは、今までは何やら小難しい話しかしない既存の政治家の演説に比べて、分かりやすくてしかも感動的だから、ためしにのぞきにきた演説会場は大勢の聴衆で熱気にあふれ、自分もその中の一員になれて益々感動した、というようなロジックで参政党が勢力を拡大した現象の説明がつく、ということのようですが、その結果として「あの戦争は侵略戦争などではなかった。中国民衆のテロ行為がひどかったから、日本軍は反撃しただけだ」「南京大虐殺など無かった」というようなデタラメな言説に「感動」して投票したというのでは、まともな人間の行動ではないわけで、このような社会現象の何が問題なのか、明らかにすることが、オールドメディア呼ばわりされている新聞・テレビ各社の使命なのではないか、と思います。
2025年08月17日
原子力の研究者で原子力委員会委員長代理の経歴を持つ鈴木達治郎氏は、日本の政府と電力会社が多額の資金を投入して実現しようとしている「核燃料サイクル」は、実は破綻しているのだという「現実」について、1日付け朝日新聞紙上で、次のように説明している; 資源小国日本にとって「核燃料サイクル」は、金看板でした。 原発から出る使用済み燃料を全て再処理してプルトニウムを取り出し、再び燃料に使う。「夢の原子炉」高速増殖炉で、使った以上の燃料を生み出す。こうしてエネルギーの自主独立が成る――。でも、この永久運動かのような「輪っか」は、もう途切れています。 国費1兆円以上を投じた高速増殖原型炉もんじゅは廃炉作業中。政府はフランスとの共同開発に望みをつなぎますが、マクロン政権は次世代炉の開発を停止しています。中核である青森県六ケ所村の再処理工場は1997年に完成するはずが、たび重なるトラブルで27回も延期され、まだ本格稼働していません。再処理を海外に頼ったまま、使えずにたまり続けたプルトニウムは現在44・5トン。長崎型原爆7400発分に相当し、国際社会の疑念を呼んでいます。 経済産業省は、再処理の効果として廃棄物量や有毒度が減ると説明していますが、高速炉が実現しない現状では根拠は希薄。むしろ経済性と安全リスク、核不拡散の面で不利だと、原子力委員会も結論づけています。米国や英国、ドイツでも、直接処分する方法が選ばれています。 それでも国がサイクルを掲げるのは、輪が切れた途端、原発を維持する基盤が崩れるからです。使用済み燃料は「資産」ではなくなり、青森県から持ち帰るよう各電力会社は迫られる。でも原発立地自治体との約束上、それは難しい。最終処分場もまだ存在しないので、持って行き場はない。破綻(はたん)が明白なサイクルが続いているかのように取り繕わなければ、原発を続けられないのです。 独立した第三者機関による総合的評価を行い、サイクル政策を全面的に見直す時です。少なくとも全量再処理を続ける合理的理由はない。六ケ所村再処理工場の総事業費は15兆6千億円。私たちの電気料金で賄われています。タブーなき議論をしなければ、犠牲になるのは国民と国際社会です。(聞き手・石川智也) *<すずき・たつじろう> 原子力委員会・元委員長代理 1951年生まれ。長崎大核兵器廃絶研究センター客員教授。専門は原子力、核軍縮・不拡散政策。科学者集団「パグウォッシュ会議」評議員。2025年8月1日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「リレーおぴにおん 7 核燃サイクル、破綻は明白なのに」から引用 アメリカや中国と違って、狭い日本列島で原子力発電で必要な電力を確保するという「発想」が、間違いの元だったと思います。アメリカや中国のように、人が居住する必要の無い広大な空き地があるのなら、少々の放射能汚染があっても、汚染された地域をよけて居住地域を作ればいいだけのことですが、狭い日本列島の場合はそうはいきません。だから、日本の場合は太陽光や風力による発電が最適だったのに、敗戦間もない日本の資本家階級がアメリカ資本に媚びて原子力発電に手を出したのは、間違いの元でした。既に国内に50基以上も作ってしまって、出てきた放射性廃棄物の処理の方法がないから、「核燃料サイクル」などと出来もしない「構想」をでっち上げて、当ブログを始めた時点で既に六ヶ所村の再処理工場は数回目の「竣工時期の延期」をしていたのですから、それから20年間も「延期」を繰り返して、これが民間企業と普通の市民との契約であれば、とっくの昔に「詐欺事件」として訴えられていたことでしょう。上の記事が説明するように、「核燃料サイクル」という発想は、すでに破綻したアイデアであって、この先どれだけ資金をつぎ込んでも「目的」を達成することはできないのですから、国民もいい加減に目を覚まして「もう止めろ」と声を上げるべきだと思います。
2025年08月16日
世界的に有名な人気のピアニストが、仕事の都合で英国籍を取得したために日本国籍を失ったことについて、文筆家の師岡カリーマ氏は、7月26日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 高い精神性と気品あふれる演奏で知られるピアニスト、内田光子さん。特にモーツァルトやベートーベン、シューベルト作品の神々しいまでの演奏は現在、右に出る者はいないとさえいわれる世界的な芸術家だ。 先日、フランスのラジオを聞いていたら、内田さんが「英国のピアニスト」と紹介されていた。間違いではない。主に欧州で活躍し、ロンドンに生活基盤がある内田さんは、英国籍を取得し、大英帝国勲章を授与されてデイムの称号を持つ。 欧州各国で演奏活動をするには、いちいち就労ビザなどが必要で仕事に支障があり、国籍取得が最善の解決策だっただろう。その際、日本国籍を放棄せざるを得なかったのは単に、日本が二重国籍を許さないからだ。ノーベル賞作家カズオ・イシグロさんに続き、日本はミツコ・ウチダさんも英国に手放した。 大谷翔平フィーバーに見られるように、同胞が世界に認められることに大きな喜びと誇りを見いだす日本人にとって、これは損失ではないのだろうか。それによって何を守っているのだろうか。 日本旅券を失ったからといって日本人でなくなるわけではない。でも、これから世界の第一線で活躍し、生活や仕事の都合で外国籍を取得する日本人が日本以外の国民として紹介され続けることが、本当に望まれるのだろうか。再考の価値がないだろうか。(文筆家)2025年7月26日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-その損失が守るものは」から引用 大谷翔平に比べれば、学者や芸術家が本当は日本人なのに仕事の都合で英国籍を取得すると、自動的に日本国籍を失うというのが、日本にとって損なのか特なのか、これは一般国民にとってあまり関心のない「話題」だと思います。カズオ・イシグロさんやミツコ・ウチダさんが日本国籍を失ったために、誰が損をするのかと言えば、その二人から所得税を取り損なった税務署が「損」をするだけのことで、元々これは「損・得」を基準にして論じるべき話題ではないんじゃないか、と思いました。
2025年08月15日
自民党は参院選でも自公の議席を併せて過半数を割り込んだため、メディアは石破氏は首相を辞任するのが当たり前とばかりの姿勢での報道一辺倒で、読売新聞などは本人が何も言っていないのに「石破首相辞任!」などと号外を出して、明らかな誤報であるのに、当の読売新聞社からは「すみません」の一言もない状態であるが、毎日新聞特別編集委員の伊藤智永氏は、7月26日付け同氏コラムに、石破氏の心境を慮って次のように書いている; 参院選で大敗した石破茂首相が、内心はできることなら潔く辞めようと思っているであろうに、なかなかそう認めないので、政界やメディアが騒々しい。 表向きは、日米関税交渉合意の説明と後始末をしないで辞めるのは無責任だとか、選挙敗北の総括が必要だとか述べているが、石破氏は胸の内に、いま辞めるわけにはいかないもう一つの宿題を抱えているに違いない。 それは、自民党より大きな敗戦の総括、すなわち日本国の戦後80年には、自分が首相として見解を表明しなければ、という使命感ではないか。それを果たさずには、と腹を決めているのだろう。 読書家の石破氏は近現代史、それも戦争関係の本をよく読む。豊富な知識は「軍事オタク」とヤユされるが、「感情的な反戦平和論に終わらせず、本当に戦争をなくすには軍事を知ることが必要だ」と説いてきた。戦争への反省に人一倍強いこだわりがある。 原点は、政治の師である田中角栄元首相と、その親友だった父・石破二朗元自治相の体験だ。 20歳の初年兵として旧満州(現中国東北部)に送られ、軍隊内のリンチや極寒の冷気で体を壊して帰国し、九死に一生を得た田中氏は「この国は戦争体験者がいなくなった時が怖い」が口癖だった。 官僚としてインドネシア・スマトラ島の占領行政を担当し、敗戦で2年間抑留された父は、戦争について一切語らなかったが、石破氏は知人らの思い出話などから、「非戦・反ファシズム・リベラル」の信条をくみ取ったという。 石破氏は1月、国際シンポジウムで「今年は敗戦後80年。あえて敗戦と言う。終戦では事の本質を間違える。今を逃して戦争の検証はできない」と述べている。 参院選公示前の今月2日、毎日新聞のインタビューに「先の大戦がなぜああいう形で行われたのか、文民統制のあり方について私なりに考えたい」と話した。著書や講演では、軍人は自らの限界を正直に報告し、政治家が責任を持って事態を収拾する「政軍関係」の重要性を強調してきた。 開票が進んでいた20日夜、出演したTBSラジオの番組で、第二次大戦の日本軍死者について「兵隊さんで亡くなった方々の6割は戦って亡くなったわけじゃない。病死や餓死だった。きちんと過去の直視を忘れてはならんのだと思っています」と語った。 「台湾海峡で戦争になれば日本は潜水艦や軍艦で戦う」(麻生太郎元首相)といった不見識が大手を振る世情には、憤まんやる方ない思いだろう。(専門編集委員)2025年7月26日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-もう一つの辞めない理由」から引用 戦後70年に当時の安倍首相が出した「首相談話」は「将来の日本人に戦争責任を負わせて謝罪させるようなことのないようにするべきだ」などと低俗でお粗末な談話だったのだから、戦後80年が石破茂氏の出番となったのは僥倖というものであり、石破首相には是非ともコメントを出していただいて、安倍首相(当時)の汚点を修正し、まっとうな日本人の歴史認識を確認し、将来にわたってわが国が進路を誤ることのないように、しっかりした「道しるべ」を残してほしいものだと思います。
2025年08月14日
参政党の非常識な言動について、東京新聞は7月26日の社説で、次のように批判している; 参院選で議席を増やした参政党の主張には、この国に暮らす多様な人々の人権や尊厳を軽んじているとの懸念を禁じ得ない。国と地方の議会に相当数の議員を有する公党である。人権を重視した政策に見直すよう求める。 参政党は参院の議席を改選前の2から15に増やした。政権批判票の受け皿になったのは確かだが、参政党に投票した有権者が同党のすべての主張を支持したわけではないだろう。 外国人に対する規制強化は根拠が曖昧な上、外国人の生活を脅かす。選択的夫婦別姓や同性婚の否定は、女性や性的少数者(LGBTQ)ら抑圧された人たちの人権への配慮を欠く。高齢者ら終末期延命治療の全額自己負担化は命の切り捨てにつながりかねない。 参政党が公表している憲法草案は、主権は国家が持つとされ、国民主権に関する記述は見当たらない。天皇は元首と位置付けられ、法律や条約、首相らの人事を一度は拒否できるとしている。 国民の要件として「日本を大切にする心」が求められ、国防の努力義務も課される一方、国民の基本的人権の規定は抜け落ち、法の下の平等、思想の自由、信教の自由、表現の自由、労働者の権利なども明文化されていない。 戦争に至り多くの国民に犠牲を強いた戦前戦中の国家主義への回帰が著しいだけでなく、政治権力を制限し、個人の権利を保障する憲法の役割からも外れる。 神谷宗幣代表は「あくまで議論のたたき台」と釈明するが、その段階の内容を党の草案として公表し、参院選でも訴えたことは無責任のそしりを免れまい。 そもそも国会議員は現行憲法を尊重し、擁護する義務を負う。憲法が保障する基本的人権を損ねるような立法は認められない、とあらためて指摘しておきたい。 今年は戦後80年の節目だ。神谷氏は著書などで、アジア太平洋戦争が日本の侵略だったことを否定する歴史認識を公言しているが、負の歴史も認めなければ、内外の戦争犠牲者や被害者、国際社会の理解は得られまい。 メディア対応にも懸念を抱く。参政党は22日、国会内の記者会見で神奈川新聞の記者を排除した。到底容認できない。公党として、国民の知る権利に応える役割を重んじ、党に批判的なメディアにも開かれた組織であるべきだ。2025年7月26日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「社説-『人権軽視』が目に余る」から引用 参政党というのは、名前からして何か胡散臭い雰囲気を醸し出しているが、神谷代表の発言を聞けば、この人は現在の憲法のことを何も知らない人なのだな、という印象を強く受けます。誰に吹き込まれたのか、「国家主権が国民にあるというのは、おかしいだろう」などと言われて「そうだな、主権は国家にあるのであって、一人一人の国民に主権というのはおかしい」というようなレベルの会話しかしていないであろうことは容易に想像がつく。だから、普通の人が疑問を唱えても「いや、これは我々の信念ですから」などと言い張るのに、少しものを知ってそうな新聞記者などから質問されると「あくまでも議論のたたき台ですから」と言って逃げる。そういうテクニックだけは身につけている。そういうレベルの人物が、選挙運動の期間中だけ、威勢の良いことを言うからといって軽率に投票するのは、再び国の進路を誤ることになりかねません。新聞もテレビも、総力をあげて参政党の違法な発言を徹底追求していくべきだと思います。
2025年08月13日
先月の参議院選挙で議席を増やした参政党に対し、有権者はどのような了見で投票したのか、専修大学教授の岡田憲治氏は7月25日の朝日新聞で、次のように述べている; 参政党現象を読み解くキーワードは「推し」です。動画サイトやSNSで支持者が見たい情報にだけ繰り返し触れ、同好の士とつながりアンチと敵対していく過程は、アイドルへの推し活に極めて似ています。 推し活は多くの場合、その対象に「イノセンス(無垢〈むく〉)」を求めます。結党まもない政党は駆け引きや妥協、取引など「不純な政治」と無縁。最初から既成政党にはない魅力があります。ただ、参政党への投票行動は、かつて新興政党が伸長した際と比べても、よりイノセントでナイーブなものを感じます。 参政党への支持には、あまり一貫性が見られません。政策からして福祉排外主義、農本主義的自然派志向、文化的極右と一見無関係なものが並び、有権者に響いた「日本人ファースト」にしても「日本人が大切にされていないと言われてみれば、そんな気がする」といったぼんやりした支持。そこに排外意識はないでしょう。だからこそ危うい。 政党とは様々な社会的利益を集約する集団であり、それを調整するのが議会政治です。仮に自民党と立憲民主党が連立を組むなら、原発や安保法制を棚上げするしかない。そこには大きな葛藤があるはずです。 主権者も同様で、「支持」には本来、世界観や価値観の共有がある。支持できる候補者や政党がなくても、悩み抜いた上で投票先を選び、その政治家を監視し続けねばならない。そこにも葛藤が付きものです。 でも「推し」には、ほぼ葛藤も責任もない。批判が介在する余地もない。推すのは単に気持ち良いから。徹頭徹尾「消費者」マインドです。「日本人ファースト」を喝采するなら、外国籍住民が日本国民の生活や安全を脅かす事実があるのか確認すべきだし、まず米軍への「思いやり予算」や横田空域、日米地位協定に怒るべきでしょう。 ただ、このイノセントな推しの主体には、紛れもなく「名付けられていない弱者」とも言うべき存在が含まれています。財務省前で減税を叫ぶ人と同じく「自分たちは政治から大切に扱われていない」という疎外感を抱えている。今回参政党へ多く投じたのは、就職氷河期世代の男性でした。 まずは彼らのリアリティーに政治が向き合い、本来の「支持」という営みに回収する。その上で、教育などを通じて消費者を主権者に転換させる息の長い試みを続けていくしかありません。(聞き手・石川智也) *<おかだ・けんじ> 1962年生まれ。専門は民主主義理論。「半径5メートルのフェイク論」「言いたいことが言えないひとの政治学」など著書多数。2025年7月25日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論・参政党『躍進』の背景」から「葛藤不在、心地よい推し活」を引用 一昨日、昨日と朝日新聞「耕論・参政党『躍進』の背景」から記事を引用してみたが、この記事が一番説得力があり、同意できる部分が多い気がします。立憲民主党も自民党と妥協してみたり、維新の会などは下心が丸見えだから、特に若い世代には「失望感」があるのは、その通りではないか。それにひき換え、新たに登場した「参政党」は、そのような過去がないだけ、なんだか新鮮なイメージがある。しかし、そんな「イメージ」は長続きするものではないから、いずれは維新の会と似たような道筋を辿ることになるのだろうと思います。従って、不遇な立場にある若い世代が自らの参政権を行使して暮らしやすい社会を作ろうと思えば、どの党に投票するのが正解なのか、日々の活動を通して「主権者教育」を行い、「推し活」気分の有権者を真の「主権者」に転換させることが必要です。共産党やれいわ新選組が、そのような活動をとおして支持を広げていってほしいと思います。
2025年08月12日
参政党が大きく議席数を増やした状況について、神戸大学教授の井上弘貴氏は7月25日の朝日新聞で、次のように述べている; 参政党の躍進には、グローバルな側面と日本固有の状況の両面を考えるべきです。 まず、米国や欧州で起きているポピュリズムの波が、日本にも押し寄せ、グローバルな文化戦争から無関係ではいられなくなったという側面があります。文化戦争とは、移民、中絶、同性婚などの文化的な争点を巡って、賛成と反対の二極化が進み、対話が困難になっている状況です。 インターネットとSNSは、文化戦争という現象を増幅させています。知識人や新聞のような既存のメディアを介さずに、情報を手に入れ「自分で考える」ことができるようになったと多くの人が感じています。しかし、「自分で考える」ことは、陰謀論への落とし穴でもあります。 欧米に比べ、日本では外国人の増加はわずかに過ぎないにもかかわらず、ネット空間でイメージが増幅され、参政党の支持拡大につながっています。 欧米のポピュリズムとのもう一つの大きな違いは、思想的基盤の欠如ではないでしょうか。参政党は、海外のポピュリズムの動きなどから、いろいろな考えを「つまみ食い」的に寄せ集めているように見えます。これまでは「自分で考えたい」と思う人々をうまく取り込んでいるようです。 参政党の主張は、従来の左右の構図では捉えきれない部分があり、教育や環境などで一見リベラルに見える主張と、憲法改正や治安維持法のような復古主義的な主張が混在しています。その根底に欧米の保守や右翼にあるような思想的な基盤は感じられません。 一般論として、様々な政治的な動きが出ること自体は民主主義にとって悪いことではありません。しかし、小さな政党であっても、政治のキャスティングボートを握ることで、政策決定に影響を与える可能性があります。「少数派の横暴」が日本でも起こりうるということを忘れてはいけません。 参政党の躍進は、単なる一過性の現象ではなく、日本政治の転換点となる可能性を秘めています。 日本に限らず、世界中のリベラルが、新たな理念を示す必要に迫られています。本来、既存の政治勢力や知識人には、理念的な対案を出すことが求められているのですが、うまくいっていないのが現状です。日本でもこれを機に健全な民主主義のあり方を考え、新たな価値を模索することが求められています。(聞き手・池田伸壹) *<いのうえ・ひろたか> 1973年生まれ。米国政治思想史を専攻。著書に「アメリカの新右翼――トランプを生み出した思想家たち」など。2025年7月25日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論・参政党『躍進』の背景」から「つまみ食い的主張が増幅」を引用 知識人や新聞のような既存のメディアを介さずに、インターネットやSNSで情報を手に入れる人々が、「自分は既存のメディア頼らないで、自分で考えている」と思っているとしたら、それは単なる勘違いというものではないかと、私は思います。新聞やテレビを当てにしないと言っても、結局SNSという「媒体」を介して情報を入手しているわけで、しかも、SNSは従来のメディアに比べると一つ一つのメッセージが短文だから、時間を掛けずに理解ができる反面、説明が不十分なために誤解が生じる可能性は大きいし、短文であるがために扇情的になりがちで、そういう諸々の特徴が相まって「参政党への投票」という行動に走った人々が一定数存在したということだと思います。しかし、私たちはどのような政党が勢力を伸ばそうとも、民主主義のルールを無視した振る舞いに対しては毅然として批判の声を上げていくべきだと思います。
2025年08月11日
先月の参議院選挙で参政党が大きく議席数を増やした理由と、今後の対応の仕方について、中央大学教授の山崎望氏は、7月25日の朝日新聞で、次のように述べている; 参政党の「躍進」には、いくつかの要因が重なっています。まず、自民党の右派を支持していた人たちが参政党に流れたこと。次に、「減税ポピュリズム」にうまく乗ったところ。そして一番大きいのは「日本人ファースト」でしょう。 インバウンドで、外国人への違和感を抱いた人が少なくありません。また、動画やSNSを通じて、フェイクも含んだ「外国人問題」が拡散されました。漠然とした不安や体感治安の悪化を感じる人たちにとって、参政党はその被害者感情を否定せず、承認・肯定してくれる存在なのです。 参政党の主張には、排外主義的、高齢者軽視的なものや国民の権利の制限など、自由民主主義の観点から多くの問題があります。選挙中に参政党への批判はありましたが、批判の方向性に違和感も覚えました。 神谷宗幣代表の「高齢の女性は子どもを産めない」という発言は、性と身体に対する自己決定権を否定する意見として批判されました。神谷氏の言い方は差別的にも見える不適切なものですが、少子化の文脈では、医学的には誤りと言いにくい。タブー化された論点に切り込んだという見方もできます。 むしろ神谷氏の構想全体の実効性を問うべきです。「女性が結婚して家庭に入れば、出産する人は増える」という前提ですが、共働きと専業主婦の家庭を比較すると、共働きのほうが子どもが多いという研究がある。社会構想として現実性がないのです。 「参政党的なもの」を、民主主義の手続きで排除するのは難しい。とはいえ、現在の日本の政治は、自由民主主義に基づいています。自由主義の観点から、人権の軽視を批判することは可能です。また、選挙の期間外でも、デモやパブリックコメント、与野党への陳情など、さまざまな場での議論を通じて民主主義の力は行使できます。 参政党は、外国人、働く女性、高齢者を次々に切り離すことで、政治の根本を掘り崩している。対抗するには、人々の不安感を頭ごなしに否定せず、外国人がいなくなったらコンビニなどの人手が足りなくなるんじゃないかといった、身近なレベルの想像力に働きかけるべきです。 怖いのは、既存政党が参政党の主張に引きずられることです。参院選で各党が「外国人問題」に触れざるをえなくなった。民主主義にとって非常に危険な状態です。(聞き手 シニアエディター・尾沢智史) *<やまざき・のぞむ> 1974年生まれ。専門は現代政治理論。著書に「来たるべきデモクラシー」、編著に「奇妙なナショナリズムの時代」など。2025年7月25日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論・参政党『躍進』の背景」から「漠然とした不安感を肯定」を引用 今どき「女性が結婚して家庭に入れば、出産する人は増える」などと大勢の聴衆の前で時代後れの「常識」を得意顔で語る人物には、不信感を持つのが普通の人間の反応ではないかと、私は思いますが、それでも「外国人が闊歩するせいで自分たちの生活が苦しくなってる」などとささやかれると、「そうだ、外国人のせいだ」などと納得するというのは、情けない話です。参政党は公の場で記者会見をするというのに、批判的な報道をするメディアは会見場から排除するという非常識な行為におよんでおり、そのような姿勢に対しては、一定の社会的制裁を加える必要があると思います。
2025年08月10日
参議院選挙で一部野党が「外国人問題」をアピールすると、与党も呼応するようになった事態について、元文科官僚の前川喜平氏は7月20日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 今回の参院選では、排外主義を露骨に主張する参政党に引きずられて、ほかの党も「外国人問題」をアピールするようになった。15日に政府が「外国人との秩序ある共生社会推進室」を設置したのも、「保守層」の票を奪われまいとする政権与党の焦りの表れだろう。 新たな室が担当するという政策は、出入国在留管理の適正化、社会保険料の未納防止、土地取引の管理強化など、外国人に厳しい政策ばかりだが、それでいいのか? かすかな救いは、その名称に「共生」の2文字が入っていることだ。外国人との共生社会を推進するのなら、やるべきことは山ほどある。外国人に日本語や日本社会について学ぶ機会を保障することはその第一歩だろう。一方で、外国ルーツの子どもたちが母語・継承語や民族文化を学ぶ機会を保障することも必要だ。そのためにはまず、高校無償化、幼保無償化、大学修学支援などを朝鮮学校に適用することだ。 排外主義に対しては、弁護士団体「自由法曹団」や日本ペンクラブ、さらには千を超える民間NGOが共同で反対声明を出したが、なかなか有権者の耳には届かない。 農業、漁業、製造業、建設業、流通業など、今や外国人なしには成り立たない業界は多い。そういう業界こそ、声を大にして排外主義を非難し、外国人との共生を訴えるべきではないのか。(現代教育行政研究会代表)2025年7月20日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「本音のコラム-外国人との共生社会」から引用 この記事が指摘するように、わが国の農業も製造業も流通業も、どこも人手不足で、外国人の労働力を排除するということになれば、わが国の経済は終わりである。わが国が経済大国という「看板」を今後も維持していくのであれば、外国人労働は殖やすことはあっても、断じて減らしてはならないのでる。しかし、参政党のように「日本人ファースト」を錦の御旗にするようであれば、外国人労働者は疎外感を持たされ、ただでさえ円安で「働きがい」が減じさせられている所にそんな「追い打ち」があったのでは、日本に来て働こうという外国人は、やがていなくなって、つまり、日本経済は「店を閉じる」ことになるほかありません。「日本人ファースト」に騙されて参政党に投票するような、軽率な日本人がこの国を滅ぼすことになるわけです。
2025年08月09日
今回の参議院選挙について、有識者はどう見ていたのか。東京大学教授の宇野重規氏は、7月20日の東京新聞コラムに、次のように書いている; この稿が紙面に掲載されるのは参院選の投開票日となる7月20日である。もしまだ投票が済んでいないならば、ぜひ投票に出かけていただきたい。私たちは、私たちが思うほど無力ではない。そう強調しておきたい。 「一票を入れたところで何にもならない」。そのように繰り返し言われてきた。しかし、各社の世論調査でも、これだけ既成政党に厳しい情勢は久しぶりである。無党派票もこれまでにない動きを示している。政治の現状に対する不満がマグマのように沈殿し、それが多様な吹き出し口から溢れ始めている。その動きは完全には予測できないが、自分の一票もまた新たな政治のダイナミズムにつながる最初の跳躍だと思ってほしい。 それでは自らの投票をいかに活用すべきか。「民主主義に一票を」と言いたい。今回の参院選はある意味で、私たちの民主主義に対する決意を示すものになるはずだ。理由を説明したい。 ◇ ◆ ◇ 今年出た日本政治史の村井良太の好著に『「憲政常道」の近代日本』があるが、そこで村井は日本の民主主義の起源として第1次世界大戦後の世界を重視している。1918年に最初の本格的な政党内閣である原敬内閣が成立して以降、政権交代を伴う政党政治が日本においても(短い期間であったとはいえ)定着した。背景にはまさに第1次世界大戦を受けた、国際協調の世界的な流れがあった。列強中心とはいえ、ワシントン体制のような国際的軍縮の動きが見られたのも、この時期であった。 言い換えれば、日本の戦前の民主主義はそれだけで成立したわけではない。世界の大きな潮流があってこそ、日本の民主化も可能になった。中でも民主主義を掲げて第1次世界大戦に参戦した米国の存在は圧倒的であった。いわば歴史上初めて、「民主主義こそが世界の常識」という時代の風に押されて、日本は民主主義に向けての歩みを進めたのである。 それから100年、くしくも100年前に民主主義を標榜して世界のりーダーとなった米国は、トランプ政権の下、その地位から降りる意思をあらわにした。その意味では、「民主主義こそが世界の常識」が大きく揺らぐ状況で日本が迎える初めての選挙が、今回の参院選である。はたして世界の民主化の潮流に押されて民主主義を歩み出した日本は、その潮流が止まった途端に、つられて民主主義を見捨てるのだろうか。あるいは今度こそ日本は、自らの主体的な意思に基づいて民主主義を選び続けるのか。 ◇ ◆ ◇ 民主主義とは単に多数決を意味するものではない。多数者の意思をもってしても乗り越えられない、個人や少数派の基本的人権を尊重することにこそ、民主主義の真骨頂がある。このような条件が満たされたときはじめて、限定された対象に、限定された条件で賢く多数決を用いることが可能になる。その意味で民主主義の基礎になるのが立憲主義であり、寛容と多様性こそが鍵となる。 今回の参院選で私たちは「民主主義に一票を」投じたい。民主主義をあらためて自分たちのものにしたい。そのために、どのような投票を行うのが民主主義に最も資するのか。まさに考えどころだ。2025年7月20日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-『民主主義に一票』投じよう」から引用 私たちの一般的な知識では、日本は戦前は「天皇主権」の国だったのだから、とても民主主義とは縁の無い国柄であったと思っていたが、この記事が言うところでは、第一次世界大戦の後は、「天皇主権」の体制下でもそれなりに「民主主義」が浸透し始めていた、というのが正確な「歴史認識」というもののようである。しかし、実際には2・26事件が起きて、政党政治は終わり、軍部主導の政権運営が始まり、侵略戦争によって国威を発揚する方向に進んでいったのであった。そのような「失敗」を二度と繰り返さないためには、今我々の手元にある「民主主義」を大切に守り育てて行こう、というのがこの記事の主旨のようです。
2025年08月08日
参議院選挙に大勢の候補を立てウソとでたらめを並べ立てて人目を引く戦術に出た参政党について、7月20日の神奈川新聞は、次のように報道したのであった; 参政党の神谷宗幣代表が選択的夫婦別姓制度に反対した上で、制度を導入すると「治安が悪くなる」との持論を展開している。戸籍制度が簡略化されている中で別姓制度を導入すれば家族関係が分かりにくくなり、外国人によるなりすましが容易になる-。神谷氏の発言を総合すると、このような主張が浮かび上がるが、交流サイト(SNS)では「荒唐無稽だ」との指摘が相次いでいる。 神谷氏は6月30日のテレビ番組で「戸籍がどんどんシンプルになり、ルーツが分かりにくくなっているところに夫婦別姓を入れると複雑な家族関係になり、日本の治安を悪くする」と言及した。 7月7日の街頭演説では「父親や母親の出生地も載るような戸籍をつくる。なりすましができないから犯罪捜査にも役立つ。戸籍制度をなくしたら外国人が来てなりすましが簡単にできるようになる」と語った。 ただ、法務省民事局によると、1947年に現行の戸籍法ができて以来、記載事項の骨格は変わらず、戸籍が簡略化された事実はない。「治安を悪くする」との主張について、警察庁幹部は「別姓制度と治安が関係ある訳がないし、証明も無理だ」と指摘した。 SNSでは関係団体や有識者が法務省の見解などを引用し「発言は不正確だ」と批判。共産党の山添拓政策委員長はX(旧ツイッター)に「ネット上の感覚で語っているかもしれないが、有権者に不誠実」と投稿した。★参政党・神谷代表の夫婦別姓制度を巡る発言神谷氏「戸籍がどんどんシンプルになり、ルーツが分かりにくくなっているところに夫婦別姓を入れると複雑な家族関係になり、日本の治安を悪くする」(6月30日、テレビ番組)神谷氏「父親や母親の出生地も載るような戸籍をつくる。なりすましができないなら犯罪捜査にも役立つ。戸籍制度をなくしたら外国人が来てなりすましが簡単にできるようになる。(7月7日、街頭演説)2025年7月20日 神奈川新聞朝刊 2ページ 「『荒唐無稽』指摘相次ぐ」から引用 この記事が示すように、参政党の神谷代表が選挙運動中に発言した内容は、ウソとデタラメばかりであったが、その「ウソとでたらめばかりである」という事実を報道する新聞は少なく、神奈川新聞と「しんぶん赤旗」だけが「参政党の言ってることはデタラメばかり」と訴えても、日頃から新聞など読む習慣のない人々には届かなかったために、参政党は14議席も獲得したのは、ファシズムの始まりを暗示しており、危機的な状況である。今後は、新聞もテレビも、参政党の主張には「ファクト・チェック」を武器に対抗していく必要があると思います。
2025年08月07日
先月の参議院選挙で、それぞれの党派が選挙戦をどのように戦ったか、メディアはそれをどう報道したのか。ジャーナリズム研究者の丸山重威氏は、投票日当日付の「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている; 参院選が終盤を迎えています。SNSが台頭し、世論形成に対する新聞・放送の役割が問われています。 選挙戦で突然注目されたのは「外国人規制」でした。国民の暮らしの困難につけこみ、「外国人のせいだ」と、差別を滑り込ませる「日本人ファースト」を主張する参政党は「台風の目」(TBS系「サンデーシャボン」13日)などと取り上げられ、国民民主党や日本保守党も「外国人規制」を主張し、「競い合い」をしています。 「排外主義の台頭を許すな」というのは「朝日」(13日付)。「『自分は日本人だから』と外国人への差別を容認すれば、矛先は次のマイノリティーに向かいかねない」と指摘。「読売」(10日付)も、外国人が公的医療保険や生活保護を悪用しているという主張に「根拠に之しいものも散見」「生活保護を受給した165万世帯のうち、外国籍の人が世帯主となっているのは・・・全体の2・9%」と指摘します。 北海道新聞社説(12日付)も、「根拠のない言説」「虚偽の情報」が飛び交い、「排外主義を助長しかねない危うい傾向」、京都新聞社説(12日付)も「不満のはけ口のように、外国人への差別や敵意をあおる言説は、選挙活動としても容認できない」と主張。ようやく言動のファクトチェックをする記事や番組が出てきました。しかし、排外主義勢力が結果的に外国人規制をこれだけの「争点」にできたことは問題です。 選挙戦でメディアに求められるのは、何が重要なのかを提示する「議題設定機能」です。いま、選挙戦で、国民が争点とすべきことは何なのか? 物価高に対処する消費税減税、米いいなりの大軍拡、勝手な関税で、経済までも支配しようとする米国への姿勢-。一歩でもその転換に踏み出すことです。メディアが言わなければならないのはそのことではないでしょうか。(まるやま・しげたけ=ジャーナリズム研究者)2025年7月20日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-争点とすべきものは何か」から引用 この記事が言うように、この度の参院選は新興勢力の参政党が外国人差別の作戦をとったこと、それをすかさず大手新聞が批判したこと、にも関わらず参政党は大きく議席を伸ばしたことが、今回の選挙の特徴だと思います。大手新聞は確かに、「外国人差別」を目指すかのような言説を批判しましたが、それでも参政党の支持率は増え続けたというのは、大手新聞の批判が手ぬるくて不十分だった、「一応批判はしましたから」といった調子のアリバイづくりで終わったのが原因だったのではないでしょうか。「参政党の、ここがウソだ」というような、誰もが「なるほど」と思うような強烈なキャンペーンで、「この政党は危ない」というメッセージを社会に送るべきだったのに、それを怠った「結果」が、この度の参議院の各党議席数に反映されているのではないかと思います。
2025年08月06日
敗戦から80年になる今年の8月を目前に、歴史家の井上寿一氏は先の大戦でサイパン島が陥落したときに、何故直ちに戦争終結の交渉を始めなかったのか、当時の軍部の思惑や天皇の意向などを踏まえた事情を、7月19日の毎日新聞コラムに、次のように書いている; 戦後80年の8月15日が巡り来る。慰霊と悔恨が交錯する。あの戦争は日本だけでも300万人以上の犠牲者をもたらした。東京大空襲、沖縄戦、二つの原爆投下、日ソ戦争、犠牲者は戦争末年に集中している。なぜ戦争は早期に終わらなかったのか。せめて1944年中に終わっていれば、犠牲者があれほど多くはならなかったはずである。 以下では戦争終結の政治外交過程の再構成をとおして、なぜ戦争は44年までに終わらなかったのかを考える。 真珠湾攻撃による緒戦の勝利にもかかわらず、約半年後のミッドウェー海戦で敗れてから、急坂を転げ落ちるかのように、戦況は一方的に不利な展開を示していく。44年7月、サイパン島が陥落する。日本本土はB29の爆撃圏に入る。この責任をとるかのように東条英機内閣は退陣する。後継内閣への期待は、戦争終結だけでなく、戦争継続もあった。東条は軍事戦略上の合理的な判断として、サイパン島奪回作戦を否定した。他方で継戦論者は「サイパン島を見殺しにした」と彼を批判していたからである。 しかしながら、サイパン島が陥落した以上、長期継戦は困難になった。そこで軍部(なかでも陸軍)は、44年後半の対米決戦による戦争終結をめざす。対米決戦の「天王山」はフィリピン戦だった。この「天王山」で一矢報いることができずに敗北したらどうするのか。できないはずの長期戦になる。日本本土の内陸部で長期の継戦を続ければ、いずれ米軍は自主的に撤兵する。これほどまでに継戦に執着したのは、陸軍にとって敗戦とは、米軍の駐兵や日本軍の武装解除はもとより、天皇制の廃止と「民族滅亡」(日本人の「奴隷的移住」)を意味したからである(鈴木多聞「『終戦』の政治史」)。 占領と被占領は鏡像関係である。陸軍は自らが中国や東南アジアでおこなっていることと同じ目に遭うのをおそれていたのかもしれない。 軍部とは異なる戦争終結を模索していたのが近衛文麿を中心とする政治グループだった。彼らの間で外務省関係者からもたらされたある本が回し読みされていた。スコットランド生まれのジャーナリストで、日本に滞在したこともあるヒュー・バイアスの「敵国日本」である。 42年に出版されたこの本は、数十万部のベストセラーになった。近衛らがこの本にもっとも強く関心を持ったのは、非懲罰的な間接占領と天皇制度の存続を示唆する箇所だったと推測する。 外務省内ではE・H・カーの「平和の条件」(42年)も注目された。イギリスの著名な国際政治学者、カーの著作は、近衛のブレーンのひとりでもあった矢部貞治・東京帝大教授の検討に付される。同書は海賊版が日本国内の書店で入手できた。広島で軍務についていた丸山真男(東京帝大助教授、のちに「進歩派知識人」の代表のひとりとなる日本政治思想史の研究者)も購入している。敗戦国ドイツを追い詰めると復讐(ふくしゅう)心を呼び起こし、不毛な結果を招く。そうではなく、非懲罰的な占領をとおして、協力による和解をめざす。「平和の条件」にはそのような戦後構想が示されていた。こうして近衛たちの政治グループは、アメリカに直接降伏することで、天皇制度の存続を志向していく。 近衛は自ら直接、天皇に進言する。45年2月14日、近衛の戦争終結構想に対して、天皇は、もう一度戦果を上げてからでないとむずかしいと応答する。 しかし戦況が好転することはなかった。「天王山」だったはずのフィリピン戦で敗退したあと、2月からの硫黄島の戦いも翌月にはほぼ終わった。本土空襲が本格化する。4月5日にソ連が日ソ中立条約の廃棄を通告したことで、ソ連の対日参戦は時間の問題でしかなくなった。5月7日、ドイツが無条件降伏をする。さらに沖縄が陥落すると、今度は本土決戦となる。 そこへ7月26日、ポツダム宣言が発せられる。受諾するには非懲罰的占領になることが確信できなくてはならなかった。しかし確信には至らず、非懲罰的占領になることに賭けて、降伏した。この賭けに出るまでに、日本は二つの原爆投下とソ連の対日参戦の犠牲を払った。短時間のうちに限られた情報だけを基にして、国家の存亡にかかわる死活的に重要な決定をすることは、賭けに似る。しかし直接アメリカに降伏することは、一か八かではなく、真珠湾攻撃のような「万が一の僥倖(ぎょうこう)」に賭けるのでもない、現実主義的な選択だった。 以上要するに、「戦後80年」の夏、戦没者を前に誓うべきは、二度と戦争を起こさないことだけでなく、それでも戦争が起きた時、現実主義に基づいて、国民と国土の犠牲を最小限にする合理的な意思決定ができる国にしていくことなのである。(学習院大教授)※井上寿一(いのうえ・としかず) 1856年生まれ。学習院大教授(日本政治外交史)。同大学長など歴任。著書「新書昭和史」など。2025年7月19日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「近代史の扉-なぜ継戦したのか 戦後80年の8月15日」から引用 我々が学校教育の中で学ぶ「日本史」では、十五年戦争は軍部の暴走で起きたもので、その暴走を抑えきれなかった近衛内閣の指導力の欠如が大きな問題であったかのような印象を持ったものであったが、この記事をによれば、近衛首相は戦争終結に当たって、イギリスやアメリカの政府はどのような考えを持っているのか、イギリス人の著作なとを入手して、相手側の「考え方」などを理解し、なるべく有利な条件を導き出そうという考え方は、かなりしっかりした政治家であったように思われます。しかし、現実には天皇自身、軍隊のトップであるとの自負から、近衛首相の政治家としての努力よりも軍人の威厳のほうを選択し、戦争終結のタイミングを逸して、ムダに100万人もの国民の命を余分に失ったのは、返す返すも残念なことだったと思います。
2025年08月05日
参政党のデタラメさ加減について、文筆家の師岡カリーマ氏は7月19日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 東日暮里にパレスチナを主題とした「コミュニティ・スペースカフェ さわさわ」が開店した。動画を見ると、この暑さでは外出が難儀と思われる高齢者を含め、日本の老若男女が集い、和やかな雰囲気でパレスチナの文化と歴史と悲劇に触れている。他者に対するこういう好奇心と連帯力は日本人の最強の魅力だ。これが日本を尊敬される国にした。 さて、参院選。「日本人ファースト」を掲げる政党が話題だが、この標語に面食らうのは、それが露骨に排外的だから、だけではない。私が面食らったのは、日本人は外国人を必要としないという思想に依拠しているにもかかわらず、外国語の「ファースト」を掲げていることだ。「第一」や「優先」ではだめなのだろうか。これらの言葉が持つ、日本人の美意識に反する自己中心的な響きが有権者の心に直接届くと印象が悪いから? いや単に「アメリカ・ファースト」をもじって、この思想の正当性を米国に求めているだけではないのか。 口を開くたび不勉強と不誠実が露呈される不適任者でありながら、国民の不満と不安を巧みに利用して大統領になったトランプにあやかるのなら、「第一」どころか二番煎じだ。落ち目の米国の二番煎じに甘んじるには、日本はまともすぎる。二番煎じを潔しとしないプライドが、失礼、誇りがあると、私は信じている。(文筆家)2025年7月19日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-サワとは『一緒』の意味」から引用 「日本人ファースト」と聞いて多少面くらう人というのは、普段から論理的な思考をしている人の場合であって、参政党から立候補したり、そういう者に投票しようなどと思うような、知的レベルが世間の平均値からかなり下方になっている、言ってみれば「ただの馬鹿」にとっては、「日本人ファースト」という表現のおかしさなど、どう説明しても、ネコに小判の価値を理解させようとするのと同じで、無益なことだと思います。しかし、新聞にこのような、参政党の知的レベルの低劣さを批判する記事を掲載することは、一定の知的レベルを持ちながらも周囲の雰囲気に影響されやすいタイプの人たちにとっては、注意を喚起する効果はあると思われるので、新聞にはこのような記事をどんどん殖やして、ファシズムの浸透を防ぐための一助としていくべきだと思います。
2025年08月04日
この度の参議院選挙は、何を争点にどのように戦われたのか。毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、投票日前日の朝刊コラムに、次のように書いている; 芥川賞・直木賞ともに該当作がなかった16日、発表に先立つこと数時間前、かつて芥川賞選考委員を16年務めた池澤夏樹さんが、日本記者クラブでこんな話をした。テーマは「戦後80年を問う」。池澤さんは1945年生まれ。 「作家に直接の社会的関心が薄れている。社会の問題は個人の中に入ってしまい、個人のつらさをどう救うかに変わった。個人に焦点がシフトし、個人としての関心の中に社会は入ってくるけど、正面から立ち向かうのではなく、つらさの表現の裏に社会の問題があるということが見えない」 社会的関心は文学の任務の一つという意識が作家に薄れたのは、読者が求めていないからでもあるだろう。同じことは、政治でも起きているようだと想する。 明日投開票の参院選は、重大な結果が出そうなのに、争点は何かがはっきりしない。今の政治不信は、元は政治とカネの問題に始まったが、抜本改革を渋る自民党への怒りはいつしか諦めへ退き、物価高問題が前面に出た。 代表的なコメ価格について、小泉進次郎農相が活躍すると、政府への不信は一時和らぎかけたが、給付金か減税かの駆け引きで有権者の不満は元に戻った。 減税要求の標的となる消費税を政府・与党が死守せんと頑張るのは、社会保障費の財源確保が理由だが、では消費税は社会保障目的税か、国債の償還や防衛費には充てられないのかを問うと、いろいろごまかしもあるのに、選挙戦で与野党は議論しない。 市場は4月から、超長期国債の金利急上昇で動揺を続けている。ついに代表銘柄の10年物国債の金利が、リーマン・ショック後以来の高水準となった。参院選の与野党バラマキ合戦に対する市場の警鐘だろう。それでも、選挙戦の主要な論点にならない。 NHKの最新の世論調査では、「投票で重視するテーマ」のトップに社会保障・少子化が伸びてきた。有権者は「賃金と物価の好循環」という政府・与党の公約が怪しいと疑いだしたのか。むしろ、悪いのは日本にいる外国人だという奇怪な説が台頭し、交流サイト(SNS)での投稿も急増。外国人対策強化を主張する政党が支持を広げて投開票を迎える。この選択は今後6年間の参院審議を縛る。ゴール手前で番狂わせが起きた競馬でも見ている気分だ。 どれも社会的関心の表れのようでいて、その移ろい方に社会的視野はあるか。今の自分の利害損得に突き動かされた全体意思。それに迎合する政治家。戦後80年。文学と政治の姿。(専門編集委員)2025年7月19日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-漂流した参院選の争点」から引用 そう言えば、投票日の前後に「今年は芥川賞の受賞作品なし」のニュースが流れて、「そういう年もあるのか」と思ったのであったが、それが重要な社会現象を告げるニュースであったとは驚く次第である。しかし、何が争点の選挙なのか、はっきりしないというのは、野党の責任も然る事ながら、新聞にも一定の責任はあるのではないかと、私は考えます。今回の選挙は、自民党追放の千載一遇のチャンスと捉えて、裏金問題を徹底追求して、自民党候補を一人残らず落選させて、政権交代をするべきであったと思います。しかし、自民党に代わって政権を担当する責任能力に欠ける野党各党は、取りあえず政権は自民党に担わせて、自分たちはこれからも「批判勢力」として、今まで通りやっていけばいいのだ、という無責任な姿勢が、今日の事態を招いたもので、自民党の腐敗を批判しないで手をこまねいていた新聞にも一定の責任があると思います。そのような緩い社会の隙間を突いて、大日本帝国再現を吹聴する極右政党が台頭したのであるから、今後どのようにして「極右勢力の拡大」を封じ込めるか、考える必要があります。
2025年08月03日
参政党候補者の異常な言動とそれが受ける世の中の非常識な事態について、ジャーナリストの北丸雄二氏は、18日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 人間の絶対悪があるとすればそれは「ヒトラーのナチス・ドイツ」というのは文明社会の共通認識だと思っていました。ところが「ナチスの手口を学んだらどうか」と言う副総理が日本に現れます。「誰も気づかない間に」民主憲法の先駆けだったワイマール憲法を変えたあの「手口」 あれから12年、今やそれが声の主を参政党に代えて声高に叫ばれている。むしろ「誰もが気づけ」とばかりに「治安悪化」「不動産買い占め」「社会保障タダ乗り」という事実無根をあたかも外国人のせいだと煽り、「個人が権利や自由を主張し過ぎることが少子化の原因」と捏造し、「生物学的に線引きするのが正しい」と主張して同じ納税と勤労を果たすLGBTQを人間扱いから外す。「主権は国家」にあるから国民の法の下での平等及び思想・良心・信教・表現の自由は憲法案から削除され、裁判を受ける権利や黙秘権までなくなる始末。 この「外国人」をユダヤ人に置き換え、LGBTQもまた収容所で殺したのがナチスでした。「日本人ファースト」は元を辿れば「アーリア人ファースト」なのです。その他諸々だって言わずもがな・・・だと思っていたのに。これが、日本がナチスと大日本帝国の共犯関係を徹底反省するのを怠ってきた結果なのでしょう。今からでも遅くありません。私は参院選は反ナチスの候補に投票します。(ジャーナリスト)2025年7月18日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-今からだって反ナチス」から引用 今から思うと、麻生太郎氏が「ナチスの手口を学んだらどうか」などと愚かな発言をした時に、国会議員としての憲法順守義務違反を理由として、彼を政界から追放するべきだったのでした。あの愚劣な発言を放任したために、世の中は益々「憲法順守」の気風が薄れ、今日の参政党を生み出す風潮が進んだと言えます。また、戦後の文部行政も「学校の中での政治的な発言を慎め」という偏向教育であったことが災いして、児童生徒の政治に対する関心を摘み取ってしまっているという「現状」も、反省する必要があると思います。これからの日本人は、ファシズムとの闘いを明確に意識して、取り組んでいく必要があると思います。
2025年08月02日
参議院選挙が公示された直後に実施された共同通信の世論調査で、参政党が自民党に次ぐ第二位の支持率を獲得したことについて、月刊誌編集長の篠田博之氏は、13日付け東京新聞コラムに、次のように書いている; 『週刊文春』と『週刊新潮』が参政党の神谷宗幣代表について特集を組んでいる。強調しているのは、共同通信の5、6両日の世論調査で、比例代表の投票先として、同党が自民党に次ぐ第2党に急浮上したという事実だ。 『週刊文春』7月17日号はそれを「日本中に衝撃を与えるもの」とし、同党を「参院選”台風の目”」と書いている。見出しは「参政党神谷宗幣は日本のトランプか?」。「日本人ファースト」を押し出し、排外主義にも見えかねない言動が、トランプ大統領と重なり合うというのだ。 『週刊新潮』7月17日号の特集見出しは「参政党『神谷代表』の危うい実像」。そこでも前述の世論調査に触れたうえ、こう書いている。「しかし、その神谷代表が著作等で陰謀論を垂れ流してきた事実を、いったい何人の参政党支持者が正確に理解しているのだろうか」 神谷代表の編著となる本で「私たちが歴史で学んできた出来事の多くの背後には『あの勢力』が存在していたのです」といった記述があることをあげて、「紛うことなき陰謀論だろう」と書いている。 問題は、そういう政党がなぜ支持を伸ばしているかだ。『週刊文春』では同党の全国地方議員に連続直撃を行っているが、その中の一人はこう語っている。「昔は支持政党は特になくて、どちらかというと自民党内の保守派、安倍晋三さんや高市早苗さんを応援していた。でも自民党は左傾化しちゃったので、他にないかなと探したら参政党だった」。この証言は、自民党支持のうちの右派層が参政党支持に回っているということをうかがわせる。 『週刊金曜日』7月11日号「参政党がなぜ支持されるのか」という記事は、同党を『デマとヘイトで票を得ようというよこしまな政党』と批判している。 参政党がこのまま支持を拡大するのかどうか。『週刊文春』で結党時メンバーだった人物がこう証言している。「本来、参政党には理念などを支える人間が必要なのですが残念ながらいない。勢力は拡大しているけれど、実はいま、けっこう無理していると思います」 参院選の結果はどうなるのだろうか。(月刊『創』編集長・篠田博之)2025年7月13日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「参政党、なぜ支持されるのか」から引用 参政党の代表であると自称する神谷宗幣という人物は、政治のことをあまり知らず、国民主権とか平和主義などと言っても何のことか理解できず、単に「そういうセリフは自分には関係ない。自分は自分が知ってることだけを発言する」というだけの人のようです。そして、世の中には似たような人間は存在するもので、きれい事と理想論ばかり言ってるように見える政党は自分には関係ないと決めつけて、言うことが単純で、デマとヘイトを聞いて「共鳴」するような者たちが、引き寄せられて「参政党の大躍進」を実現したもので、「参政党の危険性」を世に訴えることが出来なかったメディアの責任は重いと考えるのが当然だと思います。
2025年08月01日
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