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表題作と「罪なき者まず石なげうて」「虹色の犬」「ただ一つの物語」「恋人とその弟」「壁の穴」の5編。それぞれにミステリーがあって、それぞれに謎解き(探偵)役が意外な人物という設定がおもしろい。なにげない生活、人生のひとこまを切り取って描いてみせ、そこに事件をひそませる本格的なミステリー。しかも優しい目線で。描かれている時代が私には懐かしいし、作家のお人柄か、ゆったりとした時間が流れる。仁木悦子さんは「猫は知っていた」で印象深かったのだが、私にとって探さないとなかなか作品に巡り合えないという作家さんだった。でもamazonで調べたら沢山あった。読み継がれているのだね。これは図書館にて見つけた。何冊か読んでいるが、これから気をつけて探してみよう。 著者についてコピーしておく。仁木 悦子(amazonより)1928年、東京生れ。四歳の時に胸椎カリエスに罹り、身体障害者となるが、53年から童話などを書き始め、懸賞募集や同人誌などに約百篇を発表。56年、河出書房の長篇ミステリ募集に投じた処女作『猫は知っていた』が一席入選するが、同社の財政悪化のために出版中止。『猫』は翌57年、一般の公募となった江戸川乱歩賞に回され、初の乱歩賞作家としてデビュー、大ベストセラーとなる。その後、良質の作品をコンスタントに発表、推理ファンの支持を得る。81年には、短篇『赤い猫』で日本推理作家協会賞を受賞した。数少い本格推理小説の名手として期待されたが、86年11月、死去
2005年03月31日
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私の読み取り感性の引き出しは三つある。すなわち、ソフトで甘美系と硬質でビター系の二つと、かっこよく言えば理論系の哲学的なものと。これはジャンルは問わないのである。ソフトで甘美系の雄姿が江國香織さん。ほんと雄雄しいまでにやさしさが書き込まれていると思う。正直に言うと読みはじめは「また~」と失恋の痛手には似合うけれど、スゥイートな雰囲気に少々退屈したのだが、そのうちに不倫だの見境ない恋愛だの出てくるわどろどろ、さわやかではないはずなのにラブリーなきれいな文章でまいってしまう。「おゝ これは砂糖のかたまりがぬるま湯の中でとけるやうに涙ぐましい」と、ヒロイン果歩が口ずさむ尾形亀之助さんというひとの詩。だんだんひきつけられる不思議さよ…。みずみずしいとはよく言ったもの、「ホリー・ガーデン」にはよく水分を取る場面が…読んでいるとコーヒーだの紅茶だの飲みたくなって何度、私は入れに立ったことか。特にヒロインはティーカップを持っていなくて(それがポイントなのだが)カフェオレボウルでごくごく飲む。血は繋がっていないが姉妹のような二人の女性(果歩と静枝)の物語。ちくちく刺すような嫉妬は憎からずなのだ。それにしても、登場人物に憎いひとはいない。とくに中野くん、好きよ。
2005年03月29日
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先日読んだ「このミステリーがすごい!傑作選」の話題でこの作家を思い出し、書いておく。行方不明の原稿というミステリーもどきが話題だった。ああ、知っている人もいるのだと感慨があった。日影丈吉さんの「夕潮」の原稿が『幻影城』廃刊のあおりで一度失われ、11年後に発見されて1996年に創元推理文庫の短編集「夕潮」として出版となった。当時、「夕潮」を持ち焦がれるようにして読んだのでこのことは知っていた。なぜ待ち焦がれていたのかというと、昔(1977年ころ)友人に借りた「孤独の罠」を読んでその不思議な魅力にひかれ、他作品もと探したが寡作作家らしく見つからなかった。(古本屋という発想がなかったので)ようやく1986年に「夢の播種(はんしゅ)」(早川書房)が出版された。もちろん買って読んだ。その後、松本清張さんに「或る『小倉日記』伝」のころ、推理小説を書くように勧めた方が日影さんと知り、ますます好感を持った。日影丈吉…1991年に亡くなられているが、作品は時間が止まったかのように生き生きとしてしゃれた魅力があると私は思う。「孤独の罠」をもう一度読みたい。探してみよう。今、未読の日影丈吉「名探偵 WHO'S WHO」(朝日新聞社)を読み始めたが、古めのミステリーいや、推理探偵小説に郷愁を感じてきたよ。困ったなー、ますます読みたいのが増える。
2005年03月27日
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厳めしい文学者、貴族の称号を持つグスタフ・アシェンバハはある日の散歩途中、突然旅への誘いに見舞われた。理性的な彼は芸術に倦んで、疲れたからだ。はたして、内面の旅でもあり、ヴェニスへ導かれる旅の始まりだった。映画「ヴェニスに死す」を私は先に観た。よくわからなかった。その後、ヴェニス、すなわちヴェネツアを訪れたことがある。まるまる2日間、街を、路地をさ迷いサン・マルコ広場でゆっくりとし、リド島にも渡った。行ったと行かないではかくも認識がちがうものものなのか。当然だが文学「ヴェニスに死す」は描こうとしているころのものが、ヴェネツアの風物と深いかかわりを持っている。行った人はわかるだろう、水に浮かんでいるまぼろしのような古い建物、丸い屋根。あの運河の臭気、ゴンドラのまがまがしさ。100年経っても変らないその姿。「ヴェニスに死す」だから、最後は死ぬのだが何ゆえにか?文学の香ただようミステリーと言ったら失礼だろうか。芸術もミステリアス。ギリシャの時代から極めてきた美の究極はどこにあるのか。感性は理性をも覆うのか。若さに老いは脆いのだろうか。個人的な感想、体調がよければトーマス・マンも難しくない。
2005年03月26日
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楽天日記を拝見していると、「このミステリーがすごい!」という言葉がしばしば目に付き、なんだろうと思っていた。どうも年一回発行されるミステリーの雑誌らしいとわかって来た。先日、図書館でふとこの題名が目に飛び込んできたので読んでみた。'89~'97年版「覆面座談会」完全収録&最恐のブックガイドと銘打った本。説明に『読書量・選球眼・批評精神に富む、編集部の独断選定アンケート回答者に一年間のミステリー&エンターテインメントのベスト6を選んでもらい、集計によりベスト20を決定する書』とある。その中に「覆面座談会」がこの本に9年分、一挙に再収録されてあるという。つい先日読んだ「文学賞メッタ斬り」と似たつくりで(いやこの「ミス…」のほうが先だ)、批評と本の情報の坩堝(るつぼ)。9年間のミステリー&エンターテインメントの作家、作品が網羅されていて圧倒された。'98年までなので情報は少し古いが。しかもこの本が出たのが約10年前、取り上げている作家さんのその後の活躍、大成、人気度がどうなったか?その作品は読み継がれているか?なかなか面白いところだ。もちろん鵜呑みにはしていないが、参考になった。苦笑しながら感心してしまったところがある。例えば、時代が丁度高村薫さんのデビューと重なったので、高村薫さんの作品にかなりページをさいていて、それがちょっとマイナーな面白い批判だった。「女王様」と名づけて、ちょっと高飛車という感じかなーと。「ミステリーを書いているのではない」からミステリーのジャンルに入れないで欲しいといっおっしゃったとか、文章、文体も読みにくいとか。もういろいろ(笑)とくに「覆面」さんのひとりが強烈というか面白かった。私は高村薫さんの作品が大好きなのだが、(殆ど読んでいる)最近TVでお姿を拝見した事がある。たしかNHKで「神戸の震災10年」という番組だったが、すごく神経質そうで、にこりともなさらなかった。番組みの内容から笑うものではないにしろ、観ているのが居たたまれないほど。途中で消してしまった。作品は好きだけれど、なるべくお会いしない方がいい、とまで思ってしまったところだった。文章は「覆面座談会」さんが言うように読みにくいとは思わない。むしろ、その味がいいと思っている。だからキャラクターとして「ふきげん」も許されるのかもしれないなんて。むふふふ。 『覆面座談会が選ぶ「過去10年のベスト20」』('89~'97年)未読を読むかもしれないから、書き留めておく。読んでいるのはやはり少ない。ミステリーが好きといっても最近のものはそれほどじゃなかったということらしい。1.「蒼穹の昴」(上下)浅田次郎(講談社)2.「マークスの山」高村薫(早川書房)3.「双頭の悪魔」有栖川有栖(東京創元社)4.「私が殺した少女」原リョウ(漢字が機種依存文字だった)(ハヤカワ文庫)5.「魍魎の匣」京極夏彦(講談社ノベルス)6.「氷の森」大沢在昌(講談社文庫)7.「空飛ぶ馬」北村薫(創元推理文庫)8.「火車」宮部みゆき(双葉社)9.「ホワイトアウト」真保祐一(新潮社)10.「ベルリン飛行指令」佐々木譲(新潮文庫)11.~20「霧越邸殺人事件」綾辻行人(新潮文庫)「異人たちの館」折原一(新潮文庫)「秋好事件」島田荘司(講談社)「行きずりの街」志水辰夫(新潮文庫)「家族狩り」天童荒太(新潮社)「一の悲劇」法月倫太郎(ノン・ポシェット)「不夜城」馳星周(角川書店)「ブルース」花村萬月(カドカワ・ノベルズ)「生ける屍の死」山口雅也(創元社推理文庫)「明治十手架」(上下)山田風太郎(角川文庫)「マークスの山」「空飛ぶ馬」「火車」は読んだ。「蒼穹の昴」は積んである。気になる作家も何人かある。
2005年03月24日
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よく音楽CDでは 「ベストセレクト…」を購入する。特にちょっと前の人気だった歌手がたくさん歌っているものは。要するにあまり聴き込んでいないからわからないのだ。だからおまかせ。作家の短編集はどうだろうか。たいがいは書き溜めて出版されるのでそれを読む。たまに、作家自身の撰集というのもある。もれなく網羅してある全集もある。あるいは、編集者がいくつか選んでまとめ全集に収録してあるのもある。松本清張氏は260篇も短編を書いたそうである。私はその内の100篇足らずしか読んでいない。清張氏の短編が大好きなのにである。これではファンとは言えない。と、感想が興った『宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短編コレクション』(上)を読了。私にとっては、揺り起こしてくれた撰集ということか。やはり、芥川賞受賞作品の『或る「小倉日記」伝』に思い入れがある。現在読み返してみると当時(30年位前)とても暗いイメージで胸に迫ったような記憶があったが、人生ってこんなものかもしれないとの感慨、清張氏の筆力に感嘆、驚異であった。ちなみに私はこの短編によって森鴎外の作品に興味を持ち、ほとんど読むことになった。儲けものは『恐喝者』。もちろん初読んだが清張氏の犯罪ものの原点らしい。面白いし少しも古くないし安心して読める(構築がしっかりしていて、文章が落ち着いている)、といいことずくめ。認識新ただった。 未読は『理外の理』『削除の復元』だった。他は『一年半待て』『地方紙を買う女』『捜査圏外の条件』『真贋の森』『昭和史発掘―二・二六事件』『日本の黒い霧 追放とレッドパージ』認識新たにした残りの未読160篇はどのようにしていつ読もうか、どうしようかな。
2005年03月20日
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少し前のこと(16日)。もう終わりかなと思いつつ、めっきり春めいた日ざしに誘われて植物園の梅林に行った。日なたは心地よく物思いに沈むには合っていた。春の憂いというが、なにながなし悲しいというにはあまりにも浅い春。知人のご主人が突然亡くなったと知った。ご主人も同年代。早過ぎる死。知人は幼馴染である。知人は一度32歳の時ご主人を亡くしている。男の子3人を一人で育て、働いて、自分を高めて、自立心旺盛な人。何年か前に姓が変り、ああ再婚したのだよかったと思った、それが50代にはいってだった。事業も一緒に始めていたとか…、たとえ茶飲み友達結婚だとしてこれからじゃないの。どうしてこんどはもう少し長く一緒に暮らさせてあげないのか、神様は。*******数日後の告別式、彼女は気丈というほか無い様子だった。 紅梅の後ろはしだれ梅。右上はサンシュウの木。
2005年03月19日
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清張の世界を堪能してる。宮部みゆき責任編集「松本清張傑作コレクション」(中)を読了。ここに集められた短編の中で私の未読は「遠くからの声」「式場の微笑」「山」。(中)の巻末にある『コーヒーブレイク(2)「大極宮」でききました 「あなたのお好きな清張作品は?」』が興味深かった。HPで募集したインターネットのアンケートの結果が載っていた。「大極宮」=「株式会社大沢オフィス」(宮部さん、大沢在昌さん、京極夏彦さんの共同会社)の公式ホームページ第一位『点と線』第二位『砂の器』第三位『ゼロの焦点』第四位「或る『小倉日記』伝」第五位『西郷札』第六位『霧の旗』第七位『けものみち』第八位『わるいやつら』どれもこれも私のお気に入りだ。このアンケートに寄せられているコメントが面白い。親が若い時に持っていた古い本で読んだという人が複数いた。親って私の世代。そだろう、そうだろう、はい若い時に夢中で読みましたよ。また、『読まなきゃ良かったと思うくらい、非常につらい思いをしたので、しばらくはこの人の作品は読みたいと思いませんでした。(面白くなかったわけではないのですが辛かったんですね)』という人にさもありなん、救いようのない結末にどっとため息をつかされるのだ。だが、嘘偽りのないこれが真実なんだろうなーと思わしめるから恐い。清張ワールドは桐野夏生さんの「グロテスク」などの世界が近いと思う。「愛」と「欲」と「嫉妬」から逃れられない哀れな人間たちよ!でも、清張さんは暗い情念を巧みに描いているという作家の才能なのだ。
2005年03月15日
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埋めっぱなしの球根だけれど、毎年春一番に咲いてくれる。いつもより春が遅いので見つけた時はほっとした。ジャガイモの種芋をやっと植え付けた。四畝ばかりになった。これも例年より遅くなった、いつも二月の半ばにしていたのだから。積んであった堆肥を畑の土と混ぜる作業に励む。鋤で反転させるのだが、腰に来る。除草したもの、枯れた秋の野菜の残骸を燃やす。これも肥料。衣服や身体が焚き火で枯れ草の燻製になったよう、と笑った。今頃の収穫はほうれん草、菜花、小松菜、大根、わけぎ、カブなど。風が冷たかったが、動いているので気にならなかった。今日は光も春らしくない。春はいつ?
2005年03月13日
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清張氏の短編はほとんど読んでいるが、これは初。宮部みゆきさんの選んだ松本清張ワールド。図書館の順番が(下)が先にまわってきた。(なによ!)そんなことはともかく、とても面白く読んだ。さすが宮部さんがお選びになっただけあって含蓄があった。ちょうど私の関心事とも合致したのかもしれない。お題「生けるパスカル」の「パスカル」を、『「人間は考える葦である」と唱えた学者の「パスカル」ではない。』と語る宮部さん。確かにそうなんだけど、ちょっと関係があるのよ、そこが憎い。考える葦だよ、悩むんだよ、人間は。『人間の本当の生命と、人々が安住している虚構の世界との関係』(P73)要するに、自分が思っている理想の生き方はなかなか出来なくて、実際の人生は虚構の世界のように創っていかなくてはならない。私たちは虚構の世界を見ようとして本などを読むが、本当は実人生が虚構の連続なのかもしれないという、極限状態の恐ろしさ。イタリアはノーベル文学賞のルイジ・ピランデルロの作品「死せるパスカル」を例に引いて述べるられている。(ピランデルロって本当にいたの?)私は上記のところにぐっと来たのだが、この短編の結末はやはり松本清張ワールド、期待通りなのだけれど…。 さて、(下)で未読なのはもうひとつ「骨壺の風景」…「半生の記」とダブり、涙した。清張氏の原点。後は宮部さんの語りと松本清張受賞作家の寄稿を楽しんだ。松本清張受賞作家…山本兼一(2004年11回)、森福都(1996年3回)、岩井三四二(2003年10回)、横山秀夫(1998年5回)らの一文。こんなにも清張氏は暖かく愛されていたのかかと驚いた。嬉しかった。賞を頂いたからという訳でもないだろう。「支払いすぎた縁談」「帝銀事件の謎」「鴉」「西郷札」「菊枕 ぬい女略歴」「火の記憶」久しぶりに松本清張の作品に触れてみて、どれもこれも今読んでも面白いこと請け合いと思う。この宮部みゆき責任編集松本清張短編コレクションは、このごろの入れこしゃりこの小説ばやり、このような企画ならば古い清張氏の小説も蘇るだろうよと、企画妙味、効果があるといいねと老婆心。 ところで、私は清張作品をほとんど読んだと豪語していたのだが、それはうそだった。持っているのが自慢な文藝春秋社の「松本清張全集」は38巻まで。(第1期というらしい)そこまでしか読んでいなかったのだ。私は1974年(昭和49年)以後購入していない、その後調べてもいなかった。(汗)文藝春秋社の「松本清張全集」は第3期まで66巻もあるらしい。オアゾの「丸善」で見たよ。よくも次々と出したものだ。清張氏の膨大な著書よ!ちなみに古いのと装丁は同じ。値段は当時880円、現在は3,262円。おおーぉ。
2005年03月12日
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この本を読むきっかけは猫のゆりかごさんの読後感想である。とてもうまくまとめて書いていらっしゃるので、これは是非読みたい!と思ったのだった。まず、今までそれほど意識してなかった、文学賞がこんなにも沢山あるのかと驚いた。マイナーなものまでいれると500くらいあるだそうだ…。本書の「ROUND4」『選考委員と選評を斬る!』には、文学賞の選考会、選考委員の先生方の裏話が実にたまらなく面白く紹介されていて、笑ったのはいいが、どうにか私が知っている芥川、直木賞もこんなものなのかと考えこんでしまった。たとえば、『芥川賞は、目利きじゃない。村上春樹も島田雅彦も高橋源一郎も逃している。』だの『直木賞は賞を与えるタイミングを間違えている。』に、ぼんやりと思っていたことが当たっていて、ふーんそうなのかと。が、まあ、読むべき興味は、『はじめに』で大森望さんが『あくまでも、三度のメシより小説が好きな男女が語る、「小説好きによる小説好きのための小説賞ガイド」だと思ってください。』と書いていらっしゃるように、文学賞にまつわる、主な賞のなりたち、どんな本が賞になったか、裏話、ひいては文学におけるジャンルの話、(純文学、ミステリー、SF,ライトノベル、エンタテインメント、等々)外国の賞の話と盛り沢山ある。文学、本、小説の話題の嵐である。文学賞を語りながら、文学を深く語っている、しかも活きのいい現代のものを。著者の大森望さん、豊崎由美さんが本をよく、たくさん読んでいらっしゃること!ほんとの本好きだ。私にとって印象深かったのは(猫のゆりかごさんも書いてらっしゃるが)ジャンル・クロスオーバー傍流(スリップストリーム)小説のこと。純文学でもない、ミステリでもホラーでもない小説のことをいうらしい。これにファンタジーを加えて、それがこの頃の文学の主流ではないかと密かに思うのだが。ああ、やっとがわかりかけてきた……現代本事情のことが…。ほんとに、勉強になった。これは私にとっていい本だ。メモが厖大になり、真っ黒になってしまい、図書館で借りた本なのでやっぱり買わずばなるまい。(笑)かって私にとって、本の読み方のバイブルは二つの「文学入門」だった。伊東整氏と桑原武夫氏のもの。(ちょっと古いが 笑)今やとって代るかも知れない「文学賞メッタ斬り!」に。しかし桑原氏のお説、本を読む楽しさは「インタレスト(興味、おもしろさ)がなければならない。」は変わらないと思うよ。
2005年03月09日
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本日は読み物ではない。画集。それもとびっきりの…。水彩画が描けなくなって久しい。このBOXをひも解いて情熱をもらおうと。ほんと、BOXのよう…。15cm四方の厚さ2.5cmの小さくてぎゅっと詰まった岩崎ちひろの絵の数々、280点。没後30年記念のメモリアルブックのためにたくさんの方々が選んだとか。一般の方々も有名人も。安野光雅さん、江國香織さん、紺野美沙子さん、さくらももこさん、椎名誠さん、俵万智さん...いっぱい。江國香織さんは「かんらんしゃ」という絵をお選らびになって、それはきっとひとつの物語が飛び出してくるような絵で、お見せ出来ないのが残念。でも、どなたもちひろさんの水彩画は知っているよね。そうそう、「窓ぎわのトットちゃん」そしてひとつひとつの絵にみんなの思い出が書いてあって、280点。ちひろの挿絵の絵本の情報、ちひろの年譜も。いろいろの楽しみな情報のいっぱいつまったおとくな画集。癒されています!↓楽天Bookの「ちひろBOX」 ちひろ美術館のHP
2005年03月08日
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東京駅は八重洲口から見ると平凡な駅であるが、丸の内口から見るとレンガ造りのドームが偉容を誇っている。恩田陸さんの「ドミノ」は主に東京駅の内部が舞台の面白い話だった。この北原亜以子の「東京駅物語」はそのレンガ造りの建物が主役だ。主にその待合室にての人生模様がせつなく描かれている。東京駅が中央停車場としてまさに誕生しょうとした明治30年代から、昭和の敗戦一年後までを9話の章立てで物語が進む。第一話が時代物のようで、平凡だなーと思いつつ読み進んでいくと、どうしてどうして二話、三話と複雑に絡み合った人々の運命が時代とともに流れていく「グランドホテル形式」というらしい。ああ、こういうミステリーもあったのだと思う。第七話の主人公鳥尾須磨子が登場すると、その哀切にじーんとする。新しくなった丸ビル、「オアゾ」などが出来てますます変化していく丸の内側、駅舎も改修するとか…。よく利用する私が、図書館で題名に引かれて手に取った本だが、東京駅の歴史を垣間見せてもらった。初北原亜以子さんでもあった。
2005年03月07日
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風邪気味と雪に降り込められて、うつらうつらの読書三昧。少し倦んできたので…。図書館から借りるようになって期限付きで読んでいるとなんだか忙しない。それは贅沢というものよといってしまえばみもふたもないが。それが証拠に↑のテロップ「ヴェニスに死す」が読めてない。どうもトーマス・マンは私にとって相性が悪い。「魔の山」しかり、前もそう。多くの情報に接し、小躍りして読み進んではいるが、私も手当たり次第ではなく整理して読みたい時期だなーとは思っている。ただ、どのような整理方法があるのだろうか。果たして選べるのか。お気に入りの作家の作品を全部読破型。面白いものをピックアップ。(書評を見て)ジャンルにこだわる。例えば純文学、エンターテイメント、ミステリー、SFなど。文学賞作品を総なめ。歴史、事件を重視する。テーマを絞る。例えば恋愛、人生論、思想など。ベストセラー、話題性あるもの総なめ。名作を読み返す、読んでいないのを読む。ああーぁ、やはり手当たり次第かな~。
2005年03月04日
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ドキドキするようなフレーズが随所に散りばめられている、さすがはデビュー作である。きっとこのナイーブな優しさ、しなやかな強さの雰囲気にころりとまいった乙女心というか。人気のあった訳がわかろうというもの。書き手「私」の名前が最後まで出てこないので、つまり作者「北村薫」さんも覆面の作家で性別も判然としないところで、ミステリーが秘密の情緒をいや増すにさせていたのだ。ところどころのドキドキするようなすっごいいい言葉はしかし、こんな私でも(乙女でない)夢中にさせてくれる。ということは普遍的ということ。その捉えて話さない魅力とはこのヒロインのボーイッシュな「私」にある。それはヒロイン「私」と仲良し3人のやりとりのなかに出てくる場面でわかる。本ばかり沢山読んで知識はあれどうぶな「私」がからかわれて、あかくなり口をとがらせたところを、『可愛いなー、膨れたその顔が可愛い。ボクが男ならほっとかないよ』なんて女友達にいわれてしまう。しかし、そのすぐ後で鏡をのぞいて少年のような顔をしげしげと…哀しくなる乙女チック。うまいよ。さて、あらすじは、女子大生である「私」の日常、通学生活でのささいな出来事の中にひそむ謎を、あれ?と思う。それをひょんなことで知り合った落語家の「円紫師匠」が謎解きをしてくれるのだ。「私」がぶつける相手「円紫師匠」の神通力がすごいのだ。人の心理の奥襞にはいりこめるのだろう。また、その師匠との「私」の掛け合いが何ともほのぼのとしていいのだ。ハッとさせられる真理もある。P194の「円紫師匠」が噺を誰に向かってするのかと聞かれて、聴いてくださっているお客さんだけじゃなくて「自分に向かってだ」と答えた。すなわち落語を一生の仕事にしようと決心した、大師匠の噺を聴いていた純な中学生の自分に向かって。今行っている行動は誰に向かってするのか、それは自分が相手、しかも若い時の、こうありたい自分というものに向かっている、絶対ごまかせない。うーんここはいい言葉だった。ここでこの質問をしたのが「私」の友人の「正ちゃん」だから「正ちゃん」のキャラクターもいいのだ。随所で光ってる。この「円紫師匠」シリーズ(「夜の蝉」など次々と出ている)は、なにげない日常に潜む謎ときと、「私」と「円紫師匠」の人生観を楽しむ事が出来るのではないか。なにげない心理の謎はアガサクリスティも書いているが、北村薫さんらしさが迸っているこれもいいなーと思う。ういういしい若さの輝きがここにはある。「織部の霊」「砂糖合戦」「胡桃の中の鳥」「赤頭巾」「空飛ぶと馬」の5編。私は「赤頭巾」一番良かった。書き忘れた。ここにもおびただしい本の山。それも魅力だ。
2005年03月04日
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樋口一葉(1872~1896)24歳で夭折の明治時代の作家。最近5千円札の肖像になって有名。文語調ではあるが読めないわけではないと思いつつ、樋口一葉の「にごりえ・たけくらべ」(新潮文庫)をなかなか読めなくて積んでいた。それを現代文学の最前線の作家たちが現代語で甦らせてくれる。願ってもないことと、原文を片手に楽しんだ。「たけくらべ」訳・松浦理英子…1958年生まれ、著書『裏バージョン』「やみ夜」訳・藤沢周…1959年生まれ、著書『箱崎ジャンクション』「十三夜」訳・篠原一…1976年生まれ、著書『ぼくはスクワター』「うもれ木」訳・井辻朱美…1955年生まれ、著書『魔法のほうき』「わかれ道」訳・安部和重…1968年生まれ、著書『シンセミア』読んでおどろいた。表現は大げさなものがあるが、少しも古くない。情緒たっぷりの悲しい物語。若い作家が腕を振るって胸に迫る。「たけくらべ」十代のほのかな恋心。「十三夜」せつない結婚生活。上記はダイジェストやお芝居になっているので知られているし、私も内容はわかっていたが、たたみかけるような描写の雰囲気、場面の展開おもしろさ。今回現代語訳を読んで、文章の襞にふれることが出来た。そして原文は美文調、きっと当時はおおいに流行ったのだろうと思う。「やみ夜」…不思議な雰囲気をかもしている。一葉の不遇が揶揄表現されているような。「うもれ木」…筋立てが面白い。アッと思う。「わかれ道」…おねえさんと少年の交流。これもアッと思う。現代語訳を読んでほんとに面白かった。これで原文が楽しく、よく読めるというものだ。訳を担当した最前線の作家に、の作品にも興味が湧いてきた。
2005年03月01日
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