全46件 (46件中 1-46件目)
1

日記をいつも読んでくださる、みなさまへこのたび、私、よしよしよし1972は、バンテアイスレイホテルを退職することになりました。それでこのブログは続けることが出来なくなりました。短い間でしたが、多くのみなさまとブログを通して接することが出来たことを本当にうれしく思います。今後の私の就職先についてはすでに決定していますが、このブログ上ではお伝えすることが出来ません。シェムリアップのどこかにいることは確かです。また新たにブログを作るかどうかはまだ未定です。また何らかの形でみなさまと接することが出来れば、と思います。よしよしよし1972
2005年08月10日
コメント(72)

ここ2、3日、雨がある一定の時間、集中的に降っているので、2日連続でシヴォタ通りが水没した。でも数時間で水は引いてもとに戻り、それほど不便を感じなかった。これは5日のサンセット。うわさの「サンセットバー」にて撮影。夕日を見ながらここでビールを飲むとおいしそう。
2005年08月09日
コメント(4)

昨日、仕事が終わっていつもどおり日本人経営のレストラン、モロッポー3へ向かう。そこで、コーラつきの「チーズバーガーセット」を頼んだ。2,3分してコーラがやってきた。だが、壮絶なストローとコーラに関係に終止符を打つ,、あっけない結末に、呆然とした。こ、これは、氷入りのコップではないですか!しかもストローが見事に氷入りのコップに突き刺さっている!かくして、この関係はモロッポー3では終わった・・・。(もしかしてモロッポーのかた、この日記読んでます?)
2005年08月05日
コメント(2)
ここ最近、パソコンがなぜか調子が悪い。yoshiyuki@banteaysreyhotel.comのアドレスもアクセスできなくなってしまっているし、インターネットがたびたびつながらなくなるし・・・。ま、いいか。というわけで、もし私宛にメールを書いたのに返事が来ない、というみなさん、申し訳ありませんが、cambohotel@yahoo.co.jpのほうまで送りなおしていただけないでしょうか?すみませんが、よろしくお願いします。
2005年08月03日
コメント(4)

カンボジア人とカンボジア語で話していて、とてもおもしろいことがあった。日本語の「基準」と言う単語に相当するカンボジア語はいくつかあって、あまりカタカナで書きたくはないが「クhナードムラー」とか、「パ・マネイ」と発音する。(hは息が出ているってことです)この単語を使っている、あるカンボジア語の雑誌をカンボジア人と一緒に読んでいた時のこと。カンボジア人(以下、K):「・・・・・。ボーマ・・・?この単語、どう読むの?」(この単語、多くのカンボジア人が正しく発音さえできない。)よしよしよし (以下、Y):「・・・パ・マネイだよ。」K:「パ・マネイ?何それ?」Y:「言い換えるとクhナードムラー(基準)って言う意味だよ。」K:「パ・マネイなんて、そんな単語はカンボジア語にはないよ!」Y:「は?」k:「この単語はカンボジア語ではないよ!」Y:「・・・・。」返す言葉もなかった・・・。・・・言い切られてしまった。こういう言い方をするカンボジア人って、大勢いる。なぜそこまで言い切れるほど確信がもてるのか、不思議に思う。だが、ネイティブにそこまで言い切られると、なんとも言いようがない。そしてついさきほどであるが、もう一度確認のため、バンテアイスレイホテルにたまたまやって来ていたカンボジア人のおじさんに聞いてみた。Y:「これってどう読むの?(パ・マネイを見せる。)」k:「これは単語ではないよ!」質問して2秒くらいですごい確信をこめて答えられてしまった・・・。すごい言い切りだ。しかし実際には・・・・証拠1辞書に、でかでかとありますけど(笑)。証拠2ほら、ここにも。証拠3ここにもありますが・・・。。証拠4おまけにこんなところにも・・・。このあたり、カンボジア人らしさが見え隠れするように思う。通常、日本人同士が会話していて、わからない日本語の言葉に直面したらどうするだろうか?辞書を引くなり、誰かに聞くなりしてそれが本当に存在する単語かどうか、どういう意味かを調べてから確信をこめて答えるようになるのではないだろうか?(このあたりが、日本人らしさかもしれない。)しかし、興味深いことに、たくさんのカンボジア人にこの質問をしたけれど、だれも辞書を調べずに、有無を言わせず「そんな単語はない」、と答えたと言うことである。注目すべき点として、カンボジア人のボキャブラリが、ポルポト以後、急激に下がっていることを銘記しておきたい。そのせいで、ポルポト以前に教育を受けた人と、そのあととでは語彙力が大幅に違うという事実はこの点を証明できるかもしれない。実際辞書にでかでかと書かれていることらすると、カンボジア現代人はこの「パ・マネイ」をただ知らないだけ、と言わざるを得ない。それにしても、本当に、愛すべきカンボジア人。かれらを見ていると、ますます愛着がわいてくる。最後に、この内容はけっしてカンボジア人を批判するために書いたのではなく、私の観察から得られたカンボジア人らしさを紹介したにすぎないことをご承知ください。
2005年08月02日
コメント(4)

カンボジアに限らず、東南アジアに広く見られる興味深い事例のひとつとして、ストローとコーラの関係が挙げられる。カンボジアにおける、このストローとコーラの関係は奥が深い。おそらく本に書けば、そこそこ売れるのではないかと思われる。今日はこのストローとコーラとの深い関係について、鋭い視点から洞察してみようと思う。まず、コーラはビンで頼めば、モロッポーカフェ3で2000リエル(50セント)だ。まあ、こんなものだ。しかし、コーラの缶を頼んではいけない。そう、缶ではなく、ビンを頼まなければ、この奥深い関係は始まらないのだ。その後、3分もしないうちに、ビンのコーラがやってくる。そのコーラのビンに、あるものが付いてくる。それがストローだ。このストロー、実に興味深い。これがビンのコーラだ。もれなくストローが付いてくる。ここまでではまだストローの奥深さについては知る由もない。このあたりから、悲劇は始まる・・・。続けてコーラを飲んでいると、あることに気づく。こ、これは・・・。ストローが、ビンの底まで届かない。これ以上飲めば、ストローではもはや飲めなくなるのだ。どうすればいいんだ~!もはやストローがコーラまで届かなくなる。なんとかしなければ!そこで無理やり飲もうとすると、ああっ!ストローが!。ストローが中に入ってしまった。このストローの無残な有様は見るに耐え兼ねない。こうなったらストローはもはや何の役にも立たない。無残なストローの様子に、哀愁すら漂う。このあと、ストローはどうすればいいのか?やはりストローを取り外し、飲むべきか、それともストローの今までの重要な役割に敬意を払って、ビンを斜めにしつつもストローで飲むべきか・・・。ストローとコーラの関係は、実に奥が深かった・・・。(わかる人しか受けないかも。)
2005年07月31日
コメント(10)

昨日働く時間が長かったこともあって、今日は疲れ気味。そこで、マッサージに行くことにした。頻繁にマッサージに行くとお金がなくなるのでたまにしか行かないけど、どうしても疲れたら行くことにしている。今回はどこに行こうか迷わなかった。なぜなら私がいつも通っているコーヒーショップのオーナーがマッサージ店も経営していて、なんとオーナーからただ券をもらっていたのだ。店の名前は「ボディーチューンマッサージ」。場所はモロッポーカフェ1の裏あたり、ロシアレストランの隣にある。1時間のトラディショナルマッサージは通常価格10ドルと高いが、VIPカードという何度でも使えるカードがあって、このカードを使うと5ドルになる。これならお得かな。しかし今回はただ券なので、無料。やったっ!これがボディーチューンマッサージの入り口。いい雰囲気のお店だ。中に入ってみると、おお、癒されるような空間。最初と最後はここに座ってゆっくりとお茶が飲める。さっきのお茶を飲んだところの2階がマッサージ室。マッサージの腕はなかなかのもので、気持ちよかったです。これだったら次回5ドル払ってまた来てもいいかな。
2005年07月30日
コメント(2)

バンテアイスレイホテルのカンボジア人スタッフは今日ものんびりしていて、あまりストレスがないように見える。時々感じることがあるのだが、カンボジア人のほうが日本人より全体的に幸福なのではないか、と思うことがある。あの貧しいはずのカンボジア人が、あのリッチなはずの日本人より、である。確かに、カンボジア人は仕事がなかったり、給料が少なかったりして、ずいぶんと貧しいはずなのだが、カンボジア人が苦悩の末に自殺した、という話は日本ほど聞かない。もちろん、どうしようもなく貧しくて不幸な人もいるし、ポルポト政権下の圧政に苦しんだある人々は今もなおPTSDなどの障害が残る。カンボジア人は結婚式を挙げても籍を入れない人が多いので、簡単に離婚させられて路頭に迷う年取った女性も大勢いる。家庭内暴力も多いし、親の言うことを聞かない子どももいる。それでも、私が思うに、カンボジア人は全体的に見て、貧しくても幸福な(サバーイな)人たちに見えるのだ。少なくとも、日本人よりは、である。自分がそう思う理由については自分でもはっきりとは説明する根拠がまだ見い出せていないので、なんとなくそう思っているだけで、この考えは間違っているかもしれない。でも、日本人が失ってしまった何かをカンボジア人が持っているように思えてくることがある。このあたりはぜひ、長年カンボジアに暮らしている倉田さんの意見も聞いてみたい。私の意見では、あまり多くのことに縛られていない彼らの生活は、きわめてシンプル。さらに、仕事もきつくないし、対人関係で悩むこともそれほどない。将来のこともそれほど深く考えていない。それゆえに、思い煩いがほとんどないので、たとえ貧しくても、ストレスがない。おまけに、隣近所のほとんどの人が貧しいので、自分が貧しくても気にならない。しかも、貧しい、貧しいと言って、家でやることもなくごろごろしている人たちに限って、飢え死になどしない。(実際には飢え死にしそうな人もいます)つまりなんとかやっていけてるわけだ。そしてさらに重要なことに、多くのカンボジア人は暇だから家族と過ごす時間がとても長い。食事も一緒に食べている光景もよく目にする。だから家族の絆が強いように思える。これらを総合して考えると、カンボジア人は「日本人より幸福なんじゃない?」と思えてしまうのだ。まあそもそも日本人とカンボジア人を比較するのもナンセンスなんだけれど。ところで話は変わって、今日のシェムリアップの天気は曇りのち晴れで、雨が降らなかった。比較的涼しく、快適に過ごせた。そこで意を決し、夕方、アンコールワットの写真を撮りに行った。いつもは観光客がよく通る道を通ってアンコールワットをバイクで見に行くのだが、今日はあまり人が行かないルートで行くことにした。アンコールワットの横からの写真。この方向から写真を撮るのは初めてだ。今日は曇り空。アンコールワットの第三回廊への階段。急勾配で、上るのも下りるのも大変だ。帰る途中、アンコールワットのお堀のところにサル発見。午後6時ごろの夕日。2,3日ぶりに雲の合い間に夕日が見えた。
2005年07月29日
コメント(10)

今日こそ、ホテル生活開始!かと思いきや、やはり、開始しなかった・・・。どうやら今日、どの部屋に住むべきかを話し合って、明日以降に引越しだそうだ。え?そうだったかなあ?もう決まっていると思ったんだけど・・・。それにしてもさすがカンボジア、物事が順調には進まない。まああせらず、この国のゆっくりとした流れに逆らわないように、と自分に言い聞かせるようにしている。カンボジアの子どもたち(1)プノンペンにいたときに撮影。プノンペンの子どもたちのほうがシェムリアップの子どもたちより人なつっこい。カンボジアの子どもたち(2)笑顔がいいです。
2005年07月28日
コメント(10)

明日からついにバンテアイスレイホテルに住み込みになるので、ホテル生活がスタートだ。今までテレビがなかったけど、明日からNHKも見られる。これでニュース10のスポーツニュースが見られる!でも、シェムリアップはなぜかNHKワールドプレミアムではなく、NHKワールドだ。これは何かというと、外国で見られるNHKにはワールドプレミアムとワールドの2種類があって、番組内容が違う。NHKワールドプレミアムはプノンペンで見られるものだが、いわゆる日本のNHKがほぼ同じ内容で見られるというものだ。つまり普通のNHKだ。しかし、シェムリアップのNHKはNHKワールドだ。ニュースとか、ドキュメンタリーなど、お堅い番組しかやっていない。ドラマはまったくやっていない。かろうじて、プロジェクトXをやっていたりするが、英語音声だったりするので、ショックを受ける。なぜ、これほど日本人が大勢やってくるのに、NHKワールドなんだろう?ワールドプレミアムでしょう、シェムリアップは!ホテル生活がいよいよ明日からスタート!明日は引越しします。
2005年07月27日
コメント(2)

今朝は曇っていたが、雨は降っていなかったのでうわさの「ガーデンビレッジ」というゲストハウスに行ってみた。このゲストハウス、屋上の「サンセットバー」ってのが景色がよいと近所のシンイチ君が言っていたのでずっと気になっていた。行ってみると、なかなかいい眺めで、夕方に来れば美しいサンセットを見ながらドラフトビールがおいしく飲めそうだ。ドラフトビールは夕方のハッピーアワーは0.5ドルだと書いてあったので、これはお得だ。ゲストハウスに泊まらなくても利用できるようなので、いつか夕方に来てみたい。ゲストハウス「ガーデンビレッジ」の屋上にある、「サンセットバー」からの眺め。なかなかよい。美しいサンセットも見れそう。これが「サンセットバー」。雰囲気もまあまあ。ドラフトビールも安いのでぜひ夕方に来てみたい。
2005年07月26日
コメント(4)

このところ、雨が降ったり降らなかったりの毎日だ。ずっと曇り空で、なんだか憂鬱な気分にさせられる。あえて良いところを挙げるならば、曇りで日差しがさえぎられていて涼しいことかな。しかし雨の日はバイク移動の私にとって大幅な制限を強いられるので、仕事がはかどらない。夕方になって雨がやんだのでアンコールワットにでも行って写真でも撮るか、とバイクを走らせていると、料金チェックポイントあたりで強烈な雨が・・・。仕事用の服装がびしょびしょになった。アンコールワットのお堀までやってきたのだが、あきらめて引き返した。ホテルに帰ってきて、ジェネラルマネージャーに呼ばれた。パソコンにウイルスが入っているかもしれないので調べるように、ということで、ビジネスセンターの4台のパソコンをウイルスチェック。終わったら疲れてぐったりだった。でもウイルス感染してなかったようでほっとした。ジャヤバルマン7世病院前。このところ曇り空。アンコールワットに通じる道の突き当たりのお堀。アンコールワット目前で大雨、断念してホテルに帰る。
2005年07月25日
コメント(4)

今日は、近所の日本人と「地雷を踏んだらサヨウナラ」という映画を見た。以前すでに2回見ているんだけど、また見たくなってみんなで見た。自分の好きな映画って何回でも見たいと思うこと、ありません?映画の主人公のタイゾーの時代は、アンコールワットを見るために命を懸けて行かなければならなかったのに対し、今の私はバイクで簡単に見に行ける。当時地雷だらけだった遺跡周辺も今では撤去済みだ。この映画を見て、私は平和ないい時代にシェムリアップに来れたんだなあ、ラッキーだなあと思った。地雷を踏んだら、サヨウナラ。主人公がカンボジア語を話すので興味深い。今日午後6時30分の国道6号線沿い。向こうにはスターマートの看板が見える。今日は1日中曇りか雨だった。サンセットもまったく見えず。信号のある交差点。この街には信号が2箇所ある。いつの間にか新しいホテルがまた建設中だ。それにしてもシェムリアップにホテル建て過ぎではないでしょうか?
2005年07月24日
コメント(2)

かつて1年ほど勉強していたロシア語。カンボジアに移住してなお今も、かつて目指していたロシアのことは心の片隅にある。プノンペンに来て1年ほどたったころだった。プノンペンにロシアレストランがあるので行ってみた。もう読まなくなっていたロシア語の本があったので、もしロシア人がいたらあげようと思って、立ち寄ってみた。ロシア人らしき人が経営していた(実際にはウクライナ人だった)。食事をオーダーしてから、勇気を出して、「ヤ ハチュー ダイチ バーム エタ クニーガ(この本をあなたにあげます)(注意:これって正しい表現?Ю者さんチェックよろしく)」と言うと、「スパシーバ!」と大喜びでした。そのあとベラベラ・・・とロシア語をしゃべり始めたけど、まったくわからないので「ヤ ウミエーユ ガバリーチ パルースキィ(ロシア語、話せません)」というと、「話せるじゃないか」とさらにおしゃべりが過熱して・・・でも、久しぶりにロシア語に接して、しかも喜んでもらえたのでなんだかうれしかった。ものすごくハイテンションになったウクライナ人の人には「また絶対に来てよ!」と念を押された。ところで最近、私にロシアを思い起こさせてくれる人がいる。かつて私にロシア語を教えてくれたこともある、Ю者さん という人だ。彼女がブログを始めたのでちょくちょく見に行かせてもらっているが、写真を見て大好きなロシアのことをまた思い出した。もう5年も前になるが、1週間だけウラジオストクでホームステイをしたことがあるのだ。また機会があれば、行ってみたい街だ。カンボジアに来てもこの本は持ってきた。もう勉強する暇はないけどいつかは役に立つだろうか?
2005年07月23日
コメント(2)
バンテアイスレイホテルのスタッフは、英国に長く住んでいたイラン人のジェネラルマネージャーと、私以外は全員カンボジア人だ。そこで、上司と話すときは英語、他のスタッフと話すときはカンボジア語が必要になってくる。予想はしていたが、ここ最近は、私のカンボジア語力が英語力を上回ってしまい、英語を話すときのほうがストレスを感じるようになってしまった。無理もない。もはや英語の学習に時間をかけている暇はないのだ。しかしカンボジアに来ても、現地語のカンボジア語がある程度上達しても、やはり個人的にあまり好きではない英語からは逃れられなかった。英語が嫌い・・・日本の進学塾で英語の講師として7年間、中高生に英語を教えていた男の言うこととは到底思えないかもしれないが、事実だ(笑)。どうしてなのだろうか?中学1年から今までざっと20年は費やされた英語学習は、英語を好きになる助けにはならなかった。それにしても、たった3年勉強しただけのカンボジア語力が英語力を上回るとは、よくよく考えてみればおかしな話で、英語圏の人が聞いたら笑うだろうな。もちろん、私の英語の単語力も文法力もカンボジア語のそれより高い。私が勉強用に使っている日本語⇔カンボジア語の辞書なんてほんとにしょぼくて、薄っぺらい。それに対し、英語にいたっては、大学受験に出てきそうな難しい構文なんかも覚えている。しかしそれでも、英語を話す段階に来て、急にぎこちなさを感じる。日本にいたころからの悪い習慣か、緊張のあまり英語を話したい、と心から思えないのだ。まあそれはともかく、日本の英語教育のせいではないのかもしれないが、せっかく10年近く学校で英語を勉強するのに、多くの日本人が英語を話せないのはなぜだろう、と思う。
2005年07月22日
コメント(8)
2年ほど前になるだろうか、プノンペンにいるとき、テレビでサッカーの中継をしているのを見た。それは「カンボジア対ミャンマー」だった。・・・双方、目を覆いたくなるような試合運びで、これがナショナルチーム同士なのか?、と驚いた。しかしそれもそのはず、つい最近のサッカー世界ランキングが出ているページを見ればわかる。http://www.sanspo.com/soccer/daihyo/data/fifa20050720.htmlカンボジアのランクはかなり下のほうで、185位。過去1年のランキングを見ても、カンボジアは180番台をうろうろしている。とはいえ、つい最近まで内戦状態にあった国であることを考えると、ナショナルチームがあって、国際試合をしているということだけでも評価に価することかもしれない。これからもカンボジア代表のサッカーチームを暖かく見守っていきたい。
2005年07月21日
コメント(0)

カンボジアの正式な通貨はリエル(Riel)だが、実際にはUSドルと併用されている。だから、別にUSドルだけを持っていたとしてもカンボジア旅行ができるわけだ。しかし、1ドル札、5ドル札など、小額の紙幣をいくらか持っておくことを勧める。なぜなら、ホテルや外国人向けのスーパーマーケット以外においては、あまりにも高額な紙幣を渡されても、おつりが渡せなくて受け取りを拒否されることがあるからだ。だいたい1ドル≒4000リエルで計算されている。0.75ドルが3000リエル、0.5ドルが2000リエル、0.25ドルが1000リエル、2ドルが8000リエル、2.5ドルが10000リエル、ということになる。たとえば、1.5ドルと言われたら、1ドルと2000リエルを混ぜて使ってもいいし、6000リエルを払ってもよい。これは屋台でもレストランでもすべてのところで通用する。この計算は慣れていない人にはややこしいかも知れない。さらに、この国では補助通貨にセントは使っていない。リエルが補助通貨のようになっているのだ。もし0.5ドルのノートを買うとき、1ドルを渡せば、50セントではなく、2000リエルが帰ってくる、という仕組みだ。これが1000リエル(0.25ドル=約28円)紙幣。1000リエル紙幣4枚で1ドル。500リエル札。この紙幣の裏には日本政府が援助して建てた「きずな橋」が描かれている。カンボジア語で「スピエンキズナ」と呼ぶ。日本の援助はカンボジアにとって感謝なのだ。100リエル札。独立記念塔が描かれている。シェムリアップで最大のローカルの市場の様子。とにかく人がたくさんいる。市場の衛生状態を見ると、食べたいという意欲が下がる。
2005年07月20日
コメント(3)

カンボジアにはペルシャ(イラン)料理店はまだどこにもない。そこで、ジェネラルマネージャーのイラン人、Mr.キアーニは、本格的なペルシャ料理をバンテアイスレイホテルの野外レストランで開くことを計画している。今月末にはレストランのリニューアルオープンをする予定だ。しかし、実は私自身、イランどころか、中東にさえ行ったことがないし、ましてやペルシャ料理など食したことがないので、どういうものなのかまったくイメージがわかない。明日からレストランの内装を考えるように命じられたが、アラビアンナイトのような雰囲気なのだろうか?とりあえずインターネットでペルシャ料理とペルシャ文化について研究中だ。ペルシャ風の?じゅうたん。まだイランについてはよくわかっていない。
2005年07月19日
コメント(2)

今日は朝6時30分に起きた。毎日この時間に起きたいのだが、仕事が夜の9時までかかることがあり、早起きは挑戦だ。しかし前日、夜8時30分ごろに眠れたこともあって、今朝は早く起きることができた。朝起きて早速プールへ。すでに1人先客がいた。プール、サウナ、フィットネスジムが1年間使い放題で120USドル(13520円)という安さだったので、即契約した。新しいプールなのでゴージャスな気分が味わえる。プールサイドには、こんなリラックスできそうなチェアが。泳いだあとはしばらく寝っころがってひと休み。昼になって再びいつものモロッポーカフェ3へ。クメール焼きそば1ドル。安い。食事のあと、バイクを洗車した。洗車代が1500リエル(45円)。バイクはピカピカで気持ちいい。
2005年07月18日
コメント(6)
カンボジアでは、不便なことがいくつかある。その一つが。インターネットの環境だ。日本のようにはいかないのでストレスになることがある。理由はよく分からないが、昨日からホテルのインターネットが使えないのだ。いらいらのもとなので気にしないように努めているが、日記が書けないとあっては困る。今日のところはインターネットカフェに行って書き込んでいるが、USBが使えないために写真が載せられない。こういう日は焦らず、簡単に日記を書いて、帰ってごろごろしようっと・・・。日記を楽しみにしているみなさま、日記が遅れているのはうちのホテルのネット環境のせいです。本人はのんびりやっておりますので、気長にお待ちください。
2005年07月17日
コメント(4)

今日は散髪に行った。カンボジアで散髪すると安い!これが散髪屋さん。1回たった3000リエル(90円)。安い。でも髪型は指定できず、みんな同じになる。電気バリカンなし。すべて手作業。写っている人は私ではありません。
2005年07月16日
コメント(2)

7,8月ともなると、私の周りでは休暇をとることについての話題が出始めた。友人のフランス人のジョンは20日から2週間のバカンスだ。さすがフランス人、忙しくても休暇はちゃんと取る。しかも、彼らは美しいビーチへ。うらやましい。私はと言うと、シェムリアップに来てからというもの、休暇という休暇をとっていない。休もうと思えば休めるのかもしれないが、仕事やさまざまな雑用が気になって、休暇に行くタイミングを逸している。やはりそこは日本人、休暇のとり方が下手だ。よし、私たちもどこかきれいなビーチにでも行くか!と考えたりもするのだが、「お金もないし、どこか近くのシェムリアップのゲストハウスに泊まったんでいいや」という結論になってしまった。やっぱり、旅には出られなかった・・・。今日午前8時45分の写真。曇りの1日だ。このあと12時くらいから雨が降り始めたが、30分くらいでやんだ。午後3時40分。今日は1日中曇りだった。この写真はオールドマーケット前。観光客はここでみやげ物を買う。オールドマーケット前にある、セブンイレブン、かと思いきや、よく見ると「セブンブライト」。こんなのありか。
2005年07月15日
コメント(2)

私のカンボジア滞在も3年2ヶ月が経過した。あっという間の3年だった。カンボジア語も、3年勉強した分はできるようになったと思う。少し話せるようになると、カンボジア人たちとの話題のねたがだんだんつかめてくる。まずカンボジア人がよく会話の最初に使う話題が「あなたご飯食べた?」である。これは会話するきっかけとして私もよく使う便利な表現だ。とりあえず食事の話題さえしておけば、会話を始めることができるからだ。「あなたどこに住んでいるの?」これも便利な表現だ。ここまでは日本人同士でも話すことだ。しかし「家の家賃はいくら?」または「家はいくらで買ったの?」とすかさず突っ込んでくる。「家賃は50ドルだよ。」と答えると彼らは「高い!」と言う。そして私から質問する。「君の家の家賃いくら?」「25ドルだよ。」こんな感じである。そしてカンボジア人が日本人と話しているとよく聞かれることは、「あなたの給料いくら?」である。これはよく聞かれる質問だ。そもそも日本人同士でこの質問は大変失礼だ。しかしカンボジア人にとってはまったく失礼な質問ではなく、話し相手に対して個人的な関心を払っている証拠であるようにさえ見える。私もカンボジアに来て最初はそんな質問には答えたくなかったが、今ではその質問に慣れてしまい、「僕の給料は○○○ドルだよ。」と答えている。そして私も彼らに質問する。「君の給料いくら?」「40ドルだよ。少ないでしょ。」こういう話題でも、少しも失礼には当たらない。日本人だったら恥ずかしくて言いたくないようなこういう話題でもカンボジア人たちはまったく気にしていない様子だ。それにしても、私もこういう話題を気にしなくなってきているということは、自分がカンボジア人化しているということか・・・。最後はやはり「妻はいるのか?」という質問である。「まだいない」と答えると、「カンボジア人と結婚したいのか、それとも日本人とか?」「カンボジア人と結婚しろ」となる。正直言って、こういう話題には結構うんざりしている。確かに、カンボジア人女性にはきれいで魅力的な女性がいる。私もカンボジア語がある程度できるようになったから、コミュニケーションにはそれほど不自由ないかもしれない。しかも3年もカンボジアにいて、カンボジア人の習慣や食生活をある程度理解しているから有利かもしれない。しかしそれでも、カンボジア人と結婚するのは慎重にしたほうがいい。なぜなら結婚したことでどんな変化が待ち受けているか、よく考えなければならないのだ。たとえば、貧しい家庭のカンボジア人と結婚したら、カンボジア人の親戚たちからお金をせびられる。その数も半端ではないのだ。「あなただれ?」っていう、遠い親戚たちが毎月のように家に押しかけてきて、「家が貧しいから、お金ちょうだい」と迫ってくることがあるのだ。そしてお金を渡さなかったら、「けち」という称号を授かることになる。「日本人なんだからお金あるでしょ」と言うわけだ。しかし、カンボジアで働いている日本人の給料なんて日本で働いている人に比べてはるかに少ない。その中でそういった親戚たちとうまくやっていかなければならないのだ。そういうわけで、そういう悲惨な光景を目にしたことがある私としては、たとえカンボジア人と結婚する可能性があったとしても慎重に、と考えざるをえないわけだ。今日午前8時50分のバンテアイスレイホテル前。きれいな青空だ。警察署の前の並木道。大きな木々が涼しい陰を作り、さわやかにする。コンビニ、スターマートの前。ホテルからバイクで3分という近さにある。コンビニの存在は助かる。今日午後6時40分。今日も1日晴れで快適だった。
2005年07月14日
コメント(0)

今日は晴れ。雨は降らなかった。やっぱり晴れと雨では気分が違ってくる。晴れの日は楽しく写真が撮れる。7月の晴れの日のカンボジアは日差しも強く、やや暑い。でも猛暑というほどでもなく、暑いといっても日本のような湿度はない。日本のような不快感はない。日陰に入れば心地よい風がさわやかさにしてくれるのだ。最近になって日本人をちらほら見かけるようになった。日本人客も増えてきているようだ。国道6号線沿いの、バンテアイスレイレストラン付近。このレストランはかつて一之瀬泰造が来てたらしい。午後4時10分。郵便局に行くため、川沿いを通る。並木道がgood。シェムリアップの郵便局。週1回は自分の私書箱をチェックしに来る。郵便局に行ったあと、休憩場所に使う、T&コーヒーレストランに行く。コールドティーが2000リエル(55円)。エアコンがあるし静かなので読書によく来る。午後5時のシヴォタ通り。この通りは町の中心を通っているメイン通り。気持ちいい天気だ。
2005年07月13日
コメント(2)

今日の仕事は楽しい仕事だ。ジェネラルマネージャーのMR.キアーニはイラン人だ。その彼が、新しいバーベキューのメニューを作るというので、試食会をしたのだ。当然、焼肉食べ放題、生ビール飲み放題だ。これまた不思議な仕事だ。ビールも進んで、MR.キアーニの国、イランの話になった。彼の国の宗教や政治にも話が及んだが、考古学の大好きな私には、イラン人が尊敬する2500年前のペルシャ(イラン)の王、キュロス大王がバビロンを攻略してユダヤ人を救出したとか、そういったキュロス大王の偉大な歴史について、わたしは胸をわくわくさせながら聞き入った。まるでキュロス大王の偉大な業績を自分が果たしたかのように話すMR.キアーニの話し方に、2500年前のキュロス大王が、自らインタビューに答えているみたいに聞こえてきて、胸が熱くなった。キュロス大王の末裔、イラン人か・・・。いつか、いつかイランに行ってみたい。古代都市ペルセポリスも、キュロス大王の墓にも、行ってみたい。アンコールワットよりはるかに古い遺跡を、この目で見てみたい。そう思った1日だった。今日は一日中曇り、ときどき雨だった。午前11時、いつも通っているモロッポーカフェ3でとんかつを注文。計1.5ドルついに登場、私の愛車、韓国製のバイク。2年前にプノンペンで440ドルで購入。絶好調。MR.キアーニ自ら試作した、新しいバーベキューの試食会。おいしかった。
2005年07月12日
コメント(2)

最近忙しい毎日を送っている。普段からいつも忙しいのだが、ここ最近はあまりよくない意味で忙しいのだ。カンボジア生活の時間の流れでいう「忙しさ」は毎日味わっていたのだが、ここ数日はその流れを越えた、カンボジアのゆっくりとした時間に逆らうような、余裕があまりない忙しさで、カンボジアでのそういう忙しさは今までの経験上長続きせず、いつかそのしわ寄せが来る。私も最初にカンボジア来たころは、がむしゃらに働いていたことがあった。怠惰に働いているように見えるカンボジア人を見て、怒りにも似た気持ちにまでなった。日本人的な感覚のみで行動していたので、日本にいるような時間の流れで忙しくしていた。しかし、カンボジアに移動してたった2ヶ月後、疲れきったところで腸チフスにかかってしまった。その後1ヶ月間寝ているだけという無駄な時間をすごし、友人たちから隔離され、家から出られないという、もっと効率の悪い結果となってしまったのだ。このことから得られた教訓は、「カンボジア時間」の流れに逆らわず、その流れの中で自分のできる能力の範囲を考え、最善は何かを見極め、それに沿って忙しくすること、それは見た目ではちょっと「怠惰」「適当」のように見えるとしても、長い目で見ると、病気にかからず、ストレスもない、長続きする方法だとわかった。この生き方は日本から見れば「スローライフ」なんだろうなあ、きっと。ということで、今日はゆっくり忙しくさせていただきました。今日午前9時ごろの写真。シェムリアップの建物は低く、空は広い。午前11時。日差しがまぶしくなり、暑くなりはじめた。休憩して、ノム・クリエップを買って食べる。1個100リエル(3円)。ほのかな甘みとさっくり感。今日のサンセット。夕方になって雲が出てきた。
2005年07月11日
コメント(6)

ここ最近は曇りがちな毎日であったが、今日は雨期とは思えないいい天気だ。まったく雨が降らなかった。今日シェムリアップに観光に来ている人はラッキー。雲がないから日差しは強いが、それほど暑くるしくもない。こんな気持ちいい日はバイクで出かけたくなる。午後は雨か曇りの日々だったが、今日は晴れ(夕方5時30分ごろ)こういう日にはアンコールワットに夕涼みに行くに限る。日曜日だと言うこともあって、地元のカンボジア人たちも大勢の人がアンコールワットにやってきていた。上の写真は今日のアンコールワットの様子。青い空が印象的だ。カンボジア人たちはアンコールワットのお堀の前にござを敷いて夕涼み。アンコールワットから街までの道は走っていて気持ちいいシェムリアップの街からアンコールワットへの大きな木々に囲まれた道を通ると本当に気持ちよく、癒されるようだ。帰りは森林浴を楽しむかのように、バイク速度を落としてゆっくり帰った。今日の夕日はさぞかしすばらしいに違いないと思ってカメラを持って待ち構えていたが、友人たちと話し込んでいるうちに日が沈んでしまい、サンセットを撮ることができなかった。それでもとても美しい夕焼けを撮ることができた。サンセットを見に行った人はきれいな夕日を見たに違いないたしかにこういう毎日だったら気持ちがいい。バイク移動の私にとって、仕事もはかどるし助かる。が、雨期はやはり雨がそれなりに降らなければならない。農家の人たちは雨が降らなくて困っているに違いない。雨も必要だ。
2005年07月10日
コメント(0)

今日のバンテアイスレイホテルは英語圏のお客さまでにぎわっている。ジェネラルマネージャーのMr.キアーニのお友達かな?と思って何があったのかきいたところ、長期滞在者のトムさんの誕生日ということだ。今日は派手にパーティーをするらしい。トムさんは昼間からアサヒスーパードライを片手に歩き回っている。陽気なアメリカ人で、奥さんがカンボジア人だ。ビールと言えば、昨日の夕方、ジェネラルマネージャーに呼ばれたので、何だろうと思ってオフィスに顔を出したところ、ベルギー産の「デューヴェル」とかいうビールを一緒に試飲して感想を言うようにと指示された。夕方だし、カンボジアだし(笑)もうすぐ仕事も終わるからまあいいか、と飲んでみた。むむむ、これはうまい!ところが、飲んだ後で「デューヴェルってどういう意味?」と聞いたところ、「デビルだよ。」と言われた。「悪魔のビール」。せっかくおいしいのに、もっといいネーミングはなかったのだろうか・・・。話は元に戻って、実はバンテアイスレイホテルは、シェムリアップのホテルではあまり見かけない、長期滞在割引を実施している。トムさんのように、仕事で長期滞在する方、また遺跡を研究したり、保存修復をされている方、またじっくりと遺跡を観光したいという方には向いていると思う。実際のところ、最近になって見学可能になったアンコール遺跡群の中には、結構長距離ながら、とてもすばらしい遺跡が数多くある。コーケー遺跡などはその代表例だ。私もだまされたと思って一度連れて行ったもらったが、コーケー遺跡には感動した。高さ35メートルのピラミッドがあるのだが、そこからの眺めは、まさに絶景。片道3時間の道のりを忍耐するだけの価値は十分にあった。アンコールワットに加えて、そういった長距離の遺跡を観光するには、最低1週間は必要だ。コーケー遺跡の高さ35mのピラミッド。ピラミッドの頂上。360度地平線は絶景。そこで当ホテルの宿泊プランだが、1週間、2週間、1ヶ月という単位で、かなりディスカウントされているし、すべて朝食込みの価格になっている。詳しい情報を知りたい方はyoshiyuki@banteaysreyhotel.com までどうぞ。
2005年07月09日
コメント(4)
カンボジアでは車やバイクの事故が後を絶たない。ついさっきの話だが、私もバイク運転中にバイクと衝突、転倒した。道を横切ろうとしたのだが、すごいスピードでやってきたバイクが私をよけきれず、突っ込んできたのだ。幸いけがはなかったものの、私のバイクの前輪がひん曲がって車輪が動かなくなった。ぶつかってきたバイクのスピードの速さを物語っている。まあこの程度でよかった。前輪の修理代、たった5ドル。この国の運転マナーは悪いので、事故が起きないように、自分の運転だけでなく、まわりのマナーの悪い運転にも気をつけなければならない。
2005年07月08日
コメント(4)

おとといのニュースを見ていたら、そういうタイトルを見つけた。バイヨン遺跡はもともと遺跡に使われている石材の劣化が激しい遺跡だが、今回の調査で、遺跡の中央塔が倒壊の危険にあることがわかったらしい。今回調査したことで新たにわかったことは、バイヨン中央塔の頭頂部の石材が一部崩落している原因は、豪雨や強風などの突発的な異常気象のが積み重なった結果と推測されている。さらに、中央塔を支える柱には亀裂の入っている石材もあり、今後、異常気象が続けば、倒壊の危険があることが指摘されている。バイヨン遺跡の保存修復への具体的なプランがあるようだが、何事もなく無事に修復されればと思う。バイヨン遺跡の写真。何事もなければよいが。
2005年07月07日
コメント(0)
昨日は1日インターネットにつなぐことができず、日記を書くことができませんでした。毎日楽しみにしている皆さま、申し訳ありませんでした。そもそもバンテアイスレイホテル内のパソコンすべてが何らかの不具合によりつなぐことができなくなっていました。今日やっと再びつなぐことができたので日記を書くことができました。カンボジアの不便さはいつも痛感しています。昨日はホテルで日記がかけなかったので急いでインターネットカフェへ。しかし1つ目のよく行くネットカフェは停電のため使えず、2つ目のネットカフェへ。しかし日記書き込み中にブローカが落ち、長々と書いていた日記がすべて消去・・・。しかしこれでいらいらしてはいけない。これがカンボジア、不便なのは当たり前、と自分に言い聞かせていた。今後もこの日記をよろしくお願いいたします。
2005年07月06日
コメント(0)
カンボジアでは色白な人は美しいとみなされる。彼らの考え方は19世紀のヨーロッパ貴族のようだ。たとえ30歳代でも、それほど顔立ちが端整でなくても、色が白かったら「美しい」と言われる。だからカンボジア人より色白の日本人は「美しい」ということになる。女性に限らず、男性でも色白ならかっこいいらしい。前もって言っておくが、私はその考えに影響されていて、毎日、日焼け止めを塗っているのではない。日中外出する時間が長い私にとっては日焼け止めは必要なのだ。外出するとき強力な紫外線を浴びるからだ。しかしある人は「日焼け止めなんて、お前は女か」と思ってばかにするかもしれない。もしこう考えるなら、日本人は認識不足だ。さらに言うと、この日差しの強いカンボジアでそういうことを言っているであれば、危険なことだと思う。そもそも、私は日に焼けるなら肌の色が白から小麦色になって美しくないから日焼け止めを塗るのではない。太陽光線を長期間、また大量に浴びた人は皮膚がんになる可能性が高くなるのだ。この点オーストラリアでは大々的にキャンペーンをしている。この国では政府が「帽子をかぶろう、日焼け止めを塗ろう」というスローガンを掲げ、太陽光線の危険に関する教育キャンペーンを行っているのだ。というのは、「オーストラリア国民の2人に1人は、生涯中にいずれかの皮膚がんになる」というデータが出ているのだ。確かに、オーストラリア人は白人が多いので、皮膚がんになりやすいといえる。しかし、カンボジアで戸外にいる時間が長い人が強力な紫外線に何も対処していないというのはあまりにも無頓着とも言えるかもしれない。この時期は雨期だ、といって紫外線を侮ってもならない。紫外線の85%は雲を透過するため、曇りの日でも紫外線対策は必要なのだ。カンボジア(特にアンコールワット)に来られることがあるなら、女性であろうと男性であろうと、帽子をかぶるなり、日焼け止めを塗るなり、長袖の服を着るなりして、最低限の紫外線対策はしておきたい。
2005年07月05日
コメント(6)
カンボジアビザは興味深い。「観光ビザ」と「ビジネスビザ」がある。どちらも空港、または国境で取得できる。「観光ビザ」の場合、30日有効で、その後1度だけ30日間延長できる。料金は20USドルだ。観光ビザで入ったらカンボジア滞在中にビジネスビザに変更することが出来ない。だから長期滞在したいなら、一度国外に出てビジネスビザを取る必要がある。「ビジネスビザ」を取得したら、30日有効だ。料金は25USドル。取得後、国外に出ることなくずっと延長できる。3ヶ月、6ヶ月、1年延長できる。1年延長する場合、270~280USドルほどかかる。このビジネスビザ、別に仕事を持っていなくても取得できる。働かなくても「ビジネスビザ」。なんか不思議。今日のシェムリアップの天気は1日中曇りだった。午後3時頃、強烈な風と雷。でも雨は少ししか降っていないし、あまり暑くもないのでよしとしよう。今日は部屋の掃除、洗濯で半日かかってしまった。毎週月曜日は掃除洗濯の日にしているのだ。それにしても時間がかかる。そもそもなぜか我が家の洗濯機の蛇口の水がちょろちょろしかでない。井戸水から引っ張っている水がにごっているのでさびで詰まってしまっているのだろう。あまり気にしていないが、洗濯時間がとても長い。50分かかるところが3時間かかっている。でもストレスにしないように心がけている。そもそもカンボジアはゆっくりとしか進まないときがある。道をバイクで走っていてもそうだ。車を運転しているカンボジア人の中には、意味もなく時速20キロくらいで走っている人がいる。後ろのひともゆっくり走らざるを得ない。日本だったら他の人の迷惑だ。カンボジアでも迷惑なんだが、気にしていらいらしてはいけない。いらいらしてもこちらがストレスになるだけだ。カンボジアの時間の流れに合わせて、その流れに逆らわない生活をすることにしている。でも効率は確かに悪い。そう、そういう国なのだ。日本のようなスピードや便利性、効率を求めてはいけないのだ。
2005年07月04日
コメント(4)

今日のシェムリアップはこんな夕日だった。雲が出ていて、サンセットは見えないが、それはそれで、きれいな夕日だった。下はついさっき撮った写真。この写真を撮った現地時間午後6時45分ごろから雨がぽつぽつと降ったぐらいで、昼間は雨もなく、快適だった。ところでカンボジアにいると運動不足になる。暑いからあまり動かないし、移動手段もバイクだから、あまり歩かなくなる。それでも私は日本人の中では歩いているほうだ。日本人の長期滞在者たちはほとんど歩かないだろうから、運動不足だと思う。しかし暑いし、この国が運動に適していない国だとはいえ、やはり運動不足はよくない。そこで、運動不足を解消すべく、プールに泳ぎに行くことにしている。5月は結構毎日通っていたのだが、先月は忙しくてあまり行くことができなかった。毎朝6時30分に起きて泳ぎに行くことを目標にしている。運動をしないと、あとあと健康を害する。自分を強いてでも、朝早く起きて泳ぎに行きたい。
2005年07月03日
コメント(2)

私が日本から持ってきたもので、お気に入りのものといえば、「ナショナルジオグラフィック日本語版」である。持ってくるのは大変だったが、持ってきて本当によかった。創刊前特別号から、1999年まではすべてそろっている。2000年から2003年も、何冊かある。この前日本に帰ったときにオークションで安く手に入れた。だが、輸送料が高い。船便にしたが、6000円かかった。それでも、この買い物は正解だった。私はテレビを見るのはニュースを見る程度にして、できるだけ文字を見るように心がけている。テレビばかり見ているのはよくないらしい。でも、カンボジアで日本人の楽しめる、質のいい娯楽を探すのは難しい。それに、カンボジアでは日本と違って休暇を取ることがとても大切だ。その点この本はとても気に入っている。うちの近所に住んでいる、トモコちゃんは日本語の文字に飢えていて、私がナショナルジオグラフィックを持っているというのでぜひ貸してほしいと言ってきた。彼女も楽しく読んでいるようだ。ところで、今日はカンボジア人の友人と部屋の壁の色ことで話し合いになった。来月からカンボジア人と共同で使うことになった、ある部屋は何色にしようか話し合っていた。私は薄い黄色なんかいいんじゃないかと話した。ナショナルジオグラフィックによると、黄色の部屋は集中力を増すらしいと書いてあったらからだ。それに壁の汚れも白よりは目立たなくなる。ところが、カンボジア人は部屋の色は白色がいいと言う。どうしても白色がいいらしい。黄色はだめだというのだ。理由は「カンボジア人は部屋の色は黄色を使わない」というのが理由だ。どうやらカンボジア人の家では部屋の色は黄色はありえないらしい。そこまでこだわるものかと思ったが、それが習慣だというので白色で賛成した。これもカンボジア人の習慣なので、カンボジアにいる限りは敬意を払って合わせるようにしたい。
2005年07月02日
コメント(6)

バンテアイスレイホテルでは、ほぼ毎日午後6時から9時まで、炭火焼肉食べ放題を実施している。ホテルの庭で屋外焼肉ビアガーデンというわけだ。なんとお一人様2.5ドルで食べ放題。日本と比べたら激安価格だといえる。最新取引レートで日本円に換算するとたった277円だ。277円で、炭火焼肉食べ放題なのである。なべは、写真で見ていただいてもわかるが、ジンギスカンなべのような形をしている。まわりのふちにお湯をいれて、野菜類を煮るタイプだ。でも焼く肉は、牛、鶏、豚。生ビールもピッチャーがたった2ドル。つまり222円だ。日本円に換算するとすごく安いように見える。だが、カンボジア長期滞在者にとって、2.5ドルとか2ドルは高い。金銭感覚がカンボジア人並みになっているのだ。そもそもモロッポーカフェ(日本食レストラン)で1ドルとか1.5ドルで十分食べられるし、自炊するならもっと安くなる。これは日本に帰ったときの話だが、帰国した次の日に、友人が缶コーヒーを飲もうというので自動販売機に一緒に行った。そのとき、1缶120円を見て、少しひるんだ。なぜなら、あんな小さい缶コーヒーが、120円!1ドルじゃあないか!高い、高すぎる。数日間は缶コーヒーを買う気にはなれなかった。まあともあれ、シェムリアップのほかの焼肉食べ放題の店と比べても2.5ドルは安いので機会があればぜひ試していただきたい。
2005年07月01日
コメント(4)
今日で6月も終わって、明日から7月だ。7月の最後の週に日本に帰る予定でいたが、実はどうしようかまだ迷っている。もう少し仕事が安定してから日本に帰りたいと思っているのだ。日本の友人たちは私に帰るように言ってくださっている。特に大阪の友人とは大阪ドームで会うとかいう、具体的な約束までしてしまった。どうしようか考え中。ところでカンボジア語の勉強は最近、あまりはかどらない。ホテルの仕事が加わったことで生活がさらに忙しくなったためだ。プノンペンにいた2年間は、カンボジア人の家庭教師をつけて毎日1時間じっくりカンボジア語を教えてもらった。だが今となってはその時間もなくなり、言語力がなかなか上がっていかないのがよくわかる。何とか今後も時間を取り分けて勉強したい。それにしても日本人は全体としてカンボジア語の発音が悪い。カンボジア語は発音が日本語より重要な位置にあるので、発音が悪いと必然的に言語の限界点が下がる。その点を前もって教えてもらっていたので、私はプノンペンでカンボジア語を学んだ最初の半年を、すべて発音だけに集中した。ある人々は早くコミュニケーションしたいという気持ちから発音をあまり勉強せず、単語や文法や文字を覚えることを発音より優先したり、発音なんてそこまでしなくても大体でいいとか考えて、会話しようとする。確かに発音だけでなく、総合力が必要だ。でも日本人は特に発音のセンスがないから日本人こそ発音をしっかりしなければならない人たちだ。会話重視の発音の適当な人たちも、最初の1年くらいは、すごい話せるかのように見える。そして、発音しか勉強していない私は最初、まったく話せないかのように見える。しかし、時間とともに発音は大きな助けとなってくれる。ある人は何年たってもある単語を発音してもカンボジア人に聞き取ってもらえず、それがストレスになる。だが、発音さえしっかりやっておけば、発音のストレスはまったくないのだ。あとで単語や文法をしっかりやってしまえば、数年後かなりのレベルにまで達することができる。そう、カンボジア語は発音が要なのだ。おまけに、発音は改善するのがむずかしい。そのせいで、一度出来上がってしまったおかしな発音を、なかなか直せないことになってしまう。この日記を読んでいる方がカンボジア語を習いたいと思われるのでしたら、まず発音を徹底的にマスターすることをお勧めする。最後に、カンボジア語をカタカナ書きするのは正しい発音をするのによくない。最初はある程度仕方なくても、いつまでもカタカナ書きに頼っていてはいけない。日本語発音は日本語発音、カンボジア語発音はカンボジア語発音、まったく違うものなのだ。
2005年06月30日
コメント(11)

今日は朝から1日中曇りだ。カンボジアは普通、午前中は晴れていることが多いのだが、今日はずっとどんよりとしている。。この写真は午前9時40分ごろのものだ。午前10時には雨となった。午後になっても曇りのまま、午後3時30分、激しく雨が降るが、10分ほどでやむ。またいつ降りだすかわからないのでバイク移動の私は雨具が必要だ。来月から私自身の部屋がホテル内に設けられるので、バイク移動も減って、雨による憂鬱も少しは和らいでくれるだろう。ところで6月のシェムリアップは日本人の姿をあまり見かけない。うちのホテルに限らず、どのホテルでもローシーズンになると日本人はぱったりいなくなるのだ。この比較的ひまな時期にシェムリアップ在住者たちは日本に帰国するケースが多いように思う。下の写真は今日の午後3時30分ごろ。
2005年06月29日
コメント(7)

シェムリアップは雨期なのに今年はあまり雨が降らない。ついさっき(午前10時30分)撮ったシェムリアップの写真。このシヴォタ通りも雨期には水はけが悪くて時々水没してしまうが、今年はまだ水没しているのを2,3回くらいしか見ていないと思う。昨日の夜9時ごろから激しくではなく、しとしとと雨が降ったので少しだけ水たまりがあるのがわかる。インターナショナルスクールは昨日から生徒たちが再び登校し始めた。その様子を写真に収めようとしたが、学校側に配慮して自粛することにした。校門は厳重に警備しているように見えた。何はともあれ、もうこんなことはないようにしてほしい。ところで日本ではシェムリアップの事件が大きく報道されたようですが、このような、犯罪者が学校に入って子供を殺すという事件は日本でもあるので、この事件があったからといってシェムリアップが治安の悪い町だとか、旅行できない場所だとか判断されたらちょっと悲しいです。そもそもシェムリアップは平和な町です。
2005年06月28日
コメント(2)
アンコールワットの街、シェムリアップより、日記テスト
2005年06月27日
コメント(0)
わがバンテアイスレイホテルからほんの1キロほどのところに先日問題のあったインターナショナルスクールがあります。明日その学校は再開するのですが、その再開の様子などをまた日記でお伝えしようと思います。今日は友人のフランス人のジョンが26回目の結婚記念日で、そのパーティーをしました。下の写真はその様子です。ジョンはシェムリアップで地雷を撤去するNGO,CMAC(シーマック)で働いています。CMACの活動などもいつかインタビューして日記に書こうと思います。ジョンの息子のジョシュア君(写真に出ている子供)も事件のあったインターナショナルスクールに通っており、明日から普段どおり登校します。
2005年06月26日
コメント(3)
このホテルの名称に使われている、バンテアイスレイとは・・・。シェムリアップから北東に40キロ、車で所要時間約1時間のところにある、アンコール遺跡群のひとつ。カンボジア語でバンテアイ(砦)、スレイ(女)つまり、女の砦(とりで)を意味する。西暦967年に当時のアンコール王朝の摂政、ヤジュヌヴァラーハによって造られた、ヒンドゥー教寺院。他の遺跡と違ってこの遺跡の大部分が赤色の砂岩で造られており、個性的な遺跡。残されたレリーフも彫りが深く、緻密に造られている。写真の「東洋のモナリザ」と呼ばれる女性像は、アンコール遺跡群の中でも特に美しい彫像として有名である。
2005年06月25日
コメント(10)

カンボジアの現地日本語情報誌といえば、在住者ならだれもが知っている、NyoNyom(ニョニョム)。2ヶ月に一度発行される情報誌で、ただの旅行者向けのカンボジアガイドブックではなく、ローカルという視点に重きを置いた「生活情報誌」です。NyoNyumとはクメール語で「笑顔」と言う意味で、カンボジアの笑顔を伝えていきたい、という発行者の思いが伝わってきます。毎回さまざまな興味深い企画が満載しており、私自身も楽しく拝見しています。ちなみにバンテアイスレイホテルもこの情報誌に広告を載せています。毎回最初の特集記事はいつも凝った内容で、たとえば今回の題は「クメール料理」。記事を通してNyoNyom取材陣がかなり深い調査のもとに記事を製作されていることを肌で感じ取ることができる納得の内容です。そして思わず吹き出してしまうのが、さわきまきこ先生の4コマ漫画、「かぼちゃ、甘いか しょっぱいか」。ほかのだれもかもし出せない時空の流れるこの漫画ワールドに、いつもにんまりしながら引きずり込まれています。しかし、この情報誌の中でも私が特に楽しみにしているのが、「言葉のきずな橋」という連載記事。日本語の格言をカンボジア語で言うとどういうか、という記事です。たとえば「サルも木から落ちる」ってカンボジア語では「・・・」と言う、といった内容です。おおっ、なんてマニアックな・・・。思わずその記事だけ切り取ってファイルにして保存したい・・・。そう思わせる記事です。そんな、カンボジア初心者から長期滞在者まで、幅広い層を満足させる、NyoNyomからは今後も目が離せません。
2005年06月24日
コメント(2)
シェムリアップの6月は、雨期の季節の真っ只中です。とはいっても、雨が24時間降るわけではなく、普通はある一定の時刻に降ります。夕方ごろ雲行きが急に悪くなってくるかと思えば、強烈な雨が。でも1時間もしないうちに雨はやみます。この雨の時期を旅行者の少ないローシーズンと呼んでいます。確かにこの時期、美しいサンセットは雲に阻まれて見れません。シェムリアップの町のあるところは多量の雨により水没します。でも雨期だからといってそれほど不便に感じることはないです。さらに、この時期は日本からの飛行機代も安い。ホテル代も格段に安くなる。私に言わせればこの時期こそリーズナブルないい季節だと思いますが。
2005年06月23日
コメント(9)
日記ってあとがきできるんですか!忙しかったらこの手を使おう!
2005年06月22日
コメント(0)
カンボジア、シェムリアップ、バンテアイスレイホテルのスタッフのヤマモトです。このたび、ブログをやることにしました。さて、どうなることやら・・・。
2005年06月21日
コメント(0)
全46件 (46件中 1-46件目)
1


