PR

2006/09/07
XML













私の周りには深酒する人が多いので、

友人と飲むと、たいてい2、3軒の飲み屋をはしごする。

終わるのは朝も、通勤電車が混み始める、そんな頃。














渋谷で飲む事など滅多に無いのだが、

飲む時は、やっぱり朝までなので、

大体の飲み屋さんは、5時ごろに追い出される。

しかし、渋谷の知っているお店で一軒、

24時間居酒屋と呼ばれるお店があり、5時に、他の店を追い出されると、

残った人々できまっていつも、その店に移動する。















そして出てくる料理も決して旨いとは言えない代物だが、(むしろマズい)

外にはまるまると太った鼠が、這いずっているような飲み屋だが、

ついでにいうと野良猫が、食べ物を探して入り口にうろうろしているような飲み屋だし、

まぁつまりは、汚い感じの飲み屋だ。よーするに。

しかし、その時間、他に空いている店がないので、

仕方なく、その周辺で今まで飲んでいた、

まだまだ飲み足りない若者らがぞろぞろと入ってくるので、

店はいつの時間も、わりと繁盛していた。














先日も、またいつもの流れで、

渋谷で飲んでいた私達は、

その店に流れる事になった。朝の6時。



店の女店員さんが、注文を取りに来た。













ふと、思った。

こんな時間まで働いて、大変だろうなぁ、と。

一体、この人は何時から何時まで働いているのだろう、と。

ご苦労だなぁ。














いや、母親よりも、もっと歳上な感じだ。

60を越えたくらいかもしれない。

私の母親が、家でぐっすりと眠っているこの時間に、

こうやって渋谷の街の中で、

次々やってくる、質の悪い、酔っ払いの相手をしている。













私の友人達が、注文を次々言うのを、

まるで本当に、お母さんのように、気丈に返す、その人。

よく見ると、とても美人さんだった。

その白くて透き通った腕も、喉も、

もう今は、ずいぶん皺皺で年老いてしまっている。けれど、

ひと目で、昔は大層、モテた人なんだろうな、とわかった。

歳のわりに、痩せていて、面長の顔は、やつれている。

美人さんは、そして苦労してきた人は、

なんだか悲しみを湛えている。

優しく笑っても、なんだか悲しい顔だ。













その苦労が、果たして男によるものなのか、私にはわからないけれど、

こんなに美人さんだったらば、男が放っておくわけがないと思った。

しかし、いい男に出逢えていたのならば、

何もこの歳で、こんな時間に働かずに済むのではないか。

何度も書くが、歳はもう、60を越えている程である。

こんな時間に働くには、辛い年齢だと思う。

真っ赤な口紅が、薄い唇に塗られていた。

それが、皺皺の白い肌に似合っていて、

なんだかとても悲しくなった。













後ろ姿の、黒いポロシャツに、ジーンズ。

悲しい背中。

私の中には、間違っても、同情という感情は生まれなかった。

私なんかじゃとても、計り知れないような、

色々な人生を送ってきている人の背中だった。

綺麗な人。

昔、きっととても綺麗だった人。

それ故に、きっと人よりたくさん、苦労をしてきた人。

こんな時間まで、渋谷の街のまんなかで、

一生懸命に、働いている。

私は、それをなぜか、とても尊いもののように

眺めていた。













私が口を開くよりも先に、

私の友人が口を開いた。

「あの、おかあさん、とてもお綺麗ですね。」

びっくりした。まさか友人もそんな事をおもっているなんて。

それよりびっくりしていたのが、当の本人さんで、

目を円くして、そして、パッと

頬を赤らめた。まるで少女みたいな表情だった。

「いやね。こんな年寄りつかまえて。」

「私は貴方達のお母さんくらいの歳なのよ。いや、もっと上かも知れないわ」

女店員さんは、照れを隠すように、ハニカミながらそう言った。













しかしその表情は、やはり、若かりし頃に

美人と言われ続けていたのだろう、そんな懐かしさを帯びた、表情だった。

そして、この人はやはり、絶対モテただろう。そんな愛らしさすら感じた。

でも、きっと、この歳になると、言われる事も少なくなったのだろうか。

だから、驚いたのだ。

その人は続けた。













「だって・・・あなたたちまだ20代でしょう?」

「私の娘が・・・生きていたら、もう34だから。」

「もう亡くなってるんだけど、」

「やっぱり私の方が、あなたたちのお母さんより上なのよ」














そういって、笑った。

そのまま、少し照れながら、調理場に戻っていってしまった。

私は、その人を初めて見たときに感じた、

あの悲しさの正体が、少しだけ、わかった気がした。













「娘さん・・・亡くしてるんだね。」

友人がポツリと言った。

私は何も答えなかった。

ただ、私の心に響いていた言葉があった。

「生きていたら、34だから。」

パッと聞かれた時に、

それにすぐに答えたことが、とても悲しく、響いていた。













母親だ。

母親は、ずっと、こうやって、いつでも、

娘を亡くした今でも、生きていたら何歳、生きていたら今頃、

そう思い続けて生きていくものなんだなぁとおもった。

なんだか私は、涙を零しそうになった。

だから、友人にバレないように、慌てて横を向いた。

気丈に振舞っている、その母親も、

ずっとその子の事をずっとずっとずっと思いながら、

そうやって生きていくものなんだなぁと。














苦労してきた人は、悲しい。

でも苦労してきた人は、優しい。

私にはこれから、どんな人生が待っているのか。

どんな苦労にも、凛として、立ち向かわなくてはならない。

悲しいことだって、きっときっと

たくさんあるだろう。

私は、その時、

どんな顔をして立ち向かうのだろうか。

そんなことをたくさん、考えた。

その人の背中を見ながら、たくさん、考えた。













店を出る時も、

その人は、

私たちに、照れたままの笑顔で、

「ありがとうございました」といった。

「ご馳走様でした」と返した私だったけれども

また、このお店にきっと、こよう。

そんな事をおもっていた。

















お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006/09/07 06:45:34 AM
コメント(6) | コメントを書く
[どうしようもない生活。] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: