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脳の病気で、半身不随になった小学生の男の子。
最初は意識不明だったのに、同級生の、「がんばって!」「一緒に遊ぼう!」という録音テープの言葉かけで、病院で意識を取り戻しました。
その後、退院し、学校にも復帰し、学校行事にも参加。
でも、彼は、何をするにも、家族や、友達の助けを借りないとできない状態になっていました。そんな状態がしばらく続いたある日。
彼は、思いました。「僕は、人に迷惑をかけてしか生きられない。生きている価値があるのだろうか」と。
そんな彼に、同級生が言いました。
「僕たちのために、生きて」と。「君が生きていることが、わたしたちの希望なのだから」と。
その言葉を聞いたその男の子は、「人に迷惑をかけてしか生きられない自分を情けなく思っていたけれど、そんな自分を、必要としてくれる人がこんなにいるんだ。じゃあ、僕は、君たちのために生きるよ」と言いました。
12歳で、気がついたのです。
私は、三十路手前になってから、ようやく気がついたというのに。
彼は、その後間もなく亡くなったそうです。
でも、彼の支えになった同級生たちは、20代に入ろうかという現在、介護の仕事に就いたり、専門学校に通ったりして、介護、看護の道を目指しているそうです。
彼は死んでしまいましたが、同級生の心の中には、
しっかりと、彼が生きているのですね。
私は、がんになり、人に迷惑をかけてしか生きていない時期を、何度か味わいました。
その闇に突入するたびに、何度となく、
「もう、きついな。死んでもいいかな」とか、
「生きている方が、辛いな」とか、
思っていました。
でも。
生きるモチベーションが限界にまで落ち込んだ時、
いつも、
絶妙なタイミングで、周りの人に救われてきました。
どのタイミングを逃しても、私は、今、生きていなかったでしょう。
ある親友は、入院していた私に言いました。
「首だけになってでもいいから、さくらちゃん、生きて」
その時は、理解し合っていた友人だっただけに、
「なんちゅーこと言うんだ。人ごとだから、そんなことが言えるのだ」と思ったものでした。
でも・・
そうじゃなかった。
今、わたしの周囲には、
そんな想いを抱いて生きている人が、何人かいます。
闇の中でもがきながら生きている彼らを見て、私も思うのです。
「首だけになってでもいいから、生きて」と。
あなたが生きていることが、私の生きる支えなのです。
どうか、生きてください、と。
炒り玄米、作るから。
ごま塩も、作るから。
メールだって、するから。
会いにも行くから。
私のために、生きていてください。
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