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幸福のツバメ
町の広場には豊かだった頃の名残で、
幾つもの宝石が散りばめられた王子の像が建っていた。
かつては眩いばかりに輝いていた宝石は、
百年経った今では、すっかりくすんで輝きを失い、
王子の像は、ただのまっくろなかたまりに成り果てていた。
長い貧乏生活で身も心も弱り切っていた町の人々は
古びた王子の像に見向きもしなかった。
存在すら忘れていた。
しかし王子の像は町の人々を見つめていた。
どうにかして町の人々を救えないだろうかと心を痛めていた。
そんなある日、町に、南の国へ向かう途中のツバメの一群がやってきた。
「こんな貧しい町は見たことがないね」
「ゆっくり休んでる場合じゃないよ」
ツバメたちは、人々の飢えた視線に身の危険を感じて、さっさと次の町へと旅立つことにした。
バサバサバサ。
「ちょっと待ってください!」
飛び立つツバメたちを王子の像が呼び止めた。
「うわ、誰かが喋った」
「僕です、あなたたちが羽を休めていた王子の像です!」
ツバメたちは顔を見合わせて相談をした。
「なんか王子とか像とか言ってっけど・・・」
「きたなくてなんだかわかんないよね」
「こんなみすぼらしい王子がいるかよ」
「ただの気持ち悪い置物じゃね?」
「そもそも像だか置物だか知らないけどなんで喋るんだよ」
「魔法?奇跡?超常現象?」
「とりあえずここはみなさん、スルーの方向で」
王子は叫んだ。
「お願いです!僕の話を!」
バサバサバサ。
「僕の話を聞いて下さい!」
バサバサバサ。
「聞いてくれ!」
バサバサバサ。
「お願いだ!」
もはや絶叫だった。
「ツバメさーん!!!」
しかしツバメたちはあっさり飛び去った。
ひとりになった王子は、しばらくの間、空の彼方を眺めていたが、やがてクソッと小さく呟いた。
「ツバメどもめ、バカにしやがって」
体が自由に動くなら地団駄踏みたい所だった。無情だ、ジャンバルジャンだ、ああ無情。
その時、足元から小さな声がした。
「あの・・・」
プクプクに太った丸い生き物が王子を見上げている。
この貧しい町で、この太り具合。大きさからいっておそらくネズミだろうが、なんて場違いなんだ。
王子は忌々しい気分で、なんですか?と答えた。
「あのー、わたし、あなたの話を聞いてあげてもいいですよ」
足元から話しかけてるわりに上から口調。
カチンときた王子は簡潔かつ冷たい声で断った。
「結構です」
「きょとん」
プクプクは太った体を揺らしながら大きな声を出した。
「だけどさっきあなた、僕の話を聞いてくれって、
どっかのメッセージソングみたいに熱く叫んでいたじゃないですかー」
「別に叫んでません」
「叫んでましたよねー?声、裏返ってたじゃないですかー。
それがあんまりにもみっともなくてかわいそうで、
ほら、わたしって困ってる人を見たらほっとけない性格じゃないですかー」
初対面だし、おまえの性格なんて知ってるわけないし。
「だからね、あなたの話を聞いてあげてもいいかなーって。
だってほんと、あなたったら、あんまりにもみっともなくてかわいそうなんですものー」
何回、みっともないと言えば気が済むんだ、このバカ。
こいつのどこが困ってる人を見たらほっとけない性格だ。
傷ついている人をいたぶるのが好きな性格の間違いだろう。
「あれ?聞こえていないのかしら。
もう一回言わなきゃダメー?どこから?ええと、その」
プクプクはさらに声を張り上げた。
「だってほんと、あなたったら、あんまりにもみっともなくてかわいそうなんですものー」
王子の堪忍袋の緒が切れた。
「あーもういい。もうわかった。確かに俺は叫んでいたよ、声が裏返っていたよ。
で、だから、なに?叫んじゃ駄目なのかよ、声が裏返っちゃ駄目なのか」
「そんなこと言ってないじゃないですかー。わたしの話、ちゃんと聞いてますー?」
「・・・」
「もしもーし」
うざい。
「・・・あのさあ、おまえ何様?ちなみに俺、王子様」
「オージサマ?On、爺様?ノリのいい爺さん?」
「無茶だよね?そこで区切る意味がわかんないよね?ふつうでいいから。ふつうに、王子様」
「オージー・サマー?オージービーフ的な?なるほど、オーストラリアの夏ってわけですねー」
「オーストラリアとか夏とか、俺、完全に無関係だし。っていうか既に名前じゃなくなってない?
間違い方が明らかに不自然だよね?どう考えてもわざとだよね?」
「あ、おうじさま!」
「いきなりふつうに言うんだね・・・」
「おうじさまって変な名前ですねー」
「あ、いや、王子様っていうのは名前じゃなくて」
と説明しかけたが、よく考えたら王子には名前がなかった。
「いや、いい。めんどくさい。もう、いい」
「ふうん、おうじさまですかー。よろしく、おうじさま!わたしの名前はジュリエットです」
「ジュリエット?プクプクの間違いだろ」
「なんですって?」
「いや、なんでもない。
それよりプクプク・・・じゃなくてジュリエット、さっそくだが、とっとと消えてくれ。じゃ!」
といっても王子、像なだけに自ら立ち去ることができないのが悲しい所。
「どうして?おうじさまがわたしを呼んだくせに」
「いや、俺が呼んだのはツバメだし」
「だから、わたし」
パタパタパタ。
ジュリエットは太った体からキュルっと翼を出すと王子の肩に飛び乗った。
「ツバメ?そんなプクプク太っておいてツバメ?」
「失礼ね!」
「嘘だろ、どう見てもネズミだろ」
「どこの世界にくちばしのついたネズミがいるっていうのよっ」
とにもかくにも、こうして王子とジュリエットは出会ったのだった。
「つまり、おうじさまとしては、自分の体を町の人々に分け与えたいというわけなんですねー?」
「体というか、体に埋め込まれた宝石をだな」
「ふうん、宝石ー。で、わたしに運び役を頼みたいと」
「おお、ジュリエット、やってくれるか」
腐っても鯛、太ってもツバメ、頼むぜ、ジュリエット。
王子の元気はすっかり復活していた。
しかし、どうやら、ジュリエットの方は急にテンションが下がった様子。
低い声で、なんだかたいへんそう・・・とボソッと呟いた。
「え、なに?なんか言ったか?ジュリエット」
「・・・自分でやれば?」
はあ?
「俺、像だから一歩も歩けないし」
「像なのに喋ってるじゃん。だったら歩くこともできるんじゃないの?」
「できねえよ」
「なんで?」
「知らないよ、俺が教えて欲しいよ。大体、歩けた所で、像の俺が宝石持って現れたら、みなさん、ぎょっとするだろうが。
じいさんばあさんなら下手したら心臓麻痺でオダブツだぞ。俺は人助けがしたいんだよ、殺してどうすんだよ」
「それはまあ、そうですけど・・・」
「な、お願いだ、町の人々を助けてやってくれ」
「でも・・・」
「おまえ、困ってる人を見たらほっとけない性格じゃなかったのかよ」
「う」
王子、ここぞとばかりに畳み込んだ。
「頼む!おまえじゃないとダメなんだ!」
一瞬、ジュリエットが固まった。
な、なんだ?俺、なんかまずいこと言った?王子も固まった。
先に動いたのはジュリエットだった。
羽をぱたぱたっと揺らしたかと思うと、ふうっとため息をついて、それから、しょうがないなーと小さく笑った。
かくしてジュリエットのツバメ便、第一回目。
一見、まっくろいかたまりの王子のどこからどうやって、ぴかぴかの宝石が出て来るのかしら?と、ジュリエットは、マジックショーの客になったかのように、わくわく気分であった。
が、しかし、王子が像らしからぬ力量を発揮して自分の顔の真ん中から器用に取り出した丸いものは、それは、普通に、まっくろな石。
「ぐえ」
思わず変な声が出たジュリエットを無視して王子は重々しく言った。
「さあ、このルビーを町で一番かわいそうな人にあげてくれ」
そりゃそうだ。
当たり前に考えれば、まっくろいかたまりにしか見えない王子の、どこをどうやったって、まっくろいもの以外出てくるわけもなかったのだ。
マジックショーをするのはマジシャン。
王子はマジシャンじゃなくて王子。
だから当たり前、これが当たり前。
でもさーっ。
「もしもし、おうじさま、本当にこんなもん・・・じゃなくて、ええとその、これを、あげるんですかー?」
おずおずとジュリエットが言った。
「そうだよ」
しゃあしゃあと答える王子。
今、この時、王子はひたすらに使命感に燃えていた。
待ちに待った人々を救えるチャンス到来なのだ。
燃えずにいられようか。
「さあ、行くのだ、ジュリエット。ゴーゴー、ジュリエット!」
「あの、ですね。その前に確認しておきたいんですけど、これって本当にルビーなんですよねー?」
「はあ?」
「いえ、その、ちょっと見た感じ、わかりにくいかなーなんて思っちゃったりなんかしちゃったり・・・」
「なに、もぞもぞ言ってんだよ。正真正銘ルビーだよ。俺は宝石の王子だぞ?俺から宝石が出ないで何が出るんだよ」
「宝石の王子・・・だったんですか・・・」
「宝石の王子だよ、百年前からずっと宝石の王子だよ」
「ひゃ、百年?ちなみにおうじさま、どのくらい体を洗ってもらっていないんですかー」
「ん?それはだな、かれこれ・・・」
「なんか悲しくなってきちゃったんでもういいです」
ジュリエットは本当に悲しかった。
この人はいろんな意味で悲しい王子だと思った。
「おうじさまのお鼻は赤いお鼻なんですね」
「いいだろう。職人さんが、鼻はやっぱり赤でばしっと決めないとねって力強く言ってたことを昨日のことのように思い出すよ」
「トナカイみたい」
「ん?なんか言った?」
「いえ、別に。赤が色の中で一番好きだなーって言ったんです」
「え、そうなの?」
「生まれ変わったら赤いお花になりたいくらいです」
そう言うと、ジュリエットはルビーをくわえて、ぱたぱたと飛び立った。
小さくなって行くジュリエットの姿を見送りながら王子は、
「なんだ?あいつ」
と照れ笑いした。
そうか、生まれ変わったら赤いお鼻になりたいのか。
やっぱりいいよな、赤い鼻。
やがてジュリエットが戻ってきた。
王子が「ごくろうさん」の声をかけても何も答えない。
「ん?どうした、ジュリエット。元気がないぞ」
「はあ、ちょっと・・・」
「途中で変なもんでも拾って食ったのか?」
「食ってないです、食うわけないです、食いたくても食えないです。この町のどこに食べ物が落ちてるっていうんですかー」
「あ、そうか。なにせ貧乏な町だからなー」
「そうですよー、アハハハハハ」
「そうだよなー、アハハハハハ」
アハハハハハ。
「それはそうとジュリエット、どんな人にルビーを届けてくれたんだ?」
「げっそりやつれて今にも死にそうな親子です」
「そうか・・・その親子が町で一番かわいそうだったんだな?適切なセレクトだ、ジュリエット」
王子の言葉にジュリエットはふるふると首を振った。
「それは違います、その親子は町で一番かわいそうではありません」
「どういうことだ?」
「げっそりやつれて今にも死にそうなのはその親子だけじゃないのです。この町は今にも死にそうな人だらけです。
ねえ、おうじさま、やっぱりこの仕事は、わたしには荷が重過ぎます。誰に宝石を届けて誰に届けないのか、決めるのが難し過ぎです」
王子は困った。そんな難しいことは考えていなかった。
誰を助けて誰を見捨てるのかの選択か、確かに重い、重過ぎる。
「あのね、おうじさま・・・」
ジュリエットが言いにくそうに口を開いた。
「不公平なことをするくらいならいっそ誰にも何もしない方が」
そう、なんだろうか。
全員を助けられないなら全員を見捨てるべきなんだろうか。
そりゃあそれが公平ってものなのだろうし、公平は正しい。
だけど。
なんか違う気がする。
全員が助からないよりは一人でも二人でも助かった方が良くはないか?
不公平だとしても、不公平が正しくないのだとしても、その方が良くはないか?
「おうじさま?」
「ごめん、ジュリエット。やっぱり続けよう。そのかわり届け先は俺が決めるよ、おまえはただ届けてくれるだけでいい」
「おうじさまは町のどこにどんな人が住んでいるのか知らないじゃないですかー。それでどうやって決めるというんですかー」
「そ、それは、その、適当だ。そうだ、近場から行こう。近場ならここから見えるし。じゃあ、とりあえず、次は、あの緑の屋根の家ってことで」
「そんなんでいいんですか」
「いいんだよ、この場合、おまえじゃなくて俺が決めるってことに意味があるんだから」
それから、王子が像らしからぬ器用さで自分の体から宝石を取り出し、
それをジュリエットが届けるという作業が幾度も繰り返された。
気がつけば町には冬の匂いがうっすらと漂い始めていた。
そんなある日、ジュリエットが配達に出ている間にドブネズミが現れた。
「ひさしぶりだな、ドブネズミ。ひとつきぶりくらいか?」
「王子、間違い過ぎでげす。1年ぶりでげす」
「そうだっけ」
王子には時の流れというものがよくわからない。
「忙しかったのかい?」
「なにせ百年に一度の大不況、朝から晩まで食いもん探しでげすよ」
王子は顔をしかめた。
「おまえたちまでそんなに苦労してるのか」
ドブネズミは答えるかわりにお手上げのポーズをした。
「そうか、そりゃあそうだよな・・・」
「今日はお別れの挨拶に来たでげす」
ドブネズミはぺこりと頭を下げると別の町に行くのだとつけ足した。
「引っ越しとは心境の変化かい?」
「バカですか?このままじゃ飢え死にするからでげすよ!」
「そんなにひどいのか!」
「さっき言いましたよ・・・無駄に新鮮な反応しないでください」
「ああ、ごめん。最近、体のあちこちをなくしてるせいか調子がおかしいんだよ。で、いつ出発するんだい?」
「雪虫がちらちらと舞い出してるんで明日にでも。ドブネズミのあっしらといえども雪の中の長旅は不安でげすから」
「そういえばあのツバメはなんで南の国に行かないんでげすか」
ふと思い出したようにドブネズミが言った。
「ジュリエットは人助けのためにこの町に残ってくれているんだよ」
「人助け、でげすか?」
ドブネズミは首を傾げた。
「この宝石を町の人々に届けてくれてるんだ」
「どの宝石でげすか」
「俺の体に埋め込まれてる宝石に決まってるじゃないか」
ドブネズミは王子の体をしげしげと見つめていたかと思うと、もぞもぞと言った。
「王子・・・それ、誰も欲しがらないでげすよ」
「なんだって?」
「石ころにしか見えないでげすもん。
それに、もしそれがピカピカの宝石だったとしても、欲しがる人なんかこの町にはいないでげす」
「なんでだよ」
「宝石なんて何の役にも立たないでげす。人々が欲しがってるのは命を繋ぐパンや毛布でげすよ」
「おまえは何もわかってないな。これを売った金でなんでも好きなものが買えるだろうが」
「誰に宝石を売るっていうんですかい?この町には宝石を買うような奴なんか一人もいやしませんよ。みんなみんな貧乏なんでげすからね」
去り際にドブネズミは、
「まさかと思いますが、ひょっとして王子、
ツバメの体が冬の寒さに耐えられないことも知らないんじゃないでしょうね。
あいつら、暖かい所に移動しなければ凍え死んじまうんでげすよ」
王子は知らなかった。
ツバメのことをただ単に旅が好きな鳥なのだと思っていた。
憎まれ口を叩きながらも、
毎日、毎日、人々に宝石を届けているジュリエット。
南の国のことなんて一言も言わないジュリエット。
ジュリエット?
その時、ジュリエットが、ぱたぱたと戻ってきた。
「ただいま、もどりましたー」
王子はジュリエットを見つめた。そうしてジュリエットの体がすっかりスリムになっていることに気がついた。
ドブネズミですら食糧に困る町にツバメのエサがあるわけもない。
大体、俺が拾い食いしたんじゃないのかってからかった時、こいつは笑いながら言ってたじゃないか。
「食ってないです、食うわけないです、食いたくても食えないです。この町のどこに食べ物が落ちてるっていうんですかー」って。
なんてことだ。王子はうなだれた。
「なに?どうしたんですかー?おうじさまー?」
王子がドブネズミから聞いた話を喋り終えるとジュリエットは、
「でげすの奴、余計なこと・・・」と小さく呟くと、ことさらにのんきな声で、
「そうですかー。わたしのいない間にそんなやりとりがー」
と言った。
王子が口を挟む。
「え、やきとり?」
「キャー!!やきとり!いやーその言葉は言わないでー!キャーキャー」
「落ち着け、ジュリエット。ちょっとボケてみただけだ」
「ああ、今、恐怖の記憶がまざまざと。っていうかこのタイミングでそんな毒々しいボケかますなんて何者ですか。
やっぱり、おうじさまじゃなくて、Oh、爺様なんじゃないですか」
王子はジュリエットの暴言をさらっとかわして言った。
「安心しろ、ジュリエット。もう誰もおまえをやきとりになんかしないよ、
だって、今のおまえ、やせっぽっちで、まずそうだもん」
「え?」
「おまえ、やせたよな」
「どうしておまえは俺のしてることが何の意味もないって言わなかったんだよ。
どうしてツバメ便を続けているんだよ。どうして南の国へ行かないんだよ」
「おうじさま、一気に質問し過ぎ。でもね、その答えは全部一緒です」
全部、一緒?
恥ずかしそうにジュリエットが言った。
「おうじさまが好きだから」
「おうじさまが好きだから悲しませたくない。
おうじさまが好きだから望みを叶えてあげたい。
おうじさまが好きだからどこにも行きたくないんです」
王子は呆然としてジュリエットを見つめた。
「ちょっとちょっと、おうじさまったら、まともに見ないでくださいよー」
ジュリエットは照れ笑いして続けた。
「おまえじゃないとダメなんだって言ってくれたでしょ?」
王子は覚えていなかった。
「わたしね、誰かに必要とされたことなんてなかったんです。
何をしてものろのろで役立たずだったから、ずっとずっと群れの厄介ものだったの。
だからね、あの時、すごくすごくうれしかったんです」
泣きたい気分で王子が言った。
「だけど、おまえ、死んじゃったらおしまいじゃないか」
ジュリエットは、うーん・・・と唸った。
「どうしてかなー、おしまいなんて来ない気がしちゃって。
冬が来ることも、そうしたら自分が死んじゃうことも、ちっともピンと来ないんです。
ねえ、おうじさまー。人を好きになったら、おしまいなんて来ない気がしちゃうものなのかなー?」
王子はなんと答えていいのかわからなかった。
「あれ?おうじさま、困ってますー?」
そりゃあ困るよ。
「やっぱ重たいですよねー?」
当たり前だろ、おまえの気持ち、命が付録なんだもん。
付録の方が価値あるって、なんだよ、それ、ディアゴスティーニかよ。
困るよ、重いよ、だけど。
だけど、それ以上に。
王子は白い色の空を見上げた。明日にも雪が降りそうだ。
王子の口元から言葉が溢れ出た。
「時間が止まればいいのにな」
自分でもびっくりするくらい優しい声だった。
それから二人は、いろんな話をした。
「ねえ、おうじさまー。
どうして町の人たちに自分の宝石をあげようと思ったんですかー?」
「俺を作ってくれた職人さんが、そういう話を聞かせてくれたんだよ」
「ああ、あのセンスの悪い職人・・・」
「ん?今、なんか言った?」
翌朝、王子が、大きな音で目を覚ますと、
いつもは閑散としている広場のまわりにたくさんの車が止まっていた。
見慣れない服を着た人々が、なにやら、きびきびと駆け回っている。
なんだ、なんだ?
「ジュリエット!たいへんだ、起きろ!」
王子の足元でジュリエットがもぞもぞと動いた。
「さっきからずっと起きてますよー」
ゆっくりと言う。
「だいじょうぶ、ボランティアの人たちが来てくれたんですよー。
ほら、向こうを見てください。食べ物を配っているでしょう?」
まさしく食べ物を配っている。
「わー!本当だー!!やった、やったぞ、ジュリエット!!」
王子は歓声を上げた。
「そうだ、おまえも助けてもらおう。暖房にあたらせてもらえ、いや、まずはエサだ。
ほら、早く、ボランティアとやらの所へ、ぴゅーんと飛んで行って来い」
ジュリエットは小さく微笑んだ。
「なんだか無理っぽいです」
「え?」
「体がね、やけに重たくて飛ぶことができないんです」
王子は昨日の朝よりも空気が冷たいことに気がついた。
木のてっぺんに薄く乗っている白いものに気がついた。
「ジュリエット・・・」
「ねえ、おうじさまー。雪ってきれいなんですね。
この町にきて良かった、おうじさまに会えたし初めて雪が見られたし。
本当に良かった、本当に本当に、良かった・・・」
ジュリエットの声がだんだん小さくなって行く。
「死ぬな、ジュリエット」
王子は大声で叫んだ。
「おうじさま、また声が裏返ってる」
ジュリエットが弱々しく笑う。
その時、
まさに今、百年の人生最大の悲しみを迎えようとしている王子の耳に、
雰囲気ぶち壊しのダミ声が飛び込んできた。
「あいやー、こりゃまた随分と、おどろおどろしい像だっぺ!」
ダミ声の主はタヌキみたいな風貌の男。
ボランティアに便乗したビジネスを展開中の外国人土建屋社長であった。
その視線はまっすぐに王子へと向けられている。
「まあいいや。ちゃっちゃっと片付けちまうべ」
そう言って、なにやら合図のような仕草をした。
思いがけない展開に戸惑う王子をよそに、
変な形の車から半分顔を出した別の男が、了解!と叫んだ。
次の瞬間、鉄球が王子を直撃した。
砕け散った王子の像は、カケラに埋もれていたツバメの死体とともに撤去され、かわりに時計台が建てられた。
町の人々は記憶の彼方に王子を追いやって何の屈託もなく真新しい時計台を愛した。
柔らかい風が吹く春の日のことだった。
時計台のまわりを歩いていた小さな少年が、母親と繋いでいた手をほどき、
「見て見て。僕たちの石と同じ色のお花が咲いてるよ」
と地面を指差した。
「ほんとだね。きれいな赤だね」
母親の答えに満足そうに微笑むと、少年はポケットから、きらきらと輝く赤い石を取り出した。
親子が貧困の果てに絶望の縁に落っこちていた頃。
母親が息子を胸に抱きながら自殺の方法を考えていると、どこからか、一羽の太ったツバメがやってきた。
ツバメはテーブルに着地すると、親子をチラチラと窺いながら、その身をよじったりくねったり、羽を激しくばたばたしたりと、せわしなく動いて、ピーピー鳴いた。
やがて、丁重な仕草でくわえていた石を置くと、颯爽と飛び立ち、がつんと天井にぶつかった。
「ピー」
落下。
それから、ふらふらしながら、どこかへ飛んで行った。
「何?今の」
ツバメが消えた瞬間、親子は顔を見合せ、同時に笑いだした。
笑ったのなんて随分と久しぶりだった。
笑って、笑って、ようやく笑いがおさまった時、母親は、自分の心の色が変わっていることに気がついた。
生きたいと思った。
そうして死ぬ方法ではなく生きる方法を考え始めたのだった。
親子は町を出た。
くじけそうになるたび、ツバメがくれた石を握りしめた。
不安になるたび、石を磨いて心を落ち着かせた。
自分たちの手の中で少しずつ輝きを増し、いつしか美しい赤の石へと姿を変えたこの石が、実はルビーであるということを親子は知らないし、考えもしていない。
親子にとって、この石は宝石じゃない。
宝石よりももっと素晴らしい希望の石なのだ。
そして今日、親子は町に戻って来た。
少年が石を握りしめながら母親に明るく言った。
「僕、がんばるよ。がんばって立派になって、町のみんなを助ける人になるんだ」
その時、赤い花たちが、ふわりと微笑んだ。
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