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去年見学旅行で訪れた時の記憶のまんまに変な匂いがした。
やっぱりそうなんだ。
がっかりして黙りこくっていると、
少し離れて前を歩いていたパパが笑顔で振り返った。
「さすが港町だな。潮のいい香りがする」
パパは最近ずっと機嫌がいい。
この町に引っ越して来ることが嬉しいのかもしれない。
私はいやだ。
今の学校が大好きで転校なんかしたくない。
それでもこの町に住むことで
パパの機嫌がいつも良くなるのだとしたら我慢してもいい気がする。

ぼそり。並んで歩いていたママが何か言った。
聞き返そうとして口を開きかけてドキっとした。
音の余韻で、なんとなくわかったのだ。
たぶんママはバカみたいと言ったのだ。パパのことに違いない。
聞こえたらたいへんだ。
焦って辺りを見回すと、さっきよりも遠くからパパが手を振るのが見えた。
「おーい。不動産屋があったぞ。ここだここだ」
そう言って、さっさと二階建てビルの外階段を昇って行く。
私はひとまずほっとしてママを伺った。
「潮のいい香りなんてあの人どうかしてるわ。どぶの匂いじゃないの」
ママはきれいに描かれた細い眉をしかめて冷たく言うと
気を取り直したように急ぎ足になった。
階段の手前まで行った所で訊かれた。
「あんたはどうする?」
ママがこう訊く時は大抵、来ないでほしいという意味なのだ。
「このへんにいる」
「わかった。じゃあね」
あっさり頷くとヒールを鳴らして階段を昇って行った。

パパとママはすごく怒りっぽい。
どちらかと二人でいても疲れるけれど三人でいるともっと疲れてしまう。
私は大きく息を吐いた。
そのまま息を吸い込んで、また、変な匂いだなと思う。
だけど一人になれた開放感のおかげで、さっきよりはましな気分だった。
改めて周りを見渡してみる。
所々にペラペラした桜形のビニール。さびれた歩行者天国。
商店らしき建物が並んでいるけれど誰一人歩いていない。
異次元の世界に迷い込んだみたいで少しわくわくした。
































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