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オーストラリアの傲慢
アメリカが提案しヨーロッパ諸国が賛同した国際連盟設立に、日本は消極的だった。先に領土を拡張した西欧列強が自分らの利益を守るための国際機関だ、と解釈していた。引き伸ばしを図る、これが日本の選択した道だった。予期に反して、大勢は連盟設立に動いた。
人種差別撤廃条項を入れて、日本の利益を保証しようとした。カリフォルニアでの日本人移民差別、黄禍論などの白人優先意識に、日本が苛立っていたのは事実だが、人種差別撤廃案の本当の意図は、西欧列強に肩を並べて日本が領土拡張を「公平」に続けられるようにすることだった。
さて、この人種差別撤廃案、なぜアメリカ、ヨーロッパに受け入れられなかったのだろう。実は、1919年4月11日の連盟規約委員会で、人種差別撤廃案(#1)は11対5の大差で通っていた。賛成、フランス(2票)、イタリア(2票)、中国、セルビア、ギリシャ、チェコスロバキア、日本(2票)。賛成しなかった国は(反対とは登録されていない)、イギリス、アメリカ、ポルトガル、ポーランド、ルーマニア。(#2)にもかかわらず否決の憂き目を見たのは、議長を務めたアメリカ大統領ウイルソンの決断によってであった。
ウイルソン「日本の修正動議は全会一致を得られなかったので、不成立と認めます」
牧野全権「これまで会議の問題については、多数決によって決定したことがある」
フランス代表「多数決で連盟所在地をジュネーブと決定したのではなかろうか」
ウイルソン「本件のような重要な案件については、従来とも全会一致、少なくとも反対者がないことを要するるという趣旨によって議事を取り扱ってきた」
委員会で「反対」票は議事録に書きもまれてない。賛成ではないという消極的な反対であった。だから、ここでウイルソンの言う「反対者」とは、この委員会には入っていないが講和会議に参加している大英帝国のメンバー、とりわけオーストラリアの強硬な反対を指している。つまり日本の案が否決された背景には、オーストラリアの強硬な反対姿勢、そして日本案に対するイギリス、アメリカの消極的な姿勢があった。
人種差別撤廃を主張した日本の意図が純粋な理想から来たものではないことは、ほぼ確かだった。自国の利益を追求したものだった。そんなことは、日本が中国に呑ませた21箇条の要求の過酷さをみればすぐに納得できる。日本自身が中国、韓国に対しては人種差別を剥き出しにし、日本が西欧に対する時だけ差別撤廃を主張するご都合主義であったのは明らかだ。
にもかかわらず、イギリス、アメリカが「各国民の平等およびその所属各人に対する公正待遇」という当り障りのない一句を国際連盟規約の前文に入れることを妨げたことは、その後の国際平和の崩壊に大きく「貢献」した愚策であった。日米関係を悪化させた大きな要因だったと思う。
1903年11月、オーストラリア南岸、ポート・ネピアンから一マイルほどのところでペトリアナというオイルータンカーが座礁した。船から避難することになったが、オーストラリア政府は乗員のうち16人の中国人、11人のマレー人の本土への上陸を拒否した。1901年に制定された移民制限法が非白人の移民を許可しないというのが理由だった。イギリス人船長は断固抗議した。「海上遭難事故で、船員が上陸を許されないというのは前例がない。こんなことは大英帝国の恥だ」と主張したが、聞き入られなかった。いわゆる「白豪主義」の醜さの象徴である。
日本の人種差別撤廃案にどう対処するかについて調整するため、イギリスのセシルは自治領首脳たちとの会談を開いた。オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、南アフリカ、ニューファンドランド、そしてイギリス代表が出席した。インド代表は招かれなかった。1919年3月25日のことである。日本は、いわゆる移民問題とは直接関係がないことを弁明した。自治領代表たちは、日本案が採用された場合、その原則を日本人にだけに限ることは出来ず中国人、インド人にも適用しないわけにいかないとの危惧を表明した。
カナダ首相ボーデンが妥協案を出した。「各国間の平等およびその国民に対する公平待遇の主義を是認し」というもので、後日規約委員会に提出されたものとほぼ同じである。自治領首脳もこれには異議を唱えなかった、ただ一人オーストラリア首相ヒューズを除いて。
「日本代表の主張に対して同情しないわけではないが、オーストラリアの世論の代弁する立場としては、断固反対するほかない。この提案の背景にある思想を、オーストラリア人100人中95人が認めないだろう」
と言い放って会議途中にも関わらず退席した。総選挙を控えたヒューズのオーストラリア世論の反応を懸念しての決断だった。
#1 この時点では内政干渉を避けるように修正された案であった。
#2 日本の外交記録ではポルトガルが賛成、ブラジルは反対と記録され、ギリシャは含まれてない。拙文のこの部分は Naoko Shimazu の詳細な研究に拠った。
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