Cymruのお喋り

Cymruのお喋り

RS異聞記 3



「マートン様、とっても楽しそうでいらっしゃいますわね」

「ん、そうか?」

あの日から笑うことなど忘れたと思っていた。
が、確かにここのところのオレは・・・

「カムロは不思議な子でございます・・・あの子の周りには笑顔が溢れます。泣いてばかりおります私にも笑顔をくれます」
Cymruはベットで大の字に眠っているカムロを微笑みながら見つめた。

「ああ・・・オレなんかにも笑顔をくれたからな」
呟いてしまってから慌てて咳払いをするマートン。

「ふう様からお話は伺っております」

「あのお喋り婆ぁ!」マートンは舌打ちをした。

「大切な方を護るための力をお持ちなのが羨ましゅうございます(涙目)」

「あん時のことはよく覚えてないんだ」マートンは顔を歪めた。
「気がついたら村はひでぇ有様で・・・それがどうも・・・
襲ってきた野犬より・・・オレのせいみたいで・・・」

自分がポロポロと涙を流しながらあの日のことを喋っている事に
驚きながら、マートンは話すことを止められなかった。

「あん時はウィズの魔法で村、焼いちまったみたいなんだが・・・
またいつか我を忘れて・・・化け物に・・・今度はこの爪と牙で・・・」
マートンは自分の両手を見つめると唇を噛んで下を向いた。

「そんなことは起きませんわ」Cymruは静かに口を開いた。
「マートン様のお力が目覚めたのは大切な方を護るため。
化け物というのは己のために力を使うものでございます。
誰かを助けるために力を使うことなどございません」

マートンは顔を上げると、Cymruを見つめた。

Cymruはにっこりと微笑んだ。


(=^‥^=)ノいっぱい寝たじょ♪

σ(=^;;^=)ハラ減ったじょ

「あらあら、大変・・・マートン様、そろそろ失礼いたしますわね」

「あ、ああ」

(=^‥^=)σマートン、エライじょ♪

「お前がいうな」マートンは腕で涙を拭うとカムロの額を軽くこづいた

(((=^‥^=)))揺れるじょ~~~

ポヨンポヨンと揺れるカムロに噴きだすマートン。

「ありがとな」今度は頭をいーこ、いーこ。

(〃▽〃)

Cymruは天使の姿になると一礼してエバキュで消えた。

(=^‥^=)ノ 

コールされたのだろう、カムロの姿も
消えた。

”力は誰かのために使うもの・・・か・・・”

いつもはなるべく見ないようにしていた己の爪を
マートンはいつまでも飽かず眺めていた。




その後もマートンは子守に召喚された。

3度目からは何やら別件が忙しいとやらで、Cymruがいなくなり
マートンは1人でカムロとディオの面倒をみるという
とんでもない激務を押し付けられることとなった。

「なんでオレだけ」(ー_ーメ)

文句は言ったものの、それまでの殺伐とした依頼より
今のマートンにはこの仕事が楽しかった。

しばらく遊べばディオは歌と踊りのレッスンに行き

σ/(=・x・=)\ディオねディオね、
いっぱいお歌とダンスの練習して
大きくなったら素敵なリトルになるの(はあと)


カムロは寝てしまう Zzz ( ̄~ ̄)

カムロの寝顔を見ながら
客から預ったDX装備の修理をはじめるマートン。

「こちらの修理もお願いできるかな?」

マートンはギョッとして顔を上げた。

”すげえ・・・”

鍛冶屋でもあるマートンは、装備を見ただけで相手の強さは見当がつく。
更に、立っているだけでこの威圧感。
Cymruも天使の姿になることがあるが、目の前の天使は全く別の生き物に見えた。

「って・・・あんたどっから来たんだ?!」

一応はワンコであるから、嗅覚聴覚とも、ある程度は自信があった。
この部屋にいるのは自分とカムロだけだったはず。

「お前が初めてここに来たときからここにいたぞ」
ルンはいくつか指輪をはずしながら、マートンに近づいた。

「親衛隊長のルンだ。ふう様の護衛を任されている」

伸ばされた腕の筋肉は鍛え上げられ、注がれる視線はまさにスキなし。

渡された指輪の中に不可視のそれがあることで
ルンの姿が見えなかった理由は理解できた。

「オ、オレはマートン」

自分だって不可視の指輪なら持っている。
が、それを装備したところであんなに気配を消せるものではない。

「あぁ~~~っ!」マートンはルンを指差して叫んだ。
「この指輪つけてここにいたってことは・・・こないだのタウンポータルはあんたか?!」

ルンはその雰囲気からは想像できなかった無邪気な笑顔を見せた。

”へえ~”思ったほどとっつきにくい相手ではなさそうだと
安心したマートンもつられて微笑む。

「いい笑顔をするようになったな。今のお前になら、安心して修理を頼める」
頭にその大きな掌を乗せられ、いい子いい子されたマートン。

「餓鬼扱いするなよ!」口ではそういったものの、なんだか悪い気はしなかった。

「これは失礼。では頼んだぞ」そのまま部屋を出るルン。

「任せろ♪」低く口笛を吹きながらマートンは作業に戻った。




ルンが会議室に入ると新たな報告が行われた。

”スマグの酒場に出入りする冒険者に、異変が起こっている”と・・・


魔法都市と呼ばれる町スマグ

この町の近くにあるスウェブタワーとアラク湖水から出る魔力の作用で、ここスマグ生まれのウィザードだけが、ウルフマンに変身する能力を持っている。

マートンは知らなかったようであるが、ウルフマンだという事実は
彼がこのスマグ出身であることを示唆していた。

町の話に戻ろう。

スマグはその名の通り、ウィザードが多く住む町である。
町の西側には、ウィザードの研究室やウィザードギルドがあり、
関係者以外が下手に近づくとどこかの迷宮送りになるという噂がある。

そのような怪しげな噂があるためだろうか、
スマグも大陸に張り巡らされている都市間移動システムの外にある。


そんなスマグで発生しているという異変の内容は

”スマグの酒場に入ったの冒険者の
半数以下の者しか出てこない”というものだった。

行方不明になったのかというと
そんなことはなく、後日、古都、アリアン等で目撃されている。

そんな1人に酒をおごって情報収集してみると
”スウェブタワーにひとっ飛びしたのさ”と
わけのわからぬことを言い出す。

普通の客を装って潜入捜査をしたが、酒場に怪しい様子はなかった。

いったい何が起こっているのか?

「ダメルといいスマグといい胡散臭いのぅ・・・」
ふうは不機嫌そうな声を出し、考え込んでしまった。




「あ~~~マートンまだいた(はあと)」

ディオが歌とダンスのレッスンを終えて戻ってきた。

「好きでいるわけじゃねぇよ!」

突如部屋に出現するタウンポータルは、ルンの仕業とわかった以上、彼が戻らなければ地上には戻れない。

昼寝から目覚めないカムロを1人にしておくのはなんだか気がかりで
ルンを探しに部屋を出ることも出来なかった。

「ディオね、ディオね」ディオは上機嫌であった。
「新しいお歌習ったの、マートンに聞かせてあ・げ・る♪」

アイドルスターの修得のため、
スキルマスターのリトルが歌を教えてくれるのだという。

ピンクの紐の白いダンスシューズで軽快にステップを踏みながら
ディオは歌い始めた。


♪スマグの泉に佇み
 ポケットから手を抜くと
 コインを投げ入れたあなた

 水面(みなも)に浮かんだ小さな輪
 見てると大きな輪になって
 波紋があなたを揺らしてる


”なんだ・・・このメロディー・・・”


♪あの日から
 私の心にも広がった小さな輪
 どんどん大きな輪になって
 波紋があなたへ続いてる


遠く微かな・・・記憶ともいえないような
感覚?


♪ぱたっこよ
 私の想い伝えておくれ
 誰もいない泉に
 コインを1つ投げ入れる

♪浮かんだ優しい小さな輪
 大きな大きな輪になって
 あなたに届け!
 届きますように・・・



ぼんやりと浮かぶもの。
自分に注がれる2つの笑顔。
”マートン”優しい声。
体を包み込んでくれている
腕(かいな)の暖かさ・・・


「マートン・・・?」

俯いたまま微動だにしないマートンに
ディオがおそるおそる声をかける。


「もう一度、歌ってくれないか?」
喉から搾り出したようなかすれた声。


ディオは何かをいいかけ、首を振った。

ステップを踏むのを止め、すっと姿勢を正す。
先程は鼻歌程度の歌い方であったが
今度はアイドルスターを使う時の正式の発声。

部屋を満たす歌声は艶やかに空気を揺らす。

”オレ、この歌・・・知ってる”

ディオはマートンが顔を上げるまで
何度も何度もこの歌を歌った。




ロマ村

モンスターが跋扈する山を越えなければ
辿り着けない寂れた村。

この村でひときわ目立つものといえば
大きな炎。

いつから燃えているのか、
何故消えずに燃えているのか、
誰にも説明できない不可思議な炎。

噂では天上界・地上界・地底界への通路として
いろいろな・・・いろいろな意味でいろいろな
者たちが行き来しているという。

冒険者の中にはここを通り天上界へ行ったことがあると
言いふらす者までいた。

この村を嵐が襲った。

吹きすさぶ風と叩きつける雨の中、
村人たちは家々の戸を固く閉ざし
猫の子一匹見当たらぬ中。
ただ、
ロマの炎だけがぬめるように火柱を上げている。

”足りぬ!こんなざまでは埒が明かぬ!”
”申し訳ございません。
こうなりましたら、死者たちにも手伝わせ、一刻も早く朗報をお届けいたします”
”もう、待てぬぞ!”

轟く雷鳴がロマ村を揺るがす。

炎のすぐ近くに、赤と黄色に妖しく光る雷が落ち、辺りを黒く焼いた。

”仕方がない・・・ダメルの亡者たちの蘇生を急がせるか”

雷雲が消えた。

嵐が去った後、
ロマの炎はいつものように静かに赤々と燃えていた。




「スマグの伝承歌なのか・・・」

「ええ、たくさんの人がいろいろな想いをこめて歌ってる古い古いお歌だから、それだけ大きい力があるんですって。
元は恋のお歌だけどスマグの人は子守唄にも歌ってるって先生言ってた」

「子守唄・・・」

さっきの感覚はもしかしたら・・・?

「ディオ、ぱたっこさん見てみたいな~”ぱたっと~ぱたっと~”とか
”ぱたぱた~”とか言いながら泉の近く飛んでるんですって(はあと)」

「ハノブからすぐの町だよな」

「う~んとね・・・隣といえば隣なのかな」

「行ってみるか?」

「うん♪」

「でもお前、どうやってここから出るんだ?」

「あっ、ディオね、もう地上に戻ってもいいんだって♪
本当はアウグに行かなきゃいけないんだけど・・・その辺はね♪」

(=^‥^=)ノおはだじょ♪

「”おは”ってお前もう日が暮れるぞ^^;」

σ(=^‥^=)カムロも行くじょ♪

「よし、じゃ3人でスマグにハイキングとしゃれこむか♪」

3人は何やら頭を寄せ合い打ち合わせ。

「おやつは1人300ゴールドまで」

(=^‥^=)ノバナナはおやつじゃないじょ♪

「・・・バナナは1房まで、皮は投げ捨て厳禁」

(=^‥^=)ノ/(=・x・=)\ノ

”意外と可愛いとこあるな、この2人”

今までなら同伴者など絶対にごめんであったのに
今はこの2人がついてくることが、楽しみになっているマートンだった。




数日後、早朝。

ハノブのマートンの家に3人が揃った。

「ディオね、ディオね、
”地上に戻る時にこの間習ったお歌の町を見学したい”ってエゥリンに言ったら”良い生徒になられましたね”って感激してお薬くれた♪」
ディオはパンパンに膨れた鞄を下ろして溜息をついた。
「あ~重かった」

「フルヒとフルチャ、心臓はいらないだろ、帰りに取りに寄ればいいから置いていきな」あわよくば、そのまま忘れて帰れと念じながら声をかけるマートン。

/(=・x・=)\ノ

「赤と青も半分預ろうか?」

「おねです(はあと)」

「で、この危なそうなものは何だ?」

「催涙弾~いくら使っても減らないの♪モンスさん全員Cymru化計画推進中です(はあと)」

「・・・ヲイ」

カムロは横で白い仮面のようなものをいじっている。

「あ、それ食べちゃだめ!」慌ててカムロの手からひったくるディオ。

σ(=^‥^=)味見するだけだじょ♪

「これはどこからでもエゥリンたちのホールに戻れる時計なの。
エゥリン本当に心配性なんだから」
ディオが溜息をつく隣で、

(=^;;^=)うめそだったのに食い物じゃなかったじょ;;
溜息をつくカムロ。

「はいはいはいはい、もう行くぞ」
同じく溜息をつきながらマートンはウィズに変身。

ディオはウサギ変身。

カムロと自分にヘイストをかけ、ドラゴン・ワンコ・ウサギトリオが
ハノブを後にした。




ディオの出発を見送ったふうは、彼女のあまりの機嫌のよさと重そうな鞄が気になっていた。

だが、今はそれどころではなかった。

調和を司るふうには肌で感じられる歪みが、ダメル地下遺跡と呼ばれる場所に生じていた。

先日の報告以来ダメルを監視させている者たちからは、異常なしの報告しかない。

”わらわにこれだけ感応している歪みが、わからぬと申すのか・・・”

無意識にまさぐる首飾りの黒い石が異様な熱を帯びていた。

これだけの歪みを起こそうというのだ、これから遭遇するであろう相手は、ふうに察知されることは計算済みのはず。ここにも何かしらの攻撃が来るだろう。

それでも、全戦力であたらなければ、阻止できるような異変ではない。

ふうは覚悟を決めた。

「ガディとエゥリンをここへ。ルン、いますぐ親衛部隊全員をダメルへ」

ルンたちがいなければ、ここは丸腰同然になる。
侍女たち数人の口から悲鳴に近い声が上がった。

侍女頭はふうに目で合図を受け、侍女たちを部屋の外へ連れ出す。

「親衛部隊に告ぐ、総員第一級戦闘配備でダメルへ集結せよ」
ルンは、まるで日ごろの訓練開始の合図を下すかのように、動じることなく応じた。

ガディとエゥリンが駆けつける。

「ガディは冒険者がたむろしてる街に部下をおくり、暇そうな冒険者を拉致して参れ・・・日当1千万ゴールドとでも申せば、いくらでも引っかかってくるであろう」ふうは艶然と微笑む。

「このお邸に、どこの馬の骨ともわからぬ冒険者を入れるのでございますか?!」

「いや、内陣に配備しておけばよい。そやつらが全滅しても、エゥリンらが倒れる前には、ルンたちは戻って参る」
むしろ自分に言い聞かすようにふうは言った。

「今後の指揮は私がとる」親衛隊への指示を終えたルンが進み出た。
「エゥリン、回復スキルの高い者を3班に分け内陣、救護室、親衛部隊に配置。
闇抵抗防具と光攻撃装備をあるだけ支度。
天使もしくはビショが装備できるものは総て親衛各隊長渡し、残りは傭兵達に貸与せよ」

「かしこまりました」

「ガディ、時間がない。この度は質より量での傭兵集めとなる。武器を持てる者なら可とする」

「了解」

慌しく全員が退出すると、ふうは机の向かい数通の手紙をしたため、鳩たちに託した。

「誰かおるか」

侍女頭がすぐに入ってきた。

「そなたたちの力も貸してたもれ」

主に対する正式な礼をし、侍女頭は出て行った。

邸中の者が、つけられる限りの装備と持てる限りの消耗品を手に指示された場所につく。

ルン以下の親衛隊はダメルへ。
ガディの部下たちは地上の街々へ。

ふうは邸奥の祈りの間に立っていた。

首飾りを握り締め、静かに詠唱を始める。

ティルアノグはまるで広大な不可視のベールに覆われたかのように、その姿を隠した。

いつも以上の静寂が邸を包みこんでいった。




”オレは何を期待してたんだろう・・・”

スマグは別に取り立ててなんということはない町であった。

泉ではなく噴水があり、願い事が適うから金を投げろとぬかす奴がいた。

ディオが見たがっていた「ぱたっこ」は、名も無い崩れた塔の地下にいた目玉モンス”ドゥーム”の小さいやつにしか見えない。

なんだか腹がたった。

ここにくれば何か思い出すような気がしていた自分に、むしょうに腹がたった。

「オレ、酒場で一杯引っ掛けてるから、その辺で遊んでろ。町から出るなよ!」

(=^‥^=)ノ/(=・x・=)\ノ

「カムロ、町内マラソンしよう(はあと)」

(=^‥^=)ノ「走るじょ♪」


町の西側にある古びた建物。
その中には何やら高速に回転する黄土色の円形のものがあり、ひっきりなしに何かが出入りしていた。

”進捗状況は?”

”いくら塔と湖からの魔力が強いといっても、死人を目覚めさせるには足りん・・・”

”そんなことは承知の上だ!
だから現地では冒険者どもから生気を吸い上げて、注ぎ込んでいるではないか!”

”足りんな、もっと生命力が強い・・・おい?!”

”・・・ああ・・・今、いいものが通った・・・”

”ダメルの冒険者どもなど、もうどうでもよいわ。手に入れようぞ・・・あのウサギとドラゴン”




「マート~~~ン、ディオも喉乾いた~」

σ(=^‥^=)もだじょ♪

酒場の雰囲気を一変させる天真爛漫さで入ってきた2人に、
その場にいた者全員の視線が集まる。

「ここは餓鬼の来るところじゃないぜ」
「10年たったら遊んでやるよ、お嬢ちゃん」
酔っ払いどもから野次が飛ぶ。

ディオは素早く蝿殺しを手にすると、酔っ払いどもに向かいにっこりと微笑み、躊躇なく催涙弾をぶち込んだ。

全弾命中。

阿鼻叫喚。

さすがにやばいとマートンが止めに入ろうと立ち上がった時、
「お、お嬢ちゃん・・・」店長らしい男が慌ててすっ飛んできた。

すっかり機嫌を損ねているディオはじろりと男を見上げる。

「あ、あのね・・・ここで催涙弾は・・・」

「ディオ、喉乾いた。ジュース飲みたい」

σ(=^‥^=)ハラ減ったじょ♪

「ここはお酒を出す場所だから、ジュースやとかげの餌は・・・」

「ディオ、ジュース飲む~~~!!!(うそ泣き)」

σ(=^‥^=)とかげさんじゃないじょ、カムロだじょ♪

「お邪魔いたします」
入ってきたのはロングコートに身を包んだ2人のウィザード。

「今、取り込み中ですので・・・」と振り向く店長らしい男の顔が引きつった。

「今日、知り合いから荷物が届きましてね・・・果汁100%のおいしいジュースなんですが・・・お裾分けに参りました」
口元だけ笑っている顔から抑揚のない声が漏れている、そんな喋り方だった。

酒場は静まりかえっていた。

マートンは不思議な感覚に包まれて動くことが出来なくなっていた。
首の後ろがチリチリと逆毛立ち、何かがヤバイと彼に警告する。

目だけで様子を確認したところ、カムロとディオと今入ってきたウィズたちは
普通に動けるようであった。
自分を含め、他の客や従業員は動いていない。

”気づけ、アホドラゴンと我儘娘!!!”叫ぼうとするが声にはならない。

カムロとディオはコップに注がれた液体に口をつけようとする。

”飲むな!!!”やはり声にならない。

その時、彼の中に”関わるな!”という声が響いた”お前に用はない”

その瞬間、こみ上げてきた強い想い---




マートンのモットーは

”君子危うきに近寄らず”
”運に頼って楽して儲ける”
”自分より強いものとは戦わない”

そうやって生きてきた。

親だと信じていた者は他人。
育った場所から化け物扱いで追放された彼には
他には生きる術がなかったから。

だが・・・

”御子は我々にとっても希望じゃ”

”カムロは不思議な子でございます・・・あの子の周りには笑顔が溢れます。泣いてばかりおります私にも笑顔をくれます”
”ああ・・・オレなんかにも笑顔をくれたからな”

しょーもない餓鬼だと思っていたのに
何度も何度も心をこめて自分のために歌い続けてくれたディオ。


”そっちにゃなくても、こっちにゃ用があるんだよ!!!てめえらに2人は渡さねぇ・・・”

必死で指を動かし、腰に下げている袋の外側からサイコロに触れる。

”頼む、力を貸してくれ!”

目の前でカムロとディオがコップを床に落とし崩れ落ちる。

「カムロ、ディオ!!!」声が出た。

ウィズたちは驚いたようにこちらを見ると舌打ちをし、
それぞれカムロとディオを脇に抱え、突然現れた高速で回転する黄土色のポータルに消えた。

「オレだって・・・オレだって・・・」

ウィザードに変身するとヘイストをかけ、その先が絶対に行くべきではない場所と確信しながら、消えかけたポータルにテレポで飛び込んだ。



来るよ...

来るねぇ...

あの...生命力があれば...

あれば...

こん...な所...から...

お日...様も拝...めるねぇ...

ねぇ...


活きの...いい...

魂だよ...

いいねぇ...

あれさえ...取り込めば...

今度こそ...光を...

今度こそ...

光...

ひ...か...
り...


”うるさいぞ、亡霊どもが!”

いつぞやロマ村で見たのと同じ、赤と黄色に怪しく光る雷が轟き声をかき消した。

”がっつくな。
ここに誘い込み、閉じ込めてしまえば逃げることは出来ない。
ゆっくりと生命力を吸い尽くさせてやるぞ”


お出迎え...するよ...

お出迎え...

するよ...


部屋の中に埃の様に漂っていた何かが、物凄い速度で集結し人型となる。

「あたしが行くぅ~~~う。あたし、い~~~っぱい遊ぶの♪」

現れたのは小さな女の子。


いいよ...

いいさぁ...

連れて...こい...

ここまで...

ここに...

みなで...

喰ら...える...

よ...う...に




マートンが飛ばされた先は一見ごく普通のお屋敷。

”オレ様も焼きが回ったな・・・運犬マートン様ともあろうもんが、どうみても運がなさそうな場所に来ちまうなんて”
ワンコに戻ると両手を頭の後ろで組み、苦笑しつつ辺りを見回す。

「さてっと、どうするかな・・・」

腰に手を伸ばしてサイコロを取り出す。

”?!”

袋の中から転げだしたのは、黒い牙・赤い勾玉・白い指輪。

”・・・サイはとうに投げられて、
サイコロしてる場合じゃないってか (^ー^;A”

マートンはカバンを漁る。

これでも鍛冶屋の端くれ。
いつも身につけている七つ道具をひろげ、父の形見の金剛石の牙の犬歯と黒い牙を、母の形見の山登り杖の飾り宝玉と赤い勾玉を付け替え、移動用の速度靴から靴紐をはずし、指輪に紐を通すと首から下げた。

”親父、お袋、よろ♪”

装備が暖かくマートンを包む。

”さて、ディオとカムロの匂いはどれだ”神経を嗅覚に集めると、自分の運を信じ、マートンは歩き始めた。




「報酬とってもデラックス~1000万の腕試し~」
数人のリトルが華やかに歌い踊る横でチラシを配る天使。

どこの町でもあっという間に人だかりができた。

「日当は1000万。腕に自信がある方、お待ちしてまぁ~~~す」

辺りにはリトルたちの(はあと)がテンコ盛り。
フラフラと次から次へ冒険者たちが応募し始める。

「おい寝癖」ドスのきいた声が響く。
「う・・・な、なんだ」
「いくぞ」
「で、でも、いかにも危なそうな・・・」
「腕に覚えは?」
「そ、そりゃ・・・」
「しかも日当1000万だぞ」
寝癖と呼ばれたウィズがゴクリと唾を飲む。
もう1人は全身に蒼をまとったランサー。

ランサーはウィズの襟を掴んで引きずりながら前に進み出た。

「は~~~い、2名さまごあんな~~~い」
リトルがにっこりと微笑むと、タウンポータルが開き2人の姿は消えた。




カムロはブルリと体を震わせ、目を開いた。
すぐ隣でディオも、う~んと伸びをした。

「おはよ」覗き込んでいた幼女が微笑みかける。

(=^‥^=)ノおはだじょ♪

「あなた誰?」ディオが訊ねる。

「いいから、遊ぼう♪ ね、ね・・・」
少し悲しそうな表情を浮かべ、訴えるように語りかける幼女。

(=^‥^=)b遊ぶじょ♪

いつの間にか周りは広々とした草原。
幼女はカムロとディオの手をとると笑顔で走り出した。


マートンは呆れていた。

2人の匂いを頼りに辿り着いたのは屋敷の奥の大広間。
のはずだが・・・

部屋の中なのに、そこはいつの間にか草原になり、森になり、遊園地になり、海になる。

姿は見えないが、ディオとおそらくは小さな女の子の楽しそうな笑い声と、天然ボケのカムロの声が聞こえる。

「おい、ディオ、カムロ、返事しやがれ!!!」

怒鳴り続けてみるが、返答はない。
どうやら声は一方通行だ。

”さて、どうするマートン・・・”

マートンは部屋の壁を背に胡坐をかいた。

いつもなら手の中にあるサイコロをいじれないことに、なんとも落ち着かないマートンだったが、
とりあえず、想像よりは悪くは無い状況のうちに、打開策を考えておきたかった。

”PT自体は生きてるが・・・通信はできない・・・”

マートンの鋭敏な嗅覚は、漂う空気の異質さから、ここがある種の閉ざされた空間であることを悟っていた。

”ディオがもってる時計が使えるかどうかだが・・・”

自分がここにいるのに何の妨害も攻撃もない。
相手方の狙いがあの2人であることは明白だった。

”オレ様は員数外ってか、なめられたもんだな”
肩をすくめ立ち上がると、振り向きざまに壁に爪を立てた。

爪あとが刻まれる壁、が、それは見る間に元通りとなる。

”だよな・・・”

まるで手の中にサイコロがあるかのように指を動かしながら
マートンは牙を見せて笑った。




「なんということじゃ!!!」ふうは呻いた。

「お館さま・・・?」

「御子とディオが・・・こたびの異変に取り込まれたようじゃ」
さすがのふうも動揺を隠せない。

「ごきげんよう、ふう様」

「おお、待ちかねたぞ」

「お待たせいたしました」全身スキル装備に身を包み
いつもよりは緊張した面持ちでCymruが現れた。

「誰か御子たちのことを知らぬか?」

エゥリンが進み出て、ディオがスマグを見学してから、アウグに戻ると言っていたことを告げる。

ふうは目を閉じ俯くと掌を合わせ静かに離す。

出現した水晶球に映るカムロ、ディオ、マートン。
まずマートンが酒場に入り、その後しばらくして2人が入っていき、ディオが催涙弾をぶっ放している様子が映し出されたところで、水晶球はまるで剣で切られたかのように2つに割れた。

その場にいた者が凍りつく。
ふうの水晶球を破壊するほどの力のある者がいるというのか・・・

「ガディ、Cymruとスマグへ。わらわも行きたいところじゃが・・・」

祈りの間には何やら幾何学的な紋様が描かれ、その中心にふうが立っていた。
周りに幾重にも並ぶ姫とリトルたち。ふうの祈りに合わせ、一定の間隔でスキルを放っている。
ふうがいなければ、いまこの国を護っている結界を保つことは出来ないのであろう。

「かしこまりました」ガディは即座にタウンポータルを開く。

「この水晶を持ってまいれ。3人のうちの誰かの残留思念を捉えられれば、道は開かれよう」

「御意」Cymruが割れた水晶を胸に抱え、2人はポータルに消えた。

”マートンよ・・・御子とディオを頼む”
ただひたすらに祈るふうであった。




「ここ、座ろう^^」幼女は白い砂の上に転がった。

「楽しかったね~」ディオはスカートの裾を気にしながら横に座る。

σ(=^‥^=)ハラ減ったじょ♪

「おやつにしよう♪」ディオは鞄を開けると、次々にお菓子を取り出す。

(=^¬¬^=)σ 300ゴールド以上あるじょ

「聞こえません ̄(= ̄ー ̄=) ̄ はい、あなたもどうぞ」

「これ何?」ケーキを不思議そうに見つめる幼女。

「えっ~~~知らないの?!」

こうやって喰うもんだじょ♪ (~Q~)ア~ン

「へぇ~」おそるおそる手に取り口に運ぶ幼女。

が・・・
確かに口に入れたはずのケーキがそのままストンと下に落ちた。

「・・・やっぱりあなた、なんだか変・・・
カムロ、マートンのとこ、帰ろう」
ディオは立ち上がりカムロの手をとると後ずさりした。


あ~ぁ...

ばれちゃうよ...

あんな...赤ん坊に...

やらせる...から...だよ

今度...は...オレ...が

あた...し...が

我々...がぁ...


なんとかしてカムロとディオのところに近づこうと、手当たりしだいにチェーンドクロウをぶっ放していたマートンの爪に何かが触れた。

「やっぱオレってラッキー♪」
一度ウィズに変身し、エンヘイをかけてその何かに爪を叩きつけると、突然壁が消えた。

「あ、なんかいるよ」一番最初に気がついたのは幼女。

~(= ^・・^)=o お手だじょ♪

「マートン・・・」ディオは一瞬その場に立ち尽くしてから、一目散に彼に飛びついた。
「マートンお兄ちゃんよね?ね?」

「ああ、オレだよ」自分でも驚くほどの優しい声で答えながら、マートンはディオを抱き寄せて自分の後ろに下がらせた。「カムロもこい」

「マートン、あの子、なんだか変なの・・・」

「ああ・・・プンプン臭ってるぜ・・・ありゃ、アンデットだ」

(=^‥^=)b あたりだじょ♪

「って、カムロてめえ、わかってたなら、どうして!」

「アンデットって私のお名前?」幼女は小首をかしげて尋ねる。

「おまえ・・・」マートンは目を細めて幼女を見つめる。

(=^‥^=)人(^^)仲良しだじょ

「なるほど、害はないアンデットってわけだ」

「お兄ちゃんも私と遊ぼう♪」

「生憎そんな暇はないようだ」

辺りの空気は一変していた。

何かがこちらに向かって・・・くる!




役立たず...がぁ...

もう...お前など...

いらぬぅ...


なにやらねっとりとした灰色の点が突然現れ、幼女に向かい閃光が放たれた。

o⌒◇)<炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎

幼女の脇から炎が放たれ、閃光をかき消す。

「カムロ?!」

(=^‥^=)σ 仲良しだじょ

「ああ・・・あのムナクソワルイ灰色のが喧嘩売ろうってんなら、この子はオレたちが守ろうぜ・・・」
マートンはウィズに変身し、自分とディオにエンチャをかけてから、全員にヘイストとファウンテンバリアをかけた。
「Cymさんならそうするもんな」

マートンの言葉に、少々及び腰で女の子を見ていたディオが頷いた。

「わぁ~い、お水がついてくる♪」女の子は飛び跳ねて喜んでいる。

「ディオ、頼みがあるんだが・・・」視線を灰色の点から離さず、元に戻る。

「なあに?」すでに照準を灰色の点にあわせ、蝿殺しを構えているディオ。

「時計、持ってるよな」

「あ、うん」

「ここじゃ、PTチャ使えなかったんだ・・・ってことはまともな場所じゃねぇ。あの婆ぁにもここは見えねえ可能性がたけえ。でも・・・」

灰色の点はその後、攻撃してくることはなかった。
が、それは何度も伸び縮みを繰り返し、なんとかこちらに向かってこようとしているように見えた。

「あの時計なら」

「でも、これ、ディオしか使えない;;」

「だからお前に頼む。ここにカムロがいることをあの婆ぁに知らせてくれ。お前が行けば、あの婆ぁなら、ここがどこだかわかるはずだ」

確信などなかった。が、そう信じるしかない。

「ディオだけ逃げるの嫌だぁ;;」

「時間がないんだ、頼む」嫌な気配がどんどん濃くなっていた。

(=^‥^=)σ ディオちんエライじょ♪

「わかった。ディオ、絶対戻ってくるからね!」
ディオはポロポロと涙をこぼしながら時計を使い、消えた。

「よし!これできっと助けがくるぜ♪・・・オレたち本当にラッキーだよな」
少々上ずった声で自分に言い聞かせるように話すマートンの横で、

(=^‥^=)v

状況が全く飲み込めていない様子の女の子も、カムロの真似をしてVサインをすると快活に笑った。




ウサギが...逃げ...た

逃げた...


怨嗟の声が満ちる。


...赤ん坊の...せいだよ

せいだよ...


得体の知れないものたちが必死で手を伸ばす先に浮かんでいるのは、七色に輝く美しい球体。
中には女の子とカムロとマートンの姿。


赤ん坊...だけが

...あんなに...

羨ま...しい...

妬まし...い...

・・・オレも...

あたしだ...って...


部屋に満ちる怨念は、その球体に触れようとしては弾き飛ばされ、狂ったように攻撃を仕掛ける。
が、マートンがそこに入った時に生じた亀裂が一瞬で修復されると、球体は一切の攻撃を受け付けなかった。

「まずいな」スマグに戻りこの様子を見ていたウィズは吐き捨てるように唸った。
「この世に最も執着していた魂が、ああまで無垢だとは」

「骨で転がってるときはわからんからな・・・」

「どうする?」

「渇望の塊だった魂が、ああまで満たされていくのを目の前で見せられた亡霊どもが、このまま指をくわえていると思うか?」

「それもそうだ」ウィズはニヤリと笑った。

「人の欲ほど際限ないものはないからな」
もう1人のウィズは左手の黒い水晶球に瘴気を送りながら呟いた。




「ディオ様!!!」

「ディオ様だ」

突然現れたディオの姿にホールは歓声に包まれた。
ディオはすぐに祈りの間に通され、泣きながら状況を説明する。

「ディオ、そなたのスカートについておる砂をここへ」

ふうは数粒の白い砂を掌に置くとなにやら呟き、握り締めた。
ふうの爪が己の皮膚にくい込み流れ出た血と混ざった砂は、ルビーのような輝石へ変化した。

「誰か、これをすぐにCymruに届けるのじゃ」

「私が参ります!」両手の甲で必死に涙を拭ったディオが、目上の者に対する正式な礼をしてふうの元へ近づいてゆく。

「そなた・・・」一瞬ためらった後、ふうはその石をディオに託した。

「いってまいります」リトルに変身し、開いてもらったポータルに飛び込むディオ。

”Cymru、聞こえるかぇ”
”はい”
”今、ディオがスマグに飛んだ。後はそなたらに頼ることとなろう”
”御意”

Cymruとガディは噴水の近くで途方にくれていたところであった。
スマグに飛んだものの、見つけられたのは、明らかに強い魔力が使われた痕跡と、マートンのものらしい残留思念。
が、それも彼らがどこに連れ去られたのかを示してはくれなかった。

「Cymru!」現れたディオが抱きつく。

「お怪我はございませんか?(涙目)」

「私は大丈夫。でもカムロとマートンが・・・」

「はい(泣)」

「おおばあさまがこれを」託された石を渡す。

「ガディ様・・・お願いいたします」

ガディはその石を握り締め、次々とタウンポータルを開き始めた。
その数13。そのうちの1つが赤く光る。

「ダメル・・・ですのね」

「行こう」ディオはCymruを見つめた。

「ガディ様はこのことをふう様へ。万が一の時はコルもお願いいたします」

ガディは頷き、エバキュで消えた。

「参りましょう」Cymruはディオに微笑みかけ、並んでポータルに入っていった。




「はい、押さないでぇ~~~!!!」

さながら1Gセール会場のような熱気。
人、ひと、人・・・

「受付が終わった方から隣の武器庫で武器と防具、消耗品を支給しますので順番・・・」鈍い音がして案内係の天使が倒れた。

「ん?今、槍になんか触ったかな・・・」何事もなかったかのように
通り過ぎてゆくランサー。

「なんかというか誰か倒れたようだが・・・」連れらしいウィズが
振り返りながらランサーの後からついていく。

「あたしとすれ違っただけで倒れるような軟弱ものは放置!」

「はい、次の方、お名前をお願いします」

「イスティス=カイサー」ランサーの女性。

「ダックス=クロイツフェルト」ウィズの男性。

受付周辺にいた何人かが、ギョッとしたように顔を上げ、しげしげと自分たちを眺めていることなど意に介さず、武器庫に進む。

「へぇ~結構揃ってるねぇ」

「私は消耗品を仕入れてくる」

「あいよ♪」

イスティスと名乗った女性は、かなり体格がいい男性ランサーが一度手にしたが、あまりの重さに首を振って戻したランスを手に取った。

「感触は悪くないが・・・」少し腰を落とし頭上にかかげると軽々と回し始める。

「わぁ~」
「ぎぇ~~」

ごった返していた武器庫に響く悲鳴。

「軽すぎてダメだな」先程これを手にした男が足元で泡を吹いているのをランスの柄でどかし、元の場所に戻す。

「エゥリン様、た、大変でございます」傭兵受付責任者が、血相変えて飛び込んできた。

「敵襲か?!」

「い、いえ・・・」

なにしろ来て欲しいと懇願され、向かった先は救護室。
すでにベットが足らず、軽傷者は床に寝かされている。

「・・・?!」

「傭兵の1人が次から次へ武器を試すものですから」おろおろと報告する。

「巻き添えになった者がこれだけいると申すのか?」

「は、はい」

エゥリンは右手で右目と額を覆うと溜息をついた。
「想定される敵は相当に手ごわい。その程度で巻き添えを食らうような傭兵は必要ないと判断する。
この者たちは治療後、地上に返すこととする」

「あの・・・」

「なんだ」

「怪我の治療は問題ないのですが・・・」

「ん?」

「装備の修理代が・・・」

「・・・犯人はわかっておるのだろう。立替えておけ、後で報酬から引けばよい」

「かしこまりました!」




ルンたちと合流したディオとCymruは遺跡近くに来ていた。

ディテクティブエビルマスターの偵察班からの報告によると、
この先に何かがいるはずなのだが、目の前のポータルを通り、遺跡に入るとその気配が消えてしまうという。

「目に見えないもうひとつの空間があるということだな。そこにおそらくカムロたちが・・・」

何か手がかりが無いかと、少しずつ位置をずらしてはディテクティブエビルをくりかえす偵察班の額に汗がにじむ。

「こちらにはマートン様の残留思念を封じてございます」Cymruは2つに割れた水晶の片方を指差した。
「ディオ様は、もう片方をお持ちになり、その場所のことをなるべく詳しく思い出して下さいませ」

ディオは頷くと、Cymruから渡された水晶を胸に抱き、記憶をたぐりよせた。

”目が覚めるとカムロと女の子がいて・・・遊ぼうって・・・
不思議な場所で、ディオが公園で遊びたいって思うと
公園になって・・・女の子が『これなあに?』って・・・
遊園地になるとまた『これなあに?』・・・あの子、
何にも知らない子だった・・・自分のお名前も・・・海も、ケーキも・・・
で、ディオがマートンお兄ちゃんのこと考えたらお兄ちゃんが来て・・・”

ディオはなんだか鳥肌がたち、一度思考を止めるとCymruを見つめた。

「女の子は、どうやら生まれてすぐに亡くなられた様ですわね(涙目)
ご自分がこの世に生まれ出たことすらわからないうちに(泣)」

「あ・・・そういえばあの子、『私、こうやってどこかでゆらゆらしてたの』っていいながらお膝抱えて見せてくれたの。
『お声がしてたのよ”お名前も決めてあるのよ。いっぱい遊ぼうね”って・・・私、凄く楽しみにしてたの♪』っていいながら体揺らしてたわ」

割れた水晶が熱を帯びて輝き、それぞれCymruとディオの手から離れると空中で球体に戻った。

《聞こえるかぇ》

「お館様!」ディオ以外のものが一斉に膝まづく。ディオは優雅に一礼した。

《今、ガディたちを向かわせた、タウンポータルを持つものは彼らとともに、その水晶を使いポータルを作ってたもれ》

ガディたちの到着とともに遺跡脇に幾重にも天使が並び、次々に水晶に触れてからタウンポータルを作り始める。

スキルマスターのものですら数ミリのポータルしか開かぬ過酷な状況に、次々に倒れてゆく天使たち。

「今こそ、我らが部隊の力、お見せするときぞ!」
普段は穏やかなガディの怒号に近い叫びが響き渡る。

HPやCPであればPOTやスキルで回復ができるのだが、スタミナとなるとCymruたちでもどうにもならない。

「ディオ様、お歌をお願いいたします」

ディオは頷いた。
「いにしえの契約により、星々たちに願います。我が愛するものに宇宙(そら)の力、分け与えたまえ・・・」
ディオのアイドルスターが響き始める。

疲労の色が隠せなくなっていた天使たちの顔が、見る間に明るくなってゆく。
力尽き倒れていた者たちの中には、再び立ち上がる者もおり、
ついにポータルが開いた。

「あとは・・・お願い・・・いたし・・・ま・・・す」いつもの穏やかな声でルンの手を取ると、ガディはそのまま前のめりに倒れた。

それが合図であったかのように次々と倒れる移動部隊。

「親衛部隊、前へ」ルンはガディを抱き上げると救護班に託し、
「全員進めぇ~~!」真っ先にポータルに飛び込む。

「おおっ!!!」親衛隊員は我先にとポータルに消える。

「ディオ様、参りましょう」

ディオはCymruの手を握りしめ頷くと歩を進めた。





「結界が破られました!」
伝令が転がるように部屋に飛び込んできた。

”水晶球の修復に力を注ぎすぎたのぅ・・・思ったより、もたんかったか”

「うろたえるな!想定内じゃ。こちらの火力は足りておる」ふうは目を細めてにっこり微笑んだ。
「今後はディオたちが入った異次元を保つことに専念する!」
そのまま静かに目を閉じ瞑想する。

部屋には穏やかではあるが力強い詠唱が満ちていった。



「・・・凄いな・・・」感動するというより呆れた様子で内陣を見つめる救護班。

すでに数十名の被害者を出している蒼いランサーは、近くに降下してきたモンスをヴージュの柄で殴り飛ばす。1匹消滅。

左側にわらわらと湧いてきた集団向かって、両手から右手に持ち替えたヴージュを左に向かい振りぬきながら、体全体を沈み込むようにして全速力で疾走しつつ、ヴージュの重さを利用して突撃。
更には、先端に重さが集中したそれを利用して旋回!!
使い手もスピンしながら槍の長さと回転力を最大限に利用し繰り出される一撃。

「マルチプルツイスター」響き渡る声に霧散消滅するモンスターたち。

「速い・・・」溜息が漏れる。

「あの回転で飛び込まれたら・・・」

「正に範囲攻撃だな・・・あんなのが敵じゃなくてよかったよな・・・」

一斉に激しく頷く一同。

「おい、見ろよ!あっちじゃ呑気に煙草に火をつけてるのがいるぜ」

噂の主は両手に煙草を持ち、詠唱を始めた。
「歌えよ謳え、躍れよ舞えよ、我は焔の子汝は焔の巫女。ダックスの名の下に契約の源に今その奇蹟を行使せん!躍れ轟焔っ!!」

煙草を地面に放り投げる。

「おいおい、戦場で一服とは死ぬ気満々だな。仕事増やさないで・・・」
続きは轟音にかき消され、猛烈な熱気と熱風がこちらまで押し寄せてきた。

周囲は見渡す限りの焼け野原となる。

「な、内陣がぁ~~~あ」湧き上がる悲鳴。
内陣からこちらに続く小路に並んだ柱のほとんどが、モンスターたちと共に消滅した。

あまりの騒ぎに様子を見に来たエゥリンは、その場に、呆然と立ち尽くしていた。




「ちっ、邪魔が入りそうだな」

「さすが”調和を司る者”というべきかな」

すでに異様なまでの輝きを放ち始めた黒い水晶球。

「そうはさせんがな」

水晶球を両手に持ち、何やら詠唱するウィズ。
「受け取れ、くたばりぞこないども!!!」

水晶は、ついっと浮かび上がり、フワリと消えた。

”まずい!”ふうはカッと目を見開いた。
その体がふっと揺れ、何かをよけるような動きをして、また静かに目を閉じた。


ポタの先は真っ直ぐに続く廊下のような通路の端。
”ルン、聞こえるかぇ”
”はい、ふう様”
”やはり邪魔が入りおった。御子たちがいるはずの空間に直接繋げること叶わずじゃ。許してたもれ”
”どうすればよろしいのでしょうか?”
次々に現れる部下たちは整然と隊列を組み、静かに待機していた。

「カムロとマートンは?」キョロキョロとしながら華やかに現れるディオ。
その手をしっかりと握り現れたCymruはその場で賛美し、ディオにエビブレをかけた。

「少々お待ち下さい、ディオ様」ルンはディオに微笑みかけると
ふうとの会話に戻る。

”わらわと同じタイミングで魔力をこめた水晶を投げ入れた者がおる。
御子たちのいる空間を頂点に、わらわの空間とそやつの空間がトライアングルの位置関係にあるはずじゃ。
御子たちをわらわの空間に呼び込むのじゃ”

”御意”

”とは申せ・・・どうすれば呼び込めるのかわからぬ。しかも・・・”

ふうの頭の中に流れ込んできたビジョン。

夕暮れ時なのだろうか・・・家々から立ち昇る煮炊きの煙。
町をそぞろ歩く人々。走り回る子供たち。
寄り添う恋人たち。語り合う友人たち。
今まさに生まれようとする命。

なんでもないようなことが
当たり前に営まれている
平凡な光景。

「なんだ・・・あれ」何気なく空を見上げた者が指差した先から
太陽と同じ輝きを持つ何かが物凄い速度で近づいてきていた。

額の辺りに手をかざし、目を細めて空を見つめ、ざわめく人々。

次の瞬間。

轟音と閃光とともに
生きとし生けるもの総てが消え去った。

その日からこの町は

荒廃都市ダメルと呼ばれるようになった。


”己が死んだことすら知らぬ魂が集められていた場所を切断するように、わらわの空間が飛び込んでしまったようじゃ・・・”

ダメルを訪れた冒険者たちが疲労困憊したのは、
静かに眠っていた魂に、魔力と冒険者たちから集めた生命力を無理やり注ぎ込み、覚醒させようとしている者がいたためと、ふうは理解した。

”意識だけが覚醒しかけている亡霊がどんな形で襲ってくるかわからぬ。注意してたもれ”

”御意”

ルンは親衛部隊を見渡すと号令を下す。
ルン直属の精鋭部隊がディオとCymruを取り囲み、進軍が開始された。












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