天の道を往き、総てを司る

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第12話 機人が降りた日


破けた衣類が宙へ吹き飛ばされる中、鳴は銃の引き金を引き弾丸を少女へと放つ。

「フッ」

少女は右手を振るい、鞭で銃弾を弾き落とし、勢いを殺さぬまま鞭を鳴へ振るう。

「っ!」

振るわれた鞭を避け、横へと跳ぶ。
着地と同時に銃を向け連続して発砲。それと同じタイミングで少女も鞭を振るう。
弾丸が少女の左肩、右足を掠め、鞭が鳴の手から銃を弾き落とす。

「っ!」

「くっ……」

鳴は弾かれた銃を取りに行こうと動くが、すかさず少女は鞭を振るい鳴の体を打ち据える。

「ぐぅっ!」

体勢を崩し、床に倒れる鳴。
そこへ少女は鞭を伸ばし、鳴の首へ鞭を巻き付け、そのまま締め上げる。

「うぐ……がぁっ!」

「やっと捕まえた……鬼ごっこも楽しかったけどね」

少女は鞭をたぐり寄せながら、自ら鳴へと歩み寄る。
鞭を引っ張り、床に倒れたままの鳴の上半身を強引に起こす。

「うぁっ……」

首を絞められ、苦悶に歪む鳴の表情をサディスティックな笑顔で見つめながら少女は言う。

「さぁて、と……どういう風に可愛がって欲しい? 二年前は中途半端だったからねぇ……」

「別に……そっちの趣味は無いって……言わなかった?」

「だから……目覚めさせてあげるって……念入りにね」

左手に握った鉄鞭を鳴の右肩に置き、トントンとゆっくり叩く。
完全に勝利を確信したのか、鳴が右腕を自分の腰の後ろへ回している事に気付いていない。

「そうねぇ……このチャイナドレス、気に入ってたんだけど貴女のせいでボロボロになっちゃったから、そのお返しでもさせてもらおうかしら」

そう言って少女は鉄鞭を鳴の衣服へと伸ばす。
視線を鳴の胸元へと向け、鉄鞭を振るい器用に胸元を引き裂く。

「っ!」

服を引き裂かれ、露出した胸元……そこには銃で撃たれた後らしき傷跡がみえる。
少女は妖艶かつサディスティックな笑みを浮かべ、鉄鞭を捨て傷にそっと触れる。

「ふぅん……これが朔弥の言ってた傷ね」

「さ……わるな……っ」

指先で傷をそっと撫で、鳴の顔を見やる。

「朔弥も寂しがってたわ……せっかくだし、貴女を連れて行ってあげてもいいかしら。その前に、たっぷり可愛がってあげるけど」

堪えきれない優越感を鳴へのサディスティックな感情へと変わってゆく。
頭の中で鳴を嬲る光景を思い浮かべ、愉悦の表情を浮かべる。

「さぁ……ゆっくりと嬲ってあげ」

「えぇいっ!」

「がっ!?」

突如、少女の後頭部に強い衝撃が襲いかかり、少女の体勢が崩れる。
その隙を逃さず、鳴は腰の後ろに潜ませていたデリンジャーを抜き少女の腹部へと銃口を向け、引き金を引く。
銃声と共に撃ち出された銃弾が少女の腹部を撃つ。

「が……ぁ……」

弾を撃ち込まれた少女はそのまま両膝を付き、その場へ力無く倒れる。
鳴は息を荒げながら、首に巻き付いていた鞭を解く。

「ゲホッ……ゲホッ……」

「あ……あの、大丈夫ですか?」

声を掛けられ、鳴は顔をあげる。
そこには心配そうな表情を浮かべた赤緒がこちらを見ていた。
その手には何処から持ってきたのか、鉄パイプが握られている。

「あ……ええ。お陰で助かったわ……ありがと」

腰をあげ、締め上げられていた首の調子を確かめる。
少女に弾かれた銃を拾い上げながら鳴は赤緒に言う。

「ところで……こんな所で何してるの?」

「あの、一緒に来てた子とはぐれちゃって、外にもいないし……もしかしたらまだ中にいるんじゃないかと思って。見かけませんでしたか? 髪の毛の青い女の子なんですけど……」

「えっ……?」

「服も黒いライダースーツで目立つと思うんですけど……」

この少女が探している子と自分が探している少女は同一人物だと鳴は即座に確信する。
青い長髪だけならまだしも、黒いライダースーツを着ている少女などそうはいない。

「そう……」

一言呟いて赤緒を見やる。
見た目気は弱そうに見えるが、芯は強いのだろう……こういう顔をしている者は言っても聞くタイプは少ない。

「なら、一緒に行く? 私もちょっと探してる人がいるしさ」

「いいんですか?」

「ええ……コイツみたいなのもまだいるかもしれないし、一緒に行動した方が危険も少ないでしょ?」

そう言って鳴は倒れたままの少女を見やる。
赤緒は少し恐そうな表情で少女を見る。

「ん? ああ、大丈夫。生きてるわよ……麻酔弾撃ち込んだから暫くは眠ったままだけど」

「は……はぁ……」

「それじゃ、さっさと行きましょ。善は急げってね」

鳴に促され、赤緒は彼女と共に階段を昇り始めた。



「ウィルツ博士!」

財団本部地下、ウィルツ達がいる司令室に結衣が駆け込んでくる。
ここまで全力で走ってきたのか、息を荒げ両肩を激しく上下させている。

「理事長。やっと来たか」

それを見たウィルツはフッと笑みを浮かべる。
相変わらず何処か嫌みというか余裕というか、常に人を小馬鹿にしたようなこの雰囲気を持つウィルツは少し気に入らない。

「ヴァヴェルの準備は殆ど終えている。あとはアルケミックドライブを起動させるだけだ」

「大丈夫なんですか? まだ実験段階の筈じゃ……」

「失敗すればこの辺り一帯は吹っ飛ぶな。成功を祈ってくれ」

通信機を掴み、格納庫へ連絡を取る。

「ヴァヴェル発進準備。アルケミックドライブ始動!」

『了解、アルケミックドライブ始動します!』

通信機から聞こえてくる返事を確認した後、ウィルツはデスク下に隠してあった金庫を開き、補完していた物を取り出す。
それは見た目ゲーム機のコントローラーをそのまま巨大化させたかのようなコントローラーだった。

「理事長、地上に戻ってヴァヴェルを動かしてくれ。あれは君でなければ動かせん」

「……わかりました」

ウィルツからコントローラーを受け取り、結衣はすぐに地上へと引き返す。
それに続き、格納庫に眠っていた一体の巨人がゆっくりと地上へ迫り上がり始めた。



「が……は……ぁ……」

ビルの床の上……リーアは力無く、仰向けに倒れていた。
リノアに目から光が消えかけるまで徹底的に痛め付けられ、まともに体が動かせない。
意識も朦朧とし、視界もぼやける。

「お姉ちゃん……まだ生きてる? 死んでないよね?」

リーアの側でしゃがみ込み、頬を指でつつきながらリノアが呟く。
殺すつもりは無かったのだが手加減の仕方がよく分からないので本気で叩きのめしてしまった。
微かに呻き声が聞こえてくるので生きてはいるようだが、少し危険な状態かもしれない。

「まぁ、いっか。お姉ちゃん、簡単には死なないもんねぇ」

弾けた声で言い、リーアの胸ぐらを掴み強引に体を起こす。

「は……ぁ……はぁ……」

「ホントは殺せって言われたんだけどぉ……せっかく会えたんだもん。殺したりはしないよ」

耳元でそっと呟き、愉悦の表情で笑みを浮かべる。

「このまま連れ帰ってあげるね。そして……ずっと、ずぅっと一緒にいよう……お姉ちゃん……」

リーアの体を俗に言うお姫様抱っこの形で抱き上げ、ゆっくりと立ち上がる。
虚ろな目をし、表情のないリーアを愉悦の表情で見やり鼻歌交じりに歩き出す。
直後、銃声が聞こえリノアの左肩に鋭い痛みが走る。

「あれ……?」

左腕の感覚が一瞬マヒし、抱きかかえていたリーアの体を床に落とす。
何事かと後ろを振り向くと、階段の踊り場に銃をこちらに向けた鳴が立っていた。

「…………」

感情のない目で鳴を見ていたが……すぐに怒りの表情へと切り替わる。

「私からお姉ちゃん取るつもり……?」

そう呟き、リノアはゆっくりと鳴へ歩み寄る。

「殺してあげるね……楽には死なせないよ」

言い終えた頃にはすでに走り始め、リノアは鳴との間合いを一気に詰め、鳴の鳩尾を狙い拳を突き出す。
鳴は即座に飛び退き、それを避けリノアへ銃を向け発砲する。
ほぼ至近距離で放たれた銃弾だが、リノアはそれを全て紙一重で避け、すぐに鳴へ向かって跳ぶ。

「嘘……っ!?」

鳴は体勢を整え、リノアから離れようとするが間に合わず、首を掴まれ壁に押しつけられる。

「がっ……!」

そのままリノアは鳴の腹部へと膝蹴りを入れる。

「あが……っ」

鳴の左頬を裏拳で殴り飛ばし、彼女を床に倒す。

「ぐぅっ……っ!」

呻き声をあげながらも、鳴は銃をリノアへ向けるが直後に銃を蹴り飛ばされ、手から弾かれる。
リノアは蹴り上げた足をそのまま鳴の胸へ向けて降ろし、踏みつける。

「がぁっ!」

「私とお姉ちゃんの邪魔したんだから……こんなもんじゃ許さないんだから……」

「あっそ……でもさ、そのお姉ちゃんって何処にいるの?」

「えっ……?」

そう言われ、リノアはリーアの方を見やる。
しかし、そこには倒れている筈のリーアの姿はない。

「いない……何で? どうして!?」

動けないはずのリーアがいない事に動揺し、鳴への注意がそれる。
その隙に鳴はジーパンのポケットに忍ばせていたナイフを取り出し、リノアの足を斬り付ける。

「うあっ!」

足に走った激痛に怯み、鳴を踏みつけていた足の力が緩む。
鳴はその足を掴み、押しのけるように持ち上げリノアの体勢を崩す。
体勢を崩されたリノアはそのまま背中から床に倒れ込み、後頭部を強く床に打ち付ける。

「っあ……」

後頭部を強打したショックか、リノアの体から力が抜ける。
恐らく気絶したのだろう。
体を起こし、ため息混じりに鳴はぼやく。

「ったく……ホントならゆっくり休暇が取れる筈だったのに」

デパートでリーアを見かけたと思えば、荒事に巻き込まれこんな有り様だ。
仕事が荒事に関係ありなので別に巻き込まれるのは良いのだが、なにげに気に入っていたこの服はボロボロになってしまった。
オマケに自分より明らかに年下の少女に一方的にやられるというのは流石に傷つく。

「はぁ……昔より鈍ってるなぁ、流石に……」

そう愚痴を漏らしながら、鳴は階段を降りていった。



ヴォルガーラによる街の蹂躙は続く。
駅を中心に南北に分かれていた千丈の北側、住宅街の5割はすでに壊滅。
街に駐留していた軍の部隊も8割以上がヴォルガーラに為す術無く壊滅している。

「はぁ……はぁ……」

地下の委員会本部から地上まで一気に駆け上がった結衣は息を切らしながらヴォルガーラの姿を確認する。
50m以上の巨体は遠く離れた財団本部の屋上からでも容易に確認できる。

『理事長、聞こえるか?』

地下で渡されたコントローラーからウィルツの声が聞こえる。

『今からヴァヴェルを地上に上げる。操作法は……解っているな?』

「はい。一応、教えられてましたから……」

殆ど嫌々だったが受けてはいた操縦訓練がこんな所で役立つとは思っていなかった。
人生何が役に立つが解った物ではないと本当に思う。

『フッ……頼むぞ、理事長』

ウィルツからの通信が途切れると同時に、財団本部横の駐車場が開き……地下から巨大なエレベーターに乗せられた巨人が姿を現す。
青、白、赤のトリコロールに塗り分けられた50m程もある機械の巨人。

「ヴァヴェル……」

それを見上げながら、結衣はその名を呟く。
ヴァヴェルに対して良い感情は持っていないが、それでも今という状況を乗り切るにはヴァヴェルの力が必要だ。
深呼吸をし、コントローラーを握りしめる。

「やってやる……」

レバーを倒す……それと連動してヴァヴェルが歩き始める。
ゆっくりと一歩ずつ地面を踏みしめ、ヴォルガーラへと接近する。
ヴォルガーラもヴァヴェルに気が付き、向き直って近づいてくる。

「よし……これで!」

コントローラーに内蔵されたヴァヴェルのセンサーと連動しているモニターで照準を付け、ボタンを押し、ヴァヴェルの胸部に内蔵されたミサイルを放つ。
放たれたミサイルはヴォルガーラへと直撃……する直前、ヴォルガーラの姿がかき消える。

「えっ!? 消えた!?」

消えたヴォルガーラに結衣が驚く……直後、ヴァヴェルの背後の上空にヴォルガーラが出現。
着地し、背後からヴァヴェルの鎌状の腕で殴りつけ、吹き飛ばす。

「そんな……どうなってるの!?」

『ファントムシステム……実装していると言う事か』

コントローラーから聞こえてくるウィルツの声、焦りと言うよりも感心といった感じの声だ。

「何落ち着き払ってるんですか!? っていうか、ファントムシステムって何!?」

『遠距離から飛来する熱源に対して発動する短距離空間転移システム……ヴォルガーラ相手に一定以上の威力を持つ遠距離攻撃は通用しないな』

「そういうのは先に言ってくださいよ!?」

思わず怒鳴りながら、結衣はコントローラーを操作しヴァヴェルを起きあがらせる。
反転し、ヴォルガーラへ向き直る。

「ミサイル効かないんなら、直接殴ればいいんでしょ!」

レバーを倒し、それと連動しているヴァヴェルの左腕がヴォルガーラへと突き出され、殴り飛ばす。
案の定ファントムシステムは作動せず、ヴァヴェルの拳がヴォルガーラの頭部を捉える。

「よし、このまま一気に!」

レバーを立て続けに倒し、右、左と連続してのラッシュ。
ヴァヴェルの拳が決まる度に重い金属音が街に響き、ヴォルガーラの装甲が変形する。
振り上げた拳がヴォルガーラの頭部を捉え、大きく吹き飛ばす。

「よし、手応えあり!」

結衣は思わず拳を握る。
吹き飛ばされたヴォルガーラは街を破壊しながら地面に倒れ込む。
それでもなお起きあがるヴォルガーラ……しかし、その体からは火花が飛び、黒煙が吹き出ている。

「効いてる……このままトドメ!」

結衣がレバーを倒し、ヴァヴェルの拳を振り抜きヴォルガーラへ叩き込む。
ヴォルガーラも拳を伸ばすが、ヴァヴェルの拳にそれを粉砕され、勢いを殺さぬヴァヴェルの拳により頭部を砕かれる。
頭部を失ったヴォルガーラはそのまま糸の切れた人形の如く、仰向けへ倒れ爆発する。

『やったか……』

地下で全てを見ていたウィルツが満足げに呟く声がコントローラーから聞こえる。
結衣はいつの間にか調子に乗ってヴァヴェルを操縦していた自分に少し恥ずかしさを覚えながらも、ヴォルガーラが爆発した炎の中にたつヴァヴェルを複雑な表情で見やる。

「ヴァヴェル……か」

一言呟き、結衣は屋上を後にした。



「……何なんですか、あれ」

リーアを背負い、ビルの外へと脱出していた赤緒はヴォルガーラを倒したヴァヴェルの姿に呆気にとられていた。
鳴がリノアを引きつけている間に反対側の階段から近づき、リーアを背負って一階へと先に脱出し……ヴァヴェルとヴォルガーラの戦闘を目撃した。
怪獣映画さながらのシーンが目の前で繰り広げられていた……自分もジンキを駆り、戦う身だがああも迫力のある物を見せられては呆然とするのも無理はない。

「……うっ」

背中から呻き声が聞こえる。
視線を向けると、リーアが僅かに目を開いていた。

「あ、気が付きました?」

「あ……わ……たし……」

「喋らないでください。ボロボロなんですから……とりあえず南さんの所まで帰りましょう」

何か喋ろうとするリーアを征し、赤緒は財団本部へと向かって歩き始める。
それをすぐ側のビルの屋上から見やる視線には気付いていない。
その視線……少年は手に持った狙撃銃で赤緒と、彼女が背負うリーアへ照準を合わせている。

「……?」

照準をリーアの心臓へとあわせ、トリガーを引こうとした時、耳につけていたイヤホンから聞き慣れた声が聞こえてくる。

『作戦中止よ。リノアを拾って帰るから、アンタも引き上げて』

「……わかった」

少年は狙撃銃を仕舞い、バックへと詰めてビルの屋上を後にする。
こうして、千丈で起きた戦いはとりあえずの終わりを告げた。


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