天の道を往き、総てを司る

天の道を往き、総てを司る

第三話


其処に一人の少女が流れ着いていた。

「はぁ……はぁ……つぅっ!」

階段の手摺りに掴まり、左手で脇腹を押さえながら何とかはい上がり階段に背を預ける形で仰向けになる。
少女は弱り切った表情を浮かべ、荒い息を吐く。
身につけている体にフィットしたボディスーツは所々破けており、露出している肌には痛々しい傷がある。

「く……ぅ……」

濡れた白い髪から滴り落ちる水滴と共に動くたびに削り取られていく残り少ない体力を振り絞り、少女は手摺りに捕まりながら階段を上っていく。
その後には水滴と共に真っ赤な血が滴り落ちていた。



「マグナ・ルーヴィル、17歳……職業は作業用MS乗りで登録番号3907-0955。確かに本物だな」

アトランティス自衛軍隊長、アキラの執務室。
其処にマグナは連れてこられていた。執務室には青を基調とした軍服に身を包んだサリアとゲイルの姿もある。
マグナは軍の新型MS、エーギルを勝手に動かした件についての取り調べを受けていた。

「話は分かった……まぁ、確かに状況的には仕方ないなぁ」

身元確認のために預かっていたマグナのIDカードを机の上のコンピューターから引き抜き、マグナに返す。

「で、俺はどうなるんですか?」

「そうだな……まぁ、状況的に不可抗力とも言えない事もないからそれ程気にする事もない。お咎め無しって訳にゃ行かないが……重くて少しばかりの罰金だろう」

「はぁ……罰金すか」

「とりあえず詳しいことは数日中に連絡するから今日は帰って良し」

「あぁ……ども、失礼します」

軽く一礼してマグナは執務室を後にする。

「さて、と……彼より問題にすべき君の番が来たな、ゲイル君」

アキラはゲイルを横目で睨み、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
対するゲイルは「ハハハ……」と乾いた笑みを浮かべているが目が笑っていない。
なにせ新型でありアキラ専用機として開発されていたフォルセティを無断で使用したのだ、問題にするなと言うのが無理であろう。

「……お前が乗った時の可動データが今手元にあるんだが、なかなか良いじゃないか」

どんな事を言われるのかと緊張しながら構えていたゲイルはアキラの口から出た言葉がすぐに理解出来なかった。
怒られるどころか褒められたのだ。問題にされると思っていただけに予想外である。

「でだ……ゲイル」

「はい」

「フォルセティのパイロット……やる気は無いか?」

「……はい?」

そして、更に予想外な一言がアキラの口から放たれた。



中央塔出入り口。
マグナは思ってたよりもあっさりと解放された事に拍子抜けと言うか釈然としない感じを覚えながら居住区への道を歩いていた。

「うぅん……なんつーか、何だったんだろ」

仮にも軍の機密である新型MSを勝手に動かしたのだから罰金程度で済むはずがない。
普通に考えれば最低でも禁固刑は確実だと思っていただけに拍子抜けだ。

「まぁ……考えてもしゃーないか」

軍人の考えが民間人の自分に解るはずもないか……とマグナは考えるのを止めた。
とりあえずさっさと帰ろうと居住区へ続く道を進んでいると、正面からふらついた足取りで歩いてくる人影があった。

「……ん?」

ふらつき具合が普通ではない……おぼつかない足取りで手摺りにしがみつきながら辛うじて歩いているという感じだ。

「お、おい。大丈夫か?」

思わず駆け寄って声を掛ける。
近づいてみると見かけない顔だが綺麗な顔立ちの少女だった。
少女は顔を上げマグナを見る。

「ぅ……ぁ……」

何かを呟こうとした直後、少女は力無くマグナに向かって倒れ込む。

「えっ……おおっと!?」

反射的に抱きかかえ、倒れた少女を支える。
それと同時に少女の体に刻まれた無数の傷に気付く。
身につけている黒を基調としたスーツの至る所が裂け、生々しい傷が見え隠れしている。

「おいおい……なんだよこれ……」

いくらなんでもただ事ではない。
よく見れば少女の顔色は悪く、血も流れている。

「洒落になってねぇって!」

マグナは少女の体を背負い、中央塔へと駆け足で戻る。
少女は苦しげに息を吐きながら、ゆっくりと意識を手放した。



「う……ん……」

目を覚ますと日の光が程良く差し込む窓際のベットの上で、少女は横になっていた。
何事かと上半身を起こし、周囲を見渡す。なかなか良い設備が整えられた医務室……自分の体を確認すると包帯が巻かれ、白い寝巻きが着せられている。
気を失っている間に治療を受けていたようだ。と、思考している内に誰かが部屋に入ってくる。

「おや……目が覚めたのかね?」

白衣を羽織った医者らしき中年の男性がカルテを片手に歩いてくる。
医者はカルテを近くのデスクに置き、椅子に腰掛ける。

「……此処は?」

「アトランティス管制塔の医務室だ。昨日ここに担ぎ込まれたんだが……もう目が覚めるとはな」

驚いているのか呆れているのかといった風な口調で医者が言う。
一方、少女は「ふむ……」と呟き、何やら考え込んでいるような素振りで手で口元を覆う。

(アトランティスか……大分流されたわね……ま、逃げ切ったって考えて良いかしら……)

とりあえずこれからの事を思考する。
此処がアトランティスだと言うのなら、暫く身を隠すには丁度良いかもしれない。
色々と問題が無い事は無いのだがその辺は後でどうにでもなるだろう。

「ねぇ、私をここまで担ぎ込んだ人って何処にいるの?」

「あぁ……さっきまで見舞いにきていたからまだ近くにいると思うが……」

「そう……」

それだけ聞くと、少女はベットから降りて医務室の出入り口へと足を進める。

「おい、君。まだ寝ていた方が……」

「大丈夫よ、この程度なら。慣れてるから」

言うだけ言って、少女は医務室を出て廊下を進む。
医務室を出て道なりに進むと壁一面に窓が張られ、海を一望できるフロアがあった。
人気のないそのフロアの中央に置かれたソファーに一人の少年が腰掛けているのを見つけ、少女は足を進める。

「貴方? 私を担ぎ込んでくれたのは」

「ん?」

後ろから話しかけられたマグナはソファーに座ったまま、振り向く。
そこには、医務室常備のパジャマ姿で立っている少女の姿。

「あれ……もう起きてて平気なのか?」

「ええ、こういうのには慣れてるから。とりあえず、医務室に運んでくれたお礼は言っておくわ」

そう言いながら少女はマグナの横へと腰を降ろす。

「ったくビックリしたよ……いきなり倒れるんだもんなぁ」

「ああ、それは御免なさいね。流石に限界だったから」

少女はフフッと笑みを浮かべ、謝罪する。
その表情に、マグナは思わず見とれる……こうして見ると本当に綺麗な少女だ。
顔立ちも良いし、セミロングに切り揃えられた白い髪も良く似合っている。
その分、袖から覗く手首に見え隠れする傷が目立つ。担ぎ込むときに見えた体中に刻まれた傷は酷く痛々しい。

「……ん? どうしたの? 人の顔をじろじろと見て」

「あ……いや……」

マグナは言葉を濁らし、何とか誤魔化そうとするが少女はマグナが何を見ていたのか築いたのか、パジャマの袖を捲り上げる。
包帯が巻かれた腕……包帯が巻かれている場所以外にも切り傷や何かに打たれた後のような傷が目立つ。

「これ? 普通は驚くわよね」

クスクスと笑いを零しながら少女は傷跡を見ながら言う。

「色々と裏の仕事してきたからね……その時についた物とか、拷問の後とか色々ね」

さも当然かのように言う少女にマグナは呆気にとられる。
見た目、歳もそう離れていない少女が拷問を受けるような世界の仕事をこなしているというのは普通に生活している者からは縁遠い話。
基本的にフィクションの世界でしかお目にかかれない者が当然のように目の前にいれば誰もが驚くだろう。

「……ん?」

そんな彼を後目に、少女は窓の外に見える海域の一点……アトランティスから離れた場所に停泊する空母に目をやる。
空母の側には数機の訓練用の標的が浮かんでおり、その標的の間を一機のMSが水を斬るような速さで移動しているのが遠目にだが見える。

「ねぇ……あれ何?」

「ん? あぁ……自衛軍の訓練だろ。たまぁにあの辺の海域か、ちょっと離れた場所にあるエリアでやってるんだよ」

「ふぅん……さて、そろそろ行くかな」

少女はソファーから立ち上がり、腕を軽く伸ばしながら言う。

「行く? 入院しなくていいのか?」

「ええ、この程度で入院するる程ヤワな鍛え方してないし……第一、病院とか医務室とか嫌いなのよね」

そう言いながら、医務室へ戻ろうとして……足を止める。

「……ねぇ、私を助けてくれたついでに一つお願い聞いてくれる?」

「ん? 何?」

「行く当ても無いし、手持ちの金も無いから、貴方の家に厄介させてもらっても構わない?」

直後、マグナの思考は数秒間のフリーズに陥った。

「……どうかした?」

「いや、待て。普通に待て。いくらなんでもそれは困る」

「……そんなに生活苦しいわけ?」

「ちげぇよ……普通、見ず知らずで名前も知らない男の家に居候させてくれなんて言うか普通」

マグナの言う事はしごく当然である。
いくら命の恩人とはいえ、年頃の少年の家に同じく年頃の少女が居候させてくれ等と言うのは普通ではない。
彼に言わせれば、そういうのはゲームや小説の中だけで十分である。
ちなみに、彼の生活は割と余裕があり、居候の一人や二人は十分まかなえる程度の稼ぎもあったりする。

「そう言われてもね……入院は正直嫌なのよ」

「我が侭抜かすな。何歳だよ、お前」

「18だけど?」

「年上かよ!」

18にもなって病室が嫌だとか幾ら難でも子供過ぎる。

「とにかく、俺の家は勘弁してくれよ。男一人住まいなんだからさ……」

「そう。別に私は気にしないけど」

「俺が気にするんだよ!」

マグナの中で目の前の少女に対するイメージがかなり変わり始める。
最初は理知的なイメージだったのだが今では180度変わり、変な少女になっている。

「ふぅん……ようは照れてるわけね」

「なっ!?」

なんだか勝手に、無理矢理に話を纏めた少女にマグナは呆気にとられる。

「とりあえず、君の家に居候させてもらうから」

「俺の意志は無視かよ……」

マグナはソファーに座り込み、ガクッと項垂れる。
少女はそれを後目に医務室へと戻って行く。

「あ、そうそう……名前言ってなかったわね」

ふと立ち止まり、顔だけ振り向かせる。

「私、シャイル・セリナード。よろしくね」



「ぐうううっ!」

自衛軍訓練海域……障害物に見立てた数個の標的の合間を一機のMSがすり抜けるように疾走する。
緑色の重装甲に身を包んだ機体は脚部に仕込まれているスラスターで海上をホバリング走行し、移動している。
コクピットではアキラが標的を捉え、バックパックにマウントされているビームガンランチャーを脇に挟む形で構え、トリガーを引く。
放たれたビームは標的を僅かにそれ、背後の海面に着弾する。

『訓練終了。隊長、お疲れさまでした』

通信モニターに移るサリアが告げ、アキラは機体を停止させる。
ヘルメットを取り、大きくため息をつく。

「はぁ……スペック表見たときから思ってはいたが……扱い難いにも程があるぞ、これは」

今乗っているMS……ティルテュガンダムに対する不満を愚痴として漏らし、肩を落とす。
今朝方完成し、その機動テストを行っていたのだが、恐ろしく扱いの難しい機体に完成した物だと呆れてしまう。
4機のガンダム中、一番最後に開発がスタートしたこのティルテュは「現在のアトランティスの技術でどれだけ戦闘力の高いMSが作れるのか」という実験も兼ねた機体。
故に戦闘力をひたすらに追求し、重装甲、重武装、高機動の三拍子揃った機体にしようと躍起になった機体だ。
結果はアキラが自ら操縦した結果と感想の通り……扱い難いも程がある物となったようだった。

『隊長がそう言うんなら、他の皆が試しても結果は同じですね』

サリアもモニターで機動テストを見ていて、同じ感想を持っていたのか諦めをふくんだ言葉で言う。
アトランティス自衛軍の隊長でもあり、トップエースたるアキラが初操縦とはいえ扱い難いと漏らすのなら他の誰が乗ってもそうなのだろう。

「ふむ……まぁ、データを取るだけ取って、後は解体か……勿体ないような気もするが」

アキラは何度目かのため息をつき、ティルテュをノーチラスの格納庫へと戻す。
それに続くかのように、高空から真紅の戦闘機……フォルセティが甲板へと着艦する。

『おかえりゲイル。どう? フォルセティにはもう慣れた?』

「ん……まぁな。ガルーダより反応良いし、機動性もスゲェけど……ホントに俺が使っていいのか?」

昨日、アキラに「フォルセティのパイロットになってみないか?」と言われ、結局二つ返事でやると言ってしまったがいざやってみると自分が使って良いのかと思ってしまう。
元々、フォルセティはアキラ用に作られていただけに一パイロットの自分には荷が重すぎると感じる。

『隊長が良いって言ってるんだし、いいんじゃない? ゲイルだって、前から隊長に空中戦のセンスは俺より上かもって言われてたし』

「そう言われてもねぇ……」

『まぁ、気にしても仕方ないって。ほら、さっさとフォルセティを下の格納庫に持っていく』

「あいよ」

甲板の上でMS形態へ変形し、その足で格納庫へと降りていく。
日はゆっくりと傾き始めていた。



アトランティス領海ギリギリの海底、そこで身を潜める潜水艦の一室でオルトは一人、モニターに映る機能の戦闘記録を見ていた。
昨日の戦闘で確認された3機の新型MS……自身は対峙していないがなかなかの性能と戦闘力、そしてパイロットが乗っていると聞く。

「本国の方も五月蠅い事だしな……次は私も出るとするか……」

モニターの映像を消し、オルトは窓の外に移る海底へと目をやる。
その瞳に、静かに闘志を燃やしながら……。


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