とし坊の青春

とし坊の青春

2005年01月05日
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カテゴリ: 旅行
 そんな心の内とは裏腹に、あたいは笑みを浮かべ、日本語では切り絵と言うんですって教えてあげたんだ。 すると、まるで、初めっから知っていたんじゃないかって疑ってしまいたくなるほど、有難うの一言も無ければ、切り絵って言うんだ、なんて確認することも無く、話は次に進んで行ってしまったのだ。 あれぇ、切り絵ってこと、知りたくて教えてって言ったんじゃなかったの、まさか初めっから知っていたってことじゃないでしょうねぇ、なんて思いつつも、呆気に取られてしまった。
 彼の口から出て来た次の言葉は、あなたと此処で会えた記念に、あなたの切り絵を作ってあげましょうっていうことだった。
 と言って、鞄から黒い紙と鋏を取り出して、あたいの切り絵を作り出したんだ。 それを見て、あたいは余りの手際の良さに驚いてしまった。 手際が良いと言うのは、「外灘」まで、わざわざ紙と鋏を持って来ていたってことだ。 だから、益々、この小父さん達、怪しいって思ってしまう。 あたいの頭の中は、これから起こり得るであろう、ありとあらゆる状況を想い起こして、まさにパニック状態である。 さぁ、これから、この局面はどう展開して行くんだろうって、先が読めない不安が、なお一層、募る。
 其れに付けても、しまったなぁ、小父さん先生が日本語を勉強したいって言って来たとき、すみません、急いでいますのでって断わっておけば良かった。 今更、悔やんでみても、後悔先にたたずだ。  
 この小父さん先生って、彼が言う大学で、一体、何を教えているんだろう。 まさか、切り絵ではないでしょうに。 だとすると、切り絵は彼の趣味なのかなぁなんて、思い付く限りのこと、あれこれと想い巡らせてみるのだが、妙に変どころか、めちゃくちゃ変であるってこと以外、何も分からない。
 作ってくれた切り絵は、あたいの横顔であった。 あなたの横顔だって言われるまで、それが何なのか判らなかった。 それに、あたいの横顔だって言われても、似ているのか、似ていないのか、本当に自分の顔なのか、皆目分からない。 鼻があって、帽子の庇がある、ただそれだけのようにも見える。
 小父さん先生は、あなたと出会った記念に、これをプレゼントすると言う。 上げるって言うもの、断る理由もなく、しかも、元はと言えば、単なる紙っきれだから、お金がかかっている訳でもない。 それに、貰ったからって、荷物になるようなものじゃない。 どうって言うこともない代物だから、この際、波風立てず、有難うございますって頂くことにした。
 ところが、切り絵を貰ったことで、一気にクライマックスに突入だ。
 あたいに切り絵を渡すと、小父さん先生、再び、肩からぶら提げた鞄の中に目をやり、何かを探し始めた。 そして、小父さん先生が取り出したものは、更に一回り大きな切り絵だった。 えっ、まだ他にも切り絵も持っていたんだ。






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最終更新日  2005年01月05日 22時45分39秒
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