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2009.06.09
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テーマ: 日本の歴史(1082)

秋(安芸)の宮島、厳島神社(いつくしま-じんじゃ)  UeryShika.jpg
その歴史を調べてみた。その建立は推古天皇(聖徳太子時代)にまでさかのぼり、
その時代の表記が『伊都伎嶋(いつきしま)』神社とある。

この 伊都伎嶋( いつきしま というのは天照大神(あまてらすおおみかみ)の最初の三つ子の1人、
『市杵嶋姫命( いちきしま -ひめのみこと) 』のことらしい。
宮島の祭神が、天照大神の3女神『 杵嶋姫命 、田心姫命、湍津姫命』とされていることからもわかる。

何を言いたいかというと、その由緒深さのことだ。
日本に数多くの格式高い神社があるが、その筆頭として伊勢神宮、福岡の宗像 (むなかた) 大社などがあるが、
この 宗像大社の祭神こそが、上に書いた3女神 であるということだ。
かくも高い格式を継いだ神社が厳島神社であるということである。

その歴史の中に、『鹿は神の使い』という文言を、ネット検索で調べた上では出てこなかった。
ではいつから宮島の鹿は『神の使い』と言われるようになったのだろう?

詳しい時代は分からないが、観光として宮島が『経営』を始めた頃からと推測されるがどうだろう。
元からそのあたりには野生のシカが棲息していたのを、
そこの人間が餌付けをして 飼い馴らし、『神の使い』と観光に利用したそうだ。

しかし戦時中に食糧不足で鹿を乱獲して食べ尽くしてしまい、
その後、 観光用の鹿を求めて 奈良公園から譲り受け、繁殖に成功したそうである。


宮島の人達は鹿を、
観光用に利用 ⇒ 増え過ぎて被害が出てきた
    ⇒ 生活のジャマになった ⇒ 数を減らしたい

と考えているらしい。
このことは私の推測でなく、地元の方からお寄せ頂いた情報により記述している。

そしてお役所がとった作戦が、 「野生動物に手を出してはいけない」という大義名分のもと、
決定された 宮島の野生シカ半減のための 飢え死に作戦 である。

なんと。呆れかえった宮島の住人であることか。
その呆れかえる様子を、保護活動をされている方のHPに活動報告として掲載されているので是非読んで頂きたい。
UeryShika.jpg 飢える鹿 -世界遺産宮島より-


また、現場の悲壮な鹿の写真も多く載せておられるので、現実をその目にして下さい。

現場のこの様子を、私も情報をお借りして、こちらでも告知していきたいと思っている。

この勝手な人間の所行は改めないといけない、と私は同じ人間として思う。
事実、
足を折ったシカの保護を求めてそれを訴えると、最初はできないと断ったお役人が、
観光客がそのまわりに増えてくると、しぶしぶ鹿を保護したという。
情けないが事実である。

上のサイトの中に、広島県知事・廿日市市にあてた嘆願書をつくられ、
署名活動をされておられるので、
是非、署名に参加して頂きたく思います。多くの声があると行政は動くのです。
どうぞよろしくお願いします。        ShikaShomei2





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Last updated  2009.06.09 05:33:16
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