一人の転入生の話しで持ち切りだった。
楠ノ宮高等学校は中等部から持ち上がりの学校で有名で
私立の中では名門中の名門なのだ。
そこに一人の転入生がくるという。
ただの転入生というだけでは、教員たちは騒ぎはしない。
だが、編入試験も楽々とクリアした人物なのだ。
名門中の名門だけあって、楽々クリアなどとは前代未聞で、
試験では全科目満点だという。
高等学校でトップの者でも全科目満点は難しく、
未だに出たためしがない。
楠ノ宮の試験は大変難しいと有名だけあって、噂がたたないはずもない。
その噂は生徒の耳にまでも届いていた。
楠ノ宮のクラス分けは順位別になっており、誰もが今の成績を落としたくはないのだ。
だが、転入生が来るということで順位が一つずつずれる。
それは彼らにとって許しがたいことだった。
だが、全科目満点というのはありえないというどこかおかしい常識が飛び回っていたので
誰もが噂のことなど信じていなかった。
まぁ、彼らの現実逃避というものだろう。
学年一優秀なクラスの担任がHRの際に「転入生がこのクラスにくるそうだから仲良くするように」と言ったのが、
今まで担任の話しなど聞いていませんというように笑っていた子たちが一斉に固まった。
担任は素知らぬ顔で教室を去ったが、
取り残された生徒は冷や汗をかいていた。
そして、その中の一人が口を開いた。
緊迫した状態だったためみんなはその声のした方向に顔を向ける。
「ど・・・どうせ。北先の冗談だろ。俺達が話しを聞かないからさぁ~。せこいことしやがるぜ。」
北先というのはこのクラスの担任、北岡雅人(きたおか まさと)のことだ。
歳は若く二四歳。親しみやすく、クラスの子には少々なめられがちな青好年である。
そんな担任だけに妙な納得感があり、「そうだ、そうだ」と頷くのであった。
これで学年一優秀なのだから笑ってしまう、見事な現実逃避ぶりである。


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