おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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鈴木さんの指が見つからない (下)


 同時に社用車が用意される。生きている限り、意識がある限り、救急車は絶対呼ばない。「会社の面子」がそこに存在している。運転手は信号無視も追い越しも当然スピード違反も出来る度胸の座った人がハンドルを握る。
 ある程度の規模の製造業は大抵、行きつけの外科医があってそこに直行する。もちろん時間外でも電話をかけて医者を呼びつける。応対に出た病院の事務員が「時間外だから・・・」とめんどくさそうに応対しようものなら、「いつもアンタとこ使っとるんじゃ!」と怒鳴る。そんなやりとりが行われる頃には、既に怪我人を乗せた社用車はその病院に向かってかっ飛んでいるのだ。

 しかし、今回はちょっと様子が違っていた。指が千切れたのだから、落ちた指先を捜さなければならない。そこに集まった作業者が一所懸命捜す。血の中を捜す。這いずり回って捜す。どうしてもない。見つけたときは氷の中に入れて、鈴木さんと一緒に持っていかなくてはならない。指先切断だけで人は簡単に死なないが、落ちた指先の細胞が先に死ぬ。急げ。見つけてくっつけなければいけない。急げ。
 しかし、ない。見つからない。・・・・あきらめよう。鈴木さんの痛みに歪んでいる顔を見つめて管理職は告げた。「指はあきらめてくれよ。」

 さて、なくした指先は果たして何処に消えたのか?
「あの時『ピット』の中は捜さなかった。コロッと転がっているかも知れない・・・」2、3日してそんな噂が広まった。勇気ある管理職がその「ピット」の中に入り捜してみた。でも見つからなかった。では、どこに消えたのか。「きっと『チッパー』(粉砕機。巨大な樹脂用のシュレッダーと言えばわかりやすいだろうか)の中に誰かが間違えて捨てちゃったんだろう。」という事になった。意外とのんきな結末である。

 鈴木さんはやがて傷も癒え、復帰した。短くなった指を見せて笑っていた。「俺の指、見つかった?」これがそれからの彼の朝の挨拶でもあった。

 そんな鈴木さんもおばさんが退職するより随分前に定年を迎え、会社を去っている。だからこの事件も大昔の話である。鈴木さんにお別れの時「指が見つかったら連絡するから」と皆が言った。鈴木さんは「見つかっても、もう要らないよ」。新しい人生が始まる鈴木さんにもう指の話も要らないのだ。


                            完



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