おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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呪い殺したい奴が死んだ (上)


 そう言われて、お世話になった顔ぶれが頭の中に数人、年寄りの順に並んだ。休日の日帰り温泉。おばさんは例の如く行きつけの温泉に出掛け、昼食をとろうと座った席の横のテーブルに、偶然、会社員時代の生産現場のおばちゃんと出会ったのだ。おばちゃんといってももう定年も間近。現場に飛ばされてきた私に「あんた、こんなとこに居ちゃだめだよ。もっと自分を大切にしなよ。」と優しく見守ってくれた。そんな存在だった。
 会話は続く。
 「へ?死んだって、だ、だれよ。」
 「ほぅら、アンタを現場に飛ばしたあの常務。」
 「・・・・へ?」耳を疑うとはこのことだ。殺しても死なないだろう、殺しても気は納まらないだろうと思っていたあの常務が死んだ?
 「ありゃねぇ、突然死っていうのかねぇ、通勤途中に車の中で死んじゃったらしいよ、朝。去年の秋頃だったよ・・・」
 次の瞬間、口元にこぼれそうな笑みを押し殺し、食べていた焼そばと一緒に飲み込んだ。情けない死に方、腹上死でもお似合いだろうに。

 「現場でいらんなら、辞めてもらえ。」常務のその一言で、事務所は静まり返り、当時のおばさんの上司はすべてを諦めた。上司と言っても、前の年までおばさんが仕事を教えていた同僚である。「そろそろこの子も役職をもらってもいい頃だな・・・」おばさんはそう思っていた。おばさん自身の出世など製造業であるわけはない、と悟っていたので、同僚を早く叩き込み、現地現物で言動出来る「人」つくりを心掛けていた。こう書いているとカッコがいいが、自分ではそれが現代の覆しようのない男社会での使命だと、思っていた。彼は皮肉にも、その年、現場に飛ばされたおばさんの上司になった。おばさんの配属された部署は、車の細かい部品の組み付け作業の中の一人で、女性ばかりの部署だった。
 彼はなんとかおばさんを元の職場に戻そうと企画を練り、説得案もまとめて臨んだが、既に決まっていることを翻すのは、彼の力だけでは元々無理だった。課長や次長は、「悪いが相談に乗れない。」と逃げるのは最もで、無理でも直接常務に掛け合っただけ、「人」中心で物事を回せ、というおばさんの教えには背いていなかったのかもしれない。
 「すみません。力になれませんでした。」彼は力なく言った。その後はおばさんも現場の空箱の隅で泣いていたのでよく覚えていない。
 一緒に仕事をするおばちゃんたちは「一緒に頑張ろうよ。ね。」と言ってくれたりはしたが、「あんたたちとは、違うんだよ。」と心の中で言い切ってしまう自分が居る以上、もうこの会社で生きていく手段はないだろうと、その頃悟っていた。やがて「あの子は頭の出来が違う。」とだんだん感じてきたおばちゃん達にとって、このおばさんは、異質でとっつきにくい存在だった。どちらにしても、そう長くは続かないことを誰もが予想していた。
 現場に飛ばされてから、おばさんは異常になった。夜眠れない、眠っても仕事の夢を見た。悲しくて、哀しくて、泣いても泣いても
どうしようもない。保育園に預けた娘は敏感に母の異常に気付くのか、夜鳴きがひどかった。しかし確実に成長し、それだけ手を煩わせた。わけもなく叱り、ののしり、叩いた。家事、育児、慣れない現場での組み付け作業、割れた爪、現場での人間関係、不眠、疲れ、体重は出産前をはるかに下回り、「すごいねぇ、もとにもどったね。」と褒める、かつての同僚の女の子にさえ、冗談で返すゆとりもなかった。・・・周りは皆そんなおばさんを遠巻きにし、家族でさえ励ましの声すらかけなかったのだ。


                        下巻へ続く


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