~いつかときがながれても~
再びロイドと旅をする最中にあって、クラトスには一つの気掛かり…
有り体に言えば、悩みがあった。
本人に聞いたのならば、決して悩んでなど居ないと言い張るのだろうけれど。
それが、ハタから見ればほんの些細な事でしかない身内な内容だからか。
ましてや、今ロイドたちが背負った使命を考えれば…
その比ではない位に、小さな問題であるのは確かな事だ。
いや、きっと物事の大きさが論点なのではないのだろう。
きっとクラトス自身が認めないだけだ。
そんな些細な事柄に拘る自分自身を。
ここ最近…ロイドが私の名を呼ぶ時に、決まって妙な間が出来上がる。
それは…おそらくは、いきなり衝撃の真実を知らされた後遺症なのだろう。
そう思い、私は出来る限り意に介さぬ様振る舞おうと、心掛けている。
言うなれば、こちらが隠してきたのは事実とも言えるのだからな。
私にしては珍しく、そんなどうでも良い事柄に思考を投じていた。
本当にどうでも良い事柄だと思うのだが、夜の帳がそんな感情を抱かせるのかもしれない。
だが、手は野営の準備をこなし続けているのだから、つくづく習慣と言うものは興味深いと感じる。
他の面子が料理の支度やら武器の手入れやら勉強などをしている中、一人で黙々と作業をしているせいだろうか。
人間とは、何かに気が逸れているくらいの方が、一途に思い悩むより考えごとをするには丁度良いのだそうだ。
半ばぼんやりとそんな事を考えていると、当初の悩みの種が降り掛かってきた。
「…なあ、とうさっ…あ。」
…そう、これだ。
クラトスを父親と知り、再び共に旅をする様になってから始まったこの呼び方。
「…なんだ、ロイド?」
「あー…いや、えっと…クラトス。」
出来得る限りの平静さでもって返事をするクラトスに、ロイドもなんとか返答を返した。
何と要ったら言いのか解らないのは、ある意味御互い様だとでも言うのだろうか。
「…あのさ、えっと…クラトス、何か手伝う事あるか?」
それでもどうにか頭を回したロイドが、茶色の髪を逆立てた頭をガシガシと掻いて、苦笑いで問う。
何と言ったら良いのか…手先は誰よりも器用だと言うのに、この不器用加減。
いや、これこそが何より人間の素直な感情表現なのかもしれないが。
「…いや、もう済む。手伝いは必要ない。」
あくまでクラトスは極々普通に返す。
以前と同じ接し方と言えば、確かにそうなのだが真実を知った今では素っ気なさ過ぎるくらいなのだが。
今は本当に準備が終わるからであり、他意はないのだろうけれど。
「あ、それもそうだよな。…はは…。」
クラトスの手元など、ロイドは今の今まで集中を向けてはいなかったのだが。
どことなく乾いた笑いを聞きながら、しゃがんで作業をしていたクラトスは、立上がり様にテントの杭を足蹴にして突き立てる。
そして、こんなものか…と一人ごちて振り向くと。
「…あ、えと。終わったのか?」
「見れば解るだろう、終わった。」
「まぁ、そりゃ見ればわかっけどさー…。」
ロイドが今度は指先でいじけた様に、頬を掻く。
クラトスが注目したのは、赤いグローブだった。
恐らくは、以前クラトスが聞いた通りに、洋服までもをカスタマイズして製作したと言う、育ての父親の手によるものなのだろう。
あんな分厚いグローブをはめ、普段から繊細な作業をしたり、器用に二刀流を使いこなしているのだから、それは新ためて見ても感心に値するものだ…とクラトスはその指先を見ている。
「…ん?」
いつも外さないグローブには汚れが付いているのか、ロイドの頬にも跡が残るのにクラトスが気付く。
「…クラトス…?…」
クラトスが自分を凝視しているのを不思議に思い、ロイドは指の動きを止めた。
赤いグローブが退いたその頬に、何気なくクラトスが手を伸ばす。極自然に見える行為だった。
汚れを払う様にしてクラトスの指先がロイドの頬に触れる。
まだ、少年の名残が残る顔立ちのままに、柔らかい感触だった。
ロイドはきょとんとした瞳でクラトスを見つめると、いきなり赤くなってその手を引き剥がした。
「…なっ、なにしてんだよ、クラトスっ!ほっぺたなんか、撫でたりしてっ!」
「いや…汚れが付着していてな。…まだ、取れていない。」
「いいっ!いいよ、汚れてんのくらい、自分で落とすっ!」
クラトスが不思議になるくらいの勢いで遠慮するロイドに驚きながら、再度上げかけた手の行き場に迷う。
「ん…これでいいか?」
「…だから、そのグローブが汚れているんだろう、見てみろ。それでは酷くなるだけだ。」
「あっ、ホントだ!なんだこれ、いつの間にこんな汚れたんだ!」
クラトスの指摘通りロイドが自分の両手を見ると、そのグローブは薄暗くなった月明りの下でも見える位、泥だらけになっていた。
「っちぇー、こりゃ洗って来なきゃな。
ちょっと俺、そこの川まで行って来る。」
「…私も行こう。」
張り終わったテントを後に、歩いて二分もない川を二人で目指す。
半ば追う距離に居る息子の背中を見つめながら、その成長を嬉しく感じていた。
「…父親と言うのも、悪くはない…か。」
低くぼそりとだが、声に出してしまった事にクラトス自身も、多少の驚きを見せる。
「…クラトス?今…」
ロイドもそれを聞き留めたのか、足を止めてクラトスを振り返った。
そして、意を決して呼び掛けた。
今度は間違いではなく、意識して。
「…と、父さん!」
「…なんだ、ロイド?」
それでもやはり、クラトスの返答に変わりはないのだけれど、その表情は見て取れる位には柔らかくなっていて。
「…な、クラトス?」
「だから、なんだと聞いている。」
何度も呼ばれるのを不審に思い、ロイドを見返す。
「あ、あのさ…二人だけの時だけ、あの…父さんって、呼んでも良いか?」
極度に照れを見せながら、それでも視線は外さずにロイドは言った。
その告白ともなんともつかない、それでも本人にとっては何より勇気の要るであろう言葉に、クラトスも照れからくるのか苦笑を漏らす。
「……フ…。
…構わん。」
「…え?」
その返答が小さくて聞き取れなかったのか、それとも驚くものだったのか、ロイドはきょとんとして聞き返した。
「だから、構わないと言っている。…いつでも、お前の好きな様に呼べば良い。」
「あ…その。…ありがとな。」
「…別に、礼を言われる事はしていないが。」
「いーんだよ、俺が礼言いたかったんだから!素直に受け取れよな!…父さん!」
照れ隠しにロイドがクラトスの背中をバンッと叩く。
「…ロイド、グローブを洗ってからにしろ。」
「あ、忘れてた!!…ははは。」
こんな、他愛のない会話も悪くはないと思った自分は、やはり父親なのだと。
そう感じたクラトスだった。
「いつまでも…」
…とは、決して言えないけれど、今、この時だけは。
―・―・―・―・―・―・―・―
言い訳みたいな後書きだったり。
いやー、お父さん炸裂。
と言うか、すんごい自分は「とうさ…クラトス!!」が気になる体質なんですよ。
もー、親子書きたいから書いたってだけですな(暴露
ロイドってむやみやたらに「っもー!!」とか言うの可愛いですよね。
詳しく言うと「しかけ失敗」のスキットなんかはベリキューですな。
パパもきっとそう思っているんじゃないかと。
「…パパとは呼ぶんじゃない。」

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