本質




“心の内濁らず、広くして、広きところに知恵を置くべし”

                ----- 宮本武蔵


広大な海は、泥を投げ入れても、濁らない。

目先の小さな妨害に心を奪われることなく、海のように心を大きくして、
その大きく広げた視点からものを見れば、ものの本質が見える。

本当に重要なことは何なのかが見えてくる。





少し前に、NHKの「わたしはあきらめない」にフェイシャル・セラピスト
かづきれいこさんが出演していた。

彼女は小さい頃から、冬になると顔が不自然に赤くなってしまう
病気にずっと悩み、外を歩けないほど、苦しんでいた。

どうしても外出する必要があるときでも、なるべく人がいない場所を選んで
歩いた。

電車は、人のあまりいない始発列車の端の方に、下を向いて乗った。

30歳の時、心臓手術のおかげで顔の赤みが完治した彼女は、それまで想像も
しなかった幸福感、解放感を経験したという。

『たかが赤い顔』が人生の何もかもを決定づけてしまう不条理と、それが
治ることによって得られた喜びを身をもって経験した彼女は、できるだけ
多くの人に自分と同じ喜びを分けてあげたいと考え、メイクの勉強を始めた。

後に、メイクの学校を開き何年か経った頃、再び、かづきさんの人生を変える
事件が起きた。

生徒の一人に、ホルモンの影響で顔に凹凸(おうとつ)ができてしまう病気の
女性がいた。

メイクでは、彼女の顔の凹凸までは隠せない。

形成外科を紹介したが、手術をしても、病気のためにしばらくするとまた
凹凸が現れてしまう。

数か月後、ついに、その生徒は自殺してしまった。

その事件がきっかけで、かづきさんはメイクの限界、形成外科の限界を知った。

それぞれの専門家が単独でばらばらに対処していても、解決できない問題が
あることを悟った。

そして、医療、メイク、精神的ケアを総合した「リハビリメイク」という
アイディアにたどり着いた。

形成外科、メイク技術者、精神科医や心理カウンセラーが、1つの場所で
協同して一人の患者をケアしていくことによって、それぞれの専門家が
お互いの足りない部分を補い合い、顔に傷やヤケド痕などを負った患者の
心身の回復に、驚くほどの効果を発揮した。

心(精神カウンセリング)と、体(形成外科)と、技(メイク)が一体と
なることで、1人1人の患者の人生を大きく変えていくことになったのだ。




『心・技・体』の合一 という武道の極意は、社会のあらゆる分野に
応用できる発想なのではないだろうか。

技術だけでは、どうにもできない問題もある。
物理的な力を加えても、どうにもならない問題もある。
心の持ち方だけでは、どうしようもない問題もある。

しかし、三者が協力することで、解決できる問題がある。


かづきれいこさんという人物もまた、自分の専門に固執せず、心を広げて、
ものの本質を見つめることのできる人間だった。




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