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2005年09月05日
鳥取物語 第五章 夏炉港にて 第一節 ●小夜、大将に申し入れす●
テーマ:
小説日記(233)
カテゴリ:
カテゴリ未分類
小夜はその日、皆生側の夏炉(かろ)という港で、みくまりに日本泳法なるものを教わっていた。
いかにも夏には灼熱地獄を想起させる名称だが、実際にはこの小港の周囲には常緑のタブ、シイノキ、アカガシ、ヤブニッケイ、トベラ、モチノキ、カクレミノ、クロキなどの低木が育ち、日本海岸地方の原始林景を残している貴重な樹叢として、この小港全体が天然記念物として指定されている。
小夜は泳ぎが好きだった。
そして、みくまり式長距離泳法をだいぶ体得したころ、小夜の心に、ある決心が自然に芽生えてきた。
まだ小さいくせに、小夜は遊泳区域と非遊泳区域とを区別している沖のブイを見ては、いつかあそこまで行ってきてやるという気でいたのだ。
ブイの向こうには、子供たちが“沖つ国(おきつくに)”と呼び習わしている大きな一枚岩が、海岸から遠くそそり立っている。
さて、その日はいつものごとく磯で泳いでいたのだが、沖つ国の偉容を目にした途端、小夜は、小夜自身が今何をやりたがっているのかを認識してしまった。
波うち際から沖つ国までは、おおよそ200メートルくらい。
──今ならいけそうだ。
海の深さはわからないが、子供たちは泳ぐにしても、沖つ国と現世を隔てているブイとは、いつも適当な距離を保っているようだった。
地元の子供たちさえ用心しているようなところまで到達するには、まず武人に伺ってみなければならないが、果たして大将は小夜の泳ぎの力量を信じてくれるだろうか・・・・・。
ともかくも、小夜はみくまりをまず味方につけることにした。
──みくまり。
──はいなぁ!
海の底からみくまりがゆっくり浮上してきて、息も乱さずに元気よく返事した。ツブ貝を両手にわんさか採ってきたらしい。
──うち、ひとりでブイまで泳げるやろか?
──ぶいぃー!
すっとんきょうな声をあげたみくまりであったが、小夜はみくまりの旺盛な好奇心を知っていた。最終的にこの突飛な申し出は、みくまりの興味をひいた。
小夜たちは綿密に計画を練り、恐れ多くも武人をモノで釣る、という戦略に頼ることにした。
小夜とみくまりは午前中いっぱいかかって、文字通り武人の釣りの餌となるゴカイを沢山集めた。
完璧だ!
そして岩場の突端で気持ちよさげに甲羅干しをしている武人のところに走った。
──これ、集めたから、使ってぇな。
下心みえみえの小夜の甘え声に、武人は起き上がって白い歯を見せた。
──へーえ、ようけ集められただなぁ。
──あんなぁ。
──なんだ、頼みたいことでもあるんか。
武人は小夜たちの顔をいたずらっぽい顔をしてのぞきこんだ。
──お小夜ちゃん、あすこのブイまで、行ってもええ?
──ああ、ええよ。
意外にも、武人は即答を返してきた。
子供たちから頼まれる、ありとあらゆる無理難題をクリアしてきた武人にとっては、こんな頼みはたいしたものではなかったのだろうと、小夜は拍子抜けしてしまった。しかし小夜はある重要なことを忘れていたのだ。
武人という少年は、じゃりの誰かが何かを願うと、自分の知恵と力の及ぶ限りでそれを叶えてやろうとする心構えを持っている、という彼の本質を。
──うち、がよ?
小夜は武人に念を押した。武人はうなずいて、
──ちょっと待っとれ。
と言ってすとんすとんと岩壁をおりてゆき、漁港のある方へと消えていった。
本日の日記---------------------------------------------------------
本文とはあまり関連性がないのですが、鳥取には「わきあがる力」という県歌がありますよね? ♪大山はさやかに晴れて──というあれです。
私は大山からは遠い地方にいたので、♪梨の実は枝もたわわに──から始まる二番の歌詞の方が好きでした。
私が鳥取にいた当時、県章と県歌が作られて、県庁にいた父は、なんと「わきあがる力」の小さなレコードを20枚以上買って帰宅しました。
そういうわけで、今でもそのレコードが手元に残っています。
父はよほどこの曲が気に入ったのか、毎晩大音声でレコードをかけて悦に入っていたので、私は今、三番まで歌えと言われれば歌うことができます。
團伊久磨さん作曲の曲調は覚えやすくて、頭の中に浮かばせただけでも元気が出ます。わかとり国体の時に「わきあがる力」がかかって、子供心にもいい曲だなぁなんて思いました。
考えてみれば、鳥取で覚えた曲はたくさんあるなぁ。県庁では午後5時になると、「みどりのそよ風」がかかるそうで、父はそれもいつも鼻歌で歌っていました。
明日は●小夜、海上でおにぎりを食す●です。今日もいいことがありますように。明日もタイムスリップして、息抜きしにいらしてください。
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最終更新日 2005年09月05日 10時01分57秒
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