2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全15件 (15件中 1-15件目)
1
昨日はK氏の家に引きこもって修論を書いていた。家主は仕事で深夜まで不在である。私の家には譫妄症状の激しい老女と,心肺機能の著しく低下した老翁が居る。申し訳無いが落ち着かない。そこで,自分の部屋より落ち着くかと思って,居座ってみたのだが…落ち着き過ぎてうっかり午睡なぞしてしまった。結局,捗ったんだかそうでもないのか,うーん。でもまぁ,書かなきゃいけないこととか,先輩の修論を読んで気付いたこととかあったし,良かったのかな。やはり環境は大事です。でも色々考え過ぎて,なんか変な寝言を言った気がする。「Microsoriumってやっぱり間違いですよね?」とか。言ったかなー。聞かれたかな…?ま,私が覚えてないんだから,向こうも覚えてないか。今日は申請書が無事(?)完成した。気付いたら凄い内容になっていて,当事者ながらびっくりするやら,ちょっと呆れるやら。未発表&論文準備中のデータばかりなので詳細は語れないが,これがもし実現したら学界が引っ繰り返る。壮大な計画である。ま,半分妄想みたいなものだが。だから愉しいのである。審査員が目を剥いて絶句する様子を想像して更に愉快な気持ちになる。一笑に付されるかも知れないけれど,その場合は,この1年でデータを出して,来年リトライ。で,絶対認めさせてやる!というだけの話。モチベーションの高さと,執念深さに関しては定評のあるワタクシ,隠花植物(って言い方身も蓋も無くて厭なんだけど)で一花(しかも大輪!)咲かせるべく,やっぱりシダに身を捧げよう。
January 30, 2006
コメント(0)
この恐ろしく忙しいときに,小石川植物園にシダのサンプリングに行って来た。胞子は時期を逃してしまうと,種によっては,また1年待たなければならないものもあるから,仕方ないのだが…。ここ数年の私の人生は,すっかりシダの都合に振り回されている。猛烈な勢いでありったけの胞子葉を封筒に詰め込み,30分もかからずに終了。丁度お昼時だったので,ベンチでもそもそパンなぞ食べながら休憩。もうちょっと暖かい時期で,心に余裕のあるときだったら,小一時間ほど午睡でもするところなのだが,残念ながらそれどころではないし,そんな気分にもなれない。早々に退散。大学に戻ると,早くも封筒の中で胞子が放出され始めていて,一安心した。これで胞子が採れなかった日には,遣り切れない。小石川植物園は,播磨坂という桜並木で有名な坂を下ったところにある。行きがけにその播磨坂を急いでいると,コブクザクラの花がほころんでいるのに気付いた。並木は当然ソメイヨシノで構成されているのだが,その中に1本だけ(たぶん)コブクザクラがあるとは,存在自体に今まで気付いていなかった。ちょっと嬉しい発見。
January 27, 2006
コメント(0)
修士論文をせっせと書いている筈なのである。某財団が募集している研究補助金申請の締切が迫って来ている。教授の気が変わって,自分で書くと言い出してくれたのは良かったが,最近彼女はゲノムプロジェクトというものに夢中である。当然私のテーマも巻き込まれ,申請書も分子生物学的な方向性で書くことになった。否,いつかやらねならないことだし,早く着手するのは良いことなのだが,如何せんまだ情報が少ない段階である。私が修士論文に必要な実験の合間に行った,怪しい予備実験データとか,まだペーパーになっていない断片的な人づての情報とか,そんなのを組み合わせて足場を組み立て,巨大な塔を構築しようとしているところである。無謀極まりない。まったく,姉歯も吃驚である。しかし勢いづいた彼女を止められる人間はそう居ない。あれよあれよと言う間に,学科内の,近い分野の助教授を引きずり込み,何時の間にか私は,彼に現状を説明し,一緒に計画の一部を具体的に考える約束を取り付けられていた…。酷い。ディスカッションの結果,何しろデータが少ないので,実現性の著しく低い申請書になること間違いなし,まぁ通らないだろうがこの線で,というのが決まってほっとしたが,この一件,別にこの財団から資金が貰えなくても,実際に私のドクターの仕事の一部として遂行して欲しい(この場合の「欲しい」という表現は,命令形である)らしい。はいはい,やります。自分のやりたいこともあるけど,繋がるようにやりますから。けど,なんで違う研究室の助教授から,そんな事実を知らされなきゃいけないんだ!最近ぶっ飛び過ぎ,先生…本当に,お願いだから落ち着いて論文を書きたい。何処かに身を隠そうかな。卒研生のひとりがこのところ鬱気味らしく,挙動が可笑しくて,下手に怒ったり出来なくて扱いづらいし(他人のことは言えないが),研究室は静かに修羅場の様相を呈しつつある。
January 26, 2006
コメント(0)
私は脳内物質の量の調節や伝達がうまく出来ない体質である。精神科や心療内科に行けば,うつ傾向があると診断されるような,一般的には病気と捉えられる症状が出る。内科辺りなら,自律神経失調症という病名を貰うかも知れない。でも私は,自分自身では病気と感じることは無い。飽く迄も体質だと思っている。小さい頃の記憶は少ないが,それらを思い出すに,ストレスなんかが原因で後天的に発症したとは思えないのである。きっと遺伝的に,神経伝達物質が出にくいとか,レセプターの結合能が悪いとか,あるいはその逆とか,そう言うプログラムミスを持っているんじゃないかな,と思う。だから,薬をうまく使えばある程度ちゃんとコントロール出来る。それに,独りもしくはK氏と居るとき以外は,長年の経験から培ったプロテクトモードの私が「外界」と応対するので,殆ど問題無く,というか寧ろ活発で勢いのある人間として日常生活を過ごすことが出来る。しかし,薬も全ての症状を抑えることが出来る訳ではない。(そんなことをしたら逆に廃人になってしまうだろう)何か耐え難い刺激を感じてプロテクトが不意に外れたり,独りになったりすると,あまり堂々と話せないような言動に出ることもある。でも中には面白がられたり,ネタになるようなこともある。例えば今日の帰り道にも起きた発作だが,突然,道路に引いてある白線の意味が分からなくなる。時間が時間なので,車は殆ど通らない。それにも関わらず,帰宅を急ぐサラリーマン達は,白線の内側の歩道と呼ばれる部分を丁寧になぞって歩いている。道路には幅があるから,カーブしているところなんかは歩道も車道も関係無く,最短距離の直線を歩けば簡単に先に進めるのに。私は無性に歩道を歩くのが厭になる。その内,白線のどっち側が内なのか外なのか判らなくなって来る。更に,白い部分が線なのか,黒い部分が太い線で白い部分はその残りなのか,それさえもあやふやになる。走らなければいけない,という衝動に駆られることもある。勿論,車道も歩道も関係無く突っ走る。でも,どんなに速く走っていても,マンホールだけは踏んではいけない。それがルールである。まず,靴底を通して感じる質感が変わるのが気持ち悪い。それに,全部とは言わないけれど,中にはハズレがあって,踏んだ途端,マンホールの蓋がその直径の直線を軸にくるっと1回転して,落ちてしまうような気がするのである。実に子供っぽい発想だが,このルールだけは,もし私の目的地までの最短ルート上にマンホールが存在していたら,しぶしぶ避けるくらいの,非常に厳しいものである。そんな風に全力疾走するときがあるかと思えば,何の前触れもなしに,ふっ…と歩く気がしなくなって,がくんと立ち止まってしまうこともある。この時の心境を表現するのは非常に難しいが,一番近いのは「面倒臭い」「どうでもいい」という感じだろうか。歩きたくないのか,歩けないのか,自分でも全く分からない。そのうち,足が重くだるくなって来て,ついでに息も苦しくなって来て,座り込みたくなる。今日は自宅まであと150mも無い辺りで,白線の理解の困難と同時に,こっちの発作も起きた。何とか玄関に辿り着いたときには,二本足で立つのにもバランスを失うくらいだったので,ちょっとびっくり。まぁでも,歩き方が分からなくなることも,稀にあるからなぁ。さて,堀江逮捕。彼にはどんなルールがあったのだろう。
January 23, 2006
コメント(1)
修士論文のストレスの所為か,不規則な生活の所為か,はたまた酒(晩酌)の所為か,最近胃が痛い。実は昨年5月に生まれて初めて,胃潰瘍をやった。原因は,卒研生への指導に悩んだためである。彼女が胞子を播くと必ずコンタミ(contaminatate)するのだ。つまり,培地にカビが生える。恐ろしいことに,水播き(ただの水道水に胞子をばらまくだけ)さえも満足に出来なかった。栄養が無いのだからカビなど生えないのだが,彼女が播くと水中に菌糸が出現した。何故か胞子が死滅したこともある。共通機器の使用「予約」という概念が理解できない。1日に1つの作業または予定(就職活動など)しかできない。私はほとほと困り果てたが,教授に宥められ,2ヶ月我慢した後,胃潰瘍を発症したのである。そしてめでたく彼女はクビ(テーマ変更)となったが,私は約1ヶ月,胃の痛みと吐き気と闘った。最も重症なときは,1日にプリンかヨーグルトを1個食べるのがやっとで,1週間で4kgくらい痩せた(すっかり戻りましたが)。胃潰瘍というのは理不尽な症状が出るもので,異常な空腹感を感じる。しかし,いざ食べ始めると,途端に胃が痛くなり,ろくに食べることはできない。そして胃の中に入れた少量の食物が消化される間,3時間程度,背中の痛みや吐き気に苦しむことになるのである。本当に二度とやりたくない病気である。まぁ,ここ最近の胃の痛みは,胃潰瘍とは違って,単なる疲れや消化不良のような感じなので,大丈夫だとは思うが,胃潰瘍の後に過敏性腸症候群にも悩まされたので,最早私は自分の胃腸にあまり自信がもてないでいる。血液検査をするとよく褒められるので,肝臓や腎臓は強いようなのだが。何とか無事に修論を乗り切りたいものである。切実。
January 21, 2006
コメント(0)
何故か今朝起きたら右手首が痛い。うーん,またいつもの捻挫かなぁ。言うと大抵笑われるのだが,私は全身のほぼ全ての関節が緩い。顎,首,肩,肘,手首,脊椎,腰,膝,足首,手足の指,とにかく鳴る。首や肩,指は,凝ったなぁと思って意図的に鳴らすのだが,他の部位は,例えば膝なんかは椅子から普通に立ち上がっただけで鳴る。鳴る,と言うか鳴り響くので,周囲の人によく驚かれる。それと関係あるのか判らないが,手首や股関節が何かの拍子に,ずれるような,うまく噛み合ってないような感じになって,鈍い痛みを伴って「カキ,プツ」といつもと違う変な音がするようになることがある。半日くらい放っておけば自然に治るので,それほど気にしていないのだが,周りの人は別にそんなことは無いらしい。私,欠陥品なのかなぁ。先日,ニューカレドニアで胞子を採って来て下さったN先生にお礼とお菓子を送ったら,素敵なお手紙を下さった。今後,このようなお気遣いはなさらぬように,との言葉のあとに「私は大好きなシダを採集して来て,それが若い研究者のために役立って貰い,喜んで貰えれば,それが何より嬉しいのです」と書かれていた。素敵な年齢の重ね方だと思う。そう言えば,昨年の初春に学会で初めてお話した,原始的なシダの権威の一人であられるD先生も,今春退官されるため「あなたに是非託したい」ということで,昨秋,非常に貴重な液浸標本を下さった。研究者やアマチュアの植物愛好家には,一見変わった方が多いが,基本的に皆さん若々しく,親切な人ばかりである。中には油断ならない恐ろしい人も居るが,それはごく一部で,どの世界でも同じだろうとは思うが,生き残って行くためには人柄や人徳もとても重要なのだとつくづく感じるのである。修論を目の前にして,自分自身の意志のみならず,託されたもの,受け継いで行かなければならないものの重さを,ひしひしと感じている。別に学術的でなくてもいい,被子植物の天下で逞しく生き抜いているシダ達に,少しでも興味をもってくれる人が増えたら嬉しい。地球温暖化は深刻な問題かも知れないけれど,いつか本州も温帯から亜熱帯気候になって,今まで生育出来なかったシダ達が侵入して来るとしたら,それは大歓迎だなー,などと妄想してしまったりもする。胞子が降り注ぐ木生シダの密林なんかが近所にあったら幸せだろうな~。
January 20, 2006
コメント(0)
今朝方見た夢に,佐野史郎と青木さやかが出て来た。佐野は素直に嬉しいけれど(笑),青木は……。何故か,私も含めて,全員小学校教諭というシチュエーション。うーん,そんな学校嫌だよなぁ。佐野はベテラン教諭,青木はお局教師と言った感じか。何故か生まれたばかりの子供を抱えながら,余裕のない様子で職務をこなしている。勿論,授業や会議はマシンガントークである。で,私は新米教師らしい。私は新人の立場を利用して,佐野に頑張って接近しようとしたけれど,佐野は本心を隠すような笑顔を見せつつ,全くクールでつれない態度。嗚呼,無念。次のチャンスを伺うべし!と強く心に決め,何かを探しに職員室に戻ると,突然非常ベルが鳴り,どうやら避難訓練らしい。「えぇー,聞いてないよ~」と思いつつも,引率をするべく,自分が担任をしているクラスの教室に行ってみると,児童たちは既に頭巾をかぶるなどして避難する準備を終えていて,ほぅ,と一瞬感心する。「じゃあ2列になって私にしっかり着いて来るように!」と私が言い終わらないうちに,児童はすぅっと順序良く席を立って,黙々と2列を作りながら,私を追い越さんばかりの素早さで教室を出ようとするので,私は少し自分が情けなくなり,と同時に児童の“いい子ぶり”に何だかぞっとするような気味が悪いような気持ちになる。そんな気分を抑え込んで笑顔を作りながら,先頭に居た小柄な男の子(ってことは背の順で並んでいるんだろうか,それすらも私には分からない)の頭に軽く触れ,「さぁ,あゆむ(歩)君,行きましょう」と声を掛けるのだが,その瞬間「あれ,この子本当にこんな名前だったかしら」という不安にかられる。しかし子供の方は無反応で,間違っているのかいないのか判らない。余計に怖くなる。生徒玄関を出て,校庭に出ると,見覚えのない小男に「●●先生(覚えていないが,私の本名ではなかったように思う),何やってるんですか,早く」と叱責され,ちょっとむっとする。校門を出ると,ひどく荒れた砂利道や林の景色である。なんで小学校がこんな立地なんだろう?しかもこれ避難訓練じゃないの?一体何処に行こうとしているんだろう…。いつの間にか,何か本当に天災でも起こったのか,訳の解らない楳図かずおの漂流教室みたいな状況になっていて,見上げれば曇天,起伏の多い原っぱ,遠くに見えるのは枯れ掛けた林だけ。気付くと他の教師たちも呆然としていて,児童を休ませたまま立ち尽くしている…。と,青木さやかが子供を抱えたまま,突然林の方へ駆け出して行き,「あぁ,頼もしい人だな。でもそっちに行くのは危険じゃないかしら…」と思った瞬間,林の中に潜んでいたらしい,「第二次世界大戦の時代にに生きている,子供を亡くしたか,生めない身体になってしまった年増の女」が飛び出して来て,青木に襲い掛かる。青木は憤然と立ち向かうが,何しろ子供を抱えた態勢であるから,私は心配になって,叫びながらそちらへ向かおうとする。というところで目が醒めた。あぁ,疲れた…。そんな訳でよく眠れなかったのか,帰りに駅の階段をてくてく降りていたら,ふくらはぎに突如,違和感が生じて,両足が一気に攣りそうになって焦った。これは相当弱ってるなぁ,私。何が不足しているんだろう?運動は勿論だが,きっと栄養素も何か欠乏してるんじゃないだろうか。摂生せねば。
January 18, 2006
コメント(0)

恐ろしいことに,修士論文を来週末までに書け,とのお触れが出た。実際の提出期限は2月6日。しかし,入試期間を挟む為に,教授はそちらに掛かりっ切りになるので,それより前に見せろ,ということである。よく考えれば確かにそういうスケジュールにせざるを得ないのだが…。昨日,締切1日前に要旨を完成させて,うっかり一息ついてしまったところだったので,かなり衝撃は大きい。今はカニクサというシダの胞子が成熟する時期で,多量に採取・保存しなければいけないし,今後の研究を進めるにあたって,他にも数種類欲しい胞子があるので,小石川植物園に様子を見に行く必要もあるし,シダコレクターのO氏に標本を貰いに行くことにもなってたような気がするし…ちょっと,無理じゃないですか,そんなの。あぁもう,絶対卒研生の面倒なんか見ない。M1の二人に任せる!!殺気を発して誰も近付けないようにしよう。不眠もあまり改善されていないし,最近,助手やドクターの先輩など,会う人皆に「…クマ出来てるけど,大丈夫?なんか弱ってない?」と確認される。倒れるほど体調が悪い気はしないので,「はは,大丈夫ですよ~」と笑い混じりに答えるが,かと言って本調子でもない。ただ,発表とか何かの締切前って,少々言動が可笑しくなったり,ふらふらしてる位の追い詰められた…否,とうとう発狂したか!?という位の方が,何とかなったり,意外に良いアイディアを思い付いたりするものなのである。毎回そうとは限らないかも知れないけれど…今回も何でもいいから乗り切らねば!そう言えば,数日前に待ち焦がれていたフットバスが届いた。購入したのはコレ!結構激しい振動とバブルが気持ちいい。足を突っ込んで,上半身はベッドに寝っ転がれば極楽♪あー,もっと早く買えば良かった。
January 17, 2006
コメント(0)
卒研生の後輩が,昨夜引ったくりに遭った。最寄駅から自宅まで帰る途中,後ろから追いついて来たバイクの2人組に,自転車の前カゴからバッグを持ち去られたのだと言う。普段は,おっとりした天然系の子なのだが,手が伸びて来てバッグを掴まれた瞬間,思わず片手を離してバッグを引き戻し,「この野郎,何すんだよ!」「てめぇ,ふざけんな!!」などと叫びながら格闘し,更には両手でしがみ付いたそうである。…結構やるなぁ。しかし抵抗も空しく,自転車と共に転倒し,手が離れてしまい,逃げられてしまったのだそうである。逃走する犯人に向かって,「死ね!!!」って思いっ切り叫びました~,と彼女はおっとりと語った…。被害に遭ったのは,財布,手帳,電子辞書,USBメモリ,そしてエタノール置換中の試料。現金を始め,金目の物は何とか諦められても,研究に使用する筈だった試料を持って行かれたのは痛いし,何より悔しいだろう。でもまだ続きがあって,これがまた結構激しい展開なのである。携帯は服のポケットに入れていたそうで,彼女は即座に警察に連絡し,現場よりも被害状況を聞こうとする警察の悠長な対応にキレながら犯人を猛追し,更には自宅のお母さんに連絡して車を出して貰い,付近を捜索して,土手を越えて河原に逃げ込んだ犯人を捜し出したのだそうだ。しかし,流石に女二人で取り返しに行くのは危険と判断し,警察にも,パトカーが到着するまで待機するように指示されたため,暫く様子を見ていたのだが,警察の到着が遅れたために,結局また取り逃がしてしまったと言う。悪質な犯人も,やる気のない警察も,幾ら叫んでも出て来てくれなかった近所の人たちも,ほんとに酷い!と非常に憤っていた。確かにね。まったく可哀相な話であるし,犯人は絶対に許せない。犯人が凶器を持っていたりしなくて,怪我は自転車で転倒したときの軽傷だけで済んだのが,不幸中の幸いだとは思うが。明日,近所を回ってバッグを探してみます…と言って,傷心の彼女は帰って行った。私も何か対策を考えた方がいいかも,と思って色々考えてみたが,今のところあまり名案は浮かばない。しかし,私は普段から帰宅時,途中で購入した焼酎やウォッカの瓶を振り回しながら歩いたり,必死の形相で車道の中央を延々走ってみたり,傘を持っている癖に面倒臭いから差さずに敢えてずぶ濡れになってみたり,猫を1匹でも多く見つけるために,路地を全て覗きながら歩いたりしているので,多分襲う方も躊躇するような気がする。じゃあ,まぁいっか。
January 16, 2006
コメント(0)
一昨日,卒研生達が何とか要旨を提出し,騒乱が一時的に治まったので,漸く自分の修論の要旨を書いている。見せる度に,いつものように教授に駄目出しをされつつも,かつてこれほどまでに余裕をもって締切に取り組んだことがあっただろうか(笑)少しは成長したような気もする。しかし,卒論の時よりも,より強く自分の頭の悪さと気の利かなさをひしひしと痛感している。私自身がドクターコースに進学することもあるが,私のテーマ自体,形態学以外の分野にも複合的に発展して行く可能性の高いものである,今抱えている問題点や,数年先の展望や,考え得る限りの仮説がきちんと整理されていなければ,要旨は勿論のこと,修士論文といえども論文など書けないのである。こういう機会に集中的に考えを纏めることも必要だが,それ以前に恒常的に考えていることが重要なんだよな,と昨夜は非常に反省してしまった。K氏は昨日が休日で,それなりに満喫していたようなのだが,私の方は大いに反省モードで頭が“そちら”になっていたから,遅い夕食の間,暫く上の空でいて,それもまた良くなかったなぁ,と今頃またちょっと凹んでいたりする。昨夜は行きつけの店のひとつ,高田馬場のAで飲んでいたのだが,初めてあんこう鍋を食べた。あん胆は大好きで,他の店でもよく頼んでいたのだが,そう言えば肝心の(?)身は食べたことが無かったのだった。鱈のように崩れずに締まっていて,非常に淡白な白身,という印象。味噌仕立てで全体的に優しい味だった。鍋を突付きながら,ふと壁の“サイコロくじ”のメニュー表をみると,恐らく「ハズレ」に該当するのであろう「青汁」や「ウーロン茶」といった品々の中に,「カエルの唐揚げ」の文字が。何を隠そう,私は無類の解剖好きである。今でこそシダを培養し,慈しんでいるが,学部3年次までは,自分に与えられた材料だけでは飽き足らず,欠席者や予備分のマウスやカエルを捌くことを志願して,「あー,美味そうな筋肉だよなぁ」と溜息をつきつつ切り刻み,実験が終わるなり,「焼肉食べたくなったんだけど」とK氏を誘ったりしていたものである。実際,実験に使用しているのは食用のカエルで,脚の筋肉が非常に発達している。脚で筋電位をはかる実験など,皮を剥いた時点で食材にしか見えない。しかし,残念ながら実際にカエルを食べる機会には恵まれなかった。と言う訳で,このチャンスは逃してはならない。K氏に,カエルの唐揚げの存在を伝えると,割と興味がある様子。そこで,可愛らしい女性店員を捕まえて,通常オーダーも出来るか聞いてみると,ちょっと驚いた様子であったが厨房に聞きに行ってくれ,めでたくカエル3匹分の脚の唐揚げを出して貰えた。腰椎の辺りでぶつっと切断して,塩と胡椒のきいた薄い衣で揚げてある。太腿の太さはせいぜい2cmくらいだろうか,想像していた(解剖に使っていたカエル)よりも小ぶりであった。持って来てくれた店員に「意外と細身ですね~」と感想を述べつつ早速齧ってみると,鶏肉より柔らかい。筋繊維も細やかで滑らかに解れる。味は鶏の笹身に近いけれど,もっと淡白で,獣臭さが無い。後味は白身魚のようである。私は鶏肉(特に赤黒いところ)も大好きなのだけれど,これはこれで美味しい。もっと太い脚だったら良かったのに…。あっと言う間に食べてしまった。しかも,関節のところの球状になった骨の感触が,飴玉みたいにつるつるで心地良い(ちなみに私はくぼみフェチでもある)…。うーん,満足。次は是非ヘビのスープを食べてみたいのだが,何処の店で出しているのだろう?ちなみに,ワニの肉もとても美味しい。以前,新宿のアフリカ料理店でステーキを食べたことがあるが,よく運動して脂肪の少ない鶏肉とコクのある白身魚を足して0.6で割ったような絶妙な風味である。厚さ2cmも無いステーキで1枚2,000円するが,そこいらの牛肉より余程いい。オススメします。
January 15, 2006
コメント(0)
今日はM1の後輩の学内口頭発表があった。昨夜はその推敲(と言うより,はっきり言ってそれ以前の段階だが)に3時間ほど付き合い,植物の分枝様式について理解を深めてしまった。私はマスターに進んでからというもの,すっかりシダ配偶体馬鹿になりつつあるから,他のテーマで形態学的思考をして,脳が多少活性化した気もする。しかし正直疲れた。ペースが合わない人とコミュニケーションをとるのはなんて難しいんだろう。相手の思考ペースによる混乱に巻き込まれず,相手の繰り出す言語を消化し,自分のペースを保ちながら再思考し,それをまたアウトプットするのは非常に消耗する行為である。しかもただのディスカッションではなく,発表の流れやスライドのデザインなどの要素まで含まれた「懇切丁寧な指導」であるから,ある意味自分ひとりで味わう「産みの苦しみ」より辛い。お陰で,発表直前は私の方が緊張してしまった。無事に,ではないけれど…とにかく終わって良かった。しかし,一息つく暇もなく,明後日には卒研生の要旨の提出が控えている。卒研生7人中5人がまだ脱稿していない。その内,目処が立っているのが3人。教授が積極的に助け舟を出そうとしているのが1人。かなり救いようがないのが1人。この,救いようがない子が来年度,唯一のマスター進学者なので,全く先が思いやられる。大体,本当は卒研生に構っている場合ではないのである。自分自身の要旨提出が,実は17日に迫っている。まだ1行も,否,1字も書いていない!まぁ,比較的最近,科研費や奨学金の申請書を書いたから,それほど纏めるのに困らない筈,と自分に言い聞かせているのだが…。
January 11, 2006
コメント(0)
昨日,今日と某進学塾Sでアルバイトをしていた。よく不定期に勤務しているアルバイト先のひとつである。必要に応じて懇意にしている職員に呼ばれる,といった方が正確かも知れない。私のように長く学生をやっていると重宝されるのである。今の時期,中3生は受験本番を迎え,中1・2生も新学年に向けたクラス分けのための学力診断テストに一喜一憂している。私自身は,私立一貫校のエスカレータに乗って来たから,このアルバイトを始めて,漸く一般的な中学生の生活を知ったような気がする。ちょっと新鮮。私の人生を振り返るに,中学~高校にかけて(現在までの人生を通じて,かも),受験と言う競争に参加しなかったために,(良い意味でも悪い意味でも)余計に得たものや経験し得なかったことが沢山あるように思う。諸事情あって,私は自分の中学~高校時代の記憶をあまり持っていないのだが,テスト監督なんかをしながら約10歳も年下の彼らの姿を観察しては,ぼんやり同じ頃の自分を懐かしんだりしている。それにしても,人手不足である。実施したそばから,クラス分けや入塾の合否の連絡をしたいというので,採点と確認に追われ,今日は残業だった。とは言え,普通に大学で過ごす日より寧ろ早く帰ったのだが。誰もが耳にしたことのある大手進学塾にも関わらず,模試や長期休暇中の講習,ハンディング(ビラ配り)などの業務はアルバイト無しでは成立しない。講師はチラシ作りなどをこなしながら,授業をし,面接の個別指導なども行い,質問にも丁寧に答え,生徒ひとりひとりの言動や表情のちょっとした変化もチェックして綿密な受験指導を常に考えている。パッと見,頼りなくて,ちょっとよれっとしていて,アルバイトに対しても腰が低いような先生が多いのだが,実際の業務内容を考えると,つくづく大変だよなぁ,よくやってるよなと思う。だから,バイトも頼まれると断れないのだけれど(笑)私は基礎生物学の発展に貢献したいと思って,今のところ生きている訳だけれど,その思いに繋がるものとして,時々「教育」について考えたりする。大学・大学院での教育や改革すべき点についてはよく教授と議論するのだれど,結局,(数々の実体験から)大学以降の年齢では基本的に根本的な矯正はきかないという意見で一致をみる。その個人の,人生観やら生活における優先順位,平たく言えば癖や生活スタイルは,幾ら実戦的な教育・指導を行って治そうとしても,あまり功を奏さないことが殆どなのである(飽く迄も私とその周囲の意見)。良くて,気付いていなかった自分の「性質」にはたと気付きました,とか,自分の能力を思い知らされました,というのがせいぜいである。それも価値のあることだけれど。だから,人格形成期の教育というのは本当に重要なんだな,と思う。いつか,自然科学の立場から,そういうことに関わって行けたらいいなと,密かに夢見ている。少なくとも私は,自然科学に興味をもつことによって,目に映る世界に信じられないほどの奥行きと輝きを得たし,人生の行き詰まりを打開することが出来たから。そして揺らがない幸福と喜びを確信出来たから。などと言いながら,実は昨年末からちょっとした不眠症状に悩まされている。医者に相談したら,SSRIを増量された。いつか自分のセロトニン関連遺伝子(単離されてるのか知らないけど)の異常を調べてやる。
January 7, 2006
コメント(0)
結局,昨夜より酷い夢をみて魘され続け,また寝坊した。一体何度死んだことか。私の夢にはよく戦争が出て来るが,その中でも近年稀にみる激しい戦闘だった…。「早く戦車部隊を投入しろ!何ぼうっとしてんだ!!行けッ」とか叫んでいた気がする。折角睡眠をとっても,連日これじゃあ疲れるばかりである。もの凄く気が早い話だが,バレンタインに良く作っているガトーショコラを焼いた。バレンタイン恒例と言っても,想定しているのはK氏ではない。クリスマス同様,彼は全く興味が無いと言っていい…。まぁ甘いものは好きなので,持って行けば素直に食べるのだが,それはいつでもそうなのであって下らない行事とは無関係である。という訳で,私がバレンタインにお菓子を作ってあげる相手というのは,主に研究室のメンバーだとか女友達である(一応K氏にも「ついで」とか何とか言って持って行くけれど)。大体,バレンタインを楽しみにしているのは意外と女子の方だったりする。百貨店に,普段入っていない洋菓子店が期間限定で来てるとか情報交換したり,普段お値段が張るのでなかなか手が出ないチョコレート屋にいそいそと出掛けて行ったり,そして結局女同士で交換して食べていたりする。でも,今年のバレンタインは,修士論文提出日の2日前…。絶対それどころじゃない。もの凄い修羅場の真っ只中に居ること間違いなしである。だから,今日。否,特に深い理由は無いし,我ながら,何も三が日に…とは思うが,修論要旨の提出期限も迫って来ていることだし,今年度最後の息抜き,といったところだろうか。近日中にレシピを載せようと思います。私のガトーショコラは白胡椒を入れるのがポイントです。世の女子の方々は,ちゃんとバレンタインに作ってくださいね ^^;
January 3, 2006
コメント(0)
よく覚えていないが,凄く理不尽な夢をみた。━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━大学に行こうとして私鉄に乗り,途中駅で降りて次の各駅停車に乗り換えようとする。そこまでも各駅停車に乗っていたのに。自分でも変だなと思いながらも,大人しく待つ。しかしいつまで経っても電車はやって来ない。ホームは10時くらいの遅い朝のような風景で,周りには会社員や,中学生くらいの娘とその母親や,高校生の姿に戻っている友人が居たり,思いの外,人は多いのだが皆静かである。幾ら待っても電車が来ないし,説明のアナウンスも無いので,私は苛々し始める。ふと見ると,何故かホームの反対側に電車が到着する気配である。周囲の人々も「あぁ,こっち側だったか」と言った様子でくるっと方向転換して並び直しているので,私も何となく納得して,到着した車両に乗り込む。すると,電車はなんと元来た方向に走り出した。私は焦って,「この電車は各駅停車だろうか,まさか急行なんかじゃないだろうな。急行で10駅くらいも反対方面に連れて行かれたら,どんなに遅刻することだろう」と考える。アナウンスをよく聞くと,どうやら各駅停車のようである。少しほっとして,面倒なことではあるけれど,次の駅で降りて乗り直そう,と思う。ところが,なかなか隣の駅に着かない。各駅停車の癖にどうなってるんだ,とまた焦りと怒りが沸き上がって来た。大体,私と一緒にこの電車に乗った人達は,この騙されているような状況に対して,何故騒いだり怒ったりしないのだろう?窓の外は憎らしいくらいに快晴である。なんでこんな目に遭ってるんだろう…と一瞬気持ちが萎えた頃,電車が停まった。そそくさと降りる。先ほど乗り換えのために居た駅と,似ているような,全く違うような風景である。判断力というものが全然働いていないようで,俄かに不安になる。それを押し殺して,努めてポーカーフェイスを保ちながら電車を待つ。やはり来ない。困惑と焦燥を感じているが,さっきと同じ間違いを繰り返したくないので,ひたすらこらえて待つ。駅のアナウンスが耳に入った。とても歯切れの悪い説明だったように思うのだが,具体的なフレーズは覚えていない。とにかく,事故か何かで私の目的地方面の電車の運転が“ほぼ”停止しているというのである。電車は走っていないこともないのだが,何本運休して,たまに動いている電車がいつこの駅に到着するか,駅員には判らないらしい。しかもこの駅に停まるかどうかも,来るまで判らないのだと言う。待ちたい人はひたすら待っていればいいし,他の交通手段に切り替えたい人は勝手にそうしてくれ,という酷い対応なのだが,何故か混乱は起きない。電車を待つことを決めた人々は静かに列を作り直して,じっと耐えている。私は暫く様子をみてみた。電車は確かにたまにやって来るが,私の居る駅を通り過ぎて行ってしまう。観察するに,どうやら車内が満員で乗せられないから停まっても仕方ない,という判断のようである。なるほど。気付くと,私はバスに乗っていて,大学の最寄駅を目指している。なんだ,簡単じゃないか。あっと言う間に駅前に到着する。ほっとするが,大学に行く前に遅延証明を貰わなくてはと思う。あれ,でも私はバスでここまで来てしまったし,着いた駅はJRだから,誰にどうやって私鉄の遅延証明を貰うんだろう?バスに乗ったのは,断じて振替輸送では無かったらしく,私はバスに乗る前に遅延証明を貰っていないようなのである。さて,どうしよう…。バスを降りると,今度は雨が降っている。取り敢えず,私は駅に向かい,雨に濡れ手気持ち悪いので靴を脱ぎながら,窓口の見るからに不親切そうなJRの駅員に声を掛けてみることにした。出来るだけ哀れな(?)雰囲気で状況を説明したのだが,案の定にべもない。困ってその場で立ち尽くしていると,同級生がわらわらと連れ立って改札にやって来たので挨拶をする。どうやら彼女達も同じ事故に巻き込まれたようである。彼女達も遅延証明は持っていないようだが,これだの人数で説明すれば大丈夫だろう,と安心して一緒に大学に向かおうとする。瞬間,自分が靴を履いて居ない事に気が付いた。どういう事??短い空白の後,さっき窓口で脱いだことを思い出す。なーんだ,きっとあそこだ。ところが,行ってみると,靴なんて無い。え…じゃあ何処なのよ!?ちょっとパニックになりながら,駅の改札付近を隈なく捜す。気付くと,駅の事務室の入口付近の壁際や,自動改札機の下に何足もの靴が綺麗に並べられている。私の靴は黒のエナメルのパンプスである。似たような靴を見つけては近づいて確かめてみるが,どれも微妙に違う。無茶苦茶に移動しながら,何度も何度も舐めるように捜す。でも見つからない。靴の群れは,捜せば捜すほど増えて行く。それでも捜す。捜しながら漸く,なんで駅にこんなに靴が脱いであるのだろう?と思う。半ば諦めながら靴を引っくり返して確かめつつ,周囲を見回すと,どうやら駅に浴場があるのだ。あぁ,それでこんなに靴が。そう言えば何処からかうっすらと湯気が漂って来ている。今日は寒いから,余計に白いなぁ。私はいつの間にかお風呂に入ったようだ。全身が塗れている。今度は服もみつからないのか,服を着るのも惜しいと思っているのか,状況は全く解らないがまた靴を捜している。見つからない。改札付近を這って進む。その内ぐるぐる円を描き始める。最早,自分が何をしているのか,何をしたいのか解らない。4-5回ぐるぐるしたところで━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-━目が醒めた。訳が解らない。まぁ今日は叫ばなかっただけ良いけれど。私はよく,悪夢を見ては絶叫し,K氏に何事かと起こされたり,自分で驚いて起きたりするのである。治したいが,どうにもならない…。新年早々,酷い夢をみた所為か,今日はガラス器具を3個も割った。自分でも呆れる。ビーカーはともかく,メスシリンダーを粉砕してしまったのが凹む。そんなショックも打ち消すような,素敵な夢を見たいものである…。
January 2, 2006
コメント(0)
昨日に引き続き,他人事のような正月である。しかも天気が悪くて暗い所為か,結構朝遅くなってしまった。何だかぼうっとして現実味が無い。喪中なのでお屠蘇も無いし。黒豆と伊達巻をつまみながら,独り雑煮を作ってもそもそと食べる。それから,若手お笑い芸人がめまぐるしく入れ替わるテレビ番組を垂れ流しながら,掃除の続きを少々。でもやっぱり天気が悪いと気分が乗らない。29日から四国の実家へ帰省していたK氏が,午後東京に戻ったので,夕方から出掛けた。何も決めていなかったが,何となく二人とも池袋に足が向く。適当に落ち合って夕飯を食べるべく店を探すが,案の定,碌な飲食店が開いていない…。「寒い…」を連発しながら1時間近く彷徨してしまった。もう,サービス業なんだからしっかり働いてよ~!!(逆ギレ)そんなに世の中の人ってお正月は静かに過ごすものなんだろうか。なんかそう言う感覚がすっかり麻痺してしまったようである。漸く見つけた店は可もなく不可もなくと言った感じで,しかも喫煙客が多く,正直愉しめなかった。K氏の家で,帰省中に南を買ったら店のおばちゃんが分けてくれた,という日本酒で飲み直す。結構甘いのに,後味が殆ど残らない。飲み進むうちに少し酸味を感じるようになる。私も彼も辛口を好むので,首を傾げつつ飲む。うーん,多分美味しい,と,思う。飲み慣れないからかな。今年は甘口の酒も開拓したいと思う。あとは芋以外の焼酎も。洋酒も詳しくなりたいし。目指すは小娘脱却!!
January 1, 2006
コメント(0)
全15件 (15件中 1-15件目)
1