2007年02月25日
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カテゴリ: 歴史雑感


宮部みゆきの「蒲生邸事件」を読みました。

現代から、2.26事件勃発時の東京にタイムスリップした青年を主人公にしたSF・推理もの。
非常に面白く、670頁ほどを息もつかずに読みきったという感じです。

あらすじ
予備校受験のために東京のホテルに宿泊していた受験生孝史は、
2月26日の未明、ホテルの火災に見舞われます。
その危難を同泊の男、平田に助けられるのですが、
この男がなんと、時間旅行の能力を持つ男で、連れられた先は昭和11年の同じ場所。
今まさに、2.26事件が起ころうとしているところでした。
孝史は陸軍大将蒲生憲之の屋敷内で暮らし始めることになります。
ところが、蒲生大将は、陸軍内部の派閥争いと青年将校の決起をきっかけに、
軍部の政治介入・独走が始まることを予測し、深く憂える内容の遺書を残して、
2.26事件の当日に自決。
孝史は、蒲生邸内に住む人々と共に蒲生大将の自決に関わり、
やがて、その死に疑問を抱き始めます。・・・・・・・

蒲生邸内の事件が、2.26事件の進行と並行するように展開されていきます。
未読の人には、ネタばれになるのであまり詳しく書きません。

邸内での出来事が中心で、2.26事件そのものは、あまり描かれていないので、
歴史的な興味からすると物足らないですが、その時代の雰囲気は十分伝わってきます。
推理サスペンスとしても面白く、次にどうなるのだろうと思わせる話の展開に、
つい引き込まれますし、蒲生邸の女中ふき との淡い恋の話もからみファンタジックでもあります。

ちなみに、陸軍大将の蒲生憲之、もちろん架空の人物です。
宮部みゆき 1996年の作品 1998年の日本SF大賞を受賞。

しかしこの作品、SF・推理サスペンスだけではありません。
この作品に深みを与えているもの、
それは「歴史とはなにか」「歴史を評価するとはどういう事か」についての問いかけです。
これが、この作品のモチーフでもあります。

時間旅行能力を持つ男、平田の述懐。
「歴史は人間が積みあげていくもの、しかし、その流れは必然で、
過去を知っている未来の人間がタイムスリップして、忠告したとしても
根本的に歴史を変えることは出来ない。
歴史は自らが目指すところへ、流れていく。」

そうではないと言いたいところ、ですが、しかし、そうかもしれません。

特に、明治末から太平洋戦争に至る歴史は、
国家主義や右翼の台頭、相次ぐテロ事件、関東軍の暴走など
歴史の流れ・巨大な歴史の渦にのみ込まれて行くような感じを受けます。
歴史の結末が判っている人間が、何人かいてもどうする事もできなかったでしょう。
集団の持つ力でしょうか、当時、国民の多くは戦争へと傾斜していく事に対して
疑問を持っていませんでした。

もうひとつ、主人公孝史が、戦前の時代に暮らしてみての感想。
「居心地は、けっして悪くない時代じゃないか。
人の力が重んじられた時代だから、人同士のつながりも温かい。
スイッチひとつで出来ない事が、まだたくさんあって、すべて人間の手でやっている。
現代は人間でなければ出来ない事は、ごく限られていて、
人間である孝史を求めてくれる仕事を、ひいては人生そのものを、
見つけることは難しい。」

文明の進んだ現代に生きる事は幸せなのか、
近代化していく事は正しいのか、
正しい、あるいは間違っていると、無条件には言えないと思います。
極論をいえば、進歩していく余地が大きい弥生時代くらいに生まれるのが、
一番幸せなのかもしれないのです。

そんなことを、考えさせられる、読みごたえのある一冊でした。





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最終更新日  2007年02月25日 09時53分33秒
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