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2013.06.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
大隈重信老候は首相経験者であり早稲田大学創設者であります。

早稲田大学雄弁会創設にも関わったとされています。

では雄弁会OBの私がなぜ大隈老候の悪口を言っているのか。

まあ私が悪口を言っているというより西郷隆盛先生の大隈評を使用させていただいているだけなのですが。

西郷先生曰く。「大隈君は教育を語ったり携わる資格などない人物である。大隈君には決して教育を担当させてはいけない」とのこと。

この西郷先生のお言葉を私も語っているわけでしてご本人の銅像を目の前にして思わず謝ってしまいました。

大隈.jpg

でも大隈老候、常人には遥か及ばないほど太っ腹なのです。

詳細は省きますが自分に爆弾を投げつけた人物を非難するどころか賞賛しているのです。

しかもこの時、片脚を失っているのにもかかわらず・・・・・・。



今の定見の無い選挙などお遊びに思えてしまいます。

さて今回は「平成25年上京」の最終回です。

上京三泊目の宿泊地は「蛎殻町」です。

前回の状況時もこの地でした。

私は意図的にこの都心から離れた地を宿泊最終日に選びました。

西郷隆盛ファンでしたら常識の範疇なのですが「蛎殻町」はかつて西郷隆盛先生が居を構えておられた街なのです。

屋敷看板.jpg

明治維新樹立後から「明治6年の政変」に破れ鹿児島に戻るまでこの地に住んでおられました。

屋敷看板縦.jpg

私はわずかでも西郷先生の“匂い”を嗅ぎたくて「蛎殻町」のホテルを予約しました。

ではその“匂い”を嗅ぐことができたかと申しますと・・・・・、全く嗅ぐことはできませんでした。


鹿児島ではその“匂い”を嗅ぐことはできたのですが・・・・・。

しかし当時、体調不良に悩まされながらも質素を旨とした西郷先生は江戸(東京)の喧騒から離れたくて「蛎殻町」を生活の地として選択されたのかもしれません。



屋敷.jpg

私が訪問したのが日曜日ということもありましたがこの場所、静寂な環境でした。

明治初期、この地でゆっくりと書を読み、書生と語り合う西郷先生のお姿だけは想像することができる。

宿泊3日目はこれまでとは異なり熟睡することができました。

ちなみに「蛎殻町」に隣接している街は「人形町」です。

TBSの人気番組であった「新参者」のロケ地となりました。

甘酒.jpg


















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Last updated  2013.06.15 23:12:37
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