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ルイーズ1854『宝石』


「宝石」

婚礼の日のエリザベート様はいつもに増してとてもお綺麗で、
絵本でみた女王さまそのままのようなお姿でした。
小さい子がそばにいたら気が紛れるからと、
私は控え室を御一緒させていただくことになったんです。
なぜか、お化粧や衣装をなおしに下がっていられるときには
泣いていらっしゃることもあって。

そんなときは、ジェラール、ジェラールって呼ばれるの。
するとどこからともなくお声が聞こえてきて。
何をおっしゃっていたのか、エリザベート様だけにわかるようで、
しばらくすると落ち着いて皆さんのところに戻っていかれるんです。

パーティでお披露目をする方は、私の他にもたくさんいらっしゃいました。
朗読をされる方、楽器を演奏される方、対話をされる方、とっても上手に
ご結婚を祝う気持ちを表されました。
ちょっと高くなった演台の上に、皆さんと御一緒に座っていたのですけれど
とっても緊張してしまって。
ジェラールさんから教わったあがってしまったときにする呼吸法というのも、
すっかり忘れてしまったんです。

「ルイーズ。目を閉じて。ゆっくり息をしてごらん。」
目を大きく開いて、口から飛び出しそうな心臓の鼓動を全身でおさえていた耳に、
聞こえてきた天使の声。
途端に体がほぐれて、あらかじめ教えていただいたとおりに呼吸すると心臓も
落ち着いてきました。
「さあ、目を開いて。満場の客が身につけている宝石たちをごらん。
そう。ダイヤ、ルビー、サファイヤ。変わったところではアクアマリンか。
冷たい光を放っているあの石たちが、君の歌を聞きたがっている。
身につけている本人たちよりも、熱心にね。
物言わぬ最高の観客たちに、君の歌を聞かせてあげようじゃないか。」

名が呼ばれて、私の足はひとりでに演台の中央に進みます。
きらきらまぶしく光る、席についていらっしゃる方の、競うように散りばめられた宝石たち、
よく聞いていて。
もうひと呼吸して、ピアノの前にいらっしゃるグスタフ先生に合図をして、祝福の歌を。
ラストの高音域を乗り越え、終わってピアノの方をみると、先生はうなずいて
にっこりお笑いになったので、上手くいったのだとわかりました。

気がつくと、広間にいらっしゃる方々からも拍手とお褒めの言葉がこちらに降り注いでいます。
次に始まるバレエの小品の最後の指導をなさっていたクレアお姉さまの姿も。
私の額にキスをしながら「あの方に、感謝なさいね。」と言ってみえたかしら。
そのとき、私は再びあの声を聞いていたんです。
「控え室に戻っておいで。いまは誰もいないから。」

控えのお部屋にひとりで入ると、確かにとっても静かでした。
鏡の前の椅子に座ってお待ちしていると、「ルイーズ・・・。」
「ジェラールさん?どこにいらっしゃるの?」
「すぐそばに。ご婦人の部屋には入れないのでね。でも話はできるだろう。」
「どうか姿を見せてください。」
「見せるほどの成りではないよ、旅支度をしているから。
だけど、どうしてもというなら、君の前にある鏡にもっと近づいてごらん。」

鏡の向こう側に浮かんだマント姿をみた私が、びっくりして声をあげそうになると、
影はそっと指を口にそえ
「静かに。こちらへおいで。」
隠し扉といって、鏡の向う側は通路になっていたんです。
「陰謀渦巻く皇室の、自衛手段だね。なかなか面白いだろう?」
手をとられて暗い路を抜け、小さなジェラールさんのお部屋に入ると
本当にすっかり片付いて、いつでも出発できるようになっていました。
お話できる時間は、もう残り少ないんだわ。

「さあ、ルイーズ。上手に歌えたらご褒美をあげる約束だったね。何がいい?」
「あの、最初にお礼をさせてください。いろいろありがとうございます。
あんなふうに歌えるなんて。ジェラールさんのレッスンやお声がなかったらとても。」
「ルイーズは、歌うことは好きかな。」
ジェラールさんは、静かにお尋ねになりました。
「・・・。本当はあまり好きではないんです。音楽を聴くことほどには。
レッスンのおかげでとても面白くなってきたんですけれど、大勢の方たちの前で歌うのは・・・。」
「そうだろうと思っていたよ。君は舞台の幻影になるよりも、日向で戯れるか、
観客席の宝石でいる方が似合っている。」
「ごめんなさい。」
「あやまることはない。では、君を私の夢から解放しよう。ディーバの誕生という夢からね。」


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