はぴぶら☆しあわせ探し♪日記

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小説「とりのうた」


この翼は、人間の飾るこいのぼりに絡めとられてしまったのです。
ああ、せっかく鳥籠から逃げ出すことができたのに。
ベランダまで飛び出したのに。

わたしは鳥です。
でも墜ちてしまいます。
墜ちて、きっと死んでしまいます……。

        *

気がつくと、見たこともない白い部屋にいました。
天国ではないようですが、ここはどこでしょう。

ぼんやりとした瞳を瞬きして、わたしはびっくりしました。
大きな瞳の人間が、わたしを覗きこんでいたのです。

――乱暴な人間から逃げ出したのに、また人間!

わたしは怖くて悲しくて、泣きわめきました。

「怯えなくても大丈夫だよ。傷は痛むだろうけど、きっと治るから」

人間は、わたしの傷ついた翼を、優しく撫でてくれました。
その人間は決してわたしを閉じ込めたりはしませんでした。

         *

今日は傷も痛まず気分がいいようです。
わたしは、遠い記憶の歌を口ずさみます。

「……具合がずいぶん良くなったみたいだね」

誰もいないと思っていたのに、あの人間がいたのです。
わたしは恥ずかしさに震えます。
いつか鳥籠に閉じ込めた人間は、わたしの歌をひどくナジりました。
この人間も……。

「おや、もう歌わないのかい? 綺麗な歌をもうすこし聴かせておくれよ」

驚いたことにこの人間は、わたしの歌を褒めてくれたのです。
だから、わたしはこの人間――この人のために、小さな声で、恋の歌をうたいました。

    どうして、あなたは
    人間に生まれてしまったんでしょう。
    どうして、わたしは
    鳥に生まれてしまったんでしょう。


         *

この傷が治ったら、別離がやってくるのは解っていました。

「さぁ、君は帰るべき場所へと帰るんだ」

あの人は言いました。
すこしも悲しそうな顔もせずに、帰る場所に帰れ、と言うのです。

――わたしは鳥ですが、人間のあなたに恋をしました。
わたしはあなたが好きです。
たとえ、この翼を切られても、わたしは、ずっとずっと、
あなたのそばにいたいんです……。

だけどわたしの願いは当然のように、聞き入れられませんでした。
以前、わたしを鳥籠に閉じ込めた人間が現れたのです。

――あの人間は怖い人間です。どうかお願いです。
助けてください。守ってください。

必死に訴えたのに、あの人は首を横に振ります。
あの人は、わたしの両翼を揺さぶるように掴んで、すこし悲しそうな瞳で言いました。

「……いいかい。君はわるい妄想に駆られて、マンションのベランダから飛び下りた。君が命を取り留めたのは、偶然、階下のこいのぼりが君を包んでくれたからなんだよ……」 

わたしは自分の言葉が通じたので驚きました。
でも難しい人間語の意味は解りません。

――妄想ってなんですか?
わたしが命を取り留めたのは、身の軽い、鳥だからです。

「……違う。現実を見つめるんだ。君は鳥じゃない……人間なんだよ」

――うそ。
わたしは鳥です。
誰にも縛られず、自由の翼をもつ鳥なんです。

わたしは背後の窓を開けます。
この春風が気持ちいい。
この青空は懐かしい。

――ほら、見ていてください。
わたしは鳥です。
傷も治ったんです。

こうやって、この翼をはためかせれば、この窓を飛び出せばわたしは自由に……。

          *

また、あの白い部屋に戻ってきました。すべて、やり直しです。
どうしようもなく翼が痛みます。
もう二度と飛ぶこともできないそうです。

でも、つらくはありません。
この白い部屋にいれば、優しいあの人にまた会えるのだから。

――ああ。いつになったら来てくれるんでしょうか。

私は鳥です。翼を失った鳥です。
人間に恋をした、しあわせな鳥です。

だからわたしは、あの人だけが褒めてくれた歌を歌い、いつまでも待ち続けるつもりです――。


                                                        (了)


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