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はぴぶら☆しあわせ探し♪日記
小説「留守番にゃんこ」
名は――あるのだけれども、どうぞ聞かないで欲しい。
「おーい、ニャンまたざえもぉん。おーい、ニャン又左絵門っ!」
……お、おにょれ。
この小娘はまたその恥ずかしい名前で呼ぶきゃぁ!
そんなセンスのかけらもない名前をつけられた僕が散歩でどんな思いをしているか!
子どもが指さして笑うんだぞ。
そこんとこわかってんのかっ。
やい、へなちょこっ!
しかし僕の気苦労なんてなんにも知らない「へなちょこ」は
スキップしながらやってきた。
「あ、見っけ。ニャンマタ」
ニャンマタ。
その呼ばれ方も屈辱だ。
僕は顔を不機嫌でいっぱいにした。
「こんな朝からテレビ? ニュースなんて子猫のくせにじじむさいなぁ」
にゃんこが世界の情勢を気にして何が悪い。
僕は見た目は子にゃんこでも、中身は立派なにゃんこなの。
テレビのスイッチ、ちゃんと切っとくから、もう早く学校行ってよ。
――だけど僕の願いは当然のことのようにかなわなかった。
へなちょこは僕抱きあげながら、にっこりと微笑む。
「ニャン又左絵門。当分行けなくなるし、一緒に散歩行こうか!」
だから、にゃんこは人間と一緒に散歩いかないって!!
*
へなちょこというのは僕がつけた彼女の愛称だ。
本当の名は『瀬名千世子(せなちよこ)』という。
十歳の小学生で、黙って立っていればまるでお人形さんのような
美少女(ああ、チンプな表現にゃ)なのだが
――その中身はどうしようもく変なやつである。
薬草集めをはじめとして数々の変わった趣味を生きがいにしているし、
小学生のくせに高級マンションで一人暮らしというのも普通じゃない。
そして何より、にゃんことわんこの飼い方の違いもわからない世間知らずなのだ!
にゃんこの僕に「おすわり」をシツケるし、首輪にヒモをつけて散歩に連れ回すのだ。
誇り高きネコ族ににゃんてことを!
へなちょこが女の子じゃなかったら、肉球パンチをおみまいしてるところなのにゃあっ!
……失礼。少々取り乱してしまったのだ。
もちろん、へなちょこは全面的に悪いやつというわけではない。
僕の命の恩人であるのだ。
もう、四ケ月ほど前のことになろうか。
僕は不用心から野良わんこに追い回されてしまった。
わんこの方もいじめるのが目的だったらしい。
殺されはしなかったけど負った傷は深かった。
僕は動けなくなってしまった。
夜になって冷たい雨も降り出して、心細かった。
もう死んでしまうんだと思った。
僕はそのまま気を失って――次に目がさめた時、あたたかい毛布にくるまっていた。
そこはへなちょこの部屋だった。
へなちょこは研究室にこもる博士のように、本を読みふけっていた。
その本が『素敵な薬草百科』とか『十日でマスター民間治療』とか『魔女の薬の作り方』
とかいう怪しげな本だと知った時、僕は再び失神してしまったけれども、結果としては
傷も残らずに治ったのだから感謝はしている。
一応、命の恩人である彼女を「へなちょこ」なんて呼ぶのは悪いことかもしれない。
けれどへなちょこのせいでひどい目にあっているのも事実なのだ。
今回だって――。
*
早朝の散歩から帰ったへなちょこは、旅行鞄いっぱいに荷物をつめこみ始めた。
これからサイパンに修学旅行なのだという。
小学生の修学旅行に海外とは時代も変わったもんである。
「ニャンマタ、お留守番よろしくね。さみしくってもガマンするんだよ」
……いいえ、逆に一匹のほうが気も楽です。
……あれ?
そういえばさぁ。僕のごはんはどうなってんのよ?
「あ、遅刻しちゃう。おサイフにパスポート持ったし……ないよね、忘れ物」
あるでしょっ、ごはんごはんごはん!
アイボ機械犬じゃないんだぞ。
にゃんこはごはん食わないと死んじゃうぞ!
僕は必死にへなちょこの靴下をつかんだ。
しかし眩暈がするほど頭をなでられただけだ。
「お見送りご苦労っ! そんじゃあ、行ってきまーす!」
僕が目を回している間にドアが音を立てる。
洒落ではなく、しまった、と思った。
へなちょこはうっかりして、僕のごはんを忘れて、旅に出てしまったのだ。
ああ、にゃんとしたことか。
旅行の日程は一週間である。
へなちょこの言葉の意味をもっとちゃんと考えておけば良かった。
「当分行けなくなるし、一緒に散歩に行こう」
確かにそう言ったじゃあないか。
*
――落ち込んでばかりもいらない。
僕はまず部屋からの脱出をこころみた。
鍵の開け方くらい知っている。
でも玄関の鍵のつまみも、窓の三日月錠も頑丈で開けられなかった。
非力なにゃんこの悲しさである。
次に食べ物探しを始めた。
にゃんこ缶は山積みになっていたが、爪が折れてしまいそうで、開けることができない。
苦労して開けた冷蔵庫も、中身は空っぽ。
僕はめげずに、へなちょこの部屋に足をのばし、机の上や、
小物入れなんかも探してみた。
飴玉一個すらない。
……お菓子はなかったけれども、おかしなものは見つけた。
瀬名千代子宛ての手紙の束。
手紙は輪ゴムでまとめられていて、そこにある七通全部、封が開いていなかった。
差出人の名は、瀬名美晴。
へなちょこと名字が同じだし、母か姉妹からの手紙だろうか。
――でも、どうして未開封なんだぁ?
ダイレクトメールなら捨てればいいし、なんで後生大事にもってるんだろう?
ああ、手紙にかまってられない。今は食料である。
ちょっと考えて、僕は名案を思いついた。
なせばなる。なさねばならぬなにごとも、である。
僕は瞳を細めて髭の生えたふりをする。
手紙をかじってみる。
ぷへっ。
やっぱり白やぎになりきっても手紙は食べられないか。
――ああ、カミすらも僕を見放した。
空腹(はらぺこ)は絶望の兄弟だという。
僕は大きなため息をついた。
*
空腹も一日だけはガマンできた。
でも二日目となるともう耐えられない。
何かするたびに、おなかが鳴ってうるさいことうるさいこと。
背に腹は返られないし、背中とおなかがくっついてしまうのもぞっとしない。
気は進まないけど、へなちょこの集めた怪しげな薬草でも食べようか。
乾燥した草花とにらめっこしていると――玄関扉の向こうに人の気配がした。
耳をそばだてるまでもなく、がちゃり、と鍵の開く音がひびく。
誰かが中に入ってくるっ!
僕はあわててソファーの下に身を隠した。
なんで僕ばっかりこんなひどい目にあうんだろう。
なんにも悪いことしてないのに、可愛いって罪だ。
足音が何かを探しているように動き回る。僕の肉球が汗ばんだ。
泥棒だろうか。
あるいはちょっと変種の可愛いにゃんこ(もちろん僕のことである)を誘拐しにきたのか?
でも侵入者から悪いにおいはしなかった。
ソファーの下からこっそりと覗き見る。
侵入者は、おばさんで、けっこう美人だ。
泥棒にしては品も良すぎる。
僕はずいぶん悩んだ末に、思い切って顔出して、
「にゃー」と鳴いてみた。
その女性は僕の二股尻尾をみてすこしびっくりしたようだけれど、にっこりと微笑んだ。
「……まあ、おちびちゃん。そこにいたの。
ごはんあげるからこっちにいらっしゃい」
*
飢え死にしかけた僕を助けにきてくれた女性は美晴さんといった。
そう、あの未開封の手紙の差出人だった。
南国サイパンのへなちょこから国際電話で、僕の面倒をおしつけたらしい。
そして、へなちょこと美晴さんの仲はあまりよろしくなかったらしい。
未開封の手紙から判断すれば、へなちょこが一方的に美晴さんを嫌ってるみたいだ。
結局、修学旅行の一週間、へなちょこの実家にお世話になったので、
瀬名家の家庭事情もすこしはわかった。
美晴さんはへなちょこの継母なのだ。
『シンデレラ』のせいで「継母」という人はいじわるなイメージがあったけれども、
美晴さんはとても優しい人だった。
なのに、へなちょこは父親と美晴さんの再婚が許せなくて、
家を飛び出したらしい。
でもそれは父親が認めた家出で小学生のくせにマンションなんかももらっているから、
甘えん坊の隠れ家という感じだ。
そういえば、へなちょこのお父さんは最後まで帰ってこなかった。
小学生の家出を許す父親の顔を見てみたかったんだけどなぁ……。
――とにもかくにも。
へなちょこの家はおどろほどお金持ちで広くて、とても快適で、とても楽しかった。
美晴さんがすこしさみしそうなのは気になったけれども……。
家庭の事情に首をはさむほど、僕は無謀なにゃんこではない。
*
サイパンから帰ってきたへなちょこは、大泣きして僕に謝った。
にゃんこの僕に土下座とかされても困るんですけど。
そのあと自分の部屋を見回して、今まで見たことないくらい不機嫌になってしまった。
美晴さんが部屋の掃除してくれたのが気に食わなかったらしい。
実は僕が食料さがしで荒らした部屋を片付けてくれただけなのだ。
――ちょっと気まずい。
でも僕はお土産のビーフジャーキをなめたりかんだりしながらしらんぷりしていた。
正直僕はビビっていた。
あんなにこわい顔のへなちょこをはじめて見たからだ。
へなちょこは動物園の熊のように、うろうろし続けた。
かと思うと、行儀悪く床の上にあぐらをかいて、未開封だった手紙を一つ一つ読み始めた。
――へなちょこもしばらくはおとなしかった。
「なによっ。あたしの気持ちなんてわからないくせにっ。文句言ってくるんだからっ!」
止める間もなく、へなちょこは嵐の勢いで部屋を飛び出してしまった。
晴美さんはいい人だ。
へなちょこと仲良くしたがって努力してたのに。
それなのに。
僕はとにかく、血の雨が降らないことを必死で祈った。
けれども、一分もしないうちにへなちょこは帰ってきた。
「忘れ物をとりにきた!」
まるで言い訳するみたいに僕に言った。
部屋から戻ってきたへなちょこの手にはサイパンのお土産があった。
なるほど。お土産をとりに帰ってきたのか。
お土産持参で文句言いに乗り込むなんて――
へなちょこは、やっぱり変なやつだ。
あるいはとんでもなく素直じゃないやつか……たぶん後者なんだろうな。
「にゃんまたも行く?」
そう聞かれた僕は、にゃーと鳴いて、へなちょこの足元に駆け寄った。
もしかしたらもうこんな家出部屋は用済みかもしれないし、それに――
お留守番はもう、こりごりなのである。
(了)
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