発達障害児が伸び伸びと育つために~保健師の目で見た子育て~

先生も責められるのを恐れていた?



担任のE先生はじめ、学年主任の先生や養護教諭、そして校長先生の4者に会っていただけるようにアポを取りました。
その面談の場できちんと息子の診断名を伝え、適切な対応を求め、専門家を呼んで息子を事例とした学習会を開いてもらうことを依頼することになりました。
担任の先生より先に校長先生に診断名を打ち明けていたことが知れると、担任の先生の立場がなくなるので、担任の先生を立て、校長先生も初めて聞くような顔をしてその場に立ち会っていただきました。

面談も後半になって、
「息子を事例として、専門家を呼んで学習会を開いていただきたいんです」と依頼すると、担任のE先生の顔がこわばり、即座に反対しようとなさっておられるのがわかりました。
すると、すぐさま校長先生が「それは必要なことですね」と受け、担任のE先生に対して「やりましょうよ。他の先生にとっても役に立ちますから」「講師を呼ぶ予算もありますよ」と口を利いてくださったのです。
そして、学習会が3月に行われることになりました。

すべてが予定通りにうまくいった面談でした。それは校長先生が面談の最初から「お母さんの言うことを受け止めましょう」という姿勢でおられたのが他の先生方にも影響したことが大きかったのです。心から感謝しました。


でも帰宅後、私は「どうして学習会の開催を担任のE先生は拒もうとなっさったのだろうか?」と考えていました。

いつも強そうで、自信に満ちている担任のE先生・・・反対に頭ばかり下げて小さくなっている親(私)

でも、・・・
強そうに見える先生も、もしかして、学習会の中で「教師の対応がよくないせいだ」と、責められることを恐れたのではないか?

親(私)だってこれまでそうだった。どんなに工夫してもうまく行かない育児に自信を失い、自分を責め、人から責められることを恐れていた。

先生は、恐れているからこそ、責められないように「強くて自信に満ちている印象」を相手に与えようと「強がっておられた」のではないか?

先生も、かつての私のように、思うように行かないこの子への対応に疲れ、自信を失い、責められることを怖れているのかもしれない・・・。
工夫してもうまくいかないもどかしさから、「TAKUYAが悪い子だ」と私に訴え続けたのかもしれない。

本当は、息子に対して教師としての愛情を持っていてくださったのかもしれない・・・。そう思える痕跡が多々ありました。

この2年生の時にTAKUYAが使っていた自由帳を見ると、TAKUYAの描くたくさんの絵の合間に、E先生の手書きの算数の問題が書かれています。どの問題もTAKUYAはうまく取り組むことができていませんが、100点と書いてあったり、解き方を赤ペンで書いてくれたり、苦労した跡が残っています。

私も2年前にこの自由帳は見ていたはずです。
その時は
「健常児にやらせるような、このやり方ではだめなんだってば!」と、
そんな気持ちでこのノートを見ていたのだと思います。責める思いとあきらめの気持ちをもっていました。思いって伝わるんですよね。


E先生は、私に対しては「TAKUYA君だけ特別扱いはできない」と言いながらも、E先生なりに、TAKUYAに特別な支援をし、特別扱いもし、工夫をしてくださっていた。少なくとも先生の苦労した痕跡は残っているのです。
振り返ってみてそのことに気付きました。


でもすれ違ってしまった・・・。
こういう子に合った支援方法を取り入れ、その方法で支援してくださっていたら、先生ご自身も、親も子も、どれだけ楽になっていたか・・・。

私自身、その頃はまだTAKUYAの特徴と有効な対処法を十分説明することができませんでした。だから、この連絡帳を見ても、「こういう方法で指導してくれればTAKUYAにもできる」という具体案を提示できなかったのです。

それが親にでき、先生がそれを取り入れる気持ちになってくれれば・・・・・。

この子達に独特の有効な方法があるのだということを受け入れ、それまで先生が体験から築き上げてきた指導方法をいったん置いてくださることができれば・・・。

色々と思い巡らせました・・・。



でも、でも!一番大切なことは「お互いが責め合わない」ということだった。
そしてそれを、お互いが確認しあう必要があったのだと思います。
それがないとお互いに安心して心を開き、どんな対応をしたらどうなったのかをオープンに見せあって、連携していくことはできないと思います。

それがないと、何かトラブルがある度に、相手を責めたり「犯人探し」にエネルギーを使ってしまいます。

責め合わない関係を作るために親にできることは、
先生の教師としての魂の輝きを信じ抜いてみることでしょうか?
どんなひどいことを言う先生でも、心の底には「いい教育をしたい」「子どもを愛し伸ばしたい」という原点を持っているはずです。
そして、その部分は信じないと現れない。

相手がどうであれ、親にできることは先生を信じてみること、期待し続けること・・・

「もっと教師に期待してください」
「いい教育ができるように切磋琢磨しているんですよ」
こんな風に、教育相談センターのM先生や、今の担任の先生に言われたことがあります。

そう、「もっと教師を信頼しよう」

保護者と教師のお互いが、責め合う関係を脱出して、
情報交換しながら、協力して子どもの教育に当たること。
そのことによって、はじめて子どもの能力は伸ばせるのだと、今感じています。


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