
第三章 希望へ の
水を飲んで落ち着こうとしたが、頭の中はぐちゃぐちゃのままだ。
なぜ、輪廻の運命を打ち破ったはずなのにまたこうして7月へ戻ってしまったのか。
なぜ、いつもいっしょに居た羽生が今回に限っていないのか?
特に、羽生が居ない世界など今まで一度もなかった。
私は一体どうしてしまったんだろうか…
まさか、超えたと思った5年目の祟りの実行犯は鷹野とは別にいて、最後の奇跡の時に羽生が力を使い果たしてしまい消えてしまったのだろうか…?
いや…それはありえない…実際私は鷹野の陰謀を暴いた後、7月を越えている…
だとしたら、一体誰が私を殺し、5年目の祟りを起こしたのだろうか?
私が覚えてるのは7月を超え、鳥居の下で沙都子を待っていた所まで…
そこから先はいつもと同じ。
乱暴に破き捨てられたように記憶が欠落している…。
いつもと同じ様に終わり、いつもと同じ様に始まったはずなのに…羽生はどこはどこへ行ってしまったのだろう?
そう言えば、いままでもふらふらと居なくなることはあったし、今回もそれなんだろうか…?
とにかく、羽生が帰ってくるのを待ってから、どうするかを考えよう…一人ではどうにも思考がまとまらないし分からないことが多すぎる。
その時、玄関の扉を開く音が聞こえた。
羽生かと思ったが羽生なら玄関の扉を開けなくても入ってこれる…と言う事は沙都子か。
しかし、聞こえてくる声は沙都子だけではなかった。
男性の声や大人の女性の声も聞こえる。
…え…?
聞こえてくる声に聞き覚えがある事に気付いた時、私の心臓はドクンと跳ねた。
この声は…入江と…
すると、襖が開け放たれそこに居たのは…
「た、鷹野…」
気のせいか鷹野がにやりと笑ったように見えたがやはりいつもの笑顔だった。
「梨花ちゃん大丈夫?急に倒れたって言うじゃない?」
鷹野はそう言いながら、部屋に入ってきた。
「た、鷹野は何をしに来たのですか…?」
私は思わず身構え鷹野と距離をとる。
それを見た鷹野は肩をすくめ、近寄るのをやめた。
「あらあら?何か嫌われるようなことしたかしら?…くすくす。」
私は昔から鷹野のこの笑いが嫌いだった。
すると、今度は入江と沙都子が部屋へと入ってきた。
「ど、どうかしたんですか?鷹野さん?」
鷹野を睨み付け距離を取る私とくすくすと笑うだけの鷹野を見て入江は首をかしげていた。
「梨花?どうしましたの?鷹野さん達は薬とかをわざわざ持って来てくれたんですのよ?」
薬…?なぜ鷹野まで来る必要があるのか…?
いや、それ以前に、入江が来ている地点でおかしい。
薬なら沙都子に持たせれば良いはずだ。
治療はさっきちゃんと受けているから改めてみる必要もない。
なら、なぜ二人は一緒に来たのか…?
おかしい。
何かがおかしい。
超えたはずの7月にまた戻った事。
羽生が消えたこと。
入江たちが家へわざわざ尋ねてくること。
すべてがおかしい。
この世界は狂っている。
誰を信じればいい?何を信じればいい?
まるでオヤシロ様の祟りみたいだ…誰も信じられない、疑心暗鬼。
きっとこんな感じなのだろう…信じたくても誰を信じればいいのか分からない…
なるほど…これは狂うわね…圭一たちがあんな行動を取ったのにも納得がいくわ…
…落ち着け…私はオヤシロ様の祟りには掛かっていないのだから…
…やはりこの世界でも鷹野は敵なのは変らないだろう。
なら、今ここでこうしているのすら、もしかしたら危ないのではないか?
いや、だが「その時」まではまだ時間があるはずだ。
ならまた前の世界の様に圭一たちに話してみるか?
羽生が居なくて信じてもらえるだろうか?
また前の世界のように奇跡は起こるだろうか?
…無理かも知れない、けど、私は無理だと諦め終わっていった幾つもの世界を知っている。
今度も信じてみよう。
仲間を信じてみよう…!
そうと決まれば急いでこの場を離れないと…
まずは第一の敵でもある鷹野から今は離れないといけない。
私は沙都子の手を掴んで勢いよく走り出した!
「ちょ、ちょっと!梨花!?なんですのーっ!?」
まずは誰に話すべきか…?
やはりここは魅音に話すべきだろう…前の世界でも魅音は私達の話を一番始めに信じてくれた。
ここからは少し遠いが問題はないだろう。
私は沙都子の手を引っ張り走りつづけた。
すると、魅音の家へと続く道の入り口にある水車小屋に誰かが立っていた。
まさか小此木か誰かが先回りしていたのだろか…?
私は電信柱の陰に隠れそっと覗くが、そこに居たのは小此木ではなく羽生だった。
「羽生!!!」
私は思わず大きな声をあげてしまった。
私に気付くと羽生はあうあうと言いながらこちらに走ってきた。
「あうあうあう!梨花!!やっと会えたのですよ!」
見ると、羽生の服や靴は泥だらけだった。
「羽生、あなたどこに行ってたのよ?一体どうなっているの?」
「私にもわからないのですよ…気が付いたら山の中にいてやっとここまで来たところだったのですよ…」
なるほど。それでぼろぼろだったわけか…しかし、なぜ羽生は山なんかにいたのかしら…?
そんなことを考えていると、電信柱の影から沙都子がこちらを見ているのに羽生が気付いた。
「あぅっ!沙都子がいるのですよ!梨花!」
「えぇ、そうよ。今から魅音の家へ行こうと思って連れてきたのよ」
沙都子は私達が自分を見ていることに気付くと近づいてきた。
「梨花…?この方が、羽生さんですの…?」
沙都子がそう聞くと羽生は驚いた様子で
「り、梨花?沙都子が羽生を忘れてしまっているのですよ?」
どうやら羽生は7月に戻っていることに気付いてないようだ…無理もないか、一日山を彷徨っていたんじゃ…。
「えぇ、そうよ。沙都子だけじゃないわ。皆貴女の事は覚えてない。と言うか、また私達7月に戻ってきたみたいなのよ…」
「そ、そんな!!なぜですか!?鷹野を倒して私達は運命に打ち勝ったはずなのですよ!?あう!?シュークリームを冷蔵庫に入れたままだったんですよ!?あうあうあうあう!!??」
羽生の絵に描いたようなあわてっぷりで見ていると逆に冷静になれてくる。
「落ち着きなさい。だからこそ、私達はもう一度仲間に相談しないといけないのよ」
それを聞いて羽生もすこし落ち着きを取り戻したようであうあう言いながらもコクンと頷いた。
沙都子は何がなんだかわからないと言った顔をしていたが、今は魅音の家へと向かうのが先だ。
そして私と羽生と沙都子は魅音の家へと続く一本道を並んで歩いた。
その先に、私達の望む世界があることを信じて…
続く。