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肥満細胞腫について
犬の皮膚悪性腫瘍中、11~27%を占め、皮膚腫瘍の中では最も多い腫瘍です。簡単な切除では、再発・転移を繰り返す厄介な腫瘍です。
またそのものの病害作用だけでなくて、副腫瘍症候群といって、肥満細胞が異常に増殖し脱顆粒を起こすことで、ダリエール症状、胃十二指腸潰瘍、血液凝固異常、創傷治癒の遅延、アナフィラキーショックなどを引き起こし、癌で死ぬ前に、この副腫瘍症候群で命を落とすことも多いのが、肥満細胞腫の特徴です。
発生に性差はなく、高齢犬に多く発生します。麻布大の症例では平均9.5歳となっています。しかし、6ヶ月での肥満細胞腫の症例もありますので、年齢に関係なく注意が必要な腫瘍です。
形態
犬の肥満細胞腫は、あらゆる所に発生する可能性がありますが、そのほとんど(約90%)が皮膚に発生します。およそ10%ですが、複数の部位に発生することもあります。
注意して観察、ケアして、早期発見に心がけてあげてくださいね。
好発部位
体幹や、会陰部の皮膚・皮下織(50%)
四肢の皮膚・皮下織(40%)
頭頸部の皮膚・皮下織(10%)
大部分は、直径1~10cmまでと大きさが多様な腫瘤として出現します。多くは3cm以下です。
潰瘍化していたり、腫瘤状になっていたり、浮腫状のもの、脱毛を伴った赤斑を持った小さな腫瘤だったり、形は、様々で多様性があります。
ずっと大きさが変わらなかったものが急に大きくなったり、また、小さくなったりすることもあります。
ですから、表面に現れた所見だけでは、それが悪性であるかどうかを判断することも、進行を予測することも不可能です。
そういったことからも、コロラド州立大学の腫瘍学の権威、Grerory K.Ogilvie,DVM氏は、肥満細胞腫を「偉大なる詐欺師」と呼んでいます。
肥満細胞腫であることに気付かずに治療を始めたり、経過観察をしていたりすると、より危険性が高くなったり、取り返しの付かない結果を招くこともあります。
治療について
肥満細胞腫の治療法には、手術、化学療法、放射線療法があります。それぞれの方法を単独で行う場合と併用して行う場合があります。
外科療法
腫瘍の発生した場所が広範囲に切除可能な部分であれば、手術によって摘出することが、一番の選択です。
原発巣に対する最初の手術は、治癒率が最も高いので適切に行うことが大切です。
根治可能と判断した場合には、1回の手術のチャンスを最大限に生かせる思い切った切除をすることが大切なのです。
十分なサージカルマージンがとれない四肢などに発生した場合は、完治のために断脚という選択肢も含まれることになります。
そのためには、まず手術に先立ってそのしこりが何であるのか術前の検査をすることが必須です。
切除は、腫瘍の周囲の正常な組織を少なくとも3cm以上の余裕をもった拡大手術を行います。
縦、横、深さとも十分なサージカルマージンをとって、「可能な限り広く深く」切除することが大切です。
皮膚に存在する場合は、下層の皮下織・筋膜まで、皮下織・筋層にある場合は、皮膚全層を含めて一層下の筋肉まで切除することが必要です。
このような積極的手術を行っても、およそ3分の1の肥満細胞腫が術後に再発します。
高分化型の腫瘍は局所的な再発の可能性が低く、未分化型の腫瘍は手術した近傍で再発する可能性が非常に高くなっています。
切除した組織は、病理組織検査に出して、「グレード」「腫瘍が完全に切除されているか」を確認しなければいけません。
切除辺縁に腫瘍が存在する場合、更に広範囲な切除、または腫瘍床と周辺組織への放射線治療を実施する必要があります。
高分化型の腫瘍で切除が完全な場合は、それ以上の治療は必要なくなります。
高分化型の腫瘍で切除が不完全な場合、より広範囲な手術を再度行います。
2度目の手術では、その組織の周辺を最低3cm更に切除します。
腫瘍が完全に切除できない場合や、もしくは中分化型・未分化型の場合は、更に治療が必要になります。
グレード3(未分化型)の場合、すでに転移があることを考慮するべきで、治療に関係なく、予後は不良となります。
手術は対症的治療となり、根治性は低くなります。
対症的治療は、腫瘍の大きさ(細胞数)を減らすことができるので、他の治療(化学療法、放射線療法)の効果がでやすくなる期待や、副腫瘍症候群の軽減に役立つなど、延命を図る目的で、犬に何らかの利益を与えることができることを目的とした治療です。
放射線療法
肥満細胞腫は、放射線に極めて感受性が高いので、局所のコントロールに放射線は有用で、腫瘍の外科的手術が不完全であっても、術後の放射線治療は有益です。
中程度のグレードの肥満細胞腫の外科的切除が不完全な場合は、補助的な放射線療法が必要で、海外の文献では100%適応となっています。
・放射線療法を受けた23頭のうち、44%が期待した反応を示し、1年以上腫瘍をコントロールし、平均して2年間延命したそうです。
・犬85頭で95個の肥満細胞腫を放射線治療したところ、腫瘍が臨床的に確認できない期間の平均値と中央値は、それぞれ63ヶ月と17ヶ月だったそうです。1年間で79%の犬に腫瘍が発見されず、77%の犬には2年間発見されなかったのです。
・最近の調査では、グレード2で外科的切除が不完全な犬32頭に追加治療として放射線治療を行った(総照射量54Gyの外部放射線照射CO)ところ、再発もなく1年間生存した犬は96%、2~5年間生存した犬が88%でした。定常管電圧もしくは高エネルギーX線装置(リニアック)による放射線照射総量48Gyの場合にも、同様の結果でした
・放射線療法は、広範囲、全身性の疾患の症状を軽減させることがあります。腫瘍が未分化であったり転移がすでに確認されている場合は、高線量の間欠的放射線照射をすると出血が止まったり、腫瘍が縮小するなどの効果が期待できます。ただし、生存期間は延長しなかったそうです。
・肥満細胞腫では放射線療法による照射反応に重症のものが高い率で発生します。
おそらく、肥満細胞の脱顆粒とタンパク質溶解性酵素・血管作用性アミノ酸の放出によるものと考えられています。特に皮膚の薄い四肢末端で反応が著しいので自損を防ぐように十分注意します。
四肢に腫瘍が発生した犬は体幹部に腫瘍が発生した犬よりも再発するまでの期間が長く、生存期間も長かったそうです。
また、中分化型の腫瘍をもつ犬は、未分化型の腫瘍を持つ犬よりも生存期間が長くなります。
また、組織検査にて外科的切除が不完全であっても臨床上の腫瘍が認められなくなった犬は、他の犬に比べて有意に長い間生存します。
四肢に発生した肥満細胞腫を手術する場合には、皮膚の余裕がなく完全に切除することは難しいので、その後の放射線療法と内科的治療の併用をすることが望ましいとされています。
日本で放射線療法が受けられる病院
北海道大学、岩手大学、日本獣医畜産大学、東京大学、麻布大学、日本大学、南動物病院(三重県)、大阪府立大学、山口大学
(麻布大学は、最新の設備が入ったのですが、現在2001.12の段階ではまだ稼働していないので、現時点では放射線療法を受けることはできません。)
化学療法
肥満細胞腫は、外科的手術および、外科的手術と放射線療法の併用が、最も成功する治療選択肢です。
その他の療法では、外科的手術および、外科的手術と放射線療法の併用ほどに臨床的に有効な、または実用的なものはいまのところありません。反応率は10~30%前後だとも言われています。
現在、様々な臨床的研究がされていて、プルトコールなども変化していますので、抗ガン剤の治療を受ける前に大学病院などにご相談されることが良いのではと思います。
腫瘍学は新しい分野ですから、ヒトの医学のようにたくさんの症例での比較データはないのです。
ですから、例え獣医学的文献例が少なかったり、高い数字の効果が実証されていなかったとしても、化学療法が生存に賭ける望みである場合には、可能性に賭けた治療をしていくのが大切だと思います。
コルチコステロイド
・肥満細胞腫の治療で最も推奨されている薬はコルチコステロイドです。コルチコステロイドは主として緩和的で対症治療薬として使用されますが、時に長期の反応がおこるそうです。
経口プレドニソンを腫瘍が進行しなくなるまで投与します。(2mg/kg/日を2週間、次に1mg/kg/日を2週間、以後1mg/kgを1日おきに6ヶ月間)
・投与したコルチコステロイドの種類は重要でなくあまり違いはないそうです。
・病巣内への投与をするほうが全身治療法より効果的であることもある。
・プレドニソンのような短時間作用方グルココルチコイドの投与によって、クッシング様副作用がわずかに認められます。
・コントロール期間は、通常10~20週間で、術後6ヶ月に渡って再発しない犬では、その後の再発率が低いとされるので治療を停止します。
・グルココルチコイドが肥満細胞腫に対して細胞毒性効果わ及ぼす正確なメカニズムは解明されていませんが、グルココルチコイドの受容体が犬の肥満細胞の細胞室内にあることがわかっていて、この受容体は、グルココルチコイドに対する肥満細胞腫の感受性に関与する可能性があります。
L-アスパラギナーゼ
肥満細胞腫の化学療法剤として推奨されています。
ある試験では6頭のうち3頭に、1~2ヶ月の短期間ですが、所定の効果(部分または完全消失か明らかでない)があり、他の2頭のうち1頭も6ヶ月間の効果が認められたとされています。
クロラムブジル、ビンクリスチン、ビンプラスチン、ドキソルビシン他
ビンクリスチンの評価研究や、ビンブラスチン、サイクロフォスファマイド、プレドニン、およびシメチジンなどのH2ブロッカーなどの使用の併用プルトコールなどが報告されています。
友人の犬の治療の際、「腫瘍診断・治療のQ&A」に掲載されたプルトコールとは、多少違っていて、「日々進化し変わっている」と説明を受けました。
最新情報を受けながらの、治療をしていくことが大切だと思います。
犬肥満細胞腫の副腫瘍症候群
腫瘍の副腫瘍症候群
・腫瘍に直接または間接的に随伴する病態の総称で、がんで死ぬ前にこの副腫瘍症候群で命を落とす症例もあります。
・肥満細胞の細胞質には、顆粒が存在し、その中には、ヒスタミン・セロトニン・ヘパリン・リューコトリエン・プロスタグランジン・タンパク分解酵素などの物質が含まれています。
肥満細胞腫が異常に増殖して脱顆粒を起こすと、これらの物質が組織や血中に流出してさまざまな障害を引き起こします。
ダリエール症状
腫瘤局部の血管通過性の増大による赤斑や膨疹、浮腫などの炎症症状。
触診、細胞診、患部の毛刈り、毛剃り、バリカンをかけるなどの行為によって腫瘍細胞から顆粒が放出された結果、生化学的性質を示す顆粒により引き起こされ、急激に出現します。
重篤な肺水腫やアナフィラキーショックなど、突然死に至ることもあります。
血液凝固障害
ヘパリン様物質の影響で腫瘍およびその周辺組織や全身的に血液凝固障害がみられます。
手術創の治癒遅延・術後肺水腫
切除辺縁に腫瘍細胞が残存している場合、タンパク分解酵素・ヒスタミンなどの影響で治癒が阻害されます。
巨大な腫瘍や脱顆粒の激しい症例では、術中・術後に全身の血管通過性が亢進し、肺水腫になり死亡することもあります。
胃・十二指腸潰瘍
血中ヒスタミン濃度の上昇によってH2レセプターが刺激を受け、胃酸分泌と胃運動わ亢進させ、粘膜下織の血管通過性が増大し、血栓が形成され、胃粘膜は虚血性壊死を起こし、潰瘍を形成します。
Haward E.B.らが、犬の肥満細胞腫を部検した結果、83%に、胃・十二指腸潰瘍がみられたと報告していますので、たとえ無症状でも臨床的には潰瘍治療をするべきです。
全身的な治療
手術または化学療法の跡に肥満細胞腫から急激な脱顆粒が起こることがあります。
そのため、H2ブロッカーを投与します。
・シメチジン・・・胃壁細胞のH2受容体に対するヒスタミンの作用を競合的に阻害し胃酸の産生を抑えます。
・ラニチジン・・・新しい薬でシメチジンよりも少ない投与回数で同様の効果が得られる。
・ファルモチジン・・・シメチジン、ラニチジンが有効でない時に用いられる。
高レベルのヒスタミン放出による胃腸の潰瘍化の防止と、すでに発生してる潰瘍の治療を目的とします。
シメチジンは、腫瘍に対する免疫増強効果もあることが示されています。
スクラルフェイト・・・胃腸内の潰瘍化と出血が見られる犬に、0.5~1.0gで一日3回投与。
スクラルフェイトは、胃酸と反応して濃厚で粘着性のあるペースト状物質を形成して、胃と十二指腸に結合し、バリアを作ります。そのことで潰瘍部をペプシン・酸・胆汁の潰瘍形成作用から守ります。
ベナドリル・・・H1ブロッカー。術前・術後に、ヒスタミンの局所放出による繊維増殖と創傷治癒に対する悪影響を防ぐために、シメチジンなどと併用します。
最後に
肥満細胞腫は大変に多い腫瘍ですが、有効な補助療法などは、いまのところほとんど存在していません。
現在、研究が盛んに行われています。
また、グレード2の完全な切除の後の管理についても、議論されています。
これから、どんどん新しい情報と治療方法が進められると思われます。
グレード3の肥満細胞腫や、再発や転移をした肥満細胞腫も、効果的な治療法が生まれて、たくさんの犬が少しでも苦しまず、長期生存ができるようになりますように・・・・。
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