◆ラテン旦那と大和撫子妻◆

支那そば

あれは私が21歳の頃だった。

東京都大田区蒲田(西だったか、東だったかは定かではない)にその



支那そばや  はあった。



   未だ開店して1ヶ月そこそこの其のお店。

とにかくラーメンが“死ぬほど美味い!”と云う、友達のお勧めで

 私と当時の彼氏で、噂の“支那そばや”へ出掛けた。


店の前まで来ると、

これがお店?って言うくらいに質素で、紺色の無地ののれんが一枚掛けられているだけだった。

勿論店の名前など出ていない。

何か期待できそう!


その裏腹で「大丈夫なのかな?」って、不安もあったけど

友達のお勧めという事で、気を取り直して中へ入った。



のれんをくぐると、殺風景な中にもとても清潔感溢れる店内。

流石に開店したばかりとあって、

全てがピカピカ。


夜中の2時過ぎだというのに、お客さんが店内一杯に入って

皆無言でラーメンを食べていた。



席に着くと私の彼が

「すいません、ラーメン2つお願いします」

と言った。


すると店の親父は無愛想に私達の顔を見るわけでもなく

唯一言、


「家にはラーメンはおいてないよ」

と言い放った。


「え!?」

彼氏と目を合わせてから周りを見ると、皆
「そんな事は当に承知なんだよ。」
と言う風に、唯黙々とラーメンを食べている。


ふと壁を見ると、

何と店内の壁に小さく

“支那そば”

と書かれた、短冊形に切られた紙が一枚貼られていた。

そのちょっと離れた脇には、


「ラーメンが食べたい人は、どうぞお帰り下さい」の張り紙が.....。




「そ、それじゃー、し、支那そばを2つ。」

彼氏が緊張気味で再度注文をし直す。


無言のまま黙々と手を動かしている親父。


何故かしら私達は極度に緊張をし、
お互い目を合わせずに黙ってラーメン、ではなくて

支那そばが出来るのを待った。


私は心の中で、

何でラーメンを食べに来たのに、こんな思いをしなきゃなんないんだ!?

ラーメンと支那そば、だからなんだっつーの?

そんなにこだわるんだったら、さぞかし美味しい支那そばとやらを

食べさせてくれるんだろうな。


等と考えていた。



5分も経たない内に、支那そばが出来上がった。


店には親父しか居ないので、自分達で取りに行く。



早速どんぶりを目の前にして、期待で割り箸を持つ手にも力が入る。

どうやら彼も同じ心境のようだ。


私はおもむろに麺を箸でつかむと、

一気に食べ始めた。





おおおおお~~~~!!!!


私と彼は同時に目を合わせこう言った。














不味い!


そうなんです。麺は拘っているようでシコシコしてて良かったんだけど、

スープにコクがないのよ!

しょうゆの味が嫌味なくらいに利いてて、

妙にさっぱりしている。



このやろ~~~!

金返せ~~!


美味い店の頑固親父なんか気取っちゃってさ、

何が「家にはラーメンは置いてねー」だよ!!!


とは、口には出さなかったけど(笑)


彼氏とさっさと席を立った。


すると親父



「支那そば、口に合わなかったのか?」

と聞いて来た。



「え、まあー。 食べ慣れていないからかも知れないです。」

気を使って彼がそう答えた。



親父:「不味いんだろー。はっきりそう言えよ。」


私:「ぷ、ぷぷぷぷぷ~~~!  あははははははははは~~!」


これには私、思いっきり噴出してしまった。

すると周りで食べていたお客さん達が皆箸を置いて

笑い出した。

「てっへっへっへっへっへ」

妙な、照れ笑いとも言える様な笑いである。



やっぱり皆、不味いと思っていたみたいなんです。


でも、親父が余りにも怖くって、気を使って我慢をして食べていたようなんです。


親父:「やっぱり、店出したのは失敗だったな」

私:「麺は良いと思ったんですけど、スープがねぇ。」

皆の同意を得たくて周りを見る。


何人かが頷いて居る。


お金を払って店を出た時には、

何だかあの親父が可哀相な気がして来た。


それにしても、友達に騙された私達。

後で笑い者にされましたよ。


でも、あの親父と話をしたのにはびっくりしていたけど。



あの後直ぐに彼氏と別れ、

其の店へ行く事は2度となかった。



あの店どうなったんだろう?


未だあそこで店を構えているのかなー。






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