カメルーンの旅 その5




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アタシはマーケットをひととおり見て周ったあと、博物館入口のすぐ隣にあった店に気づかないでいたことに後悔した。テープ屋さんだ。カメルーンはザイールのリンガラ、そして西アフリカのアフロ・アフリカンミュージック、ナイジェリアのジュジュ、などアフリカ音楽の宝庫だ。もちろん、キルディダンスやルカプシキダンスの伝統音楽や、カメルーンのポップスも求めよう。
縦長の4畳ほどの店内は薄暗く、奥に小さなカウンターがありそこにスポーツ刈りの若いお兄さんがいて、顔を合わせるなりまっすぐ歩みよりまくしたてた。
「キンシャサ(旧ザイール、コンゴ民主共和国の首都)のリンガラある?プラザビル(コンゴ共和国)のではだめだよ!(笑)」
彼はニコニコとうなずいて、すぐさまテープをカウンターに出してくれた。
なんとDEFAOである――――。
アタシはいたく興奮した。
テープは「NESSY DE London」、最新版のようである。
ほかにもカメルーンポップス(帰国して聴くと、なんとドゥアラ空港へ向かうバスでいたく気に入り、ドライバーに頼み込んで3000CFAで買ったテープと同じお気に入りの曲があった!)数本に店主が「ローカル・トラディショナルもどうだい?」と伝統音楽も勧めてきたのでそれも買うことにした。
「このラジカセで視聴できるんでしょ?」
「あいにく停電で・・・・・」と店主は苦笑いする。
「ああ、そうか」どおりで博物館も薄暗いままだった。マーケット一帯が停電中のようである。
結局5本のテープを1万2千CFAで買った。






―― マルワのマーケットで日向ぼっこ 空港で待ちぼうけ そのつづき――



少し興奮状態が覚めやらぬまま、マーケットの門を正面に見据えた緑が生い茂った広場と道路の堺石に腰掛け、、風で葉が爽やかになびくニームという街路樹の木陰の下で半日光浴しながら時間を潰した。
ボーッとするのをいつまでもつづけていたわけではない。
あいかわらず、かわいい娘さんが通らないか、とか、美しい娘さんが声をかけてこないか、とかかんがえてたり待ったりもしていた。
そして、いつもの慣習である、「急にトイレへ行きたくなる」もしっかりやり遂げた。
いつも、っこうなのである。
急性ナントカというこれも一種のヤマイのようなものである―――。
「フッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」
あと数時間で北カメルーンとおさらばだ。
トゥルからワザへ向かう途中青空の下昼食をとったズーバム村の丘で、モラのドライブインで、ウジラでスケッチをとりながら、そしてこのマルラのマーケット前で、ずいぶん日焼けを重ねおそろしく黒ずんできた。
マーケットをボーッと眺めている間、買い物などで通りがかったひとたちのうち数人は、サポーターをしているアタシの右足を見て、心配そうに声をかけてくれた。
たとえ都市的文化が進もうと、たとえコミュニティの外部の者であろうと、まだひとびとのなかにアフリカの相互扶助の精神が残っていることにわすかながらでも触れることができ、ここを去ることがしみじみと名残惜しくもあった。
 しかし、マルアの空港でも3時間も日光浴をしようとは思いもしなかった―――。
サイードと抱擁し、ジダと硬い握手をし、岩山までビデオとカメラをかつぎ見事にキルディダンスをビデオに収めたあと撮影解除ボタンを押し忘れ、延々下山までの間、土を撮影し続けてくれたジュリアン(笑)にはうっすら涙を浮かべて(ちょっと嘘、笑)、それぞれと別れを告げて搭乗を待つ。
カメルーンでは観光用ドライブインなどが都市部以外ほとんどないため、今日の早めの昼食は空港のロビーでホテルが用意してくれたサンドイッチだ。そして空港のカフェではじめてカメルーンコーヒーを飲んだ。なかなか濃い香りと味でおしかった。
ひねもすのたりかな――、うららかな春のような日差しがさしこむなか、眠気にかられるのだがあいにくここにはまとまったベンチなど腰掛けるところがない。
小さな空港内を人間ウオッチングなどして行ったりきたりしながら、ドゥアラ行きの搭乗案内を今か今かと待っていた。
まだ、いつもののんびりとした田舎の空港風情であった――――。
 しかし、カウンターで外国人旅行客が少しざわつき始めた午前11時。
空気が一瞬だけ変化したのだ。
瞬く間に広まった噂によると、こうだ。
午後11時30分――どうも、ドゥアラ-ヤウンデ-ンガウンデレ-間の飛行機は今日来ないらしい―
それでも空港内ののんびりした空気はまたもとに戻った。
午後1時、カメルーン航空カウンターから正確な情報が入る。
――昨日予定していたドゥアラ-マルア間飛行機がリコンファームの機械故障で飛ばなかった。
今日、ヤウンデ-ンガウンデレ-マルラ-ドゥアラと変則的に飛ぶ飛行機は、昨日マルラから予定していて乗り損ねた30人のみにチケットを渡す。本日搭乗予定のひとは本日カメルーン航空が提供するホテルに宿泊し、明日午前ドゥアラへ平常どおり飛ぶ予定である――
アタシたちは唖然とした。
ドゥアラを飛び立つときはカウンターの係員が「どこから飛行機が来るかわからない」に口をあんぐりしたものだが、今度はマルアで、リコンファームの機械の故障で昨日飛ばなかったから今日は昨日のひとだけ運びます・・・・・・・。アフリカはまだまだ未開だ(笑)、すごいところだ(笑)。
いや呆然唖然愕然であったのですが、一方の心根でちょっと興奮してしまいました。
2時30分、搭乗手続きを終えたジュリアンやジダを拾い来たつもりのサィードが空港のエントランスで日光浴をするアタシに驚きの顔をみせた。
「ミスター・・・・・どうして、あんたここにいる?」
「どうしたもこうしたも、ハーディ、飛行機が飛ぶには飛ぶんだけど、この飛行機は昨日の飛行機だって・・・・・・(苦笑)」
「昨日の飛行機・・・・・・・・・?」
「ま、それよか、これから予定外の観光だよ(笑)。良いところ案内してよね、ハーディ」
「ミスター・・・・・・それよりあんたいつから黒人になった?」
「わっあっはははははっはは(笑)。日焼けしすぎたかな?(笑)」

午後3時、ハーディたちが再びバスの屋根の荷台に荷物を積み終え、空港を離れる。
カメルーン航空が用意したホテルに向かうジュリアンにおねだりしてみた。
「ジュリアン、マルアから80キロも行けばミンディフだよ。ジダの故郷だよ。そこに行こうよ」
「行ってみましょう」ジュリアンは申し訳ない気持ちで一杯という表情は微塵にもみせず(そこはシビアなビジネス)、―これは予定外のサービスである―といったつくり笑顔をしてうなづいた。
「フジラの谷の木陰で―いつか、いつかカメルーンへ来たときは必ず君の生まれ故郷ミンディフへ行くよ!―って言っていたのが、まさかまさか、翌日行くことになるとは夢にも思わなかった(爆笑)」
アタシはジダを見やりながら高らかに笑った。ジダもヘッドフォンをつけたまま意味もわからず笑った。
愉快愉快―――、しかしアタシは決定的なことをまだよく認識していなかった。
「ねぇ、ジダ君、ファンタジアは見られないのかな?」
ジダは旅行者から拝借したヘッドフォンでまた音楽を聴いており放心状態だ。
そういえば、ジダは移動中ずっとこの状態だった。
ファンタジアはモロッコでは馬に乗った騎兵のアクロバチックなショーであるが、カメルーンでは少々趣が異なる。
「――ラーミードが外出するときはどうなるのでしょうか。――公式のときは、昔ながらの仰々しい行列を組んでいかねばなりません。そのときには、馬に乗ったマチュベ身分の重臣たち、馬に乗った徒足でラッパや太鼓を持ったバンバード(宮廷音楽隊)たち、徒足で剃髪姿のマチュベたちがターバンで顔を覆い、盛装をした馬上のラーミードを取り囲んで行進します。ラーミードにパラソルをかける者。馬から降りたラーミードが座るための椅子を運ぶ者、いろいろな役割を持ったマチュベたち、槍、佩刀、弓矢、鉄砲などを思い思いの武器を持って附き従うマチュベたちがラーミードを護衛しながら町中を歩きます―――。アフリカを知る 15人が語るその魅力と多様性」―アフリカのまちの人々の暮らし ウジジとガウンデレ、植民地に形成された二つの都市を訪れる― 日野舜也 「少年ケニヤの友東京支部編」スリエーネットワーク刊行 」
 マルアから南下してミンディフの歯といわれる岩山がどんどん近くなる。
ステップの平原にポツンとあり、象徴的であり記号的であったが近くまできてルムシキィなどのそれと違い、その岩山の低さにがっかりした。ファンタジアの行列はミンディフでは観光化してはいるものの、もちろんそんなにすぐに間に合うはずもない。
村の中を見学させてもらい、ポットを作るところや、機織りしているところを見せてもらった。
帰り際、カメラの蓋を拾ってくれた女の子にガムを渡す約束をしていたのに、バスの中の鞄から取り出そうとしていたところドアが閉まりバスは出発し、その女の子と目が合い渡しそびれた後味の悪い思いをした。
ホテルで荷をほどき、バーでウィスキーソーダを飲んでいると、ジダが姿を現した。
「なにか飲むか?」と言うと即座に「ギネスを」と飼い犬が主人に覗うような目つきをする。
ジダはソファにもたれかかり、ゆっくり味わうようにギネスを飲み、飲み終えると退屈そうに「もう帰っていいか?」と言う。
アタシは彼に幾ばくかの失意をし、微笑んで別れた。
夕食は席についたのが7時で、前菜は大きな皿に、これまた記号的な(?)ハムが3切れ皿にのっているだけだった。
そしてメインのうさぎの煮込みがきたのは、すでに9時をまわっていた――――。
今日は長くて短い一日だった。
2時間の間、ビール2本とハム3枚という、これまた豊潤な記号的な(笑)時間を過ごしながら、心の奥に何かひっかかるものがあったがそれが何なのか探りかねていた。
 翌朝、いつものように散歩から帰ったホテル前でバッタリ、ウロウロしているところをジュリアンにこっぴどく叱られているジダを見かけた。
ジダはジュリアンに叱られる間、うつむきかげんに感情を押し、殺して飼い犬のようにしていた。
昨夜、そしてモラで彼はビールをねだったときと同じように忠実な飼い犬のようなポーズをとるのだが、よく凝らしてみると、眼球が彷徨うにように泳いだジダの目がどこかぜんぜん遠くのことを捉えているような気がしてならなかった。
そして、思いいたったことがある―――。
彼は昨日も今日も、全員の予約チケットを持って確認のために事前に空港へ行っていなければならなかったのではないか?アタシはそのとき、昨日のリコンファーム機の故障という不幸なできごとさえ、本当はジダの少なからず怠慢が原因ではなかったのかと、少々疑惑の念が頭のなかをかけめぐった。
そして、あれほど当初は興奮した思いもかけぬマルアでの連泊であったが、よくよく思い巡らすまでもなく、熱帯雨林の南カメルーンのバフサムかバロンビ湖を割愛しなければならないことを今更ながら気づき、悔やんでも悔やみきれなかった。
 その日も飛行機は午前離陸の予定が、空港で待ちぼうけをくらわされた後、午後1時にようやく飛行機が来た。
乗客は昨日乗り損ねたマルアから乗り込む客のみが搭乗可能で、今日もこれがドゥアラ行き始発にして最終便だそうである。機内の乗客は誰もマルアに降りず、飛行機はヤウンデに向かうはずが、予定外のガルアへ向かった―――。






―― 砂漠から熱帯林へ RORD OF BAHUSAMU ――



 ガルアからヤウンデ経由でドゥアラに着いたのは、結局午後4時を過ぎていた。
今日はカメルーンのカルデラ湖バロンビ湖畔にあるホテルを発ち、南部カメルーンのグラスランド、バミレケ族のバンジュンやバフサム、バムン族のフンバンなどを巡る一日のはずだった。
今日一日を、また移動だけで費やしてしまったのだ。
飛行機から出てタラップを降りるとき、今にも降りださんばかりの厚く垂れこめた雲。そしてうだるような生暖かい空気が肌にまとわりついた。ドゥアラに還ってきた、ことを実感する。つい今しがたまでいた北カメルーンにいたことが幻とさえ思えてくる。
 空港で荷物を待つ間、地元のタバコを買おうと立ち寄ったキオスクでちょっとしたハレのウキウキ気分になった。
なんと、ケニアのレコードショップで買ったテープと同じ、「DEFAO&BIG STARS」の「SARA NOKI(急げの意)」のビデオがあるではないか!
急げ!買え!だ。
急いで買い求めたデファオに合わせてウェンゲムジカ、カメルーンポップス集2本。
フランス製ビデオはPAL規格で日本のビデオデッキでは再生できないのであった――(涙)。

取扱には十分気をつけるべしーーー。
そんな自分につっこんだのは、自らこそ取扱に注意すべし(涙)

「フッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」
あと数時間で北カメルーンとおさらばだ。
トゥルからワザへ向かう途中青空の下昼食をとったズーバム村の丘で、モラのドライブインで、ウジラでスケッチをとりながら、そしてこのマルラのマーケット前で、ずいぶん日焼けを重ねおそろしく黒ずんできた。
マーケットをボーッと眺めている間、買い物などで通りがかったひとたちのうち数人は、サポーターをしているアタシの右足を見て、心配そうに声をかけてくれた。
たとえ都市的文化が進もうと、たとえコミュニティの外部の者であろうと、まだひとびとのなかにアフリカの相互扶助の精神が残っていることにわすかながらでも触れることができ、ここを去ることがしみじみと名残惜しくもあった。
 しかし、マルアの空港でも3時間も日光浴をしようとは思いもしなかった―――。
サイードと抱擁し、ジダと硬い握手をし、岩山までビデオとカメラをかつぎ見事にキルディダンスをビデオに収めたあと撮影解除ボタンを押し忘れ、延々下山までの間、土を撮影し続けてくれたジュリアン(笑)にはうっすら涙を浮かべて(ちょっと嘘、笑)、それぞれと別れを告げて搭乗を待つ。
カメルーンでは観光用ドライブインなどが都市部以外ほとんどないため、今日の早めの昼食は空港のロビーでホテルが用意してくれたサンドイッチだ。そして空港のカフェではじめてカメルーンコーヒーを飲んだ。なかなか濃い香りと味でおしかった。
ひねもすのたりかな――、うららかな春のような日差しがさしこむなか、眠気にかられるのだがあいにくここにはまとまったベンチなど腰掛けるところがない。
小さな空港内を人間ウオッチングなどして行ったりきたりしながら、ドゥアラ行きの搭乗案内を今か今かと待っていた。
まだ、いつもののんびりとした田舎の空港風情であった――――。
 しかし、カウンターで外国人旅行客が少しざわつき始めた午前11時。
空気が一瞬だけ変化したのだ。
瞬く間に広まった噂によると、こうだ。
午後11時30分――どうも、ドゥアラ-ヤウンデ-ンガウンデレ-間の飛行機は今日来ないらしい―
それでも空港内ののんびりした空気はまたもとに戻った。
午後1時、カメルーン航空カウンターから正確な情報が入る。
――昨日予定していたドゥアラ-マルア間飛行機がリコンファームの機械故障で飛ばなかった。
今日、ヤウンデ-ンガウンデレ-マルラ-ドゥアラと変則的に飛ぶ飛行機は、昨日マルラから予定していて乗り損ねた30人のみにチケットを渡す。本日搭乗予定のひとは本日カメルーン航空が提供するホテルに宿泊し、明日午前ドゥアラへ平常どおり飛ぶ予定である――
アタシたちは唖然とした。
ドゥアラを飛び立つときはカウンターの係員が「どこから飛行機が来るかわからない」に口をあんぐりしたものだが、今度はマルアで、リコンファームの機械の故障で昨日飛ばなかったから今日は昨日のひとだけ運びます・・・・・・・。アフリカはまだまだ未開だ(笑)、すごいところだ(笑)。
いや呆然唖然愕然であったのですが、一方の心根でちょっと興奮してしまいました。
2時30分、搭乗手続きを終えたジュリアンやジダを拾い来たつもりのサィードが空港のエントランスで日光浴をするアタシに驚きの顔をみせた。
「ミスター・・・・・どうして、あんたここにいる?」
「どうしたもこうしたも、ハーディ、飛行機が飛ぶには飛ぶんだけど、この飛行機は昨日の飛行機だって・・・・・・(苦笑)」
「昨日の飛行機・・・・・・・・・?」
「ま、それよか、これから予定外の観光だよ(笑)。良いところ案内してよね、ハーディ」
「ミスター・・・・・・それよりあんたいつから黒人になった?」
「わっあっはははははっはは(笑)。日焼けしすぎたかな?(笑)」

午後3時、ハーディたちが再びバスの屋根の荷台に荷物を積み終え、空港を離れる。
カメルーン航空が用意したホテルに向かうジュリアンにおねだりしてみた。
「ジュリアン、マルアから80キロも行けばミンディフだよ。ジダの故郷だよ。そこに行こうよ」
「行ってみましょう」ジュリアンは申し訳ない気持ちで一杯という表情は微塵にもみせず(そこはシビアなビジネス)、―これは予定外のサービスである―といったつくり笑顔をしてうなづいた。
「フジラの谷の木陰で―いつか、いつかカメルーンへ来たときは必ず君の生まれ故郷ミンディフへ行くよ!―って言っていたのが、まさかまさか、翌日行くことになるとは夢にも思わなかった(爆笑)」
アタシはジダを見やりながら高らかに笑った。ジダもヘッドフォンをつけたまま意味もわからず笑った。
愉快愉快―――、しかしアタシは決定的なことをまだよく認識していなかった。
「ねぇ、ジダ君、ファンタジアは見られないのかな?」
ジダは旅行者から拝借したヘッドフォンでまた音楽を聴いており放心状態だ。
そういえば、ジダは移動中ずっとこの状態だった。
ファンタジアはモロッコでは馬に乗った騎兵のアクロバチックなショーであるが、カメルーンでは少々趣が異なる。
「――ラーミードが外出するときはどうなるのでしょうか。――公式のときは、昔ながらの仰々しい行列を組んでいかねばなりません。そのときには、馬に乗ったマチュベ身分の重臣たち、馬に乗った徒足でラッパや太鼓を持ったバンバード(宮廷音楽隊)たち、徒足で剃髪姿のマチュベたちがターバンで顔を覆い、盛装をした馬上のラーミードを取り囲んで行進します。ラーミードにパラソルをかける者。馬から降りたラーミードが座るための椅子を運ぶ者、いろいろな役割を持ったマチュベたち、槍、佩刀、弓矢、鉄砲などを思い思いの武器を持って附き従うマチュベたちがラーミードを護衛しながら町中を歩きます―――。アフリカを知る 15人が語るその魅力と多様性」―アフリカのまちの人々の暮らし ウジジとガウンデレ、植民地に形成された二つの都市を訪れる― 日野舜也 「少年ケニヤの友東京支部編」スリエーネットワーク刊行 」
 マルアから南下してミンディフの歯といわれる岩山がどんどん近くなる。
ステップの平原にポツンとあり、象徴的であり記号的であったが近くまできてルムシキィなどのそれと違い、その岩山の低さにがっかりした。ファンタジアの行列はミンディフでは観光化してはいるものの、もちろんそんなにすぐに間に合うはずもない。
村の中を見学させてもらい、ポットを作るところや、機織りしているところを見せてもらった。
帰り際、カメラの蓋を拾ってくれた女の子にガムを渡す約束をしていたのに、バスの中の鞄から取り出そうとしていたところドアが閉まりバスは出発し、その女の子と目が合い渡しそびれた後味の悪い思いをした。
ホテルで荷をほどき、バーでウィスキーソーダを飲んでいると、ジダが姿を現した。
「なにか飲むか?」と言うと即座に「ギネスを」と飼い犬が主人に覗うような目つきをする。
ジダはソファにもたれかかり、ゆっくり味わうようにギネスを飲み、飲み終えると退屈そうに「もう帰っていいか?」と言う。
アタシは彼に幾ばくかの失意をし、微笑んで別れた。
夕食は席についたのが7時で、前菜は大きな皿に、これまた記号的な(?)ハムが3切れ皿にのっているだけだった。
そしてメインのうさぎの煮込みがきたのは、すでに9時をまわっていた――――。
今日は長くて短い一日だった。
2時間の間、ビール2本とハム3枚という、これまた豊潤な記号的な(笑)時間を過ごしながら、心の奥に何かひっかかるものがあったがそれが何なのか探りかねていた。
 翌朝、いつものように散歩から帰ったホテル前でバッタリ、ウロウロしているところをジュリアンにこっぴどく叱られているジダを見かけた。
ジダはジュリアンに叱られる間、うつむきかげんに感情を押し、殺して飼い犬のようにしていた。
昨夜、そしてモラで彼はビールをねだったときと同じように忠実な飼い犬のようなポーズをとるのだが、よく凝らしてみると、眼球が彷徨うにように泳いだジダの目がどこかぜんぜん遠くのことを捉えているような気がしてならなかった。
そして、思いいたったことがある―――。
彼は昨日も今日も、全員の予約チケットを持って確認のために事前に空港へ行っていなければならなかったのではないか?アタシはそのとき、昨日のリコンファーム機の故障という不幸なできごとさえ、本当はジダの少なからず怠慢が原因ではなかったのかと、少々疑惑の念が頭のなかをかけめぐった。
そして、あれほど当初は興奮した思いもかけぬマルアでの連泊であったが、よくよく思い巡らすまでもなく、熱帯雨林の南カメルーンのバフサムかバロンビ湖を割愛しなければならないことを今更ながら気づき、悔やんでも悔やみきれなかった。
 その日も飛行機は午前離陸の予定が、空港で待ちぼうけをくらわされた後、午後1時にようやく飛行機が来た。
乗客は昨日乗り損ねたマルアから乗り込む客のみが搭乗可能で、今日もこれがドゥアラ行き始発にして最終便だそうである。機内の乗客は誰もマルアに降りず、飛行機はヤウンデに向かうはずが、予定外のガルアへ向かった―――。






―― 砂漠から熱帯林へ RORD OF BAHUSAMU ――



 ガルアからヤウンデ経由でドゥアラに着いたのは、結局午後4時を過ぎていた。
今日はカメルーンのカルデラ湖バロンビ湖畔にあるホテルを発ち、南部カメルーンのグラスランド、バミレケ族のバンジュンやバフサム、バムン族のフンバンなどを巡る一日のはずだった。
今日一日を、また移動だけで費やしてしまったのだ。
飛行機から出てタラップを降りるとき、今にも降りださんばかりの厚く垂れこめた雲。そしてうだるような生暖かい空気が肌にまとわりついた。ドゥアラに還ってきた、ことを実感する。つい今しがたまでいた北カメルーンにいたことが幻とさえ思えてくる。
 空港で荷物を待つ間、地元のタバコを買おうと立ち寄ったキオスクでちょっとしたハレのウキウキ気分になった。
なんと、ケニアのレコードショップで買ったテープと同じ、「DEFAO&BIG STARS」の「SARA NOKI(急げの意)」のビデオがあるではないか!
急げ!買え!だ。
急いで買い求めたデファオに合わせてウェンゲムジカ、カメルーンポップス集2本。
フランス製ビデオはPAL規格で日本のビデオデッキでは再生できないのであった――(涙)。

取扱には十分気をつけるべしーーー。
そんな自分につっこんだのは、自らこそ取扱に注意すべし(涙)




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