セイシェル子づくり旅行記



バルバロン湾のセルシワ
ラウネー海洋公園 イン ハニー 
セイシェル諸島が近づいてきた。ヨットの帆が映える



「やあ、呼んだ?」
「違うわよ、あっちよ」
「あれ?」
「クレオール・ホリデー」
「え?あれ?」
「ゲッ、デスクというのは、なんだこういうことだったんか?」
「空港に行くんじゃなかったんかね?あのひとがアドリエンヌなんね?」
「こんちわ、あなた、アドリエンヌ?」
「いいえ、キャサリンよ」
「あなた方はラ・ディーグ島へ希望でしたね。でも今日はもう遅いのでラ・ディーグは無理です。それに今日は日曜ですしね」
「え~~?!!」
「朝6時30分、ここのホテルから送迎。ラ・ディーグからのボートは15時30分です。ランチはつきませんので各自でお願いします。では、いいですね?」
「ランチはなしっ、て言いよるよ。どうする?」
「ランチぐらいどうにでもなります!そうですか・・・・・・」
「それだと聞くけど、プララン島&ラ・ディーグ島2島のプランはある?ツアーならそのほうがいいから。それに最初から飛行機で行くことを希望してたんだけど?」
「無理です」
「何故なら、2島プランを取扱っているのは水、金曜日ですから。今日は日曜日で、明日は月曜、そしてあなたたちが出発するのは火曜日ね。それと、2島プランは飛行機扱いですが、ラ・ディーグ島オンリーはどちらもフェリーです。プララン島での無駄な移動がないから、そのほうが早く着くでしょ?」
「う~~ん、じゃあ、そうする?」
「じゃあ、払うとけや」
「え?でもアタシ100$しかもう持ってないよ」
「あ、じゃあ出しとくよ。はい90$」
「それ、ひとり分よ。ふたりで380$ね」
「え―――――――っ!?」
「高いっ!!」
「どうする?やめておく?」
「もうええやん、これで。たいそなったわ」
「ついでに聞くけど、今日はセント・アン海洋公園へのツアーある」
「あるわよ。でももう出発してるわ」
「損するって言ってるよ」
「わかっとるわ。わかりやすいとこだけわかっとるようにつっこんでくれてハニー、グッジョブね。
「う~~ん、じゃあ、ついでのついで、またついでに聞くけど、この辺りで良好なシュノーケルポントある?」
「ここね」
「Port Launay Marine National Park(ラウネー港海洋国立公園)」
「ラウネー?知らねー」
「ここからバスが出てないわね」
「じゃあ、タクシーで行けばいいんだね」
「そこは気の利いたレストランとかないから、このホテルでお昼ご飯はしっかり食べて行ってね」
「お昼はしっかりここで食べて行かなくちゃいかん、って言いよるよ」
「今、聞きました。わかってます!」
「よく、まぁいつもこんな感じで、ひとりで旅行してきたもんね~」
「あれ?そういやおかいしな?セイシェルはなんもなかったぞ?これって「嵐を呼ぶ男」のおまじないまで消えてしもたんだろか?キャッチフレーズがもうないやん?」
「そおぉいう問題ではないよーな気がするけど」
「いや、なんか現地のひとと積極的に交わろーとか、そういう意欲気力がなんか湧かないのよ。これはやっぱり旅する限界点なんやろーか?」
「無理して高いお金出して、夏休みの最後の週に子どもほったらかしにして、強引に連れ出した張本人が、今さら勝手に黄昏んとってくれます?」
「はいはい、あんたや家族を置いてひとり旅、よくしてきたよね~~だ(苦笑)」
「さて、これからどうしようかな?」
「なにを?」
「そうや!キャサリンに聞いてみて。セント・アンでシュノーケルが無理になったゆうても、ヴィクトリアへも行かんままになるとこだった。明日、港への出迎え16時30分言いよったろ?あれを19時に変更できんか聞いてきて。その間に市場や植物園見学して、有名なレストランで食事もできるわ。一石二鳥や!キャサリンに聞いてみて~~」
「え?じゃあ、ちょっと聞いてくる」
「「送迎の変更はほかにもお客がおるんだろ?それはできんって、言いよったよ」
「ほんなら、いまから行くか?ヴィクトリアまでどう行けばいいんか聞いてきて?」
「うん?ちょっと聞いてくる」
「―――――ヴィクトリアへは、このホテルのすぐ近くからバスが出てるって。でも、日曜は市場は閉まってるって言うてたよ」
「いや、植物園を空いているはずよ。で?何時にバスは出てるって?それと、ラウネーはどう行くの?」
「・・・・・・・・?ちょっと聞いてくる」
「もう今日の行程、おかませするから、がばってね、ハニーちゃま♪」
「知らんわっ!」
「――――9時50分にそこの停留所からバスで来るって。植物園は4時に閉まるらしいよ。ラウネーへはバスはなくってタクシーだって」
「ほんなら、今から午前中に市内まわって、昼食してから戻って、午後からラウネー行くか。ラウネーまでのタクシーいくらよ?」
「んっ!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?ちょっと聞いてくる」
「―――――ユーロ払いで、4000円くらい言よったよ」
「ほうけ、そんなら行こか!」
「どこへよ?」
「まずは、バス亭まで(笑)」
「私こそ、もう疲れたわ。旅行って!」
「ハイハイ、ご苦労さん♪それより、あのひとすごないか?さっきから本ばっかり読みよる」
「外国人って、リゾートではだいたいそうじゃん。ビーチでずっと寝そべって、とか」
「いや、それもあるけど。海に背向けとるだろ?せめて周りの景色とかも見たりせんか?」
「そういう主義なんぢゃないん?」
「わざわざ、セイシェルまで来て、か?」
「そうよ、わざわざ来るのがえんじゃない」
「えらい高い本代でないか?」
「知らんよ、本代なんか」

「なぁなぁ?昨日、空港からの送迎バス、あそこでお客さん降ろさんかった?で、あっちの右手側の方がヴィクトリアなんぢゃな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと、なんで返事してくれんの?」
「・・・・・・・・・・・!そーだろ、そーだろ?そー思いよったとこなんよ」
「あんた、朝のテレビ小説「ちりとてちん」みたいなおもしろさやな(笑)」
「よーこそのおはこびで」
「それはええけど、ねぇねぇ、ハニーちゃま?確実に植物園に近づいているけど、確実に遠回りなんですけど(笑)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そろそろ植物園でない?」
「ちょっと、ちょっとハニーちゃん、ちょっといいからそのガイドブック見せてみてみ」
「はいはい、もぉ~~~、まだ着かんの?」
「まだ着かんの?そりゃ、こっちのセリじゃわ!(笑)・・・・・・・」
「こら!全然違うやい!ここをこっちだったんだろ!」
「やれやれ戻りましょうかね~」
「・・・・・・・・あのですね」
「水分ちゃんととらないかんのよ」
「私もちょーだい」
「忘れてきたんかっ!」
「そう、最初から真っ直ぐ来ればよいだけなのだ、あほ!(笑)」
「わからんかったら、誰かに聞けばええんよ」
「いや、道聞かんでも、地図見たらわかるし(笑)」
「はいはい、まだ着かんの?」
「こっちのセリフぢゃわ!(笑)・・・・・・・全然違うやい!ここをこっちだったんだろ!」
「やっと着いたよ」
「やっと!なのは誰のせい?」
「さぁ?誰のせい?誰のせい?」
「ま・・・・・とりえあえず、ゾウガメ観に行くぞ」
「え?ここ、ゾウガメっておるん?!」
「・・・・・あんた、ホンマに何しに来たん?」
「ここが、セイシェルということくらいは知っとるんだろうか?」
「知っとるわ!(笑)。でも誰よ、ずっと行き先言わんかったの!?」
「言うたら反対しとったくせに」
「当たり前でしょ!私は普通~のところに行きたいの!」
「また普通って(笑)。ローマの地図なんかムチャクチャややこしいぞ。ヴィクトリアでええやろ?」
「ややこしくってもローマがいい♪」
「ローマが何処かも知らんくせに!」
「あれ?」
「え?入園、地図つきでひとり5ドルって書いてるよ」
「まぁ、ええわ!やっぱりゾウガメより先に、カフェテラスがあるだろ?まずはそこに真っ直ぐ行こ。水もとられて、もう喉がカラカラじゃわ」
「え?さっきの園のひとがカフェテリアにボールペンに×印入れよったよ。クローズ言いよった」
「え?!なんで?!」
「さぁ、日曜じゃけんじゃないん?」
「なんでよ?なんでよ?日曜こそ家族連れとか恋人たちが憩いに来るとこじゃないん?」
「そんなん知らんよ、さぁ行こ行こ♪」
「おったよー。カメ~!ヤッホー」
「おい、ちょっと写真撮るけん、そいつに乗ってみぃ~。セイシェル版浦島太郎な」
「え~可哀想やん」
「っていいながら乗っとるやないか!?(笑)はい撮るよ~」
「次はココ・デ・メール。有名な双子ヤシじゃな。これくらいは聞いたことあるだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「知らんの?」
「知らん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どしたん?何だまっとんよ?」
「あんた、ほんまにここまで何しに来たん?」
「何って?自分じゃん、こんなとこ連れてきといて!私普通のとこがいい!」
「普通ってなによ?」
「ロンドンとかローマとかよ!」
「ほしらた、大コウモリ見に行くぞ」
「はぁ?なんで大コウモリ?おりそうにないよ。おらんのでないん?」
「おらんのでないわ。見つけられんのじゃ(笑)もうええわ、帰ろ」
「ん?でもそっちでないよトーチャン。そっちは柵の向こうで行けんよーになっとるよ」
「柵の向こうって何よ?今、歩いとるここが、その道じゃ!園内の地図まで見間違えるな(大笑)」
「ジュースとかなんか、買うといてな」
「シュースくれ」
「え?なにいよん?」
「あったら買うといて言うたろわっ!」
「よーゆーわ。『買うとかんでえん?』て聞いたら、『うん』いいよったやん」
「アホか!聞こえんわ!指差したら『買うとくよ』だろ普通!『こっちじゃ』いうけん『うん』言うたつもりじゃっ!(笑)」
「ほんなら、次行くぞ!」
「次?・・・・・どこへ?」

マヘ島での一日。
小さな町ヴィクトリアの植物園に辿り着くだけで一日を費やしてしまった。
あちこち筋肉痛で汗が滴り落ちるのが止まず異常な喉の乾き、色々ひっくるめてすごい疲労感がある。
それでも、半ベソ状態なのに心の底から笑いがこみ上げてくる感覚があるのは何故だろう?
それもこれも、何もかもひっくるめて、近くていつも遠い隣人、いや今ここにいる隣人こそ、のおかげに他ならない。
―わしら、ほんまに、何しに来たん?―
―普通のところがいいのに、こんなに遠くまで・・・・・―
セイシェルの太陽は空の頂点から徐々に西に傾きはじめ、濃すぎるくらいの青さから、少しずつ柔らかい青みを帯びてきた。
ここでは、空は刻一刻と極端に色々な表情をみせ、それに照らしあわせて海の表情も逐一変わる。
変わらなくてもよいものがあるが、変わるから美しい、楽しいものもある。
変わらないのは私たちだ。
でも、変わらなければいけないのに変われない私たち。
いつもちぐはぐなふたりだけど。
そんなふたりだからこそ。
明日もきっと、もっと楽しいに違いない。



インド洋のど真ん中

雲の狭間からセイシェル諸島が確実に近づいている。

セイシェルはおもっていたより環礁が少ない。上空もやや物足りない


ふたりは、今、セイシェルに向かっている。
早朝、アラブ首長国連邦のドバイ国際空港を立ち、アラビア半島の砂漠を抜け、インド洋上空をずんずん南下している。
空は綺麗に晴れ渡り、太陽は真っ白に輝き、窓から入ってくる日差しがきつい。
海は何もアクセントがなく、とても穏やかで、ときどき米粒のようなタンカーを見かけるくらいだ。
雲ひとつなく濁りがない海と空は、隔たりなくお互い溶け合っているようだった。
しばらくして、遠く海上に霞む黒ずんだものを島かと見間違えていたが、それが雲だった。
セイシェルは、インド洋のほぼど真ん中、赤道直下にある共和国だ。
南緯4度から10度、東経45度から56度の間に、異なった大きさと地形の42の花崗岩の島々、73の珊瑚の島々からなる。
首都ヴィクトリアがあるマヘ島から南西のマダガスカル島まで1100キロ、北西のアフリカ大陸(ソマリア)まで1300キロ離れている。
海域は東から西までが約1800キロ平方メートル、北から南までが約1400キロ平方メートルにも及ぶ。
103万平方キロメートルもある広い海洋のなかに、国土がわずか455キロ平方メートルで、島全体の面積を合わせても種子島ほどである。
大小115の島々それぞれも離れてあり、これらは大きく4つの諸島群に分けられる。
セイシェル最大のマヘ島、伝説の果実といわれるココ・デ・メールの椰子の実が生るプララン島などのセイシェル諸島、その南西にあるデロッシュ島などのアミラント諸島、ずんずん南下してプロビデンス島などのファーカー諸島、マフダガスカルに近い南の15万頭ものゾウガメが生息するアルダブラ環礁があるアルダブラ諸島及びコズモレド諸島などである。
島々の3分の1は無人島だ。
最大の島マヘは総面積の3分の1を占める153平方キロメートルである。
マヘ島を中心にしたセイシェル諸島は花崗岩質であり、花崗岩というのは地質学上かなり古い部類の土地であるらしい。
1912年、ドイツの地球物理学者ウェゲナーが唱えた大陸移動説である。
ウェゲナーが大陸移動説のなかで、現在の諸大陸が分裂する前にひとつであったとする超大陸のことを「パンゲア大陸」と呼んでいる。
2億8千万年から1億9千万年の間という気が遠くなるような時間、現在の南極を含むすべての大陸はアフリアを中心に地続きでひとつだったという。
北半球のユーラシア、北アメリカの「ローラシア大陸」と、南半球の南極、アフリカ、オセアニア、南アメリカの「ゴンドワナ大陸」に区別されることもある。
1億9千万年から1億3千万年前の間、恐竜が闊歩するジュラ紀にゴンドワナ大陸は分裂をはじめ、6千5百万年前に移動、海沈、海没など繰り返すことにより、徐々に現在の大陸のかたちになったそうだ。
セイシェルも、アフリカから分裂したとされるマダガスカルなどと同じくゴンドワナ大陸から、気が遠くなるような長い時間を経てできた島だといわれている。
1000メートルに満たないマヘ島の山間部だが、長い年月をかけて浸食作用を繰り返してきたため、その形状は激しく起伏している。
セイシェル諸島の花崗岩の地質とアフリカ大陸の地質が同じで、ほぼ重なるとも言われている。
セイシェル諸島には、ココ・デ・メールと呼ばれる双子椰子の実などの珍しい植物や、哺乳類は少ないものの、珍しい鳥類や爬虫類など島固有の生物が存在する。
因みにココ・デ・メールが自生するヴァ・ド・メレ渓谷自然保護区と、ガラパゴス諸島と同じ陸地に住むゾウガメが生息するアルダブラ環礁はともに世界自然遺産に登録されている。
セイシェルはアフリカのあらゆる主権国のなかで最も人口が少ない国である。
また、人口、面積ともに世界のなかでもバチカン、モナコ、ツバルなど下から数えるほうが早い小国である。
2006年現在、人口7万5千人。
民族構成は、移住してきた白人と黒人の混血、クレオールである。
大多数はモザンビーク系アフリカ人だが、イギリスやフランスの移民者の子孫もいるし、インド系、中国系もいる。
これらすべてのひとびとをクレオールと総称して呼んでおり、民族的調和がとても保たれている。
誰もがクレオール語を話し、宗教はキリスト系信者がほとんどだ。
カトリック系が90%を占め、イギリス国教会が8%、残りの2%がイスラム教徒、ヒンズー教徒などである。
また、1958年に禁止されたが、神業や「グリグリ」と呼ばれるアフリカから伝播したとされる呪術信仰も一部のひとびとでささやかながら信じられている。
セイシェルは民族的、政治的、宗教的対立が少なく、伝統的で敬虔なひとびとが暮らし、おまけに国を挙げて観光誘致に積極的とくれば、滞在中大きなドラブルに巻き込まれることもなく安全だ。
独立後の無血クーデターの後、しばらく一党独裁の社会主義政策をとってきたが、穏やかな個人資産も認められる緩やかな社会主義路線をとった中立国家である。
この島嶼にひとが住み着いた歴史は驚くほど浅い。
1527年、バスコ・ダ・ガマが南緯4度のインド洋に島を発見したと記されており、これが人類最初の発見とされている。 
セイシェルに先住民はいなかった。
大航海時代、インド洋にある他の島々と同じく、水の補給や食料などの調達のため、これらの島に寄港したひとびとは、セイシェルを「地上の楽園」と呼んだらしい。
大航海時代の発見により、17世紀頃からアフリカ、インド、ヨーロッパなどからの移民が住み始めた。
「フリー百科事典ウィキデペア」にもう少し詳しい説明を求めてみよう。
「――セイシェルに関する最も古い情報は、7~8世紀にアラブ人が来航したことである。
1502年にはバスコ・ダ・ガマの第2回東インド航海において、アミラント諸島を発見し、アラブ人が活動しているのを目撃している。17世紀には海賊の基地となっている――」とある。
当時は、無人島であったため海賊の格好の隠れ家でもあったらしい。
マヘ島にはその昔、「インド洋を荒らしまわった悪名高き海賊オリビィエ・ル・ヴァサーが財宝を隠した」という伝説がある。
神秘の果実ココ・デ・メールに海賊の秘宝伝説――ロマンを掻き立てられるではないか。
さまざまな固有の動植物、純白のパウダービーチ、様々な魚が暮らす珊瑚礁、透き通った青い海とココヤシの木、楽園そのもののイメージ。

そして、忘れてならないのが、松田聖子が歌った「セイシェルの夕陽」。
同世代のひとならしばらく考え、「ああ、あれね」ときっと大きく頷くに違いない、
「セイシェルの夕陽が~~♪」
このサビの部分だけ何度も何度も反復し、いっこうに進まないのもきっと同じはずだ。
当時から、日本にはセイシェルの情報がまったくといっていいほど入ってこなかったが、私は確信していた。
松田聖子があそこまで歌ったからには、他に類をみない天国極楽浄土桃源郷パラダイスシャングリラなリゾート地にほかあるまい。
当時、高校3年生であった私は、南国の恋と旅心のイメージを重ね合わして夢想したものだ。
しかも、アルバムでのシングルカットは「天国のキッス」だもんなぁ~~。
昇天してしまいます、ボク。
アルバムの名は「ユートピア」
この1983年発売のアルバム「ユートピア」、家のお宝部屋にある復刻版CDのクレジットによると、作詞、松本隆、松任谷由美。作曲、細野晴臣、財津和夫、来次たかお、杉真里、甲斐よしひろ。編曲、大村雅郎、松任谷正隆の面々という80年代のポップス界をリードする最強メンバーが勢ぞろいである。
「セイシェル・松田聖子」で検索エンジンにかけると最初にヒットした、『旅行のすすめ~音楽から感じる旅~[http://overthemoon.rgr.jp/travel/index.html]』にこう紹介されている。
「―――さて、「旅」を感じる音楽ということで、まずあげておきたいのは、松田聖子さんの曲である。
え~、松田聖子ぉ~?!とバカにするなかれ。
松田さんの歌には、意外と旅心を感じる歌が多いのである。
この歌「セイシェルの夕陽」も、彼女のアルバムの曲としては比較的メジャーな歌である。
最初が「ユートピア」だから、発売は1983年頃?結構、前の歌だけど(苦笑)。
 数年前に雑誌の旅行関係の特集記事で、セイシェルに行った邦人旅行者のうち、60%はこの歌を知っていただが、この歌で行きたくなったかっていうアンケート調査が出ていたので、結論的に実証されている(笑)。もっとも、私の記憶はかなり曖昧になっているのだけど(笑)。
何を隠そう、ワタクシも、この歌を聴いて、絶対セイシェルに行ってやる!と心に誓った一人である。
この曲は、ワタクシ的には、松田さんを代表するバラードの1つだと思っている。非常によい曲なので、まだ聴いたことのない人は、ぜひ聴いてみて。そして、セイシェルに行ってみよう(笑)。
よい曲といえば、一つエピソードを思い出した。中学の時の音楽の歌のテストで、自由課題ってのがあった。ワタクシ的にはこの歌をぜひ歌いたかったのだが、名簿順で先の別の女の子に歌われてしまった。たかだかアルバムの曲だが、結構みんな知っていたわけだ(笑)。
さて、どんな歌かというと。
主人公の女性は、一人でセイシェルに来ている。セイシェルの夕陽を見ながら、恋人を思い出している。あなたと来たら、きっと素敵なロマンスが生まれたでしょう、みたいな感じ。
で、結構、風景描写なんかが出てきて。
セイシェルの夕陽を表現するのに、「真っ赤なインク海に流している、あなたにも見せたいわ」「世界のどんな場所で見るよりも、美しい夕焼けよ」「私は熱い紅茶飲みながら、なぜかしら涙ぐむ」とまあ、こんな感じなのである。なんか見てみたくなるでしょう(笑)。世界で一番美しい夕焼けを。紅茶を飲みながら、センチメンタルな気分に浸れそうな夕焼けを(笑)。~(略)~リゾート系の島には1度も行ったことがないので、一度はそういう自然の中で、ゆっくりしてみたい。
セイシェルにも絶対行ってやるぞ~と、今、またここに誓ったのであった(笑)――――」
 ちょっと気持ち悪いくらい、私と全く同じではないか(笑)。
それに、旅を感じる音楽―――私がいつも求めているテーマでもある。
旅は音楽、音楽は旅なのだ。
因みに、アルバム「ユートピア」は、「セイシェルの夕陽」、「天国のキッス」以外にも「秘密の花園」、「メディテーション」、「マイアミ午前5時」、「あなたにROCK ON」、「ピーチ シャーベット」など。まるで、「歌で巡る地球上のビーチ・リゾート」の様相。
ホワイトビーチの波打ち際で抱きしめ合いながら、白い波しぶきがこれでもかと押し寄せてくるように、熱く、淡く、ときにはせつない旅心がそそられる構成になっている。
きっとこれを聴いたあなたも、寄せては返す波の音と恋のさざめきで満腹感一杯になるはずだ。
恋に乾杯、ご馳走様、なのである。
セント・アン海洋公園の島々のライトブルー、環礁内のエメラルドグリーン、そして外洋のインディゴブルー

青はインド洋と空、黄は太陽、赤は友愛と情熱、白は正義と調和、緑は国土

マヘ島 車窓より


恋はともかくとして、世界中のあらゆるビーチ&リゾートのなかでセイシェルは、私にとっては新婚旅行の行き先に選んだミコノスに肩を並べる、いやそれ以上の最高峰のリゾートである。
ほかにも、憧憬のリゾートは――アトランティスの末裔サントリーニ、最後の楽園ゴーギャンのタヒチ、インド洋の貴婦人モーリシャス、天国に一番近い島ニューカレドニア――などがある。
しかし、これらは常に拮抗しており、抜きつつ抜かれつなのだが、いずれもセイシェルには及ばない。
地球上幾多あまたの楽園=アイランド候補地から、今回の旅先に挙がったのは自然な流れである。
そして、「世界一の夕陽」に他ならない。
ヨーロッパ人には大人気だが、日本ではまだまだなじみ薄く、年間渡航者も平均2千人足らずである。
訪れる日本人観光客は少ないものの、ここを訪れた日本人誰もが口ずさむ確立が高いといわれる「セイシェルの夕陽」。
熱狂的な憧憬ではなく、普段では自分も気づかないくらいであったが、息長く憧れ続けたセイシェル。
そのセイシェルが間近になった。
飛行機の窓から島々が見え始めたときの胸の高まりは忘れることあるまい。
セイシェル国際空港が近づき、低空飛行に入った飛行機の窓から、セント・アン海洋公園の島々のライトブルー、環礁内のエメラルドグリーン、そして外洋のインディゴブルー、色のアクセントに胸躍った。
空に架かるのではなく、海にくっきり浮かびあがる虹を見た。
飛行機はますます島に近づき、海岸線上空を行く。
セイシェルに着いたのが午後2時30分。
タラップを降りると、ピーカンの青空に迎えられた。
空港ビル横の背の高いポールには、青、黄、赤、白、緑のセイシェルの国旗がたなびいている。
青はインド洋と空、黄は太陽、赤は友愛と情熱、白は正義と調和、緑は国土を表しているらしい。
5色の国旗は、濃いグラデーションの青空によく映えていた。
それなのに、空港からホテルの送迎バスで山を越え、島の反対側のバルバロン湾に着いた午後3時にはまたたく間に暗く厚い雲が垂れ込めていた。
セイシェルは、年間を通じて24度~29度と温暖な海洋性気候である。
熱帯性ですごく暑いイメージがあるが、理科年表からある年の8月を比べてみると、首都ヴィクトリアの平均気温が26度に対し、東京は28.5度である。
平均湿度は80%で熱帯性気候にあたるが、台風や強風の暴風圏からははずれている。
南東貿易風が吹く5~10月は雨が少なく、残りの時期が雨季になる。
西北からモンスーンが吹く11月~4月は大雨になることもある。
一年を通してしばしば激しいスコールが降るが、雨が一日中降ることはないらしい。
私たちが訪れたのは8月だ。
ホテルに到着後、部屋で一休みしたあと中庭のプールで泳いでいると、すごいスコールに遭った。
世界一の夕陽は拝めるのだろうか?
太陽が沈みだす時間帯になったが、バルバロン湾から眺める水平線はいまだ厚い雲に覆われたままだ。
しかし、そのとき私はうっすら気づいたのだ。
「もしかして?」
水平線を覆う雲だけではない。
夕陽が見られそうにない、ある決定的な条件を。
私たちはマヘ島のバルバロン湾にいる。
リゾートホテルが連なるヴォー・バロン湾のホテルより、プライベートビーチ感があるここを選んだ。
しかし、この湾からは太陽が沈むのがどうやら海にではないようなのだ。
太陽の軌道からすると、湾の入り江の向こう、山に沈むようなのだ。
水平線に夕陽が沈むのがまともに見えそうなのは、島の反対側。
つまり、島の南東部ヴォー・バロン湾側などは格好のビューポイントになるのだろう。
どうりでヴォー・バロン湾にリゾートホテルが集中しているはずだ。
今から、ヴォー・バロンまで行ったのでは日没後だ。
夕陽を求めてどこかへ移動しなければ。
海岸線をひたすら歩いてみるか?
それともバスで空港側やヴィクトリア市へ向かうか?
セイシェルの夕陽。
頭のなかで連呼しだし、こだまする。
「セイシェルの夕陽が~~♪」
やはり歌詞は、そこから先に進まない。
――果たして私は、無事、「セイシェルの夕陽」を口ずさめるのであろうか?――
しかし、その前に問題がある。
「世界一の夕陽が沈む海岸線にどう行けばよいのか?」である。
――― そう、「どう行けばよいのか?」 ――――。
穏やかそうでも波は荒く

どこへいった?「セイシェルの夕陽♪が~~~」

一日のうちわずかでも激しいスコールに遭う



 そもそも、セイシェルへは「どう行けばよいのか?」
セイシェルを地球儀であらためて見てみると、本当にセイシェル諸島はインド洋のど真ん中にある。
インド洋のど真ん中と表現するのはいいのだが、では具体的にそこがどこなのかを説明するのはなかなか難しい。
インド洋がインド沖の海とインプットされていると、多くのひとはモルディブあたりをさしそうである。
現に、ハニーは、ドバイからセイシェルへ向かう機内で、「セイシェルってどこにあるん?あ、ここか?」と、モルディブをさしておりましたが、なにか。
「ブッブー!はずれ!っていうか、行くとこくらい知っとけよ!」
「なにいよん!どこに行くかも教えんと情報全然流さんくせに!じいちゃんとばあちゃんに『どこ行くかもうわかったん?』いうて行く間際まで何度も聞かれたわ!」
「どこへ連れてってくれるか?いうワクワク感あろわい?まぁそれに、ワシのことじゃけん、ヨーロッパとかでないことはたしかじゃわな(笑)」
「ワシでなかったんでええけん、ヨーロッパがええわ!」
「なんじゃそりゃ?」
セイシェルはインド亜大陸よりもアフリカ大陸のほうがまだ近い。
バオバブの大木やワオキツネザルがわんさといるマダガスカル島の北の突先にあるババボンビ岬のすぐ左上。
そこは、15万頭ものゾウガメがわんさといるアルダブラ環礁がある。
アルダブラ環礁から左下に少し線を結ぶとコモロ共和国の島がある。
コモロからアフリカ大陸モザンビークはすぐそこの距離だ。
一方、ケニアの港町モンバサから東に直線で進み、ほぼ同緯度の位置にはマヘ島がある。
アフリカ大陸東部のほぼ中心ケニアから南部のマダガスカル島までセイシェルの島嶼が点在している。
これらの島々に、どこからどう行けば一番よいのかもわかりづらい。
距離ばかりか行く方法を考えると、ツアーが盛んな南極のほうがまだ近い気がする。
日本の裏側ブラジルよりもある意味セイシェルはまだ遠く、すなわち地球上で一番遠い国のひとつであるという錯覚さえ覚えてくる。
もちろん、日本からセイシェルへ直行便はない。
最短距離で身近な渡航手段は、日本からシンガポール経由で行くことである。
国営セイシェル航空が週1便水曜日、シンガポールから直行便を出している。
シンガポールからマヘまでは案外近く、約6時間30分である。
セイシェル航空はパリ、ロンドン、マドリッド、ローマなどヨーロッパ主要都市にも就航している。
ほかに、モーリシャスの首都ポートピアとマヘを週4便結んでいる。
セイシェル航空以外では、近年、石油資源によるハブ&スポークネットワークの運営戦略上、アラブ首長国連邦のエミレーツ航空が、ドバイ―マヘ間を週2便運行している。
また、カタールのナショナルフラッグ、カタール航空もドーハ―マヘ間を同じく週2便運航。
私は、迷わずドバイ経由セイシェル行きの旅程を組んだ。
近年、都市開発が著しいバブル絶頂期のドバイもついでに楽しもうという算段だ。
旅人なら誰もがわくわくするはずだ。
砂漠の摩天楼都市ドバイと地上の楽園セイシェル。
1度で2度以上おいしい旅はそんなにない。
しかし、そのおいしいはずのドバイで散々な目に遭うことになる。
なに、命に別状はないし、健康も良好で、なにか被害に遭ったわけでもない。
多くは語りたくないが、私のなかでドバイ旅行は打ち消されている。

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