犬も歩けば某(ボウ)に当たる



~~~~~夢~~~~~~


いままでいろんな人と夢というものを語ったことがある。
僕にとっての夢というものはいくつかある。それは音楽の流れのなかで自分の声を聞いてくれる人、
聞きたいと思ってくれる人が増えることやある人と幸せに平凡な日々を暮らすことでもある。
けれども、最近はそんな夢よりもたった一つの夢をたくさんみるようになった。
その夢とは自分がどこまでいけるかを確かめたいという夢だ。漠然であり、釈然としない夢なのだが、
いままで、適当にしてきた夢を、語るだけでしかなかった夢が見えてきた。
そんな中で、大切な人が社会人という人間として一つ上(責任や社会的地位などに関して)になって、
そんな人がそばにいるのだから、自分は漠然と生きることを良しとしない自分、
自分がいかに小さい人間かということを最近いろんな場面で感じ、
小さいながらも、もがいて、やれるだけやって、その先にまたなにか見えるかを確認したい自分、
自分のなかでいろんなことに追い込まれ、なにかにぶつけてしまう自分、
すべてがぐちゃぐちゃに混じり、時々すべてを捨てたくなる。
いままで作り上げてきた砂の城やトランプタワーをくずすように簡単につぶせる。
けれども修復にはいくつもの時間がかかってしまう。
冷静に考えると捨てることは簡単なものだ。

いろんなプレッシャーに負けそうになることもある。
情けないかもしれないけど、大切なあの人がいなければすでに負けていただろう。
そんな大切な人もいまではプレッシャーの要素になる要因でもあるのだが、
その人はいつも支えてくれている。
負けるときだってある。
むしろ、負けるときの方が多い。
いままでも、中学、高校、大学と受験というもので自分の最も行きたい所にはいけなかった。
けれども、いまでは夢が見えるくらいまで来れた。
小さな夢かもしれないけれど、僕にとっては大事な夢だ。
その夢を勝ちとるときだけ勝てばいい。
最後の最後で自分に負けなければいい。
それは、夢をあきらめないことだ。

だからこそ今は、その夢に向けて全力でいきたい。
支えてくれた人、支えてくれている人、
全てに対し自分なりの恩返しである。

去年の暮に、すごく大切な人のひとりを失った。失うべき人であるのだが。
けれども、その人は無言で戦い続けて、負けるべくして負けた。
いまでもハッキリと覚えている。
その人の力強さと、意思の強さ。
そして、人の一生の儚さ。

人に与えられた時間は一定ではない。
私が夢を追いかけれる時間はもうないのかもしれない。
けれども、意思だけは変えたくないし、その意思を尊重したい。
いままで音楽に接してきた時間と比べて音楽をする時間は限りなく減ってきている。
音楽を嫌いになったわけではないし、いつまでも歌っていたい。
そんな葛藤する中で、特別器用ではない僕ができることは
ひたすら走りつづけること。
そして、ときどき倒れて、また走りつづけること。
やりたいこと全てに全力でやる。
単純だけど、それが最も最良なのかもしれない。
ばかの一つ覚えでもいいし、単純にばかでもいい。
いまやりたいこと、やるべきことに対して純粋になり、
追いつづけることが自分の夢なのかもしれない


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