それゆけ!派遣社員! ~研究所編~

それゆけ!派遣社員! ~研究所編~

研究所を探検





「じゃあ、今から、仕事の説明をするね。」と、山中さん。

「はいっ。」

私は、気をとりなおし、気持ちを引き締めた。


「そこのトレイに、たくさん書類、溜まってるでしょう?」

「ええ。」

確かに、トレイには書類が山積みだった。


「実はねぇ、前任の人は、急病で辞めちゃったんだよ。

 だから、引き継ぎもないし、マニュアルもないんだよねぇ。」


「えええっっっ!」 思わず大きい声を出してしまった私。

周りの視線を感じて、あわてて声を小さくした。


「あの…。 引継ぎがない。 マニュアルがない…ということは

 お仕事の内容は、どなたが教えて下さるでしょうか…?」

と、恐る恐る聞いてみた。


「それなんだけど…、それぞれの書類の提出先が違うから、とりあえず

 総務とか、他の部署とか、適当に聞いて処理してくれるかなぁ?」


( ええええええっっっ。 ありえないっ。 ありえない~っっ!!! )


私は完全に、動揺していた。

研究所ということで、書類の名前も一般企業では、見ないものが多い上に

引継ぎがない、マニュアルもない…という仕事は初めてのことだったからだ。


そんな私のテンションの低さに気付いたのか、山中さんはこう言った。

「じゃぁ、まず、最初の仕事は、研究所見学にしましょう。」

「は?」


「研究所内で、磯部さんが迷子になったら困るからね。」

と、言いながら、部屋を出ようとする山中さん。

私も慌てて後を追った。


( あんなに書類がたまってるのに、いいのかなぁ…。 )

そう心配する、私をよそに


「ほら、あそこに桜の木があるでしょう。満開の時はキレイだったよ。」

などと、言いながら廊下を歩いていく。

まるで、散歩でもしているようだ。


確かに建物は広く、迷子になってしまいそうだった。

歩いているうちに何人もの人達と出会う。

その度に、私は何か違和感を感じていた。


そして気が付いた。

誰も、挨拶をしないのだ。

どこの会社でも、社内の者同士なら、挨拶したり会釈するのは当然だった。

でも、ここでは、誰も何もしないのだ。


さらに数分後、奇妙な人が歩いてくることに気付いた。

最初は気のせい? と思ったが、気のせいじゃなかった。


その人は、なんと、指揮者のように4拍子を手で振りながら

歩いているのだ…。


すれ違う時に、横目でさりげな~くちらっと見たが

気のせいでも、見間違いでもなかった…。


その人とすれ違った後、山中さんに聞きたかったが

「あの人は、何をしているんですか?」と聞くわけにもいかず

とうとう何も言い出せなかった。


そしてまた山中さんも、何事もなかったように平然としていた…。


朝出会った、あの「倒れそうなぐらい前かがみで歩いていた人」を

思い出し、また憂鬱になった。


( やっぱり、ちょっと嫌な予感がする…。

  仕事のこともあるし、派遣会社に言って変えてもらおうかな…。 )


そんな私の気持ちをよそに、山中さんは、総務の場所や、食堂、売店、図書館など

いろいろな場所に案内してくれた。


そして、売店を出た時、理髪店の前にある、赤と青のくるくるまわるものが目に入った。

「山中さん、あれは…?」

「ああ。 あれは床屋さん。 僕も常連なんだよ。」


「ええっ! すごいですね。 会社の中に床屋さんがあるなんて。」

「そう? 僕はずっとこの会社だからね。 そう言われればそうなのかな。」


( なんだか違う。 やっぱり違うっ。 )


そして、自分達の部署に帰る途中、ある部屋の前で止まった。

表には、何も書いていない部屋だった。


「ここはね、休憩室なんだよ。 さぁ、どうぞ。」

私は促されるように中に入った。


その部屋は、まさに、『休憩室』だった。

畳のコーナーで、寝ている人…。

マッサージチェアで、マッサージをしながら寝ている人…。


私は思わず、自分の時計を見た。

今日は10時出社だったので、時計は11時前だった。

( 午前中から寝てるなんて…。 )

私にとっては、信じられない光景だった…。


先週まで働いていた会社は、ものすごく忙しくて

休憩室があるどころか、喫煙室にも長い時間はいられないような

会社だったからだ…。


「磯野さんも、疲れたら、ここで寝ればいいよ。」

山中さんは、笑顔で言ってくれた。

「ありがとうございます。」

そう笑顔で答えながら、心の中では、2度と来ないだろうなと思っていた…。



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