JEDIMANの瞑想室

JEDIMANの瞑想室

最終章 FALL<堕落> <1>




<アイ>の3連砲が火を噴いた。
埠頭から<アイ>を攻撃していたヴェノムが一瞬で吹き飛ばされる。
それは、戦いの幕開けだった。
<アイ>の後ろには、何十隻という数の戦艦が続いていた。
上空を日本保安軍のF-16が編隊を組んで大量に飛んでいる。
飛行機雲が尾をひいていた。
戦艦からミサイルが放たれ、焼け野原と化したサンフランシスコに落ちた。
フィアがばらばらに吹っ飛ばされる。
輸送船が港に接岸し、それっ、とばかりに戦車や兵士が降りてくる。
フィアが物陰からブラスターを撃ちまくり、兵士を牽制している。
別の場所では、ヴィシスと兵士達が死闘を繰り広げていた。
ヴィシスの牙に、兵士が次々に八つ裂きにされていく。
と、次の瞬間、兵士の1人がヴィシスに抱きついた。
閃光が走る。
抱きついた兵士の腰の手榴弾が爆発したのだ。
煙が晴れた時、そこには胴体を焼ききられたヴィシスと英雄の骸があった。
「…………グラント大統領も少しは役にたってくれたな」
ブライドンは<ヴァルキリー>のブリッジでつぶやいた。
核のおかげでサンフランシスコは焼け野原となり、敵は丸腰同然なのだ。
しかし、フィアも素早く対応していた。
既に警備塔や防衛ポストがいくつも焼け野原に設置され、大量のフィアやグールがそれを守っている。
<アイ>が再び主砲を放つのが見えた。
警備塔がいともあっさりと吹き飛ぶ。
『港のランディング・ゾーンを確保した!』
朗報が通信機から伝えられる。
ブライドンは大きく頷いた。
「よし。これで地上軍が進入できる。我々は援護に徹せよ!砲撃を強化!」
「…………ローグ……」
ブリッジの片隅で、リアナは不安げにつぶやいた。



「あれが………<タワー>か………」
クロウはヘリの窓から見える、灰色かつ銀色という奇妙な光沢を持った<タワー>を見つめた。
末広がりの山のような形をしたタワーだ。
大量のヘリがタワーへと向かっていく。
セイバー・チームだ。
ヘリの中には精強な特殊部隊員達が乗っているのだ。
フィアの対空砲が地上から攻撃してくるが、<アイ>や他の戦艦からの攻撃がひどく、なかなかヘリを狙えていなかった。
『セイバー・チーム、攻撃を開始せよ』
通信機から最高司令官の声が聞こえてきた。
ヘリのパイロットが速度をあげる。
他のヘリも次々にタワーに急接近していた。
よし。
このまま突撃して―――
クロウがそう思った矢先だった。
突然、タワーを取り囲むかのように、青白いシールドが出現した。
ヘリの1機がまともに突っ込む。
そのヘリは一瞬で溶解し、爆発した。
「な、なんだ、これは!?」
ヘリのパイロットが慌てて後退し、狼狽して叫ぶ。
「シールドの一種だな」
ビッドがまじめくさって解説する。
シールドに<アイ>の砲弾が炸裂した。
しかし、砲弾はシールドに触れると溶解し、全く用を成さなかった。
「ど、どうすりゃいいんだ………」
リッドが困った様子でつぶやく。
「こんな鉄壁のガードが働いてたら……」
ローグがつぶやく。
「誰も……誰も中に入れないよ………」



「な、なんなんだ!?あのシールドは!」
ブライドンは<ヴァルキリー>のブリッジで混乱して叫んだ。
「あんなものがあるとは…………」
ブリッジに絶望的な雰囲気が流れた。
あれを突破できないのなら、作戦は頓挫する。
そして、それを突破する方法など無かった。
不気味にゆらめく青白いシールドが、まるで人類をあざわらっているようだ。
その時、リアナはリチャードが近くにいない事に気がついた。
「…………?」
トイレかしら、とリアナは一瞬思ったが、どうにも不安だった。
リアナはそっとブリッジを脱け出すと、リードを捜し始めた。



リードはすぐに見つかった。
<ヴァルキリー>の舳先に立ち、目を閉じて両腕を広げていたのだ。
タイタニックごっこだろうか。
リアナは一瞬そう考えたが、すぐにその考えを打ち消した。
リードの背中から、なにか危機迫るものを感じたのだ。
「…………なにしてるの?」
リアナはできる限り明るい調子で訊いた。
リードは汗をかき、目を閉じたままかぶりを振った。
「声が………するんだ………」
「声?」
訊いてから、リアナは勘づいた。
嫌な汗が背筋を流れる。
「まさか………<マザー>?」
リードはゆっくりと頷いた。
「僕に………還れ(かえれ)ってささやいてる」
彼はそう言うと、激しく身震いした。
「リアナ!僕が僕じゃなくなる気がする!こわいよ!」
リアナはリードに駆け寄り、思い切り抱き締めた。
「大丈夫!大丈夫だよ、リード…………」
「………………ありがと、リアナ……」
しばらくして、リードは安心したように言った。
震えも収まっている。
良かった。
リアナは安心し、リードの頭を優しく撫でた。
「…………あれは?」
ようやく目を開いたリードが、タワーの周囲に展開したシールドに気づいた。
「シールドよ。あんな物があるなんて予想外だったわ。わたし達の負けは、確定的………」
リアナはため息をつき、説明した。
負け。
そう考えると、涙が出てくる。
自分達は、フィアを止める事ができないのだ。
「…………あのシールド、<マザー>がマインド・パワーで発生させてる」
リードが唐突に言った。
「だから………ぼくのテレパシーで逆に<マザー>に侵入すれば、あのシールドを消せるかもしれない。………一瞬だけど」
リアナは驚いてリードを見た。
「ほんとに!?」
リードはゆっくりと頷いた。
「でも、<マザー>の力は圧倒的すぎる。ぼくだけじゃ、数秒が限界だよ」
「ううん、それで十分よ、リード!」
リアナは嬉しそうに言うと、リードの手を引いて意気揚々とブリッジに向かった。



「リアナ・ブルックベルよ。セイバー・チームね?いい?よく聞いて」
リアナは<ヴァルキリー>のブリッジで、通信機に向かって喋っていた。
通信機の向こうでは、セイバー・チームの者達が聞いているはずだ。
「今からシールドを消すわ。でも、ほんのわずかな時間しかシールドは消せない。だから、その一瞬でシールド内に侵入して。……その後は増援も補給も送れなくなるわ………」
リアナはわずかに言葉を切り、言った。
「プレッシャーをかけたくないけど、セイバー・チーム、人類の命運はあなた達にかかっているわ。わたし達も戦うけど、せいぜい陽動が限界よ。ヨーロッパやニューヨーク、アフリカで戦ってる仲間達の命も、いえ、全世界の人類の命があなた達にかかっているわ。死なないために、死ぬ気で戦って。………あなた達を英雄として迎えられる時を………信じてる」
彼女は静かに通信機を切り、リードに頷きかけた。
リードが目を閉じ、意識を集中し始める。
テレパシーを通じて、<マザー>の思念体に侵入しようとしているのだ。
わずかな時間なら、<マザー>が発生させているシールドを消せるかもしれない。

数十秒後、シールドが消えた。



「よし!行くぞ!」
ヘリのパイロットは、フルスピードでシールドの境界線を突破した。
すぐ背後でシールドが復活し、ピシャンと閉じる。
近くを飛んでいたヘリの尾翼がシールドをかすめ、補助プロペラが吹き飛んだ。
そのヘリはくるくる回転しながらタワーに激突し、塵と化した。
「………背水の陣、だな」
ビッドがつぶやく。
タワーの周り、シールドの内側には、数十機のヘリが飛んでいた。
セイバー・チームだ。
「……………で、どこから侵入するんだ?」
シュナイダーが緊張した面持ちで訊く。
「………あのバルコニーはどうかな?」
ネイオがタワーにある、小さなバルコニーを指さした。
バルコニーではフィアが2体程、シールド内に侵入してきたヘリに慌てふためいている。
「よし!しっかり掴まってろ!」
パイロットはそう怒鳴ると、ヘリを一気にバルコニーへと寄せた。
フィア達が怒りの声をあげ、ブラスターを撃ちまくってくる。
レーザーがヘリに炸裂し、ガンガンと音をたてた。
「スタンバイ!」
シュナイダーが怒鳴り、扉に手をかけた。
ネイオとクロウが素早く銃を構える。
「行くぞ!Open combat!」
シュナイダーが叫び、一気に扉を開く。
猛烈な風が吹き込んできた。
クロウとネイオが開いた扉から銃撃する。
すぐにフィア達は倒れた。
「よし、いいぞ―――」
ビッドが口を開いた瞬間、ヘリが激しく揺れた。
「プロペラがやられた!ちぎれそうになってる!墜落するぞーっ!」
パイロットが悲鳴のごとく叫ぶ。
「急げ!飛び降りろ!」
クロウはそう叫ぶや否や、バルコニーに飛び降りた。
次々に仲間達が続く。
「早く!」
最後尾のローグは、コクピットにいるパイロットに怒鳴った。
パイロットが必死の形相でシートベルトを外そうとしている。
まさにその瞬間、プロペラがちぎれ飛んだ。
「――――ッ!」
ローグはとっさにバルコニーに向かって跳んだ。
ヘリは一気に墜落していき、パイロットを巻き添えにして砕け散った。
「………冥福を祈る」
クロウはバルコニーでつぶやき、振り返った。
他の仲間達は皆、大丈夫なようだ。
カトリーナが膝を若干擦りむいている程度である。
スコットがフィアの死体を蹴飛ばし、唾を吐いた。
「トカゲ野郎が」
フィアはただ、生気の無い目でスコットを見つめていた。



「セイバー・チーム、大多数が突入成功!タワーに接触できたセイバー・チームは約1000人です!」
<ヴァルキリー>のブリッジでオペレーターが叫んだ。
「ということは、人類の運命はその1000人に託されたというわけだな………」
ブライドンはそうつぶやき、倒れたリードを必死に介抱しているリアナを見やった。
「………我々は我々にできる事を全力でなさねば……」



ガシュッ!と音をたて、バルコニーからタワー内部へ通じる扉が開いた。
通路は変わった物だった。
丸いチューブのような通路で、灯りが左右上下についている。
通路の材質はフィア・メタルで、独特の黒い光沢を放っていた。
ローグは銃を構え、用心深く通路に踏み込んだ。
通路の先は真っ暗闇だ。
銃の先端についたレーザーポインターの赤い光が、漆黒の闇に吸い込まれていく。
「なぁ、ローグ」
突然、リッドがローグに話しかけた。
「なんですか?」
ローグが気を全く緩めずに返す。
「リアナちゃんの唇の味は?」
ローグは派手な音をたて、盛大にずっこけた。
「な、ななな!なにを言い出すんですか!?」
「いや~、青春野郎を見てたら……ね☆」
リッドがニヤニヤしながら言う。
しかし、ローグはリッドの顔にわずかに浮かんでいる怒りに気づいた。
「まさか……リッド……リアナの事が好きだったん」
ジャキッ!(リッドが笑顔で銃をローグに向けた音)
「……………」
「でも、まさに青春って奴だよな」
スコットが感慨深げにうんうんと頷く。
「俺にもそんな時代があったなぁ。女の子に声かけまくって―――」
「ことごとくフラれた」
「そう、ことごとく………って、ネイオさんよ!何を言わせんだ!
「事実だろ?」
「…………ま、ね」
「で」
リッドが笑顔でローグに詰め寄る。
「ラブラブなローグとリアナちゃんですが。もう2人で夜は過ごし―――」
「てるわけ無いじゃないですか!」
ローグがゆでダコになって叫ぶ。
「別に僕とリアナはそんな仲じゃ―――」
『ローグ!』(スコットの裏声)
『リアナ!もう君を離さないよ!』(リッド)
『ローグ!大好きよ!』(スコットです)
『僕もさ、リアナ!2人で熱い夜を過ごそうじゃないか!』(リッドですから)
『ローグ☆』(スコットですよ)
『リアナ☆』(リッドだってば)

アハハハハ………

ウフフフフ………

「―――って、違う!僕とリアナはそんなんじゃない!ていうか抱き合うな!キショイ!」
ローグは顔を真っ赤にし、熱い青春を演じてい抱き合っているリッドとスコットに怒鳴った。
「おい!いいかげん静かにしろ!」
シュナイダーが怒った調子で言う。
「俺達は遠足に来てるわけじゃないんだ!」
「シュナイダーの青春は?」
「あれは忘れもしない、8年前の雪が降った日だった………」
「何か語り始めた!?」



松崎は<せつな>の甲板から、激戦を繰り広げているサンフランシスコを眺めた。
フィアと人類が一進一退の攻防を繰り広げている。
死体がうず高く積もっていた。
「勝てる、かな」
松崎は側にいる長嶋に訊いた。
「セイバー・チームに任せるしかないだろ」
長嶋がてんで無頓着な様子で答える。
「俺達には、陽動くらいしかできないからな」
「………そうだな―――」
松崎が長嶋の言葉に頷きかけた瞬間、なんの前触れも無く、唐突に近くの戦艦が海中に引きずり込まれた。
「な、なんだ!?」
松崎は慌てて立ち上がり、戦艦が海に引きずり込まれた辺りを見回した。
戦艦から振り落とされた人々が、突然の事にパニックになりながら泳いでいる。
次の瞬間、その人々も次々に海中に引きずり込まれた。
盛大に水しぶきをあげ、海から8本の巨大なタコ足が出現した。
「クラーケンだーーーっ!」
日本保安軍の兵士がパニックになって叫ぶ。
近くの中国戦艦が機関砲をクラーケンに向かって撃ち始めた。
クラーケンがいらだたしげに弾を払い、中国戦艦にがんじがらめに巻きつく。
…………しばらくして、中国戦艦はその圧力に負け、ぐちゃぐちゃにつぶされた。
兵士達がパニックになり、次々にクラーケンの腕に捕らえられている。
松崎のすぐ近くで、<せつな>の主砲が火を噴いた。
近くの戦艦達も同じように攻撃している。
だが、クラーケンは想像以上に恐ろしいかった。
巨大なタコ足は大きくうねると、日本保安軍の護衛艦のわき腹に突き刺さった。
頑丈な船底が一瞬にして破壊され、一気に海水が流れ込んでいく。
瞬く間に、護衛艦は沈没した。
クラーケンは戦艦を破壊する手を休めなかった。
韓国の戦艦がその餌食となり、圧倒的な力で海中に引きずり込まれた。
味方の危機に気づいた<アイ>が、3連砲をクラーケンに向ける。
放たれた。
大きな水しぶきが3つあがった。
外れだ。
<アイ>の甲板を人影が走り回っている。
すぐに次弾が装填され、放たれた。
赤く、大量の血しぶき。
クラーケンの腕が1本、<アイ>の強力な砲撃にちぎれ飛んでいた。
柱のような腕が、大きな水しぶきをあげて海に落ちた。
轟くような悲鳴が響き渡る。
クラーケンは海中に引っ込んだ。

…………しばしの静寂。

次の瞬間、<アイ>の周りに7本の腕が出現した。



チューブのような通路をしばらく歩いていたローグ達は、唐突に広い場所に出た。
体育館ぐらいの広さで、相変わらず薄暗い。
今きた通路の他にも、部屋のあちこちに何ヵ所か通路が見えた。
フィア・メタルでできた金属の箱が隅っこにあった。
ローグは箱の陰から怪物がこちらをうかがっているような錯覚を覚えた。
天井は遥か高く、暗闇に支配されて何も見えない。
壁が冷たく笑っていた。
「不気味………」
カトリーナが小さな声でつぶやく。
「どこへ行く?」
リッドがいくつかある通路を指し示して言った。
通路は底なしの穴のようにぽっかりと口を開け、まるで彼らを闇へと誘おうとしているかのようだ。
「シュナイダー、決めろよ」
「いきなりそんな事言われても………」
シュナイダーは困った。
どの通路も、地獄への入り口に見える。
「じゃあ適当に―――」
シュナイダーがそこまで言った時、クロウが唇に指を当て、シッ、と静かに制した。
シュナイダーは慌てて口をつぐんだ。
不気味な程の静寂がおりる。
空気まで息を詰めているかのようだ。
…………目眩のしそうな程の静寂の中、足音が聞こえてきた。
1体ではない。
軍隊が行進しているようだ。
躍動的でリズミカル、それでいて言い様の無い恐怖をかきたてるその音は、どんどんこちらへ近づいてきた。
「隠れろ!」
アーサーが明らかに焦燥の色を顔に浮かべながら言う。
ローグは急いでフィア・メタルの箱の陰に隠れた。
箱は人が1人隠れるには十分な大きさだ。
他の者達も急いで箱の陰に隠れている。
床が揺れていた。
どんどん足音が近づいてきているのだ。
しばらくして、軍隊がこの部屋に入ってきた。
フィア・メタルの装甲服を纏ったフィア達だ。
フィアは手に手にブラスター・ライフルを持ち、規律正しく歩いていた。
中にはレーザー・ランチャーを持っている者までいる。
床を踏み鳴らして歩いていたフィア達は、素早く部屋の中で整列を組み、行進を止めた。
その数は軽く50体を超えているだろう。
上官らしいフィアが、蛇が這いずりまわるような不気味な言語で何か言った。
フィア達が一斉に何か答える。
「…………タワーに侵入したセイバー・チームを捜そうとしているのね」
ローグの隣でカトリーナが蚊の鳴くような声で囁く。
ローグは頷き、万が一の事態に備え、手にしたサブマシンガンを静かに構えた。
ずっしりとした金属の感覚が、不思議と心を落ち着ける。
隣のカトリーナがごくりと唾を飲むのがわかった。
恐怖がじわじわと伝わってくる。
なにせ、箱の向こうには50体を超えるフィアが整列し、上官の話を聞いているのだ。
ローグもできれば背中を押しつけているフィア・メタルに同化してしまいたかった。
ガンベルトが擦れ、わずかな音がする。
ローグは気を引き締め、息をこれまで以上に潜めた。銃のグリップが汗で滑る。
その時だった。

カシャーン!

ローグにとっては稲妻のような音が鳴り響いた。
カトリーナが緊張のあまり、手にしていたハンドガンを落としてしまったのだ。
グリップが汗で滑ったのだろう。
フィア達の注意が一斉にこちらに向いたのを、ローグは痛い程感じた。
隣ではカトリーナが顔面蒼白で、胸の十字架を握りしめている。
他の仲間達も一様に身体を固くしていた。
恐ろしい程の静寂。
フィアの上官が何事か命令した。
フィアが1体返事をし、ブラスター・ライフルを構え、まるで終わりを宣告する死神のようにひたひたと近づいてきた。
こうなっては、もはや逃れられない。
ローグは断頭台に膝まづいている気がした。
斧を持った処刑人が、だんだんと近づいてくるのだ。
いつの間にか、フィアはすぐ近くまで来ていた。
相手の呼吸が聞こえる程だ。
ローグはサブマシンガンを構え、箱の陰から飛び出した。
放たれたいくつもの銃弾がフィアの肉体を引き裂いていく。
フィアはずだ袋のようになり、身体中からどす黒い液体を噴出して倒れた。
ドサッという音が、まるで異世界の音楽のようにローグの耳に響く。
次の瞬間、凄絶な銃撃戦が始まった。



<アイ>の周りに直立した7本のクラーケンの腕は、さながらギリシャの荘厳な石柱を思わせた。
だが、それは力強い石柱などではなく、不気味な吸盤や大量のフジツボなどのついた悪魔の鉄槌だった。
松崎はその光景を、<せつな>の甲板から呆然と眺めていた。
<アイ>のクルー達がパニックに陥ったような叫び声をあげ、<アイ>の全武装が―――主砲から対空砲にいたるまで全ての火器が火を噴いた。
海が、揺れた。
いくつもの銃弾が空気を切り裂いて飛び、クラーケンの腕に襲いかかる。
だが、海の悪魔はその程度ではたじろがなかった。
クラーケンは次々にクルーを殺し始めた。
甲板を薙ぐように腕が動き、たくさんのクルー達が吹っ飛ばされていく。
まるで、巨大なほうきが人間というゴミを掃き散らかしているようだ。
機関砲が凄まじいスピードで弾を撃ち出している。
だが、クラーケンの腕に叩き潰され、一瞬で効を為さなくなった。
巨大な7つの鉄槌が甲板に穴を空け、突き破っていく。
兵士達がゴミ虫のようにあしらわれ、殺されていく。
松崎はなんとかその光景から目を離そうとした。
地獄のような光景が眼を焼き、悲鳴が脳を恐怖で揺さぶる。
だが、目をそらす事はできなかった。
松崎は涙を両目からとめどなく流しながら、殺戮に見いった。
クラーケンの腕が主砲の砲身を捻り、使用不能にしている。
砲身を捻るなど、とんでもない怪力だ。
<アイ>は今まさに、撃沈の時を迎えようとしていた。
水が艦内に浸入している。
船底をクラーケンの口が噛み裂いているのだ。
クラーケンの口が見えた。
ダイオウイカのようなクチバシが、底無しの穴にしか見えない口についている。
それは鋭利なカミソリのように金属を切り裂いていた。
<アイ>が真ん中から真っ二つに割れる。
<アイ>が壮絶な悲鳴をあげた。
それは<アイ>の金属が引き裂かれる音だったが、少なくとも松崎には悲鳴に聞こえた。
いたずらな海が、海面に浮かんでいるクルーを波に巻いている。
クラーケンは最後まで容赦せず、超弩級艦に腕を絡め、海の底へと引きずりこんだ。
世界一を誇った巨艦は、海の悪魔に敗北した。



リッドはサブマシンガンを撃ちながら、周りの状況を素早く調べた。
ここは体育館程の広さのある部屋だ。
天井は高すぎて暗闇に支配されており、何があるのか判断不能。
リッド達は部屋の隅にあった小さめのコンテナを盾に戦っていた。
こちらは遮蔽物を盾にし、敵に隠れる場所は無い。
だが、そんな事など問題にならないほどの数を敵は擁していた。
今の自分達は、グンタイアリの大群に襲われ、必死にあがいている死にかけのセミと等しいだろう。
グンタイアリに襲われたセミには、もちろん死しか待っていない。
「おい、逃げるぞ!」
リッドは銃声がひっきりなしに轟く中、近くの通路を示した。
赤い閃光のようなレーザーの嵐が襲ってきているが、そこまでたどり着くしかないだろう。
死地を切り抜けるにはそれしかない。
「ビッド!援護するから、あの通路に行け!」
リッドはコンテナの陰から銃を撃ちながら叫んだ。
銃身は熱く、装填するたびに指が火傷しそうだ。
ビッドが頷く。
了承した、という事だろう。
リッドは腰のガンベルトに手を伸ばし、フラッシュ・グレネードを手にした。
ずっしりとした冷たい円筒を手のひらで転がしながら、リッドは機を待った。
ビッドが銃を再装填し、スタンバイする。
リッドは頷き、円筒を投げた。
直後、まぶしすぎる光が溢れた。
フィアの狼狽した悲鳴があがる。
それは幾重にも連なり、まるでタワー全体が悲鳴をあげているかのようだった。
ビッドがハンドガンを撃ちながら走り出す。
ローラナがライフルでフィアを撃ち倒し、彼を援護した。
ビッドが一目散に駆け、通路に飛び込む。
「よし、いいぞ!次はネイオ―――」
リッドがそこまで言った時、悲鳴が響き、ビッドが今入ったばかりの通路から転がるように逃げ出してきた。
まるで、自らがのこのこ入っていった穴が、獣の大口であったかのように。
「ビッド、どうし―――」
リッドが驚いてビッドに訊いたその瞬間、ビッドはわき腹にレーザーを受け、倒されたカカシのようにバタリと床に伏した。
「ビッド!」
ローラナが悲鳴をあげる。
しかし、リッドの目はビッドが逃げてきた通路に釘付けになっていた。
そこからのっそりと現れたのは、通路を埋めんばかりの巨体と、20メートル、いや、もしかしたらそれ以上あるかもしれない長さを持つ、化け物じみたヴィシスだった。



クラーケンは<アイ>を沈めた後も、容赦無く他の戦艦を葬っていた。
巨大な7本の腕が暴れまわる様は、さながら竜巻がそこかしこを駆け巡っているようだ。
また1つ、ヘリが中空から叩き墜とされ、海面にぶつかって無惨にも粉々になった。
<せつな>の甲板に設置された機関砲や対空砲が、必死にクラーケンを攻撃する。
しかし、海の悪魔はひるむどころかますます怒り狂った。
クラーケンの腕の1本が急速に<せつな>に接近してきた。
それは甲板に這い上がると、まるで人がアリを踏み潰すかのように、無造作に人間を潰し始めた。
クラーケンの腕が甲板に叩きつけられるたびに血飛沫が飛び、甲板がへこむ。
松崎はそんな惨状に戦慄しながら、長嶋を庇い、甲板に開いたハッチから内部に逃げ込んだ。
別の兵士も逃げ込んでくる。
しかし、クラーケンの腕はハッチに潜り込み、先端でその兵士の足を掴んだ。
兵士が派手に転び、ずるずると腕に引きずられていく。
兵士の助けを求める悲鳴を聞いた松崎と長嶋は慌てて振り返り、兵士の両腕をそれぞれ掴んだ。
ここに、まるで勝負にならない綱引きが始まった。
かたや、非力な人間2人。
かたや、戦艦ですら薄っぺらなティッシュのように締め潰す怪物。
ほんのわずかに抗った後、松崎と長嶋は耐えきれずに手を放した。
兵士が悲鳴をこだまさせながら視界から消え去る。
松崎は呆然としていたが、長嶋に叱咤されて立ち上がった。
「早くしろ!奴が戻ってくるかも………」
長嶋が焦燥にかられた表情で言う。
松崎はよろよろと長嶋の後を追った。
逃げ場などない。
そう思いながら。



アーサーはもう何度も同じ行動を繰り返していた。
手にしたアサルト・ライフルを撃ち、ガンベルトに手を伸ばして薬莢を取り、それをシリンダーに詰め、再び撃つ。
だが、敵はまるで生ゴミにたかる醜い蛆虫のようにキリが無かった。
レーザーが死をもたらす紅い嵐となって彼を襲う。
アーサーはコンテナに身を隠し、再びシリンダーに弾を込めた。
熱くなった弾室が指先を焼く。
その時、アーサーは危うくライフルを落としかけた。
猛烈な戦吼が轟いたのだ。
見やると、通路から化け物のようなヴィシスが這い出てきていた。
今まで見たどのヴィシスよりもはるかに巨大だ。
フィア達が吼え返し、この強力な助っ人を歓迎している。
アーサーは絶望に襲われた。
たくさんのフィア。
巨大なヴィシス。
死ぬのか。
アーサーは思った。
死ぬのは怖くない。
だが、今死ぬのだけは願い下げだった。
Uウイルスを野放しにして逝くつもりなどさらさらない。
その時だった。
神が気まぐれで小石を下界に投げ落としたかのように、何かが遥か上の暗闇から落ちてきた。
それも、いくつも。
それらは床に落ち、数回跳ねてコロコロと転がった。
フィアが突然落ちてきた円筒状の物体に興味を抱き、ためつすがめつ眺めている。
最後の瞬間、アーサーはその円筒の正体に気づき、とっさに叫んだ。
「伏せろ!」
次の瞬間、上の暗闇から落ちてきたたくさんの手榴弾が爆発した。
フィア達が悲鳴をあげ、吹き飛ばされる。
腕や足、さらには見るに耐えない物までバラバラに飛び散った。
フィアの苦痛に喘ぐ声がアーサーの脳に響く。
手榴弾はフィア達の腰についていた彼らの手榴弾まで誘爆した。
対人手榴弾から破片が凶器となって飛び散り、次々にフィアを殺傷していく。
一瞬の内にたくさんのフィアが倒れた。
さらに、まるで闇夜から降臨する天使のごとく、上の暗闇から武装した人間達が降りてきた。
アンカー・ロープをどこかに取りつけ、滑り降りてきたのだ。
彼らは懸垂ロープを掴み、降下しながら手にした銃を撃ちまくった。
銃撃の際の閃光が一瞬まぶしく辺りを照らす。
武装した人間達は次々に床に降り立ち、完全に混乱しているフィアを殺しまくった。
ヴィシスが怒り狂った声をあげ、近くにいた兵士を丸のみした。
「ビッド!」
ローラナが叫び、敵の攻撃を受けて倒れたビッドに駆け寄っている。
「どこの所属だ!?」
クロウが武装した人間達に訊いていた。
「デルタ・フォースだ!」
兵士の1人がサブマシンガンを撃ちながら答えた。
デルタ・フォース。
3大特殊部隊の一翼。
アメリカ屈指の精鋭だ。
「君達は!?」
デルタ・フォースの隊員が訊く。
「<SAF>だ!」
クロウは答えるや否や、振り向きざまにライフルを棍棒のごとく振り回した。
彼の背後から殴りかかったフィアが逆に殴り倒される。
デルタ・フォースは猿が蔦を滑り降りるがごとく、次々にアンカー・ロープを伝って降りてきた。
上は暗闇に支配されているが吹き抜けになっており、そこから手榴弾を落とし、ロープを設置して降下してきたのだろう。
思わぬ援軍を得た<SAF>は、敵を押し返し始めた。
形勢の不利を悟ったフィアは、ヴィシスの元に集結し、態勢の立て直しをはかっている。
ヴィシスを見たとき、さすがのデルタ・フォースの隊員達も唖然とした。
ヴィシスはそれほどまでに圧倒的だった。
ヴィシスの黒い皮膚が、わずかな光を不気味に反射している。
白い濁眼は血走り――どす黒い血だ――深淵を灯す業火のように爛々と光っていた。
「…………スタンバイ」
クロウは静かに言った。
仲間達やデルタ・フォースがヴィシスに照準を向ける。
クロウは微動だにしないヴィシスを、穴があく程見つめた。
本当に穴があいてくれれば苦労はしないのだが(クロウだけに)、実際に穴をあけるのは銃弾だ。
「……………撃て!」
クロウは怒鳴った。
銃器が一斉に火を噴いた。
ヴィシスは銃弾を受けた。
皮膚に穴があく。
ヴィシスは微動だにもしなかった。
Uウイルスの持つ驚異的な回復能力により、穴が徐々にふさがっていく。
哄笑が響いた。
クロウは、いや、その場にいた人間全てが戦慄した。
部屋に響く、虚ろで侮蔑的でゾッとするような哄笑―――
笑っていたのは、フィアだった。
フィア達が軽蔑もあらわに哄笑している。
まるで、障害者が砂場の砂を数えているのを見て笑っている不良のように。
その哄笑は永遠に続くかのようだった。
だが、実際にはすぐに終わりが来た。
銃声が鳴り響いたのだ。
それも、立て続けに。
生き残っていたフィア達は、残らず脳髄に銃弾を受けて死んでいた。
「相手を嘲笑できるのは、そいつを死体にした奴だけだ」
クロウはハンドガンを構えたまま言った。
ハンドガンの銃口からは、まるで墓標のように硝煙が漂っている。
「そうだろ?デカブツ」
クロウはヴィシスに言った。
ヴィシスは答えなかった。
ただ、血走った眼でクロウを睨んでいるだけだ。
「さあ、勝負だ。どちらが―――」
クロウはライフルを構え、薬莢をシリンダーにいれた。
「―――相手を嘲笑できるか」



クラーケンは今や、全ての腕で<せつな>を攻撃していた。
クラーケンの腕が甲板を粉砕し、兵士を絞め殺す。
兵士達は抵抗もできないまま、ひたすらに<せつな>を逃げ回った。
しかし、だめだった。
死地の甲板から逃れ、<せつな>内部へと避難しても、クラーケンはハッチを器用に開け、ずるりと入りこんできた。
ぬめぬめとした腕が、必死に隠れようとしている兵士をいとも簡単に捕らえ、海中へと連れ去っていく。
松崎は背後から迫ってきた、眼も口もない大蛇のようなクラーケンの腕に発砲した。
分厚い肉が、ぶるぶると震える。
だが、まるで効果が無いようだった。
「隼人!入れ!」
行く手のドアを開けた長嶋が怒鳴る。
松崎はすかさず飛び込んだ。
長嶋が急いでドアを閉め、鍵をかける。
「よし!行くぞ!」
「よし!じゃない!」
突然、別の声が降ってわいた。
見やると、通路の奥から男がずかずかと歩いてきていた。
手には斧を持っている。
「か、川口艦長!?」
松崎と長嶋は慌てて敬礼した。
川口はそれには目もふらず、鍵をかけたドアに、斧をうまいぐあいにつっかい棒にした。
向こうからクラーケンがドアを開けようとしている。
だが、斧のつっかい棒のせいで無理なようだった。
松崎は安心のため息をつき、すっかり疲労困憊の様子の川口に向き直った。
「艦長、どうしてここに………」
「…………ブリッジは完全に破壊された」
川口は疲れきったように答えた。
「甲板も恐ろしい状況だ。<せつな>が沈むのも遠くないだろう………」
「…………何か……何か、奴を倒す策は無いんですか!?」
松崎はこらえきれずに叫んだ。
彼の心の中では、海の悪魔に対する殺意がふつふつと煮たっていた。
川口がゆっくりと顔をあげる。
「無くは、無い」
次の瞬間、閉じていたドアを無理矢理弾き飛ばし、クラーケンの腕が侵入してきた。



ヴィシスはタワーを揺らさんばかりの戦吼をあげると、その長大な尾を振り回した。
いきなりの攻撃に、デルタ・フォースの何人かがかわしきれずに吹っ飛ぶ。
クロウはライフルを構えると、目にもとまらぬ速さでヴィシスの眼を狙った。
指が容赦無くトリガーを引く。
銃弾が飛び出し、狙いたがわずヴィシスの眼に飛んだ。
しかし、予想外の事が起きた。
ヴィシスが避けたのだ。
銃弾は結局、ヴィシスの肌をかすめただけだった。
―――見切った!?
クロウは愕然とした。
彼の狙撃が当たらない敵など、今までいなかった。
しかし、このヴィシスは―――
「クロウ!」
アーサーの声に、クロウは我にかえった。
ヴィシスが牙を閃かせ、猛然と飛びかかってくる。
「くっ………」
クロウは側転して難を逃れ、目の前にあるヴィシスの顔にハンドガンを撃ちまくった。
銃弾がビチビチと肉を裂いていく。
ヴィシスは再び吼えると、側頭部をクロウにぶつけた。
クロウがもんどりうって倒れる。
アーサーはライフルを撃ち、ヴィシスの気をクロウから自らに向けた。
スコットがサブマシンガンのグレネード投擲機に手榴弾を装填している。
アーサーは彼がそれを撃つのを待っていた。
ヴィシスが目にも止まらぬ速さでアーサーに襲いかかる。
アーサーはそんなヴィシスの顔面真正面にライフルを撃ち込んだ。
ヴィシスが痛みに悲鳴をあげる。
次の瞬間、グレネードを装填し終えたスコットが手榴弾を撃った。
投擲機から飛ばされた手榴弾はヴィシスとはまるで違う方向へ飛んでいった。
「へたくそーっ!」
「ごめーん!」
怒鳴ったアーサーにスコットがあやまる。
だが、アーサーはそれに答えている暇などなかった。
ヴィシスが顔を次々に繰り出し、アーサーを噛もうとしていた。
そのたびに大人1人を軽く丸のみできる巨大な口が開き、ずらりと並んだ牙が光った。
アーサーは必死に後退しながら、シリンダーに銃弾を装填した。
だが、ヴィシスは銃弾などものともしていない。

―――勝てるのだろうか

アーサーの脳裏に、絶望に似た思いがちらりと走った。



ローラナは横たわるビッドをめだたない場所へと引きずり、必死に治療していた。
わき腹に空いた穴から、血がわきだしてくる。
「う………」
ビッドが身じろぎした。
「動かないで」
ローラナは鋭く命じると、ビッドの上着を裂き、傷口に巻いた。
ビッドの身体から生命が抜けていくのを、布が少しは抑えてくれるだろう。
ローラナは仲間達を見た。
さんざんにやられていた。
ヴィシスは執拗にアーサーを狙っている。
アーサーは執念深い殺人犯の攻撃を必死にかわし続けている。
後ろへさがり、側転し、跳躍する。
その様子は、まるでおどけているピエロのようだ。
もちろん、顔を必死のぎょうそうに歪めたピエロだが。
リッドやローグがサブマシンガンをヴィシスに撃っているが、まったく効果があがっていない。
あれでは、底知れぬ沼に、必死に硬貨を投げ込んでいるのと一緒だ。
クロウはのびているし、ネイオとシュナイダーは倒れたデルタ・フォースの兵士を介抱している。
スコットといえば、グレネード投擲器に再び手榴弾を装填していた。
…………またはずすのだろう。
「ビッド、ここを動かないでよ。いい?」
ローラナはビッドに念を押すと、ライフルを手にして立ち上がった。
彼女は駆け出しながらガンベルトに手をのばし、弾を手にするとライフルに装填した。
ヴィシスがアーサーを壁に追い詰めている。
ローラナは立ち止まり、ライフルを構えた。
手になじんだライフルの撃鉄を起こし、片目を閉じて慎重に狙いを定める。
さっきから<SAF>の仲間達やデルタ・フォースが銃を撃ちまくっているが、ヴィシスの皮膚はそれをなんなく吸収してしまう。
となると、狙うべきはただ一ヶ所。
ローラナは狙撃に自信がある方ではなかったが、この際つべこべ言ってられなかった。
これは絶対にはずしてはならない。
はずせば、壁に追い詰められたアーサーが死ぬ。
時間をかけすぎてもダメだ。
アーサーは今にも食いつかれんばかりだ。
まだだ………
まだだ……………
ヴィシスが大きく口を開け、咆哮を放った。
大量の牙が目眩を誘う。
ローラナは待っていた。
ヴィシスが獲物にとどめを刺すため、身構える時を。
ヴィシスがしなり、直後に動きを止めた。
―――今!!
ローラナは迷わず引き金を引いた。
重い発射音。
銃弾が見事にヴィシスの片目を貫いた。
ヴィシスが絶叫をあげる。
次の瞬間、ヴィシスの側頭部にグレネードが命中した。
爆発が起き、肉片と血が飛び散った。
「よっしゃあ!見ただろ?」
スコットが大きく拳を突き上げている。
どうやら彼が撃ったらしい。
「このスコット様の手にかかれば、こんなアオダイショウなんぞ―――」
スコットは最後まで言えなかった。
ヴィシスの尾がムチのように一気にしなり、スコットの胸を思い切り強打したのだ。
スコットはゴムまりのように吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
顔の片側が焼け焦げたヴィシスが、怒りに満ちた声をあげ、ゆっくりと身体を起こす。
怒気は空気を煮えたたせんばかりだ。
次の瞬間、ヴィシスは咆哮をあげ、猛然とローラナに襲いかかった。
ローラナはあまりの事に動けなかった。
ヴィシスが口を開け、猛スピードで迫ってくる。
しかし、ローラナには妙にゆっくりに感じた。
まるで画面が処理落ちしたかのようにスローモーションだ。
ローラナはぼんやりと思った。
あたし、死ぬんだ。
ヴィシスがどんどん迫ってくる。
もう牙の一本一本が鮮明に見分けられる程だ。
恐怖は自然と感じなかった。
いや、感じる暇も無かったという表現の方が正しいだろうか。
精神が全身全霊で逃げろと叫ぶが、足が動かなかった。
まるで床にくっついてしまったようだ。
皆が何か叫んでいるが、ローラナの耳には聞こえなかった。
ヴィシスの口が、ローラナに迫る……迫る……。
「ローラナッ!」
突然、リッドの叫び声が耳に届き、ローラナはとっさに横へ転がった。
とたんにスローモーションが終わりを告げ、ローラナは両足に激痛を感じた。
かわすタイミングが、少し遅かったのだ。
彼女の両足は、膝から下がそっくり無くなっていた。
―――ヴィシスに噛み裂かれたのだ。
「ローラナ!」
リッドが駆け寄ってきて、ローラナが失ったものを見て愕然とした。
「足………食べられちゃった」
ローラナは静かにつぶやいた。
不思議と痛みは無かった。
感覚が麻痺しているのだろう。
「………」
ふいに涙がこみあげてきた。
足を失った喪失感に身を切られるかのようだ。
「………泣くなよ、ほら」
リッドが必死に慰める。
どこまでも不器用な彼は、慰め方も不器用だった。
「ローラナは笑ってないとダメだろ?」
「うん……!うん……!」
ローラナは努力して頷いた。
しかし、涙は後から後からあふれてくる。
「リッド!ローラナ!」
ローラナはシュナイダーの声に現実に引き戻された。
「ヴィシスが!」
いつの間にか、ヴィシスがローラナとリッドの前に仁王立ちしていた。
不気味に息を吐き、残った眼が殺意に燃えている。
「リッド!逃げて!」
2人とも、死ぬ。
ローラナは直感的にそう感じ、叫んだ。
リッドは動かなかった。
鎌首をもたげているヴィシスをじっと睨み、ローラナの前に仁王立ちしている。
「リッド!」
ローラナは再び叫んだ。
ヴィシスが怒気をはらんだ唸り声をあげる。
「リッド!早く逃げてよ!」
ローラナはもはや、懇願するかのように叫んだ。
このままでは自分だけではなく、リッドまで死んでしまう。
「あたしの事はもういいから―――」
「嫌だ」
「え?」
リッドは力強く叫んだ。
彼の心の中のヴィシスに対する恐怖は消し飛んでいた。
「惚れた女の1人も守れなくて、生きていけるかよ!!」
部屋全体に怒鳴り声が響き渡った。
たった1人の声だが、部屋の中で反響し、まるで1000人の猛者が雄叫びをあげているような心持ちがした。
ヴィシスですら気圧されたようだ。
次の瞬間、静かな声がゆっくりと響いた。
「よくぞ言った、少年」
その瞬間、ヴィシスの顔面に強力なレーザーが炸裂した。
ヴィシスが悲鳴をあげ、口を開けてのたうちまわる。
「好きな女を守るとは、イカした根性だ」
次に放たれたレーザーはヴィシスの口の中に飛び込み、炸裂した。
ヴィシスの頭部が内部から吹き飛ぶ。
大きな肉片が大量に転がった。
ヴィシスの骸は数回ぐらぐらしたかと思うと、不意に脱力して床に崩れ落ちた。
「見直したぞ、リッド」
レーザー・ランチャーを構え、ビッドは笑みをリッドに向けた。



クラーケンの腕は長嶋の膝を掴み、一気に連れ去った。
叫ぶ暇も無かった。
全てが一瞬の内に行われたのだ。
電光石火とは、まさにこの事を言うのだろう。
松崎は数秒間呆然とした後、あまりにもあっけない相棒の死に愕然とした。
何回も自分を助けてくれた長嶋は、一刹那の内に死んだのだ。
「………急ごう」
凍りついた空気の中、川口がようやく言葉をしぼりだした。
「また奴が戻ってくるかもしれない」



ローラナはもはや戦力外だった。
それは、誰の目にも明らかだった。
「…………」
「……………」
重苦しい沈黙が場を包む。
皆、言わなければならない事を言い渋っていた。
それはすなわち、ローラナに死を宣告するのと同じ事だからだ。
「……………俺は、ローラナとここに残る」
リッドが静かに、しかし決意を込めてつぶやいた。
顔を伏せていたビッドが、弾かれたように顔をあげる。
「それはダメだ!1人でも戦力が減るのは………」
ビッドとリッドは睨みあった。
デルタ・フォースの面々も、この空気に困惑している。
その時、今まで押し黙っていたローラナが突然口を開いた。
「もういいわ。あたしだって自分が足手まといだって事はわかる。みんなの厄介になる気もないわ」
彼女はそう言うと、拳銃を腰から抜き、頭に当てた。
「!? 何するんだ、ローラナ!やめろ!」
リッドが驚き、叫ぶ。
「こうするしかないのよ!」
ローラナは涙を流し、ヒステリーのように叫んだ。
「こうするしか………」
彼女の声は、最後には小さなすすり泣きに変わった。
小さな泣き声が、寂しく部屋に響く。
…………どれほどの時間が経っただろう。
黙って泣き声を聞いていたローグは、泣き声にまじって苦しげなうめき声がするのに気がついた。
ローグは隣のネイオを見た。
ネイオもローグを見返す。
彼も気づいたようだ。
2人は静かに、しかししっかりと銃のグリップを握った。
ローラナはいまだに泣き続けている。
ようやく気絶から立ち直ったクロウに、カトリーナが事の顛末を聞かせていた。
うめき声はどんどん大きくなっていった。
今やデルタ・フォースの者達も緊張を走らせている。
そしてついに、うめき声の主達が通路の1つから現れた。
グール達がホースからほとばしる水のごとく、通路から溢れ出てきたのだ。
ローグとネイオは銃をすぐさま構え、撃ちまくった。
先頭のグールが倒れた。
後ろのグールがそれを喰らい始める。
しかし、大多数は部屋に侵入してきた。
「逃げないと!」
ローグは弾薬を装填しながら叫んだ。
既に何度も行い、馴れ親しんだ行動だ。
手が勝手に動き、マガジンを素早く交換していく。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: