JEDIMANの瞑想室

JEDIMANの瞑想室

最終章 FALL<堕落> <3>


リッカーはまるで床に釘で打ち付けられたかのようになっていた。
悪魔を封印する儀式にそっくりである。
しかし、リッカーの生命力は凄まじかった。
リッカーは頭を破片で床に釘付けにされてもなお、暴れまくっていた。
しかし、頭が釘付けにされているため、じたばたしているに過ぎない。
「こいつにはさんざん苦しめられてきたな………」
ネイオはそういうと、リッカーのみけんに深々と突き刺さった己のナイフを抜いた。
血が噴き出してくる。
リッカーが苦痛の声をあげた。
ネイオはガンベルトから最後の手榴弾を取り出した。
「これで、終わりだ」
ネイオはナイフによって開けられたみけんの穴に、手榴弾を突っ込んだ。



なにかがおかしい。
リッカーは思った。
こんなザコ3人に自分の頭は床に釘付けにされている。
想像を絶する痛みだ。(リッカーはそれほど想像力豊かではないが)
フィア・メタルの鋭く長い破片が脳や顎を貫いているのだ。
その時、男がリッカーのみけんに刺さったナイフを抜き、リッカーは再び苦痛に喘いだ。
男がみけんの穴に、何か異物を突っ込んだ。
男がこちらをじっと見据えたまま、ゆっくりと後退していく。
なにかがおかしい。
リッカーは再び思った。
こんなはずでは―――
まさにその瞬間、みけんの中に入っていた手榴弾が爆発し、リッカーの頭を吹き飛ばした。



リッカーの骸は、重い音をたてて倒れた。
触手もだらんと力を失っている。
スコットが勝ちどきをあげ、アーサーも疲れた笑みを見せている。
ネイオは手元のナイフを見た。
刃渡りの長いナイフは、リッカーの血に赤黒く染まっている。
このナイフを『リッカー・キラー』として特殊部隊本部に寄贈しよう。
ネイオは勝利の喜びを感じながらそう思った。



クロウはバルコニーに撃墜していたヘリのコクピットに飛び乗った。
ようやく黒龍の注意がそれたのだ。
黒龍は今、最後の1人、ローグに夢中だ。
倒すなら、今をおいて他にない。
クロウは祈るような気持ちでプロペラを起動した。
プロペラがかすれたような音をたてて回り出す。
ぼろぼろの機体がゆっくりと宙に浮く。
音に気づいたのか、ローグを壁際に追い詰めていた黒龍が首だけゆっくりと振り返った。
「ショーは終わりだ。でっかいトカゲ野郎」
クロウはつぶやくやいなや、超低空飛行で黒龍の後ろ足に突っ込んだ。
プロペラは超高速回転している。
つまり、今のプロペラは凄まじい切れ味の剣と同格なのだ。
プロペラが黒龍の両後ろ足をすっぱり斬り裂いた。
黒龍が悲鳴をあげ、バランスを崩す。
それにより、プロペラが黒龍の腹をざっくりと斬り裂いた。
血がドバッと溢れ出す。
クロウの乗るぼろぼろのヘリは制御を失い、血を大量に浴びながら再び不時着した。
黒龍がのたうちまわり、苦しんでいる。
クロウはヘリから飛び出し、スコットが落としたバズーカを拾った。



ローグはなにがなんだかわからなかった。
突然、壊れたヘリが動きだし、黒龍の後ろ足と腹をざっくりと斬り裂いたのだ。
バルコニーは血の海とかしている。
黒龍はのたうちまわっていた。
ローグはそれをただ呆然と見ているだけだった。
不意に、ローグは気づいた。
尾が、こちらに向かってくる。
黒龍が苦しみのあまり振り回した尾は、見事に鞭のようにしなり、ローグを殴り飛ばさんと急接近していた。
ローグは動けなかった。
身体が痺れてしまったようだ。
ダメだ、死ぬ。
ローグは尾を見つめた。
結局、自分はこんなところで死ぬのか。
尾がどんどん迫ってくる。
あと1秒後には―――
「伏せろ!」
次の瞬間、ローグは誰かに抱きすくめられ、床に押し倒された。



クロウは黒龍の苦痛に満ちた顔にバズーカを向けた。
「終わり、だ」
バズーカから放たれたポータブル・ミサイルは寸分たがわずに黒龍の口に吸い込まれ―――喉を粉砕した。
黒龍は吐血した。
生命が身体から流れ出していく。
黒龍は再び吐血し―――死んだ。



ローグは自らを押し倒し、尾の一撃から守ってくれた者を見てびっくりした。
「シュナイダー!?」
そこにいたのは、あのシュナイダーだった。
「やあ、ローグ」
シュナイダーが体を起こしながら言う。
「もう会えないかと思ったぞ」



シュナイダーはクモ達が襲いかかってきた瞬間、近くに換気孔があるのに気がついた。
彼はサブマシンガンでクモどもを叩き落とすと換気扇をこじ開け、中に入ったのだ。
糸のセンサーのない換気孔内まではクモも追ってこず、そのまま換気孔を這っていき、このバルコニーに出たのだった。
「もう会えないかと思ったよ、ほんとに」
ローグは笑顔でシュナイダーを小突いた。
「ま、もうしばらくよろしく頼むぜ」
シュナイダーも笑顔で返す。
その時、クロウが不意に姿を現した。
クロウがシュナイダーを見て顔を柔和にする。
「シュナイダー……同志よ」
クロウは感動のあまり、シュナイダーを抱きしめた。
シュナイダーも抱きしめ返す。
しかし、再開の喜びもつかの間、クロウはシュナイダーから身を離すと、表情を引き締めた。
「残ったのはオレ達だけか………」
ローグとシュナイダーは頷いた。
クロウも頷き返した。
「行くぞ」



バルコニーの先は、大きな部屋だった。
オーケストラが演奏するホールくらいある。
部屋は不思議な白光で満たされ、壁には大量のリアクター(反応炉)がびっしりと設置され、タワーを制御するエネルギーを作り出していた。
そして、部屋の真ん中の中空に、<マザー>がいた。
まぶしく光を発し、悠然と浮かんでいる。
「たどり着いたぞ、<マザー>」

―――私とした事が、人間ごときにここまで来られるとは、甘過ぎました。

<マザー>が脳に直接語りかけてきた。

―――しかし、これは結局のところ無駄なあがき。人類の滅亡が早まっただけです。

「それはどうかな」
シュナイダーが答えた。
「貴様を殺せばそれで終わりだ、<マザー>」
突然、笑い声が起きた。
若いようで老いていて、小さいようで大きな声だ。

―――私を、殺す?はっはっは、愉快だ!実に!滑稽だな、虫けらども!

「貴様―――」
シュナイダーは銃を構えた。
次の瞬間、天井を突き破り、何かが落ちてきた。
突然の乱入者は、ズン!と床に着地した。
ディザスターだ。
クロウは舌打ちした。
「やっかいだな」
「待って、クロウ」
ローグはライフルをディザスターに向けたクロウを制した。
「なにかおかしい……」
ローグはようやく気がついた。
「リアナ!!」
ディザスターの触手にがんじがらめにされたリアナがそこにいた。
瞳に涙を浮かべ、必死になにかを伝えようとしているが、触手に猿ぐつわされていて全く伝わらない。
「貴様!リアナを―――」
ディザスターに怒鳴りかけたシュナイダーは、ようやく気がついた。
「れ、レイ!?」
その言葉を聞いたディザスターは頭を抑え、苦痛の声をあげた。
まるでその名前が脳を貫いているかのようだ。
ディザスターは吼え、驚いた事にかすれた声で話し始めた。
「なぜ俺はこんな姿なんだ?痛い……身体中が痛い………」
「レイ!」
シュナイダーの声に、レイはぼんやりとシュナイダーを見た。
「シュナイダー………」
レイは衝動的に連れてきたリアナの束縛を解いた。
リアナが駆け出し、ローグの胸に飛び込む。
2人は固く抱き合った。
<マザー>はその様子をじっと眺めていた。
「<マザー>、もはやお前を守る護衛はいない」
クロウは最後通諜を突きつけた。
「覚悟しろ」
次の瞬間、ディザスターが吼えた。
「レイ!?」
シュナイダーが驚いた声をあげたが、ディザスターはそれに応えるどころか爪を振りたて、シュナイダーに襲いかかった。
シュナイダーは間一髪でそれを回避し、銃を構えた。
しかし、ディザスターに恐れた様子は全く無い。

―――彼はもはや私のしもべ。あなた達の声は届かない………

「そんな………」
ローグは衰弱したリアナを抱きしめたまま絶句した。

―――案ずる事は無い。そなたらも………すぐにしもべとなれる!!

次の瞬間、<マザー>から放たれた光の触手がクロウ、シュナイダー、ローグ、リアナの頭脳に突き刺さった。
圧倒的な情報体が侵入を開始する。
リアナが悲鳴をあげて額をかきむしる。
ローグは自らの意識が侵されるということに凄まじい嫌悪感を感じながらも、リアナをしっかりと抱きしめていた。
クロウも苦難にあっていた。
ジェイクの死や、ティータを殺害した時の様子が、<マザー>によって目前に突きつけられていく。

―――苦しみの人生を歩んでなんになる?悦楽を得たいとは思わぬか?私のしもべとなれば、永遠の夢を見ていられる。そう、幸せな夢を………

「ふん………笑わ……せるな」
クロウは額に玉のような汗を浮かべ、つらそうに、しかし、しっかりと言った。
「貴様の見せる偽りの夢など、虫けら程の価値も無い。クレイジーも……最後には自分を見つけたんだ……!ここにいるレイだって……」
「そうさ……」
シュナイダーも苦しみもがきながら言う。
「レイは……きっと……目覚めてくれる……」

―――哀れな者達だ……

リアナが悲鳴をあげた。
<マザー>がリアナの記憶を蹂躙し始めたのだ。
しかし、<マザー>はリアナのまぶしい意思の光に遮られた。
悪を焼き尽くすような光に<マザー>は嫌悪を覚え、するすると後退した。
それが『愛』という、Uウイルス・クリーチャーが決して持つことの無い感情だという事もわからずに。



レイは身震いした。
ディザスターになってからというもの、片時も離れなかった圧迫感が消えていた。
<マザー>がクロウ達を改造しようと躍起になっているのだ。
<マザー>はもはやレイを制御できていない。
「レイ!」
レイは突然呼ばれ、ビクリとした。
シュナイダーがもだえている。
「助けてくれ!」
レイは迷わなかった。
背中から生えた大量の触手を、光の中心に向けて放ったのだ。
ズブッ!という音が響き、クロウ達を束縛していた光の触手が消えた。
まぶしいばかりの白光が明滅する。
ローグは確かに見た。
<マザー>の真の姿を。
それは、白く、ぶよぶよした肉塊だった。
トラック程の大きさだ。
次の瞬間、レイは衝撃波を受けて弾き飛ばされた。

―――お前は後で消す。

<マザー>が静かに宣言した。
ローグはサブマシンガンを構え、迷わず引き金を引いた。
銃弾が次々に光の真ん中へと飛び込んでいく。
ビチビチと肉に弾が当たる音が響いた。
クロウとシュナイダーも銃を取り出し、撃ち始めた。
次々に銃弾が<マザー>の本体に当たる。
ローグは熱くなった銃身で指がやけどするのも無視してひたすら撃ちまくった。
クロウとシュナイダーも無言でひたすら撃った。



弾が、尽きた。
トリガーを引く音が虚しく響く。
<マザー>の愉快そうな笑い声が聞こえた。
その醜い肉の塊を揺らして笑っているのだろう。
ローグはがっくりと膝をついた。
弾が無くては、もはや何もできない。
人類の敗北の瞬間だった。



サンフランシスコの戦いで敗北した人類は、堕落の一途をたどった。
サンフランシスコの戦いから2日後、全ヨーロッパは陥落。
アフリカもすぐにその後を追った。
アジア、オセアニアも相次いで滅亡。
最後まで抵抗した中東は、サマルカンドで伝説的な戦いをした後、ついに滅んだ。
そしてサンフランシスコの戦いから3ヶ月後―――
最後の人類が中国の奥地で倒れた。
ここに、人類は堕落したのだ。





「ローグ!」
ローグは自らを必死に呼ぶ声で、ようやく我に帰った。
すごくリアルな夢をみていた気がする。
………<マザー>のしわざか、くそっ!
しかし、ローグはもはや<マザー>を倒すすべは思いつかなかった。
発光体はまぶしいばかりの光を放ち、ゆったりと中空に浮いている。
「リアナ、ごめん……」
「ローグ」
「もう………」
「ローグ」
「もう……無理だよ!」
「ローグ!!」
リアナはいらいらして叫んだ。
「渡したでしょう?ハンドガン」
ローグはその言葉で思い出した。
この戦いの前、リアナからハンドガンを受け取ったのだ。
ローグはそれを腰から抜いた。
しかし、正直、そんなちゃちな火器では<マザー>を倒せない事は明白だった。
ローグはあきらめのため息をもらし、だらりと腕を下げた。
力を失った手からハンドガンが床に滑り落ちる。
<マザー>はいまだに笑っていた。
「もう……もう、無理だよ、リアナ。全て……遅すぎるんだ」
涙が溢れ出してくる。
「いいえ、違うわ」
リアナは静かにそう言ってローグに口づけすると、ハンドガンを拾い上げ、ローグに優しくさしだした。
「まだ未来はある」
ローグは一瞬ためらった後ハンドガンを受け取り、ゆっくりと構えた。
クロウやシュナイダーがその様子をじっと見つめている。
リアナは銃を構えたローグの手に、そっと彼女の手をそえた。
<マザー>の笑い声は耳を引き裂かんばかりだ。
「ローグ、撃って!」
ローグはもはや迷わなかった。
引き金が引かれた。



発射された弾丸は白光を突き抜け、<マザー>本体、つまりあのぶよぶよした醜悪な肉塊に突き刺さった。
しかし、<マザー>は笑い続けていた。
ローグはがっくりと肩を落とした。
「ほら、リアナ。ダメだよ」
「大丈夫よ」
リアナは笑顔すら浮かべて言った。
「この戦い、人類の勝利よ!」
突然、<マザー>は笑うのやめた。

―――こ、小娘!私にいったい何を………

<マザー>は最後まで言いきる前につんざくような悲鳴をあげた。

―――あ、熱い!き、貴様、なにをした!ぐああああああ!身体が沸騰する!壊れる!あ゛あ゛あ゛っ!

「な、何が起きてるんだ!?」
リアナはすっかりうろたえたようすのローグにウインクした。
「このハンドガンの弾には、火薬の代わりにリードの血から作った抗薬を仕込んでおいたの。リードの抗薬はかなり強力なしろものよ。抗薬を投与された患者は凄まじい苦痛を感じるけど、Uウイルスは残らず死滅するわ。残らず、ね」
なるほど。
ローグは思った。
Uウイルスの塊とも言える<マザー>には、さぞかし辛い事だろう。
今やあの白光は消え、醜い肉塊は床に転がっていた。
表面が沸騰しているかのように泡立ち、膨らんでは膿をドバッと吐き出している。
シュナイダーは南アメリカで抗薬を投与された時の凄まじい苦痛を思いだし、ゾッとした。
<マザー>は意味不明な言葉をわめきちらしながら、膨らみ始めた。
「………ちょっとやばいんじゃないか?」
ようやく立ち上がったレイが、かすれた声でつぶやく。
<マザー>はますます膨張していた。

―――自爆してやる!

<マザー>はわめいた。

―――貴様らを巻き込み、Uウイルスの雨を世界に降らして……

ダン!
ローグは再びハンドガンを撃った。
リードの抗薬を内臓した弾丸が<マザー>に突き刺さり、その体内に液状の抗薬を撒き散らす。
<マザー>は悲鳴をあげ、縮んだ。
しかし、再び膨らみ始めた。
「早く逃げて!ここは僕が抑え―――」
クロウがローグの手からひょいとハンドガンを奪った。
「しんがりはオレがやろう」
「ク、クロウ!?」
「早く行け。こいつが膨張しきって暴発する前に」
クロウはそう言って、ハンドガンを撃った。
抗薬を撃ち込まれた<マザー>が悲鳴をあげ、縮む。
もはや肉は溶け始めていた。
「だけど、クロウ―――」
「早くしろ!あと7発しかない!」
なかなかその場を離れようとしないシュナイダーやローグに、クロウは怒鳴った。
「南アメリカに行く前、オレは言ったはずだ。一刻も早く死にたい、とな。死にたいオレが生きて、お前が死ぬ道理など無い」
クロウはそう言うと、優しく微笑んだ。
「お前達と一緒に過ごせて良かった。あの世でジェイクやティータと人類のゆく末をゆっくりと見守る事にするさ」
ローグは溢れ出す涙を必死にこらえようとしたが、無理だった。
クロウはハンドガンのトリガーを引いた。
膨張し始めた<マザー>がつんざくような悲鳴をあげ、再び縮む。
シュナイダーがきびすを返した。
リアナとレイが慌てて続く。
ローグは最後にクロウに笑いかけた。
クロウも笑い返した。
「バイバイ、クロウ」
「そっちこそ」
ローグは身を翻し、部屋から飛び出した。



黒龍と戦ったバルコニーに、ヘリが着床していた。
ネイオとスコット、アーサーの姿も見える。
ローグはそれに飛び乗った。
パイロットがすぐにヘリをあげようとする。
ローグは慌てて叫んだ。
「待って!あと1人、生存者がいるんだ!」
「なんだと!?このタワーはもう崩壊しかけてる!長い時間の滞在は無理だぞ!」
たしかに、柱は傾き、破片が次々に落下し始めていた。
ローグはひたすらクロウを待った。



クロウは弾の尽きたハンドガンを捨てた。
<マザー>が徐々に膨張し始める。
クロウはローグのサブマシンガンを拾い上げると、ガンベルトに装着された最後の手榴弾をグレネード投擲器に装填した。
「安心しろ、<マザー>。自爆する必要はない。オレの手で貴様を焼き尽くしてやるさ」
クロウはサブマシンガンを構えた。
弾薬は既に尽き、残っているのは手榴弾1つのみ。
1つで十分だった。
Uウイルスに妻と親友を奪われたクロウは、その憎しみを全て<マザー>に向けた。
「人類と地球に」
クロウは<マザー>にウインクした。
「乾杯」
グレネード投擲器から放たれた手榴弾は、壁にびっしりと張り巡らされた反応炉に命中した。



「もう無理だ!」
「待って!もう少し!」
「これが限界だ!崩落に巻き込まれる!」
パイロットはヘリを全速前進させた。
結果的にはパイロットの判断は正しかった。
ヘリがタワーから離れて10秒後、タワーが大爆発を起こしたのだ。
巨大な破片が飛び散り、火の雨が降り注ぐ。
ローグ達は、燃え盛るタワーを、ただじっと見つめていた。



兵士達はタワーが崩壊した直後から、敵の様子がおかしい事に気づいていた。
フィア達が攻撃をやめ、困惑したように辺りを見回している。
突然、フィアと肩を並べて戦っていたグールが、フィアに噛みついた。
フィアが混乱して叫びながらブラスターを撃ちまくる。
それを皮切りに、敵は激しい内輪揉めを始めた。
グールがフィアに襲いかかり、ヴィシスがグールやフィアを食い殺していく。
フィア達がまとまって抵抗している辺りに、ワームが津波のように襲いかかった。
全てはクリーチャー達を統制していた<マザー>の存在が無くなったからだった。
彼らは彼らを導く存在を失い、本能―――食欲に従っているのだ。
そして、あらゆるUウイルス・クリーチャーより圧倒的に数の多いグールが、明らかに有利だった。
グールを死に兵として扱っていたフィアが、次々にグールに血祭りにあげられて言った。
このような現象はサンフランシスコだけにとどまらなかった。
ニューヨークで、ヨーロッパで、アフリカで、中東で、アジアで。
世界中で同じ現象が発生していた。
フィアは統制を失い、グールやヴィシスは野生化したのだ。
そしてそれは、フィアの堕落をも意味した。



サンフランシスコの戦いから5週間後。
ロンドンで国連の総会議が行われた。
以下はその会議で確認された事の内容である。

北アメリカのニューヨーク以南、イタリアを中心とするヨーロッパ南部、アフリカの北部及び中部は、野生化したグールが大量に生息しているため、暗黒大陸として認定された。
この大戦で人類の3割強が死亡。
犠牲者はさらに増えると見込まれている。
滅んだ国も数知れず、特にアメリカは世界のリーダーの座を失った。
そして、食糧難、経済の崩壊、民衆の暴動、なおも生息域を広げているグールなど、問題はうだる程あった。
しかし、誰も嫌な顔はしなかった。
人類は滅亡を免れたのだ。
2月16日。
それは『勝利の日』として全人類の祝日となった。



ローグ・フロスト。
シュナイダー・グレイトウォール。
ネイオ・ワーク。
スコット・アンティリーズ。
リアナ・ブルックベル。
アーサー・ホーク。
レイ・ジェーバック。
彼らは英雄として人々に迎えられた。
伝説的なFALL作戦が終結したのだ。
その後、大規模な追悼式が行われた。
戦士した英雄達の名が刻まれた墓碑の先頭には、クロウの名が刻まれていた。





「これで大丈夫なんだな?」
レイはベッドに拘留されたまま、傍らに注射銃を持って立っているリアナに不安げに訊いた。
リアナが頷く。
「ええ。リードの抗薬は信頼できる。ただ、使用者は凄まじい激痛を感じるわ。それだけは覚悟しておいて」
「かまわないさ」
レイは笑みを見せた。
「こんな醜いディザスター<異常者>の体から少しでもおさらばできるならな」
リアナは頷き、注射銃を撃ち込んだ。



数日後、シュナイダーはスプリング・フィールドにいた。
「どうだ、ローグ、俺の母さんのシチューはうまいだろ?」
シュナイダーの問いに、ローグはシチューをがっつきながら頷いた。
「あ、ローグ、ほっぺたにシチューついてるよ」
リアナはそう言うと、ローグの頬についたシチューをペロリと舐めた。
慌てたローグが顔を真っ赤にし、椅子からずり落ちる。
皆、彼の真っ赤な顔を見て大笑いした。
シュナイダーは笑いながら幸せを感じていた。
「あ、そうだ、母さん、リリスは?」
「ボストンで元気にしてるわ」
「良かった」
シュナイダーは顔を真っ赤にしたままリアナにわめいているローグを見て微笑んだ。



ネイオとスコットは、彼らの特殊部隊に帰属した。
噂によると、ネイオは指揮官、スコットは司令官補佐の位を与えられたらしい。
彼らの腕やコンビネーションは大した物だ。
これからも活躍してくれるだろう。
アーサーはUウイルスに関する研究を再開している。
目下の目標としては、リードの抗薬の増産らしい。
リードも彼に協力しているようだ。
開発されれば、グールに支配された地域の心配もなくなるだろう。



「フィアの堕落に」
薄暗い部屋の中、円卓に座った者達がワインのグラスをあげた。
「乾杯」
男が不気味な笑みを浮かべながら言う。
「大きな誤算はあったが、結局のところ計画は成功したわけだ」
別の男がつぶやく。
「アローンを失い、しかも奴の息子に貴重なサンプルを奪われ、逃亡されるとは夢にも思わなかったがな」
「まあ、結果オーライという事だろう」
最初の男が腕組みし、つぶやく。
「この大混乱のおかげで、我々は完全なUウイルスを入手した。これさえあれば、我らが<パンドラ>は………」



ローグは隣に眠るリアナの横顔を見つめながら、南アメリカでの戦いから今日までを振り返っていた。
たくさんの仲間達がいた。
血みどろの思い出だが、仲間達の笑顔で自分はここまでこれた気がする。
ローグは<SAF>に入隊しようと考えていた。
ここまで世話になった部隊だ。
入らない道理はない。
「んぅ……」
リアナが苦しげな表情で身じろぎする。
また悪夢を見ているのだろう。
あれ以来、悪夢を見ない日などなかった。
ただひたすら、時が癒してくれるのを待つだけだ。
ローグはリアナを守るように抱きしめながら、眠りに落ちた。









そして、それから8年後……………
新たな物語が始まる。


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