JEDIMANの瞑想室

JEDIMANの瞑想室

第1章 禍罪の少女

第1章 禍罪の少女



AC315、北米大陸、プロムの郊外―――

少年は鼻歌を歌いながら、古ぼけたジープのハンドルを握っていた。
周りは見渡す限りの砂漠。
ボロボロのビルが墓標のごとくところどころに突っ立っているのみだ。
太陽ははるかかなたよりギラギラと照りつけ、砂は容赦なく熱を放っている。
そんな砂漠のただ中、少年は右手でハンドルを握ったまま、擦りきれた地図を左手で器用に開いた。
地図には赤い色で大きく×が描かれている。
少年は地図から目を上げ、前方に現れてきた巨大な施設に目をやった。
ボロボロだが、たしかに目標の建物だ。
少年は満足そうに頷くと地図を助手席に放り、アクセルを踏みこんだ。



ジープを施設のすぐ側に置くと、バックパックを背に、少年はすぐさま行動を開始した。
このような稼業をしている以上、あまりノロノロしているのは正直得策ではない。
盗掘者の少年は『遺跡』の中を探索し始めた。



数時間後―――

「だあーッ!なんもねぇーッ!」
少年は施設の中で頭を抱えて叫んでいた。
数時間の捜索の収穫は、欠けたネジや割れたライトなどほんの数点のみ。
救急キットや修理部品、そして戦前の兵器などのめぼしい物はとっくに他の盗掘者どもの手によってかっぱらわれた後だった。
「なにが『まだ手つかずの遺跡』だよ!あのインチキオヤジが!」
少年は擦りきれた地図を床のタイルに叩きつけ、プロムで地図を売りつけてきたオヤジに呪詛を吐いた。
正直うさんくさかったが、最近の儲けの無さゆえ、思わず買ってしまったのだ。
「ああ……、腹減った……」
その場でへたりこみ、ため息をつく少年。
一山当てるつもりで来たのだが、これでは無駄足どころか大損だ。
だが、いつまでもここでへこんでいるわけにもいかない。
「……転んでもただでは起きないってね」
少年はそうつぶやくと立ち上がった。
「これだけ巨大な施設なんだ。探せばまだなにかあるだ―――」

爆音。

少年は反射的に近くの机の下に滑りこんでいた。
必ずしも彼がチキンだからではない。
いつどこで撃ち殺されるかわからない人生を過ごしてきた少年のとっさの反応だ。
少年はしばらく机の陰で息を潜めていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
この施設が揺れていないところを見ると、狙いは彼ではなさそうだ。
と、2回続けて爆音が響いた。
空気が揺れ、施設がわずかに軋む。
どうやら近くらしい。
少年は窓に素早く近寄ると、そっと窓の外を覗いた。
砂漠を、一台のバイクが走っていた。
ボロボロのマントを羽織った黒髪の男が、揺れるバイクを必死に制御している。
バイク後部にはやはりボロボロのマントを羽織った人物が座っており、黒髪の男にしがみついている。
顔は、黒髪の男にしがみついているせいでよく見えなかった。
そしてバイクの後方100m程には―――
「AG!!(※)」
少年は思わず喘いだ。

(※AG、正式名称Armed GearはACの世界における主力兵器。機械脚やイオンブースターによる高い戦闘能力を実現した搭乗兵器で、高さは10mぐらいがほとんど)

黒いカラーリングを施された人型AGが、機械脚で砂を踏みしめながらバイクを追っている。
肩には赤く書かれた<GRAY HOUND>の文字。
あの黒いAGの名前だろうか。
そしてAGのさらに後方には、くたびれた空中戦艦が浮かんでいた。
AGの後を追うように、ゆっくりと前進している。
盗賊団か何かだろうか。
と、そこでようやく少年は、バイクがこちらに逃げてきていることに気づいて慌てふためいた。
「ちょ、おま!?巻き添えなんて勘弁―――」
次の瞬間、AGの右肩部に設置された折りたたみ式ロングレンジキャノンがいきなり火を吹き、少年は思わず腰を抜かした。
爆音と共にバイクの近くの砂が吹き飛ぶ。
しかし、バイクはスピードをゆるめずに、一直線にこの施設に向かってくる。
やがて、バイクは少年の下の階の窓ガラスに音をたてて突っ込んだ。
AGが施設を遠巻きにし、品定めするかのように止まる。
右肩部のロングレンジキャノンは獲物を捜すかのように揺れていたが、攻撃してくる様子は無さそうだった。
しかし、奴らが盗賊団なら、すぐに銃を手に施設へ雪崩こんでくるだろう。
少年はため息をつき、とりあえず下の階に突っ込んできたバイク乗り達の様子をうかがいに階段を降り始めた。



一方、バイクを追撃していたAGのコクピット―――

「あーん、もう!アーヴィンがちんたらしてるから、なんか変な建物に逃げこまれちゃったじゃん!」
後部座席から聞こえてくるかん高い罵声に心中でため息をつきながら、アーヴィンはワイルドな髪型の頭をかいた。
「これでいーんだよ。あとは他の連中の仕事だ。たまには働かせてやれ」
「むーッ!撃ちたりないー!」
後部座席で砲手を努める金髪セミロングの少女―――本当に幼い、まだ12、3歳ぐらいの少女が不満そうに叫ぶ。
「知るか。寝てろ」
「もーめんどくさい!あの施設壊しちゃえばいーじゃん!」
「そういうわけにゃいかないって何べん言えばわかるんだお前は……。今回はターゲットに死なれちゃ困るんだ。間違ってターゲットをこいつのキャノンで吹き飛ばしてでもみろ。ゼグラムのダンナに地獄見せられるぞ」
ゼグラムという名前に少々びびったのか、リリアが押し黙る。
が、すぐにまた不満そうな声をあげた。
「退屈ー!アーヴィン、一発芸してー!」
「黙 っ て 寝 て ろ」



少年は壁に張りつきながら、バイクが飛び込んできた部屋をそっとうかがった。
壊れて横転したおんぼろバイクが煙をあげ、その近くにマントを羽織った黒髪の男が倒れている。
そしてその男の側にたたずんでいるのは―――
少年は思わず息を飲んだ。
そこにいたのは、少年と同い年ぐらいの少女だった。
長い髪は美しいアッシュブロンドで、瞳は翡翠のような緑。
まるで人形のような美しさだ。
その少女はボロボロのマントを羽織ったまま、倒れた黒髪の男を見下ろしている。
「白石……」
突然、少女が不思議そうな口調で言葉を発した。
男はピクリとも動かない。
良く見ると男の周囲には血がどくどくと溢れだしている。
「白石…?白石、どうしたの……?」
「どいて」
少年は壁から飛び出して2人に駆け寄ると、白石と呼ばれた男の脈を調べた。
かろうじてあるが、浅く、早い。
出血は主に胸部。
よく見ると、30cmはありそうな大きなガラスが見事に突き刺さっている。
「……このままじゃ危ない」
少年は少女をチラリと見やりながら言った。
少女はポケッとした顔でヴァイスを見つめている。
「裏手に俺のジープがある。早く医者へ―――」
「そんな時間は…ない」
少年の言葉を遮り、白石が声を発した。
「おい……、ガキんちょ」
「ガキじゃねーよ。もう17だ。俺はヴァイス。無理して喋んなよ、おっさん。死ぬぜ?」
「俺の事なら…ゲホッ…構わん。ヴァイス……いきなりで悪いが…そこにいる女の子を連れて……どこかへ逃げてくれ…」
「ハァ!?おいおい、いきなり何言い出すんだよ!?」
突然の白石の頼みに驚くヴァイス。
話が飛躍しすぎていてわけがわからない。
しかし、白石という男の目は真剣だった。
「見たところ……発掘屋か?」
「ああ。近くのプロムって街で何でも屋みたいなことをしてる。ここには盗掘に来てたんだ」
ヴァイスの言葉に、白石がわずかな笑みを浮かべる。
「ハハ……悪いな、巻きこんで」
「それより、この娘連れて逃げろってどーいう事だよ、おっさん」
少年がぶっきらぼうに問う。
「それにさっきのAG……。アレは盗賊か?」
「まあ、そんなもんだろうな…」
苦しそうに答える白石。
血はいまだ止まる様子を見せていない。
「白石……どうしたの?」
側にいた白銀のような髪の少女がコクンと首をかしげる。
「見てわかんないのか?大ケガして死にそうなんだよ!」
「いいんだ、ヴァイス」
わめくヴァイスを白石がなだめる。
「この娘には…少し事情があるんだ。………とにかく、この娘を連れて逃げて欲しい。そうでもないと……俺は死んでも死にきれ……」
次の瞬間、白石が突然に吐血した。
血が飛び散り、ヴァイスの服や少女の白い肌を汚す。
「ッ!おい、しっかりしろ!」
ヴァイスは叫びながら再び脈をとった。
もはやほとんどわからないぐらい弱くなっている。
「おい!大丈夫か!おい!」
返事はない。
白石はうわごとのように、頼む、と言っている。
「頼む……逃げてくれ…その娘を連邦であろうと革命軍であろうと渡すわけには……頼む……」
「おい、おっさんッ!」
「頼む……頼……」
脈が、消えた。
うわごとが止まる。
「……白石?」
少女が不思議そうに、白石の顔を覗き込む。
ほんとうに何が起きたのかわかっていない様に見える。
ヴァイスは白石の亡骸をしばらく見つめた後、立ち上がり、ポケッとこちらを見つめる少女の腕を掴んだ。
「なにがなんだかわかんねーけど……。行こう、こっちだ!」



数分後―――

爆音と共に施設が揺れ、天井からパラパラと埃が舞い落ちてきた。
「……攻撃が始まったか」
通路を小走りに進みながらつぶやくヴァイスに、少女が小首をかしげる。
「口劇?……食べ物?」
「なんだよ口の劇って…。攻撃ってのは敵がこっちを撃ってくることだよ」
ため息まじりに答えるヴァイス。
彼は振り返ると、ポケッとした顔でたたずむ少女をまじまじと見つめた。
白石が連れていたその少女は、どこか不思議だった。
髪や瞳が珍しい色だということもあるかもしれないが、やはりどこかしら独特の雰囲気を有している。
可愛らしい顔立ちに、白く透き通った肌、そしてどこか儚げなその姿……。

うん、超俺好みd(`・ω・´*

ヴァイスは心の中で親指をグッとたてると、頬を人指し指でぽりぽりかきながら少女に話しかけた。
「あの…さ…」
「……」
「…………」
「……………」


凍る空気。


「とりあえず返事してよ!言葉のキャッチボールキャッチボール!」
「そういうものなの?」
「ものなの!」
「ところで変人ってなに?」
「返事ね!?さっきから微妙なボケをかまさないでくれる!?」
「ホッケを噛ませた覚えはないんだけど……」
「俺も噛んだ覚えねえよッ!」
ヴァイスはハァ、ハァと荒い息をつきながら、額の汗をぬぐった。
対する少女は相変わらず不思議そうにヴァイスを見つめている。
「……まあいいや、君の名前は?」
少女が首をわずかにかしげる。
「……名前?」
「そう、名前だよ」
少女は少し押し黙り、やがて自信なさげに答えた。
「……たぶん、珀。白石がそう呼んでくれた」
「白石?ああ、さっきのおっさんか…。…彼は……君の親父さん?」
「……そうかも」
「じゃあ白石 珀か」
ヴァイスはへへっと笑うと、右手をさしだした。
「俺はヴァイス・クロスフィールド。これからよろしくな、ハク!」
少女―――ハクは、しばらく不思議そうにヴァイスを見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「うん……、ヴァイス……」


数分後―――


「………えーと、とりあえず握手してくれる?さしだした俺の右手が引っ込みつかなくなってるから(TωT)」
「そういうものなの?」
「ものなの!」



ゼグラムはタバコの煙をふーっと吐き出し、小さくため息をついた。
「少し遅かった、か…」
彼の視線の先には、厚く積もった埃に残る2人分の足跡。
どうやらターゲットはここで誰かと合流し、逃げのびたらしい。
「おい」
ゼグラムは、死んだ黒髪の男を調べていた部下達に声をかけた。
「そいつはもういい。ターゲットを追うぞ。ライトナー、お前の隊は施設周辺を固めろ。ボーリングの隊は俺についてこい」
「「了解!」」
……それにしても…
ゼグラムは埃の積もる床に残された足跡を追いながら考えた。
ここでターゲットを手引きしたのは誰だ?
バイクに乗っていたのはそこで死んでいる黒髪の男とターゲットのみ。
もともと誰かとここで合流する予定だったか、それとも偶然ここに居合わせた誰かか……
………まあいい。
クライアントの要望はターゲットの保護のみ。
つまりは、邪魔する者がいれば排除しても構わないということだ。
ゼグラムは背中に回していたライフルを手に取ると、不気味なくらいゆっくりと撃鉄を起こした。



「さーて、逃げるっつってもどうするかな……」
ヴァイスは走りながらつぶやいた。
足跡が残ってしまう以上、追跡は受けていると見ていいだろう。
あの盗賊団の装備がどの程度のものかわからないが、やはり銃火を交えないにこしたことはない。
「ねえ、どこに行くの?」
ヴァイスの後を走るハクが問いかける。
運動に慣れていないのか、若干息があがっている。
「とりあえず移動手段を確保しなきゃな。ヤツらが俺のオンボロジープを見逃してるとも思えないしよ」
と、返しつつもヴァイスは途方に暮れていた。
この遺跡は<大変動>以前は兵器工場だった建物だ。
実際、彼らが走っている巨大な部屋にも多数のコンベアや作業用AGの残骸が転がっている。
だが、そのほとんどが<大変動>や300年もの月日により使い物にならなくなっているのだ。
「バイクかなんかでもあればいいんだけどなぁ……」
「乗り物が、欲しいの?」
「ああ、そうさ」
ハクの問いかけに頭をかきながら答えるヴァイス。
<グレイハウンド>というらしいあの黒いAGから、徒歩で、しかも砂漠の中を逃げ切れるとは到底思えない。
なんとかして逃げるための『足』を確保しなければ。
「ハクもなんか乗り物ないか探してくれよ」
「どうして?周りにいっぱいあるのに」
「……は?」
ヴァイスは思わず足を止め、背後のハクを怪訝な顔で見つめた。
「周りってーと……この壊れた作業用AG?」
ヴァイスは呆れた様子で、朽ちている近くの作業用AGを指さした。
その作業用AGの胴体は大きく裂けて内部が露出しており、4本あるべき作業用アームの内3本はもげている。
「えーと……ギャグ?」
「ギャル?……食べ物?」
「ギ ャ グ な ?食べ物でもねえよ」
ヴァイスはため息をついた。
「とにかく、まだ使えそうなものを探してくれよ。こんなガラクタじゃ―――」
「まだ、使える」
突然、ハクがヴァイスの言葉を遮った。
「へ?まだ使えるって……、こんなガラクタじゃ……」
「みんな、疲れてるだけ」
先程のようなポケッとした表情とは違って真摯に訴えるハクに、ヴァイスは思わずたじろいだ。
「助けてって頼めば、きっと助けてくれる」
「………」
ヴァイスは真剣な表情のハクを見つめた。

――――うーん、真面目な表情のハクも可愛いなd(´・ω・`*

「……ヴァイス?聞いてる?」
「へ!?あ、ああもちろん聞いて―――」
次の瞬間、ヴァイスはハクに押し倒された。



「…………ほぅ」
ゼグラムは正直感心した。
慎重に狙いを定め、絶対に命中すると確信した弾を外したのだ。
いや、外されたというべきか。
ターゲットが少年を押し倒したのだ。
おかげで、少年の頭蓋を撃ち抜くはずだった弾は明後日の方向へ飛んでいった。
―――ターゲットの能力を甘くみていたか。
一命をとりとめた少年が、押し倒された事や突然の銃声にパニックになっているのを聞きながら、ゼグラムはくわえていたタバコを吐き捨て、片手で合図を出した。



ヴァイスはわけがわからなかった。
ハクは押し倒してくるわ、銃声が響くわ、そして挙句の果てには銃を持った男達に囲まれてるわ。
「な、なんだよお前ら!?」
慌ててハクを背後に庇いながら立ち上がろうとするヴァイス。
「さっきの盗賊か!」
「俺達を盗賊とは失礼なガキだ……」
次の瞬間、慌てて立ち上がろうとしているヴァイスの金髪を銃弾がかすめた。
「訂正しろ、ガキ」
そう言いながら歩いてきたのは、ザンバラの黒髪に藍色のロングコート、そして射るような視線をした男だった。
男の手にしているライフルの銃口からは、白い硝煙が一筋立ち上っている。
「俺達は傭兵団だ。盗賊風情と一緒にされるとは……ヘドが出るな」
「へっ、やってることは盗賊と変わんないぜ、おっさん!女の子を追い回すなんてよぉ!」
ヴァイスの嫌味をまるで無視しながら、男がヴァイスの背後にいるハクをちらりと一瞥し、小さく頷いた。
「アッシュブロンドの銀髪に翡翠の瞳……。間違いない、そいつだ」
「ハクは渡さねぇぞ!」
腰のハンドガンに手を伸ばしながら叫ぶヴァイス。
周りを取り囲む5人の傭兵が一斉にヴァイスに銃を向けた。
男がイライラしたようにヴァイスに話しかける。
「ガキ、どけ。あまり時間をかける余裕はない。連邦もここを嗅ぎ付けているはずなんでな。……どかなければ強制排除するが」
「へっ、そうなったら誰か道連れにするまでってね」
ヴァイスはハンドガンを構えながら言った。
「死にかけでも引金は引けるからな。一発でも撃ってみろ。こんなかの誰かは道連れだ。……あんたかもなあ、おっさん」
男は返事もしない。
しばらく全員が睨みあった。


―――何分経っただろうか。


突然爆音が響き、施設が大きく揺れた。
銃を持った傭兵達が一瞬たじろぐ。
「今だ!」
ヴァイスはこの機を見逃さず、ハクの腕を取って逃げ―――
ようとして、逆にハクに引き倒された。
「あだッ!何すん―――」
銃弾が、今の今までヴァイスの頭蓋があった位置を貫く。
ゼグラムの舌打ちが聞こえ、ヴァイスはゾッとした。
ハクが引き倒してくれなければ、間違いなく脳みそがふっとんでいただろう。
「た、助かっt「動くな!」
息をつく暇もなく、ゼグラム達がこちらに銃を突きつける。
「その娘を引き渡してもらおう。そうすれば命は助けてやる。―――悪い条件ではないだろう?」
爆音が響く中、交渉を持ちかけるゼグラム。
有無を言わさぬ口調だ。
「へっ、冗談言うなっての!」
しかし、ヴァイスは吐き捨てるように返すと、側にいたハクをぐいと引き寄せ、ハンドガンを彼女の頭に突きつけた。
「そっちこそ下がりな!ハクに傷をつけられたくないだろ!?」
「ヴァイス……痛い」
ハクが若干不満そうに言うが、ヴァイスは完全に無視した。
ゼグラムが舌打ちし、ライフルを下げる。
「……小賢しいガキだ。…おい、銃を下げろ」
ゼグラムの言葉に、他の傭兵達も構えていた銃を下げる。
再び爆音が聞こえてきた。
ゼグラムが通信機を懐から取り出し、起動させる。
雑音が一瞬したが、すぐにどこかに――――おそらくは先程の空中戦艦に繋がった。
「マリー、どうした」
『きゃ、キャプテン!助けてください!』
テンパった女性の声が通信機から聞こえてくる。
『連邦軍ですッ!』



「連邦軍!?ヤッコさん達にしてはお早いご到着だな、おい!」
アーヴィンはそう叫ぶと突然の砲撃の嵐をかいくぐり、近くの砂丘の陰に隠れた。
「リリア、迫撃体勢だ!早くしろ!」
「わかってるってば!」
リリアは前方座席のアーヴィンに怒鳴り返すと、慎重に狙いを定めた。
「仰角60゜、左角24゜……」
リリアがコンソールに入力した通りに、グレイハウンドの右肩部ロングレンジキャノンが動く。
「対AG弾装填!」
彼女はそう叫ぶと、右の人指し指でトリガーを引いた。
「あたれェーッ!」



「落ち着け、マリー。状況を―――」
『きゃーッ!撃たれてる撃たれてる!逃げましょうキャプテーンッ!』
「……………」
ゼグラムはため息をつき、無線を切り替えた。
『こちら<ノーティラス>。どうぞ、キャプテン』
今度は落ち着いた女性の声がした。
「エルザ、状況報告を頼む」
『了解、キャプテン。連邦軍がこちらを攻撃してきています。戦力は確認されているだけでもガントレットが2機、ヘリが3機、コンバットジープが6台です。現在、<グレイハウンド>が砂丘の陰から迫撃中。<ノーティラス>の被害は軽微です』
「そうか、連邦軍にしては早いな。そのまま迎撃を続けろ。連邦に獲物を渡すわけにはいかないからな」
『了解、キャプテン』
通信がプツンと切れた。
ゼグラムがヴァイスに肩をすくめてみせる。
「と、いうわけだ。思ったより連邦の動きが早いもんでな。強引にいかせてもらう」
再び傭兵達が銃をあげる。
「その娘を引き渡すか蜂の巣になるか……。早く決めろ、ガキ」
「……くそ」
ヴァイスは小さくつぶやいた。
たしかにハクに銃を突きつけていれば、撃たれることはまずないだろう。
しかし、相手は戦闘のプロだ。
しかもそれが6人いる。
こんな事をしていてもいつかはこちらがジリ貧になるのは目に見えていた。
くそッ、どうすれば―――
「……ヴァイス…」
ハクの囁きに、ヴァイスはハッとした。
すぐ後ろで朽ちている作業用AG。
これがハクの言う通り本当に動けば、この場を切り抜けることは不可能ではない。
だが、本当にこんなボロボロのAGが―――
「ヴァイス」
再び、ハクが囁いた。
その翡翠の瞳は、まっすぐにヴァイスを見つめている。
「わたしを……信じて」
ヴァイスは一瞬迷った後、ゆっくりとうなずいた。
「……ああ、わかった」
その言葉と同時に、彼らは背後の作業用AGのコクピットに向けて走りだした。
ゼグラム達が照準を向ける。
しかし、ゼグラムはすぐに舌打ちした。
ハクがヴァイスを庇うように走っているため、どうにも撃てないのだ。
そうこうしている内に、ヴァイス達は朽ち倒れた作業用AGのコクピット(※)に飛び込んでいた。

(※AGのコクピットは普通AGの胸の部分、つまり地上から約7、8m程にあり、通常は備え付けられた搭乗ワイヤーに掴まって乗る。この作業用AGは朽ち倒れていたため、コクピットが地上から入れる位置にあった)

ヴァイスが飛び込んできたハクを抱きとめ、錆びついたキャノピーを力づくで閉める。
埃がぶわっと舞いあがった。
「げほっ!ごほっ!……っと、動力は…」
ヴァイスは祈るような気持ちでパネルをいじった。
が、コンソールはうんともすんとも言わない。
ヴァイスの脳内を絶望の二文字が駆け抜けた。
動力源の反応炉が死んでしまっている。
無理もない、こんなに朽ちているのだ。
「どうすりゃ……いいんだ…」
傭兵どもはすぐにでもキャノピーをこじ開けてくるだろう。
そうなれば逃げ道はどこにも―――
「大丈夫」
ハクが囁いた。
コクピットが狭いため、ほんとにすぐ近くだ。
「助けてって祈れば、きっと応えてくれる」
「祈るって……神様にかよ?」
ハクはそれには答えず、手のひらを組み合わせた。
まぶたを閉じ、意識を集中させる。


―――お願い、助けて………動いてッ!!―――


冷えきったAGの反応炉に、火が灯った。




「はっはぁ!わざわざ自分から追い込まれてくれるとはねぇ!」
部下の一人がそう言いながら、朽ちた作業用AGに近づいていく。
ゼグラムもフッと笑い、ライフルを背中に回した。
あの少年も馬鹿な事をしたものだ。
自ら逃げ道を断つなど愚の骨頂。
ゼグラムは懐からタバコを取り出し、口にくわえ―――ようとして、取り落とした。
その目は驚愕に見開かれている
「……そんな」
しばらくして、ようやく彼は言葉を絞り出した。
「そんな……馬鹿な…」
朽ちたはずのAGが、軋みながらゆっくりと起きあがろうとしていた。
部下達も思わず後ずさっている。
「なんの冗談だ……」
呆然とつぶやくゼグラムの前で、作業用AGのゴーグル・アイが起動音と共に輝いた。



「すげぇ……」
ヴァイスもまた、コクピットの中で呆然としていた。
既に死んだはずのコンソールやモニターが起動し、周囲の状況を伝えている。
「ハク、これはいったいどういう―――」
ヴァイスはハクに問いかけ、ハッと気づいた。
ハクが青ざめ、苦しそうに荒い息を吐いている。
「ハク!」
ヴァイスはコクピットの狭さに四苦八苦しながらハクを抱き寄せた。
「大丈夫か!?ハク!」
「だい…じょぶ…」
苦しげに答えるハク。
全然大丈夫には見えない。
「くそっ!」
ヴァイスは急いで計器をチェックした。
とにかく一刻も早くこの場を脱出し、ハクを安全な場所へ連れていかねばならない。
「冷却機能、出力、共に安定……、スゲー…」
朽ちたはずの作業用AGは、先程までの哀れな姿が嘘のように、エネルギーに満ち溢れていた。
今も一部がペキペキとはがれているが、走行には問題ないだろう。
AG自体が移動するシェルターだとでも思えば、今の状況には十分すぎる。
それに昔、作業用AGに乗って働いたこともあり、操作方法もわかっている。
これなら、いける。
「しっかり掴まってろよ、ハク!」
ヴァイスは操縦桿を掴み、一気に押し出した。



作業用AGが、ゼグラムに向けてドタドタとぎこちなく走ってくる。
ゼグラムはロングコートを翻しながら横にローリングして回避し、ライフルを一発放った。
しかし、銃弾は案の定作業用AGの機体に跳ね返されてしまう。
「朽ちているとはいえ、さすがにそこまで柔らかくはないか……」
ゼグラムがそうつぶやくのと同時に、作業用AGは壁を突き破って外に飛び出していた。
このままではまずい。
逃げられるならまだしも、連邦軍に拿捕されては非常に厄介だ。
ゼグラムは通信機を取り出し、怒鳴った。
「アーヴィン! ターゲットが作業用AGに乗って外に出た!破壊はするな!連邦軍に拿捕されないように守れ!」
『はぁ!?ちょっと勘弁してくれよダンナ!』
通信機の向こうから驚いた声が響く。
『こっちはただでさえ寡勢なんだぜ!?これ以上厄介ごとなんて―――』
「なにか文句があるのか?」
『……はいはい、わかりましたよダンナ…』



『俺は<ノーティラス>に戻って指揮をとる。それまでしっかり作業用AGを守れ』
「りょーかい」
アーヴィンはため息まじりに通信を返すと、頭のバンダナを結び直した。
「よーし、聞こえたな、リリア!」
「こんのぉッ!当たれ!当たれぇッ!……ん、なんか言った?アーヴィン」
後部座席で<グレイハウンド>の右肩部折りたたみ式ロングレンジキャノンを制御しているリリアが、アーヴィンに問い返す。
「ちゃんと聞いとけ!いいか、ターゲットの乗ってる作業用AGは狙うn「ちょこまか逃げるなーッ!」
連続した砲撃音。
アーヴィンはため息をつき、操縦桿を握り直した。
「人の話を聞かねぇ連中ばっかりだ……。エルザ!状況を!」
アーヴィンの言葉に通信ウィンドウが開き、縁無しメガネをかけた赤毛の女性が映る。
『アーヴィン、わかってると思うけど、敵は遺跡の北西、プロム方面から来てるわ。数はガントレットが3機と…』
「? さっきより増えてないか?リリアが一機やったはずだが」
『敵の増援よ。ターゲットの作業用AGは現在ここ』
ウィンドウに地図が表示され、作業用AGのいる地点を示す。
―――ものの見事に敵陣営だ。
「勘弁してくれよ……。俺は面倒事が苦手なんだよ……」
『はいはい、愚痴は帰ってきてからね?』
アーヴィンのぼやきに、エルザが興味なさそうに返す。
『<ノーティラス>は微速前進して援護します。健闘を祈るわ』
通信が切れる。
「さて、仕事といきますか…。リリア、暴れるぞ!バックアップ頼む!」
「えーッ!撃ちたりないーッ!」
「撃ちすぎだバカ!」
不平をもらした後部座席の少女に怒鳴り返すアーヴィン。
リリアが不満そうにしながらも砲手からオペレーターに切り換える。
「イオン出力安定!弾薬装填完了!いつでもいけるよー!」
「よし、グレイハウンド、出るッ!」
イオンブースターを噴かし、グレイハウンドが、砂丘の陰から飛び出した。



壁を何回か突き破ると、突然溢れるような光が目を刺した。
外に出たのだ。
「まぶし……」
ヴァイスは目をしばたかせると、周りを確認した。
「………AG?こいつらは…連邦か?」
周りではガントレット(※)が3機程、壁から飛び出してきたボロボロの作業用AGを何事かと見つめていた。

(※ガントレットは大地球連邦の主力量産型AG。地球圏のあらゆる環境に対応するため、アタッチメント・システムが採用されている。これは、ガントレットの素体に『パック』と呼ばれるアタッチメントを装備することで、様々な特化タイプになれるというもの。例えばここにいるガントレット達はデザート・パックを装着したデザート・ガントレット。茶色い軽量増加装甲や、砂が入っても整備が簡単なリニアマシンガンなどを装備した、砂漠戦仕様のガントレットである)

『こちらは連邦軍だ!そこの作業用AG、何をしている!ここは現在戦闘区域だぞ!』
やはり、すぐにガントレットから通信が来た。
「ちょうどいい、助けてくれ!」
ヴァイスは軍人の威圧するような声に怯まず返した。
連邦軍に助けてもらえれば、この場を乗りきれるかもしれない。
「ここで女の子を保護したんだけど、その娘を傭兵団が狙ってる!助けてくれ!」
『女の子……?』
いぶかしげな声が通信機から聞こえてくる。
『その女の子というのはもしや、アッシュブロンドの髪に翡翠の瞳の少女か?』
「へ!?なんで知ってんの!?」
連邦の問いに、ヴァイスが思わずそう返すと、周りにいたガントレットが一斉に作業用AGに銃を向けた。
『見つけたぞ、ターゲットだ!』
「お、おい!なんだってんだよ!?」
ヴァイスがうろたえる中、隊長機らしきガントレットがリニアマシンガンを手ににじり寄ってきた。
『こうもノコノコと出てきてくれるとはな……。おとなしく―――』
次の瞬間、そのガントレットの頭にグレネードが直撃した。
もんどりうって倒れるガントレット。
さらに、そこに3発ものグレネードが撃ちこまれた。
パイロットの悲鳴と共にガントレットが爆散する。
『オラアァッ!蜂の巣になりたいヤツは出てこいッ!』
その言葉と共に、漆黒の機体が両手に構えたリニアサブマシンガンを撃ちまくりながら突っ込んできた。
『くそっ!<センチネルズ>だ!』
そう叫び、残るガントレット2機が応戦を始めた。
たちまちのうちに、硝煙と爆音が辺りに立ち込める。
冗談じゃねえ!
巻き添えくらっちまう!
「逃げるぞ、ハク!」
ヴァイスは相変わらず苦しそうなハクに声をかけると、操縦桿を押し出した。



「あーッ!あの作業用AGが逃げるよ、アーヴィン!」
後ろでオペレーティングしているリリアが叫ぶ。
アーヴィンは思わず毒づいた。
「くそっ!頼むから連邦に捕まらないでくれよ……。リリア、作業用AGから目を離すな!」
「わかってるったら!」
交戦中の敵はデザート・ガントレット2機。
倒せない敵ではないが、時間をかけるのはあまりよろしくない。
「一気に片づけるッ!リリア、ミサイルを!」
「よーし、やっちゃお!ロックする時間を稼いで!」
「言われなくてもッ!」
アーヴィンはアクセルを踏み込んだ。
グレイハウンドがイオンブースターを噴かし、砂漠を弾丸のように動き始める。
ガントレット達もイオンブースターを噴かした。
「機動戦か……。あまりグレイハウンドのお得意じゃねえが」
アーヴィンはそうつぶやきながらも、格闘戦にグレイハウンドを切り換えた。
グレイハウンドが両手に持ったリニアサブマシンガンを腰に格納し、代わりに斬鉄剣(※)を抜き放つ。

(※斬鉄剣はAG用の格闘兵器で、黒く巨大な金属の刀剣のようなもの。長さは約3~5m。コーティングされた特殊合金を利用しており、その切れ味はAGの装甲すら貫く)

敵のガントレットも斬鉄剣を抜いている。
「いくぞッ!」
アーヴィンはアクセルを踏み込み、正面から突っ込んだ。
敵のガントレットもイオンブースターを噴かし、正面から袈裟懸けに斬りこんでくる。
刃と刃がぶつかりあった。
斬鉄剣の特殊合金が激しくわななく。
刹那の後、ガントレットが吹っ飛んでいた。
「グレイハウンドの重さを舐めんなってな!出力もパワーも武装も腕も、こっちのが上なんだよ!」
グレイハウンドは重武装重装甲をコンセプトにした、歩く兵器庫と言ってもいいAGである。
その膨大な負荷に耐えるため出力が大きく、ゆえにパワーもガントレットを上回っているのだ。
しかし、その巨体のため機動性は大きく損なわれている。
吹っ飛ばされたガントレットが巧みにイオンブースターを操りながら体勢を立て直す。
もう1機がリニアマシンガンをグレイハウンドに放ったが、グレイハウンドのぶ厚い装甲が全て弾いた。
「ぬるいぬるいッ!そんなんじゃこいつの装甲は破れねぇぜッ!?」
斬鉄剣を構えたガントレットが再び斬りかかる。
さすがのグレイハウンドの装甲も、斬鉄剣を前にしては熱いナイフに切られるバターのようなものだ。
アーヴィンは慌てて敵の斬撃を斬鉄剣で弾き返した。
特殊コーティングされた合金同士が反発し、凄まじい音をたてる。
アーヴィンはイオンブースターを噴かしてグレイハウンドを後退させ、ガントレット達から距離をとった。
「リリア、ロックオンはまだか!?」
「あと2秒!……ロックオン完了ッ!ミサイルポッド展開!」
リリアの言葉と共に、グレイハウンドの肩、二の腕、胸部、脇腹、足、そして背部のミサイルポッドが一斉に開いた。
「いっけェーッ!!」
リリアが叫ぶ。
次の瞬間、グレイハウンドの全身から何十発もの小型ミサイルが発射された。



背後から聞こえてきた巨大な爆音に、ヴァイスは思わず肩を弾ませた。
「な、なんだ!?」
急いで後部カメラで確認する。
砂丘に隠れてよく見えなかったが、逃げてきた方向、つまり連邦と傭兵団のヤツらが戦ってた地点から、いくつもの硝煙が立ち上っていた。
「どっちが勝ったかわかんねーけど、勝負ついたか……。早く逃げねーとな、ハク」
「うん…」
ヴァイスの体の上で身じろぎしながらハクが頷く。
彼女はようやく顔色がよくなってきていた。
「それにしても、どうしてこのオンボロAGは動いたんだ?反応炉も冷えきってたはずなのに―――」
「助けてくれたんだよ」
「へ?」
ヴァイスは思わずハクの顔を見た。
ハクはいつものポケッとした表情でヴァイスを見つめている。
「このAGが、わたし達を助けてくれたの」
「え?うん、まあ、そうだね?(゜Д。)?」
なんか根本的な答えになってないような気がしたが、とりあえずヴァイスはうなずいた。
「ハク、ひとまずプロムに逃げよう。それから―――」
「左に12mの位置に、くる」
「は?」
ヴァイスは目をぱちくりさせ、相変わらずポケッとした顔のハクを見つめた。
「ハク?いったいどうし―――」
次の瞬間、ヴァイス達から左に12mの位置に、砲弾が爆音をたてて着弾した。
「…………(゜Д゜;」
「右に5mの位置。揺れるよ、掴まって、ヴァイス」
口をパクパクさせるヴァイスに、ハクが再び宣言する。
その言葉通り、砲撃が右側5mの位置に炸裂し、作業用AGが激しく揺れた。
「ちょ、ハク!?どうしてそんなことがわかる―――」
そこまで言って、ヴァイスはハッと気づいた。
そういえば先程傭兵達とやりあった時も、ハクは俺を押したり引いたりして、銃弾から的確に救ってくれた―――
「ヴァイス、避けて!弾が当たる…ッ!」
ハクが叫ぶのをきいたヴァイスは、とっさに機体を横方向にステップさせた。
一瞬後、砲撃が今の今までヴァイス達がいた場所に炸裂した。



「おーおー、今のは危なかったな。威嚇射撃のはずが、作業用AGをバラバラにするとこだったぜ?避けてくれたターゲットによーく感謝しろよ?リリア」
「うっさい!そんなのわかってるよー!」
アーヴィンの言葉に、後部座席で砲手をしているリリアは怒鳴り返した。
なによ、ちょっとミスっちゃっただけだもんね!
リリアはアーヴィンの後ろ姿に思いっきり舌を出すと、残弾数をチェックした。
右肩部折りたたみ式ロングレンジキャノンは今ので弾切れ。
既に全身のミサイルポッド、腕と足のグレネード・ユニットも弾切れだ。
残り武装はリニアサブマシンガン×2と斬鉄剣、そして左肩のチェインガンだけである。
「……アーヴィン、火力高い武装は全部弾切れー」
「ったく……。どっかの誰かがバカスカ撃ちまくるからよ……」
「う、うるさいなーもー!さっさと追いかけよ!あのボロボロな作業用AGなら、この鈍牛でも追いつけるでしょ!?」
「……いや、残念ながらゲームセットのようだ。撤収するぞ」
「へ!?」
リリアは慌ててターゲットの作業用AGを確認した。
作業用AGは、リニアマシンガンを構えたデザート・ガントレットに取り押さえられていた。
そしてこちらに向かってくる10機近くもの機影……。
おそらく、プロムからの増援部隊だろう。
「あれだけの数を相手にするのは無理だ。<ノーティラス>に撤退するぞ」
「………」
リリアは無言だ。
しおれているのだろう。
キレるのも早いが、しおれるのも早いのが彼女だ。
「ターゲットが連邦に拿捕されちまったか……」
グレイハウンドを回頭させながらアーヴィンがつぶやく。
「ゼグラムのダンナにこってり絞られるぞ、こりゃ……」
「ふええ~、オシオキやだー!」



「おら来いッ!」
ヴァイスはキャノピーがこじ開けられた瞬間、連邦兵に胸ぐらを掴まれ、外に引きずりだされていた。
「てめっ……!」
ヴァイスが腰のハンドガンに手を伸ばす。
その瞬間、彼は思い切り殴り飛ばされていた。
視界が歪む。
拳や蹴りが何発もヴァイスの体にねじこまれる。
ハクが彼の名を呼んだ気がしたが、ヴァイスの意識は暗闇に沈んでいった。



「……うむ、そうか、わかった。少年は拘束しておけ。<HAKU>は……」
ジン・シュヴァルツは通信機を握ったまま、近くにいる眼鏡の男にチラリと目をやった。
眼鏡の男が頷く。
「……こちらに寄越してくれ。被害確認と遺体回収も急げよ」
ジンはそう言うと通信機を切り、眼鏡の男に向き直った。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったよ、シュヴァルツ中佐」
銀髪眼鏡の男がにこやかに言う。
「まさか白石が<HAKU>を持ち逃げするとは思わなかったからねぇ」
「……しかし、その<HAKU>はまだ16、7の少女とお聞きしますが……」
ジンの物憂げな言葉に、眼鏡の男はにこやかな笑みを崩さず返した。
「意見は聞かないよ、中佐。君は我々の出す兵器の性能を調査すればいい。それ以上のことに口をだすのは、でしゃばりと言わざるを得ないな。第一、彼女は<禍罪の少女>。あまり深入りすると、君の身の安全は約束できないよ」
「……わかっております、タチバナ大佐」
ジンは眼鏡の男に返すと、資料を手にとり、載っている写真に目をやった。
写っているのは、アッシュブロンドの髪と翡翠の瞳の少女―――ハクだ。
「わかっているさ……」
シュヴァルツは小さくつぶやいた。





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