JEDIMANの瞑想室

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第3章 霧中に咲く火花


あらすじ―――

大地球連邦に捕らわれたハクを保護しようと、ゼグラム率いる<センチネルズ>はプロム性能試験場に奇襲をしかける。
しかし、襲撃は失敗。
連邦もまた、<HAKU>と最新型AG<ブレイズ>をヴァイスに奪われてしまう。
しかし、全員の予想を上回る事態が発生する。
ブレイズの兄弟機である<イェーガー>に偶然乗り込んだ民間人の少女、ミストがブレイズを攻撃し、それに乗じて<センチネルズ>がハクを確保したのだ。
しかし、連邦も追撃の準備を急いでおり、いたちごっこのようなハク争奪戦は、いまだ収まる様子を見せていなかった……



第3章 霧中に咲く火花



ジン・シュヴァルツは瓦礫に腰掛けたまま、廃墟と化したプロムの街と試験場を眺め、深いため息をついた。
昨夜の戦いから明けた今、生き残った将兵は犠牲者の確認や物資の確保に追われていた。
とにかく、失ったものが多すぎた。
連邦軍重要機密である<HAKU>とブレイズは言うに及ばず、多数の兵士の命にガントレットを8機、おまけに試験場とプロムの街は壊滅した。
―――絶望するには十分だ。
だが、絶望に明け暮れている場合ではなかった。
一刻も早く傭兵団<センチネルズ>の追跡に当たらなければならない。
―――そう、奴らを逃がすわけにはいかない。
「中佐」
突然かけられた声に、ジンは振り向き、口を開いた。
「ミラー、君か」
そこにいたのは、性能試験場のオペレーターを務めていたミラーという男だった。
ミラーは細身の体にメガネをかけた沈着冷静な男性で、襲撃の際の落ち着きぶりを見ても、たかがオペレーターに収まるような器ではない、とジンは踏んでいた。
「大地球連邦首脳会議<グレート・ブレイン>から伝達です」
「来たか、左遷通知が」
ミラーの言葉に、げんなりとした表情を隠しもせずに答えるジン。
大きなため息が彼の口を突いて出る。
「これだけの被害を出した責任があるからな。……だが、できればもう少し、弱き連邦国民のために働きたかった……」
「<ユニセロス>のブリッジにお戻りを」
ジンの言葉にも表情をほとんど変えず、ミラーが催促する。
「わかったわかった」
ジンは思わず苦笑いすると、座っていた瓦礫から重い腰をあげた。
「さーて、ジジイ達<グレート・ブレイン>のありがたーいお言葉を聞きにいくか」



「なんだこの無茶苦茶な内容は!ロスのクソジジイどもが!!」
ジンはそう怒鳴ると、座っていた指令席の肘かけに拳を思い切り叩きつけた。
響いた大きな音に、近くのコンソールで作業していたそばかすの女性―――マーガレットがビクリと肩を跳ねさせ、ジンを肩越しに振り返る。
「ちゅ、中佐?」
「いったい何がどうしたらこんな内容になる!」
「あ、あの、ど、どんな内容だったんです?」
険しい顔でうめくジンに、マーガレットがおずおずとたずねる。
「……『大地球連邦首脳会議<グレート・ブレイン>の名により北米方面軍第一師団第22連隊所属、プロム兵器性能試験場責任者、ジン・シュヴァルツ連邦軍中佐に指令を下す』」
ジンが鬱々とした表情で語りだす。
「『プロム性能試験場は放棄。残存兵力はジン・シュヴァルツ中佐のもと第八特務機動隊として再編。同中佐の責任及び指揮のもと、傭兵団<センチネルズ>を追跡し、<HAKU>を奪還せよ』」
「特務機動隊隊長ですよ!よかったじゃないですか!」
「いいわけがあるか!」
明るく言ったマーガレットに怒鳴りつけるジン。
が、すぐにハッとし、ウサギのようにビクついているマーガレットに謝った。
「いや、すまない。君に怒鳴るべきことじゃないな。……だが、私の力不足で多くの兵士の命を散らせてしまった。そのことを考えると、とてもではないが責任者を続けることなど……」
「いや、君が責任者を続けるのは私からの要請だ」
ブリッジの扉が開くと同時に、そんな言葉がジンの耳に飛び込んできた。
「今最も<センチネルズ>に近い戦力は我々。そしてそれを束ねられるのは、シュヴァルツ中佐、君をおいて他にはいないよ」
「タチバナ大佐!」
ジンは慌てて指令席から立ち上がり敬礼した。
マーガレットもテンパりながら従う。
タチバナはいつもの笑みを浮かべて敬礼をやめるよう手振りで指示すると、指令席の近くの席に、よっこらせとばかりに座った。
「しかし、大佐……」
敬礼を解きながら、ジンが暗い表情で言う。
「私の能力の無さにより、とんでもない被害を出してしまいました。とても責任者を続けるわけには……」
「むしろ、<HAKU>とシンクロしたブレイズを相手にして、よくこれだけの被害に抑えた、と言えるかもしれない」
「……は?」
予想外の言葉に、ジンはまじまじとタチバナを見つめた。
タチバナの顔はいつもの笑みを浮かべており、冗談なのかどうなのかさっぱりわからない。
「リジェクト・リング<草薙の環>。あの超広範囲の居合い斬りは、下手をすれば一個艦隊を壊滅させる」
タチバナは蚊取り線香の効果を説明するぐらいあっさりと言い放った。
「それを考えると、被害は軽かったと言えないかい?」
「……しかし!」
「どのみち、君達は知りすぎてしまった」
急にトーンの下がったタチバナの言葉に、ジンは思わず口をつぐんだ。
「<HAKU>、ブレイズ、そしてリジェクト・リング<草薙の環>。どれも第一級の軍事機密だ。どう考えても君達は必要以上に知りすぎた。そうは思わないかい?」
なるほど、口封じに近いわけだ。
ジンは心中で苦々しく思った。
特務機動隊とはよく言ったものだ。
実際は機密を知りすぎた者達を危険な任務に飛ばす棺桶にすぎないではないか。
「そもそも、君がなんと言おうと、グレート・ブレインの指示は絶対だよ?中佐」
タチバナがにこやかなまま、しかし言外のプレッシャーをシュヴァルツにかける。
「出発は5時間後。我々に与えられた戦力はイェーガー、ディアブロ、ユニセロス、そして200余名の誇り高き連邦兵だ」
タチバナの目が一瞬細くなる。
シュヴァルツは思わず、そこから覗く瞳に射抜かれた気がした。
「絶対に<HAKU>を取り戻す。―――最悪、殺す。そう、なんとしても、だよ」



「しっかし今回は大変だったねぇ」
<ノーティラス>の操舵手、エルハンスが操舵輪にもたれかかりながら疲れたように言う。
手にはお気に入りのマグがあり、黒いコーヒーが湯気をたてている。
「ターゲットを廃工場に追い詰めたけど、連邦の介入でターゲットを取り逃し、んで、奇襲でようやくターゲットの保護に成功したと思ったら、グレイハウンドは右足が大破したし、おまけにミサイルや砲弾をボンボン使っちまったからなぁ……弾薬費用が心配だねぇ」
エルハンスは全然心配してない表情で肩をすくめてみせる。
「な、副艦長さん」
「それを言わないでぇ~」
エルハンスの言葉に、コンソールで経理作業をしていた黒髪ショートの女性が泣き崩れる。
「もう収支は火の車よ!リリアちゃん!ちょっとは経理担当のことも考えて弾を使って~!」
「む、なによぉ!」
席に座って自らのココアにふーふーと息を吹きかけていたリリアが、黒髪女性の言葉に頬を膨らませる。
「それじゃああたしがまるで考えなしのトリガーハッピーみたいじゃない!」
「違うのかよ……」
壁によりかかったアーヴィンが、あきれ顔でつぶやく。
「明らかに無駄弾が多すぎだっつの。ヴィクターのオッサンもそりゃ泣くわな」
「ふーんだ、オッサンのことなんて知らないもーん」
リリアがそっぽをむいて手にしたマグのココアをすする。
「もう、リリアったら……」
リリアの姉、オペレーターを務めるエルザが自らのマグにコーヒーを注ぎながら、ため息まじりにつぶやく。
「ごめんなさい、マリー。いつものこととはいえ、リリアが……」
「ん、なんとかするからだいじょーぶ!任せんさいな!」
マリーと呼ばれた黒髪女性が明るくニカッと笑う。
「キャンプ・パナマに到着すればあの娘(ターゲット)をクライアントに引き渡せるからね~。そうすればお金ガッポガッポ!十分元手はとれるんだよ☆」
「へ~、あのケチな革命軍がよくそんなに出す気になったね」
コーヒーにミルクを注いでいた、主に火器管制を担当するオペレーター、ソフィアが若干驚いたように言う。
「いつも連邦と戦争かましててお金のない彼らのことだから、報酬なんてしみったれてると思ったけど……」
「へへー、この先2年は遊んで暮らせる金額だよ♪」
マリーが幸せそうな口ぶりで言う。
「この艦だって改装できるし、しばらくは休暇だって出せるし……。とにかく、莫大な報酬なのよ~♪」
「マジか!?」
エルハンスの目が輝く。
「ひゃっほう!だったらちんたらせずに早く行こうぜ~!南米の美女達が俺を待っている!」
「でも、実際大変なことに足を突っ込んでる気がするのだけど……」
うかれるエルハンスをよそに、物憂げにつぶやくエルザ。
「プロム性能試験場で見せた、超広範囲の居合い斬り……。あの娘は何者なの?」
「さあね~」
再び経理の作業に入ったマリーが、気の無い返事を返す。
「ま、大丈夫なんじゃない?あの娘は莫大な報酬をかけて革命軍が手にいれたがってて、連邦もその確保に血眼になってる程度の存在だし」
「…さすがに楽天的すぎよ、マリー」
エルザがあきれたようにため息をつきつつ、頭を押さえる。
「……で、あの娘と一緒にいた少年は何者なんだい?」
と、エルハンス。
「ほら、金髪に碧眼のあの少年だよ」
「彼はあの娘を守護する者、言わばガーディアンよ」
答えたのはマリーではなく、ソフィアだった。
「それに、キャプテンとも浅からぬ因縁があるの」
「なッ……!まじかよ!?」
エルハンスが驚きの声をあげ、ソフィアが声のトーンを落とす。
「あのキャプテンが娘を―――ターゲットを、少年の手によって、しかも2回も取り逃したのよ?少年がただのそこんじょそこらのガキんちょに思える?」
「た、たしかに……」
エルザが驚きに目を見開き、人形のようにカクカクとうなずく。
「うちのキャプテンがそんな失敗をするなんて、普通じゃありえないわ……」
「そう、あの少年は―――」
ソフィアの目がせばまり、皆が息をのんだ。
「―――キャプテンと恋人同士だったのよッ!」
「「「な、なんだってー!?」」」
衝撃の展開だった。
ソフィアが恍惚とした表情で話し続ける。
「あの少年はかつてはキャプテンと愛を語りあった仲だったの。でも、少年はあの娘の守護者という生まれながらの使命を持っていた……。運命は2人の関係を許してはくれなかったのよ。それでも、キャプテンは彼を傷つけることができなかった………」



爆炎渦巻く試験場の中、2人の男が睨みあう。
一人は射抜くような視線で銃を構える藍色ロングコートの男、そしてもう一人は少女を背後にかばった金髪碧眼の少年だ。
「……どけ、俺はお前を―――あんなにも俺のことをわかってくれたヤツを殺したくはない。廃工場では見逃してしまったが……今度は逃がさない」
「わかってるさ、ゼグラム……」
ゼグラムのドスのきいた声に、少年が歯をくいしばり、首を横に振る。
「だけどもうあの頃には戻れない!戻れないんだよ!……俺はこの娘を守護する者……生まれる前から決まっていたことなんだ!」
そういって少年は少女の前に体を張った。
「さあ、撃つなら撃てよ、ゼグラム!」
「……」
「…………」
「……………いや、無理だ」
長い沈黙の後、ゼグラムが銃を下げる。
「俺はお前を撃てない……撃てるものか!」
「ぜ、ゼグラム……」
「……待ってろ、俺が必ず……必ずお前を縛る運命とやらから救ってやる!絶対だ!……だから、約束してくれ、お前も俺を信じると……」
「………」
少年が顔を伏せ、しばらくして上げる。
その瞳は涙に濡れていた。
「うん、信じるよ、ゼグラムのこと!」



「…………という裏事情が―――」
「ふざけた妄想抜かしてんじゃねえぞこの腐女子ッ!!」
ようやくアーヴィンのツッコミが入りました。



ガシュッと音をたててオートドアが開く。
ジンはそのドアをくぐりながら、真っ白い部屋の真ん中に置かれた椅子に座る少女に目を向けた。
栗色の髪を肩まで伸ばした少女だ。
しかし、その柔らかな栗色の髪は乱れ、優しげな顔立ちは暗い色を浮かべている。
この少女―――ミスト・レインズが、あのイェーガー<狩人>を……。
ジンはそう思いつつ、ミストと机を挟んだ椅子に座った。
看守が扉を閉め、虚無的なまでに白一色な部屋に静寂が下りる。
数分後、ジンはゆっくりと口を開いた。
「連邦軍管轄下にある兵器の私的使用及び破損、無許可戦闘、第二級機密との接触、その他諸々。これが君の罪状」
ミストは黙りこくったまま、顔をあげようともしない。
「本来ならば、この罪状に比例した重刑が君、ミスト・レインズに課せられる。……だが、今はイレギュラーな事態のさ中だ。グレート・ブレインは君にある条件を提示している」
「……………」
「………その条件とは、連邦軍への入隊だ」
ジンは言いづらそうにその条件を口にした。
この境遇の少女にこんな条件を提示するとは……。
さすがはグレート・ブレインのお偉いさん方だ、腐っている。
「もし君がこの条件を飲んで入隊した場合、試験段階にあるイェーガーのテストパイロットを任官することになる。だが、イェーガーはこれから<センチネルズ>を追跡する第八特務機動隊に所属している。つまり、必然的に戦闘に参加することになるだろうな」
「………」
「……………」
しばらくの静寂。
と、急にミストが口を開いた。
「………します」
「ん?」
「入隊します」
そう言って顔をあげたミストの目には、怒りの炎がチラチラと燃えていた。
「母はあのブレイズというAGに殺されました。あの機体は……わたし自身の手で撃破します……絶対に…!」
……やはり、こうなるか。
母を殺した相手への復讐に燃える少女と、その天性のパイロット能力を欲しているグレート・ブレイン―――
両者の利害が一致しているのだ、こうなることは目に見えていた。
しかし。
「………考えなおす気はないか」
ジンはミストの目を見つめ、静かに質問した。
この優しげな民間人の少女が、復讐の炎に身を焦がし、殺戮の血に手を汚すところなど見たくはない。
しかし、ミストの答えは否だった。
首を横に振る彼女に思わずため息をつきつつも、ジンは封筒を取り出し、中から一枚のプリントを取り出した。
プリントには、地球を背にした鷲のエンブレムが描かれ、その下に細かな文字で何やら書かれている。
「拝命証だ」
シュヴァルツがそう言って紙をミストに渡す。
「大地球連邦軍へようこそ。たった今から君は軍属―――大地球連邦軍第一師団第八特務機動隊所属のパイロットとなる。自らの義務と責任を全うするように………ミスト・レインズ伍長」



「ふぅ……」
マーガレットは一通りの作業を終え、大きく伸びをした。
タチバナの指定した出撃時間まで残りわずか。
<ユニセロス>の発進準備は急ピッチで行われていた。
既にイェーガー、ディアブロの格納は完了し、兵器や弾薬のチェック、人員の把握も済んでいる。
あとはシュヴァルツ中佐の号令さえあれば出撃できる状態だ。
……それにしても。
マーガレットは横目で、シュヴァルツ中佐の傍らにたたずむ栗色の髪の少女を盗み見た。
ミスト・レインズ。
たしか、そう名乗っていたその少女は、若干おどおどした様子でブリッジを見回している。
……あの少女が、操縦すら難しいイェーガーを完璧なまでに使いこなしたとは、到底思えないことだ。
しかも、全くのド素人が、だ。
……とにかく、彼女にはその手の才能がある、ということだろう。
マーガレットは再びキーボードを叩きながらそう考えた。
ならば、それなりに活躍してもらわなくては。
現在<ユニセロス>の艦載戦力はイェーガーとディアブロのみ。
その片翼を担うのがミストなのだ。
活躍してもらわなければ困る。
「……それにしてもなあ」
マーガレットは小さくため息をついた。
まさか連邦軍に入隊してわずか1ヶ月でこのような事態に巻き込まれるとは。
自分もつくづく運がない。
と、シュヴァルツの大声がブリッジに響いた。
「これより、第八特務機動隊は傭兵団<センチネルズ>の追撃に取りかかる!出航シークエンスを開始せよ!」
マーガレットは装着したインカムを構え直した。
「イオン・リアクター(反応炉)準備よし!各搬入扉、ロック確認!ゲート、開門せよ!」
その言葉と共に、地下ドッグの天井がゆっくりと開き始め、その隙間から太陽光が貫くように射し込んできた。
「イオン・リパルサー、起動!」
リパルサーが唸りをあげて稼働し、<ユニセロス>の巨体をゆっくりと浮かび上がらせていく。
やがて、地下ドッグから浮上した<ユニセロス>が、太陽光に純白の艦体を輝かせながら、その姿を地上に現した。
流線型の艦体が太陽光を反射するその姿は、崇高さすら感じさせるほどだ。
<ユニセロス>―――正式名称ユニセロス級一番艦<ユニセロス>は、ブレイズを搭載及び運用する事を前提として開発されたアサルトクルーザーである。
その強力なリアクターは大型艦としては随一の快速を誇り、また、艦全体が、『善』を連想させる白銀にカラーリングされている。
もちろん、それが大地球連邦軍のイメージ戦略である事は言うまでもない。
だが、大地球連邦軍最新鋭艦の名に恥じない実力も備えている。
「<ユニセロス>、前進!」
シュヴァルツの号令のもと、白銀の戦艦はゆっくりと進み始めた。




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