JEWEL

JEWEL

I beg you ◆1◆

土方さんが両性具有です、苦手な方はご注意ください。

-壬生狼や・・
-近寄ったらあかん、頭から食われるで

市中巡察の際、時折町民達がそんな事を囁き合いながら、冷ややかな視線を自分達で送ることに、歳三はもう慣れっこになってしまっていた。

(狼か・・悪魔と呼ばれるよりはましだな。)

浅葱色の羽織を翻し、京都市中を巡察しながら、歳三は昔の事を思い出していた。

歳三―新選組副長・土方歳三は、多摩の豪農・土方家の末息子として生を享けた。
母親は長く続いた産みの苦しみの果てに産声を上げた我が子の身体を見て絶句し、長い間精神を病むこととなった。
何故ならば、歳三の身体にはそれぞれ男女の証があったからだ。
土方家は、歳三を男児として育てる事にした。
歳三の身体の秘密を知る母親は、彼が五つの時に肺病で亡くなり、上の兄姉達は歳三の身体の秘密を決して口外しないことを誓い合った。
早くに両親を亡くした歳三は、末っ子ということもあり、上の兄姉達-特に長男・為次郎と、養い親である次男・喜六とその妻・なか夫婦によって溺愛されながら育った。
雪のように白い肌と、美しい紫の瞳、そして艶やかな黒髪―類まれなる美貌とは裏腹に、歳三は“触れたら傷つく茨のような餓鬼”-バラ餓鬼と呼ばれ、周囲の人間から恐れられていた。
「トシ、あんたまた奉公先を追い出されたんだってね?これで何度目なの?」
「俺ぁ奉公なんざ性に合わねぇ。俺ぁ武士になるんだ。」
のぶは、溜息を吐きながら弟との会話を切り上げ、夫・彦五郎の部屋と向かった。
「またかい。」
「ええ。全く、あの子はいつになったら落ち着くのやら・・このままただ飯を喰らっているだけなら、追い出してやろうかしら。」
「まぁ、それは本人が決める事だ。」
「トシを女として育てていたら、こんなに苦労することはなかったのに。」
「のぶ、それを言っちゃしめぇだ。あいつは、女子として生きることは苦痛だろうよ。」
「そうねぇ・・」
のぶが夫とそんな事を話している頃、当の歳三は試衛館道場で剣術の稽古をしていた。
「勝っちゃん、居るか?」
「おぉトシ、今日も来たのか!」
「急に暇になっちまったから、何もすることがなくてな。」
「その様子だと、また奉公先から追い出されたのか?これで何度目だ?」
「のぶ姉と同じことを言うんじゃねぇよ。」
「すまん。稽古が終わったら、団子でも一緒に食おう。だから機嫌を直してくれ、トシ。」
「わ、わかったよ。」
歳三はこの頃から、近藤勇に密かに想いを寄せていた。
だが、彼には自分の身体の秘密を明かせなかった。
明かすことで、今の関係が壊れてしまうのではと思ったからだ。
そんなある日の事、歳三がいつものように薬の行商で人気のない道を歩いていると、そこへ昔喧嘩で自分が倒した悪ガキで今は隣村のならず者の源太が向こうから歩いてきたことに気づいた。
「誰かと思ったら、石田村のバラ餓鬼じゃねぇか。暫く会わねぇうちにすっかり化けちまったな。」
源太はそう言うと口元に下卑た笑みを浮かべ、歳三を廃屋の中へと引き摺り込んだ。
「やっぱりな・・男のなりして、お前ぇが女だってことは気づいていたぜ。」
歳三の着物を剥いだ源太は欲に滾った目で歳三の白い乳房を見ながら、彼女の下腹をまさぐった。
「何だ、これ?」
源太が己の下腹をまさぐった後、歳三は隙を見せた彼の顔を拳骨で殴り、自宅へと駆け戻った。
「悪魔、あいつは悪魔だ!」
廃屋でのあの忌まわしい出来事から暫く経った後、歳三は久しぶりに試衛館道場へと向かった。
「トシ、久しぶりだな。」
「勝っちゃん。」
「お前が暫く姿を見せないから、心配していたんだぞ。」
「すまねぇ、ちょっと体調を崩してな・・」
「そうか。余り無理をするなよ。」
そう言った勇は、歳三の華奢な肩を大きな手で叩いた。
「なぁトシ、何処か怪我をしたのか?」
「何で急にそんな事を聞くんだ?」
「いや、何でもない・・忘れてくれ。」
勇は少し気まずそうな様子でそう言った後、慌てた様子で道場から去っていった。
その時、歳三は自分の袴が生温い血で汚れている事に気づいた。
(畜生!)
初めて初潮を迎えた時の事を、歳三は今でも憶えている。
“歳三、あんたはね・・あんたの身体は、普通じゃないのよ。”
姉から聞かされた、驚愕の事実。
男でも、女でもない己の身体-剣術で鍛えても一向に逞しくならない筋肉、それと比例するがごとく、丸みを帯びてゆく不安定な身体。
(俺は一体何者なんだ?男でも女でもない、半端者じゃねぇか!)
己の身体に歳三が懊悩する日々を送っていた頃、彼はいつものように薬の行商で江戸市中を歩いていると、供を連れて歩いている一人の少年の姿に気づいた。
少年が纏っている光沢のある着物で、歳三はすぐに彼が高貴な身分に属する人間であることに気づいた。
その事を証明するかのように、少年は供である青年に対して傲慢な態度を取っていた。
「申し訳ありません風間様・・」
「詫びなど不要だ。興が削がれた、行くぞ。」
「はい・・」
日本人にしては珍しい金色の長い髪をなびかせ、少年は供を従えて歳三の元へと歩いてくるところだった。
歳三が少年とすれ違った時、彼は少年に突然袖を掴まれた。
「お前、名は?」
「ガキの相手なんざしてる暇はねぇんだ。」
「ガキではない、俺は風間千景だ。お前、気に入ったぞ。」
深紅の瞳で少年はそう言って歳三を見つめると、口端を歪めて笑った。
「俺は高貴な女が好きだ。お前とはまた会う事になるだろう。」
「風間様、もう行きませんと・・」
「うるさい、わかっている。」
(なんだ、あの変なガキは?)
これが、歳三と風間千景の運命の出逢いだった。
だが二人はこの時、自分達が動乱の波に巻き込まれてしまうことを、まだ知らない。
「天霧、何処だ?」
「ここにおりますよ。」
「あの女の素性はわかったのか?」
「はい。」
天霧はそう言うと、歳三の素性が記された紙を千景に手渡した。
「あの女、武家娘ではないのか。まぁいい、俺はあの女を必ず手に入れる。」
「どうなさるおつもりで?」
「俺に考えがある・・」
そう言った千景の真紅の瞳が、キラリと光った。
「はぁ、俺に縁談!?」
「そうよ。どうしてもあんたに会いたいって!」
「俺は行かねぇぞ。結婚なんて・・」
「いいから!」
のぶは嫌がる歳三の髪を無理矢理結い、上等な振袖を着せた。
「黙っていたら、美人ねぇ。」
「うるせぇ!」
「あんたは口を開いたら悪態ばかり吐いて!いい事、大人しくしているのよ!」
「わかったよ!」
縁談相手は、直参旗本の一人息子だった。
「お宅は美男美女揃いだと噂に聞きましたが、本当に歳三様はお綺麗ですねぇ・・」
「まぁ・・」
(さっきから顔の事しか言ってねぇな・・)
「歳三様、どうかされました?」
「いえ・・何だか緊張してしまって。」
「そうですか。」
見合いは、滞りなく終わった。
「あ~、かったるい!」
帰宅後、歳三は乱暴に結っていた髪を解くと、窮屈に自分の身体を縛めている帯を解いた。
のぶはせっせと自分の髪を結ってくれたが、頭が重いし、首が痛くなってしまうから嫌だ。
「これで良し、と・・」
鏡の前でいつもの一本結びの髪型にすると、普段着ている着物に袖を通した歳三は、そのまま家から出て試衛館へと向かった。
「勝っちゃん!」
「トシ、久しぶりだな。」
「あれ、土方さんどうしたんです、白粉なんか塗って?」
「え?」
総司から指摘され、歳三は自分が白粉を落としていない事に気づいた。
「珍しいな、トシが白粉なんて。」
「もしかして、若先生と久しぶりに会うから、おめかしして来たんでしょう。」
「う、うるせぇ!」
そう言った歳三は、頬を赤く染めていた。
「トシ、今夜は泊まるのか?」
「あぁ。今日はこんな時間まで稽古していたからな。」
「そうか。夕飯の後に大事な話があるから、俺の部屋に来てくれ。」
「・・わかった。」
勇の様子が、いつもと違う事に歳三は気づいた。
「あれ、土方さんは?」
「あぁ、トシさんなら風呂だよ。」
「こら、待ちなさい、総司!」
慌てて自分を追いかけようとする井上源三郎こと“源さん”を振り切った総司は、歳三が居る風呂場へと向かった。
「土方さ~ん、一緒にお風呂に入りましょうよ!」
総司がそう言いながら風呂場に入ると、そこには湯気を纏った歳三の姿があった。
抜けるような白い肌は、上気してかすかに薄紅色に染まっており、艶やかな黒髪は下ろされていた。
「・・何、ジロジロ見てんだ?」
「一緒にお風呂入ろうかなぁって・・」
「急に入ってくんじゃねぇよ。俺はもう上がるから、さっさと入れ。」
「は、はい・・」
その後、湯船の中に首まで浸かっても、総司は歳三の裸体が忘れられなかった。
「勝っちゃん、俺だ。」
「トシか、入れ。」
「あぁ・・」
勇は、部屋に入って来た歳三の色香に、思わず卒倒しそうになった。
「どうした、勝っちゃん?」
「あぁ、すまん・・」
「俺に話してぇ事ってなんだ?」
「・・実は、天然理心流宗家を継ぐ事になった。」
「それはめでたい事じゃねぇか!」
「そうなんだが・・」
勇の沈んだ表情を見た歳三は、彼がこれから何を言おうとしているのかがわかった。
「さっき義父(ちち)が、宗家を継ぐのだからそろそろ身を固めろと・・」
「へぇ、そうか・・」
「トシ、俺はずっと、お前の事を・・」
「わかっている。俺も同じ気持ちだから・・」
「トシ・・」
「だから、抱いてくれ・・」
それ以上、二人の間に言葉は要らなかった。
「あまり見ないでくれ、恥ずかしい・・」
「とても綺麗だ、トシ・・」
勇はそう言うと、歳三の身体に覆い被さった。
「ずっと、お前を抱いてみたかった・・」
「勝っちゃん・・」
歳三はそう言うと、涙を流して身を委ねた。
勇は、天然理心流宗家四代目を襲名する前に、徳川家の家臣である松井つねと結婚した。
それは1860(安政7)年の事だった。
近藤勇の妻となったつねという女は、何処か掴みどころのない雲のような性格をしていた。
もっとわかりやすく言えば、“何を考えているのかわからない”性格である。
試衛館は貧乏道場だが、食客が多く、つねや勇の養母・ふでが彼らの食事の世話をしていた。
「いやぁ、つねさんが来てくれて助かるなぁ。」
「あの子は働き者だから、あたしとしてはかなり助かっていますよ。」
ふでがそう言って笑っていると、そこへ噂の当人が勇達の前にやって来た。
「お義母様、少し出掛けて参ります。」
「そうかい、行っておいで。」
「はい。」
つねはそう言ってふでに頭を下げると、彼女を従えて出て行った。
「あら、土方様。」
「つねさん、何処かへお出かけですか?」
「えぇ。勇さんなら、母屋に居ますよ。」
「ありがとうございます。」
「では、わたくしはこれで。」
「お嬢様、こちらの方は?」
「土方歳三様とおっしゃって、勇さんの昔からのご友人よ。」
つねの言葉に、歳三は少し棘があるように思えた。
「さぁ参りましょう。」
「はい、お嬢様。」
つねの侍女・リンはキッと歳三を睨むと、そのまま主の後を追った。
(何だ?)
歳三は自分に対するリンの態度が気になったが、さほど気にも留めなかった。
「勝っちゃん、居るか?」
「トシ、今日は早いな。」
「あぁ。さっきつねさんと門の前で擦れ違ったが、何だかあの人、俺苦手だな。」
「どうしてだ?」
「何だか・・上手くは言えねぇが、つねさんは俺の事を一方的に敵視しているような気がするんだ。」
「考え過ぎだろう!」
「そうか・・」
「あれぇ土方さん、またあのインチキ薬を売りに来たんですか?」
「うるせぇ、総司。」
「そんなに怒ると眉間の皺が増えますよ。」
「誰の所為だと思っていやがる!」
「あ、鬼婆だ~!」
「うるせぇ~!」
「トシ、落ち着けぇ~!」
木刀を振り回しながら総司を追いかける歳三を、更に勇が追いかけていた。
「なんだか、あの三人のああいう姿を見ると何だか安心するんだよなぁ。」
「わかるぜ。」
「何だか土方さんが口うるさい母ちゃんみたいに見えて来たぜ。」
「おい、誰が母ちゃんだって、新八?」
「それは土方さんに決まって・・って、土方さんいつの間に!?」
「さっきから何コソコソとしゃべっていやがる!?」
「ひぃ、くわばら、くわばら!」
新八がそう言って歳三を見ると、彼はまるで鬼のような顔をしていた。
「楽しかったですね、お嬢様。」
「えぇ。お芝居を見るのは久しぶりだったわ。」
つねはそう言ってリンと連れ立って歩きながら、帰り道の途中で団子屋を見つけた。
「まぁ、美味しそうだわ。」
「えぇ、本当に。」
つねはそう言うと、リンと共に団子屋の中へと入った。
「旦那様にも、食べさせてあげたいわ・・」
「えぇ。」
勇は甘い物が大好きな“甘党”である事をリンも知っているので、彼女は店主に頼んでみたらし団子を包んで持ち帰った。
「それよりもお嬢様、あの方と勇様は一体どのようなご関係なのです?」
「さぁ・・わたしには余りわからないわ。ただ、土方様はわたしより美しいのは確かだわ。」
「お嬢様・・」
つねに彼女が物心つく前から仕えていたリンは、彼女が己の容姿に引け目を感じている事を知っていた。
それ故に、リンは主よりも美しい勇の友人を見て、ある思いに囚われてしまった。
主が彼によって悲しい思いをするのではないかと。
「日が暮れる前に帰りましょう。」
「はい、お嬢様。」
つねがリンと共に家路を急いでいると、簪や櫛などを売っている小間物屋の店先で、彼女は意外な人物の姿を見た。
「勇様・・」
(旦那様が、何故ここに?)
つねが暫く勇の方を見ていると、彼は少しはにかみながら一枚の櫛を手に取った。
それは、赤地に白梅の模様が入ったものだった。
「リン、行きましょう。」
「まぁ、どうして?」
「いいの!」
つねの態度が少しおかしい事に、リンは気づいた。
「お嬢様?」
リン達が道場へと戻ると、丁度歳三が井戸端で汗を手拭いで拭っていた。
雪のように白い肌に、時折水が弾いて水晶のように輝いていた。
どうして、こんなにも彼は美しいのだろうか―リンがそう思っていると、そこへ勇が現れた。
「トシ、髪が乱れているぞ。」
「いいって、こんなもん。」
「どれ、俺が梳いてやろう。」
そう言って勇が懐から取り出したのは、あの小間物屋で彼が手に取っていた櫛だった。
「やっぱり、トシには赤が似合うなぁ。」
「そうか?」
あの美しい赤い櫛が、歳三の射干玉の黒髪によく映えていた。
「リン、団子を皆さんにお出しして。」
「はい・・」
リンが勝手場で茶を淹れていると、そこへ歳三がやって来た。
「何か、手伝う事はねぇか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「そうか・・」

(あんな方、絶対に認めないわ!)

リンの中で、少しずつ歳三への敵意が募っていった。


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