JEWEL

JEWEL

禁断の果実 1

一部性描写含みます、苦手な方はご注意ください。

「おめでとう!」
「お幸せに~!」
晴天の空に響く鐘の音を聞きながら、雪村千鶴はタキシード姿の新郎を、切ない表情を浮かべながら見ていた。
その隣に立てたのは、自分の筈だったのに。
何故、もっと早くに会えていなかったのか。
悔やんでも仕方が無い事なのに、どうしてもそんな事を思ってしまう。
千鶴の視線を感じたのか、新郎は紫紺の瞳を彼女に向けた後、そのまま新婦と共にリムジンへと乗り込んだ。
「千鶴ちゃん、大丈夫?」
「うん。」
「そんな顔して、そう言われても信用できないわ。」
鈴鹿千は、そう言うと千鶴の肩を叩いた。
「恋の悩みなら、聞くわよ?」
「うん・・」
恩師であった土方歳三の結婚式に参列した後、千鶴は適当な言い訳をして披露宴を欠席すると、駅前の大型ショッピングモールの中にあるフードコートで、千と向かい合って座った。
「どうして、わたしじゃなかったんだろうって、思っちゃったんだ。」
「わかるよ、その気持ち。土方先生と千鶴ちゃん、ラブラブだったものね。」
「そうかな?」
「周りもさ、二人がそのまま結婚するって思っていたのよ?千鶴ちゃんが大学に入ってから、土方先生毎日送り迎えしていたし、合コンにもサークルの飲み会にも来ていたものね。千鶴ちゃん、あの頃幸せそうだったし・・」
「昔の事よ、そんなの。」
千鶴と歳三は、高校時代から恋人同士だった。
歳三は千鶴に対して少し過保護な所があったが、それでも彼と一緒に居られるだけで幸せだった。
大学を卒業した千鶴は、社会人として慣れない仕事に奮闘している内に、歳三と連絡を取り合う事が次第に少なくなっていった。
「自業自得、だよね。きっとあの人、わたしに飽きて・・」
「それは違うわよ、千鶴ちゃん。」
千はそう言うと、千鶴の手を握った。
「土方先生ね、千鶴ちゃんと急に連絡が取れなくなって心配していたのよ。」
「そうなの・・」
あの頃―千鶴が社会人として忙殺されている中、実家から母が倒れたという連絡を受け、実家がある福島へと向かった。
「残念ですが、お母様は肺癌のステージⅣです。手術は出来ませんので、今後は抗癌剤での治療を・・」
それからは、東京と福島の実家を往復する日々を送った。
仕事と母の看病で、千鶴の心は次第に疲弊していった。
母が亡くなったのは、クリスマス=イヴだった。
千鶴は母の葬儀を終えて自宅に戻った後、そのまま仕事を一週間休んだ。
漸く心身共に健康を取り戻した千鶴の元に、歳三が結婚するという知らせが届いたのは、奇しくも母の命日と同じ、クリスマス=イヴだった。
本当は、出席したくなかった。
だが、歳三の顔を見ておきたかった。
その隣に、自分が立っていなくても。
「もう帰ろうか?」
「うん。お千ちゃん、今日は本当にありがとう。」
フードコートの前で千と別れた千鶴は、時間がまだあるので映画館へ行く事にした。
そこには、前から観たかった映画が上映していた。
身分違いの同性同士が結ばれるというラブ・ストーリーなのだが、千鶴はいつしか相手役の俳優を歳三と重ねていた。
悲劇的な結末を迎えた二人の物語が終わり、千鶴はハンカチで目頭を押さえながらエンドロールを観終わった後、席を立った。
「千鶴ちゃん。」
「沖田さん・・」
「どうしてここに居るのかっていう顔しているね?まぁ、土方さんの結婚式なんてつまんなかったから、途中で抜け出して来たんだ。」
「そう、ですか。」
「ねぇ、もしかして泣いているの?」
「いいえ。この涙はさっき観た映画の所為です。」
「誰もそんな事聞いていないよ。でもさ、土方さんは酷いよね、いくら家と会社の為に好きでもない女と政略結婚するなんて。」
「それ、本当ですか?」
「あれ、知らなかったんだ。まぁ、あの人は肝心な事はいっつも言わないよね。」
総司は一気にそう捲し立てた後、スーツが汚れるのも構わずフライドポテトの油で汚れた手をスーツのズボンになすりつけた。
「土方さんの実家、最近業績が悪くてね、厚労省の官僚と政略結婚するかわりに、君と別れるよう、相手の親から迫られたんだ。」
だからさ、と総司は千鶴の耳元でこう囁いた。
“奪っても、いいんじゃない?”
「そんな事・・」
「あのさぁ、いい加減自分に素直になりなよ?土方さんは、千鶴ちゃんの事をまだ好きだと思うよ。」
「え・・」
「僕が伝えたかったのはそれだけだから、じゃぁね。」
総司はそう言うと、ヒラヒラと千鶴に向かって手を振って去っていった。
“奪っても、いいんじゃない?”
帰宅し、パーティー用に少し派手に塗ったマスカラとアイライン、アイシャドウを落としながら千鶴は浴室で溜息を吐いた。
もう自分の恋人ではなくなった男を、奪えなんて。
総司は、一体何を考えているのだろう―そう思いながら千鶴がドライヤーで髪を乾かしていると、バッグの中に入れていたスマホがけたたましくLINEの着信を告げた。
(え・・)
画面には、“歳三さん”と表示されていた。
「はい・・」
『出てくれねぇんじゃねぇかと思った。』
そう言ったあの人の声は、震えていた。
「どうして・・」
『総司から、俺の事情は聞いただろう?』
“今度、二人きりで会わねぇか?”―千鶴は、あの人からの誘いに、迷いなく“はい”と答えた。
待ち合わせ場所は、渋谷のハチ公前だった。
千鶴はクローゼットから藤色のワンピースと白のピンヒールを取り出すと、朝起きて顔を洗ってから念入りに化粧をした。
「待ちましたか?」
「いや、今来た所だ。」
そう言った歳三は、白の開襟シャツに水色のジャケット、ブルーデニムと黒のスニーカーという、ラフな格好だった。
「あの、これから何処へ?」
「着けばわかる。」
歳三は、愛車のRX7に千鶴を乗せて、学生時代に良くデートをしていた遊園地へと向かった。
「うわぁ、懐かしい。」
「ここ、今月末で閉園なんだと。」
「そうなんですか・・」
「まぁ、こういったこぢんまりとした遊園地がなくなるのは寂しいが、最後に、お前と二人だけで楽しもうと思ってな。」
「歳三さん・・」
「そんな顔をするな。」
ジェットコースターやメリーゴーランド、ゴーカートなどの乗り物をひと通り楽しんだ後、二人が向かったのは、観覧車だった。
「ここから見る景色も、見納めだな。」
「はい。あの、奥様には・・」
「あいつは、親から俺とお前の関係を聞いて知っている。まぁ、向こうにも男が居るからな。」
「え・・」
「俺達は、互いの利害が一致した、ただそれだけの理由で結婚しただけだ。あいつは、“愛していない女と一緒に居るよりも、昔の恋人と会った方が楽しいでしょ?”って、俺を送り出してくれたんだ。」
「じゃぁ、歳三さんは・・」
「お前の事を、今でも愛している。」
そう言った歳三の瞳には、迷いがなかった。
遊園地から出た二人は、近くにあるラブホテルへと向かった。
「あの・・」
「何だ、ここまで来て怖気づいたのか?」
「いいえ・・」
それ以上、歳三と一緒に居るのが気まずくて、千鶴は浴室へと向かった。
(嫌だ、さっき手を握られただけで・・)
千鶴がシャワーを浴びながらそっと自分の陰部に触れると、そこは既に濡れていた。
「千鶴、入るぞ。」
「えっ」
浴室のドアが開けられ、腰にタオルを巻いた歳三が中に入って来た。
「そんなに驚く事はねぇだろう?お互いの裸を見るのは初めてじゃねぇんだから。」
歳三はそう言って笑うと、千鶴の中を指で激しく掻き回した。
「ああっ、ダメ!」
「濡れている癖に、何を言っていやがる。」
歳三は千鶴の陰核を激しく弾いた。
「そろそろだな・・」
歳三は己のものにコンドームをつけると、千鶴の中へと入った。
子宮を奥まで貫かれ、千鶴は潮を吹いて絶頂に達した。
歳三は千鶴がイッても、激しく彼女を責め立てた。
「ああ~!」
コンドームに包まれた歳三のものが自分の中で爆ぜるのを感じた千鶴は、ゆっくりと彼が自分の中から出て行くのを感じて思わず溜息を吐いた。
「どうした、まだ足りねぇか?」
「もっと、欲しいです・・」
「しょうがねぇな・・」
その日、二人は朝まで愛し合った。
「別れたくねぇな。」
「わたしもです。」
歳三は千鶴を彼女の自宅に近い最寄駅まで送った後、そのまま帰宅しようとしたが、千鶴を帰したくなくて、人気のない立体駐車場に車を停めた。
「ん、やぁぁ!」
「お前の愛液でシートがビチョビチョだぜ?」
歳三は千鶴を騎乗位で下から激しく突き上げると、コンドーム越しに彼女の子宮へ欲望を吐き出した。
「また会おうか?」
「はい・・」
その日は身体の火照りは止まらず、仕事が終わって帰宅した後、千鶴は初めて自分を慰めた。
「歳三さん・・」
歳三は、今どうしているのだろうか。
自分を抱いた時のように、妻を抱いているのだろうか。

(会いたい、歳三さん・・)

千鶴の目から、涙が一筋流れた。

「おはようございます。」
「おはよう、千鶴ちゃん。昨夜はよく眠れた?」
「うん。」
「今日は大事なプレゼンだものね。大事な日の時こそ、しっかり睡眠を取らないとね。」
「そうね。」
千鶴はそんな事を同僚と話していると、そこへ自分達の上司である歳三が部屋に入って来た。
「みんな、もうプレゼンの準備は出来たか?」
「はい。」
「そうか。」
この日、千鶴達の会社は社運を賭けた会議を開く予定だった。
例年ならば会議室で全社員が集まるのだが、コロナ禍でリモート会議という形で開くことになった。
「何だか、はじめてから色々とわからねぇな・・」
「部長、ここはわたしに任せて下さい。」
千鶴はそう言うと、手早くズームの設定をした。
「助かったぜ。」
「いいえ。」
社内初のリモート会議は、滞りなく終わった。
「はぁ、疲れた!」
「みんな、お疲れさん。これは俺の奢りだから、好きな物食ってくれ!」
「ありがとうございます~!」
「部長、太っ腹!」
昼食時、歳三は千鶴達の分のランチを奢ってくれた。
「部長って、厳しい所もあるけれど、みんなに優しいよね。」
「そうだね。」
「まぁ、最近結婚したけれど、奥さんと余り上手くいっていないみたい。」
「へぇ・・」
「外に男が居るっていう噂よ。」
「そうなの。」
女というものは、噂好きな生き物だなと、千鶴はカフェオレを飲みながらそう思った。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様~」
終業後、千鶴が更衣室から出ようとした時、外の廊下で誰かが言い争う声が聞こえて来た。
「今日は大事な日なのよ、わかっているの!」
「あぁ、わかっているよ。」
「じゃぁ、どうしてそんな日に仕事を入れるのよ、信じられない!」
「あのなぁ、俺にだって仕事があるんだよ!」
更衣室のドアからそっと廊下を覗くと、そこには歳三が妻と思しき女性と激しく口論している姿があった。
“奥さんと上手くいっていないみたい。”
ランチの時の、同僚の言葉が千鶴の脳裏に甦った。
暫く千鶴が更衣室の中で二人の様子を見ていると、彼らは既に廊下から去った後だった。
(気まずいなぁ・・)
そう思いながら千鶴がエレベーターを待っていると、そこへ一人の女子社員がやって来た。
「あら雪村さん、まだ居たの?」
「えぇ、ちょっと仕事が溜まっていて・・」
「そう。今日は、電車で帰るんだ?」
「そう・・だけど。」
「へぇぇ・・部長に車で送って貰えばいいのに。」
女子社員はそう言って意地の悪い笑みを浮かべると、千鶴の前から去った。
「ただいま・・」
 会社から出て自宅マンションがある最寄駅までいつもは電車で片道一時間位かかるというのに、その日は人身事故があり、その所為で一時間も遅れてしまった。
千鶴がマンションの部屋に帰宅したのは、夜の十時過ぎだった。
帰宅するなり千鶴は疲れた身体を抱えながらシャワーを浴びた後、そのまま髪を乾かさずに眠ってしまった。
翌朝、彼女は誰かが玄関のドアをノックしている音で目が覚めた。
(誰だろ、こんな朝早くに・・)
そう思いながら千鶴がインターフォンの画面を見ると、そこには見知らぬ男性が映っていた。
千鶴が恐怖で息を潜めていると、その男性は舌打ちして去っていった。
暫く恐怖で千鶴は動けなかったが、もしかしたら廊下であの男が待ち伏せているのかもしれないと思うと、不安で出勤出来なかった。
なので、体調不良だと適当な嘘を吐いて、その日は会社を休んだ。
すると、歳三からLINEが来た。
『大丈夫か?』
『はい、実は・・』
千鶴が今朝起きた事を歳三にLINEで報告すると、彼は、“今から行く”という返事を送って来た。
『来ないでいいです。』
『わかった。』
それから、歳三からのLINEは途絶えた。
「雪村さんが風邪で休むなんて珍しいよね。」
「本当ね。」
女子社員達がそんな話を給湯室でしているのを、外回りから帰った相馬主計が密かに聞いていた。
「土方部長、少しよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「さっき、給湯室で・・」
「女の陰口なんざ、放っておけ。」
「ですが・・」
「そんな下らねぇもんに振り回されても、仕事の役にも立たねぇだろうが。」
「はい・・」
歳三がキーボードを忙しなく叩いていると、妻からのLINEが十件程来ていた。
そこには、“今どこ?”、“誰と居るの?”、“返事くらいしてよ”というものばかりだった。
いちいち返信しても面倒なので、歳三はそのままスマホを鞄の中に放り投げた。
「もう、どうして出てくれないのよ!」
「放っておきなさいよ。」
「でも・・」
「あの人にとっては、義理の兄の子供の誕生パーティーなんて興味ないのよ。」
「そうよ。婿養子の癖に生意気ね。」
「皆さん、そろそろ始めましょう。」
歳三の妻・理恵は、母親達と共に甥の誕生パーティーの会場であるホテルへと入っていった。
その日の夜、歳三が帰宅したのは深夜一時過ぎだった。
「歳三さん、最近お忙しいようだけれど、家族の集まりにも顔を出して下さないと困るわぁ。」
「すいません・・」
「あなたがこの家に入れたのは、この家の為になると思ったからなのよ。少し貢献して下さらないと・・」
「はい・・」
「本当に、わかっているのかしらねぇ?」
義母の嫌味に耐え切れなくなった歳三は、そのまま家から出た。
「理恵、まだ子供は出来ないの?早くお母さん達に孫の顔を見せてくれないと・・」
「うるさいわね、わかっているわよ!」
理恵はそうヒステリックに叫ぶと、そのままダイニングから出て行った。
「静枝、お前は二人に干渉し過ぎだ。」
「我が家がおかしくなったのは、歳三さんの所為よ!」
「止さないか、そんな事を言うのは。」
「早く孫の顔が見たいわ。」
理恵の母・静枝はそう言うと溜息を吐いた。
「おはようございます。部長、今日は早いですね?」
「あぁ。今日は色々とやる事が多いんでな。」
歳三はそう言うと、千鶴にLINEを送った。
『今日は、大丈夫か?』
『はい。』
千鶴がスマホをバッグの中にしまっていると、そこへ一昨日話しかけて来た女子社員がやって来た。
「雪村さん、風邪はもういいの?」
「はい。」
「へぇぇ、てっきり嘘吐いて土方部長と密会しているのかと思ったぁ。」
「変な事、言わないでください!」
「あらぁ、ごめ~ん。」
その女子社員はそう言うと、そのまま何処かへ行ってしまった。
(何なの、あの人・・)
「雪村先輩、おはようございます!」
「おはよう、相馬君。忙しいのに、昨日は休んでしまってごめんね。」
「いえ、いいんです。」
「今日、部長は?」
「部長は、今日取引先の方と会食するそうです。」
「へぇ、そうなの。」
「それよりも先輩、さっき何か言われませんでした?」
「別に何も。どうかしたの?」
「実は昨日、給湯室で雪村先輩の事、先輩達が話しているのを聞いちゃったんです。」
「どうせまた下らない噂話でしょう。気にしない、気にしない。」
「そう、ですね。」
相馬にそう言って気にしない素振りを見せた千鶴だったが、先程の女子社員とのやり取りを思い出しては、少しモヤモヤとした思いを抱えながら仕事をした。
「さてと、昼飯どうします、先輩?」
「う~ん、どうしようかなぁ?」
「あ、千鶴ちゃん!」
「沖田さん、お久しぶりです。」
「二人共、お昼まだでしょう?最近新しく出来たビュッフェレストランが出来たんだけれど、行かない?」
「はい・・」
「ねぇ、土方さんの奥さんと、千鶴ちゃん会った事ある?」
「いいえ。」
「まぁ、上司の奥さんなんかとは滅多に会わないよねぇ。あ、このレストランで、土方さんの奥さんが良く男と密会しているんだよね。」
「え!?」
「別に驚くことないでしょ。」
「沖田さん、土方部長とは一体・・」
「土方さんと僕は、道場仲間。ま、実の兄みたいな存在だけどね。」
「そうなんですか・・」
千鶴達がランチを楽しんでいると、レストランに一組のカップルが入って来た。
「ほら、あの人が土方さんの奥さん。」
「綺麗な人ですね・・」
「でもかなりトゲがありそうだよねぇ。」
「沖田さん、失礼ですよ!」
「あ、ごめ~ん。」
総司がそう言って笑いながらコーヒーを飲んでいると、千鶴は少し怯えた顔をしながら突然周囲の様子を窺い始めた。

「どうしたの、千鶴ちゃん?」
「雪村先輩?」


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