薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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「お恥ずかしい話ですが、わたしは株取引で大損をして、借金を作ってしまいましてね・・返済の為に、学院の金を横領するしかなかった。それを嘉久さんに知られて、悪事を手に染めなければなりませんでした。」淡々と事件の真相を自分に語る伊勢崎の目は、何処か狂気じみていた。「理事長には、わたしの父がまだ存命だった頃から良くしていただきました。わたしは、理事長を裏切ることが心苦しかった・・けれども、嘉久さんはわたしを解放しなかった・・だからわたしは、彼に罪を擦(なす)り付けようとしたのです。」「そんな・・伊勢崎さん、あなたは根っからの悪人ではないでしょう?それなのにどうして・・」「理事長・・いいえ土方さん、これだけは覚えておいてください。人は必ず、過ちを犯してしまうことがあります。」 伊勢崎はそう言うと、ポケットの中から小さな壜を取り出した。「もうわたしは、生きる資格はありません。」「伊勢崎さん!」歳三が彼を止めようとした時、不意に廃工場の扉が開き、数人の警官達が中に入って来て伊勢崎を取り押さえた。「大丈夫ですか?」「ええ。それよりも、伊勢崎さんは?」「彼は無事です。」 菊恵と嘉久の愛人・真菜を殺害した犯人・伊勢崎は、犯行を認めた。「わたしは愚かでした。これからは、罪を償って生きていきます。」伊勢崎は取調室でそう言った後、激しく嗚咽した。 事件が無事解決してから数ヶ月が経ち、歳三は正式に慈愛学院理事長に就任することとなった。「おめでとうございます、トシゾウ様。」「ありがとう、フィリップ。でも、親父がもう少し長生きしてくれればよかったのにな・・」 理事長室の椅子に座りながら、歳三はそう言って伊勢崎が逮捕されてから一週間後に息を引き取った正嗣の写真を見た。「旦那様もきっと、天国であなた様を応援していらっしゃいます。これからは、わたくしが支えますので、ご心配なく。」「わかったよ。学校運営は素人だけど、俺は一人じゃねぇ。」歳三はそう言うと、母親の形見である懐中時計を取り出した。「それは・・」「これに見覚えがあるのか?」「ええ。これはウジェニー様が、旦那様に贈られたものです。別れの際に、ウジェニー様は愛用していらしたロケットを旦那様に、旦那様は懐中時計を渡されて再会する日を誓い合ったのです。」「そうか・・親父の棺に置かれてあったロケットは、お袋のものだったのか・・」「不思議なものですね、人の縁というものは。トシゾウ様、無駄話をする時間はありませんよ。」「わかってるよ、そんなこたぁ。今日中にこの書類を片付けなきゃなんねぇんだろ?」歳三はそう言って溜息を吐くと、机の上に山積みになっている手づかずの書類を見た。「理事長になったからといって安心していたら大間違いですよ。やることはこれから沢山あるのですから、休む暇はありません!さぁ、仕事なさってください!」「わかったよ・・」そう言って歳三は書類の山から一冊のバインダーを取り出したが、中々フィリップが部屋から出て行こうとしないことに気づいた。「なぁ、いつまでここに居るんだよ?ちゃんと仕事はやるよ。」「いいえ、あなた様は少し怠け癖がおありですから、書類を全部片付けるまでわたくしが見張ります。」「おいおい、そんなに俺は信用できねぇのかよ?」「ええ。」「何だよ、勘弁してくれよ・・」「口を動かさないで、手を動かしてくださいませ!」まるで新学期前日に夏休みの宿題を溜めこみ、親の監視下でそれをこなす子どものように、歳三は溜息を吐きながら仕事に取りかかった。「モタモタしてはなりませんよ、歳三様!」「わかったって!」―完―にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「貴様、これは一体どういう事だ!?」「どうもこうも、俺が祖母さんの跡を継ぐと言ったんだが?」「認めないぞ、妾の子のお前が、本妻の僕を差し置いて理事長になるなど・・」「親の金を湯水のように使うお坊ちゃんに、言われたかぁねぇな。」歳三がそう言って匡を見ると、彼は顔を真っ赤にして俯いた。「それでは皆さん、これから宜しくお願い致しますね。」歳三が理事達に向かってそう挨拶し、彼らに一礼すると、彼らは席から立ち上がり盛大な拍手を歳三に送った。「そうか、お前が跡を継ぐのか・・これで、安心して逝けるな・・」「馬鹿言うんじゃねぇよ、親父。まだこれからだろう?」「ああ、そうだな・・」「トシゾウ様、会合のお時間がございます。」「わかった。じゃぁ親父、また来るな。」「ああ・・」歳三が正嗣の病室から出て行くと、フィリップが病室の中へと入って来た。「旦那様、学院の事は心配なさらないでください。トシゾウ様に・・」「ああ、わかっているよ。あいつならば学院をよりよいものにしてくれるだろう。それよりも、母上を殺した犯人はまだ捕まらないのか?」「ええ。わたくしは、誰が大奥様を殺したのかがわかっているのですが・・」「そうか・・誰なのか、わたしに教えてくれないか?このままでは、死ぬにも死にきれん。」「では、お耳をお貸しくださいませ。」フィリップは菊恵を殺した犯人の名を、正嗣の耳元で囁いた。「事務長、理事長就任おめでとうございます。」「ありがとうございます、伊勢崎さん。これからも、わたしのことを助けて下さいね。」「ええ。」そう言って伊勢崎は歳三に笑みを浮かべたが、目は全く笑っていなかった。「では、わたしはこれで。」「理事長、お気を付けて!」会合場所である居酒屋の前で伊勢崎達と別れた歳三は、その足で深江邸へと向かった。慈愛学院で働き始めた歳三は、毎日自転車で通い慣れている道を徒歩で歩きながら物思いに耽っていた。それが、相手に隙を作ってしまったのかもしれない。気がつくと、歳三は数人の男達に取り囲まれていた。「何だ、てめぇらは?」「お前か、理事長の隠し子っていうのは?」「誰に頼まれた?」「それは今から死ぬ奴には言えねぇなぁ!」男の一人がそう言って下卑た笑みを浮かべると、歳三の後頭部を金属バッドで殴った。気絶した彼を、男達はバンの後部座席へと押し込み、素早くその場から去っていった。「う・・」「お目覚めですか、理事長?」後頭部に鈍痛を感じながら、歳三が目を開けると、そこは人気のない廃工場の中だった。「伊勢崎さん、あんたなんで・・」「何故わたしがここに居るのかって?あなたが理事長と、あのろくでなしの長男の愛人を殺した犯人だという遺書を残して自殺する為の手助けに来たのですよ。」「何を言ってんだ、あんた?もしかして、あんたが祖母さんを殺したのか?」歳三の言葉を聞いた伊勢崎は、突然狂ったような声で笑った。「ええ、わたしが殺したのですよ、理事長を。」「どうしてだ?」「彼女は、わたしが嘉久さんと学院の金を横領したことに気づいたのです。その口封じの為に、わたしは彼女を殺しました。」にほんブログ村
Sep 3, 2013
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菊恵の葬儀を終えた後、歳三は恵から預かった離婚届を携え、嘉久の身柄が拘束されている警察署へと向かった。「何だ、これは?」「見ての通りだよ。もう義姉さんはお前に愛想を尽かしたんだとさ。子どものこともあるし、殺人犯の息子なんざ世間様に顔向けできねぇだろ?」「俺は真菜を殺していない!」「ふん、どうせ邪魔になって殺したんだろうが?義姉さんから聞いたけど、あんたあの女の部屋の合鍵持ってんだってな?それなのに何で事件当日に限ってそれを使わなかったんだ?」「それは、失くしたからだ!」「へぇ・・」「良い気味だと思っているんだろう?言っておくが、俺はお前の事を決して認めないからな!」「ああそうかい、それじゃぁな。」歳三はこれ以上嘉久と同じ空気を吸いたくなくて、さっさと面会室から出て行った。「歳三、こんな事になるなんて未だに信じられん・・」「親父、余り気に病むなよ。身体に障るぜ?」「ああ、わかっている・・だがな、匡には学院の運営は任せられん。」「どういう意味だ、そりゃぁ?あいつは女を囲っていねぇし・・」「あいつは、賭博に目がないのだ。わたしが甘やかしすぎた所為で、学生の頃から競馬場やカジノに入り浸っては、莫大な借金をわたしに肩代わりしてくれてと泣きついて来たのは一度や二度ではない。わたしは、息子達の育て方を間違えてしまったんだろうか・・」「親父・・」「もっと早くに、お前を認知していれば・・静江と別れて、お前達親子を深江の家に入れてやればよかった・・そうすれば、こんな事にはならなかったものを・・」正嗣はそう言って息を吸おうとした時、彼は激しく咳き込んだ。「親父、どうしたんだ!?」「何でもない・・」「そんなこたぁねぇだろう!」苦しそうに咳き込む正嗣を見た歳三は、咄嗟にナースコールを押した。『どうされました?』「親父が突然苦しそうに咳き込んで・・」『今そちらへ向かいます。』 数分後、酸素マスクをつけた正嗣は、少し落ち着いた様子で眠り始めた。「父の容態は、悪いのでしょうか?」「ええ、余り芳しくありませんね。末期癌なので、投薬の副作用もありますが、やはり精神的ストレスが一番応えているのでしょう。」看護師からそう言われた歳三は、帰宅した後フィリップにある提案をした。「学院を、あなた様がお継ぎになられると?」「ああ。あいつらは頼りにならねぇ。もう俺が親父の跡を継ぐしかねぇだろう?」「そうですね。」 菊恵の四十九日の法要が終わった後、歳三は学院の理事達を集めた。「何ですか事務長、お話とは?」「突然ですが皆さん、わたしは祖母の跡を継ぎ、この学院の理事長に就任しようと思っております。」歳三がそう言いながら理事達を見つめると、彼らは一斉にざわつき始めた。「本気なのですか?」「そのようなこと、独断で決めていいものなのでしょうか!?」「大体、前理事長様は事務長のお考えに賛成しておられるのですか!?」「皆さん、落ち着いて下さい。父からはわたしがこの学院を継ぐことを賛成してくださいました。ですから・・」「そんな話、聞いていないぞ!」 会議室のドアが勢いよく開いたかと思うと、憤怒の形相を浮かべた匡が壇上に居る歳三の方へと向かってきた。にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「だから、俺が真菜の部屋に行った時、彼女はもう死んでいたんだ!」「そうですか?確かあなた、被害者を愛人として囲っていらっしゃいましたね?慈愛学院事務長という立場を利用して、学院の金を横領して、随分と彼女に貢いでいたそうじゃないですか?」「そ、それは・・」真菜の遺体を発見した嘉久は、そのまま容疑者として警察署で取り調べを受けることとなった。「もう調べはついているんですよ、嘉久さん?それにあなた、奥さんに暴力を振るっていましたよね?」「それとこれとは別だろう!?夫婦の問題に、あんた達が口を挟むのは・・」「今じゃぁ昔は夫婦間で済んだ話も、犯罪として取り扱われているんですよ。真菜さんの件も、奥さんの事も、じっくりとお話をお聞かせ願いませんかねぇ?」刑事はそう言って身を乗り出すと、じろりと嘉久を見た。『あの人が、警察に逮捕されたというのは、本当なのですか?』「ええ。義姉さん、しっかりと気を持って下さい。」『あなたに言われなくとも、そうしております。それよりも歳三さん、明日離婚届をそちらに郵送するので、受け取ってくださる?』「わかりました。」『聡には、父親は仕事の都合で海外に行ったと言います。』嘉久の逮捕を受けて、恵は離婚の意志を固めたようだ。「義姉さん、お休みなさい。」『歳三さんも、お休みなさい。』恵との通話を終え、歳三はベッドに寝転がった。その時、誰かが寝室のドアをノックした。「トシゾウ様、わたくしです。」「フィリップか、入れ。」「失礼致します。」フィリップは部屋に入ってくるなり、溜息を吐いた後近くにあった椅子に腰を下ろした。「どうした?」「大奥様のご葬儀の事で、マサシ様が色々とごねていらっしゃるようです。」「ああ、俺を親族席に座らせねぇとか何とか・・」「それもあるのですが、今後学院を誰が運営するのかということで旦那様と相談したようで・・旦那様は、学院の運営をトシゾウ様にお任せしたいと申しておられるのです。ですが、マサシ様は自分が学院を運営すべきだと反対されて・・」「ふぅん、そうか。」「まるで他人事のような事をおっしゃいますね。トシゾウ様、ヨシヒサ様が大変な時に・・」「あいつのことなんざ知ったこっちゃねぇ。」「ヨシヒサ様の愛人が、今朝自宅マンションで他殺体となって発見されました。警察は、ヨシヒサ様が彼女を殺害したのではないのかとにらんでいるのです。その上、ヨシヒサ様が学院の金を横領したこともバレました。」「そりゃぁ、大変だなぁ。まぁ俺には関係のねぇこった。そういやぁ、さっき義姉さんから電話があってな、明日離婚届を郵送するってさ。」「メグミ様は、漸く離婚の意志を固められたそうですね。」「ああ。たとえやっていないとしても、夫が殺人犯じゃぁ、子どもの未来を思えばさっさと縁を切りたいのは当然だろうさ。それよりもフィリップ、明日の葬儀の事だが・・」「もう式場の手配は済ませました。葬儀社の方に全てお任せしておりますので、ご心配なく。」「わかった・・」 菊恵が殺害されてから数日後、彼女の告別式が深江家の菩提寺で行われた。「理事長先生が殺されるだなんて・・」「誰に殺されたのかしら?」「嘉久さんに決まっているじゃないの。あの人、金遣いが荒くて、いつも理事長先生とその事で言い争っていたからねぇ・・」にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「お祖母様、起きておられますか?」歳三がそう言って部屋のドアを再度ノックしたが、中から返事がなかった。「開けますよ?」歳三はドアノブに手を掛け、部屋の中へと入ると、ベッドの傍で菊恵が倒れていた。「お祖母様?」菊恵は床にうつぶせに倒れたまま、動こうとはしなかった。「どうなさったのですか、トシゾウ様?」「お祖母様が・・救急車を呼べ!」「わかりました!」 数分後、深江邸には救急車ではなくパトカーが数台到着した。菊恵の部屋の前には立ち入り禁止のテープが張られ、その中では鑑識職員達が被害者と犯人の指紋や足跡、遺留品などを採取していた。「フィリップ、一体どうしたんだ?」「大奥様は、トシゾウ様と恵様が通話されている間に何者かに殺害されたようです。」「あいつは?」「ヨシヒサ様は、まだお戻りになられておりません。それよりもトシゾウ様、警察の方が事情をお聞きしたいと仰せです。」「わかった・・」 眠い目を擦りながら、歳三は刑事達が居るダイニングへと入った。「あなたはこの家で暮らし始めてまだ数週間しか経っていないそうですね?」「はい。あの、祖母は何故殺されたのでしょうか?」「それはまだ捜査中なので、お話することはできません。それよりも日が胃社が殺害された時、何か不審な人物を見かけたり、物音を聞いたりはしませんでしたか?」「いいえ。」 菊恵が自宅の寝室で何者かに殺害されたというニュースは、瞬く間に全国へと広がった。慈愛学院の前では、マスコミが殺到し、歳三が車で出勤するとマスコミの取材陣が彼の前に押し寄せて来た。「お祖母様を殺した犯人に心当たりがありますか!?」「今のお気持ちをおきかせください!」「この事件について、どう思われますか!?」歳三はマスコミにもみくちゃにされながらも、事務室へと入った。「事務長、理事長が昨夜殺されたようですね?」「ええ。」「犯人、捕まるといいですね。」伊勢崎はそれだけ言うと、いつものように算盤を弾き始めた。『ねぇ、本当にお店の開店資金出してくれるの?』「出すって言っているだろう。お前は何も心配しなくていい。」『そう・・今何処なの?』「お前のマンションの近くだよ。」『コーヒー淹れて待ってるね・・何よあんた、何処から入ってきたの!』「おい、真菜?どうした?」嘉久は真菜が誰かに突き飛ばされて悲鳴を上げたのを聞き、慌てて彼女が住むマンションへと向かった。「真菜、おい真菜!」嘉久は狂ったように真菜のドアを叩いたが、中から返事はなかった。「管理人さん、お願いします。」「はい、わかりました。」このままだと埒が明かないので、嘉久は管理人を呼び真菜の部屋の鍵を開けて貰った。「真菜、入るぞ?」嘉久が真菜の部屋に入ると、リビングの床に真菜が大の字になって倒れていた。「救急車呼んでください!」「は、はい・・」「真菜、しっかりしろ!」にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「教師、俺がですか?」「ええ。あなただったら、大丈夫だと思いますよ。」「何をおっしゃいます、お祖母様。事務長の仕事だけでも忙しくて覚える事が多いのに、教師だなんて・・俺に向いているかどうか・・」「やってみなければわからないでしょう?まぁ、取り敢えず教員採用試験を受けてみたらどうかしら?」そう言った菊恵は、完全に乗り気だった。「キクエ様が、そのような事をおっしゃったのですか?」「ああ。一体何考えていやがんだ、あのばあさん。」帰宅し、自分の寝室で寛ぎながら、歳三はそう言って溜息を吐いた。「なぁフィリップ、俺は教師に向いていると思うか?」「さぁ・・トシゾウ様は、お子様が好きですか?」「あんまり。ガキはうるさいから、苦手なんだよ。」「そうですか。お子様好きでないと教師の仕事は務まりませんからね。乗り気ではないのなら、キクエ様にお断りしてみては。」「そうだな。」歳三はそう言うと、目を閉じた。「歳三さん、お話って何かしら?」「お祖母様、この前のお話ですが、お断りしようと思っております。」「まぁ、あなたがそう思うのならば仕方がないわねぇ。無理強いしてしまったようで、悪い事をしてしまったわ。」「いえ・・」「嘉久はまた何処かへ行ったようね。フィリップ、朝食を運んで来て頂戴。」「わかりました。」 フィリップが歳三と菊恵の朝食を持って行った時、ダイニングに何やら慌てた様子で嘉久が入って来た。「母さん、恵が何処にも居ないんだ!」「まぁ、何ですって!?」「聡も居ないし、あいつの荷物もない!」「きっとあんたに愛想尽かして逃げたんだろうさ。」「貴様は黙ってろ!」「ふん、義姉さんを塵芥のように扱ってたくせに、居なくなったら慌てんのかよ?滑稽なこったなぁ。」「嘉久、恵さんが行くような所に心当たりはあるの?」「さぁ・・」「恵さんがこの家を出て行ってしまったのは悲しいけれど、あなたがそこまで恵さんを追い詰めてしまったんですよ、嘉久。反省なさい。」「クソッ!」嘉久は腹立ち紛れにドアを蹴り、ダイニングから出て行った。「お母さん、何処行くの?」「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家よ。」「お父さんは?」「お父さんはお仕事で忙しいから、お母さんと二人で行きましょうね。」 東京駅の新幹線乗り場で恵はそう言って聡の手を握りながら、新幹線へと乗り込んだ。その夜、歳三の携帯に恵からの着信があった。「義姉さん、今何処ですか?」『実家です。お祖母様にはご心配おかけしてしまって済まなかったとお伝えください。』「わかりました。」『わたくしはもうあの人と暮らせません。』 歳三は恵と会話した後、菊恵の部屋のドアをノックした。にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「歳三さん、ちょっといいかしら?」「はい・・」 理事長室から出て来た菊恵は、少し険しい顔をしながら帰り支度をしている歳三を呼び止めた。「あのね、今度から保護者の方々のお電話は、全て理事長室に繋いで頂戴。」「わかりました。」「それよりも、今朝キッチンで騒ぎがあったんですって?」「ええ。またあいつが義姉さんを殴っていました。」「あの子には困ったものだわ。恵さんには早く聡君を連れて実家へ帰るよう行って居るのだけれど、あの子は頑として首を縦に振らないのよ。」「義姉さんはどうして、実家に戻らないんでしょうか?」「女の意地というものがあるのでしょう、あの様子だと嘉久が浮気していることにも気づいているようだし。それよりも歳三さん、今夜お時間ある?」「ええ。何かあるのですか?」「実はね、今夜保護者の方と会合があるのよ。あなたはまだこの学院に入って日が浅いでしょうから、あなたの事を知らない方も居るかもしれないわ。」「是非、出席させていただきます。」「そう。じゃぁわたくしは先に車に乗っていますから、支度を済ませたらすぐに駐車場の方にいらっしゃいね。」「わかりました。では失礼致します。」 事務室に戻った歳三は帰り支度を済ませると、伊勢崎達に挨拶をして駐車場へと向かった。「お祖母様、お待たせして申し訳ありません。」「いえ、いいのよ。あなた、中華は嫌いではないかしら?」「ええ。食べ物で好き嫌いはありません。」「そう、良かったわ。」 運転手に菊恵は車を出すように命じると、運転手は横浜方面へと車を走らせた。「理事長先生、いらしてくださってありがとうございます!」「皆さん、御機嫌よう。紹介するわね、こちらがわたくしの孫で、事務長の歳三さんよ。」 中華街の中にある高級中華料理店で、菊恵はそう言って保護者達に歳三を紹介した。「初めまして、土方歳三です。まだ右も左もわからぬ若輩者ですが、皆様どうぞご指導のほど宜しくお願い致します。」「そんなに緊張しないでください、土方さん。それにしてもお若いんですね、おいくつですか?」「今年で32となります。」「ご結婚のご予定は?土方さんは素敵なお方だから、引く手あまたでしょう?」「お恥ずかしながら、結婚の予定以前に、恋人がおりませんから・・」「あらぁ勿体ない。何だったらわたしの友人、紹介しましょうか?」保護者達―とりわけ若い母親達は、そう口々に言いながら歳三に群がった。「皆さん、もうそろそろ中学受験の季節ね。希望校に合格したからといって、気を緩めてはいけませんよ。」「はい、理事長先生。」「さてと、堅いお話は後にして、今は楽しくお料理とお酒を頂きましょう。」菊恵の言葉を聞いた店員は、さっと彼女達のテーブルに料理と酒を運んできた。「理事長先生、ご馳走様でした。」「またご馳走になりますね!」「さようなら~」店の前で保護者達と別れた歳三は、彼女達のパワーに終始圧倒されっぱなしだった。「何だか、賑やかな方たちでしたね・・」「あの方達だけ特別に賑やかな方なのですよ。歳三さん、あなた教師になってみる気はない?」菊恵はそう言うと、真顔で歳三を見た。にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「弁当をつくっていないだと、ふざけるな!俺を飢え死にさせる気か!?」「申し訳ございません・・すぐに作りますから。」「全く、お前みたいな愚図は何も出来ないんだからな!」歳三が嘉久の怒鳴り声が聞こえたキッチンへと向かうと、そこには彼に殴られた恵が黙々と彼の弁当を作っていた。「おい、何があったんだ?」「貴様には関係ない。この女が朝から俺を不機嫌にさせた、それだけのことだ。」「弁当くらい自分で作りゃぁいいだろう?」「そんな事、男の俺が出来るものか!家の事は全て女がやるべきだ!」「お前馬鹿じゃねぇの?どうせ義姉さんが弁当作ったところで、不味いだの何だのケチつけるんだろうが!」「何を・・」嘉久が怒りで拳を固めながら歳三の方へとやって来ると、慌てて恵が二人の間に割って入った。「歳三さん、わたくしが悪いんです!だから・・」「義姉さん・・」「あなた、もうすぐお弁当が出来ますから・・」「要らん、貴様の所為で遅刻したくないからな!」嘉久はそう言って歳三を睨み付けると、キッチンから出て行った。「義姉さん、一体何があったんですか?」「大したことじゃないわ、歳三さん。わたくしがあの人のお弁当を作り忘れただけよ。」「それだけで暴力を振るうなんて、とんでもねぇ野郎だ。」「あの人に殴られるのは、もう慣れてますから・・歳三さん、心配してくださってありがとう。」そう言うと、恵は歳三に微笑んだ。(義姉さんは何であんな奴から殴られて我慢できるんだ?暴力癖がある男なんざ、死んでも直らねぇぞ・・)「どうしました事務長、何処か浮かない顔ですね?」「いえ・・ちょっと家で騒ぎがありまして。」昼休み、恵が作った弁当を食べていた歳三が今朝の光景を思い出して溜息を吐いていると、若い事務員・吉田が声を掛けて来た。「そういえば、理事長先生の息子さん、最近こちらに来ませんね。何かあったんですか?」「さぁ、知りません。わたしは兄とは親しくないので・・」「え~、同じ家に住んでいるのに?」詮索好きな吉田は、そう言って身を乗り出して歳三を見た。「吉田、今日提出する書類はもう出来あがったのか?」「いえ、まだです・・」「他人の私生活を詮索している暇があるなら、仕事をしろ!」「すいませぇん・・」吉田は少しバツの悪そうな顔をすると、パソコンのモニターの方へと向き直った。「伊勢崎さん、助かりました。」「いいえ、わたしは当然のことをしたまでです。最近の若い者は、仕事にやる気がないのが多いですね。」「そうですか?わたしもまだ若者なのですが・・」「ああ、そうでしたね。」昼食を食べ終えた歳三が弁当箱を鞄にしまい、仕事に取りかかっていると、突然電話が鳴った。「もしもし、慈愛学院事務室でございます。」『あのう、あなたは・・』「事務長の土方と申しますが、どちら様でしょうか?」『石口と申します。初等部四年一組の、石口純也の母です。』「石口様、今日はどのようなご用件で・・」『学費の事で、理事長先生とお話したいことがありまして・・理事長はそちらにおられますか?』 歳三はすぐさま、その電話を理事長室へと繋いだ。にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「その顔、どうされたんですか?」「ちょっとぶつけてしまって・・」そう言って恵は歳三に誤魔化したが、どう見ても“うっかりぶつけてしまった”ような痣ではなかった。「もしかして、あいつにやられたんですか?」「いいえ、違います!」「義姉さん、俺は誰にも言いませんから、正直に話してください!」「歳三さん、わたしの事は放っておいてください!」恵は急に居たたまれなくなり、キッチンから出て行った。「待ってください、義姉さん!」慌てて嫂の後を追おうとした歳三だったが、菊恵がそれを止めた。「おやめなさい、歳三さん。」「お祖母様、義姉さんはあいつに暴力を振るわれているんですよ!放っておくつもりですか!?」「わたくしの部屋に来なさい。」有無を言わせぬ口調で菊恵はそう言うと、歳三を自分の部屋へと連れて行った。「嘉久が恵さんに暴力を振るっていることは、前から知っておりましたよ。」「では、何故止めないのですか?」「あの子・・嘉久は、父親から暴力を振るわれていたのですよ。」「それは、確かなのですか?」「ええ。あの子・・正嗣は年齢の所為か今は丸くなっていますけどね、昔はカッとなって、子ども達や静江さんに手を出していましたよ。特に嘉久は長男だから、厳しく躾けなければと正嗣は思ったのでしょうね。些細な事でも嘉久を怒鳴りつけ、殴っていましたよ。」「じゃぁあいつが義姉さんに暴力を振るっているのは、親父の影響だということですか?」「ええ。歳三さん、わたくしはこの問題を黙認するつもりはありませんよ。たとえ夫婦間で起きた事でも、嘉久が恵さんに暴力を振るっていることは許せないわ。一度、当事者同士で話し合いの席を設けようと思っています。」「それは得策とは言えませんね。義姉さんは、あいつを恐れています。」歳三は、怯えた恵の顔を思い出した。彼女は自分達に何かを隠している。その“何か”が、歳三にはわからなかった。「お祖母様、少しお耳に入れたい事があります。」「何かしら?」「今日、事務の伊勢崎さんと一緒に飲んだのですが・・彼から、嘉久さんが学校の金を横領していると聞きました。さらにその金で愛人に貢いでいるとか。」「まぁ・・わたくしの目を盗んで、嘉久はそんな事を!」菊恵はそう言って怒りで身を震わせた。「あいつが横領しているという決定的な証拠を掴むまで、暫くこの件は俺に任せていただけませんか?」「好きになさい。歳三さん、やはりあなたが来てくれて本当に良かったわ。」菊恵はそっと歳三の手を握ると、彼に微笑んだ。「ではお休みなさい、お祖母様。」「ええ。」 歳三が菊恵の部屋から出て行くと、廊下に一人の少年の姿があることに彼は気づいた。「ねぇ、トイレ一緒について来て欲しいの。」「それ位、一人で行け。俺は眠いんだ。」歳三はそう言って少年を冷たく突き放したが、彼は突然大声で泣き出した。「おい、うるせぇぞ!」「まぁ聡、どうしたの?」「義姉さん、これは・・」「歳三さん、わたくし達の事は放っておいてくださいな!」我が子を抱き寄せた恵はそう言ってキッと歳三を睨み付けると、寝室のドアを彼の鼻先でピシャリと閉めた。彼女に完全に嫌われてしまったな―歳三はそう思いながら溜息を吐き、自分の部屋へと戻った。 翌朝、彼は恵の悲鳴と嘉久の怒声を聞いて目を覚ました。にほんブログ村
Sep 3, 2013
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歳三が伊勢崎と飲んでいる頃、嘉久は愛人・真菜の職場である銀座のクラブ「ジュエル」で真菜達数人のホステスを侍らせてシャンパンを飲んでいた。「ねぇよっちゃん、本当に大丈夫なの?」「何がだ?」「何がって・・よっちゃんが学校のお金を横領していること、まだ理事長には知られていないんでしょう?」「そんな事を、大きな声で話すな!」嘉久はそう突然大声で叫ぶと、テーブルを拳で叩いた。グラスやシャンパンのボトルが大きな音を立てて落ち、ホステス達は悲鳴を上げてテーブルから逃げていった。「落ち着いてよ、よっちゃん。あたしが悪かったわ。」「なぁ真菜、お前がこの前開きたいって言っていた店の開店資金、俺が出してやってもいいぞ。」「ホント?」「ああ。あの婆さんはどうせもう長くはない。少しくらい金をちょろまかしたって気づきやしないさ。」「悪い人ね、あんたって。」「それはお互い様だろう?」嘉久はそう言うと、真菜を抱き締めた。「お母さん、まだお父さん帰ってこないの?」「ええ。お父様はお仕事が忙しいからね。もう寝なさい。」「わかったぁ・・」夜の11時を回っているというのに、父親の帰りを待っている長男・聡にそう言った恵は、彼がまた女の所に行っているのだろうと勘で解った。「ただいま。」「あらお帰りなさい、あなた。今夜も女の所にお泊りになられるのかと思いましたわ。」「聡は?」「あの子はもう寝ましたわ。それよりもあなた、聡の転校についてですけれど・・」「その話は後でいいだろう。俺は疲れているんだ。」「また逃げるんですか、あなた?面倒な事は全てわたくしに押し付けて、女と遊べるだなんていいご身分だこと!」「お前に何がわかる!」嘉久はそう叫ぶと、恵の頬を平手で打った。恵は短い悲鳴を上げ、ダイニングテーブルに倒れ込んだ。「誰のお蔭でお前が生きていけると思っているんだ!お前のような穀潰しは、家の事だけをやっていればいいんだ!いちいち俺に口答えするな!」嘉久はそう吐き捨てるように恵に言うと、ダイニングから出て行った。「恵さん、大丈夫?」「大丈夫です、お祖母様。お騒がせしてしまって、申し訳ございません。」騒ぎを聞きつけた寝間着姿の菊恵は、そう言って自分に詫びる恵を抱き締めた。「謝るのはわたくしの方だわ。あんな乱暴な子に嘉久を育ててしまったのはわたくしです。」「お祖母様、顔を冷やして参ります。」 キッチンへと向かった恵は、氷嚢(ひょうのう)を頬に当てながら溜息を吐いた。長袖のカーディガンを捲りあげ、露出した彼女の腕には嘉久に殴られたような青痣がいくつも残っていた。嘉久が恵に暴力を振るうようになったのは、彼女と結婚してすぐのことだった。料理の味付けや掃除の仕方など、些細な事が原因で、嘉久は突然激昂し恵に暴力を振るった。それは聡が生まれてからも変わらなかった。いつまでこの生き地獄が続くのだろう―そう思いながら氷嚢を頬に当てていた恵は、いつの間にか自分が泣いていることに気づいた。「義姉さん、どうしたんです?」「歳三さん・・」にほんブログ村
Sep 3, 2013
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週明け、歳三は父・正嗣が運営する慈愛学院の事務長として働くこととなった。「土方歳三です、宜しくお願い致します。」事務室で、歳三がそう挨拶すると、事務員たちはやる気のない拍手を彼に送った。「なぁ、あいつかよ?理事長先生の孫っていうのは?」「ああ。けどよぉ、あの人は正嗣先生が外に作った女に産ませた子だってよ。」「だから目が紫なんだ。それにしても、理事長先生は何を考えていらっしゃるんだか。腹違いの孫を学院に入れて・・」「伊勢崎さんが何て思うのかねぇ。」喫煙所で、数人の職員達がそう言いながら煙草を吸っているのを聞いた歳三は、そっとその場から離れた。やはり、自分はここでも歓迎されていないのか―歳三がそう思いながら事務室へと戻ると、白髪頭の男が歳三に一冊の帳簿を差し出した。「事務長、この帳簿の数字が合わないんですが・・」「わかりました、すぐにチェックいたします。」歳三はそう言うと、帳簿を開いた。「終わりました。」「有難うございます。わたしはパソコンが使えませんから、どうしても計算するのに時間がかかるんですよ。」そう言った男のネームプレートには、“伊勢崎”と印刷されていた。「伊勢崎さんはいつも丁寧な仕事をしていらっしゃると、先程事務室の方から聞きましたよ。」「わたしは、真面目な所だけが取り柄なものでして。そうだ、今夜何もご予定がなければ、飲みに行きませんか?」「いいですね、行きましょう。」喫煙所で歳三の陰口を叩いていた事務員たちは、いつの間にか歳三と伊勢崎が和気あいあいとした様子で談笑しているのを見て唖然としていた。「お恥ずかしい話なのですが、わたしは下戸でして・・」「そうでしたか。すいませんねぇ、そうだと知っていれば、お誘いしなかったのですが・・」「いえ、遠慮なさらず。チューハイなら飲めますから。」「そうですか。」 終業後、学院から出た伊勢崎と歳三は、駅前の居酒屋に来ていた。「うちの奴らを、どうか許してやってください。彼らが長年学院の為に働いてきたわたしが平のままなのに、理事長の孫であるあなたがコネで事務長になったと思い込んでいるのです。」「わたしが歓迎されることはないだろうと思っていましたから、何も感じてません。それよりも伊勢崎さん、昨日この書類の中に不審な点を見つけたんですが・・」歳三はそう言うと書類鞄から保護者の寄付金の額が記された書類のコピーを取り出し、それを伊勢崎に見せると、彼は低く唸った後こう言った。「これは、恐らく嘉久さんが保護者からの寄付金を横領しているようですな。」「横領、ですか?」「ええ。実を言うとね・・ここだけの話ですが、嘉久さんには女が居るんですよ。」「女?」歳三の脳裏に、帝国ホテルのエレベーターで嘉久と腕を組んでいる女の顔が浮かんだ。「どういった女ですか?」「銀座のクラブで働いている女ですよ。その女の為に嘉久さんはマンションや高級車を学校の金で買って、貢いでいるそうですよ。」「そうですか・・その事は、理事長はご存知なのですか?」「いいえ。もしこれが理事長に知られたら嘉久さんはおしまいですね。」「貴重なお話をしてくださり、ありがとうございました伊勢崎さん。ここはわたしが奢ります。」歳三の言葉に伊勢崎は一瞬ためらったが、嬉しそうに笑った。どうやら彼とは、良い関係が築けそうだ―歳三はそう思いながら、伝票を掴んでレジへと向かった。にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「では、お気をつけていっていらっしゃいませ。」「帰りは少し遅くなりますから、留守番を宜しくね、フィリップ。」菊恵はそう言ってフィリップに微笑むと、歳三とともにリムジンへと乗り込んだ。「パーティーは何処でやるんだ?」「帝国ホテルの宴会場で行われるのですよ。そこには、学院の理事たちも出席しますから、あなたのことをそこで紹介しようと思っているのよ。」「そうですか・・」「大丈夫、わたくしがついているのだから心配要らないわ。」菊恵に微笑まれ、そう言われた歳三は、安堵の笑みを浮かべた。「これは理事長、お忙しい中来て下さり、ありがとうございます。」「いいえ。伊達さんも色々忙しいのに、来てくださってありがとう。こちらはわたくしの孫、歳三よ。彼は来週から学院の事務長として学院で働くことになります。歳三、こちらは理事の伊達さんよ。」「初めまして・・」「初めまして、土方さん。菊恵さんからは色々とお噂を聞いておりますよ!」「噂、ですか?」どうせ良い噂ではないのだろうと思いながら、歳三は伊達の顔を見た。「ええ。5年前の戦争で、勇敢に戦われたとか。出来ればその武勇伝を、わたくしどもにお聞かせ願いませんでしょうか?」「いえ、このような場でお話できるほど、華やかなものではありませんので・・」「そうですかぁ・・」少し落胆そうな顔をしながらも、伊達はまだ諦めていないようだった。「歳三、美咲さんよ。」「初めまして、藤枝美咲です。学院の幼稚舎で保育士をしております。」「土方歳三です。」ショートカットの髪を揺らしながら歳三にそう自己紹介して頭を下げた藤枝美咲は、いかにも利発そうな女性だった。「あなたのことは理事長から色々と聞いておりますよ。」「そうですか。先程も伊達さんが同じようなことを言っていました。」「あら、そうだったかしら?わたくしは向こうで理事の方達とお話していますからね。」そう言うと菊恵はさっさと理事たちが居るテーブルへと行ってしまった。「このような場は、初めてですか?」「ええ。あんまり、社交界というのには馴染めなくて・・今まで、海辺の町で旅館を経営しながら気ままに暮らしていたので。」「そうですか。確か土方さんは、ハプスブルク帝国から来られたんですよね?」「ええ。5年前の戦争で、国の領土はロマノフ帝国に奪われて、人々は極寒の集落で飢え死にしました。」「まぁ・・」美咲が息を呑んだのを見て、歳三はシャンパンを一口飲んだ。「美咲さん、あなたは俺の武勇伝を聞きたいですか?」「いいえ。戦争を知っている者は、多くを語らないといいますから・・あなたは、ご自分が経験されたことを周囲にベラベラと話すような方ではないと思っております。」「ありがとう、あなたのような方と会えてよかった。では俺はこれで。」歳三はそう言って美咲に頭を下げると、菊恵の方へと向かった。「お祖母様、もう俺は失礼致します。」「どうしたの、歳三さん?」「少し酔ってしまいました。」「そう、余り無理なさらない方が良いわ。気をつけてお帰りなさい。」 ホテルの宴会場を出た歳三がエレベーターへと乗り込もうとした時、彼は異母兄・嘉久が若い女性と腕を組んでいるところを見た。「おや、奇遇だなぁ。その女は誰だ?」「貴様には関係のないことだ。」「そうか。まぁ、義姉さんには黙っておいてやるよ。」歳三は嘉久の肩を叩くと、エレベーターから降りていった。「どうするの、よっちゃん?」「心配するな、俺が何とかする。」にほんブログ村
Sep 3, 2013
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「ごめんなさいね、歳三さん。あの二人はあなたの事を認めていないのよ。」「わかります・・俺は、所詮あいつらにとっては愛人の子なんですから。」 昼食後、祖母・菊恵の部屋に招かれた歳三は、孫息子達の無礼を自分に詫びる彼女に向かって、そう言って溜息を吐いた。「わたくしは、正嗣が既婚者でありながらあなたのお母様と結婚したがっている事を知っていました。あの子達の母親・・正嗣の嫁である静江とあの子は、上手くいっていなかったのよ。静江は、この家に金で買われたのも同然でしたからねぇ。」「それは一体、どういう意味でしょうか?」「あなたのお母様が、家を救う為に好きでもない男と結婚させられそうになったことと同じようなものですよ。静江さんは、正嗣の事が好きではなかった。」「そうですか・・色々とあったんですね。」「ええ。歳三さん、正嗣からは何処まで聞いているの?」「いえ・・学校運営を助けて欲しいとだけ・・」「そう。あなたには余り詳しい事は話さなかったのね、あの子。」菊恵はそう言ってくすりと笑うと、背後にあったキャビネットの中から一冊のバインダーを取り出した。「ここには、あの子が運営している学校の経済状況が纏められている書類が入っているわ。あなた、パソコンはお出来になって?」「ええ。それに、ファイナンシャルプランナーの資格を持っています。」今は亡き祖母・香代子の旅館を継ぐ為に、歳三は金融関係の資格を幾つか取得していた。「わたくし、パソコンは使えないのよ。それに、学校の運営の事は息子に任せきりでねぇ。歳三さん、この書類に不備がないかどうか、調べてくれないかしら?」「今からですか?」「ええ。でも、出来る範囲内でいいわ。パソコンは机の上に置いてありますからね。」菊恵はそう言うと、部屋から出て行った。 菊恵が出て行った後、歳三はカバーを掛けたままになっているノートパソコンを起動させた後、早速書類に不備がないかどうかチェックした。今のところ、書類には不備がなかった。だがひとつ、彼には気になる事があった。それは、毎年保護者からの寄付金が多い事だった。 正嗣が運営している学校は私立なので、保護者からの寄付で賄わないと運営できぬことはわかっているのだが、どうも不審な点が多い。「お祖母様、あの・・」「大奥様なら、先程お出かけになられました。どうかなさったのですか?」「いや・・この書類なんだが・・何だか毎年保護者からの寄付金が多いような気がするんだ。」「そうですね・・」「私学だから、毎年保護者から寄付金が多いのは当たり前だろう?まったく、これだから素人は。」背後で自分を嘲るような声を聞いたかと思うと、いつの間にか歳三の背後には嘉久が立っていた。「すいませんねぇ、素人で。こんなに多額の寄付金を貰っているのは、裏口入学の報酬として、保護者の方々があんたに賄賂(わいろ)を握らせているんじゃねぇのかと思ってたんだよ。」「そんな馬鹿なことがある訳ないだろう!」歳三の口から、“賄賂”という言葉を聞いた瞬間、嘉久は顔を真っ赤にしてそう怒鳴ると、部屋から飛び出していった。「怪しいな、ありゃぁ。」「ええ。どうやら、脈ありのようですね。」フィリップはそう言うと、ニヤリと笑った。にほんブログ村
Sep 2, 2013
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「やっとお出ましか。待ちくたびれたぞ。」歳三の異母兄・嘉久(よしひさ)はそう言うと、隣に座っていた弟・匡(まさし)を見た。「まったく、僕達を待たせるだなんて、自分の立場がわかっていないようだねぇ。」銀縁眼鏡を指で押し上げ、匡は厭味ったらしい口調でそう言うと歳三を睨みつけた。 最初から歓迎などされないだろうなと思っていた歳三だったが、これほどまでにあからさまな憎悪をぶつけて来ては、怒りすら湧かなかった。「トシゾウ様、どうぞこちらへ。」フィリップはそう言うと、家長である正嗣の席へと案内した。「おいフィリップ、どうしてそいつをそこへ座らせるんだ?」「そうだ、こいつは深江家の者ではないだろう!?」「ヨシヒサ様、旦那様からのご伝言をお忘れのようですね?」フィリップはジロリと嘉久を睨みつけながらそう言うと、彼はムッとした顔をした。「何だ、伝言ってのは?」「トシゾウ様を、深江家の人間として受け入れる事。そして兄弟仲良く暮らす事。これが、旦那様からヨヒシサ様達へのご伝言です。」「ふん、僕はこいつを弟だとは認めないぞ。いくら貴族の娘が母親だとしても、父上はその女と結婚していなかったんだからな!」「そうだ、妾同然じゃないか!それなのに俺達を差し置いて父上の遺産を受け取ろうなんて浅ましいにも程がある!」「一体何の騒ぎです?」嘉久と匡がそう言って歳三を睨みつけていると、ダイニングに和服姿の老婦人が入って来た。「お祖母様、こいつがあの女の息子ですよ。」「まぁ、あなたが・・」老婦人は、じっと歳三を見た後、彼に微笑んだ。「あなたが歳三ね。会いたかったわ。さぁ、こんなところに突っ立っていないでお座りなさいな。」「お祖母様!」「やめてください、こいつをすぐにここから摘みだせばいい話でしょう!?」「お黙りなさい、二人とも。正嗣の代わりに家長を務めるわたくしがいいと言っているのです。そんなにわたくしの決定に不満があるのなら、二人とも出て行きなさい。」老婦人の言葉を聞いて嘉久達は苦虫を噛み潰したかのような顔をしたが、ダイニングから出て行こうとはしなかった。「フィリップ、昼食を持って来て頂戴。まだ今夜のパーティーまでに時間はあるけれど、支度が遅くなっては皆さんにご迷惑がかかるわ。」「かしこまりました、大奥様。」フィリップはそう言って老婦人に一礼し、ダイニングから出て行った。「歳三さん、わたくしはあなたの祖母・・正嗣の母、菊恵(きくえ)と申します。入院しているあなたのお父様に代わり、深江家の家長を務めております。さぁ、あなたもお座りなさい。」「は、はい・・」歳三は我に返ると、慌てて椅子を引いて座った。「前菜でございます。」「あら、美味しそうね。それでは皆さん、頂きましょう。」「はい、お祖母様。」そう言った嘉久だったが、じっと歳三を見つめるだけでフォークとナイフに手をつけようともしない。試されているのだなと思った歳三は、そっとフォークとナイフを取り、アスパラガスを一口大に切った。「どうしたの、二人とも?」「い、いいえ・・」悔しそうに歯噛みする嘉久と匡の顔を見て、歳三は少し溜飲が下がった。にほんブログ村
Sep 2, 2013
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消毒薬の匂いが、ツンと歳三の鼻を突き、彼は思わず顔を顰めた。「こちらです。」「歳三、来てくれたのか。」「親父・・調子はどうだ?」5年振りに会った正嗣は、病の所為か少し痩せていた。「なぁ親父、学校運営を俺に手伝って欲しいって言ってたよな?」「ああ。それよりも歳三、長旅で疲れていると思うが、今夜わたしの代理としてパーティーに出席して欲しい。」正嗣はそう言うと苦しそうにベッドから起き上がり、一通の招待状を歳三に手渡した。「わかった。親父、余り無理するなよ。」「ああ、わかったよ・・」正嗣は歳三に微笑むと、やがて寝息を立て始めた。「少し痩せてたな。」病室から出た歳三がそう言ってフィリップの方を向くと、彼の背後から一人の女性がやって来るのが見えた。「あらフィリップさん、義父の見舞いにいらしたの?」「ええ。恵さん、こちらは・・」「あなたが、歳三さんね?初めまして、嘉久の妻の、恵です。」「どうも・・」突然嫂(あによめ)からそう挨拶され、歳三は慌てて彼女に頭を下げた。「もうお帰りになられるの?」「はい。ヨシヒサ様はどちらに?」「あの方なら、家で仕事をしているわ。歳三さん、これから宜しくお願い致しますね。」「いいえ、こちらこそ。」「では、また後で。」恵はにっこりと歳三に微笑むと、正嗣の病室へと入っていった。「あの人が、腹違いの兄貴の嫁さんか・・気立てが良さそうだな。」「歳三様、パーティーの時間まではまだありますので、一旦ご自宅へと向かいますが、宜しいでしょうか?」「ああ、構わないぜ。」 二人を乗せたリムジンはやがて高級住宅街へと入ってゆき、広大な英国式庭園がある邸宅の正面玄関前で停まった。「ここが、親父の家か?」「ええ。フカエ家は代々由緒ある華族のお家柄だそうです。」「へぇ・・」ウィーンのパティーヌ家の邸宅も見事なものであったが、こちらの邸宅も負けてはいなかった。「フィリップ様、お帰りなさいませ。」「お帰りなさいませ。」正面玄関に20名ほどの使用人がフィリップと歳三を出迎えた。「皆さん、こちらはトシゾウ=ゲオルグ=フランソワ=フォン=パティーヌ様でいらっしゃいます。トシゾウ様は訳あって母方の姓を名乗っておりますが、こちらの旦那様のご子息です。くれぐれも失礼のないように!」「はい、かしこまりました。トシゾウ様、荷物をお持ちいたします。」使用人の中から一人の青年が出て来て、そう言って歳三のスーツケースを持った。「ありがとう・・」「トシゾウ様、昼食のご用意ができておりますので、ダイニングまでご案内いたします。」「わかった・・」 フィリップに案内されてダイニングへと入った歳三は、そこで初めて異母兄・嘉久と対面した。にほんブログ村
Sep 2, 2013
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『本日はジャパンエアラインをご利用いただき、誠にありがとうございます。只今、当機は成田空港へと着陸致します。安全の為、シートベルトをお締め下さいますよう、お願い申しあげます。』ベルト着用のサインが点灯し、歳三は外していたシートベルトを締めた。 数分後、飛行機は成田空港へと着陸し、スーツケースを引きながら国際線の出口から出て来た歳三を迎えたのは、パティーヌ家の執事であったフィリップだった。「お久しぶりです、トシゾウ様。」「フィリップ、お前ぇどうしてこんなところに?」「実は、あなたのお父様がわたくしを執事として雇ってくださいましてね。」「それじゃぁ、親父の所で働いているのか?」「ええ。詳しいお話はお車の中で致しましょう。」「ああ、わかった・・」歳三は迎えのリムジンにフィリップとともに乗り込むと、それは静かに動き出した。「トシゾウ様、旦那様からは何か聞いておられませんでしたか?」「いや・・ただ、親父の使いからは、親父の学校運営を手伝って欲しいとだけ聞いたんだが、違うのか?」「いいえ。ただ、少々厄介な問題がございまして・・」「厄介な問題?」フィリップが次の言葉を継ごうとした時、彼のスマホが突然鳴った。「もしもし、はい・・トシゾウ様ならばわたくしの隣に居られます。」「誰からだ?」「ヨシヒサ様からです。あなたの腹違いのお兄様でいらっしゃいます。どうしてもトシゾウ様と話したいからと・・どうされますか?」「それ、貸せ。」フィリップからスマホを受け取った歳三がそれを耳元にあてると、耳障りな声が聞こえた。『おいフィリップ、どうした?』「どうも、初めまして・・って、電話で言ってもわからねぇか。」『お前が、歳三か?』電話で話しただけだというのに、何故か歳三は異母兄の事が好きになれなかった。「おい、俺に何か用か?」『別に何も。言っておきたいことは、父上の財産はお前には渡さないということだ。』「ああ、わかったよ。」歳三は通話ボタンを切ると、フィリップにスマホを返した。「何だか、声だけ聞いても嫌な奴だな。」「ヨシヒサ様は焦っておられるのですよ。旦那様がもう余り永くはないので・・」「そりゃぁ、一体どういうこった?」「あなたとお会いになられた後、旦那様は病に倒れられました。お医者様がおっしゃられるには、あと半年の命だと・・」「そんな・・」漸く父・正嗣と28年振りに再会を果たし、彼と暮らす為に日本へ来たというのに、彼が余命いくばくもない身だと知った歳三は驚きの余り絶句した。「親父の病状は、悪いのか?」「いいえ、今は痛みを薬で抑えている程度ですので、そんなには。旦那様はあなたに、自分の遺産をお譲りしたいとおっしゃっております。」「ああ、それであいつがわざわざあんな電話を掛けてたってわけか。それで幾らあるんだ、その遺産ってのは?」「そうですね・・土地や別荘などを含めますと、軽く500億にもなりますかね。」「500億だと!?」庶民として今まで育ってきた歳三にとって、それは途方もない大金だった。「なぁ、今何処に向かっているんだ?」「旦那様が入院されている病院です。」にほんブログ村
Sep 2, 2013
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ハプスブルク帝国内から追い出された市民達は、遥か北のシベリア・ヤクーツクに移住したものの、飢餓と寒さの中、次々と亡くなった。「いつまでこんな生活をすりゃぁいいんだ?」歳三は使えそうな薪を背負子に入れながらそうこぼすと、勇は溜息を吐いた。「俺達は、ここで生きるしかないんだろうな・・」「せめて、あの町に戻れたらいいんだが・・」歳三の脳裏に、美しい海に囲まれた故郷の町が浮かんだ。その町も戦場となり、歳三が営んでいた旅館は瓦礫と化し、かつて人魚達の棲家だった美しい海も汚染された。戦争は人を殺し、自然を破壊した。そして、生き残った者の心を壊し、疲弊させた。あの悪夢のような戦争が終わってから三年も経ったが、未だに歳三は悪夢にうなされる日々を送っていた。「そろそろ、帰るか・・」「ああ、そうだな。こんなところにいつまでも居たら、凍えちまう。」歳三達は吹雪が吹き荒ぶ雪原を後にし、家へと戻った。 するとそこには、一人の少年が彼らの帰りを待っていた。「お前ぇ、誰だ?」「トシゾウ=ヒジカタ様ですか?」「ああ、そうだが、お前は?」「あなたの父上様の使いで参りました。」 少年を家の中へと招き入れた後、彼は歳三達に礼を言って、蘆田直道(あしだなおみち)と名乗った。「あなたのお父上は、あなたを日本へ呼び寄せたがっております。自分に、力を貸して欲しいと・・」「今あいつは、何をしているんだ?」「日本で、学校を運営しております。ですけれどまだ教師も教科書も不足していて、満足に生徒達に勉強を教えられる状況ではありません。ヒジカタ様、どうかお力を貸していただけないでしょうか?」「歳、行ってやれよ。このままここで燻ぶっていても仕方がないだろう?」「けど、あいつとはとうに縁が切れたんだぜ?今更あいつと一緒に暮らせるかよ・・」「お前のお祖父様は、お前が日本で暮らす事を望んでいると思うぞ。今ここにお祖父様が居たら、お前に日本に行けと言うだろうな。」「そうか・・」歳三は一晩考えた後、日本へ行く事にした。「歳、身体には気をつけろよ。」「わかってるよ・・」「メールくれよ!」「勝っちゃん、飛行機で行くんだから、もう会えねぇってわけじゃねぇだろう?」「だがなぁ・・」「ったく、俺を送りだしたのはあんたなのに、あんたが泣いてどうすんだよ?」数日後、空港へと見送りに来た勇がなかなか泣き止まないので、歳三は呆れた様子でそう言って彼の肩を叩いた。「心配するな、俺は何処も居なくならねぇよ。」「気を付けて行ってこいよ!」勇に見送られ、歳三は日本へと旅立っていった。28年もの長い歳月を隔てた父親とはまだ蟠(わだかま)りがあるが、何とかなるかと思いながら、歳三は飛行機の窓から外を見た。そこには、雪化粧をした富士山が聳(そび)え立つ姿があった。―終―にほんブログ村にほんブログ村
Aug 25, 2013
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※BGMとともにお楽しみください。「降伏とは、本気なのですか?」「ええ。長い戦いは国を疲弊させます。わたしは、最善の道を選んだまでの事。」「そうですか・・」 ルドルフとフランツは、ロマノフ軍の本陣が置かれているシェーンブルン宮へと赴き、ニコライ二世の使者に降伏する旨を伝えた。「あなた方は良く戦った。その健闘を称えたい。」彼はそう言うと、ルドルフに微笑んだ。「わたしは称える価値もない人間です。称えるのならば、今戦場で戦っている者たちを称えてください。」ルドルフの言葉に、使者は少し面食らったような顔をした。「それと、わたし達は逆賊ではありません。確かに方法は間違ってしまったが、この国を守ろうとしていた・・サラエボの民達のように。」彼は使者に背を向けると、シェーンブルン宮から去っていった。「本当か、降伏するって!?」「ああ・・ルドルフ様と皇帝陛下がロマノフ側に降伏する事を伝えたらしい・・」「畜生・・俺達はまだ戦えるってのに!」負傷者で溢れ返っているウィーン市内の病院でルドルフ達が降伏する事を知った兵士達は、悔し涙を流した。 その中には、歳三も居た。彼はゲオルグを救出しようとした際、背中に酷い火傷を負ってそこに入院していた。「俺達はまだ戦える!」「歳、無茶だ!」「畜生・・何の為に俺は戦ったんだ!」「歳・・」母親の形見である懐中時計を握り締めながら、歳三は嗚咽した。 数日後、ルドルフ達は正式にロマノフ側に降伏する事を宣言し、ホーフブルク宮を明け渡すこととなった。「お兄様、わたし達これからどうなるの?」敵兵の姿に怯える妹に対し、ルドルフはこう言った。「この先、どんなことがあっても、前を向け、マリア=ヴァレリー。たとえどんなに落ちぶれようとも、誇りは忘れるな。」「はい・・」ホーフブルク宮の前で行われた降伏式の様子を、沢山の市民達が見守っていた。ルドルフと皇帝夫妻たちは、ハンガリー・ブダペスト郊外にあるゲデレー城への蟄居(ちっきょ)処分が下された。そして女子どもや老人、15歳に満たぬ者や傷病者は処分を除外されたが、兵士達はサラエボ郊外にある謹慎所へと送られることとなった。「サラエボを汚した悪魔め!」「人殺し!」道すがら、人々が兵士達を罵倒しながら石を投げつけてきた。「あの野郎・・」「止せ、あいつらだって家族を失くしたんだ。怒りを何処にぶつけたらいいのか、わからないんだ。」グレゴリーは、そう言っていきり立つ兵士達を抑えた。 五年にもわたる長い歳月の末、サラエボ紛争から始まったハプスブルク戦争は、40万人もの夥(おびただ)しい死者を出し、終焉を迎えた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 25, 2013
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「誤爆しただと!?それは確かなのか!?」「はい、皇太子様・・敵のアジトだと思い、爆撃を行いましたが・・パティーヌ邸でした。」「何てことをしてくれたんだ!民間人の家を誤爆するとは!」ルドルフは激昂し、誤爆した兵士の頬を強かに打った。その時、砲撃でホーフブルク宮全体が激しく揺れた。 王宮を見渡せる小高い山から、ロマノフ軍と反乱軍が一日二千発もの砲弾をホーフブルク宮に撃ちこみ始めたのは、数日前の事だった。「どうなさいますか、父上?最早食糧も尽き、味方の兵士ばかりが次々と倒れていきます。このまま戦いを続ければ・・」「降伏するというのか?」「それしか、我々が生き残る道はないかと・・」「だが降伏すれば、我々は逆賊の汚名を着せられたまま生きることになるのだぞ!」フランツはそう息子に怒鳴ると、机を拳で叩いた。「民間人を誤爆した上、降伏するなど・・」「・・祖父さんを殺したのは、あんた達か!?」侍従達の制止を振り切り、歳三はルドルフとフランツが居る執務室へと入った。「あんたらが、祖父さんを殺したのか?」「・・済まない事をした。」「それだけで・・それだけで済むと思ってんのか!?」歳三は怒りの余り、ルドルフの胸倉を掴んで彼の頬を拳で殴った。「止めろ、歳!」「大体、この国が滅茶苦茶になったのは、お前らの所為だろうが!あの時・・デモの参加者に発砲しなきゃ、こんな事にはならなかった筈だ!」「落ち着け、歳!」「お前の所為で、戦争が起きたんだ!お前の所為で、玻璃が・・」歳三は思いの丈をルドルフにぶちまけると、執務室から出て行った。「すいません、彼は・・」「わたしが意地を張った所為で、戦争が起きて、国はまさに滅びようとしている・・」ルドルフは廃墟と化したウィーンの街並みを窓から眺めた。「父上、わたしは間違っていたんでしょうか?あの時、バルカンの独立を認めていれば、こんな事にはならなかった筈です・・」「ルドルフ・・」「父上、生きていれば逆賊の汚名を晴らす機会はありましょう。だから、降伏致しましょう。」決意を秘めた蒼い瞳で、ルドルフはフランツを見た。「この戦いで死んだ多くの者達に報いることは、戦うことではありません。一刻も早く、この戦いを終わらせることです。」「わかった・・」フランツは項垂れ、深い溜息を吐いた後、侍従にこう告げた。「ロマノフ帝国側に、我々が降伏すると伝えろ。」「父上、参りましょう。」ルドルフとフランツが執務室から出て行こうとした時、勇は彼らを呼び留めた。「お待ちください、皇太子様、陛下!あなた方は、これからどうなさるおつもりなのですか!?」「どうするのかを決めるのは、わたし達ではなく、お前達だ。」ルドルフは勇の方を振り向くと、そう言って彼を見た。「トシゾウに伝えておけ。すぐに罪を償えるとは思っていない、だがいつか償いはするつもりだ、と。」「わかりました、必ず伝えます。」勇はルドルフの前で姿勢を正してそう言うと、彼に一礼して執務室から出て行った。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 25, 2013
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勇と歳三は、エリカの遺体を遺体安置所へと持っていった。「家族の者が来たら、彼女の遺体を・・」「わかった。」安置所の職員は、そう言ってエリカの遺体を歳三から受け取ると、担架に載せて奥へと消えていった。「本当はすぐに埋葬したかったんだが・・エリカの親父さんが引き取りにくるかもしれねぇし・・」「そうだな・・」身内ではない歳三が、エリカの遺体を勝手に埋葬する事など出来ないと知っていた勇は、そう答えるしかなかった。「いつまで続くんだ、この戦いは・・」「わからねぇ・・けど、俺達は世間では逆賊扱いだ!」歳三は怒りを紛らわせる為に、近くの柱を拳で殴った。「そもそも、バルカン半島の独立を認めていれば、戦争にはならなかった筈だ!」「歳、行こう。」勇は親友を宥めながらオペラ座まで戻ろうとした時、高級住宅街から轟音が響いた。「何だ・・」「あそこは、パティーヌ様のお屋敷の方だぞ!?」「祖父さん・・」歳三は嫌な予感がして、パティーヌ邸へと向かった。「何だ、これは・・」「酷いな・・」 勇と歳三がパティーヌ邸に行くと、美しい屋敷は爆撃によって瓦礫の山と化していた。「祖父さん、何処に居るんだ!返事しろよ!」瓦礫を掻き分けながら、歳三がゲオルグを呼んでいると、梁の下から微かな呻き声が聞こえた。「祖父さん、祖父さんなのか!?」「トシゾウ・・」「待ってろ、今助けてやるからな!」歳三はそう言って近くに転がっていた火掻き棒で梁を持ちあげようとしたが、それは微動だにしなかった。「勝っちゃん、手伝ってくれよ!」「わかった!」「わたしは・・もういい。トシゾウ、もう行け。」「そんな事、出来るかよ!必ず助けてやるから!」歳三と勇が必死に瓦礫を退かそうとしたが、無駄だった。やがて歳三の両手からは血が滲み、それがゲオルグの頬に滴り落ちた。「歳、火が・・」「畜生!」瓦礫の下から燻ぶる黒煙と炎を見た歳三はゲオルグを救出しようとしたが、汗の所為でなかなか梁を動かす事が出来なかった。「トシゾウ・・」「祖父さん、どうした?何処か、痛いのか?」「わしは、お前のような孫を持って幸せ者だ・・」ゲオルグはそう言って手を伸ばすと、そっと歳三の頬に触れた。「祖父さん・・」「生きてくれ、お前だけは・・」「やめろよ、俺が必ず・・」「歳、もう駄目だ!崩れちまう!」「行け、わたしは大丈夫だから・・」「祖父さん、祖父さん!」 勇に羽交い締めにされながら、歳三はパティーヌ邸から連れ出された。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 25, 2013
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※BGMとともにお楽しみください。「歳三様、お久しぶりです!」「エリカ・・その格好、どうしたんだ?」「わたしも、戦います!」そう言ったエリカは長い髪を切り、男装していた。「そうか・・」「わたし、これから何をすればいいですか!?」「そうだな・・怪我人の手当てをしてやってくれ。」「わかりました。」エリカはそう言って、救護班のテントへと向かった。「なぁ、あの人って確か・・」「バレンタイン家のエリカ様じゃぁ・・」「どうして男装してるんだ?」「俺達と、戦いたいってさ。」「女の身で!?」「今男も女もねぇだろう?貴族も平民もねぇよ。」歳三はそう言うと、エリカの元へと向かった。「歳三様、玻璃さんは?」「玻璃は・・子どもを産んで亡くなった。」「嘘・・」「あいつは、可哀想な奴だった・・俺がもっと早く、あいつを助けてやればよかった。」「ご自分を責めないでください、歳三様。」「そうだな・・」エリカはそっと、歳三の手を握った。「お前の家族はどうしている?」「あの人達は何処に居るのかは知りませんが、父は海辺の町に行っています。」「そうか。親父さん、無事に帰ってくるといいな。」「ええ・・」 エリカがそう言って笑った時、突然銃声が響いた。「敵襲だ!」歳三達は必死に敵に応戦した。完全に油断していた彼らの何人かは、敵の攻撃を受けて深手を負っていた。「エリカ、何処だ!?」「歳三・・様・・」 エリカは、腹を撃たれていた。「死ぬな、エリカ!」「ごめんなさい・・わたし・・」「喋るな!」歳三の頬を、そっとエリカは撫でた。「歳三様・・愛しています・・」苦しそうに喘ぎながら、エリカは歳三に微笑むと、そっと目を閉じた。それと同時に、彼女の手が力なく地面に落ちた。「エリカ、しっかりしろ!」エリカは、歳三に抱かれて若い命を散らせた。「あいつら全員、殺してやる!」「やめろよ、ここで自棄を起こしたら・・」「うるせぇ!」「歳、歳じゃないか?」不意に背後から聞こえてきた声に歳三が振り向くと、そこには勇が立っていた。「勝っちゃん、どうして・・」「俺も、召集されたんだ。まさかこんな所で会えるなんて思ってもいなかったよ。」勇はそう言って笑うと、歳三を見た。「勝っちゃん、エリカが死んだ・・」「そうか・・俺達で、ちゃんと葬ってやらないとな。」「ああ・・」 エリカの遺体を抱き上げた歳三は、そのまま勇とともに外へと出て行った。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 24, 2013
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戦争が激化するにつれ、戦場と化したウィーンから貴族達が別荘のあるこの町に次々と疎開してきた。だが食糧は減り、配給制となっていたが、誰もが満足に食べられる程の量ではなかった。「お願いします、うちには食べ盛りの子どもが三人も居るんです!」「駄目だといったら駄目だ!苦しいのはお前のところだけじゃないんだ!」幼い子を抱えながら、一人の母親がそう哀願したが、兵士はそれを冷たく拒絶した。「何を見ている、早く行け!」泣き崩れる母親を尻目に、町民たちは配給の列へと並んだ。「これ、どうぞ。」「有難うございます!」彼女を見かけた勇は、食糧が入った袋を彼女に差し出した。「なぁに、俺は独り身なので、こんなに要りませんよ。さぁ、早く帰ってお子さん達の元へ・・」「このご恩は、忘れません!」母親はそう言って勇に深々と頭を下げると、我が家へと帰っていった。「近藤勇は居るか!?」「はい、わたしですが、何か?」 その夜、勇が宿の厨房で夕飯を作っていると、役人が数人の兵士達を伴って宿へと入って来た。「貴様に召集令状が来た。明朝9時に、駅に向かうように。」「わかりました・・」いつか、自分も召集されるだろうと思っていた。だが、自分が居なくなったら、この宿は誰が守るのだろう―(歳・・お前は今、何処に居るんだ?) あの日、別れたきり連絡を寄越さない親友に、勇は想いを馳せた。 一方歳三は、ウィーン市内で反乱軍と戦っていた。彼ら第七連隊が陣をひいているのは、ウィーン市内のオペラ座近くであった。そこは戦前、貴族や著名人達で賑わっていた。しかし今オペラ座は帝国軍に接収され、作戦本部として使われていた。「芸術を楽しめるのは、平和な時だけ、か・・」「そうだな・・」ユリウスは溜息を吐くと、虚ろな目で月を見ていた。「どうした?」「なぁ、俺達は間違ったことをしたのかな?俺達は、何の為に戦っているんだろうな?」「それは、わからねぇ・・けど、俺達は逆賊じゃねぇってことは確かだ!」 この戦争の責任は、バルカン半島に戦争を仕掛けたハプスブルク帝国の責任であるという厳しい意見が、ネット上に広がっていた。そしてロマノフ帝国の紋章・双頭の鷲が刺繍された旗がウィーンに掲げられたことにより、ハプスブルク帝国は“逆賊”の汚名を着せられた。“ゴキブリどもを、叩き潰せ!”“帝国の利権にたかり、甘い汁を吸う蛆虫どもを殺せ!”“皇太子達の首を晒せ!”ネットの掲示板には、連日帝国を非難する過激的な書き込みが日に日に増えていった。(俺達は逆賊じゃねぇ・・俺達は、国の為に戦っているんだ!) ロマノフ帝国の力を借りた反乱軍の勢いは増し、彼らはホーフブルクへと迫ってきていた。そんな中、歳三はエリカと再会した。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 24, 2013
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反乱軍がウィーンに向かっていると聞いた市民達は、不安と恐怖でパニックに陥った。商店からはパンや缶詰が飛ぶように売れ、市民達は武器を取って敵を迎え撃とうとしていた。「あいつらには、この街は渡さねぇぞ!」「そうだ、俺達がウィーンを守るんだ!」愛すべき故郷を守る―老若男女関係なく、市民達はその気持ちをひとつにし、銃を手に取った。「後少しで、ウィーンだぞ・・」「ああ・・」反乱軍は、ウィーンまであと数メートルという距離まで迫っていた。「イレーネ、大丈夫か?」「大丈夫です。」イレーネは母の遺髪で作ったヘアジュエリーのネックレスを握り締めると、憎い敵が居るウィーンがある方角を睨みつけた。(母さん・・わたしは必ず、敵を・・)「よし、行くぞ!」「おおっ!」 一方、北の帝国・ロマノフ帝国では、ハプスブルク帝国をこの際自国の支配下に置こうと企んでいた。その為に、皇帝・ニコライ2世は、反乱軍と接触を図った。「もうハプスブルクの好きにはさせん。向こうが始めた戦争だ、相手が殲滅するまで徹底的にやれ。」彼は、反乱軍に大量の武器と弾薬を無償で提供した。それが、この戦いを変えることになる。 反乱軍が遂にウィーンへと進軍し、市民達は彼らを迎え撃ったが、砲弾や銃弾の前に次々と彼らは倒れていった。「クソ・・」「あいつら、何でこんなに強いんだ!?」数では圧倒的に勝っているというのに、倒れるのは市民達や帝国軍だけだった。「おい、あれを見ろ!」「あれは・・ロマノフの・・」反乱軍の頭上に掲げられたロマノフ王家の紋章が刺繍された旗を見て、帝国軍は驚愕の表情を浮かべた。「あいつら・・ロマノフの配下となったのか!?」「じゃぁ、俺達はどうなる!?」この瞬間、サラエボ紛争は、ハプスブルクとロマノフという二大帝国間の戦争へと変わった。「お嬢様、早く避難なさってください!」「そんなこと、出来ないわ!」ウィーン市内が戦場と化し、貴族達は国外に次々と亡命する中、エリカ=バレンタインは男装して敵と戦うことを決意した。「わたしは敵に背を向けて逃げたりはしない!トシゾウ様と一緒に戦うわ!」「お待ちください、お嬢様!」 執事の制止を振り切り、銃を握り締めたエリカは通りへと飛び出していった。「ウィーンに反乱軍がやって来たぞ!」「この帝国も終わりだ!」「何てことだ・・」 勇は市場で町民たちの会話を聞きながら、歳三の身を案じた。(歳、どうか無事でいてくれ・・)にほんブログ村にほんブログ村
Aug 24, 2013
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反乱軍の襲撃に遭い、総督府は数分もしない内に炎と黒煙に包まれた。「ルドルフ様、早く外へ出て下さい、ここは危険です!」「わかっている!」ルドルフは素早く荷物を纏めると、屋上のヘリポートへと向かった。その間にも、敵が放った銃弾が壁にめり込んだ。(クソ、油断した・・)ヘリポートへとルドルフが向かうと、そこは敵から丸見えだった。この機会を敵が逃がす訳がなく、四方八方から銃弾が飛び交い、ルドルフは匍匐前進しながらヘリコプターの方へと向かった。「ルドルフ様!」「離陸しろ、ここは危険だ!」パイロットは機体を離陸させ、総督府から離れていった。「おい、ルドルフ様が逃げたぞ!」「何だって!?」砦を守っていた兵士達の声で我に返った歳三が上空を見ると、そこには総督府を離れ徐々に小さくなっていくヘリコプターの機影が見えた。「畜生、あいつ・・」「俺達を見殺しにするつもりかよ!?」戦いのさなかに指揮官であるルドルフが逃亡したことは、瞬く間に全世界に広がった。「皇太子様・・」「玻璃は、玻璃は何処に居る!?」 ホーフブルク宮へと戻ったルドルフは、玻璃の姿を探したが、彼女は何処にも居なかった。「玻璃様はお亡くなりになられた後・・泡となって消えていきました・・」「そんな・・」玻璃の死に目にも会えず、彼女の遺体を葬ることもできなかったルドルフは、落胆する余り床に蹲り嗚咽した。「大変です、皇子様が・・」「そこを退け!」ルドルフが息子の寝室へと入ると、ベビーベッドで彼は嘔吐していた。「何があったんだ!?」「先程、わたくしが部屋を離れた際、異常はありませんでしたけど・・一体何が何やら・・」「早く医者を呼べ!」すぐさま医師が呼ばれたが、彼は助からなかった。「ルドルフ様、皇帝陛下がお呼びです。」「わかった、すぐ行く・・」 ルドルフが意気消沈した様子でフランツの元へと向かうと、彼は怒りに満ちた目で彼を睨んだ。「ルドルフ、お前は戦いのさなか、味方を捨てて逃げ帰ったそうだな?」「あの砦は死守する事はこれ以上不可能だと判断したまでのことです。それよりも陛下、反乱軍がウィーンへと進軍している事を、ご存知ですか?」「何だと・・それは確かなのか!?」「はい・・」「閣議を開くぞ!」 サラエボを出発した反乱軍は、一路ウィーンへと進軍した。その中にはイレーネも居た。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 24, 2013
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「母さん、母さん!」「イレーネ、あんたの母さんは・・」「何でこんなことに・・嫌よ、母さん!」イレーネは母の遺体に取り縋って泣いた。その間にも、敵の攻撃は続いていた。「母さん・・」父を早くに亡くし、母と弟の三人で、助け合って生きてきた。だが弟は敵に殺され、母もまた敵が放った砲弾によって殺された。(許せない・・)イレーネの蒼い瞳に、怒りの炎が宿った。「このままだと楽勝だな。」「ああ・・相手は女だからな。」そう言って余裕綽々とした様子の帝国軍を睨み付け、イレーネは彼らに向かって銃を放った。彼女が放った銃弾は、彼らの額を撃ち抜いた。「敵襲だ!」「全員、配置につけ!」突然敵の攻撃を受け、帝国軍は狼狽し、一瞬ではあるが彼らの士気が崩れた。「イレーネ、行くよ!」「わかったわ・・」イレーネは腰に提げている短剣を抜くと、母の髪を一房掴んでそれを切り取り、その場を後にした。「どうした!?」「女が、撃ってきやがった!」「女が!?」「あぁ、あいつら自棄を起こしているらしいな・・いくら人手不足だからって、女を戦場に出すか普通?」「そうだよなぁ・・まぁ、敵はそれほどまでに追い詰められているってことか。」「そうだな!」軽口を叩いている兵士達を見て、歳三は拳を固めながら彼らの方へと近づくと、間髪入れずに彼らの頭を軽く叩いた。「いってぇ、何すんだ!?」「女だからって侮ってたら、痛い目に遭うぞ。」「ふん、女なんか相手にしてられ・・」兵士がそう言って歳三の方を向いた瞬間、彼の頭は砲弾を受け粉微塵になった。血と脳漿が歳三の顔や壁に飛び散り、赤く染まった。「あいつら、もう・・」「言っただろ?女だからって油断するなって!」歳三は舌打ちしながら顔についた血を乱暴に拭うと、銃を構えた。 砦の下には、銃や銃剣で武装した女達がこちらの様子を窺っていた。その中に、10代と思しき少女が混じっていた。歳三とその少女の目が会った時、彼女は憎悪に満ちた視線を歳三に寄越すと、何処かへと消えていった。(あの目・・)彼女もまた、この戦争で家族を殺されたのだろうか。「もっと撃って、あいつらを全員殺してやるんだから!」 イレーネは我を忘れ、砲弾を次々と敵の砦に撃ちこんだ。(殺してやる・・わたし達の国を滅ぼす奴らを!)にほんブログ村にほんブログ村
Aug 24, 2013
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「よくここまで辿りつけたな。」総督府で歳三達を出迎えたルドルフは、そう彼らに労いの言葉を掛けた。「それよりもトシゾウ、東街区を陥落させたそうじゃないか?」「まぁな・・けど、これで戦いが終わるとは思っちゃいねぇ。」「わたしも同感だ。どうやら敵は、子ども兵を徴用しているようだな。」「ああ。あいつら、俺達を見つけたと思ったら、撃ってきやがった。反撃する暇がなかったから、ユリウスが火炎放射器であいつらに炎を浴びせて・・」歳三はルドルフに子ども兵達を撃退したことを報告している途中で、炎に焼かれ、断末魔の悲鳴を上げる子ども達の姿が脳裏に浮かんだ。 戦争さえ起きなければ、あの子達は普通に家族と暮らし、学校に行く日々を送っていた筈だ。それなのに―「どうした?」「・・済まねぇが、ちょっと外の空気を吸ってくる。」歳三はそう言うと、執務室から出て行った。「あいつ、どうしたんだ?」「トシゾウは、子ども兵達が焼け死ぬのを目の当たりにしちまったんですよ、ルドルフ様。俺があいつらに炎を浴びせても、あいつらは苦しげに呻きながらも俺達を撃とうとしてきたんでさぁ・・」ユリウスは苦悶の表情を浮かべながら、己の両手を見つめた。彼は今、敵ではあるが子どもを殺したという罪の意識に苛まれていた。「お前達が、責任を感じることはない。お前達は当然のことをしたまでだ。」「ルドルフ様・・」「ここで暫くゆっくりと休むがいい。」「はい・・」 ルドルフは執務室を出て行くと、歳三の姿を探した。彼は、バルコニーで煙草を吸っていた。「こんなところで落ち込んでいるとは、お前らしくないな。」「うるせぇ、放っとけよ・・」「敵にいちいち情けをかけるな。そんなことしていては、こちらがやられるだけだ。」ルドルフはそう言って歳三の肩を叩くと、バルコニーから去っていった。 東街区が陥落した翌日、市民達は子ども兵達が犠牲となったことを知り、帝国軍に対して激怒した。「あいつらは子ども達を平然と殺した、畜生にも劣る連中だ!」「殺せ、あいつらを!」「武器を取って戦え!」義憤に駆られた女達―とりわけ、子ども兵として参戦した我が子を失った母親達は、次々と銃を手に取った。「イレーネ、どうしたんだいその格好は!」「あたしも戦うわ、母さん!弟の仇を必ず討ってやる!」長いブロンドの髪を切り、軍服に身を包んだイレーネは、銃を手に取り女の身でありながら戦場へと赴いた。「おい、あれ見ろよ!」「女だ!」 戦場に武装した女達が現れると、帝国軍は驚愕の表情を浮かべながらどよめいた。「女だからといって手加減するな!撃てぇ~!」帝国軍の大砲が女達に向かって砲弾を放ち、たちまちそこに黒煙と炎が上がった。「イレーネ、大丈夫かい!?」「あたしは平気よ・・」イレーネはそう言うと、母の姿を探した。 母は、砲弾の破片を頭部に受け、即死していた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 24, 2013
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※挿絵はMARISSA様から頂きました。「トシゾウ、大丈夫か!?」「ああ・・」「ここは危ない、総督府へ急ぐぞ!」「わかってらぁ!」反乱軍の本陣を襲撃した歳三達は、崩壊した建物から離れて総督府へと急いだ。『敵だ!』『一人たりとも逃がすな!』敵は容赦なく歳三達に発砲してきた。彼らは路地裏に逃げ込みながら、敵と必死に応戦した。「これでも喰らいやがれ!」仲間の一人はそう叫ぶと、敵に向かって手榴弾を投げつけた。爆音が路地に轟いた。「おい、危ねぇ!」歳三は彼の背後に迫る敵の存在に気づくと、間髪入れずに発砲した。「トシゾウ、助かったぜ。」「危ねえところだったぜ、ヨーゼフ。」歳三は仲間の無事を確認すると、石畳の床に倒れた敵兵を見た。彼は、まだ年端もゆかぬ少年だった。「まだ子どもじゃねぇか!」「どういうことだ、こりゃぁ・・」歳三が唖然としていると、突然銃声が聞こえたかと思うと、数人の子ども達が突然彼らに向かって発砲してきた。「クソ!」「きっとさっきの奴はあいつらを先導したに違いない。子ども相手だからって油断してたぜ!」「ああ・・」 歳三は素早く銃に弾を装填すると、路地裏から飛び出した。だが最新式のアサルトライフルを持った子ども達は、歳三達に容赦なく銃弾を浴びせて来た。「クソ、これじゃぁキリがねぇ!」「これで、あいつらを火だるまにしてやろうぜ!」そう言ったのは、背中に火炎放射器を背負ったユリウスだった。「おい、下手したら俺達も火だるまになるぞ?」「ここで犬死にするよりはマシだろう?」ユリウスは子ども兵達が自分達の方へと近づいてくるのを、息を潜めて待っていた。「よし、今だ!」歳三の合図で、ユリウスは路地裏から飛び出して火炎放射器を子ども兵達に向けた。 たちまちそこから紅蓮の炎が噴き出し、子ども兵達は全身火だるまとなりながら悲鳴を上げ、火を消そうと地面に転がった。彼らの断末魔の悲鳴を聞き、生きながら焼け死ぬ彼らの惨い姿を見たくなくて、歳三はおもわず彼らから目を背けた。「トシゾウ、もう終わったぜ。」「ああ・・」「行くぞ。」歳三がユリウス達とその路地を後にすると、そこには煙を上げ、炭化している子ども兵達の遺体が転がっていた。こみあげてくる吐き気を堪えながら、歳三は漸く仲間とともに総督府へと辿り着いた。「ハプスブルク帝国陸軍第七連隊です、ここを開けてください!」ユリウスがそう叫ぶと、頑丈な鉄の門がゆっくりと開いた。「助かったな。」「あぁ・・」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 23, 2013
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「・・畜生、総督府は何処だ!?」 ルドルフが東街区陥落の報せを受けてから、数時間前のこと。歳三達は敵の銃弾にさらされながら、彼らと応戦していた。「おい、そっちはどうなってる!?」「こっちは無理だ、援護を頼む!」「わかった!」歳三はそう言うと、銃を撃ちながら苦戦している仲間の方へと走った。「助かったよ。」「ったく、キリがねぇ!」「一体どうすれば・・」「こうなったら、これを使うしかねぇな。」歳三が取り出したのは、手榴弾だった。「これを、敵の本陣に向かって投げる。」「そんな・・もし失敗したらどうするんだ?」「そん時はそん時だ。」覚悟を決めた歳三はゆっくりと、敵の本陣へと向かった。『状況はどうだ?』『これなら、楽勝だ。』『そうだ、あと一時間で決着がつく。』敵兵のスラヴ語がすぐ近くで聞こえてきたので、歳三は咄嗟に柱の陰へと隠れた。チラリと歳三が彼らの方を見ると、彼らはある建物の中へと入っていくところだった。歳三はその建物が敵の本陣であることを知り、そこへ忍び込んだ。『誰か居るぞ?』『気の所為じゃないか?』ウォッカを回し飲みしながら、敵兵達はそう言っていたが、歳三の気配には気づかずにいた。『少し外を見て来るぜ。』『気をつけろよ。』『あぁ、わかってるさ。』敵兵の一人が外へと出た時、歳三は彼と目が合ってしまった。彼が声を上げる暇を与えず、歳三は彼の喉笛を短剣で切り裂いた。『遅かったじゃねぇか!』『済まない・・小便が止まらなくてな。』殺した敵兵の服を奪い、扮装した歳三はそう言って拙いスラヴ語でそう返すと、敵兵達は彼を全く疑う様子はなく、歳三の言葉を聞いて笑った。『調子に乗って飲むからだよ!』『まぁ、こんな日に飲みたくなるのもわかるがな!』それから彼らは始終上機嫌な様子で、ウォッカを酌み交わした。『帝国軍は、これからどんな手を使うんだろうねぇ?』『まぁ、無駄なあがきだ。』『そうかな?』彼らが完全に油断したところで、歳三はそう言って彼らに不敵な笑みを浮かべた。『てめぇ・・』『詰めが甘かったな。』 手榴弾のピンを素早く抜き、歳三はそれを素早く敵兵達の元へと投げた。凄まじい爆音と爆風に襲われた建物は激しく揺れ、歳三は開け放たれた窓から外へと飛び降りた。その刹那、建物が黒煙と炎を上げながら崩壊した。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 23, 2013
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「う・・」「おい、しっかりしろ!」銃声が聞こえた方へと走ると、そこには胸に銃弾を受け地面に倒れているレオンの姿があった。一目見て、レオンは助からないと歳三は思った。「すまねぇが、お前ぇを連れて行く事はできねぇ、許してくれ。」「ふん、そんな事はわかっているさ・・どのみち、こんな怪我で助からないと思っているからな。」歳三に憎まれ口を叩いたレオンは、そう言って苦しそうに喘いだ。「行け・・こんなところで、時間を無駄にするな。」「わかってるよ・・」歳三は後ろ髪をひかれるような思いで、レオンの元から去った。「トシゾウ、レオンは?」「あいつは・・置いてきた。」「何で!?」「あいつは、深手を負ってた。あいつはもう助からねぇ。」「そんな・・」ユージーンが歳三の言葉を受けて絶句した。その時、レオンが居た場所から爆発があった。「レオン・・」「敵の手に落ちる前に、自害したんだな・・」歳三は仲間を失った胸の痛みを紛らわせる為に、唇を噛み締めた。「やっと合流できたな。」「ああ・・」「だが、もうこんなに減ったんだな・・」 歳三達が広場で仲間と合流すると、兵舎から出発した時は50人居たが、今は25人となっていた。「レオンがやられた。あいつは・・自害した。」「そうか・・」「必ずあいつの仇を討ってやる・・」「ここで落ち込んでいる時間はないぞ。」「わかってるよ、そんなこたぁ。」 広場を後にした歳三達は、総督府がある東街区へと向かった。だがそこは、反乱軍の拠点でもあった。「敵だ、撃て!」「一人も逃がすな!」反乱軍は歳三達の姿を見つけるなり、一斉に発砲してきた。「クソ、こんな所に居たら全身蜂の巣にされちまう!」「かといって、戻る訳にもいかねぇだろう?」「じゃぁどうすんだよ?何か策があるってのか?」「そんなの、ひとつしかねぇだろう?」歳三はそう言うと、ニヤリと笑った。「あいつらの中に、突っ込むのさ。」「本気か、お前!?」「死ぬ気で戦わなきゃ、勝てねぇぞ!」歳三は腰にさげていた刀を抜くと、そのまま敵陣の中へと突っ込んでいった。「無茶なことを・・」「旧式の銃なんだから、弾は当たらねぇ!」彼は仲間にそう叫びながら、敵を一人、また一人と斬っていった。「何だ、あいつは!?」「まるで化け物だ!」反乱軍の中には、歳三の姿に怖気づいてその場から逃げ出す者も居た。「皇太子様、東街区が陥落致しました。」「何だと!?」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 23, 2013
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翌朝、ハプスブルク帝国第七連隊は兵舎を出発し、一路サラエボへと向かった。「何だかわくわくするなぁ。」「こら、遠足じゃねぇんだから、はしゃぐんじゃねぇ!」何やら浮き足立った様子の兵士が放った軽口を、すかさず近くに居た別の兵士が彼の頭をはたいた。「それにしても静かだな。俺達がサラエボに向かう事を知ってりゃぁ、奇襲のひとつも掛けてくるんじゃねぇのか?」「さぁな。まぁ、平和でいいんじゃねぇの?」兵士達がディナル=アルプスをもう少しで越えようとした時、麓から銃声が聞こえた。「敵だ!」「近くの岩場に身を隠せ!」兵士達は近くの岩場に身を隠すと、敵の攻撃に応戦した。「クソ、あいつら何処から来やがった!?」「わかんねぇよ!」銃に弾を装填し終わった歳三は、岩場の陰から飛び出し、敵に向かっていった。「おい、戻って来い!」「いくらなんでも、無茶過ぎるって!」仲間の兵士達は歳三を呼び戻そうと必死だったが、彼は仲間の声を無視して敵陣の中へと突っ込んだ。「敵だ!」「殺せ!」歳三は敵が発砲する前にすかさず銃を構え、躊躇いなく引き金を引いた。彼の銃弾を受け、一人、また一人と敵が倒れていった。「退け、退け!」敵は歳三に恐れをなし、撤退を余儀なくされた。「敵を蹴散らしてきたぜ。」「あいつ、凄いな・・」「あんな大人数を、たった一人で・・」こうして歳三は、初陣を勝利で飾った。「ディナル=アルプスに潜んでいた敵を、トシゾウ=ヒジカタが一人で応戦し、撤退させたと?」「はい、皇太子様。」「お前はもう下がってもいい。」「では、失礼致します。」ルドルフは侍従が部屋から出て行った後、歳三の事を見縊っていたことに気づいた。(あの男、なかなかやるな・・) 四日間の旅を経て、ハプスブルク帝国軍は漸くサラエボへと到着した。サラエボの街は反乱軍と帝国軍との戦で荒廃し、人気が全くなかった。無残に砕け散ったガラス窓や蝶番を外された扉は放置されたままの民家の前を、歳三達は通り過ぎた。「まるで、ゴーストタウンだな・・」「ああ。でもここには、人が住んでいたんだよな?」かつてのサラエボは、活気に満ち溢れた街だったが、今はその面影すらも残っていない。「それよりも、みんなで固まってちゃ目立つぜ。ここは、三人のグループに別れようぜ。」「そうだな。」 歳三はユージーンと、アルフレイドの取り巻きだったレオンと組むことになった。「何でよりにもよってお前と一緒なんだ?」「そりゃぁこっちの台詞だよ。」「まぁ、くれぐれも俺の足を引っ張らないで欲しいね!」(いけすかねぇ野郎だぜ・・) 歳三はそう思いながら狭い路地へと入っていくと、突然背後から銃声が聞こえた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 23, 2013
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「なぁ、聞いたか?」「ああ、サラエボの方で反乱軍と帝国軍との間で大規模な衝突があったらしい。」「じゃぁ、戦争になるのか?」「さぁな。でも、このままで済むとは思えないな・・」 翌朝、兵舎内がサラエボで起きた衝突について兵士達が話しているのを聞いた歳三は、嫌な予感がした。「お前達の訓練も、明日で終わりだ。訓練が終わったら、お前達はサラエボへと向かって貰う。」「サラエボへ、ですか?」「ああ。お前達も過日、反乱軍と帝国軍が衝突したことは知っておるだろう?最早あの地で戦争が起きることは確実だ。お前達にとっては初陣だ、しっかりやれよ!」「はい、教官!」 その日の夜、グレゴリーは新兵達を一人ずつ自分の部屋に呼んだ。「トシゾウ、教官がお呼びだよ。」「わかった。」歳三はそう言って食堂を出ると、グレゴリーの部屋へと向かった。「トシゾウ=ヒジカタ、入ります。」「入れ。」「失礼致します。」歳三はドアをノックすると、グレゴリーの部屋へと入った。「お前には、少し辛く当たってしまって、すまないと思っている。」「いえ・・俺の方こそ、生意気な態度ばかり取ってしまって・・」「まぁ、そこで突っ立っているのもなんだから、座れ。」「はい・・」歳三はそっと、ソファの上に腰を下ろした。「お前を呼んだのは、これを渡そうと思ってな。」グレゴリーはそう言って座っていた椅子から立ち上がると、歳三に何かを握らせた。それは、純金製の懐中時計だった。「これは・・」「お前の祖父が今朝ここに来て、お前にこれを渡して欲しいとこれをわたしに託した。それは、お前の母親が生前愛用していたものだそうだ。」「そうですか・・」(じいさん・・) ゲオルグがどんな気持ちで懐中時計をグレゴリーに託したのか、歳三にはわかった。戦になれば、最愛の孫が死ぬかもしれない―それなのに、ゲオルグは快く自分を戦場へと送りだそうとしてくれているのだ。「礼を言うのなら、生きて帰って来てから言え。」「はい・・」「話は以上だ。」「失礼します・・」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 23, 2013
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やがて、帝国内に住む全ての16歳から48歳までの男子は、兵役につくこととなった。 慢性的な人手不足を放っておいたまま、戦争に臨むわけにはいかないと、ルドルフがそうフランツに進言した結果であった。「こんな時に、兵役につくだなんて・・」「心配するな、早く帰ってくるから。」働き盛りの夫や恋人を兵隊に取られ、残された女達はこのまま彼らが帰ってこないのではないかという一抹の不安に駆られていた。「一体どうなってるんだろうねぇ、バルカン半島は・・」「何でも、酷いらしいじゃないか?道端には、死体が転がっているんだと。」「おっかないねぇ・・」ウィーンの市民達がバルカン半島の情勢を噂しあっている頃、サラエボでは反帝国軍と帝国軍との間で、大規模な衝突が起きた。「撃て、撃て!」帝国軍は、自分達に向かって来る敵に乱射した。その中には、女や子ども、老人の姿もあったが、彼らにはそんなことは関係がなかった。「ルドルフ様、北街区の反乱軍は無事鎮圧致しました。」「そうか・・だが、まだ油断するな。北を落としたからといって、まだ南と西、東街区が残っているのだからな。」「はっ!」 ルドルフは、執務室の机の上に広げたサラエボ市の地図を見ながら、次は何処を攻めようかと迷っていた。「ルドルフ様、失礼致します。」「入れ。」ルドルフがそう言ってドアの向こうに居る人物に声を掛けると、執務室に玻璃付の女官が入って来た。「どうした?」「一昨日、玻璃様は元気な男の子をご出産されました。」「そうか。玻璃の具合はどうだ?」「それが・・出血が激しく、ご出産された後にお亡くなりになられました。」「そんな・・そんな筈はない!」玻璃の訃報を聞き、ルドルフは酷くうろたえた。彼女の経過は順調そのものだったのに、亡くなるだなんて信じられない。「間違いではないのか?」「はい・・わたくしが、玻璃様を看取りましたので。」「そうか・・子どもは?子どもは何処に居る?」「ウィーンに居ります。」暫くサラエボから離れられないルドルフは、ウィーンに居る我が子の事が気になって仕方がなかった。「まぁ見て、可愛らしいこと。」「本当ね。」 一方ウィーンのホーフブルク宮では、玻璃が出産した男児が、懸命に乳母の乳首を吸っていた。「それにしても、お母様がお亡くなりになられるだなんてお可哀想に・・」「この先一体どうなるのかしらねぇ?」女官達は赤ん坊を眺めながら、ひそひそと扇子の陰でそんなことを囁き合っていた。 玻璃とルドルフは正式に結婚しておらず、彼女が産んだ男児には帝位継承権がない。だが、何かよからぬことを企んでいる者が、彼の命を奪うのではないのかと、彼女達は不安がっていた。「考えすぎだわ、皆さん。赤ん坊に手をかける方なんて、いらっしゃらないわ。」「そうよねぇ・・」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 23, 2013
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玻璃がルドルフの子を妊娠していると判ったのは、プールで激しく彼と愛を交わした数ヶ月後のことだった。「暫く、ここを留守にする。わたしが戻るまで、無理はするなよ。」「わかりました。」「じゃぁ、行ってくる。」「行ってらっしゃいませ。」サラエボへと向かうルドルフを見送った玻璃は、急に下腹が張るのを感じ、顔を顰めた。まだ、予定日は二週間も先の筈だ。それなのに、数日前から下腹が張る頻度が高くなっている。(もしかして、もう?)気を鎮める為、玻璃が再びプールの中へと入ると、下腹の張りがますます強くなっていくのを感じた。そして―何かが両足の間を伝って落ちる感覚がしたのと同時に、まるで骨盤をハンマーで断続的に叩かれるかのような鈍痛が走り、玻璃は悲鳴を上げた。助けを呼ぼうにも、プールには誰も居なかった。玻璃は陣痛に耐えながら、一人で新しい命を生みだそうとしていた。(お父様、助けて・・)玻璃の脳裏に、最愛の父の顔が浮かんだ。エルピディオスは、あの海で自分の帰りを待っているのだろうか。出来る事ならもう一度、あの海に帰りたい―玻璃はそう思いながらも、最後の力を振り絞った。すると、赤黒い血がプールを汚し、赤ん坊が産道からするりと出て来た。玻璃が恐る恐るまだ臍の緒がついたままの赤ん坊を抱き上げると、赤ん坊は元気な産声を上げた。「玻璃様!」そこへ漸く、玻璃付の女官がやって来た。「この子を・・お願い・・」玻璃は急に目の前が徐々に霞んでゆき、目を開けていられなくなった。「玻璃様、しっかりなさってくださいませ、玻璃様!?」人間の王子に攫われた人魚は、プールの中で新しい命と引き換えに泡沫のように儚い命を終えた。 玻璃の訃報を知らされぬまま、サラエボへと到着したルドルフは、すぐさま反帝国軍に対して討伐隊を出すよう命じた。「この戦いは長期戦になりそうだから、食糧の管理には気を付けるように。」「かしこまりました。」ルドルフは執務室の窓からサラエボの美しい街を眺めた。 あのデモ行進での発砲事件から数日後、反帝国軍は帝国軍が居る兵舎へと威嚇射撃をした。それが、後に“史上最悪の紛争”と呼ばれるサラエボ紛争が勃発する原因となった。「もうあいつらと話し合いをする余地はない。彼らを殲滅しろ!」かつて鳥のさえずりしか聞こえなかった平和な街は、たちまち銃弾と人々の悲鳴で満たされた。 一方、エルピディオスは玻璃の帰りをひたすら待ち続けていた。(玻璃よ、何故わたしの元に戻らぬのだ?)エルピディオスが娘の身を案じていると、戦艦の船影が見えた。海辺の穏やかな町にも、戦争の影が迫りつつあった。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 22, 2013
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アレクセイの掛け声とともに、すかさずアルフレイドが歳三の喉元に剣を突きたてようとしたが、難なくそれを彼にかわされてしまった。利き腕を怪我しているとは思えぬほど、歳三の剣技は見事なものだった。すぐさまアルフレイドは劣勢に立たされ、競技場を覆っていた囲い端へと追い込まれていった。「クソ!」半なヤケクソになってアルフレイドが大きく剣を振り上げると、その隙を逃がさず歳三は彼の剣の鍔を引っかけた。アルフレイドの手から剣が弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。「勝負、あったな。」「見事だったよ、ヒジカタ君。やはりわたしの期待通りの男だね、君は。」アレクセイはそう言って歳三に微笑みながら、彼の肩を叩いた。「こんな・・こんな筈じゃなかったのに!」「汚い真似をして勝てるとでも思ったのかい?甘いよ、アルフレイド。」「アレクセイ様・・」「もう君をここへは置いていけない。本日付をもって君を除籍処分とする。」「そんな・・」「君は、軍人には向いていないとはじめからわかっていたよ。」 アルフレイドは悔し涙を流しながら、競技場から出ていった。「あれ、放っておいていいのか?」「いいんだよ。さてと、君の功績をたたえてパーティーを開こうじゃないか?」「ええ・・」歳三はアレクセイの言葉に若干戸惑いながら、彼とともに兵舎の中へと入った。長テーブルには、豪華な料理が所狭しと並べられていた。「これは・・」「君が勝つことはわかっていたからね、その祝勝パーティーを開く為に準備したのさ。」「それは、ありがとうございます・・」「お礼なんて、いいんだよ。」 兵舎の中で歳三の祝勝パーティーが華々しく行われている頃、バルカン半島では反ハプスブルクの動きが徐々に活発化しつつあった。「あいつらは、俺達の土地を根こそぎ奪おうとしている!そんな事を許していいのか!?」「許せない!」「今俺達スラヴの民は帝国政府に抑圧されている!今我々がやることは、あいつらに俺達の思いをぶつけることだ!」「そうだ、そうだ!」「あいつらに対して反旗を翻せ~!」サラエボの市民達が声を上げると、それは瞬く間に半島中に広がった。 サラエボでの決起集会から数日後、ウィーン市内に住むスラヴ系住民達が、バルカン半島独立を求めて平和的なデモ行進を行った。“ハプスブルクは一刻も早くバルカンから手をひけ!”彼らはそう書かれた垂れ幕を掲げながら、ホーフブルクへと行進していた。だが、それを軍隊が武力で鎮圧しようとし、丸腰の市民達に向かって発砲した。その様子は、全世界で生中継され、物議を醸した。「おのれ、一体どうすれば・・」「父上、わたしにお任せください。」「ルドルフ、何か策があるというのか?」「ええ。」 閣議を終えたルドルフは、すぐさまプールがある中庭へと向かった。「ルドルフ様・・」「玻璃、またここに居たのか。」プールから上がった玻璃を見て、ルドルフはそう言うと彼女に優しく微笑んだ。「もうすぐ産まれそうだな?」「はい・・」そう言った玻璃の下腹部は、大きく迫り出していた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 22, 2013
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「今日は訓練はなしだ。よってお前達は、一日好きに過ごしていいぞ!」「ひゃっほう~!」「教官太っ腹!」一日だけ外出する事を許された新兵達は、嬉々とした様子で次々と町へと繰り出していった。「トシゾウ、どうする?」「まぁ、気晴らしに町にでも行ってみるか。」「そうしようよ!」 ユージーンと兵舎を出て町へと向かった歳三は、久しぶりに自由な気分を満喫していた。「さて、俺ぁ郵便局に行ってくるぜ。」「じゃぁ、僕はそこのカフェで待ってるね。」「ああ。」 広場の前でユージーンと別れた歳三は郵便局へと向かい、勇宛の手紙を出した。郵便局から出た彼が、ユージーンとの待ち合わせ場所であるカフェへと向かっていると、突然背後から誰かに襲われた。「てめぇ、誰だ!?」歳三が相手に反撃しようとした時、相手は間髪入れずにナイフで歳三の前膊(ぜんはく)を傷つけた。石畳の床に、血が飛び散った。歳三が苦痛に顔を歪ませてその場に座り込んでいる隙に、犯人は逃走してしまった。「クソッ!」歳三はネクタイを外して傷口を縛ると、カフェへと向かった。「どうしたの、それ!?」「突然路地裏で襲われた。犯人は、恐らくアルフレイドの取り巻きだろう。明日、あいつと決闘する時、俺が無様に奴に負ける姿を見たいんだろうよ。」「病院行こうか?」「大丈夫だ。こんなもん、唾つけときゃ治るさ。」歳三はそう言って笑うと、店員にドリアを注文した。 その日の夜、医務室で傷の手当てを受けた歳三は浴室でシャワーを浴びていた。「畜生・・」背後を取られて、気づかなかったとは迂闊だった。久しぶりに外の世界に触れて、油断していたのだ。 犯人がアルフレイドの取り巻きの一人で、ご主人様を勝たせる為に彼らがどんなに汚い裏工作をしても、歳三は絶対にアルフレイドに勝ってみせると決意を新たにした。「なぁ、あの腕で戦えるのか?」「無理だろう。」「じゃぁ、アルフレイド様の勝利は確定だな。」「そうだな・・」 翌日、決闘が行われるポロの競技場には、沢山の見物人が詰めかけていた。その中には、アルフレイドの取り巻き達も居た。暫く経つと、歳三とアルフレイド、そしてそれぞれの立会人が競技場に現れた。「ではこれより、トシゾウ=ヒジカタと、アルフレイド=サミュエル=フォン=イスマールとの決闘を執り行う。」朗々とした声でアレクセイは決闘の開始を見物人達に告げると、ユージーンとともに後ろへと下がった。「それでは双方、剣を取るように。」作法に従い、歳三とアルフレイドはそれぞれ剣を取り、互いに背を向けて歩き出した。「それでは、始め!」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 22, 2013
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翌日、アルフレイド側から決闘の日時と場所が書かれた手紙を歳三は受け取った。決闘は、3日後にポロ競技場にて行うこととなった。「ユージーン、俺の立会人をしてくれねぇか?」「構わないよ。だけど、本気でアルフレイドと決闘するつもりなの?」「当たり前ぇだろ?あんな野郎、一度締めてやらねぇと俺の気が済まねぇんだよ。」「何だか、トシゾウって時々物騒な言葉使うよね?“締める”とか。」「まぁ、昔悪さしてた時に覚えたからな。もう使わねぇと思ってたんだが、つい出ちまうんだよ。」歳三はそう言って頭を掻くと、喧嘩に明け暮れていた10代の頃を思い出していた。 その頃歳三の祖母・香代子が亡くなり、歳三は父方の遠縁の親戚に預けられていたが、そこには既に四人の子どもがおり、歳三は邪魔者扱いされた。「全く、冗談じゃないわよ。四人も子どもを抱えて生活するのが大変だってのに・・」「居候なんだから、あんた少しは家の仕事をしてよね!」その家の女達は歳三を邪険にし、まるで使用人のように彼をこき使った。そんな母親と祖母たちの姿を見て育った子ども達もまた、歳三を軽んじるようになった。「おい歳三、これも洗っておけよな!」ある日のこと、歳三が洗濯物を物干し竿に干していると、世話になっている家の長男が、居丈高な口調でそう言うと、汚れた褌を彼に投げつけて来た。「てめぇの褌くらい、てめぇで洗いやがれってんだ畜生め!俺ぁなぁ、家の金食いつぶしてるてめぇみてぇに暇じゃねぇんだよ!」「何だと、居候の癖に生意気な!」彼と取っ組み合いの喧嘩をした末に、歳三はその家を飛び出していった。それから彼は、ヤクザに拾われ、彼らの仲間となった。学校も碌に行かず、毎日遊び歩いては喧嘩三昧の日々を送っていた。そんな彼に転機が訪れたのは、小学校時代の親友・近藤勇と道端で再会したことだった。「久しぶりだなぁ、歳!」「勝っちゃん・・」10年振りに見る親友は、結婚して家庭を持ち、幸せそうだった。だがそれとは対照的に、歳三は何をやっても虚しく感じる日々を送っていた。「なぁ、お前の祖母さんの旅館、継いでみないか?お前の祖母さんには、色々とお世話になったしなぁ、あのまま旅館を潰したくないんだよ。」「そんな事言ってもよぉ、俺ぁ経営なんて知らねぇぜ?どうせ、潰れるに決まってる・・」「お前一人が旅館を継ぐって言ってるんじゃないんだ。俺も一緒にやれば、潰れねぇだろう?」「勝っちゃん・・」 こうして勇の勧めにより、歳三は香代子の旅館を継ぐことになった。それから歳三は心を改め、真面目に働くようになった。「何考えてるの?」「昔の事思い出してたんだよ・・俺親友と実家の旅館経営してんだけどさ、あいつ今頃どうしてっかなぁって思ってよ。」「ふぅん、そうなんだ。今度行ってみたいな、君の実家。」「そん時は、割引にしてやってもいいぜ、宿泊代。」「え~、嬉しいなぁ!」 翌朝、歳三が食堂へと入ると、アルフレイドの取り巻きの一人、レオンが彼の元へとやって来た。「おい、お前アルフレイド様に勝てると思ってるのか?」「負け惜しみか?俺を脅しても何にもならねぇと、てめぇのご主人様に伝えておけ。」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 22, 2013
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「君達、さっき何を話していたんだい?」「いえ、何でもありません・・」「アルフレイドの奴が、何で軍隊に入ってきたのかって話をしてたんだよなぁ、ユージーン?」歳三は慌ててその場を取り繕うとしたユージーンを無視して、そう言って彼を見た。「へぇ、そうなのか。確か君は、アルフレイドとは幼馴染だったよね?昔から彼と付き合っていて、苦労しているだろう?」「ええ・・」「あの子は小さい頃から何かと自分の思い通りにならないと癇癪を起こして、親が甘やかすものだからますます我が儘になってしまって・・困ったものだよねぇ。」「あの、ひとつ聞いていいですか?あいつのこと、昔から知っているような口ぶりですが・・」「そりゃぁ、アルフレイドはわたしの従弟だからね。」「そうだったんですか・・いやぁ、全然顔も性格も似てねぇなぁと思って。」「ふふ、面白い事を言うね、君。ますます気に入ったよ。」アレクセイは紫紺の双眸で歳三を見つめると、そう言って嬉しそうに笑った。「髪の色は違うけれど、わたしと君は同じ瞳の色をしているねぇ。」「そうですね。」「ヒジカタ君、それ貰ってもいいかい?」「どうぞ。」歳三は半分残したカップアイスを、アレクセイに渡した。「ありがとう。最近暑くてアイスが食べたいと思っていたんだけど、忙しくて中々食べられなくてねぇ。」「町に買いに行って、冷蔵庫に入れておけばいいじゃないですか?」「それがねぇ、個人で冷蔵庫を持つことは禁止されているんだよ。変な規則があるものだよ、全く。」「上層部の方も、大変ですねぇ。」「あぁ、こんな時間だ!君と話していると、時間を忘れてしまうよ。それじゃぁ、わたしはこれで失礼するよ。アイス、ありがとう。」アレクセイはそう言って歳三にウィンクすると、カップアイスを持って食堂から出て行った。「君って、凄いね・・アレクセイ様相手に緊張しないだなんて。」「別に、俺ぁ相手の身分だけでコロコロと態度を変えねぇよ。それにしてもユージーン、早く食べねぇと冷めちまうぞ?」「そうだった!」 食堂から出たユージーンと歳三が、宿舎へと向かっていると、二人の前にアルフレイド達が現れた。「てめぇら、何の用だ?まぁた変な事でも企んでいやがるのか?」「よくも僕に恥をかかせてくれたな、土方歳三!」「はん、汚ねぇ真似してよく言うぜ!」歳三はそう言って手袋を外すと、それをアルフレイドの顔に投げつけた。「男なら正々堂々と、決闘で白黒つけようじゃねぇか?」「望むところだ!後でほえ面かくなよ!」「口だけは達者だなぁ、“劣等生”さんよ?流石、パパのコネで入隊しただけのことはあらぁな?」歳三はそう言ってわざとアルフレイドを挑発すると、彼は怒りで顔を赤く染めながら、歳三を睨みつけた。「・・僕を愚弄して、タダで済むと思うなよ。」ドスの利いた声で彼はそう言うと、取り巻き達を引き連れて宿舎の中へと入っていった。「トシゾウ、ヤバいって・・」「何がだよ?あいつなんざ一発で倒せらぁ。」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 22, 2013
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「これで、大丈夫だと思いますよ。」「ありがとう。」 医務室で歳三は医師に湿布を貼って貰い、彼にそう礼を言った。「それにしても、突然馬が暴れ出すなんて変ですね。ここの馬は、調教されてみんな大人しい性格なのに・・」「俺もそれがわからねぇんだよ。さっきまでは大人しかったのに、急に暴れやがって・・」歳三は今回の事故が、何者かが仕組んだものではないのかと思い始めていると、突然医務室のドアが開き、中に一人の青年が入って来た。「失礼するよ。」「アレクセイ様、わたしはこれで。」「アレクセイって、あんたが・・」「初めまして、ヒジカタ君。僕はアレクセイ=ローゼンフェルト。ここの責任者だ。」アレクセイはそう言って歳三を見ると、彼に優しく微笑んだ。「怪我の具合はどうだい?」「軽く捻っただけだから、大したことはありません。」「そうか、良かった。それよりも、君が落馬事故を起こしそうになった時、アルフレイド達が何やら楽しそうに話をしていたよ。」「あいつらが?」「君が医務室へと向かった後、アルフレイドは嬉しそうにポケットの中からこれを取り出して、“上手くいった”と言っていたよ。」アレクセイはポケットからアルフレイドから没収した待ち針を取り出し、歳三に見せた。「恐らくこっそりと君の馬に忍び寄って、これを尻に刺したんだろう。」「あの野郎・・」歳三は、怒りの余り唇を噛み締めた。アルフレイドとは会った瞬間から気に喰わない奴だと思っていたが、自分を殺そうとしているとは。「わたしは、今回の件については君に一任するよ。あの子を煮るなり焼くなり好きにしてくれ給え。」アレクセイは再び歳三に微笑むと、彼の肩を叩いて医務室から出て行った。「トシゾウ、怪我はどうなの?」「こんなもん、大したこたぁねぇよ。」 食堂に入った歳三は、同期のユージーンに声を掛けられ、そう言って笑った。「ねぇ聞いた?誰かが、トシゾウの馬の尻に待ち針を突き刺したって。」「ふぅん、そんな噂がもう出てんのか?まぁ、犯人は誰なのか、俺はわかってるけどな。」歳三はそう言うと、取り巻き達と座っているアルフレイドを睨みつけた。アルフレイドは、恐怖に身を竦ませたかと思うと、トレイを掴んで食堂から出て行った。「ふん、あれくらいで怯えるたぁ情けねぇ。」「アルフレイドって、嫌われてるんだよ。」「へぇ、そりゃ初耳だな。まぁ、あの性格じゃぁ嫌われるのは当たり前だと思うが・・ユージーン、お前ぇ何でそんなこと知ってんだ?」「だって僕、あいつとは幼馴染だから。」ユージーンはコーンポタージュスープを一口飲んだ後、溜息を吐いた。「あいつ、お父さんが精鋭部隊出身の軍人で、お父さんは息子を自分のように育てたかったんだけど、無理だったんだ。ほら、アルフレイドってちょっと・・」「まぁ、あのもやしっ子が厳しい軍隊生活なんぞに耐えられる筈がねぇよなぁ?親父さんは、どうしてあいつをここに入れたのかがわからねぇよ・・」食べかけのアイスが溶けだそうとしているのを見て、歳三が慌ててそれを頬張っていると、食堂にアレクセイがやって来た。「やぁ、また会ったね。ここ、いいかな?」「構いませんよ、どうぞ。」 突然の司令官の登場に驚くこともなく、歳三はそうアレクセイに言うと腰を浮かして席を詰めた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 22, 2013
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列車に揺られながら数時間、フィリップは炎天下の中、第七連隊の官舎がある町へと着いた。スーツケースを引きずり、彼は額の汗をハンカチで拭いながら漸く兵舎へと辿り着いた。「あのう、すいません・・ここの責任者にお会いしたいんですけど・・」「こちらへどうぞ。」 守衛はそう言うと、フィリップをアレクセイの元へと案内した。「よく来てくれたね。君がここへ来たのは、あの報告書の所為だろう?」「はい、まぁ・・」「君、冷たい飲み物を持って来てくれたまえ。」アレクセイはそう後ろに控えていた兵士に命じて人払いをさせると、溜息を吐いてフィリップを見た。「あれは、わたしが書いたものではないんだよ。」「では、一体誰が?」「今年入隊した子の中に、アルフレイドって奴が居てね。所謂コネ入社ならぬコネ入隊ってやつさ。彼の父親は精鋭部隊出身の出来る男なんだが、その子は余り軍人には向いていないタイプなんだよ。だがね、父親がどうしてもとわたしに頼みこんで来たから入隊させたんだが・・はっきり言って、使い物にはならないね!」「は、はぁ・・」笑顔のまま毒を吐くアレクセイの勢いに押されたフィリップは、生返事をするしかなかった。「報告書の内容は嘘だよ。ヒジカタ君は、粗暴な所は少しあるが、大変優秀な兵士だよ。彼は剣術や馬術だけでなく、射撃の腕も抜群だ。それに、口も達者だしね。」「そうですか・・あの、ご本人に会う事は出来ますか?」「ああ、出来るとも。ついてきたまえ。」 アレクセイの後を、フィリップは慌てて追い掛けていった。 一方、歳三達は炎天下の中、馬術の訓練を兼ねてポロをしていた。二チームに分かれて試合形式で訓練をしていた兵士達の中で、歳三の存在が一際目立っていた。「あれが、彼だよ。」「なかなかのものですね。」「でもねぇ、あんなに優秀だと、色々とやっかまれる事が多いと思うんだ、ほら・・」アレクセイはそう言って双眼鏡を下ろすと、競技場の隅に固まっている兵士達を指した。「あの者たちが、何か?」「見てごらんよ、あの子達、何か良からぬことを考えているんじゃない?」「はぁ・・」 試合が白熱する中、歳三が乗っていた馬が突然何かに怯えたかのように上体を反らし、彼は危うく落馬するところだった。「どうした!」「大丈夫です・・」手綱を引っ張り過ぎて手首をひねってしまった歳三は、苦痛に顔を歪めながら馬を落ち着かせた。「医務室へ行って冷やして来い。」「では、失礼致します。」歳三がグレゴリーに頭を下げてアルフレイド達の前を通り過ぎた時、彼らは意地の悪い笑みを口元に浮かべていた。「お前ら、今日の訓練はここまでとする。」「ありがとうございました!」 アルフレイドは競技場を後にすると、ポケットの中から一本の待ち針を取り出した。「上手くいったな?」「ああ。」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 21, 2013
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「良くやったな、ヒジカタ。」「ありがとうございます!」グレゴリーから初めて褒められ、歳三はそう言って彼に笑みを浮かべた。「ふん、どうせまぐれだろう?」「そうだよ。あんなの、僕でも出来る・・」すかさず彼の傍を通りかかった兵士達が憎まれ口を叩くのを聞いたグレゴリーは、軽く咳払いして彼らにこう言った。「ひよっこどもが、何を言う!特にアルフレイド、お前はランニング100周も出来ぬ癖に偉そうに先輩風を吹かすなんて100年早いぞ!」「すいません・・」歳三はアルフレイドが俯く顔を見て溜飲が下がった。「教官、さっきは有難うございました。」「俺は何でも出来ない癖に変に偉ぶって威張り散らす奴が大嫌いだ。決してお前を庇ったわけではない、勘違いするな。」そう言ったグレゴリーは、頬を赤く染めていた。(あいつ、結構良い所あるじゃねぇか。あいつが照れ屋だなんて、意外だったな。) その夜、歳三はシャワーを浴びながら鼻歌を歌っていると、浴室に誰かが入って来る気配がした。「ったく、何だよ教官は、何であいつばっかり贔屓するんだ?」「パティーヌ家の血をひいているってさ、あいつ。」「あんながさつな奴がパティーヌ家の血をひいているなんて、とんだお笑い草だよな!」「ご当主様もお可哀想に、パティーヌ家が孫の世代で断絶とはね。」「本当だな!」「まぁ、ウジェニー様があんな男に引っ掛からなければ・・」「てめぇ、今何つった?」ニヤニヤしながら歳三の陰口を叩くアルフレイドの首根っこを、歳三は掴んで彼を壁へと押しつけた。「俺の悪口はいくらでも言ってもいい・・だがな、じいさんの悪口だけは許さねぇ!これ以上言ったら、てめぇの舌を引っこ抜いてやろうか!」「な、何だよ・・本当の事を言っただけだろ?」「これでもか!」歳三は近くにあったシャンプーの壜を壁で叩き割ると、その破片をアルフレイドの頬に押しつけた。「まずはこれで両目を潰してやろうか?」「や、やめてくれぇ!」「それより前に言うことがあんだろうが!」「ご、ごめんなさい・・」「二度目はねぇからな、覚えておけよ!」浴室から出て行く歳三の姿に、アルフレイド達は恐怖に震えた。 数日後、ルドルフの元にハプスブルク帝国陸軍の第七連隊から一通の報告書が届いた。そこには、土方歳三が粗暴で困っている、という内容だった。「フィリップ、これを見てお前、どう思う?」「はぁ・・」「早速呼び出してすまないが、お前にこの報告書の内容の真偽が確かなものか、調査して欲しい。」「あの、それはいつからですか?」「今からだ。」「ええ!?」「何だ、不満か?」「いいえ・・」 ルドルフの側近・フィリップは第七連隊の官舎へと向かった。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 21, 2013
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「彼に構うなと、何度も言っているでしょう、ユーゲンス?何故わたしの言う事を素直に聞こうとしないのですか?」「わたしは・・」「言い訳など聞きたくはありません。」 兵舎の奥にある執務室の主にそう責められ、グレゴリーは背中を丸めて俯いていた。彼の名は、アレクセイ=ローゼンフェルト。 パティーヌ家に次ぐほどの大貴族の出身でありながら、家督を継がずに軍隊へと入隊して以来、着々とそのキャリアを積み上げていった。そして彼は今や、この第七連隊を総括する責任者となり、それと同時に欠かせない存在となっていた。いわば、彼は第七連隊の大黒柱だった。「あなたが貴族出身の新兵達に辛く当っていることは知っていますよ、ユーゲンス。それがあなたの出自と深く関係していることもね。」「大尉殿・・」「そんな堅苦しい呼び方は止しなさい。」机の上に広げられたチェス盤には、黒と白の駒がそれぞれ置かれていた。アレクセイは白のホーンを取ると、それを少し動かした。 グレゴリーはウィーン市内の外れにある貧民街「ボスコ」で生まれ、そこで貧困に喘ぎながら、幼い兄弟を食わせる為に犯罪へと手を染めた。地道に働いたところで、入って来る金は少ない。長時間工場に拘束され、雇用主にまるで機械の歯車のように酷使されるなんてまっぴらだと思ったグレゴリーは、友人達とともに窃盗団に加わり、金持ちの家に強盗に入っては彼らから貴金属類を奪い、それを「ボスコ」の住民達に分け与えていた。自分達は何も間違ったことはしていないと、グレゴリーは思っていた。 しかし、窃盗団は住民の告発で壊滅した。グレゴリー達は刑務所に入れられ、そこで死刑を待つばかりだと思っていたが、アレクセイがグレゴリーの命を救った。“あなたのその力を、軍隊の為に使いなさい。”それから、グレゴリーの人生が大きく変わった。アレクセイに助けられなければ、あのまま人生の落伍者として生を終えていただろう。グレゴリーは、心からアレクセイに感謝していた。「グレゴリー、あなたがあの新兵・・トシゾウ=ヒジカタのことが気に入らないのは知っていますよ。でも、さっきの話を聞いた限り、あれは一方的にあなたが彼に怒りをぶつけているだけですよ?そんなことで、教官の仕事が務まりますか・」「ですが、アレクセイ様・・あいつは、使い物になるかどうか・・」「そんなことは、すぐにわかりますよ。まぁ、わたしは彼に興味を抱いていますがね。」 アレクセイはそう言ってクスクスと笑うと、白のクイーンに軽く口付けた。「アレクセイ様、一体何をお考えなのですか?」「そんなこと、あなたに言っても仕方がないでしょう?」 歳三達新兵は、グレゴリー達教官の指導の下、銃剣の訓練を受けていた。「構え、撃て!」教官の指示に従い、歳三は銃剣を構え、引き金を引いた。仲間が次々と的を外す中、歳三が放った銃弾だけが、的の中心に命中した。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 21, 2013
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第七連隊に配属された歳三が、兵舎の廊下を歩いている時、自分を見ながら周囲の兵士達がヒソヒソと何かを囁き合っている姿を見て、彼は兵士達にこう声を掛けた。「てめぇら、何か文句があるんだったら直接言え!」「怖いねぇ~」「ま、ヒステリーってやつだろうさ。行こうぜ。」兵士達はヘラヘラと笑いながら、そう言って歳三の元から去っていった。(ったく、舐めやがって・・) 彼らが決して自分に対して好意的な態度を取って居ない事くらい、歳三はわかっていた。大貴族・パティーヌ家の孫であろうが何であろうが、軍隊(ここ)では関係のないことだ。とりわけ、ハプスブルク帝国陸軍第七連隊は、実力至上主義の集団で、新兵達の訓練に当たる上官たちは、数々の修羅場を潜り抜けた猛者達ばかりだ。そんな中で、祖父のコネで入隊してきた歳三の事を、快く思っていない連中が星の数ほどいるだろう。(まぁ、はなから嫌われてりゃぁ、楽だな。親しい振りして裏で陰口叩いてる連中よりはマシだもんな。)「貴様、そこで何をしている!?」「何をって、廊下を歩いてるだけだぜ?」 歳三が再び歩き出すと、彼の前に鬼教官と異名を取る、グレゴリー=ユーゲンスが現れた。頭をスキンヘッドにし、筋骨隆々の身体を隠さずにいつも上半身裸で兵舎内を練り歩く彼の事を、歳三は密かに“目立ちたがり屋の阿呆”と呼んでいた。そのグレゴリーは、何故か歳三の事を一方的に敵視しており、何かと言いがかりをつけてくる。「貴様、上官に向かってその言葉遣いは何だ!?罰としてその場で腕立て伏せ100回!」「ただ廊下歩いてただけでペナルティかよ?上官が聞いて呆れるぜ?まるで当たり屋みてぇだな!」「何だと、貴様ぁ・・」腹の底から唸るような声を出したグレゴリーは、歳三に殴りかかろうとしていた。「何をしているのです、ユーゲンス?」「た、大尉殿・・」 玲瓏な声が廊下の向こうから聞こえたかと思うと、一人の青年がマントの裾を翻しながら二人の方へとやって来た。青年の姿を見るなり、グレゴリーは直立不動の姿勢で壁際に控えた。「その様子だと、また新兵を苛めていたのではないのでしょうねぇ?」「いえ、そのようなことは・・」「ええ、彼に暴力は振るわれちゃいませんよ、大尉様。ただ、廊下を歩いていただけで腕立て伏せ100回のペナルティを課せられただけでして・・」「・・ユーゲンス、ただちにわたしの部屋に来るように。」「そんな、大尉殿!」「あなたは訓練へお戻りなさい。貴重な時間を無駄にしてはいけませんよ。」「では、これで失礼致します。」 去り際に歳三がグレゴリーに向かってニヤリと笑うと、彼は怒りで顔を赤く染めながらジロリと歳三の遠ざかってゆく背中を睨みつけた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 21, 2013
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性的描写が含まれます。苦手な方は閲覧なさらないでください。「もっと、突いてください・・」「そうか。」ルドルフはそう言うと、玻璃の腰を掴んで更に激しく下から突き上げた。「あぁ、駄目!あぁ~!」玻璃は豊満な乳房を揺らしながら、苦しそうに喘いだ。もうそろそろ限界だ―ルドルフはそう思い、玻璃の中を深く抉るように激しく突くと、何か固い物が先端に当たった。「駄目ぇ、もう壊れる!」「そのままじゃ辛いだろう。」空気を求める魚のように口をパクパクさせている玻璃の額にルドルフはそっと口付けると、彼女の中に欲望を迸らせた。腰が小刻みに震えたかと思うと、玻璃の中で熱いものが迸る感覚がした。子宮内が何かで満たされたような気がして、玻璃は口端から涎を垂らしながら快感に溺れた。どれくらい意識を失っていたのであろうか、玻璃が目を開けると、いつの間にか彼女はベンチにうつぶせで寝かせられていた。「大丈夫か?」「はい・・」そっと彼女が太腿を触ると、何かドロリとしたものがそこにこびり付いていた。「四つん這いになれ。」「あの・・もう終わったのでは・・」「そんな事、言った覚えはない。」ルドルフに命令された通りに玻璃が四つん這いになると、ルドルフは間髪入れずに自分のものを奥まで挿れてきた。「あぁ、止めてください!」「今度はすんなりと入ったな。」ルドルフは両手で玻璃の乳房を掴むと、彼女の上に覆い被さって腰を激しく振った。 パン、パン、パンッ夜の帳が下りたプールサイドで、獣のように交わる二人の下半身から漏れる激しい摩擦音が響いた。「あ~、あ~もう駄目ぇ!」「わたしもだ・・」ルドルフは玻璃の中でまた達すると、半ば放心状態の彼女を仰向けに寝かせた。全身に汗をかき、血と白濁したルドルフの体液で下半身を濡らした玻璃の姿は、とても淫らだった。彼は予め用意していたバスタオルで彼女の下半身の汚れを拭き取ると、彼女をタオルで包んでプールから去っていった。その一部始終を、木陰からアレクシスが見ていた。「ルドルフ様・・」今まで自分を隅々まで愛してくれていた恋人の急な心変わりに、アレクシスはショックを受けていた。(もうわたしは用済みなのですか、ルドルフ様?)一方、徴兵検査をクリアした歳三は、ハプスブルク帝国陸軍第七連隊へと配属された。「おい、見ろよ・・」「あいつが噂のパティーヌ家の・・」「ふん、お人形さんみたいな顔してやがるぜ。」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 21, 2013
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性描写が含まれております、苦手な方は閲覧なさらないでください。「こんなところで何をしている?」「きゃぁ!」突然背後から誰かに抱き締められ、玻璃は悲鳴を上げてルドルフから逃げようと身を捩った。しかし、男の腕力の前に彼女が敵う筈がなかった。「わたしを、どうするつもりなのですか?」「そんな格好でわたしを誘惑したお前が悪い、責任を取れ。」ルドルフはそう言うと、玻璃の手を昂る股間へと導いた。激しく脈打つそれに、玻璃は絶句した。「何を、すればよろしいのでしょうか?」「いきなり挿れるのは無理だから、わたしがお前を慰めてやろう。」ルドルフは玻璃の華奢な腰を掴むと、彼女の身体をプールサイドへと引き上げた。そして、彼女の股間に顔を埋め、舌で彼女のものを舐めはじめた。「いやぁ、やめてください・・」玻璃は羞恥と嫌悪に顔を歪ませながらルドルフの頭を押し退けようとしたが、所詮無駄なあがきでしかなかった。そうしている内にも、玻璃の蜜壺からは愛液が溢れだし、太腿へと垂れていった。「もう、大丈夫そうだな・・」「やめて・・」「力を抜け。」ルドルフは玻璃の両足を掴んでそれを大きく広げると、ゆっくりと彼女の中へと自分のものを挿れていった。「痛い、あぁ!」突然斧で身を真っ二つにじわじわと切り裂かれるかのような激痛が走り、玻璃は首をのけぞらしながら悲鳴を上げた。「く、きついな・・」「抜いてください、抜いてぇ!」玻璃の嘆願を無視して、ルドルフは腰を進めて蜜壺の奥まで自分のものを挿れた。「動くぞ。」内壁を傷つけぬよう、ルドルフは静かに腰を上下に動かした。はじめは痛がっていた玻璃であったが、彼のものが自分の内壁を一定のリズムで擦りあげるのを感じて、小刻みに身を震わせた。(何、この感覚は?)「どうした?辛いなら止めるぞ?」「いえ・・続けて下さい。」「そうか。」ルドルフはそっと玻璃の頬を撫でると、再び腰を動かした。結合部からは、二人の体液が混ざった水音が絶え間なく響いていた。「ここでは辛いだろうから、水の中に入ろうか?」そう言うなりルドルフは玻璃の中から自分のものを抜くと、彼女を抱き抱えたままプールの中へと再び入った。そして間髪入れずに、彼女を奥まで貫いた。「あぁ~!」痛みとも歓喜のものとも区別がつかない呻き声を上げ、玻璃は身体を弓なりに反らした。その間も、ルドルフは下から激しく玻璃を突き上げた。バシャ、バシャと、二人の間で激しい水音が上がった。玻璃の中がルドルフのものを逃がすまいと、内壁で彼のものを勢いよく締め付けた。ルドルフが荒い息をしながら玻璃を見つめると、彼女は愉悦に満ちた表情を浮かべていた。「どうして欲しい?」(これは、面白くなりそうだ・・)にほんブログ村にほんブログ村
Aug 21, 2013
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「無駄のないしなやかな動きだったな。何処で身につけた?」「独学だよ、独学。昔っから舐められねぇように喧嘩だけは強くなろうと思って、色々してたんだよ。」歳三はマクシミリアンを殴った方の右手を擦ると、そう言ってルドルフを見た。彼は、何処か嬉しそうな顔をしていた。「何笑ってんだ?」「別に。そんなに有り余るほどの腕力があるのなら、それを何故有効活用しないのかと疑問に思ってな。」「はぁ、どういう意味だよそれ?俺に軍隊に入れとか言うんじゃねぇだろうな?」「まぁ、その通りだ。今我が軍は人手不足でな。折角志願して入隊した者でも、すぐに厳しい新兵訓練に音を上げて使い者にならぬ内にやめていく者が多い。バルカンの情勢が思わしくないというこの時期に、嘆かわしいことだ。」「へぇ・・」 ハプスブルク帝国は、徴兵制と志願制を採用し、軍の入隊可能な18歳を迎える国民の全男子に対して、軍隊への入隊を志願するかどうかの通知書を配布していた。しかし、徴兵制で入隊し、厳しい訓練を経た兵士達と違って、自ら志願して入隊したものの、半年間にも及ぶ過酷な訓練に耐えきれずに軍から脱走する若者が次々と絶えなかった。その影響で、帝国軍は慢性的な人手不足に喘いでいた。「それで?俺に軍隊に入れってか?てめぇ一体何企んでいやがる?」「何も企んでなどいないよ。ただ、お前がパティーヌ家の血をひく者として社交界の注目を集めている以上、戦場で勲功を立てた方が箔が付くんじゃないか?」「へっ、面白ぇこと言いやがる。気に入ったぜ。」「歳三様、よく考えてください。」「エリカ、お前は少し黙っていてくれねぇか?」歳三からそう言われたエリカは、少し傷ついたような顔をして彼から一歩下がった。「まぁ、この際やってみるか・・」「決まったな。お前が使い物になるかどうか、高みの見物をさせて貰おうじゃないか?」「望むところだ。」闘志に燃えた紫紺の瞳でルドルフを睨みつけた歳三は、インペリアル・ルームから出て行った。「本当に、大丈夫なんですか?」「あんな大見得切って、今更やめますとは言えねぇだろう。まぁ、じいさんは俺が何とか説得しねぇとな。あの人、多分反対すると思うから。」 歳三の読みは中(あた)り、ゲオルグは彼が軍隊に入隊すると聞いて猛反対した。「お前は何故無謀な事をしようとするのだ!?いいか、お前はわたしの命同然の存在なのだぞ!」「わかってるよ、じいさん。でも男として生まれたからには、この国を守りてぇんだよ・・それに、戦場として俺が勲功を立てりゃぁ、パティーヌ家に箔がつくってもんだろ?」「それはそうだが・・戦場はお前が思って居る程、甘くはない。くれぐれも油断するなよ、トシゾウ。」「わかってるよ、じいさん。」 歳三は、そう言うとゲオルグに優しく微笑み、彼を抱き締めた。 一方、玻璃は全裸でスイス宮の中庭にあるプールで泳いでいた。この時間、誰もプールに近寄る者など居ないので、彼女は安心しきっていた。完全に油断していた彼女は、背後に迫る人影に全く気づかずにいた。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 20, 2013
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「歳三様、待ちましたか?」「いや、今来たところだ。」「そうですか。それじゃぁ、行きましょう!」 朝食を食べた後、身支度を整えた歳三は、その足でフロイデナウ競馬場へと向かった。競馬場は欧州に於いて、上流階級の社交場としての役目を果たしていた。エリカが歳三を競馬場へと連れて来たのは、ある目的があった。「なぁ、何処行くんだ?」「いいから、わたしについてきてください。」「ああ・・」いつになく強気なエリカに、歳三は若干戸惑っていたものの、大人しく彼女の後をついていった。 やがて二人は人混みを掻き分け、ある場所へと辿り着いた。そこは、皇族専用のインペリアル・ルームだった。「なぁ、勝手に入って大丈夫なのか?」「それが、大丈夫なんです。わたし、ルドルフ様にお仕えしておりますから。」「そうか・・って、それ本当か!?」歳三はそう言ってエリカを見ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。「父に推薦状を書いてくれるよう、頼んだんです。わたしも、そろそろ結婚適齢期なので、宮廷内の人間関係をある程度把握しておかないといけないなと思いまして。」「ふぅん、すげぇな。結構行動力あるんだな、お前ぇ。」「まぁ、家出して一人で海辺の町に行ったくらいですからね。」「二人とも、何やら楽しそうだな?」歳三とエリカが談笑していると、彼らの前にルドルフが現れた。「皇太子様、ご機嫌いかがですか?」「トシゾウ、まさかお前も来るとはな。」「ふん、来たくて来たんじゃ・・」歳三がそう言ってルドルフを睨み付けた時、エリカが歳三の脇腹を肘で突いた。「皇太子様、この度はご愁傷様でございました。」「皆わたしと会うたびにそう言うが、わたしはシュティファニーが死んだ事なぞちっとも悲しんではいないぞ。寧ろ、嬉しいくらいだ。」笑顔を浮かべながらそう話すルドルフの横顔を見て、歳三は胸がムカついた。「トシゾウ、この前ゲオルグ様にお会いしたが、お前が結婚する気がないとお嘆きになられてたよ。」「何でそんなこと、てめぇが知ってんだ?」「歳三様、押さえてください。」エリカにそう窘められ、歳三はすぐさま拳を引っ込めた。「気が荒いのは、漁師町で育ったからか?」「うるせぇ、俺ぁ人に舐められんのが嫌なんだよ!」「そうやって虚勢をいつまでも張るのは無駄だとは思わないのか?」「さっきから聞いてりゃ、勝手な事ばかり言いやがって・・」そう言った歳三のこめかみには青筋がたち、怒りで頬が少し赤くなっていた。「おやおや、誰かと思えば。」「マックス、来ていたのか。」ルドルフとこうして話をしているだけでもムカつくというのに、更に歳三をムカつかせる男―マクシミリアンが彼らの元へとやって来た。「ルドルフ様、彼とは知り合いなのですか?」「いいや。さっきから彼はわたしと話す度に、威嚇している猫のように毛を逆立てるんだ。」「それは困りましたねぇ・・」歳三をいたぶるチャンスを逃すまいと、マクシミリアンはニヤニヤしながらそう言うと、歳三を見た。「君は、かなり暇な人間なんだね?まぁ、君みたいな野生味溢れた男、何処も雇ってくれないだろうけど。」「てめぇ、言わせておけば!」 エリカが止める間もなく、歳三は強烈な右ストレートをマクシミリアンの鳩尾に喰らわせていた。マクシミリアンは、泡を吹いてその場で倒れ、気絶した。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 20, 2013
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「は?結婚?」「お前も良い歳だろう、トシゾウ。そろそろわたしが元気なうちに、身を固めてくれないか?」「じいさん、前にも言ったように、俺ぁ当分結婚する気などねぇよ。」 パティーヌ家のダイニング・ルームで、歳三は祖父・ゲオルグと幾度となく交わしたであろう会話に、少々うんざりしていた。ゲオルグは現在84歳で、今は健康そのものだが、いつ病に臥してもおかしくはない年だ。だからこそ、自分が元気なうちに歳三に家督を譲りたいと思っているのだろう。「そうか・・だがなトシゾウ、お前しかわたしが安心してパティーヌ家の家督を譲れる者は居ないんだ。」「そりゃぁ、わかってるけどよ・・」祖父に手を握られ、歳三はどう答えるべきか迷っていた。今まで異性と交際していた経験は豊富ではあったが、昔付き合った女達の中で、誰かと結婚したいと本気で思うような女は、一人も居なかった。相手もそれが解っていたのだろうか、次第に歳三から次々と離れていった。そもそも、両親の顔を知らずに育った歳三は、“結婚”というものがどんなものなのか、全くわからなかった。「トシゾウ、お前が結婚したくないというのは、わたし達の所為なのだろう?」「え・・」「あの頃のわたしは愚かだった・・家の事ばかり考えて、娘の事は一度も考えて居なかった。だから、あんな・・」「じいさん、俺ぁ誰も恨んじゃいねぇって。だから泣くなよ。」二言目には28年前の事を話しては涙するゲオルグを、歳三は慌てて宥めた。「旦那様、お客様がお越しになられました。」「誰だ、こんな朝早くに?」「それが・・パーセフォニー様とおっしゃる方が・・」「そうか、通せ。」 数分後、金髪碧眼の男性がダイニング・ルームに入って来た。「お久しぶりです、伯父様。」「おお、来たか。」「じいさん、こいつは誰だ?」「トシゾウは、彼と会うのは初めてだったな。こいつは、ウジェニーの従兄のマリウスの長男、パーセフォニーだ。パーセフォニー、トシゾウだ。」「君の事は噂で聞いているよ。宜しく。」「あぁ、宜しく・・」自分に屈託のない笑みを浮かべるはとこを前にして、歳三は彼とどう接したらいいのか戸惑っていた。「君、何かスポーツはしているの?」「ああ・・剣術なら・・」「へぇ、そうなんだ。僕は乗馬をするんだけど、君は?」「まぁ、乗馬くらいはするぜ。」「パーセフォニー、トシゾウを余り困らせるんじゃない。済まんなトシゾウ、パーセフォニーはいつもこんな調子なんだ、許してやってくれ。」「いや・・俺ぁ別に気にしてねぇが・・」「そう、良かった!」(変な奴だなぁ・・)「トシゾウ、君の事をこれからトシって呼んでいい?」「パーセフォニー、初対面の癖に馴れ馴れしいぞ。」ゲオルグがそう言ってパーセフォニーを窘めたが、彼は気にしていなかった。「ねぇ、さっきから何で黙ってるの?」「別に・・」「トシゾウ、今日は用事があるのだろう?すぐに支度をしなさい。」「おう、わかった・・」 ゲオルグに助け船を出され、歳三は漸くパーセフォニーから解放された。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 20, 2013
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「何だと、それは一体どういうことだ!?」「そもそも、ルドルフ様があの人魚を連れて来たのです。それは、余程あの人魚に執着している上でお取りになられた行動でしょう。わたしが、ルドルフ様を人魚から引き離す事など、できません。」「ではどうすればよいのだ!現にあいつは、シュティファニーが亡くなって間もないというのに、プールであの人魚と戯れているではないか!」「それは、わたくしどもでもどうも出来ません・・」怒り狂うフランツを前にして、歳三はそう言って彼に頭を下げることしか出来なかった。「一体これから、どうなるんだ?皇太子妃様が玻璃の薬を飲んで死んだのは間違いねぇが・・」「そうですよねぇ、今はまだその事は公にされていませんが、もしこれが世間に広まりでもしたら・・」「一大事だな。その薬がどんなものかわかったら、人魚達は人間どもに捕えられちまう。それに、海も汚されることになる。」「当分、あの薬の事は誰にも話さない方がいいでしょうね。」「ああ・・」 皇帝との謁見を済ませた後、歳三はスイス宮から聞こえてくる歓声に耳をすませた。「なぁエリカ、皇太子ご夫妻は上手くいっていたのか?」「いいえ。離婚寸前だと聞いてます。多分ルドルフ様にとっては、皇太子妃様が死んだことなんて痛くも痒くもないのでしょうね、きっと。」「何だか可哀想な人だったんだな、皇太子妃様は。一度しか会ってないが、不幸な結婚生活だったんだろうな。」歳三はそう言うと、スイス宮へと足を向けた。「どちらへ?」「玻璃に、会ってくる。」 歳三がスイス宮の中庭へと向かうと、そこには豪華で広いプールがあり、その中ではルドルフと玻璃が戯れていた。「玻璃、どうやらお前のことが気になって仕方がない男が来たようだ。」「歳三様、来てくださったんですね!」「お前ぇ、こんなところで何してやがる?皇太子妃様が死んだっていうのに・・」「申し訳ありません、すぐに着替えます。」玻璃はそう言ってプールから上がると、近くにあったベンチに置いてあったタオルで濡れた身体を拭いた。「玻璃、ルドルフに気をつけろ。あいつは・・」「わかってます。あの人はわたしの敵です。歳三様、また会えますよね?」「ああ、会えるさ。それまで、元気で居ろよ。」「わかりました・・」「それじゃぁ、俺はもう行くからな。」「お気をつけて。」歳三が中庭から去って行くのを静かに見送った玻璃だったが、ルドルフは彼女の背後に回ると彼女の豊満な乳房を揉んだ。「やめてください!」「いいだろう、減るものでもないし。」ルドルフはそう言うと、玻璃の腰を掴んでプールへと入った。「まぁ、あれは・・」「何ということでしょう、皇太子妃様が亡くなられてまだ時間が経たないというのに・・」「不謹慎にも程がありますわ!」 自分の妻が死んだというのに、彼女の死を悲しむこともなく人魚と戯れるルドルフの姿に、皇太子妃付の女官達は一斉に眉を顰(ひそ)めた。 数日後、シュティファニーの葬儀がカプツィーナ教会で執り行われた。市民達は、不遇の末に急逝した皇太子妃の死を悼み、彼女の魂が安らかであるようにと静かに彼女に祈りを捧げた。葬儀には、ルドルフは参列しなかった。にほんブログ村にほんブログ村
Aug 20, 2013
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―ねぇ、聞いたかい?―皇太子妃様が身罷られたとか・・―誰かに毒殺されたとかっていう噂が、宮廷に流れているらしいよ。―あぁ、恐ろしい・・ ベルギーから嫁いできた皇太子妃・シュティファニーの謎の死は、市民達の間で様々な噂を生んだ。 彼女を前々から疎ましく思っている皇妃・エリザベート付の女官達がシュティファニーの食事に毒を盛ったのではないのかというものや、シュティファニーが長年蓄積されたストレスと心労のあまり突然死したのではないかというものが彼らの間で広まり、やがてそれは宮廷内にも広まった。「まぁ、何ということでしょう!」エリザベート付の女官が、一冊の週刊誌に目を通した後、ブルブルと怒りに震えた。そこには、嫁が憎い余りに、姑であるエリザベートが殺したのだという事実無根な記事が書かれていた。「一体誰がこのような出鱈目な記事を書いたのです?」「すぐさま発行禁止にしませんと、皇室の立場が・・」「落ち着きなさい、皆さん。」「ですが、皇妃様・・」「確かにわたくしはシュティファニーを憎んでいたけれど、彼女を殺すなんて考えたことはありませんよ。だいいち、ウィーンを留守にしているわたくしが、あの子を殺せると思っているの?」「ええ、そうですとも。」「皇妃様の言う通りですわ。」女官達の反応を見たエリザベートは、安堵の溜息を吐いた。 一方、宮廷へと参内した歳三とエリカは、一体フランツが何故自分達を呼んだのだろうかと訝しがりながら、皇帝の私室へと向かった。「陛下、エリカ様とトシゾウ様がいらっしゃいました。」「そうか。通せ。」「失礼致します、陛下。」私室へと入ったエリカがそう言ってフランツに頭を下げるのを見て、歳三も慌てて彼女に倣って頭を下げた。フランツはそんな二人の顔を交互に見ながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。「君が、パティーヌ家の孫か?」「はい・・トシゾウと申します。」「トシゾウとやら、ひとつ頼まれてくれないか?」「何でしょうか、陛下?」「最近ルドルフは、あの人魚にうつつを抜かして居て、挙句の果てにはスイス宮の中庭にプールを作った!以前はあんな事をする奴ではなかったのだが・・」「陛下、お話の途中で申し訳ございませんが、皇太子妃様が突然倒れられた原因を、わたくしどもは知っております。」「何だと!?話してみよ!」「恐れながら陛下・・皇太子妃様がお亡くなりになられたのは、玻璃さん・・あの人魚が持っている薬を彼女から奪い、飲んだ事によるものかと・・」「人魚が持っていた薬を、シュティファニーが飲んで死んだと申すのか?」「はい・・」 歳三がフランツに玻璃が持っている薬の副作用について説明した後、彼は傍に控えていた侍従にこう告げた。「直ちにシュティファニーの検視を行え。」「は・・」「トシゾウよ、そなたに頼みたいことはただひとつ。あの人魚をルドルフから引き離してくれ。」「恐れながら、それは出来かねます、陛下。」にほんブログ村にほんブログ村
Aug 20, 2013
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「うう、苦しい・・」「皇太子妃様、しっかりなさってください!」 シュティファニーが倒れてから数日後、彼女は高熱にうなされ苦しんだ後、息を引き取った。「そうか・・シュティファニーがたった今、身罷ったか・・」「皇太子様には、この事を・・」「ルドルフにはわたしが伝える。お前達は下がってよい。」「はい・・」皇太子妃付の女官は、意気消沈とした様子で皇帝の私室から出て行った。「ルドルフは何処に居る?」「陛下、皇太子様ならあの人魚と一緒です。」「だから、何処に居るのかと聞いているんだ。」「それは・・」侍従の言葉を聞いたフランツの顔が、瞬時に怒りで赤く染まった。「どうだ、気に入ったか?」「はい・・」 一方、スイス宮の中庭に、突如広大なプールが完成した。人魚である玻璃が故郷の海を忘れぬよう、ルドルフが専門の業者に作らせたものだ。ビキニ姿の玻璃は、冷たい水に全身を包まれ、嬉しさの余りプールの端から端まで泳いだ。彼女がひと休みしようとした時、服を着たままルドルフが入って来た。「これからは、誰にも気兼ねすることなくここを使え。このプールは、わたしからのプレゼントだ。」「そんな・・頂けません。」「お前は人魚だ。お前の故郷である海とは比べ物にはならないが、慰めにはなるだろう。」「ありがとうございます・・」「それでいい。」 ルドルフがそう言って玻璃の唇を塞ぐと、そこへフランツがやって来た。「ルドルフ、そこで何をしている!?」「見ての通り、水浴びですよ。何かあったのですか?」「シュティファニーが、先程息を引き取った。」「そうですか。それでは父上、玻璃をわたしの妻にしてもよろしいですよね?」「馬鹿な事を言うな!」怒りで顔を赤く染めるフランツに対し、ルドルフは飄々とした口調でこう続けた。「シュティファニーとは子どもを作らないで正解でしたよ、父上。あいつは最後まで役立たずな女だった。まぁ、死んでくれて良かったです。」「ルドルフ、お前という奴は・・」「陛下、皇太子妃様の葬儀の事で、ベルギー国王夫妻が・・」「わかった、すぐ行く。」フランツはじろりとルドルフを睨み付けると、プールから慌ただしく去っていった。「わたし・・」「お前は何も気にしなくていい。」ルドルフはそう言って玻璃に微笑むと、彼女を抱き締めた。「全く、あいつという奴は・・妻が死んだというのに、人魚にうつつを抜かしおって!」「陛下、落ち着いて下さいませ。」「わかっている!」(ルドルフは・・あいつは、いつからあんな腑抜けになってしまったんだ?)にほんブログ村にほんブログ村
Aug 20, 2013
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